バッハのフルート・ソナタ 聞き比べ
     モダン・フルート / フラウト・トラヴェルソ / リコーダー


   flutesonatas

取り上げる CD 11枚:ニコレ/ブリュッヘン /アンタイ'98/2016/有田2000/2009/クイケン/ソロモンVol.1, 2/ペトリ/ホリガー

 偽作も含めると九曲ほどになるバッハのフルートの室内楽・器楽作品はどれも傑作 ぞろいで、このジャンルではチェンバロ伴奏付きのヴァイオリン・ソナタがときにややセンチメンタルな色調を帯びるのとは異なり、そのいくつかは印象に残る旋律を持っていると同時に透徹した境地を響かせる名曲で す。ヴァイオリン・ソナタと並んで、あるいはそれ以上によく演奏される曲目ではないかと思います。

 無伴奏フルートのためのパルティータ BWV1013 は ヴァイオリンやチェロによる同じく無伴奏の曲が、バッハ作品の中で、あるいはこうしたジャンルの他作曲家の作品も含めて最も評価の高い作品である例に漏れず、孤高の地位を占めています。チェンバロ伴奏のソナタ BWV1030も傑出した作品で、バッハのフルート曲となると真っ先に出てきますし、この作曲家を代表する一曲としてもよいのではないでしょうか。BWV1034 も名曲で、昔から人気があります。作曲されたのは多くがケーテン時代、最初の妻マリア・バルバラが亡くなる少し前あたりの三十代前半のもので、傑作 BWV1030 はライプツィヒ時代、五十歳頃の作品ではないかとされています。

 内訳は以下の通りです:
 無伴奏フルートのためのパルティータ BWV1013
 フルートとチェンバロのためのソナタ BWV1020/1030-1032
 フルートと通奏低音のためのソナタ BWV1033-1035
 二本のフルートと通奏低音のためのトリ オ・ソナタ BWV1039

 このうち、現在は偽作ではないかとされているのは BWV1020/1031/1033 の三曲ですが、お聞きになると分かるように、どれもそれぞれの仕方で魅力的です。誰の作品か、バッハが関わっているのかいないのかについては諸説あるよう ですが、ちょっと憂いを含んだ美しいメロディー、BWV1031のシチリアーノは誰しも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。どこか懐かしい感 じで始まる BWV1031もバッハ作でないといって聞かないでおくのはもったいない曲です。

 CD は選集というか、名曲集というか、いくつかの作品をピックアップしたものが多いですが、全集となっていても、最近は偽作を除いたものが増えてきているようです。

 楽器は横笛のピリオド楽器であるフラウト・トラヴェルソ(トランスヴァース・フルート)と、モダン・フルートによるものに大別されます。伴奏はチェンバロ、フォルテ・ピアノ、ピアノがあります。音色はフラウト・トラヴェルソの方は象牙もありますが、ほとんどが木で出来ており、そのまま木のぬくもりを感じさせる太くて温かいものか ら、材質によるのかモダン・フルートに近い、透明度の高い明るい音のものまでバラエティに富んでいます。高い技巧が要求されるものの、吹き方による音 色の表情も多様です。一方で指で直接穴を塞がなくてもよく、より大きな音のするモダン・フルートの方は材質は金属で、金や銀で作られた高価なものもあり、 国籍、メーカーも様々ながら、リードがないからなのか、他の木管楽器がドイツ/オーストリーのものとフランス管とでは倍音が大きく変わったり、リードの加 減でも全然別物になるのに対して、違っても楽器のせいなのか、吹く人の唇と息遣いによる違いなのか、あるいは録音のせいなのか自分の耳には判然としないというのが正直なところです。フルーティストは高価な名器を買って演奏に臨むわけですし、この楽器を実際に演奏される方々が次々と愛用の笛を変 え、その違いを細かに論じておられるのを目にすると驚くばかりです。

 吹き方も、これも流派などには触れられませんが、ピリオド楽器の方はピリオド奏法独特のアクセントと呼吸で行われるものがほとんどで、現代フルート の方は、いくらかはピリオド奏法の影響が見られる人もいるながら、それ以外はそうした抑揚とは別のよりストレートなものとなり、そのまま奏者独自の強弱と緩急 法が表れます。そして今回のこのフルート・ソナタの CD 比較、あの曲はこの人がいいけどこっちの曲は別の人がいいという具合で、どうも決定盤のようなものは見出せませんでした。




