ブランデンブルク協奏曲 聞き比べ

      sun

 
取り上げる CD 34枚:

ピリオド楽器による演奏:アーノンクール('64/'81)/コレギウム・アウレウム/レオンハルト他/ピノック
(’78/’06)/コープマン/ホグウッド
/ゲーベル
/エージ・オブ・エンライトメント/サヴァール/ハルステッド/クイケン
/ターフェルムジーク/イル・ジャルディーノ・アルモニコ
/ベルリン古楽/アレッサンドリーニ/アバド/エガー/ガーディナー/カフェ・ツィマーマン/フライブルク/フロリレジウム

モダン楽器による演奏 : イ・ムジチ
('65/'86)カラヤン('64-65/'78)/リヒター/ブリテン/パイヤール/バウムガルトナー/マリナー('80/'85)
/ボッセ


  ブランデンブルク協奏曲がバッハのオーケストラもの、あるいは協奏曲のように編成が大きいもののなかで、管弦楽組曲と並んで最も知名度が高く、昔から広く演奏されてきたものだということは触れるまでもないのでしょう。バロック時代のこの分野での最高傑作とか総決算とか言う人もいます。作曲時期については色々な説があってはっきりしないところもあり、また呼び名や曲の成り立ちについてはあちらこちらで詳しい解説がされていることもあり、ここでは深く立ち入らないことにします。6曲あるうちの1番と5番が編成が大きく、5番の方はチェンバロ協奏曲的な趣があり、2番ではトランペットが活躍し、4番ではリコーダー(ブロックフレーテ)が聞け、3番と6番は弦楽合奏で、特に6番はヴァイオリンなしの低音弦のみで渋い音楽、などとよく言われます。何番が好きかで性格占いみたいなことができるかもしれません。

 そしてバッハのこうした曲についていつも問題になるのは、古楽器を使った演奏、ピリオド奏法の流儀か(現在盛んに行われるのはほぼその範疇の演奏です)、あるいは70年代ぐらいまでが盛んでしたが、モダン楽器を使ってビブラートをかける、19世紀に入って以降に確立されたような伝統的な演奏スタイルで演奏されたものか、という二分法でしょう。

 この二分法のうち、古楽器系の演奏については、その演奏スタイルに馴染めない愛好家がまだ多くいらっしゃるようです。「セカセカしてる」なんてよく言われます。個人的にもその意見にはちょっと納得するところがあります。というのも、いわゆる古楽器演奏の潮流の中で一頃定着していたスタイルがあるからです。60年代に始まったこのムーブメントが演奏家たちの間で広まった70年代後半、ないし80年代初頭ぐらいから、世紀の終わりぐらいまでが顕著だったでしょうか、ちょっと過激な攻撃的スタイルの演奏が流行しました。それが落ち着きのない音楽に聞こえて嫌だ、という人たちが多いのです。なんとなくイメージで言っていても仕方がないので、誤解を恐れずに特徴を列挙してみると、大雑把に次の六点ぐらいがあるでしょうか。

1. 速いテンポ: 速い楽章はより速く、緩徐楽章もそれなりに速く、という現象です。

2. 区切れた拍子: これはときに明白なスタッカートだったりして、パッパッパッ、トットットッ、と区切れた り飛び跳ねたりするような印象を与えます。 スラー/レガートの反対に振れる方向です。良く言えば溌剌、悪く言えば滑らかさがない状態。これと方法論的には直接関係はないかもしれませんが、打楽器、 金管楽器の元気で鋭い叩き方、吹き方というのが加わる場合もあります。

3. 不均等なリズム: 二音ずつのものはイネガルと言いますが、ロマン派で言うところのテンポ・ルバートの強くかかった状態です。一つの小節の中である 音が長くなると、その分だけ他の音が短くなる、元々の楽譜上では同じ音価のものが、不均等な扱いになるのです。チェンバロなどの音量の差が出せない楽器に おい て、特定の音の強調の方法として登場したものが他の楽器にまで波及したかのようなリズムです。上手くやると自然 でいいのですが、やり過ぎるとつんのめった り駆け出したり、どちらかの足に不具合があるので体をよじって歩いておられるような具合に聞こえることがあります。

4. 山なりの長音符。一つの長音符を弾くときに、弦、管ともにストレートに延ばすのではなく、途中で山なりにもりあがってまた小さくなる、クレッシェン ドとデクレッシェンドがロングトーン一つひとつで毎回現れるというもの。歌の歌い方でいうメッサ・ディ・ヴォーチェに似ています。

