| ベートーヴェン / 交響曲第9番「合唱付」 Beethoven: Symphony No.9 in D minor op. 125 "Choral" |

![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral" Helen Donath (S) Doris Soffel (A) Siegfried Jerusalem (T) Peter Lika (B) Sergiu Celibidache Munchner Philharmoniker Philharmonischer Cohor Munchen ♥♥ 取り上げる CD 22枚:
モダン楽器による演奏: フルトヴェングラー/トスカニーニ/カラヤン(’62/’83)/フリッチャイ/クリュイタンス/ワルター/イッセルシュテット
/クーベリック/ブロムシュテット(’79/’15)/ハイティンク(’80/’19)/スイートナー/プレヴィン/ラトル(VPO/BPO)/ヤンソンス
/ティルソン・トーマス/チェリビダッケ
ピリオド楽器による演奏: インマゼール/エラス=カサド
年末が近づいて来ると毎年、 あちこちで第九が演奏されるようになります。日本でこうした行事が行われるようになったのは、1940年の大晦日にラジオでこの曲の生放送を行ったのが始まりだそうです(1943年の学徒出陣の際、12月にこの曲の「歓喜の歌」によって学生を送り出し、また戦後にその鎮魂のために演奏したからという、悲しくも残念な話を由来とする説もあります)。そのときのラジオ放送の選曲理由は、ドイツのライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団が第一次大戦後に平和を願って大晦日に演奏して以来、ずっと伝統にしているからだというものでした。アルトゥール・ニキシュが指揮をして、新年を迎えたときに「歓喜の歌」が来るように計算されたものだったようです。その後日本では戦争も終わり、年末にお金がなくて困っていたNHK交響楽団(当時は日本交響楽団)の楽団員たちがなんとか収入を得ようと、人気があって客の入ることが多かった第九を取り上げたのが今の習慣につながったのだとされています。 楽曲の性格と表題について
ベートーヴェンの交響曲の中で9番目、最後の作品であり、総決算と言われます。合唱が付いた大掛かりな交響曲で、「西洋クラシック音楽の最高傑作」とか、「音楽史における最高到達点」などと言われたりもします。「第九」や「合唱(付)」などのタイトルはベートーヴェン自身が付けたものではないですが、「運命」(交響曲第5番)のように日本でだけそう呼ばれるわけでもなく、例えば英語圏でもザ・ナインスやナンバー・ナイン(シンフォニー)、「コーラル」などと呼ばれます。ただし曲名の後に付されるのは「コーラル」(“Choral”) ぐらいで、それも正式にではありません。
作曲時期
1792年にシラーの詩を読んで感激し、曲を付けようと考えたのは二十二歳のときで、でも実際に第九の作曲に着手したのは1815年頃であり、17から本格的に取り組んで24年に完成し、同年に初演が行われています。この初演は成功したとされているけれども、ファンが騒いだだけだという見方もあるぐらいであまりお金にはなりませんでした。後年パリでの演奏などを通して本格的に成功して行き、ワーグナーの演奏以来傑作ということになりました。ワーグナーの祭典であるバイロイト音楽祭では、ワーグナー以外で演奏される唯一の曲となっています。
曲を完成させた1824年というと、ベートーヴェンは五十三歳です。1827年の3月26日に五十六歳で亡くなるので、晩年の作品ということになります。作曲区分でも後期であり、後期は1814もしくは15年以降を言うため一つ前の第8交響曲は入らず、交響曲として唯一の作品ということになります。後期三大ピアノ・ソナタが1822年、前年に完成させたミサ・ソレムニスとはほぼ同時期で、この後は晩年の一連の弦楽四重奏曲を作って行きます。私生活の面で言うと耳はもうほとんど聞こえず、甥のカールのことで頭が一杯でした。弟の子供だけど、その弟が亡くなった後、親権をその妻(カールの母親)と争い(弟本人が妻を信用せず、ベートーヴェンに頼んだので)、音楽家にしようと過剰な愛情を注いでいた頃です。有名私立に入学させて寄宿生活をさせ、常に監視をしていました。軍人になりたかったカールは二年後には自殺を試みることになり、未遂となります。
曲のテーマと歌詞
第四楽章に登場するフリードリヒ・フォン・シラーの詩はフランス革命後に書かれたもので、絶対王政を廃して自由主義を謳歌する内容となっています。「あなたの魔法の力が、厳格に分かたれていた習慣を再び結び合わせ、すべての人は兄弟となる」という言葉が見られます。ベートーヴェンは人間の自由と平等を熱烈に信じており、この曲でもそうしたメッセージが投げ掛けられます。戦災からの復興やベルリンの壁崩壊後の行事などで演奏されるのにはそんな意味があります。
曲のテーマは闇から光へ、苦悩から歓喜へという、ベートーヴェンが曲の中で常に用いて来たモチーフに則っています。標題音楽ではないので具象的に何かの出来事を描いているわけではないのですが、第一楽章が主に深刻な事態に苦悩する姿、第二楽章のスケルツォ(諧謔曲)がおどけた様子であることから個々の物や出来事にひととき我を忘れ没頭する滑稽な様、そして第三楽章の瞑想的な緩徐楽章が夢や追憶に浸っている心の状態を表すと捉えることも出来ます。そして激しい不協和音で始まる第四楽章ではまず初めにそれまでの三つの楽章が短く振り返られ、それぞれに中断する音でノーを突き付けた後、「おお、友よ、こんな音ではない! もっと心地良い調べを、もっと喜びに満ちたものを」とベートーヴェン自身の言葉で語られ、そこからシラーの「歓喜に寄す」へと入って行きます。
演奏時間
1時間超えの長い作品です。初演時は63分で、HIP(歴史的知識に基づく演奏≒ピリオド楽器演奏)でもそれに近い時間を狙い、モダン楽器でのピリオド奏法の中には60分を切る演奏もありますが、通常は70分前後が多いです。CD の収録時間74分もこの第九が基準となり、一枚に収まるように規格が定められました。
構成
交響曲としては通常の四楽章構成ながら第二楽章がスケルツォ、第三楽章が緩徐楽章となっています。そして第四楽章の途中から合唱が加わり、「歓喜の歌」を歌います。シラーの詩「歓喜に寄す」(独:An die Freude/英:Ode to Joy)に曲を付けたもので、バリトンによる出だしの「オ・フローインデ」は有名だけど、フロイデ(freude 歓喜)と言っているように聞こえるものの、正確には韻を踏んで友達の意味の freunde であり、この部分はベートーヴェンが言葉を付け足した導入になります。本編に入ってシラーの詩になるとフロイデが繰り返されます。
編成
基本は2管編成で、ホルンは4本、そして「運命」などと同じくピッコロ、コントラファゴット、トロンボーン、それ以外に交響曲では珍しかったトライアングル、シンバル、バスドラムなども追加されています。そこにソプラノ、アルト、テノール、バリトンの独唱と混声合唱が加わり、当時の交響曲としては大変大きな編成です。交響曲に声楽が用いられたのは有名なものとしてはこれが最初で、その後もマーラーぐらいまでは一般的ではありませんでした。
そして第九ともなれば多くのCDが出ています。年代順に少し見てみます。 ![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral" Elisabeth Schwarzkopf (S) Elisabeth Hongen (A) Hans Hopf (T) Otto Edelmann (B) Wilhelm Furtwangler Chor und Orchester der Bayreuther Festspiele ♥ ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125 「合唱付」
エリザベート・シュワルツコップ(ソプラノ)/ エリザベート・ヘンゲン(アルト)
ハンス・ホップ(テノール)/オットー・エーデルマン(バス)