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       J.S.Bach   Flute Sonatas (BWV1013 / 1020 / 1030-32)
       Aurèle Nicolet (fl)    Karl Richer (Hc)
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J・ S・バッハ / ソナタ集(BWV1013/1020/1030-32)
オーレル・ニコレ(フルー ト)/ カール・リヒター(チェンバロ)
♥♥
 モーツァルトの室内楽ではグラーフの旧盤について書きましたが、モ ダン・フルートによるバッハとしては、やはりニコレは素晴らしいと思います。求心的というのか、飾りがなくストレートでひたむきなその演奏はこの人独特の もので、心を打ちます。美しいなかに抑揚に力もあります。これこそがバッハに最も相応しいとする人の意見に納得してしまうのです。ニコレとリヒターともな ると、権威を重んじる人が褒めないわけがない組み合わせであり、普段は定番だからといって納得するとも限らないのですが、やはりこれは説得力があります。 とくにバッハのフルート曲の中では熟年の傑作である BWV1030 など、絶品です。ピリオド奏法全盛の今となっては全体にテンポは速めの方ですから、無伴奏の BWV1013 はややさらっとスピーディ過ぎる印象で、これこそが良いとする人もいるながら、個人的な好みとしてはもう少しタメのある古楽器のマルク・アンタイなどの方 が好きだったりしますが。モダン・フルートによる演奏では、昔の帝王のような人や最近の貴公子のような人も含めて有名どころも聞いてみましたが、ニコレの この盤に勝るものはなかなか出会えません。まだ聞いてない中で、さほど有名ではな い演奏家のものに見落としがあるのかもしれません。

 ニコレのバッハはここで取り上げる1973年(無伴奏のみ69年) のアルヒーフの前にも同じメンバーによ る1963年のテレフンケンの録音があり、後には日本の DENON からクリスティアーヌ・ジャコテのチェンバロで1984年の新録音が出ています。どれがいいかが気になるところですが、BWV1030 で比較しますと、旧テレフンケンの方は第一楽章ではややおっとりとし た抑揚でテンポも若干遅く、比べれば力の抜けた印象で、軽いスタッカート処理なども加わって歌い回しも少し遊びが感じられます。第二楽章ははっきり遅 く、テンポの伸び縮みも多いです。第三楽章は表現の上ではほとんど同じですが、アルヒーフの方が心なしかテンションがあり、旧盤の方がわずかにリラックス しているように聞こえます。録音が前に出るかどうかということも影響があるでしょうが。総合的には、テレフンケンの旧盤の方にストイックさを感じる人もい るようですが、自分には逆に聞こえました。 音は旧の方はチェンバロがやはり ちょっと古くさく響きますし、透明で張りつめた感覚のあるアルヒーフ盤の方が断然好みです。

 一方で新しい DENON 盤の方と比較しますと、第一楽章ではテンポ設定はほぼ同じながら、ピリオド楽器のムーブメントを経た後だからかどうか、チェンバロに少しタメがあり、それ に合わせるようにフルートも間を取 るところがあります。表現の上でも新盤の方がやや表情を付けているように感じ、リラックスもしており、その点に関しては、ことニコレについては遊びのない 真っすぐなアル ヒーフ盤の方が説得力がある気がします。第二楽章についても同じことが言え、DENON 盤の方が緩急の伸び縮みがありま す。一方でアルヒーフ盤ではフレー ズを区切らず、全体をつなげてスラーのように一息で行くところが滑らかであり、かつ、そこではそれによってテンションも維持しているように聞こえます。 DENON の方ではロングトーンを延ばさず、 ビブラートも控えているので、様式としてはより今らしいというのか、 ピリオド奏法のあり方を取り入れているかに聞こえます。これはこれで正常進化なのでしょうが、個人的にはむしろ、今となってはアルヒーフ盤の吹き方の方がか えって個性的に感じます。第三楽章は DENON 盤もいいですが、ときどきフレーズの変わり目で間を置きますし、アルヒーフ盤の方がやはり少しだけ真っすぐな感じがするでしょうか。チェンバロも太めの音で前に出て、ストレートでいいと思います。というわけで、あくまでも個人的な好みですが、73年のアルヒーフ盤をベストとします。バッハのフルートとなると長らくこれを聞いてきました。

 選集と全集とが出ましたが、ヴァ イオリン・ソナタとカップリングになった三枚組の全 集の方(2つのフルートの作品を除いて全てが揃っており、偽作も含む同時期の録音)は 残念ながら現在廃盤らしく、入手困難なようです。入手可能な一枚ものの選集 は、BWV1030、1031(偽作)、1032、1020(偽作)、そして無伴奏の BWV1013 というラインナップです。




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J.S. Bach   Flute Sonatas (BWV1013 / 1032 / 1034-1035)
       Frans Brüggen (fl.Traverso)    Anner Bylsma (vc)    Gustav Leonhardt  (cemb)

J・S・バッ ハ / フルート・ソナタ集(BWV1013/1032/1034-1035)
フランス・ブリュッヘン(フラウト・トラヴェルソ)/ アンナー・ビルスマ(チェロ)
/ グスタフ・レオンハルト(チェンバロ)

 ブリュッヘンと言えば、クープランで鳥の鳴きまねをしてるリコー ダー演奏の印象が強いのか、楽しい笛のお兄さんというイメージをどこか持ち続けていたところがあったのですが、ちょっと前にお別れのようなベートーヴェン の交響曲演奏を披露して、とうとう亡くなってしまいました。アーノンクールも逝ったし、時の流れは速いですね。ここでは得意のリコーダーではなく、横笛の フラウト・トラヴェルソを吹いています。1934年アムステルダム生まれの古楽の名手でした。

