ベートーヴェン / ヴァイオリン・ソナタ      
第5番「春」/ 第9番「クロイツェル」/ 全集

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ヴァイオリン・ソナタ全集
 十曲あるベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタは特に第5番の「春」と第9番の「クロイツェル」が有名です。春の出だしの軽やかなメロディーは一度聞いたら忘れないものです。


    faustbeethovensonatas
       Beethoven Violin Sonatas
       Isabelle Faust (vn)    Alexander Melnikov (pf) ♥♥

ベートーヴェン / ヴァイオリン・ソナタ全集
イザベル・ファウ スト(ヴァイオリン)/ アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ) ♥♥
 ファウストのヴァイオリン・ソナタが出たのは協奏曲より前ですが、聞いたのは後からでした。それで、結論から言うとベストかも、という感じです。早く聞くべきでした。大御所の甘い演奏も鋭いテクニシャンのも好みではなく、グリュミオーも協奏曲ほど録音は良くない気がして、どうも決め手に欠けている状態で長く過ごして来ました。それでどうせ古い録音ならと流れるような洗練を見せるフランチェスカッティとカサドシュの大昔の録音にイコライザーをかけて聞いたりしていたのです。最近ではデュメイとピリスのものも良いですが、「クロイツェル」の出だしでも分かるように、大変遅くて力のこもった演奏です。(美女と)野獣デュメイの一面が出たのかもしれません。それでもライブでの自在さを知っていると余裕は少ないように聞こえます。テンポがそれほど遅くない「春」も同様で、グラモフォン録音の強さも手伝ってか、アクセントの強い男らしい正統ベートーヴェンという感じです。そんなこともあり、今かけようと思うのはもう、ほとんどこのファウストとメルニコフの盤ばかりという状態となりました。

 メルニコフの方は73年モスクワ生まれのピアニストです。ファウスト同様繊細なところを持っている一方で、ロシアの人らしく力強くてロマンティックな、真っ直ぐに心を込める人のように感じます。洒脱とか遊び心などという要素は少なく、真面目なタイプなのかなと思うわけです。ピアニシモは美しいです。角が丸くてやわらかい、たっぷりとした音で録音されており、ファウストのややクールで繊細な音色とは対象的です。

 ファウストの方は例によって飾りのないすっきりした語り口で、バッハのときのような緊張感はなく、軽やかです。しかもここでは自在な遊び心を感じさせる運びとなっています。このように対照的な一面を持つにもかかわらず、両者ともに細やかでデリケートな表現力を持っているところがよく合っている、不思議な魅力の演奏です。「春」の軽やかで清々しい、ちょっとテンポも速めの表現は新鮮です。すっかり魅了されてしまいました。こういう弾き方は今までになかったと思うのですが、一度聞くとこれこそが待っていたベートーヴェンだという気がして来ます。余分な垢が落ちた、修復されて本来の姿に戻った絵画のようだと言ったら良いでしょうか。「クロイツェル」も申し分ないです。

 2006〜2008年のハルモニア・ムンディの録音は大変良いです。特にヴァイオリンはクールでありながら繊細な色の変化を感じさせます。ピアノはややオフ気味だけど、やわらかくて心地の良い音です。



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