ベー トーヴェン 交響曲第9番「合唱付」   

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       Beethoven   Symphony No.9 op.125 "Choral"
       Sergiu Celibidache    Munchner Philharmoniker    Philharmonischer Cohor Munchen
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       Helen Donath (S)    Doris Soffel (A)    Siegfried Jerusalem (T)    Peter Lika (B)

 このチェリビダッケの演奏については最後に書きます。



 第九。この名曲の解説をす代 わりに有名な話をひとつ。日本で年末に第九を演奏するようになったのは、1940年の大晦日にラジオ生放送 を行ったのが元々の始まりで、そのときの選曲理由は、ライ プツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団が第一次大戦後平和 を願っ演奏して以来、ずっと伝統にしているからだという ものでした。その後太平洋戦争も終わり、年末にお金がなくて困っていたNHK交響楽団(当時は日本交響楽団)の楽団員たち がなんとか収入を得ようと、人気があって客の入ることが多かった第九を取り上げたのが今の習慣につながった のだとされています。

 そして第 九ともなれば多くのCDが出ており、わが家にも何枚もあって思 い浮かぶものはいくつかあります。これからちょっとだけ概観してみます。         


 
    furtwangler9
       Beethoven   Symphony No.9 op.125 "Choral"
       Wilhelm Furtwangler    Chor und Orchester der Bayreuther Festspiele
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Elisabeth Schwarzkopf (S)    Elisabeth Hongen (A)   Hans Hopf (T)   Otto Edelmann (B)


ベートーヴェン / 交響曲第9番 op.125 「合唱付」
ウィルヘルム・フルトヴェングラー / バイロイト祝祭管弦楽団 ?
 1951年、戦 後初めてのバイロイト音楽祭でフルトヴェングラーがバイロイト祝祭管弦楽団と演奏したものが歴史的名演として不動の地位を保っていることはあらため て言うまでもないでしょう。バイロイト祝祭劇場では最初にワーグナーが第九を演奏したため、音楽祭ではワー グナーの 楽劇以外は第九しか取りあげられない伝統がある上、このときは戦後の復興後最初の演奏でした。シュワルツコップ がソプラノを歌っていますが、デモニッシュなテンポの揺れをもったロマン派的な名演奏であり、ナチが去った 歓喜にあふれています。社会主義体制の壁が崩れた後のコンサートにも同じような歓喜があったかと思います が、ここ での演奏はフルトヴェングラー自身もドイツ人であって出張したわけではなく、歓喜を自由と読み替える考えも湧かないまま、ただ熱気につつまれるという感じ です。
 著作権切れでたくさん出ているCDの中には日にち違い、編集違い、LPからの復刻、リマスター違いなどが目白押しで、どれがいいかは詳しいサイトにおま かせします。LP 以外で私が持っているのは、一番最後の音が回転ムラのように半音近くうわずって上がる一般的な録音のものです。この部分はさすがに気になるので編集ソフト で ピッチを下げておきました。まるで音程の不安定なポップスの歌手にするみたいですが、機械的な不具合ということで許されるでしょうか。
 一触即発の興奮に満ち、忘我のなか へと 猛然と走って行くラストは圧巻です。



 
 フルトヴェングラーに触れるなら、 対照的と言われるトスカニーニ/NBC交響楽団の 1952年の録音にも言及すべきでしょう。短気で怒り出すと皆が縮み上がったという、いかにも昔の巨匠 タイプという感じのイタリア出身の指揮者で、引き締 まって端正なその表現は後の演奏の一つの規範になったとされます。フルトヴェング ラーはその後継者的存在が見つけ難いのに対して、トスカニーニの方は、個々の表現はそれぞれ独自であるにせ よ、その印象を受け着いているかのように思える後世の指揮者は多く存在します。初期のカラヤンをはじ め、同じくボッシーな指導者で筋肉質な演奏 を徹底させたジョージ・セルなどを挙げる人もいるようです。したがって端正な新しい録音の演奏がいくらでも手に入る分だけ、かえってフルトヴェングラーの ようには神格化されなかったのかもしれません。しかしその演奏は短く切るフレーズと一気に熱を帯びる豪 快さなど、彼の性質を表すところがよく出ており、大 変特徴があります。これこそが第九の本命のように言われることもあります。録音は古いですが、リマスターされた盤も色々出ました。



    karajan62beethoven9
       Beethoven   Symphony No.9 op.125 "Choral"
       Herbert von Karajan '62   Berliner Philharmoniker    Wiener Singverein
       Gundula Janowitz (S)   Hilde R?ssel-Majdan (A)   Waldemar Kment (T)   Walter Berry (Br)