ウィルヘルム・フルトヴェングラー / バイロイト祝祭合唱団&管弦楽団 ♥
1951年、戦後初めてのバイロイト音楽祭でフルトヴェングラー(1886-1954)がバイロイト祝祭管弦楽団と演奏したものが歴史的名演として不動の地位を保っています。バイロイト祝祭劇場では最初にワーグナーが第九を演奏したため、音楽祭ではワーグナーの楽劇以外は第九しか取り上げられない伝統がある上、このときは戦後の復興後最初の演奏でした。名歌手シュワルツコップがソプラノを歌っています。デモニッシュなテンポの揺れをともなったドイツ・ロマン派的な演奏であり、ナチが去った歓喜に溢れています。興奮が高まると走る、アゴーギクの大きさはフルトヴェングラーの特徴です。彼自身もドイツ人であり、熱気に包まれています。 著作権切れでたくさん出ているCDの中には日にち違い、編集違い、LPからの復刻、リマスター違いなどが目白押しで、どれがいいかは詳しいサイトにお任せです。自分が持っているのは最後の音が回転ムラのように半音近くうわずって上がる一般的な録音のものです。この部分はさすがに気になるので編集でピッチを下げたりもしました。機械的な不具合だと思います。
一触即発の興奮に満ち、忘我の中へと猛然と走って行くラストは圧巻です。 ![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral" Eileen Farrell (S) Nan Merriman (MS) Jan Peerce (T) Noman Scott (B) Arturo Toscanini Rober Shaw Chorale NBC Symphony Orchestra ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125 「合唱付」
アイリーン・ファレル(ソプラノ)/ ナン・メリマン(メゾ・ソプラノ)ジャン・ピアース(テノール)/ ノーマン・スコット(バス)
アルトゥーロ・トスカニーニ / ロバート・ショウ合唱団 / NBC交響楽団
フルトヴェングラーに触れるなら、 対照的と言われるトスカニーニ(1867-1957)の1952年の録音にも言及すべきでしょう。短気で怒り出すと皆が縮み上がったという、いかにも昔の巨匠タイプのイタリア出身の指揮者で、引き締まって端正なその表現は後の演奏の一つの規範になったとされます。フルトヴェングラーはその後継者的存在が見つけ難いのに対して、トスカニーニの方は、個々の表現はそれぞれ独特であるにせよ、そのスタイルを受け継いでいるような印象を受ける後世の指揮者は多く存在します。初期のカラヤンをはじめ、同じく厳しい練習で有名であり、筋肉質な演奏を徹底させたジョージ・セルなどです。したがって新しい録音で端正な演奏が手に入る分だけ、却ってフルトヴェングラーのようには神格化されなかったのかもしれません。しかしその演奏は短く切るフレーズと一気に熱を帯びる豪快さなど、この指揮者の性質がよく出ており、特徴があります。これこそが第九の本命のように言われることもあります。録音は古いですが、リマスターされた盤も色々出ました。
![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral" Gundula Janowitz (S) Hilde R?ssel-Majdan (Ms) Waldemar Kment (T) Walter Berry (Br)
Herbert von Karajan '62 Wiener Singverein Berliner Philharmoniker
ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125 「合唱付」
グンドラ・ヤノヴィッツ(ソプラノ)/ ヒルデ・レッセル=マイダン(メゾ・ソプラノ)
ワルデマール・クメント(テノール)/ ワルター・ベリー(バリトン)
ヘルベルト・フォン・カラヤン / ウィーン楽友協会合唱団 / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1962
![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral" Janet Perry (S) Agnes Baltsa (Ms) Vinson Cole (T) Jos? van Dam (Br)
Herbert von Karajan '83 Wiener Singverein Berliner Philharmoniker
ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125 「合唱付」 ジャネット・ペリー(ソプラノ)/ アグネス・バルツァ(メゾ・ソプラノ)
ヴィンソン・コール(テノール)/ ヨセ・ファン・ダム(バス)
ヘルベルト・フォン・カラヤン / ウィーン楽友協会合唱団 / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1983
でも一般に最も有名なのは帝王カラヤン(1908-1989)とベルリン・フィルの方でしょうか。最初の全集に入っている1962年の録音(写真上)は最終的に20万円のガラスCDすら売り出されましたが、カラヤンの録音としてはやはりこれが一番良いような気がします。颯爽として内側からのエネルギーを感じさせるもので、あのグンドラ・ヤノヴィッツも歌い、力強いラストは本当に喜びに包まれました。他のセッション録音としては、カラヤン時代のベルリン・フィルが最も充実していたと言われる70年代に二度目の全集が出ました。その第九(1976)は濃密流麗な音で、いわゆるカラヤン・レガートが表面化してきた時期の演奏でもあり(ベートーヴェンがそうというわけではありません)、ソプラノは妖艶なアンナ・トモワ・シントウに変わり、テノールにはペーター・シュライアーが起用されています(アルトはアグネス・バルツァ、バスはヨセ・ファン・ダム)。そして合唱のパートのみ別取りして合成した点もよく指摘されます。その音場が不自然だとも言われるわけだけど、色々な物のテクノロジーに関心を寄せたカラヤンらしいとも言え、気にならない人は気にならないと思います。
三度目の全集はデジタルになってからの1983年で(写真下)、この頃はオーケストラとの関係があまり良くなかった時期であり、個人的には計算が先に立つ人工的な一面も若干あるように感じています。それでもライヴや最晩年の演奏のいくつかには熱く燃焼するものもありましたから、時期だけの問題でもないのでしょう。ここら辺は聞く側の感じ方や好みによって意見もまちまちです。テンポに関して言えば、緩徐楽章の第三楽章については二度目の録音が一番ゆったりで三度目が最も速く、その差が1分近くて顕著だけど、聞けばそれほど違う感じでもありません。それ以外は楽章によってまちまちながら、もっと近接したタイムなのでほぼ同じぐらいに聞こえます。カラヤンの60年代はスピーディな運びの印象があるけれども、この曲については三度目の録音が結構速めであり、間延びした冗漫なものではありません。デジタル初期ながら OIBP リマスター化されたりもして音的にも一番良いでしょう(この頃はハードに対して技師者が合わせられない側面もあり、ハイが強調されたぎすぎすした音の盤も多くありました。マスターに忠実にしようとして高域も出すマスタリングだと却ってきつくなるかもしれません)。演奏も散漫な感じはせず、これを一番に推す人もいます。オーケストラには隙もたるみもないのできりっとしています。それでも全体にただ上手過ぎるかのように感じるのは個人的な偏見かもしれません。ウィーン・フィルとの晩年の録音には滋味溢れる曲もあったので、ベートーヴェンもやってくれてたらと思わなくもありません。いずれにせよこの最新盤のカラヤンも見事な演奏だと思います。
Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral" Irmgard Seefried (S) Maureen Forrester (A) Ernst Haefliger (T) Dietrich Fischer-Dieskau (Br) Ferenc Fricsay Chor der St. Hedwigs-Kathedrale Berliner Philharmoniker ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125 「合唱付」」
イルムガルト・ゼーフリート(ソプラノ)/ モーリーン・フォレスター(アルト)
エルンスト・ヘフリガー(テノール)/ ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
フェレンツ・フリッチャイ / ベルリン聖ヘドヴィヒ大聖堂聖歌隊 / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1960年前後で名盤とされているものはいくつもあり、スピーディで颯爽としたカラヤン以外にも、遅くて雄渾壮大なスタジオ録音とエネルギッシュなライヴを残した巨人、クレンペラー&フィルハーモニア管(他のオーケストラの録音もあります)、ヒューマンな歌を聞かせるワルター/コロンビア響、ゆったり滑らかでありながらも力強さと洗練を両立させるクリュイタンス/ベルリン・フィル、速いテンポで爆演と評されることもあるミュンシュ/ボストン管、品があってバランスが良いイッセルシュテット/ウィーン・フィルなどが、ファンごとにそれぞれの好みに応じて高く評価されています。そして忘れてはならないのはキューブリックの映画、「時計仕掛けのオレンジ」でも使われた58年録音のフリッチャイ/ベルリン・フィルの演奏でしょう。内外で評価が高く、哀切で緊張感もあるということでフルトヴェンクラー/バイロイト祝祭管以上の名演と言う人もいます。帝王フィッシャー=ディースカウが聞ける唯一の盤でもあります。 他のページでも書きましたが、このドイツの夭折の指揮者フリッチャイ(1914-1963)は、フルトヴェングラーの後でドイツ・ロマン派の香りを残す演奏をした数少ない例だと思います。こういう捉え方も評論家のロジックだけど、トスカニーニ流の引き締まった演奏マナーが初期のカラヤンやセル、そして現代の一般的な演奏へと広がって行ったと言われるのに対して、巨匠の風格溢れるロマンティックな流儀は主流とはならず、この人以外の後継者としては振幅の大きかったテンシュテットを挙げる人がいるぐらいでしょうか。波打つレガートと息を殺したピアニシモ、感興に任せて揺れるテンポ、熱くなると走って行く思い入れの強い演奏には根強い愛好者がいます。 第一楽章が始まった瞬間から動きが滑らかで、どこか妖艶な音が響きます。ステレオ初期の録音ながら低音が豊かなことにも気づきます。その長く引っ張る歌はロマンティックで、重さとうねりがあります。途中で速くなるところもあるけど、強い音も即物的ではなく、有機的でどこかドラマ性が感じられます。 スケルツォは力を入れ過ぎたりせずゆったりめで、やはり重さがあります。
第三楽章のアダージョも荘重です。靄がかかりながらも滔々と流れ、人生を悲劇に見立て、後ろで息を凝らしながらその伴奏をしてるようです。濛々たるロマンティシズムに満たされたドラマがあり、ここで酔うことを望む人にこれ以上の演奏はないでしょう。
第四楽章は多くの人が出だしから目の覚める迫力を期待するけど、ここではそういう力は見せず、抑えています。静かなパートはやさしく撫でるように歌い、本当に静かです。そしてバリトンにはドイツ・リートのキング、フィッシャー=ディースカウが起用されています。何を歌わせても完璧と言われた人で、それなら皆が褒めるかと思いきや、批判的な意見もあるようです。 第九は男らしい声でドラマティックに歌い始めなくてはいけないということかもしれません。個人的には逆に、これに限っては端正でいいのではないかと感じました。そして途中弾むような運びになって劇的になり、ラストはフルトヴェングラーのファンも認めるお約束というか、熱く走って行きます。こんなデモニッシュなステレオの名演は他にありません。
![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral" Gr? Brouwenstijn (S) Kerstin Meyer (Ms) Nicolai Gedda (T) Frederick Guthrie (Br) Andr? Cluytens Choir der St. Hedwigs-Kathedrale Berliner Philharmoniker ♥
ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125 「合唱付」 グレ・ブロウェンスティーン(ソプラノ)/ ケルステン・マイヤー(メゾ・ソプラノ) ニコライ・ゲッダ(テノール)/ フレデリック・ガスリー(バリトン) アンドレ・クリュイタンス / 聖ヘドヴィヒ大聖堂聖歌隊 / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ♥ フランスものが得意とされ、ゆったりとして流麗な歌を聞かせるベルギーの指揮者、クリュイタンス(1905-1967)はベルリン・フィルと楽団初のベートーヴェンの交響曲全集を出しており、「序曲」や「田園」など大変魅力的です。全体に遅めのテンポで正攻法の第九です。録音は1958年。同じ年に録音された同じベルリン・フィルの前出フリッチャイ盤も遅めのテンポを取るところが多いものの、フリッチャイのようなロマンティックな影や没入する様子はなく、テンポもあまり動かしません。静かなパートが滑らかで魅力的なのは同様だけど、比べるならバランス感覚が良く、構築的です。
第一楽章は遅めで、ステレオ初期ながら艶のある弦の音で滑らかに奏されます。拍は重めでややもったりに聞こえるところもあります。テンポの変化で訴えて来る演奏ではありません。 第二楽章になるとテンポは中庸になり、しかし歯切れ良過ぎることもなく、やわらかい線でつないで行きま す。スケルツォといっても、弾けるティンパニで滑稽に表現するというより美しく奏でる感じです。
第三楽章もなだらかな抑揚で歌うけれども過剰に波打たせることはせず、フリッチャイのようにのめり込む感覚はありません。抑制が効いて品の良い運びです。
第四楽章もゆったり悠然と入り、メリハリはあるけど走りません。迫力がないというのではなく、力のこもるところはしっかりしていながら、常に品の良さが感じられます。そして独唱の入りだけど、アイダホ出身のアメリカのバリトン、フレデリック・ガスリーという人です。この声もなぜか演奏にマッチして滑らかで、やわらかく深みがあって魅力的です。あるいは一番好きかもしれません。個人的にはオペラのように劇的にやるよりこっちの方が実感が出ると思います。ガスリーはオペラも経験しているようですが。独唱と合唱に続いて速くなり、ラストも 走るわけではないながら力強く締めます。
![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral" Emilia Cundari(S) Nell Rankin (MS) Albert Da Costa (T) William Wilderman (Br) Bruno Walter Westminster Symphonic Choir Columbia Symphony Orchestra ♥♥ ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125 「合唱付」
エミリア・クンダリ(ソプラノ)/ ネル・ランキン(メゾ・ソプラノ)
アルバート・ダ・コスタ(テノール)/ウィリアム・ワイルダーマン(バリトン)
ブルーノ・ワルター / ウェストミンスター・シンフォニック合唱団 / コロンビア交響楽団 ♥♥