 ピリオド楽器とその奏法のムーブメントを担ってきた有名な奏者の中で、もっとも特徴的なアクセントの演奏だと思います。盛り上がったり下がったりをロン グ・トーンで繰り返す、ビブラートのない短周期のメッサ・ディ・ヴォー チェ様の強弱が強く付き、音符の区切りがところどころでくっきりしています。笛の古楽器奏者としてもう一人有名なバルトルト・クイケンと比べるとどうかと いうと難しいところですが、ときにその傾向はより強いように感じる箇所もあり、違いとしては長い一音符の強弱で盛上がっては下がる山なりのアクセントはブ リュッヘンの方が強く感じられ、フレーズの区切れと間が多くてときどきスタッカートを交えるような「切れる」方向のアーティキュレーションではクイケンが より強いという感じでしょうか。ブリュッヘンの方を大雑把に擬声語で言うと、真っすぐフーフーと吹くところがフッ、フウゥ〜というようなになる抑揚で、語 尾がスーッと弱まって、ときに震えます。ビブラートがかかる場合も他の人よりは多いものの、主にはビブラートで震えるというわけでもなく、声量のない人の 声に似ているというか、演歌のこぶしの力の抜けたのというのか、一回だけウゥウ〜と震える場合が多いようです。そしてちょっと次への間が来るわけですが、 人によってはそうしたアクセントはひなびていて落ち着きがあり、ぬくもりを感じて懐かしいと言うかもしれないし、息も絶えだえと聞こえる人もいるかもしれ ません。大変個性的で、好きな人には無二の演奏だと思います。

 セオン・レーベル1975年の録音です。




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       J.S.Bach   Flute Sonatas (BWV1013 / 1027 / 1030 / 1032 / 1039)
       Marc Hantai (fl.Traverso)/ Ageet Zweistra (vc)/ Jerome Hantai(bass viol)/ Pierre Hantai(Hc)
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J・S・バッハ / フルート・ソナタ集(BWV1013/1027/1030/1032/1039)
マルク・アンタイ(フラウト・トラヴェルソ)/ ア ヘート・ツヴァイストラ(チェロ)
/ジェローム・アンタイ(バス・ヴィオール)/ピエール・アンタイ(チェンバロ)
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 選集ですが、目下古楽フルートのバッハで最も気に入っている吹き方の人がこのマルク・アンタイということになるかもしれません。フランスのフラウト・トラヴェルソ奏 者で、ドイツ・ハルモニア・ムンディから出たバルトルト・クイケンのフルート・ソナタ 集の中でBWV1039の二つのフルートと通奏低音のためのトリオ・ ソナタで第二フルートを吹いていた人です。年齢はネットでもわからず、CD にも書いてありませんが、兄弟のピエール・アンタイが1964年生まれなので、クイケンよりはずっと若い世代でしょう。ここではヴィオールのジェローム、 チェンバロのピエールとともにクイケン・ブラザーズならぬアンタイ・ブラザーズという格好で演奏しています。

 無伴奏の BWV1013の演奏は素晴らしいです。権威や大御所と比べるのもどうかと思いますが、ニコレやクイケンと比較してもこの人の吹き方が断然気に入っています。 ピリオド楽器演奏ですが不自然なアクセントを感じさせず、よく鳴っていながら静けさがあるのです。ニコレのようにストレートに飛ばすわけではないものの、その穏やかな運びの中にも澄んだ空気感を感じます。クイケンは大先輩のような存在なのでしょうし、この人のことは現時点ではウィキペ ディアのフランス語版にも英語版にも出てないし、廃盤なのかダウンロード以外は手に入りにくい状況だったりという扱いなので、技術と定評に関心のある人か らはちゃんと吹けてるのか訝られるかもしれませんが、いい演奏が売れるとは限らないし、センスを持った人が隠れられるほどにクラシック音楽家の層は厚みが あるのではないでしょうか。この楽器のテクニックのことは触れられませんが、技術は速さと正確さだけではないと思います。きれいに鳴る力加減という ものはあるでしょうし、そのバンドを外れたスピードや強弱の両端領域を表現としてどこまで許して使うかということは、楽器の個体によっても奏者の感覚に よっても幅があるのだと思います。このアンタイという人はアクセントの陰に隠れて音が鳴り切らないような事態は好まないのか、一音一音がきれいに鳴る吹き 込み加減でゆったり目に丁寧に進めて行きます。正確さを見せるために驚くような速度を出したり、子音が強調されるような弱い音に傾くことはありません。 BWV1030 のラルゴのトリルが速くなるところで音が裏返ったりはしますが、それはクイケンでも同じようになってますから、吹き損じとも言えないと思います。そういう 細部にばかり目を向けずに音の掴み方を味わって欲しいと思います。