ベートーヴェン / 交響曲第9番 op.125 「合唱付」
ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 しかし一 般に最も有名なのは案外カラヤン/ベルリン・フィルの方でしょうか? 最初の全集に入っている1962年の録音は最 終的に20万円のガラス
CDすら売り出されましたが、カラヤンの録音としてはやはりこれが一番良いよ うな気がします。颯爽として内側からのエネルギーを感じさせるもので、あのグンドラ・ヤノヴィッツも歌い、力強 いラストは本当に喜びに包まれました。他のセッション録音としては、カラヤン時代のベルリン・フィルが最も充実し てい たと言われる70年代に二度目の全集が出ました。その第九(1976)は濃密流麗な音で、いわゆるカラ ヤン・レガートが表面化してきた時期の演奏でもあり、ソプラノは妖艶なアンナ・トモワ・シントウに 替わり、合唱のパートのみ別取りして合成した点もよく指摘されます。三度目の全集はデジタルになってからの1983年で、この頃はオーケストラとの関係が あまり良くない状態で、個人的には計算が先に立つ人工的な一面も若干あるように感じています。それでもライヴや 最晩年の演奏のいくつかには熱く燃焼するも のもありましたから、時期だけの問題でもないのでしょう。ここらへんは聞く側の感じ方や好みによって意見はまちまちだと思います。



    fricsaybeethoven9 
       Beethoven   Symphony No.9 op.125 "Choral"
       Ferenc Fricsay    Berliner Philharmoniker    Chor der St. Hedwigs-Kathedrale
       Irmgard Seefried (S)   Maureen Forrester (A)   Ernst Haefliger (T)   Dietrich Fischer-Dieskau (Br)

ベートー ヴェン / 交響曲第9番 op.125 「合唱付」
フェレンツ・フリッチャイ / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  1960年前後で名盤とされてい るものはいくつもあり、スピーディで颯爽としたカラヤン以外にも遅くて雄渾 壮大なスタジオ録音とエネルギッシュなライヴを残した巨人クレンペラー&フィルハーモニア管弦楽団(他のオーケストラの録音もあります)、ヒューマンな歌 を聞かせるワルター/コロンビア交響楽団、ゆったり滑らかでありながら洗練と力の両立を見せるクリュイタン ス/ベルリン・フィル、速いテンポで爆演と評さ れることもあるミュンシュ /ボストン管弦楽団、品があってバランスが良いイッセルシュテット/ウィーン・フィルなどが、それぞれ嗜好の異なるファンによって高く評価されています。 そして忘れてはならないのはキューブリック映画、「時計じかけのオレンジ」でも使われた58年録音のフリッ チャイ/ベルリン・フィルの演奏でしょう。

 他のページでも書きましたが、このドイツの夭折の指揮者フリッチャイは、フルトヴェングラーの後でドイツ・ロ マン派の香りを残す演奏をした数少ない例だと思います。こういう捉え方も評論のマジックですが、トスカニー ニ流の引き締まった端正な演奏が初期のカラヤン やセル、そして現代の一般的な演奏へと広がって行ったと言われるのとは反対に、前述の通り、巨匠の風格あふれるロマンティックな流儀は主流とはならず、後 世では振幅の大きさに特徴があったテンシュテットを挙げる人がいるぐらいでしょうか。波打つレガートと息を 殺したピアニシモ、感興にまかせて揺れるテン ポ、熱くなるとどこまでも激しく走って行くフォルテといった思い入れの強い演奏には根強い愛好者がいます。

 第一楽章が始まった瞬間から動きが滑らかで、どこかなまめかしい音が響きます。ステレオ初期の録音ですが、低 音 が豊かなことにも気づきます。その長く引っ張る歌はロマンティックで、重さとうねりがあり、途中で速くなるところもありますが、強い音も即物的な迫力とは 違ってどこかドラマ性があるというのでしょうか、有機的です。
 スケルツォは力を入れ過ぎたものではなくゆったりめですが、やはり重さがあります。
 第三楽章のアダージョもゆったり荘重に歌いますが、靄がかかりながらとうとうと流れる感じであり、人生を悲劇の舞台に仕立てて後ろでその伴奏をしてるみ たいです。
 第四楽章は多くの人が出だしからの目の覚める迫力を期待するようですが、驚くような力を最初から見せることはなく抑えています。静かなパートはやさしく 撫でるように歌い、本当に静かです。そしてバリトンにはドイツ・リートのキングとも言われるフィッシャー= ディースカウが起用されているのが聞き所とも なっています。何を歌わせても完璧と言われた人で、私はファンというわけでもないですが、それなら皆が褒めるかと思いきや、批判的な意見も多いようです。 第九は男っぽい声でパワフルにドラマチックに歌い始めなくてはいけないという考えの人が多いのでしょう。あ まのじゃくな私はこれに限っては端正でいいので はないかと感じました。そして途中弾む所が出て来て劇的になり、ラストはフルトヴェングラー・ファンも認めるお約束で、熱く走って行きま す。このデモニッシュなステレオの名演は他にありません。



    cluytensbeethoven
       Beethoven   Symphony No.9 op.125 "Choral"
       Andr? Cluytens    Berliner Phiharmoniker   Choir der St. Hedwigs-Kathedrale
?
       Gr? Brouwenstijn (S)   Kerstin Meyer (A)   Nicolai Gedda (T)   Frederick Guthrie (Br)