1959年録音のワルター(1876-1962)とコロンビア響による演奏です。「田園」が特に名盤とされているけれども、第九もこの指揮者らしい深々としたやわらかい歌に特徴が出ています。ナチの時代に苦難を味わった彼の音楽には、節回しに思いやりと意志の強さが出ように感じます。最近の流行のように速く流しはしない第三楽章のアダージョは十分に夢想的だけど、フリッチャイのように浸る感じではなくてより覚醒したところがあり、多くの人が指摘する通り魅力的です。でもそこだけにとどまらず、全体に波長が統一されていると思います。カラヤンの二度目の録音のように第四楽章を別どりした不整合が問題にされることもあるけど(オーケストラと合唱を別に録音して合成したのではなく、別の日と場所で収録したに過ぎません)、個人的には気になりません。第九の名演だと思います。リマスターされた音も艶やかです。 ![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral" Helen Donath (S) Teresa Berganza (A) Wieslaw Ochman (T) Thomas Stewart (B)
Rafael Kubelik Orchester (Chor) des Bayerischen Rundfunks ♥♥
ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125 「合唱付」 ヘレン・ドナート(ソプラノ)/ ブリギッテ・ファスベンダー(アルト)
ホルスト・ラウベンタール(テノール)/ ハンス・ゾーティン(バス)
ラファエル・クーベリック / バイエルン放送合唱団&交響楽団 ♥♥
子供時代からベートーヴェンのシンフォニーのスコアを読んでいたというチェコの指揮者、クーベリック(1914-1996)のバイエルン放響との第九も素晴らしいです。亡命した経歴はワルターに似てるけど、その後シカゴの悲しいおばさんにいじめられたこと(評論家からの酷評)以外、家族を殺されたというような苦難は伝わっていません。でもこの人らしいしなやかでデリケートな歌にはワルターとも比較できるような優しさが感じられます。ワルターに感激して指揮者になっただけあります。 第九は1975年の全集からのスタジオ録音と82年のライヴ盤がありますが、後者は部分的にはライヴらし いスケールの大きさを感じさせる一方、全体では必ずしも白熱しているとは言えず、運びに重さも感じます。スタジオ録音の方がアンサンブルも揃ってるし、第三楽章の波打つ感覚も美しいし、ラストも勢いがあります。したがって個人的には磨き抜かれた75年盤の方を取ります(写真上)。アナログ完成期の音も分解が良く、弦もしっとりとした艶があってきれいです。この全集は各曲を異なったオーケストラで録音するという面白い企画が話題になり、曲単独で論議されることは少なかった印象ながら、第九は当時のクーベリックが主席指揮者だったバイエルン放響を持って来るところからして総決算の趣があります。
クーベリックと言えば、チェコの社会主義体制崩壊後のライヴでの熱っぽい演奏のことばかり騒がれたこともあり、それ以外は冷静で力がないように評する人もいます。でもこの第九は、走りさえしないものの十分に力強いです。ラトルにもあったけど、第二楽章でブラスの伴奏部分が目立ったり、同じくラトルやヤルヴィのように終楽章でピッコロが前に出たりはあります。でも基本的にオーソドックスで、そこに独自の歌が乗るという感じでしょうか。第三楽章はゆったり波打ってやわらかく、大きく息をつくようなクレッシェンドが魅惑的です。この楽章はきれいだと言われるワルターと比較出来るでしょう。むしろワルターより前半は夢想的かもしれません。終わりで目覚めるところが鮮烈なのもいいです。第四楽章は合唱の規模が大きく感じられ、フルトヴェングラーのように走る演奏を求める人にはもの足らないかもしれないけど悠然としています。静かなところから立ち上がって行く様も確固としており、名演だと思います。何よりも呼吸のある演奏です。 ![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral" Helena D?se (S) Marga Schiml (A) Peter Schreier (T) Theo Adam (B)
Herbert Blomstedt Leipzig Radio Choir Staatskapelle Dresden
ベートーヴェン / 交響曲第9番 op.125 「合唱付」 ヘレーナ・ドゥーゼ(ソプラノ)/マルガ・シムル(アルト)
ペーター・シュライアー(テノール)/ テオ・アダム(バス)
ヘルベルト・ブロムシュテット / ライプティヒ放送合唱団 / シュターツカペレ・ドレスデン
旧東ドイツの真面目な演奏のもう一枚はブロムシュテット(1927-)とシュターツカペレ・ドレスデンのものです。シュターツカペレ(State Chapel 国立歌劇場)という名が同じで、よくいぶし銀と評される真面目さも同様なので混同しそうですが、ベルリンよりも下の方、ドレスデンの楽団です。指揮者のブロムシュテットはスウェーデンの人(正しくはスウェディッシュ・アメリカン)です。1979年の全集の中の一枚と、85年のライヴがあるけど演奏の傾向は似ており、79年盤のルカ教会でのシャルプラッテンの録音はライヴより音質が良いのでそちらが良いかと思います。 スイートナー盤と似た印象で兄弟のように感じると言ったら違いの分かる人から異議を唱えられると思いますが、スウェーデン人のブロムシュテットの方が若干ごつっとした力を感じ、フレーズもやや分解的でしょうか。実直な北欧人という刷り込みかもしれません。ごつっと言っても拍に角があるほどではないのだけれど、スイートナーの方が幾分滑らかな気もするのです。モーツァルトなどではどちらも極上という感じでしたが。DENON の音像が遠いのでその録音と残響の加減もあるかもしれないものの、スイートナーの方が静かなところでわずかにレガートかなと感じました。ブロムシュテットは近く第九で由緒のあるゲヴァントハウス管との新録音も出すようです(その後出たので次でレポートします)。 楽章ごとで言うと、最初の楽章から迫力があります。 後半で遅くしたりするけど正攻法です。第二楽章もオーソドックスなテンポ設定で、第三楽章も速くも遅くもない中庸なものです。ここはライヴ盤の方がゆっくりなようです。でもそのライヴ盤も夢見るような運びではありません。合唱の楽章も中庸なテンポで後半遅くなりもするけど、ラストは力強いです。とにかく真面目で真っ直ぐという印象です。これこそ第九でしょう。
これもリマスター違いの盤が出ています。 ![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral"
Simona Saturov? (S) Mihoko Fujimura (A)
Christian Elsner (T) Christian Gerhaher (Br)
Herbert Blomstedt Gewandhaus Chor & Kinderchor MDR Rundfunkchor ♥♥
Gewanthausorchester Leipzig
ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125 「合唱付」
シモナ・シャトゥロヴァー(ソプラノ)/ 藤村実穂子(アルト)
クリスティアン・エルスナー(テノール)/ クリスティアン・ゲルハーヘル(バリトン)
ヘルベルト・ブロムシュテット/ ゲヴァントハウス合唱団&児童合唱団 / MDR 放送合唱団 ♥♥
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
これは全く見事な演奏だと思います。ライヴ録音で気迫に満ち、オーソドックスだけど読みが深く、メリハリもあります。何より演奏者たちが熱く乗っているのが良いと思います。オーケストラはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団。シラーの「歓喜に寄す」が作られた場所ということもあり、力の入れようが違うのかもしれません。以前のシュターツカペレ・ドレスデンのときより表現に工夫と幅が出て、大胆になっている気がします。旧盤は五十二歳時でした。こちらは八十八歳時ということになるけど、むしろこっちの方が若々しいほど。ゲヴァントハウス管を桂冠指揮者となってから振ったコンサートの記録をまとめて全集にしたもので、2017年に企画・発売されました。CD は全集のみで、映像では第九が先行して前年に出ました(DVD/他に5〜7番とトリプル・コンチェルトも)。