5. 小節の終わりの音符を延ばさない: ロマン派のうっとり自己陶酔するようなやり方は19世紀的だ、といわ んばかりに一つの音楽の区切りである最後の音を短くバッサリ切ります。

6. 大胆な装飾音符: とくに二度同じフレーズが来るような場合、後の方には前ヒレ尾ヒレの濃厚な装飾音符が 張り付きます。センスがいいと「あっ」とときめきますが、過剰だとどうでしょうか。

 以上、「快速」、「途切れ拍子」、「不均等リズム」、「山なり音符」、「フェルマータ嫌い」、「過剰装飾音 符」とでもしておきましょうか、奏者によってそれぞれ異なった比重でそれぞれの手法が採用されます。

 時期的に傾向を概観してみると、古楽器演奏の初期にはまだ表現上の特徴がさほど顕著でない時代があります。コ レギウム・アウレウム合奏団などがそうです し、レオンハルトやブリュッヘン、クイケン兄弟たちオランダ/ベルギー系のスターたちも初めは割合あっさりした表現でした。そこからピリオド奏法特有のあ り方がだんだん顕著になってきますが、オランダ勢の中ではコープマンは比較的おっとりとしていたかもしれませ ん。英国御三家のホグウッド、ピノック、ガー ディナーなどもピリオド奏法の中心世代に当たると思います。オーストリーのアーノンクール(本人はチェコの血も引くドイツ生まれ)も同じくこの運動立ち上 げの世代ですが、彼は演奏スタイルがものによって変わるので後述します。他にドイツ系ではちょっと若めながらラ イハルト・ゲーベルもいわゆるピリオド奏法 的な特徴を持った演奏をする人です。

 そして第何世代と言えばいいのかは区切り方次第なのではっきり言えませんが、21世紀に入ってきて80年代以 降に結成された団体へと世代交代してくる と、この独特な古楽器奏法らしい語法も変化してきて、管弦楽団では指揮者主導というよりも楽団自身が特徴を持ったものが活躍するようになり、より洗練さ れ、あまり極端でない演奏語法が一般化してきている傾向にあります。旧東ドイツのベルリン古学アカデミー、フラ イブルク・バロック・オーケストラ、カナダ のターフェルムジーク・バロック・オーケストラ、イギリスのエージ・オブ・エンライトメント、 ハノーヴァー・バンド、フロリレジウムといったところでしょうか。今回は時代の変遷がわかるように、録音年代にしたがって順番に見てみましょう(複数回録 音した指揮者/楽団のものは最初の録音で数えました)。


ピリオド楽器による演奏


    harnoncourt1
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Nikolaus Harnoncourt   Concentus Musicus Wien '64


    harnoncourtbrandenburg2

      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Nikolaus Harnoncourt   Concentus Musicus Wien '81

バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
ニコラウス・アーノンクール / ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
(64/81)
 ピリオド楽器による演奏の様式を確立し、常にその運動の中心にいた指揮者がアー ノンクールなわけですが、この人ほど百面相でい つも謎の部分を持ち続けた人も珍しいのでは ないでしょうか。大変好きな音楽家だったのにとうとうこの間亡くなってしまいました。晩年は熟 成した芸術家にだけ見られるような、宗教的な穏やかさとすら 言えるほどの雰囲気を漂わせていたかと思うと、最後の「運命」など、まるで意欲バリバリの若者のように尖ったと ころがあったりして、前の録音より実験的な 感じが「うーん、やはり一筋縄では行かないクセ者だなあ」と思わされました。早くからブランデンブルク協奏曲の録音を出していたアーノンクールですが、そ れゆえにまだ演奏マナーが確立されていなかった、とは言えないような意外さがあります。