ベートーヴェン / 交響曲第9番 op.125 「合唱付」
アンドレ・クリュイタンス / ベルリン・フィルハーモニー管 弦楽団
  フランスものが得意とされ、ゆったりとして流麗な歌を聞かせるベル ギーの指揮者、クリュイタンスはベルリン・フィルと楽団初のベートー ヴェンの交響曲全集 を 出して おり、序曲や田園など大変魅力的です。全体に遅めのテンポで正攻法の第九の録音は1958年です。同じ年に録音された同じベルリン・フィルの前出フリッ チャイも遅めのテンポをとるところが多いですが、フリッチャイのよう なロマンティックな翳と没入はなく、テンポもあまり動かしません。静 かなパートの滑ら かさが魅力的なのは同様ですが、比べるならバランス感覚が良くより構築的です。

 第一楽章は遅めで、ステレオ初期ながら艶のある弦の音で滑らかに奏されます。拍は重めでややもったりと聞こえるところもあります。テンポの変化で訴える 演奏ではありません。
 第二楽章になるとテンポは中庸になり、しかし歯切れ良過ぎる方向ではなく、やわらかい線でつないで行きま す。スケルツォといっても弾けるティンパニで滑稽に表現するというよ りも、美しく奏でる感じです。
 第三楽章もなだらかな抑揚で歌いますが、過剰に波打たせることはせず、 フリッチャイのようにのめり込む感覚もなく、抑制が効いて品の良い運 びです。
 第四楽章もゆったり悠然と入り、メリハリはありますが走りません。 迫力がないと言っているのではなく、力のこもるところはしっかりして いますが、常に品の良さと美しさが感じられます。そしてオー・フロイ デですが、アイダ ホ出身のアメリカのバリトン、フレデリック・ガスリーという人です。 この声もなぜか演奏にマッチして滑らかで、やわらかく深みがあって大 変魅力的です。一番好きかもしれません。個人的にはオペラのように劇 的パワフルにやる より、こっちの方が実感がこもると思います。ガスリーはオペラも兵役 も経験しているようですが。独唱と合唱に続いて速くなり、ラストも 狂ったように走るわけではないながら力強く締めます。



    walterbeethoven9
       Beethoven   Symphony No.9 op.125 "Choral"
   Bruno Walter    Columbia Symphony Orchestra    
Westminster Symphonic Choir ??
     
  Emilia Cundari
(S)   Nell Rankin (MS)   
Albert Da Costa (T)    William Wilderman (B)


ベートーヴェン / 交響曲第9番 op.125 「合唱付」
ブルーノ・ワルター / コロンビア交響楽団
 1959 年のワルター/コロンビア交響楽団の演奏はワルターらしい深々としたやわらかな歌に特徴があります。ナチの時代に苦難を味わった彼の音楽には思いやりの節 回しに意志の強さも感じます。最近の流行のように 速く流さない夢想的な第三楽章のアダージョは同時に覚醒的でもあり、多くの人が指摘する通り魅力的ですが、そこだけにとどまらず全体に波長が統一されてい ます。第四楽章を別どりした不整合が問題にされることもあるようですが、私は 気になりません。やはり第九の名演だと思います。リマスターされた音も艶やか です。



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       Beethoven   Symphony No.9 op.125 "Choral"
       Rafael Kubelik    Orchester (Chor) des Bayerischen Rundfunks ??
       Helen Donath (S)   Teresa Berganza (A)   Wieslaw Ochman (T)   Thomas Stewart (B)