 ピリオド奏法のリズムの出方は、速い楽章ではほとんど癖がないですが、ゆっくりの所ではところどころテンポ・ ルバート様に遅らせるというのか、フレーズごとに区切りながら一定の間隔でちょっと立ち止まり気味に遅くする伸び縮みがあります。それも不自然ではなく、 BWV1030 と1032 のラルゴが遅くて時々間が大きいのが自分の好みの幅を少し外れるぐらいで、こういう表現も表現としては十分納得するものがあります。クイケンの新盤では同 じようにゆっくり表情をつけながらもフレーズの語尾を短めに切って毎回間を空けるようなアクセント が目立ち、装飾もあって軽さとおどけた感じがしますが、ちょっとしっとりしたこのアンタイの方が好みです。

 レーベルはヴァージン・クラシクスで、1998年の録音です。現在も出回ってはいますが手に入り難いようです。フルートは擦弦楽器ほどには倍音成分が複雑ではないので、 MP3のダウンロードでも聞けないことはないなどと言ったら、この楽器の人に叱られるでしょうか。再販を望みます。使用されているフルー トはブリュッセルのリコーダー/フラウト・トラヴェルソ製作家 I.H.ロッテンブルグの1725年製作のモデルに倣って作られた同じくブリュッセルのアラン・ウィーメルスの楽器、とブックレットにあります。



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       J.S.Bach   Flute Sonatas (BWV1013 / 1030 / 1032 / 1034 / 1035)
       Marc Hantai (fl.Traverso)/ Pierre Hantai(Hc)
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J・S・バッハ / フルート・ソナタ集(BWV1013/1030/1032/1034/1035)
マルク・アンタイ(フラウト・トラヴェルソ)/ピエール・アンタイ(チェンバロ)
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 上記の盤が廃盤なのかちょっと手に入 りにくい状況のようでしたが、ここへ来てミラーレから新盤が出たようです。早速聞いてみると、やはりいいですね。古楽器のフルートではやっぱりこの人が一 番かもしれません。マナーとしては明らかにピリオド楽器奏法のアクセントを持っていますが、その様式に縛られるのではなく、自由を感じさせます。力が抜け ていて軽く、大変リラックスした印象なので、深刻さがないとだめな人には勧められませんが、深い味わいもあります。選曲もいいし、これ一枚あれば OK でしょうか?  

 選曲は若干変わり、BWV1027 と 1039 がなくなり、代わりに名曲 1034 と 1035 が加わりました。伴奏者は兄弟であるピエールのチェンバロのみとなり、フルートの楽器は同じくロッテンブルク・モデルながら、ルドルフ・トゥッツ作という ことです。張りがあり、ピッチも半音高くなっているようです。
 演奏としては無伴奏の 1013はわずかにテンポが速めになった感じがありますが、張り詰めて飾りなく駆け抜けるニコレとはやはり違った魅力があります。1030 のラルゴは明らかにやや速くなり、軽いタッチに変わりました。明るく爽やかな気持ちの良さがあります。この曲についてはニコレ盤とどちらが良いかはもはや決められません。この新盤、情感は残したまま全体に張りがあり、
曲によっては旧の方がおっとりした魅力があったものの、よりストレートで自然になった気がします。1034 が加わったのはうれしいところで、力は抜けていますが、出だしの動機が極まるところで長く延ばす印象的なフレーズも一旦弱くなってさらっと行くかに思えて、再度力のこもる味のある展開です。

 録音は2016年で、旧盤同様優れた録音ながら、ピッチのせいもあるのか、よりテンションがあって明るさも感じさせる音になっています。




    aritabach   
       J.S.Bach   Flute Sonatas (BWV1013 / 1030 / 1030a / 1032 / 1034-1035 / 1038-1039) Masahiro Arita (fl.Traverso) 2000


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       J.S.Bach   Flute Sonatas (BWV1013 / 1030 / 1031- siciliano / 1033-1035) Masahiro Arita (fl) 2009 ♥♥


J・ S・バッハ / フルート・ソナタ全集 2000
(BWV1013/1030/1030a/1032/1034-1035/1038-1039)
有田正広(フラウト・トラヴェルソ)/有田千代子(チェンバロ)/中野哲也(ヴィオラ・ダ・ガンバ)

/若松夏美(バロック・ヴァイオリン)/菅きよみ(フラウト・トラ ヴェルソ)

J・ S・バッハ / フルート・ソナタ集2009
(BWV1013/1030/1031〜 シチリアーノ/1033-1035)
有田正広 (フルート)/有田千代子 (チェンバロ)
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 活躍する邦人演奏家も近頃は国際的になってきているようですが、と もすると丁寧で楽譜通りだとか、優等生で個性が感じられないという声は残念ながら今も時折聞かれるようです。バロックものなどを演奏するピリオド楽器奏者 にも世界的に通用する人が何名か出て来ているようで、そんな中で日系のミドリ・ザイラーは別格として、お行儀のいい域を超えてる人としてすぐに思いつくの はフルートの有田正広かもしれません。強い古楽のアクセントがあるとそれを突き抜けた個性を感じ難い面がありますが、それでも完璧な抑揚の形は付けてポー カーフェイスな演奏をする人もいますから、 このフルーティストはそういう 灰色の集合的重力圏を脱出しているのだろうと思います。1949 年生まれということなので、世代としてはブリュッヘンよりも15歳年下、師のバルトルト・クイケンと同い年です。