 古楽器演奏の癖と言えば、セカセカしたテンポにフレーズを短く切り上げ、ルバートのように縒 れた不均等なリズ ムで鋭く攻撃的にやるというイメージがあっ たわけですが、この人こそ世にそういう方向性を広めた責任者だという先入観で聞くと、ブランデンブルク協奏曲は全然そうでない。我々はあの激しくブラスと ティンパニが張り裂ける勇ましいモーツァルトも知ってるし、ファビオ・ビオンディの十年以上も 前に世間がついて 行けないほど過激な四季を、この同じウィー ン・コンツェントゥス・ムジクスでの演奏で繰り広げてきたことも知っているわけです。通常ピリオド奏法の旗手たちは、時代が遡るほど、つまり古典派よりは バロック期の作曲家の方をこそより過激に表現しがちです。ですから急先鋒アーノンクールのバッ ハはモーツァルト の39番より凄いだろうと、あの目力でエラ いことになっちゃうんじゃないの、と構えていると、これがさほどではありません。
 自身がチェロを演奏してエドゥアルド・メルクスらとやって いるものを除け ば、指揮者としてのブランデンブルク協奏曲は二度録音してい ますが、このどちらにおいても同じところがあります。ミュンヒンガーほどゴツゴツはしてませんが、拍が案外のっぺりとしたところもあるので、軽妙でウィッ ト に富んだ感じには聞こえません。ピリオド奏法嫌いの人にも十分に受け入れられるのではないかと いう逆説、ここに 奇才アーノンクールの面目が立った、という 言い方をしてもいいかもしれません(?)。とくに1964年録音の旧 盤の方ではそう言えると思います。総じてテンポがかなり遅くどうかすると、例えば第1番の第四楽章の出だしなど、平均的 な モダン楽器の伝統的演奏(面白い表現ですが)より遅く感じられる部分もあります。全体に均等な リズムだし、フ レーズを極端に短く切る印象もない。素直なイ ントネーションで大変オーソドックスなものに聞こえるのです。緩徐楽章は遅めの場合でも滑らかにスラーでつなぐ感じではなく、くっきりフレーズを区切りな がらのところもありますが、それでものどかな感じがします。
 
一方81年〜82年録音の新盤は6番全体と3番、 5番の一部の楽章を除いて旧盤より速いテンポですが、速いといっても他の古楽器楽団の演奏と比 べると中庸かむしろ遅く感じるところもあるぐらいで す。表現はこちらの方が大胆な試みが多いようで、アクセントがしっかりしていたり、展開部分で 変化をつけてぐっと遅く引きずるようにしたり、間を大 きくとって山なりのイントネーションも強めに付けたりの箇所もあります。しかし身構えていたせいか、全然奇をてらった感じには聞こ えませんでした。学問的な成果についてはわからないし、アーノンクールには持論があったでしょ うから、新旧録音の表現の違いにつ いて正確なことは書けませんが。

 録音については、旧盤は音はいいですが反響は少ないです。
新盤はちょっと奥まって残響は旧盤よりあるように感じます。どちら が優れているということでもないけど、個人的には新盤の方がいいかなという気もします。

 
65イ・ムジチ(→モダン楽器による演奏)
65ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィル(→モダン楽器による演奏)



    collegiumaureum
     
Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Collegium Aureum


バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
コレギウム・アウレウム合奏団
(66)

 ピリオド楽器の音が好きで、演奏スタ イルにおいてはピリオド奏法が嫌いという人には、この運動の黎明期に出さ れ、後に多くのCDが廃盤になってしまった コレギウム・アウレウム合奏団のものがいいでしょう。ブランデンブルク協奏曲は彼らとしても早めの時期の録音で、1966年〜67年です。もはや廃盤なの で中古しかありませんが、ビブラートも厭わず、テンポも速くなく、変な癖もない伝統的な歌わせ方で安心して聞い ていられます。何よりもこの楽団はいつも自 然体で、自発的で楽しげなところが感じられますし、音が良いから選んだというフッガー城糸杉の間での録音は毎回美しいものでした。コレギウム・アウレウム のことはいつだって褒めるんだな、と言われそうですが。

 ことブランデンブルクについては、一つの主題が終わって次の展開に入るところの間を案外延ばさないんだな、と 思うところはありますので、モダン楽器のパ イヤールのような流麗な演奏をそのまま古楽器に置き換えたものを期待するならばちょっと違います。それと今回は第1番など、部分的に弦の高音部が若干ハイ 上がりで線の細い音に聞こえる箇所もあるようには思います。ディジタル・リマスターのせいでしょうか。それでも ホールトーンの乗ったきれいな音であること には変わりがないです。指揮者を置かない楽団ですが、コンサート・マスターのフランツ・ヨーゼフ・マイヤーが率い、この盤では名手ハンス=マルティン・リ ンデがフラウト・トラヴェルソを吹いているのも魅力です。ビブラートがかかるところが昨今の行き方とは違うの で、あれ、モダンフルートかなと思うかもしれ ませんが、音は少しひなびて大変美しく、今となっては貴重です。チェンバロはレオンハルトです。