ベートーヴェン / 交響曲第9番 op.125 「合唱付」
ラファエル・クーベリック / バイエルン放送交響楽団
  子供時代からベートーヴェンの シンフォニーのスコアを読んで いたらしいチェコの指揮者クー ベリックの バイエルン放送交響楽団と の第九も素晴らしいです。亡命したという経歴はワルターにも似ていますが、シカゴの悲しいおばさんにいじめられたこと以外、家族を殺されたというような苦 難は伝わっていません。しかし 彼らしい独 特のしなやかでデリケートな歌にはワルターにも比較できるような優しさが感じられます。ワルターに感激して指揮者になっただけあります。
 第九は1975年の全集からのスタジオ録音と82年のライ ヴ盤がありますが、後者は部分 的にはライヴらし いスケールの大きさを感じさせる箇所もある一方、全体では必ずしも白熱しているとは言えず、運びの重さもあります。スタジオ録音の方がアンサンブルも揃っ ていますし、第三楽章の波打つ 感覚も美しいし、ラストも勢い があります。 したがって私は磨き抜かれた75年盤の方をとります。アナログ完成期の音も分解が良く、弦もしっとりとした艶があって大変きれいです。この全集は各曲を異 なったオーケストラで録音する という面白い企画が話題にな り、曲単独で論議されることは 少なかった印象ですが、第九は 当時のクーベリックが主席指揮 者だったバイエルン放響を 持ってくるところからして総決算の趣があります。

 クーベリックというと最近はチェコの社会主義体制崩壊後のライヴで の 熱っぽい演奏のことばかり言われた印 象もあり、それ以外は冷静で力 がないように評する人すらいま すが、この第九では走るところ こそないものの十分に力強さも 感じます。ラトルにもありまし た が、第二楽章でブラスの伴奏部分が平均より目立ったり、同じくラトルやヤルヴィのように終楽章でピッコロが前に出て響いたりはあるものの基本はオーソドッ クスで、そこに独自の歌が乗り ます。第三楽章でのそのゆった り波打つ様はやわらかく、大き く息をつくようなクレッシェン ドも魅惑的です。この楽章はき れい だと言われるワルターと比較できるでしょう。むしろワルターより前半は夢想的かもしれません。終わりで目覚めるところが鮮烈なのもいいです。 第四楽章は合唱の規模が大きく 感じるところもありますし、フ ルトヴェングラーのように走る 演奏を求めるむきにはもの足ら ないのかもしれませんが、悠然 とし ており、静かなところから立ち上がって行く様も決然としており、名演だと思います。何よりも、呼吸のある演奏です。



    haitinkbeethoven9
       Beethoven   Symphony No.9 op.125 "Choral"
      
Bernard Haitink    Concertgebouw Orchstra Amsterdam
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       Janet Price (S)    Brigit Finnila (A)    Horst Laubentha (T)    Marius Rintzler (B)


ベートーヴェン / 交響曲第9番 op.125 「合唱付」
ベルナルト・ハイティンク / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
  全 集がレコード賞を取ったハイティンク/アムステルダム・ コンセルトヘボウ管弦楽団も フィリップス の録音というのは魅力的であり、オーソドックスながらテンションが保たれた好演でした。第九は1980年 のライヴ録音が好きです。これ もラストでの迫力など、均整の とれた演奏が多い印象のハイ ティンクとしては恐ろしくま くっている印象で、ライヴなら ではです。伝統に裏打ちされ、 余分な解釈が乗らない真っ直ぐ な演奏で熱いものを探している なら、これがベストかもしれま せ ん。87年に収録したスタジオ録音も出ましたが、それも悪くないながらハイティンクの場合はライヴ盤の方をとります。ソプラノがジャネット・プライスと なっていれば80年盤、ルチ ア・ポップならスタ ジオ盤です。2006年のロンドン・シンフォニーとの新録音は最高の録音だったマーラーの巨人と同じエンジニアで、この演奏もエネルギッシュです。



    suitnerbeethoven9
       Beethoven   Symphony No.9 op.125 "Choral"
       Otmar Suitner    Staatskapelle Berlin
       Magdalena Hajossyova (S)   Uta Priew (A)   Eberhard Buchner (T)   Manfred Schenk (B)

ベートーヴェン / 交響曲第9番 op.125 「合唱付」
オトマール・スイートナー / シュターツカペレ・ベルリン
  ハ イティンクが出たところで、作為のない正攻法の演奏と言えば旧東ドイツの楽団によるものも日本では人気 があります。その一つは DENON の録音によるもので、日本市場だけかどうかは分かりませんが、定評のあるスイートナー/シュターツカペレ・ベルリンの1982年盤です。田園同様、イエ ス・キリスト教会での残響のあ る録音のきれいさでも話題にな りました。