 有田正広のバッハのソナタは何度か出ています。最 初はアルヒーフから1985年に出た BWV1030 が入ったもの、これは息子のカール・フィリップ・エマニエルの曲とヘンデルのとがカップリングになっていて、「ドイツ・バロックのフルート音楽」というタ イトルでした。最初のレコーディングということなの で、この人にとっての記念すべき1号 CD が大手から出た、ということなのでしょうか。その四年後の89年には最初の全集を DENON から出しており、これには偽作も含まれています。そして2000年にはピッチを変えて真作のみにした全集を、さらに2009年にはモダン・フルートによる 選集を同じレーベルから出しています。

 この中で何を選ぶかというのは大変難しい選択かもしれません。というのも演奏スタイルは大きくは変わらないからです。全集でフラウト・トラヴェルソがい いということであれば、2000年の新しい方がややオンな感じかなという程度の違いながら演奏もいいですし、チェンバロの音色も丸くて潤いがある気がしま す。ただ、偽作として切り捨てられた曲も名曲なので、古い方がいいのかな、と迷うでしょう。
 演奏については、全体にゆったりめのテンポ設定で、ピリオド奏法のアクセントはかなりはっきり付きます。その付き方ですが、フレーズを短めに切り上げ て行く師のクイケンに近いというよりも、ブリュッヘンとクイケンを二人立たせたら、その中間よりむしろ少しブリュッヘン寄りの立ち位置じゃないかと思える ときがあります。ブリュッヘンのところでは失礼ながら、 その震わせ方が声量のない人の声の震えに似てるなどと言いましたが、同じような震わせがあります。そしてブリュッヘンはそうでもないですが、この人は力の ある感じがしません。古楽器自体の音が大きくないというだけではないと思いますが、軽さがあって線が細く、モノトーンの静けさとでもいった感じがします。 ときに遠くからささやく声のようであり、ブリュッヘン的な抑揚でありながらもその強 調されるコントラストは強くなく、強弱も一音を途中から大きくする側が目立ちます。全体にふわっとして風のよ うであり、少しはかなげです。BWV1030 ではリラックスしていますが、軽く弾むところも力強い生命の鼓動ではなく、やや諦観というのか、世俗の営みから距離を置いた視点のようです。無伴奏の BWV1013 でもそうです。こんなことを言うの もわざとらしいですが、虚無僧 の尺八を吹く姿が浮かんでくる 気がします。

 一方で最新のモダン・フルートによる新盤ですが、
多様に変化する温 かみを持った音色のフラウト・トラヴェルソは大変 魅力的な楽器ですから、技術もあってもっぱらそれを吹いてきた奏者がわざわざ現代の楽器にしたかった意図がよく分かりません。楽器に詳しい人はその線で了解するのでしょうが、ヘルムート・ハンミッヒの68年のモデルがどういうものか知らないのです。でも録音を聞くと高い音は輪郭がはっきりして明るいのにやわらかさがあり、雑味が混じらず、澄んでいて妙にきれいな のです。低い方もしっかりしたボディでよく鳴る 印象です。やはりこっちを取り上げるべきかな、と、これも迷わせてくれます。演奏も前録音よりこちらの方が良いように思え、これが素晴らしいです。線 の細さは姿を消し、確信が増した感じがします。様式としてはモダン・フルート なのにピリオド奏法的な語法は残しており、抑揚が若干ストレートになった印象です。個人的にはピリオド奏法の語法はこなれていないと嫌なので、むしろフラ ウト・トラヴェルソでピリオド奏法的なアクセントなしに吹いてくれる人はいないかなと思っており、リコーダーのペトリなどが妙にありがたかったりします。 ということはこの人のアプローチは反対ということになるわけですが、でもむしろ味わいがあってこの方がいいか、と思わされます。古楽のムーブメントを完全 に消化吸収して、自分のものにするところまで持ってきているようです。どうやらこのアルバムは、単に楽器をこのモダンのものにして出してみましたという類 ではないようです。一見中途半端に思えるものの、それは理念で捉まえようとしたからであって、ピ リオド奏法のアクセントを表現の手段として用い、ところどころでビブラートも使い、様式にこだわらずに自由にやってみたかったのではないか、そんな気がし ます。今の自分を見てくれ、ということなのでしょう。知り合いで絵を描いて個展を開く人が、最近になってやっと自分の色というものが少し出せるようになっ てきたかなあ、と言っていました。それはシャガールやルオーの青と言うときのように色そのもののことであると同時に、その人らしい表現の個性のことでもあ るのでしょう。そんなことを思い出しました。華やかな装飾が一瞬がんばり過ぎているように感じるところもありましたが、それも自由さと自分らしさが表れて いていいと思います。無伴奏の BWV1013 などニコレより納得しますし、世界で最も売れてる貴公子よりも好きです。参りました、違う路線ながらアンタイと並んでこの曲の一番かも、と思っているとこ ろです。しかもこの曲集、真偽に左右されずに曲の良さで選んでいるところがまた自由で、偽作とされる BWV1031 の、捨てるにはもったいな過ぎるあの美しいシチリアーノも入れてくれています。1030 に加えて 1034 も入っているし、全集でなくても、聞きたい曲はこれで全部という気もします。