67カール・リヒター / ミュンヘン・バッハ管弦楽団(→モダン楽器に よる演奏)
68ベンジャミン・ブリテン / イギリス室内管
(→モダン楽器による演 奏)
73ジャン・フランソワ・パイヤール / パイヤール室内管弦楽団(→モダン楽器による演奏)


 
    seon
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Gustav Leonhardt / Sigisward Kuijken / Frans Bruggen / Lucy Van Dael


バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
グスタフ・レオンハルト / ジキスワルト・クイケン / フランス・ブリュッヘン他
(76)
 1976〜77年に録音された、古楽器による演奏としては、その運動を盛り上げて行った人たちによる比較的初 期のもので、クイケン兄弟にブリュッヘン、レオン ハルト、ルーシー・ファン・ダール、アンナー・ビルスマといった古楽器界の有名人が一堂に会した演奏です。69年に設立されたセオンというレーベルもその 当時はオリジナル楽器に特化した録音を出すものとしてこの運動の一つの旗印になっていました。

 ここで活躍している演奏家たちは、コレギウム・アウレウムとは違って、後に典型化されてくる演奏マナーを積極 的に作り上げて行った人々です。しかし時期 がまだ早いために、そのスタイルがまだ完全には確立されていないのか、あらためて聞くと意外と素直なイントネーションに聞こえます。具体的に言わないとど んな演奏かわからないので、冒頭で触れたピリオド奏法固有のファクターごとに見てみましょう。
 テンポは全体に決して速くはありません。むしろ遅いところがあるぐらいです。細切れ拍子に関しては、早い部分 でスタッカート気味にパッパッと行く傾向は 場所により若干感じられる程度で抵抗はありません。遅くて訥々と区切れるように感じ、もう少しスムーズに行ってくれた方が自然なんじゃないかなあと思えた 部分は例えば第1番の第四楽章など一部にあります。アクセントは強めながら、不均等リズムはさほど目立ちませ ん。フレーズの終わりでフェルマータ(バッハ の楽譜には実際にはないにせよ)を嫌う傾向も、バサッと切る感じの箇所はありません。装飾音符も華美ではありません。ロングトーンでの山なりの表現は、管 楽器、弦の運弓法双方にもうすでに現れていますが、今聞いてみると不自然には思いません。前言と反対に、77年 当時でこの奏法はもうすでにこなれていた、 と言った方がいいのでしょうか。

 したがってここでの演奏は、コレギウム・アウレウム合奏団のものに比べればピリオド奏法の特徴がしっかり感じ られるものの、おっとりとしており、その癖 が耳障りに感じるものではありませんでした。逆にこういうマナーを認めて楽しめる範囲にあります。耳が慣れたのでしょうか。技術レベル的なことを言えば現 代の古楽器演奏者たちのものよりたどたどしいところが若干感じられるかもしれませんが、難しい楽器なわけです し、音楽は技術を競うだけのものではありませ んから、むしろこのゆとりというのか、楽しんでいるような雰囲気が魅力的だと言えるでしょう。音はどこかひなびた、ちょっと枯れたような雰囲気が感じられ ます。輝かしさではなく、シックで懐かしいような、オーガニックな感触がいい感じです。


78ルドルフ・バウムガルトナー / ルツェルン弦楽合奏団(→モダ ン楽器による演奏)



    pinnock1
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Trecor Pinnock   The English Concert  '78-'82


    pinnock2
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Trecor Pinnock   
European Brandenburg Ensemble  '06-'07

バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
トレヴァー・ピノック
イングリッシュ・コンサート
(78)
ヨーロピアン・ブランデンバーグ・アンサンブル(06)
 ホグウッド、ガーディナーとともにイギリス古楽三羽ガラスのように思われているピノックですが、ブランデンブ ルク協奏曲ではホグウッドより節回しの遊び が若干サラっとしているようです。溌剌としたピリオド奏法的な演奏であることには変わりはないのですが。ピノックは二回録音していますが、一回目と二回目 の解釈はあまり違わず、二回目の方が明るく快活で弾ける感じがやや強く、一回目の方が若干スタティックに感じま す。速い楽章でのテンポはピリオド奏法らし く快適に速目。ただしリズムは素直で真っすぐです。緩徐楽章はほどほどのテンポで、盛り上がって下がる山なりのアクセントではあるものの、わりと素直な歌 い回しです。第1番第四楽章のポロネーズは静かながら速めに流します。