第一楽章はやや速めです。この演奏は現代らしく、楽譜に忠実にテンポ設定されています。変わったことはしないけど弱めるところはしっかり弱め、強弱にメリハリがあります。全体に力強くて熱があります。
第二楽章は標準的な速度で切れがあります。安心して聞いていられます。
第三楽章ですが、ここは速めの展開で楽譜の指示通りです。強弱に表情があり、弾く側も気合が入っていて爽やかです。リズムは基本インテンポですが、パートごとに伸び縮みさせてメリハリは付けています。速度を緩めるところでは延ばす音につながりと余裕があり、滑らかなので、途中からはそれほど速くは感じません。何気ないけれども読みの深い運びです。後半ではかなりゆったりに感じさせるところも出て来ます。ロマンティックな靄のかかった表現ではないけど表情豊かであり、これがあるべき姿でしょう。
第四楽章は実に堂々としています。喜びのテーマの入りも表情が生きており、粘りのあるクレッシェンドで盛り上げた後、やや走って歌へとつなぎます。バリトンの入りですが、揺れのある軽めの声を張り上げるように歌って表情が大きく、巻き舌と装飾も入ります。間も音色もオペラ的というのか、好みはありそうです。ゲルハーヘルだけど、冬の旅などのリートとは違った印象です。合唱部分の迫力はかなりのもので、透明なハーモニーが天国的という方向ではないけれども、リズムを強く打って最大限の迫力があります。オーケストラ共々全体にリズムはくっきりとして気迫に満ちています。緩急を付けているのも特徴的です。ラストも最大限の迫力で、最後の最後は走ります。
2015年の大晦日のコンサートを録音したもので、この楽団恒例の行事です。レーベルはアクセントゥスで、コンディションも大変良いです。
![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral” Janet Price (S) Brigit Finnila (A)
Horst Laubentha (T) Marius Rintzler (B) Bernard Haitink Chorus of the Concertgebouw Orchstra Amsterdam ♥
ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125 「合唱付」
ジャネット・プライス(ソプラノ)/ビルギット・フィニレ(アルト)
ホルスト・ラウベンタール(テノール)/マリウス・リンツラー(バス)
ベルナルト・ハイティンク / アムステルダム・コンセルトヘボウ合唱団&管弦楽団 ♥
全集がレコード賞を取ったハイティンク(1929-2021)とアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団もフィリップスの録音が魅力的であり、オーソドックスながらテンションの保たれた好演です。第九は1980年のライヴ録音が良いと思います。ラストでの迫力など、常に均整の取れた演奏をするハイティンクとしては恐ろしくまくっている印象で、ライヴならではです。伝統に裏打ちされ、余分なことをしない真っ直ぐな演奏で熱いものを探しているなら、これがベストかもしれません。87年に収録したスタジオ録音も出たけど、悪くないながらハイティンクの場合はライヴ盤でしょう。ソプラノがジャネット・プライスとなっていれば80年のライヴ盤、ルチア・ポップならスタジオ盤です。2006年のロンドン・シンフォニーとの新録音も出ました(その後2021年に亡くなってしまったのでそれが最後です)。そちらは最高の録音だったマーラーの巨人と同じエンジニア(ジェームズ・マリンソン)で、この演奏もエネルギッシュです。 ![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor “Choral”
Sally Matthews (S) Gerhild Romberger (MS)
Mark Padmore (T) Gerald Finley (Br)
Bernard Haitink Chor und Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks ♥
ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125「合唱付」
サリー・マシューズ(ソプラノ)/ ゲルヒルト・ロンベルガー(アルト)
マーク・パドモア(テノール)/ジェラルド・フィンリー(バリトン)
ベルナルド・ハイティンク / バイエルン放送合唱団&交響楽団 ♥
ハイティンク引退7ヶ月前の2019年にオーケストラ本拠地でライヴ録音されたものです。21年に九十二歳で亡くなっていますので、最後と言ってもよい演奏です。前項で触れましたが、第九としては2006年のロンドン交響楽団との録音もありました(トワイラ・ロビンソン [S]/カレン・カーギル[A]/ジョン・マック・マスター [T]/ジェラルド・フィンリー [B]/ロンドン交響楽団&合唱団/3度目の全集からの分売)。古い方から並べると76年のロンドン・フィルとの最初の全集の第九(ソプラノがハンネローゼ・ボーデ)、80年のコンセルトヘボウとのライヴ(ソプラノがジャネット・プライス)、87年の同コンセルトヘボウとの全集からのスタジオ録音(ソプラノがルチア・ポップ)、06年のロンドン響とのライヴと来てこれで5度目となります。
慈しみを感じる演奏です。引き締まって気迫があるという意味では前回のロンドン響との録音の方が該当するでしょう。客観的にはそちらの第九の方が完成度は高いのかもしれません。でもこちらの最晩年の録音には、この時期ならではの魅力があります。万人受けするものではないかもしれないけど、その味わい深さは数ある第九の録音の中でも特徴があると思います。テンポは少し遅くなり、前回と比べるとフレーズの切り返しやリズムがもたっと聞こえることでしょう。でも一つひとつのフレーズを噛み締めるかのような滋味溢れる響きに聞き入ってしまうのです。どの音がそうということは具体的に示し難いし、愛惜の思いで聞くからだと言われれば反証もないけれども、波長がそうとしか言いようがないです。音を出すのはオーケストラなので、演奏に指揮者の心情が表れる、場が共鳴するという非唯物的な見方です。
第一楽章からしてすでにそんな気配が漂っています。でもこういう風に落ち着いた演奏の方が曲の価値が分かる気がします。第二楽章もよく聞くと同じ周波数です。第三楽章に入ると指示通りの速めのテンポではあるので、ティルソン・トーマス盤で聞かれたようなゆったりめで滑らかなフレージングというのとも違いますが、よく息をしていて脈動するような強弱は付いています。あっさりした運びではあるけど、じっくり聞くと少し夕暮れのような気配がある気がして来るのはこちらの思い込みでしょうか。そして合唱の楽章も不協和音が意表をつく感じではないし、決して前のめりにならない運びは枯れているという事態かもしれないけど、最初に波打ってクレッシェンドするところから込み上げて来るものを感じます。遅いといっても、独自の分解的な運びで合唱部分を第九とは別の宗教曲のように聞かせるチェリビダッケとは違うものの、自我が薄れて透明になって来た音がオーケストラからちゃんと響いて来ます。ハイティンクもこういう境地まで来て去って行ったのだなという思いです。
2019年のライヴ録音です。レーベルは BRクラシックで、この録音も前回のと比べて遜色ないというか、ナチュラルで大変良い音です。
![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral" Magdalena Hajossyova (S) Uta Priew (A) Eberhard Buchner (T) Manfred Schenk (B)
Otmar Suitner Berlin Radio Choir Staatskapelle Berlin
ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125 「合唱付」 マグダレーナ・ハヨーショヴァー(ソプラノ)/ ウタ・プリーヴ(アルト)