 2009年の DENON の録音は、エンジニアなどすべて日本の人のようです。大昔は自前でやるとハイ上がりの硬い音になっていた時期もありましたが、もう今やそんな時代ではない ようです。大変良いバランスで潤いのある音です。チェンバロも艶があってやかましくならず、この楽器の最良の音の一つのようにも思えます。盤も気合いの ゴールドCD です。



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      J.S.Bach   Flute Sonatas (BWV1030 / 1032-1035)
      Barthold Kuijken (fl.Traverso)    Ewald Demeyere (Hc)


J・ S・バッハ / フルート・ソナタ集(BWV1030/1032-1035)
バルトルト・クイケン(フラウ ト・トラヴェルソ)/エヴァルド・デメイエール(チェンバロ)

 古楽フルートの第一人者といえばこの人、クイケン兄弟たちの笛使 い、バルトルト・クイケンでしょう。1949年生まれのベルギーの人で、古楽器奏法というあり方自体は多くの楽器で同時的に起こってきたムーブメントです が、こと笛の扱いについては彼が築いてきたと言っていいぐらいかもしれません。学問的裏付けがあることですから、その吹き方 について何かを言うのもはばかられますが、最初は大変個性的で驚いた人も多かったでしょう。そして彼以降はモダン・フルートの人も何らかの形で影響を受け てそのアクセントを取り入れたりすることになってきています。しかし皆がこういう吹き方になってくると、違いをどう言ったらいいんだろう、という事態にな ります。感性によって付いた抑揚なら好き嫌いもすぐに出ますが、思考から発した学問的様式だとすると、違うにしても そこに感性的なひっかかりがないので好きも嫌いも表れにくく、違いそのものもそうした演奏を多く聞かない限り明瞭に意識されないところもあるでしょう。そ んなことを言っても今やこれがスタンダードですけども。

 クイケンについては虚飾を排した表現と言う人もあるようですが、装飾もあり、特徴的な抑揚がある点でそういう風に言うのが一番適切なのかどうかは分かりませんでした。リセットボタンを押すように古 楽奏法をニュートラライズして、ここがフロアという具合に「ゼロ」地点を探し出すのは自分には困難のようです。しかしその上であえてクイケンのピリオド奏法における吹き方の個性を表現するならば、ブリュッヘンのところでも触れた通り、ブリュッヘンの方は音の強弱において持ち上げたり下げたりの抑揚がロン グ・トーンで出るところに特徴があり、クイケンはその音量差の面ではさほど癖は強くなくても、適度にリズムを区切って間を置いたり、短く弾むようにしたり するアーティキュレーションの、時間軸上の強調がより目立つように感じます。そして今回の録音ではピリオド奏法も今やこなれまくっていて自然と言ってもい い域であり、それが虚飾を排したという意味なのかもしれません。大変味わい深いです。

 ここで取り上げた CD はアクセント・レーベルから出た2002年の新盤選集の方で、チェンバロはデメイエールです。演奏されている曲は BWV1030/1032-1035 です。クイケンは以前ドイツ・ハルモニア・ムンディにレオンハルトのチェンバロで全集も録音しています。そちらは1989年の録音です。古 い方がピッチが低い以外、演奏スタイルはあまり大きく変わってはいないものの、新盤の方がヴィヴィッドで、自信に満ちて張りのある感じがするところがいい です。旧盤よりテンポはわずかに速くなっているところが多く、抑揚の盛り上がりが はっきりしていて、速いところでははきはきしています。
 残念なのは新盤には無伴奏の BWV1013は入っていないことでしょうか。全部揃えたければ旧盤(偽作を除いた BWV1013/1030/1032/1034-1035/1038-1039)になります。その無伴奏はニコレほどではないですが、マルク・アンタイよ りは速いテンポで、個々のフレーズの間にやや間を置いて区切って行くところがありますが、真っすぐな抑揚です。新盤の方では BWV1034 が素晴らしく、それが最初のトラックに収録されていますが、冒頭で大きくクレッシェンドして行くところなどテンションがあって、この曲の一番かな、と思っ たりもします。これについては♡を二つ付けるところです。全体にしっとりとしており、膨らませて盛り上がる様も歌心があって大変好みです。一方で BWV1030では短く切って跳ねるような 遊びが少し多く感じられました。BWV1033のアレグロは見事に速く、指で穴ぼこを押さえているのによくぞここまでという感心をしてしまいます。 技術のことはよくわかりませんが、やはりこの人の腕は確かなのでしょう。