 ドイツーイタリア系オーストリア人のスイートナーは、 ウィー ンで 連想するやわらかさと洗練が甘味料のよ うに効いているかというと、田 園では確かに滑らかな感触が 勝っていましたが、第九の歌わ せ方はフレーズに角はないなが らより直線的で、走るところが なく真 面目な印象です。 案外力も入ってます。洗練ということではプ レヴィン盤も思い出しますが、 第一楽章でダダン、と来るとこ ろのパワーは同様になかなか強 く感じます。第二楽 章は速く、第三楽章もあっさりしています。速いところでも要所では歩調を緩めてしっかり歌っています。 終楽 章は入りから元気よくテンポもきびきびで、歓喜の歌の主題の入りなど、静かなところでは大変静かなのでダイ ナミックレンジも広いです。ラ ストだけは走って、これも力強 い終わり方です。トータルでは 「何も足さない、 何も引かない」の演奏で、ラトルのように細部まで注文が通ってる感触でもなく、ワルターやクーベリックのよ うなたゆたう歌でもなく、ベー ムのようにごつごつしてるわけ でもなく、ヤンソンスのように 楽しいのでもあり ません。ハイティンクのライヴより真面目かもしれません。とくに面白みはないかもしれませんが、完全無欠な 正統派の好演です。

 前述の通り録音も良く、すっ きりした弦の音は分離も良いで す。スタジオ録音で音の良い正 統派の第九としては最も魅力的 なものの一つと言っていいで しょう。 売れ筋なので何度も焼き直し盤が出てお り、 ジャケットの写真も色々です。どのリマスターが好みでしょうか。



    blomstedtbeethoven9
       Beethoven   Symphony No.9 op.125 "Choral"
       Herbert Blomstedt    Staatskapelle Dresden
       Helena D?se (S)   Marga Schiml (A)   Peter Schreier (T)   Theo Adam (B)

ベートーヴェン / 交響曲第9番 op.125 「合唱付」
ヘルベルト・ブロムシュテット / シュターツカペレ・ドレスデン
  旧 東ドイツの真面目な演奏のもう一枚は、ブロムシュテット /シュターツカペレ・ドレスデ ンのものです。シュターツカペ レ(State Chapel 国立歌劇場)という名が同じ で、よくいぶし銀と評される真 面目さも同様なので混同しそう ですが、東ドイツ領ベルリンの もっと下の方、ドレスデンの楽 団であ り、指 揮者のブロムシュテットはスウェーデンの人(正しくはスウェディッシュ・アメリカン)です。1979年の全集の中の一枚と、85年のライヴがありますが、 演奏の傾向は似ており、79年 盤のルカ教会でのシャルプラッ テンの録音はライヴより音が良 いのでそちらが良いかと思いま す。     

 スイートナー盤と似た印象で 兄弟のように感じると言ったら 聞き馴染んで違いの分かる人に 失礼かもしれませ んが、スウェーデン人のブロムシュテットの方が若干ゴツッとした力を感じて、フレーズがやや分解的な気もし ます。実直な北欧系の人という 刷り込みでしょうか。拍に角が あるわけではないですが、ス イートナーの方が幾 分滑らかな気もします。DENON の音像が遠いので、その録音と 残響の加減もあるかもしれませ んが、静かなところでわずかに レガートかな、と感じます。 1927年生まれのブロムシュ テットはまだご存命で、近く第 九で由緒のあるゲヴァントハウ ス管との新録音も出るようで す。
 楽章ごとで言うと、最初の楽章からかなり迫力があります。 後半 で遅くしたりしますが正攻法です。第二楽章 もオーソドックスなテンポ設定 で、第三楽章も速くも遅くもな い中庸なものです。ここはライ ヴ盤の方がゆっく りなようです。そのライヴも夢 見るような運びではなく、あく まで真っ直ぐな印象です。合唱 の楽章も中庸なテ ンポで後半遅くなりもしますが、ラストは力強いです。とにかく真面目で真っ直ぐという印象です。これこそ第九、というファンのいる演奏です。

 これもリマスター違いの盤が出ています。    



    previnbeethoven9 
       Beethoven   Symphony No.9 op.125 "Choral"
       Andr? Previn   Royal Philharmonic Orchestra    Ambrosian Singers
       Roberta Alexander (S)   Florence Quivar (C-T)   Gary Lakes (T)  Paul Plishka (B) 

ベートーヴェン / 交響曲第9番 op.125「合唱付」
アンドレ・プレヴィン / ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
  派手な誇張に縁のない洗練され た演奏ということでは、プレ ヴィン/ロイヤル・フィルハー モニー管弦楽団の 盤もあります。こちらはあまり多く言及されないかもしれませんが1993年の録音です。レーベルは RCA です。ジャズも名人であるプレヴィンは知的でいつもソフィスティケートされた独特の存在感ですが、第九でもやはり正攻法でいながら柔軟さもある運びで聞か せています。旋律線は流れるよ うな流線型ですが、「大公」で ピアノを弾いている演奏の解釈 にも似て、ベー トーヴェンではやや重みもあります。ワルターやクーベリックのように常に全体がゆったりと上下するというよりは、軸は一定でフレーズごとに滑らかと言った らよいでしょうか。区 切りは一つひとつ運ぶ感じで、それでいて大きく盛り上がるところもあります。第一楽章からすでにフォルテで下から盛り上がってくる力を感じさせ、ティンパ ニをともなう強い音ではオーケ ストラの大きさが実 感されます。皆が評するより力強さのある演奏だなという印象で、荘重でもあります。終楽章は落ち着いたところも力強さもあって、完成度が高いです。音は合 唱など分離が特に良いというほ どではないものの、新しい分だ け好 録音と言えるでしょう。     