 一回目アルヒーフ/グラモフォンへの録音は1978〜1982年、新録音は2006〜2007年です。二回目 録音のブランデンバーグ・アンサンブルはイングリッシュ・コンサートのメンバーに加え、欧州各地の有名古楽アン サンブルから人を集めたもののようです。


80ネヴィル・マリナー  / アカデミー室内管弦楽団(→モダン楽器による演奏)
81ゲルハルト・ボッセ / ライプツィヒ・ゲヴァントハウス・バッハ管弦楽団(→モダン楽器による 演奏)



    koopmanbrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Ton Koopman   The Amsterdam Baroque Orchestra


バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
トン・コープマン / アムステルダム・バロック管弦楽団
(83)

 トン・コープマンは管弦楽組曲のG線上のアリア(エアー)なんか、絶品なのです。ということ は、この人の静か な楽章での歌わせ方のきれいさはずば抜けて いるということです。バッハをこよなく愛している人、というイメージもあります。彼とその楽団であるアムステルダム・バロックの演奏の特徴をひとことで言 うと、力が抜けている、ということになるでしょうか。古楽器演奏運動の一つの中心であって、常 に世の中を引っ 張ってきた一人ではあるのですが、最も気負い のない人かもしれません。したがって語法としてはピリオド奏法のイントネーションはしっかりとあるのですが、弱音でのやわらかい動きはため息の出るきれい さで、攻撃的という感じとは正反対に思えます。個人的に好きな第1番の第四楽章、ポロネーズの 部分こそ速く行く 解釈をしているのが残念ですが、他は全体に 静かな部分での歌わせ方がしっとりしていてしなやかです。

 速い楽章でも力は抜けているように感じます。ベルリン古楽アカデミーよりも軽く、静かです。 弾むような明るさ と楽しさはベルリンの方があるかもしれませ ん。ロングトーンでの山なりの呼吸はよく聞かれます。コープマン自身のチェンバロはその才能を十分に発揮しているせいもあって、凝った装飾音符がやや多め です。ただ、この世代としては全体的に違和感の少ない運びです。
 緩徐楽章での静けさは前述の通りで、弱音へスッと抜けるところがきれいです。古楽嫌いの人に とっても、その癖 はあるものの潤いがあるので気にならないかもしれません。

 そして特筆すべきは第3番の第二楽章、アダージョの即興部分です。ここはバッハが二音の音符 で締め括るように 指示したのみで、後は楽譜には何も書かれて いないので皆即興、もしくは奏者の方で勝手にやるように、ということなのですが、多くの楽団が短いフレーズをちょっと付け足すだけとか、どうかすると全く 何も弾かずに最後の二音だけを演奏するというパターンもある中、最も充実した音楽を聞かせてく れます。これを聞 くとまたコープマンのバッハへの愛と博識を 感じたりするのですが、独立した曲として完成度が高く、大変魅力的です。チェンバロをコープマンが弾いているわけですが、なんか少しフレンチな感じがし て、インティメートで、そこだけぐっと聞き惚れます。ライブの映像でも同じように弾いていまし たから、自信を もって完成させたものなのでしょう(つまり本 来の即興ではないですが)。全ブランデンブルク演奏の即興部門最優秀賞、と言い切りましょう。1983年エラートの録音です。



    hogwoodbrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Christopher Hogwood   The Academy of Ancient Music


バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
クリストファー・ホグウッド / エンシェント室内管弦楽団
(84)
 若さとウィットのある節回しに特徴がある演奏です。ガーディナー同様、古典派ではさらっとやるものの、バロッ クはピリオド奏法的な癖を持ったこういう解 釈なのでしょう。よく比較されるピノックよりもやや若く華やいだ感じで、リズムも弾む気がします。色々な管楽器の吹かせ方にときどき意外性があって面白い です。ポリフォニーの裏のパートがくっきり目立ったりする意欲的なところもあります。緩徐楽章もやや歌い回しに ひねりがきいている感じながら、弱音へと力 を抜くところがきれいです。装飾音符もピノックより多めに感じます。そしてこの演奏の一番の特徴は使っている楽譜にあるようです。通常の版とは異なり、第 1番の第三楽章が抜けたり、第四楽章で楽しみにしているポロネーズがカットされたりしています。

 オワゾリールの録音はディジタル初期にあたる1984で、やや線の細い音に聞こえますが、十分にいい音です。



    goebelbrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Reinhard Goebel   Musica Antiqua Koln


バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
ラインハルト・ゲーベル / ムジカ・アンティカ・ケルン
(86)
 ムジカ・アンティカ・ケルンは1973年にゲーベルがドイツ、ケルン(コローニュ)で結成した、今はない古楽 器の楽団です。アルヒーフ・レーベルに録音をたくさん残しました。ブランデンブルク協奏曲は1986年の収録で す。

 古楽器演奏のマナーとして思い浮かぶ特徴をすべて兼ね備えた演奏です。速いテンポで拍は鋭角的であり、語尾を 短くサッと切りあげ、長音符の山なりのアク セントも強く付いて、不均等なリズムも若干見られます。新しい古楽器演奏の運動として、伝統的なものから決別するためにはこういう特徴を持った推進力が必 要だったのかもしれません。数あるピリオド奏法のブランデンブルク協奏曲の中でも、最も特徴のある演奏の一つだ と言えると思います。緩徐楽章も長く延ばし たりはせず、さらっとしています。力は抜けているし忙しない感じはしないのですが。これだけ特徴があるということは、これこそが痛快で最も好きだ、という ファンの方もいらっしゃるだろうと思います。



    enlightenmentbrandenburg

      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Orchestra of the Age of Enlightenment


バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
エージ・オブ・エンライトメント管弦楽団
(89)
 
 1986年に結成された「啓蒙時代」という名のイギリスの古楽器のオーケストラ。ブランデン ブルクは1989 年の録音です。コープマンのところにいた ヴァイオリンのモニカ・ハジェット、ホグウッドの楽団にいて四季でソロをとっていたキャサリン・マッキントッシュとアリソン・バリーといったイギリスの実 力者が加わっています。

 イギリスの比較的新しい世代の古楽演奏楽団の中で、ハノーヴァー・バンド、フロリレジウム、 エガーになってからのエ ンシェント室内と比較すると、この楽団は最もピリオド奏法的な癖の少ない表現をします。テンポだけで言えばフロ リレジウムの方が遅い場合もありますが。
 全体のテンポは、昔の伝統的なオーケストラのしっかり遅い演奏というのとは違うながら、概ね ゆっくりオーソ ドックスで、快速な傾向は全くありません。緩徐楽章はとくにそうで、第5番の二楽章などたいへんゆったりして美 しいです。

 古楽器演奏の癖が少ないと申し上げましたが、そういう方向を狙いたいならばカナダのターフェ ルムジーク・バ ロック・オーケストラと並んで最右翼だと思い ます。二つ聞き比べても、どっちがリズムの癖が少ないだろうか、という感じです。速い楽章でもややアクセントがしっかりしているかな、運弓法に適度なたわ みと味わいがあるかなという程度であって、スタッカートのように飛び跳ねないし、不均等なリズ ムでもなく、大変 聞きやすくて安心していられます。この二つ の楽団の違いと言えば、エージ・オブ・エンライトメントの方が緩徐楽章でよりゆったり歌っているかな、というところでしょうか。
 派手さがなく、英国らしい正統派な感じというべきかどうか、いい意味で女性的なおだやかさが 感じられ、全体に レベルの高いまとまりを見せる演奏。これも大変良いブランデンブルクの一つだと思います。

 第3番のアダージョはヴァイオリンで少しメロディーをつけるのみで、楽譜上の二音につなげま す。

 録音はあまり細くならない音で、中高域に若干明るさがあるように感じました。ほどよい残響が あります。



    savallbrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
     
Jordi Savall   Le Concert des Nations

バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
ジョルディ・サヴァール / ル・コンセール・デ・ナシオン
(91)
 ル・コンセール・デ・ナシオンは1989年にカタルーニャのヴィオラ・ダ・ガンバ奏 者、ジョルディ・サヴァー ルによって設立されたスペインの古楽器楽団です。この録音にはイタリアのヴァイオリニスト、ファビオ・ビオン ディも加わっています。
 テンポはほどほど軽快ですが、とくに速いというわけではありません。そしてピリオド 楽器による演奏らしい抑揚 はあるものの、あまり癖のあるフレージング でもありません。緩徐楽章は速くなく、ゆったりしていて変わった癖もないものです。ロングトーンでの山なりのアクセントのみがあるという感じでしょうか。 落ち着いていて美しい演奏です。第1番の第四楽章もゆったりしていますが、ポロネーズ のみは静かながらも速く弾 むように演奏しています。ここがささやくよ うだと好みなのですが。第3番の即興部分のアダージョはチェンバロで、長調で入って短く終わるものです。