エーベルハルト・ビュヒナー(テノール)/ マンフレート・シェンク(バス)
オトマール・スイートナー / ベルリン放送合唱団 / シュターツカペレ・ベルリン
ハイティンクが出たところで、作為のない正攻法の演奏と言えば旧東ドイツの楽団によるものも日本では人気 があります。その一つは DENON の録音によるもので、日本では特に定評のあるスイートナー(1922-2010)とシュターツカペレ・ベルリンの1982年盤です。「田園」同様、イエス・キリスト教会での残響の美しい録音でも話題になりました。ドイツ - イタリア系オーストリア人のスイートナー(スウィトナー/スイトナー)だけど、ウィーン風の典雅な感じかというと、「田園」では確かに滑らかな感触が勝ってたものの、第九ではフレーズに角はないながらもより直線的であり、走らず真面目な印象です。案外力も入ってます。洗練されたもの同士ということでプレヴィン盤と比べると、第一楽章での強い拍の部分では同様になかなか強く感じます。第二楽章は速く、第三楽章もあっさりしています。速いところでも要所では歩調を緩めてしっかり歌っています。終楽章は入りから元気が良くてテンポもきびきびしており、静かなところでは大変静かなのでダイナミックレンジも広いです。そしてラストだけは走り、力強い終わり方です。トータルでは何も足さない、何も引かないの類であり、ラトルのように細部まで注文が通ってる感触はなく、ワルターやクーベリックのような歌を聞かせるでもありません。ベームのようにリズムがごつごつしてるわけでもなければ、ヤンソンスのように楽しく乗る感じでもありません。ハイティンクのライヴより真面目でしょうか。面白みはないかもしれないけど完全無欠です。 前述の通り録音も良く、すっきりした弦の音は分離も良いです。スタジオ録音で音の良い正統派の第九としては最も魅力的なものの一つです。売れ筋なので何度も焼き直し盤が出ており、ジャケットの写真も色々です。どのリマスターがいいか、比べてみるのもありかもしれません。 Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral" Roberta Alexander (S) Florence Quivar (A) Gary Lakes (T) Paul Plishka (B)
Andr? Previn Ambrosian Singers Royal Philharmonic Orchestra Ambrosian Singers Royal Philharmonic Orchestra
ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125 「合唱付」
ロバータ・アレクサンダー(ソプラノ)/フローレンス・クイヴァー(アルト)
ゲイリー・レイクス(テノール)/ポール・プリシュカ(バス)
アンドレ・プレヴィン / アンブロジアン・シンガーズ / ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
派手な誇張に縁のない洗練された演奏ならプレヴィン(1929-2019)とロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団はどうでしょうか。こちらはあまり注目されていないかもしれませんが、RCA1993年の録音です。ジャズも名人だったプレヴィンはガーシュウィンを得意としており、クラシックの伝統的な楽曲でも知的で独特の存在感を放っていました。第九でもやはり正攻法でいながらも柔軟な運びを聞かせています。旋律線は流れるような流線型ながら、「大公」でのピアノの解釈にも似て、ベートーヴェンはやや重みも感じます。ワルターやクーベリックのように常に全体がゆったり上下するというよりも、軸は一定でフレーズごとに滑らかさが出る感じとでも言ったらよいでしょうか。区切りは一つひとつ運び、それでいて大きく盛り上がるところもあります。第一楽章からすでにフォルテで下から湧き上がって来る力を感じさせ、ティンパニを伴うフォルテではオーケストラの大きさが実感されます。
![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op. 125 "choral"
Barbara Bonney (S) Birgit Remmert (A)
Kurt Streit (T) Thomas Hampson (Br)
Simon Rattle City of Birmingham Symohony Chorus Wiener Philharmoniker ♥
ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op. 125「合唱付」
バーバラ・ボニー(ソプラノ)/ ビリギット・レンメルト(アルト)
カート・ストレイト(テノール)/ トーマス・ハンプソン(バリトン)
サイモン・ラトル / バーミンガム市交響楽団合唱団 / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ♥
![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral"
Annette Dasch (S) EVA Vogel (MS)
Christian Elsner (T) Dimitry Ivashchenko (B) Simon Rattle Rundfunkchor Berlin Berliner Philharmoniker
ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op. 125「合唱付」
アンネッテ・ダッシュ(ソプラノ)/ エーファ・フォーゲル(アルト)
クリスティアン・エルスナー(テノール)/ ディミトリー・イヴァシュシェンコ(バス)
サイモン・ラトル / ベルリン放送合唱団 / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮者として世界の頂点に立ったラトル(1955-)は外せないでしょう。EMI 2002年のウィーン・フィル(写真上)と Berlin Phil Media 2015年のベルリン・フィル(写真下)によるベートーヴェンの交響曲全集が出ています(後者は分売なし)。ピリオド奏法を取り入れながら細部まで彫琢され、どちらも完成度が高いと思います。全集全体としては、ウィーン・フィルの方が若干角がやわらかくて重い立ち上がりで、ベルリン・フィルはよりエッジが立ったように聞こえがちであり、演奏面でもベルリンの方がウィーンより巧者でメリハリを付けた、やるべきことを細かくやった印象の曲が目立つように思います。「ベートーヴェンは自分を映す鏡であって、己と戦っているその音楽は洗練され過ぎず率直な方がいい」と指揮者自身が語っているようだけど、パーツごとの設計や細部への注文はかなり具体的なのではないかと想像します。主旋律でないパートが浮き上がったり、低音弦の動きがくっきり分かったり、管に独特の間のある吹き方をさせたりしますし、切るとつなげるの対比が鮮やかだったり、あるいは繰り返しで思い切り弱くしたりで、鏡に映るラトルの演奏はコントロールの効いた感じがします。
第九でも基本的に同じではあます。でも小細工が効いた感じはしませんでした。新旧の違いとしては、新しい方が第二楽章を除いてタイムは若干短いようだけど、テンポについては聞いた感じはそれほど違うものではありません。抑揚については、ベルリン・フィルの方がどうかすると誇張が少ないぐらいで自然に聞こえる気がします。でも逆に自然過ぎるというか真っ直ぐで、個人的にはウィーンの方が重さと力があって聞き応えがありました。表現上弱い音をしっかりと抑えて行くところは両者共通しています。緩徐楽章の第三楽章はウィーン・フィルの方がやわらかく、ゆったりしていて味わい深いと感じた一方、ベルリンの方はそつがなく、さらっと速めな感覚が強いです。第四楽章の終わりも、録音の加減もあるだろうけどウィーン・フィルとの方がピッコロが浮き出したりするし、盛り上がりも若干強いでしょう。ベルリン・フィルの第九は案外鋭さのないオーソドックスな展開に感じます。ピリオド奏法の影響が全くないという意見もあるようだけど、ビブラートの抑制がかかった語尾の引っぱり方など、そこから得たものは生かしているのではないでしょうか。その意味ではヤンソンスの方がピリオド奏法的なところがないでしょう。カラヤンの最後の第九でもこういう波長は漂っていたけど、ベルリン・フィルは上手過ぎるのであり、誰にも文句が付けられないので客観的にはこれを第九の一番として挙げるべきかもしれません。プライドを持った楽団と仕事をするのは大変だというようなことをラトル自身も言っていた記憶だけど、これほど完璧に最後まで通り抜けて行くと、バーミンガム時代のベートーヴェンも聞きたかったと少し思ってしまいました。贅沢な話です。ウィーン・フィルとの方は個性も熱もあるのでその限りではありません。