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J.S.Bach   Flute Sonatas (Vol.1: BWV1013 / 1030 / 1033-1035   Vol.2: BWV1020 / 1031-1032 / 1039 / 583-584 / 586)
       Ashley Solomon (fl.Traverso)    Terence Charleston (Hc)


J・S・バッハ / フルート・ソナタ全集(Vol.1:BWV1013/1030/1033-1035  Vol.2:BWV1020/1031-1032/1039/トリオ BWV583-584/586)
アシュレー・ソロモン(フラウト・トラヴェ ルソ)/  テレンス・チャールストン(チェンバロ)

 新しい世代と言っていいのか、ブランデンブルク協奏曲や管弦楽組曲 で古楽器奏者としては比較的癖の少ない繊細 な演奏を披露してくれているフロリレジウムの リー ダー、1968年生まれのイギリスのアシュレー・ソロモンですが、それよりも前の2000年に出たこのフルート・ソナタ集では少しだけ様子が違うようにも 聞こえます。ヴァイオリン奏者が合奏ものでは控え目でも、無伴奏のソロになるとがんばって個性を出そうとするように、 ソロモンもソナタにおいてはピリオド奏法らしいアクセントをもう少しはっきりと出している気がするのです。それとも時期の違いでしょうか。ただ彼の場合は 大変軽くやさしい感じがするところに特徴があります。モダン・フルートのニコレがストレートで張りつめた感じなのとちょうど反対のようでもあります。そし てそのアクセントですが、崩し過ぎるというほどではないものの、力が抜けるように遅くするところがあったり、はかなげに瞬間的に軽く早めたりがあります。 これだけだとよくわからず常套的なものに感じるので、表現するのは難しいですね。喩えていうと、ピリオド奏法のアクセントを酔っぱらいの千鳥足になぞらえ るのも失礼な気がしますが、体 格のいい人が脚がもつれ、すわった目のまま表情を変えずに倒れまいとドタドタ走りをするような抑揚があり得る一方で、このソロモンのアクセントはずっと優 雅であり、同じ酔っぱらいでも妖精かという華奢な人がほろ酔いで一人楽しげに跳ねているような軽さがあります。妖精が酔っぱらうかどうかは疑問ですが。あ どけない可愛ら しさがあって、楽しげといっても静けさもあります。いずれにせよオランダ/ベルギー系の古楽の人のアクセントとは若干違うような気がします。個人的な好み としてはブランデンブルク協奏曲第4番や5番の第二楽章のような、より控え目なイントネーションでやってほしかった気がしますが、これはこれで愛らしい演 奏だと思います。音色は重い木質の感じではなく、あまり芯がなく風のようで、やわらかくて軽めの明るい音です。

 レーベルはチャンネル・クラシクスで二枚出ており、Vol.1 は BWV1013/1030/1033-1035 で、三年遅れて出た Vol.2 が BWV1020/1031-1032/1039/トリオ BWV583, 584, 586 です。



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       J.S.Bach   Flute Sonatas (BWV1030-1035)
       Michala Petri (recorder)    Keith Jarrett (Hc)


J・ S・バッハ / ソナタ集(BWV1030-1035)
ミカラ・ペトリ(リコー ダー)/ キース・ジャレット(チェンバロ)

 フルートではなく、リコーダーで聞くのはどうでしょうか。いい CD があります。フルートよりも輪郭がくっきりして艶の乗る透き通ったソプラノの高音、懐かしいオカリナのようなアルトの丸い低音がきれいに録音されて いて、その音色を聞いているだけで清々しくて癒され ます。リコーダーの妖精と呼ばれたのはデンマークのミカラ・ペトリ。1958年生まれで、デビュー当時 の LP を見ると、ジャケ買いという言葉が当時あったらピリスと競ってただろうという感じです。でもこの人が有名になったのはそこではなくて、この楽器を超絶技巧で操るからのようです。そしてそれと関連するのかどうか、残念なの は、心ない悪口を言う人もいるようなのですね。いい演奏なのにどうしてだろう。同じ楽器か類似の楽器を触る業界人の嫉妬でしょうか。相手にする必要は ないですが、彼女は作品当時の楽器を使わないからとか、当時の演奏方法に従わないからだめだ、ということらしいです。まあ、それは確かにそうなのだろうと 思います。古楽器ムーブメントなんてどこ吹く風、 あっけらかんとすり抜けて、素直に真っすぐ吹いて行きます。何人かの学識ある演奏者から始まった一つの解釈だったに過ぎなかった独特のアクセントがいつの 間にか世界的潮流になって、多くの人がそれに巻き込まれたり流されたりしたあの磁場の流れ、どうしてこの人だけ無重力でいられたのでしょう。元々あま りきついピリオド奏法のアクセントは好みませんので、古楽器をモダン奏法でやってくれないかとすら思うことがありますが、ペトリのような人にはなぜこうで きたのか興味がわきます。リコー ダーは古楽器かというと、この 人の場合はそういう意識ではないのかもしれませんが、横笛のフルートより歴史は古いわけ で、キイの構造だの材質だの細かいことを言わなければ胸を張って昔懐かしい音の楽器と言えます。リコーダーと言えばもう一人、忘れてはならない第一人者は ブリュッヘンですが、彼はバッハについては CD では横笛で吹いているものの、リコーダーによる演奏も行ったことがあり、ライブ音源が存在しています。そしてブリュッヘンと言えば古楽のパイオニアですか ら、その演奏はやはりペトリとは違い、あの独特の運びで聞かせています。フルートのときよりは強弱が少ない分素直には聞こえますが。さてそうなると、聞い たときのブリュッヘンとの違いですが、古楽のイントネーションはときに苦しそうに響いたりしますから、ペトリにはそれがないことに加えて、ここまで吹ける 人だと余計に楽々という印象を覚えます。     