 アストレ・レーベルの1991年の録音は、庭園で有名なイタリアの豪邸で収録された ものらしく、反響の多い音 です。その反響のせいで楽器がやや遠くに聞こえる感じがあります。



    hanoverbrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
     
Anthony Halstead   Hanover Band


バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
アンソニー・ハルステッド / ハノーヴァー・バンド
(92)

 1980年に結成されたイギリスの古楽器の楽団です。指揮者のハルステッドも英国人で、実力のあ るホルン奏者にして鍵盤楽器奏者としても活 躍しました。1992年録音のこのCD、レーベルの関係からか新しい世代の古楽演奏の中ではあまり知られていないような気もしますが、いい演奏です。
 速い楽章ではテンポそのものは結構速いですし、弾むようなリズムで はあるのですが、心地よい弾力で弾むので あってブツ切れに尖ったものではありません。節度と有機的な流れがあってスムーズです。
 緩徐楽章でもやや速めの曲もありますし、語尾も短めながら、よく抑 揚があり、弦の運弓と管の呼吸のイントネー ションも山なりではあるものの立体的で美し いです。エガーのエンシェント室内管と並んで、ピリオド奏法らしい呼吸がありながらよくこなれていて、新しい世代の自然さが心地よい盤と言えます。



    petitbandebrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
     
Sigiswald Kuijken   La Petite Bande

バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
ジキスワルト・クイケン / ラ・プティト・バンド
(93)
 クイケンがリーダーになったプティット・バンドは1972年に設立されたベルギーの古楽器オーケスト ラで、ブ ランデンブルク協奏曲は二度録音していま す。旧盤は1993年と94年でクイケンはヴァイオリン、案外癖のないフレージングのようですが、手元にないのでここでは触 れせん。新録音の方は 2009年収録で、ヴァイオリンは娘のサラ・クイケンに譲り、本人はヴィオロンチェロ・ダ・スパラとい う肩かけ チェロのような楽器を受け持っていて、それ がひとつの売りになっているようです。

 音楽の捧げものや古典派など、曲によっては素直で自然な抑揚の場合もあるクイケン一門の人々の演奏は 私も大変 好きなのですが、ここではジキスワルトが個 人的にヴァイオリンを弾くときのように、割合古楽器演奏的に聞こえます。第2番など、訥々と区切れた感のある遅いリズムで進行する緩徐楽章があったり、拍 にも強弱があります。遅い部分での長音符のフレーズも長くは延ばさずに打ち切ったり、反対にルバート気 味に遅れ て入って長く特徴的に引っ張ったりします。 したがって叙情的という感じがしません。いつもよりちょっと学究的姿勢に寄っているかな、という印象です。第1番のホルンもおどけたように目立っていて特 徴があります。いくつかの楽団がこれをやるので、きっと何か文献的根拠があるのでしょう。第四楽章のポ ロネーズ 部分もピリオド奏法流儀で速くサッと流しま す。しかし仲間うちのリラックスした感覚はこの盤の魅力かもしれません。先鋭な感じではなく、陶酔感もなく、平常心でゆったりしています。それでも第4番 と第6番の第二楽章はねばりつつよく歌っているでしょうか。しんみりして心地よいです。第5番の第二楽 章は自我 のせき立てる声にコントロールされず、雨上 がりの秋の牧場をのんびりと一人景色を味わいながら歩いているようで大変良いと思います。
 第3番の即興部分のアダージョはクイケンのヴィオロンチェロ・ダ・スパラによる短いものです。ちょっ と牧歌的 な、独り言のようです。



    tafelmusikbrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Jeanne Lamon   Tafelmusik Baroque Orchsestra


バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
ターフェルムジーク・バロック・オーケストラ
(94)

 ヴァイオリンのジーン・ラモン率いるターフェルムジーク・バロック・オーケストラは1979年にカナダのトロ ントで結成された比較的新しい世代の古楽器 の楽団ですが、ベルリン古楽アカデミーやフライブルク・バロック・オーケストラなどと比較されることもある、以前の典型的なピリオド楽器の奏法とは違う すっきりとした優雅な演奏を聞かせる団体です。
 ブランデンブルク協奏曲は1994年録音で、上記の二楽団よりやや早い時期に録音されました。音が綺麗で、奇 抜なところがなく、誇張されたリズムの癖も ありません。この、いい意味でのクリーンな感覚はリーダーの性質かどうかはわかりませんが、少なくともこの楽団の周波数なんでしょう。正統で安心できる誠 実さに満ちていて、古楽系では癖が少ない部類に入ります。洗練された美しい演奏です。