録音に関しても、コンサート・ホールの響きも関係あると思うけど、ベルリンの方は色気を感じさせる音ではなく、艶や繊細な倍音が乗るという感じでもなく、デジタル録音としては標準的にまとまった音だと思います。ウィーン・フィルの方は良好です。
![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral" Christiane Karg (S) Mihoko Fujimura (A) Michael Schade (T) Michael Volle (Br)
Mariss Jansons Chor des Bayerishen Rundfunks ♥
Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks
ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125 「合唱付」
クリスティアーネ・カルク(ソプラノ)/ 藤村実穂子(アルト)
ミヒャエル・シャーデ(テノール)/ ミヒャエル・ヴォッレ(バス)
マリス・ヤンソンス / バイエルン放送合唱団&交響楽団 ♥
オーソドックスという意味では、仕掛けで勝負せず、いつも愉悦感を持って演奏しているようなマリス・ヤンソンス(1943-2019)も法王前演奏(2007)と来日公演(写真上/2012)の二つの第九を出しました。サントリー・ホールでの方は録音こそ若干中低域のこもりがあるかもしれないけど、正攻法で自然な運びの素晴らしい演奏です。日本でのライヴ録音ではフライング・ブラボーが名物であり、ここでも若干聞かれるものの、それもなるほどと思えるぐらい東京公演の方が断然熱いです。音楽を楽しみつつ純粋に感動できる希有な第九と言えましょう。第三楽章は現代の解釈らしく速めのテンポ設定で、第四楽章ではティンパニが頑張るところはありますが、ライヴの興奮とはったりのなさという意味で最も好きな演奏の一つです。
![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor “Choral”
Erin Wall (S) Kendall Gladen (MS)
William Burden (T) Nathan Berg (Br)
Michael Tilson Thomas San Francisco Symphony Orchestra ♥♥
ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125「合唱付」
エリン・ウォール(ソプラノ)/ ケンドール・グラーデン(メゾ・ソプラノ)
ウィリアム・バーデン(テノール)/ネイサン・バーグ(バリトン)
マイケル・ティルソン・トーマス / サンフランシスコ合唱団&交響楽団 ♥♥
1990年から2020年までサンフランシスコ交響楽団の音楽監督を務めたアメリカ人指揮者ティルソン・トーマス(1944-)の第九は美しいものでした。美しいというのは、この指揮者の美意識の高さが表れていると思うからです。サンフランのオーケストラとしての地位は LA フィルハーモニーと同様、東海岸側の有名オーケストラに加えてシカゴやクリーヴランドなどのいわゆるビッグ・ファイブには入らないわけだけど、この人の時代にはアンサンブルの見事さという点でも引けを取らないレベルに達したのではないかと思います。在任中色々な作曲家のいくつもの録音で目を見張るものがありました(「春の祭典」など見事だと思います)。
第九については、例えば「運命」で少し感じたような、フレーズの終わりの音をスムーズに引っ張るような特徴は特に目立ちません。また、特にピリオド奏法の癖を出すようなものでもなく、正攻法で細部まで神経が行き渡り、力強さもあります。テンポ設定も走るような部分はなく、第三楽章がややゆったりで大変きれいです。ここは昨今の演奏が皆楽譜の指示を守り、また初演時のタイムが全体に遅いものではなかったことからもさらっと流すのが主流になっている中で、最も美しく響く速度を選んでいる気がします。個人的にもこの楽章は、ピリオド奏法時代らしく切れ良く素早く流すよりももう少し瞑想的にというか、夢の中を静かにドリフト・グライディングして行くようにやって欲しいと常々思っていたので、こういう運びは理想的です。整えられたスムーズな流れを聞かせ、音がまた大変美しくて聞き惚れてしまいます。他の楽章の出来も完璧でしょう。
2012年のライヴ・レコーディングで、最後に拍手が入ります。でも昨今の技術は優れており、この録音は最優秀と言いたくなるレベルです。細かな倍音も潰れず美しく響き、低音も自然ながらよく出ています。生演奏のホールの響きを捉えた見事な録音だと思います。レーベルはオーケストラ自身による SFS メディアです。
![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral" Joan Sutherland (S) Marilyn Horne (MS) James King (T) Martti Talvela (B)
Hans Schmidt-Isserstedt Wiener Staatsoper Wiener Philharmoniker
ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125「合唱付」
ジョーン・サザーランド(ソプラノ)/ マリリン・ホーン(メゾ・ソプラノ)
ジェイムズ・キング(テノール)/ マルッティ・タフヴェラ(バス)
ハンス・シュミット=イッセルシュテット / ウィーン国立歌劇場合唱団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ラトルはウィーン・フィルとの旧盤も意欲の高い演奏だけど、ウィーン・フィルと言えば古くはイッセルシュテットの1965年の名盤もありました。録音時期は前後するけど、ジャケットを掲げます(写真上)。歌わせ方に品のある洗練された演奏だけど、熱も十分伝わる完成度の高いものです。ゾフィエンザールで収録されたデッカの録音も古さを感じさせない名録音でした。
同じウィーン・フィルで1970年にはベーム盤も出ました。どの楽章も悠然として運びに重さがあり、実直壮大な演奏でした。ベームは他の楽団とそれ以前にもいくつか録音があり、若いときの方が好きという人もいます。そしてこの70年のベーム盤ぐらいまではスタジオ録音が普通でしたが、今は予算の関係からライブ収録が主になって来ています。より最近ではムジークフェライン・ザールのコンサートを収録した2010年 のティーレマン盤も話題になりました。音も良く、拍に重さを感じるときもあるけど、テンポの遅いところではぐっと遅く、歌ではためも効かせており、全体にメリハリが付いて聞こえるところが人気の秘密なのだと思います。 仕掛けに頼らない正攻法で意識の高い演奏ということになると、最近のラトルやヤンソンス以外でも、CD は意工夫に満ちていたけどパーヴォ・ヤルヴィ/ドイツ・カンマーフィルなんかもあてはまるでしょう。2008年にベートーヴェンを録音したときは速めのテンポでノンビブラートの現代的な解釈を打ち出し、その颯爽として切れの良いところ驚かされたけれども(「運命」は新鮮でした)、近頃の演奏は誠実さも感じさせるようになって来ました。そして2014年にボストン響、18年にゲヴァントハウス管に着任したアンドリス・ネルソンスは熱い「悲愴」も出して来たけど、最初から真っ直ぐに楽曲に取り組み、楽団員をその気にさせる指揮者ではないかと思います。2018年にはウィーン・フィルと第九をライヴ録音しています。今の人だけど古楽的でもなく、小細工をしない伝統的な手法で攻めます。合唱が野生的で、やはり熱い演奏です。 ![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor op.125 "Choral" Anna-Kristiina Kaappola (S) Marianne Beate Kielland (MS) Markus Schafer (T) Thomas Bauer (B)