 
 
    rattleviennabeethoven9  
       Beethoven   Symphony No.9 op.125 "Choral"
       Simon Rattle    Wiener Philharmoniker    City of Birmingham Symphony Chorus ?
       Barbara Bonney (S)   Birgit Remmert (A)   Kurt Streit (T)   Thomas Hampson (Br)

    rattlebeethoven
       Beethoven   Symphony No.9 op.125 "Choral"
       Simon Rattle    Berliner Philharmoniker    Rundfunkchor Berlin ?
       Annette Dasch (S)   Eva Vogel (Ms)   Christian Elsner (T)   Dimitry Ivashchenko (B)

    jansonsbeethoven
       Beethoven   Symphony No.9 op.125 "Choral"
       Mariss Jansons    Bayerischen Rundfunks ?
       Christiane Karg (S)   Mihoko Fujimura (A)   Michael Schade (T)   Michael Volle (Br)

ベートーヴェン / 交響曲第9番 op.125 「合唱付」
サイモン・ラトル / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

サイモン・ラトル / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

マリス・ヤンソンス / バイエルン放送交響楽団

  指揮者として世界の頂点に立っ ているとも言えるラトルは外せ ないでしょう。ここで少し最近 の情報を書き足せば、話題に なった2002年のウィーン・ フィル とのものだけでなく、2015年にはベルリン・フィルとも全集を出してきています。後者は最もお値打ちなダウンロード版で もハイ・リゾリューションに限 られ、手に入れやすさは一般的 ではないかもしれませ んが、どちらも完成度が高いと思います。表現は大きく変わらないにしても、新しい方は全体にテンポがいくらか速い印象で、洗練度とオーソドックスさが若干 増しているのではないで しょうか。ウィーフィルの角のやわらかく重い立ち上がりに対してベルリンはよりエッジの立った感じはあります。

 オーソドックスという意味では、近年ますます仕掛けで勝負しなくなって愉悦感が増してきているように感じ るもう一方の大物、マリス・ヤ ンソンスも 法王前演奏と来日公演の二つの第九を出しました。サントリー・ホールでの方は録音こそ若干中低域のこもりがあるものの、正攻法で自然な素晴らしい演奏で す。ちなみにニューヨークの地 下鉄などに描かれていたスプ レー落書きはジュリアーニ市長 が禁止に走る94年頃以降、丸 まった翻訳形が日本でも見ら れるようになりましたが、日本 のブラザーフッド・ブラボー団 はいつ頃発足したのでしょう か。少なくとも70年代にはい なかった記憶です。今や発祥地 よりむ しろ極東の風物詩になり、ここでも演奏後に「もう少 しだけ我慢して!」という感じ ですが、その雄叫びもなるほ ど、東京公演の方が断然熱い演 奏だと思います。音楽を楽しみ つつ純粋に感動できる、希有な 第九で す。個人的にヤンソンスが好きということもあって肩入れし過ぎそうなのでほどほどにしておきますが、ライヴ の興奮とはったりのなさで最も 好きな演奏の一つです。

 ではラトルとどちらがオーソドックスな印象かというと、感じ方の問題かもしれませんがヤンソンスの方が素直で内側から出るにまかせる感じが 強いでしょうか。ラトルはより 細部に神経が行き届いて彫琢さ れたもののよ うに聞こえました。よくドライブされた感じです。ベートーヴェンは自分を映す鏡であって、己と戦っているそ の音楽は洗練され過ぎず率直な 方がいいと彼自身が言っている ようですが、才能ある人ゆえ パーツごとの設計や細部への注 文はかなり具体的なのではない かと想 像します。第九だけの印象ではないですが、主旋律でないパー トが浮き上がったり、低音弦の 動きがくっきり分かったり、管 に独特の間のある吹き方をさせ たり、切るとつなげるの対比が 鮮やかだったり、あるいは繰り 返し で思い切り弱くしたりで、鏡に映るラトルの演奏はコントロールの効いた感じがします。でも第九の出だしの部分ですでに切れがいいこの上手さ感は、実際にベ ルリン・フィルが上手過ぎるの かもしれません。弾きもしない 者には 何も分かりませんが、聞けばなんとなく感じることはあります。ヤンソンス とどちらが上手いかなどという ことには全く興味がありません が、あまり出来が良いと自分と の間に隙間ができるような気が するときもあります。 ある日バーミンガム・シティ管に戻って来て、感動の再会コンサートをやったら聞きたいな、などと贅沢な想像もしてしまいます。でも誰にも文句がつけられな いこの演奏、第九としては客観 的にはこれを一番にあげるべき かもしれ ません。 ピリオド奏法の影響は全くないという意見もあるようですが、ビブラートの 抑制がかかった語尾の引っぱり 方など、 そこから得たものは生かしてい るように感じます。その意味で はヤンソンスの方がピリオド奏 法的なところがないでしょう。