 音色が大変チャーミングなことは最初に書きました。演奏上の特徴としては、全体に軽快なテンポですっきりしており、どこにもまとわりつかない独特の清涼 感があります。というか、それは印象なわけですが、強弱はこの楽器にしてはずいぶん自在で、かなり弱めるところもあります。それも常にコントロールが効い ており、一切乱れるところがありません。キレのいい装飾音が時々面白く、それ以外はテンポ・ルバートのかからないすっきりした運びで、ディ ナーミク方向は自在、アゴーギク方向はほとんどないという感じです。真っすぐな運びで澄んだ音色にすべてを語らせるような演奏です。正確なトリルでテキパ キさらさらと、あっけなく行ってしまうように感じる人もいるでしょうから、バッハに影を見ようとする向きには肩すかしかもしれません。宇宙から来た流れ 星にそういうことは期待しないで下さい。最近は女王という呼び方もあるようなので、そっけなくされて萌えるこ とは許されてるかもしれませんが。塵界を超越した美を味わいましょうか。

 チェンバロを受け持っているのはキース・ジャレット。ジャズの即興ソロで鳴らした人です。最近はクラシックに大変興味があるようです。ときに大変ロマンティックな音を出す感性の持ち主という印象ですが、 ここではペトリと合っていてすっきり清潔に進めています。時折トリルにちょっとしたタイミングの粋さが現れるところな ど、知ってるからか、やはりジャズの人かなと思わさ れます。

 レーベルは RCA、1992年の録音です。ジャケットのドアから覗く黒猫が気になります。ソプラノとアルトのリコーダーを使っています。




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       J.S.Bach   Sonatas BWV1030 / F. Couperin   concert no.9 "Il Ritratto del L'amore"
       Marin Marais Couplets On "Les Folies D'Espagne"
       Heinz Holliger (ob)   Christiane Jaccottet (hc)   Marçel Cervera (gamba)
♥♥


J・ S・バッハ / フルート・ソナタ BWV1030
フランソワ・クープラン / 王宮のコンセール第9番「愛する人の肖像」
マラン・マレ / 「スペインのフォリア」のクプレ
ハインツ・ホリガー(オーボエ)/ クリスティアーヌ・ジャコテ(チェンバロ)
♥♥
/ マルセル・セヴェラ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
 オーボエによる演奏もいいものです。フルートより も強弱の表現を目立たせることができ、息の長いクレッシェンドなどでは音色の違いも出ます。そういう 演奏の第一人者は1939年生まれのスイスのオーボ エ奏者、ハインツ・ホリガーでしょう。バッハのソナタについては残念ながら全集は出ておらず、聞けるの は名曲 BWV1030 のみですが、このロ短調のフ ルート・ソナタについては、ト短調(G minor)に編曲されたここでのオーボエ・バージョンの方こそが原曲だったのではという説もあるようですから、ホリガーはそれを踏まえているのでしょ う。組み合わせで入っているクープランのコンセール第9番「愛する人の肖像」という曲がまたバッハに勝るとも劣らない 大変魅力的な曲です。ホリガーを代表するベストな曲と演奏だと思います。

 オーボエもピエルロみたいな吹き方もあり色々ですが、ブールグとこのホリガーの息遣いがいいです。最近の人とは言えませんし、ピリオド奏法がどうこ うという方向の録音でもありませんが、こういう演奏は色褪せません。自在な強弱と伸び縮みで、だんだん速くするトリルとか、前述の通りクレッシェンドで音 色を変えつつ盛り上がるところなど、独特です。バッハの抑揚の付け方という点では、全てのフルートの盤を出し抜いてこれが一番かもしれないです。

 1974年フィリップスの録音で CD も出ていましたが、今はまた廃盤期間なのでしょうか、ちょっと手に入り難いようです。75年にはアルヒーフからホリガーも加わった
クープランのコンセール集(含「愛する人の肖 像」)も出ましたが、他の曲ではホリガーが主パートを吹いているものの、第9番ではニコレとブランディスに 譲っていることもあり、ホリガーがソロをとってるこの盤には 捨てがたい魅力があります。



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