Jos van Immerseel Anima Eterna ♥
ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125 「合唱付」 アンナ・クリスティーナ・カーポラ(ソプラノ)/ マリアネ・ベアーテ・シェラン(メゾ・ソプラノ) マルクス・シェーファー(テノール)/ トーマス・バウアー(バス)
ヨス・ファン・インマゼール / アニマ・エテルナ ♥
ピリオド楽器によるものではインマゼールとアニマ・エテルナがどこから見ても完成度の高い演奏だと思います。力と余裕に満ち、考証とパトスのパランスが取れています。考証などと言うと分かったようですが、第九のスコアは昔から色々と謎があって議論されて来たもので、ここで使われているのは冷戦後にあちこちから出て来た資料に基づいて編纂された1996年出版のベーレンライター版(賛否はありますが)であり、それにインマゼールが独自の研究を加えた結果が音になって出て来たものです。 演奏の進行を具体的に見ると、第一楽章は歯切れよく力がこもっていながら余力を感じさせます。スケルツォも溌剌として瑞々しく、途中から熱が入って来ます。第三楽章のアダージョ〜アンダンテではテンポを遅くし過ぎないのが良いところだけど、それでいて自在でうねるようなディナーミクがあり、テンションが高いです。所々軽いスタッカートにして表情も豊かです。第四楽章の入りの不協和音と問いかけの部分は短く峻厳で、歓喜の主題が何気なく始まって高まって行く推移に感動します。そして独唱の前のティンパニも激しいです。続く独唱陣はソプラノのビブラートが大きめながら質が高く、歌唱の間に挟まるノン・ビブラートの弦のうなりが印象的です。合唱も人数が多くないのでしょう、濁りません。ラストの高まりではピッコロがはっきり聞こえ、熱い終わりを迎えます。全体に見てクリアで活きいきとした演奏だと思います。 2007年録音の全集は録音の良さでも抜きん出ています。
![]() Beethoven Symphony No.9 in D minor “Choral”
Christiane Karg (S) Sophie Harmsen (MS)
Werner G?ra (T) Florian Boesch (B)
Pablo Heras-Casado Z?rcher Sing-Akademie Freiburger Barockorchester
ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125「合唱付」
クリスティアーネ・カルク(ソプラノ)/ ゾフィー・ハルムセン(メゾ・ソプラノ)
ウェルナー・ギューラ(テノール)/ フロリアン・ベッシュ(バス)
パブロ・エラス=カサド / チューリッヒ・ジング・アカデミー
フライブルク・バロック・オーケストラ
フライブルク・バロックの古楽演奏による第九です。指揮はアルハンブラ宮殿で有名なグラナダで育ったスペイン人のパブロ・エラス=カサド(1977-)。古楽の指揮はホグウッドとハリー・クリストファーに学びました。古楽楽団とピリオド奏法の典型というか、王道を行く演奏だと思います。速くて切れが良くて、アクセントがしっかりとしています。そしてそんな中でもどこか優雅で曲線的な歌を聞かせる部分もある前述インマゼールとは違い、より切れと力の方へ寄っています。ベートーヴェンに爆発的な燃焼を期待するのは一般的な傾向なので、そういう意味ではより万人に薦められる熱い演奏です。
2019年のハルモニア・ムンディの録音はコンディションも大変良く、ノン・ビブラートのピリオド楽器らしく震えるハーモニー(音が合わさると独特の共鳴が起こります)の弦が聞けます。
![]() ベートーヴェン / 交響曲第9番ニ短調 op.125 「合唱付」
セルジュ・チェリビダッケ / ミュンヘン・フィルハーモニー 管弦楽団&合唱団 ♥♥
/ ヘレン・ドナート (ソプラノ)/ ドリス・ ゾッフェ ル(メゾ・ソプラノ) / ジーク フリート・イェルザレム(テノール)/ ペーター・リカ(バス) 冒頭でジャケット写真だけを掲げたチェリビダッケ盤です。もう一度掲げて本文とします。このページでは初めこの CD のみを取り上げるつもりだったのでこういう思わせぶりな配置になりました。 第九はオーケストラ、独唱、合唱、指揮者の解釈、録音など、色々と要素の多い曲です。独唱の入りの歌が好みかどうかとかいう論議もよく耳にします。それだけに、誰しもが気に入る演奏は多くないでしょう。個人的にはプレーヤー脇の小棚にあるのはこの盤だけど、一般的に高い評価を受けているものでないのは知っています。
これはチェリビダッケの一連のミュンヘン・フィルのシリーズですが、この第九についてはテンポが遅過ぎるということはありません。客観的にはもちろんゆったりだけど、違和感を覚えるところはなく、言われなければテンポに注意が向かうことはないと思います。第二楽章の中間部ではかなり速くなって行くし、第三楽章など現代の慣例通りで逆に遅くない方に入るのではないでしょうか。激してテンポが揺れるという種類の演奏ではありませんが自然な揺れはあり、どの瞬間もテンションが保たれています。この指揮者のこの EMI のシリーズの中でもチャイコフスキーの5番、6番辺りと並んで最も充実した演奏だと思います。情感が深いながらはったりがなく、内なる激しさも秘めています。これ以上望むものはありません。 独唱者たちも見事です。最初のバリトン(バス)の入りも深みと伸びのある声で、歌い方も安定しています。女声陣も良く、ソプラノも華美にならず艶があります。
合唱がまた大変美しいです。昔のウィーン国立歌劇場合唱団のように全員が盛大に振わすというのではなく、濁らず出しゃばらず、真っ直ぐに歌います。そして楽章中程の独唱者が歌わない合唱のみの部分に来ると、他の演奏では全く出会えないような美しい音が出現します。透明感のある声で静かに運んで行くとろが宗教曲のようであり、暗闇の中から夜明けの光を眺める思いです。ここがこの演奏で一番魅力的に感じるところです。楽譜の指示通りかというとそうは言えないかもしえないけど、恣意的ではない形で個性的であり、読みに才能を感じます。Zen に興味を持っていたということなので、この人流の「ありのまま」の表現なのかもしれません。
ラストでは決して走らない中で圧倒的な力が保たれ、畏敬を覚えます。指揮中に変な声でトゥートゥーと歌うチェリビダッケは元から好きな指揮者ではあるけど、彼のものなら何でもいいというわけではありません。生でどう感じるかはともかく、間延びしているように思える録音もあります。でもこの第九は迫力があります。 音についても、全体にやわらかくて潤いがありながら弦の音も繊細に出ており、シンバルも澄み渡っていま す。スタジオ収録の最新デジタル録音と比べても遜色なく、EMI のレコーディングの中で最善のものではないでしょうか。録音嫌いの指揮者が発売を認めないことは分かっていた中で、密かに出す計画でもあったのでしょう か。音の細部を分解して聞かせる方向のものではないけど生の雰囲気をよく伝えています。1989年、ガスタイ ク・ ホールでのライブ収録です。 これだけ買おうとすると中古でプレミア価格をつけているところもありますが、14枚入の交響曲ボックス・ セットが一枚足らずのプライスで買えますので、そちらをお勧めします。それでも一枚ものがよいなら輸入で安いのがあります。サブスクライブでもいいでしょう。 INDEX |