    isserstedtbeethoven9
       Beethoven   Symphony No.9 op.125 "Choral"
       Hans Schmidt-Isserstedt    Wiener Philharmoniker    Wiener Staatsoper   
       Joan Sutherland (S)   Marilyn Horne (A)   James King (T)   Martti Talvela (B)

ベートーヴェン / 交響曲第9番 op.125「合唱付」
ハンス・シュミット・イッセルシュテット / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
  ラトルはウィーン・フィルとの 旧盤も素晴らしく、意欲の高い 演奏ですが、ウィーン・フィル と言えば古くはイッセルシュ テットの1965年の名盤もあ りまし た。歌わせ方に品のある洗練された演奏ですが、熱も十分伝わる完成度の高いものです。ゾフィエンザールで収録されたデッカの録音も古さを感じさせない名録 音でした。

 同じウィーン・フィルで1970年にはベーム盤 も出ました。どの楽章も悠然と して運びに重さがあり、実直に して壮大な演奏でした。ベーム は他の楽団とそれ以前にもいく つか録音があり、若いときの方 が好きという人もいます。そし てこのあたりまではス タジオ録音が普通でしたが、今は予算の関係からライブ収録が主になってきています。より最近ではム ジークフェライン・ザールのコ ンサートを収録した2010年 のティー レマン盤が話題 になったようです。音も良く、 拍に重さを感じるときもありま すが、テンポの遅いところでは ぐっと遅く、歌で はタメも効かされて、メリハリがついて聞こえるところが人気の秘密なのだと思います。  

 仕掛けに頼らない正攻法で意識の高い 演奏ということになると、最近 のラトルやヤンソンス以外で も、CD は創意工夫 に満ちていたように感じました がパーヴォ・ヤルヴィ/ドイツ・カンマーフィルなんかも あてはまるでしょう。2008 年にベートーヴェンを録音した ときは第九の第二楽章なども蒸 気機関車のようで、その颯爽とし て歯切れの良いところに 驚かされたけれども、 近頃の演奏は誠実さも感じさせるようになってきました。逆へ向かう人は少ないようで、成長すると誰しもが正直な方向に進むようです。私はどうも、ケレン味 たっぷりの演奏は苦手なようで す。少しでも作為や大仰を感知 したと思うと耳が自動的に素通 りしてしまってますから、もし あの演奏はどうして取り上げな い の、と思うようなものが抜けていたら、どれかがそうというわけではないですがご容赦ください。そして2014年にボストン・シンフォニーに着任したア ンドリス・ネル ソンスは、 熱い悲愴も出してきましたが、最初から真っ直ぐに楽曲に取り組み、楽団員をその気にさせる指揮者ではないかと思います。2017年時点で第九はまだ出して いませんが、タングルウッドそ の他でのクリップは出ており、 この先大きく育っていい演奏を 出してくるような予感がしま す。  



    Immerseelbeethoven
       Beethoven   Symphony No.9 op.125 "Choral"
       Jos van Immerseel    Anima Eterna ?
       Anna-Kristiina Kaappola (S)   Marianne Beate Kielland (A)   Markus Schafer (T)   Thomas Bauer (B)

ベートーヴェン / 交響曲第9番 op.125「合唱付」
ヨス・ファン・インマゼール / アニマ・エテルナ
 ピリオ ド楽器によるものでは、インマ ゼールとアニマ・エテルナのも のがどこから見ても完成度の高 い演奏だ と思います。力 と余裕の配分、考証とパトスの パランスが高いところでとれて いるように感じるので す。考証などと言うと分かったようですが、第九のスコアは昔から色々と謎があって議論されてきたもので、ここで使われているのは冷戦後にあちこちから出て 来た資料に基づいて編纂された 1996年出版のベーレンライ ター版であり、それにインマ ゼールが独自の研究を加えた結 果が音になって出て来て いるというのです。学問的なことは分からないので、ここでは触れませんが。

 演奏の進行を具体的に見てみ ると、第 一楽章は歯切れよく力がこもっ ていながら余力を感じさせ、ス ケルツォも溌剌として瑞々し く、途中から熱が入ってきま す。第三楽章のアダージョ〜ア ンダンテ ではテンポを遅くし過ぎないのが良いところですが、それでいて自在でうねるような ディナーミクがあり、テンショ ンが上がっています。ところど ころ軽いスタッカートにしたり して表情も豊かです。第四楽章 の入りの不協和音と問いかけの 部分 は短く峻厳で、歓喜の主題が何気なく始まって高まって行く推移に感動します。そしてオー・フロイデの前のティ ンパニも激しく、続く独唱陣は ソプラノのビブラートがほどほ ど大きめですが質が 高く、歌唱の間ところどころに挟まるノン・ビブラートの弦のうなりが印象的です。合唱も人数が多くないのでしょう、濁りません。ラストの高まりでは版 のせいなのかどうか、ピッコロ がはっきり聞こえ ますが、大変熱い終わりを迎えます。全体に見て、とにかくクリアで生き生きとした演奏だと思います。
 2007年録音の全集は録音 の良さでも抜きん出ています。     



セルジュ・チェリビダッケ / ミュンヘン・フィルハーモニー 管弦楽団&合唱団 ??
ヘレン・ドナート (ソプラノ)ドリス・ ゾッフェ ル(メゾ・ソプラノ)
/ ジーク フリート・イェルザレム(テノール)/ ペーター・リカ(バス)
 ただ、第九は オーケス トラ、独唱、合唱、指揮者の解釈、録音など、色々と要素の多い曲です。フロイデ の 歌い方が好きとか嫌いとかいう次元の論議もよく耳にします。それだけ に、誰しも全ての面 で気に入るものは案外多くない という状況ではないでしょう か。かく言う私もプレーヤー脇 の小棚にあるのは一番上に写真 を掲げたチェリビダッケのだけ だったりします。後光のま ぶしい曲はいい加減なことも書 き難いです が、取り上げ ない中に人気の演奏家がいるこ とは知っています。今後機会 があったらもっと厳密な聞き 比べをしようと思いますし、他に 良いものがないなどと言うつも りもないの ですが。

 これはチェリビダッケの一連のミュンヘン・フィルのシリーズですが、この第九についてはテンポが遅過ぎるということはありません。いや客観的にはゆった りですが、違和感を覚えるとこ ろは全くなく、言われなければ テンポに注意が向かうことはな いと思います。第二楽章の中間 部ではかなり速くなって行きま す し、第三楽章など 逆に遅くはない方に入るのではないでしょうか。激して大きくテンポが変わるという種類の演奏ではありませんが、自然な揺れがあり、どの瞬間もテンション高 く保たれていて、彼のこのシ リーズのなかでもチャイコフス キーの5番、6番あたりとなら んで最も充実した演奏だと思い ます。深く感じ ながらはったり がなく、内なる激しさも秘めて おり、これ以上望むものはあり ません。
 独唱者たちも文句のつけようがありま せん。最初のフロイデの入りも 深みと伸びのある声で、歌い方 も安定し ています。女声陣もよく、ソプラノも華美にならず、艶があります。
 そして合唱がまた大変美しいものです。ウィーン国立歌劇場合唱団のように全員が盛大に振わすという方向で はなく、濁らず出しゃばらず、 真っ直ぐに歌います。楽章中ほ どの独唱者が歌わない合唱の部 分では、他の演奏では全く出会 えないような美しさを味わえま す。 透明感のある声で静かに運んで行くとろが宗教曲のようであり、暗闇の中から夜明けの光を眺める思いです。
 そ してラストでは決して走らない なかで圧倒的な力が保たれ、 畏敬を覚えます。指揮中に変な 声でトゥートゥーと歌うチェリ ビダッケもともと好 きな指揮者ですが、彼のものな ら何でも好きとい う方ではありません。生で どう感じるかはともかく、間延 びしているように思える録音だっ てあります。それでもこの第九 は迫力があると言いたいので す。

  音も全体にやわらかく潤いがあ りながら弦の音も繊細に出てお り、シンバルも澄み渡っていま す。スタジオの最新デジタル録 音と比べても EMI のレコーディングの中で最善のものではないでしょうか。録音嫌いの指揮者が発売を認めないことは分かっていた中で、密かに出す計画でもあったのでしょう か。音の細部を分解して聞かせ る方向のものではありません が、生の雰囲気をよく伝えるも のです。1989年、ガスタイ ク・ ホールでのライブ収録です。

 これだけ買おうとすると中古 でプレミア価格をつけていると ころもありますが、14枚入の 交響曲ボックス・ セットが一枚足らずのプライスで買えますので、ぜひそちらをお勧めします。それでも一枚ものがよいなら輸入で安いのがあります



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