 ピリオド奏法的な癖が少ないという意味では、イギリスのエージ・オブ・エンライトメントやフロリレジウムとも 比較できるかもしれません。この中でフロリ レジウムはとくにフルートとチェンバロに、また全体の歌わせ方にもその楽団らしい個性を見せますが、ターフェルムジークの方はもっと癖が少ない感じがしま す。フライブルクも癖が少ないかもしれませんが、あちらはもう少しテンポもフレージングもきびきびしているで しょうか。エージ・オブ・エンライトメントと の比較はちょっと難しいですが、緩徐楽章でよく歌わせるのはエージ・オブ・エンライトメントで、ターフェルムジークは情緒はありながらも、平均して若干テ ンポが速い傾向があるでしょうか。端正ですっきりと歌います。楽章の後半部分でぐっと速度を落として行く曲もあ りますが。いずれにせよ、古楽演奏の癖の少 ない現行の古楽器団体のCDとして勧められるのはこの二つかもしれません。

 また、同じく良いなと思ったベルリン古楽アカデミーと比較してみると、速い楽章ではベルリンほど弾む感じでは ないですが、速過ぎず節度があり、静けさと 弾むような軽やかさの間でバランスしていて美しいです。一方緩徐楽章ではベルリンと同様のゆったりさが感じられますが、比較するとややおとなしい歌わせ方 に感じる部分もあります。その代わりに静けさ、魅力的なスタティックさがあります。ただ、おとなしいと言ったの を誤解しないでほしいのですが、ベルリン古 楽アカデミーが場所によっては少々大胆で独特の節回しをするとすれば、の話で、他の様々な楽団の中でもこのターフェルムジークの緩徐楽章は静かに抑揚をつ けて歌い、優美です。第3番の第二楽章での即興のアダージョ部分はリーダーのヴァイオリンによるもので、ちょっ と無伴奏ソナタとパルティータの中の曲を思 わせる出来です。

 録音技師がいいようで、音は優れています。音像は近くないですが、適度に残響が乗り、弦が繊細に聞こえます。 第1番の第二楽章など、しっとりとしてとても美しいです。



    ilgardinobrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
     
Il Giardino Armonico

バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
イル・ジャルディーノ・アルモニコ
96)
 
 イタリアはミラノで、1985年に結成された古楽アンサン ブルです。コンチェルト・イタリアーノ同様、これも 速い楽章でのテンポは軽快です。ただ第1番 でホルンががんばって特徴的な元気な吹き方をするのがやや目立つでしょうか。他の演奏でもホルンに特徴的な吹き方をさせるものがいくつかあると申し上げま したが、これもそうです。全体にはやはり華やかで明るいイタリア風の遊びがあり、楽しさを感じる演奏です。緩徐 楽章ではほどよいテンポで、アレッサンド リーニよりはさらっとして速めながら、よくうねる抑揚がいかにも古楽演奏的ではあります。
 1996〜97年の録音はあまり反響の多い音ではありません。とにかく全体にホルンが特徴的です。第3番のア ダージョはものうげ なヴァイオリンの短い泣きです。



    alteberlinbrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
   
  Akademie für Alte Musik Berlin ♥♥

バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
ベルリン古楽アカデミー
(97)♥♥
 これはいいです。古楽器によるピリオド奏法の範疇に入る演奏のなかで、個人的には最も気に入ったCD の一つで す。勝手な思い入れがあるモダン楽器によるパイヤール盤と比べても甲乙つけがたい感じです。ピ リオド奏法の特徴をはっきり持ってい る部分もありますので、どうしてもモダン楽器のような演奏でなければだめな人には勧められませんが、私は全く気になりません。ハルモニア・ムンディのブラ ンデンブルクとしては最初のもので、1997年の録音です。ジャケットの写真はターフェルムジーク・ オーケスト ラのと良く似ていて混同してしまいますが、 これはブランデンブルク州にあるサンスーシ宮殿の太陽の彫刻部分を写しているので、カブッても仕方がないでしょう。

 このベルリン古楽アカデミーは1982年に旧東ドイツ側だった東ベルリンで結成された団体です。当時 いくつかのオーケストラから若手が集まったようですが、ピリ オド奏法 のムーブメントの中では比較的新しい世代に 入る団体です。ドイツに限らず旧東側の人たちと聞くと、スタンドプレーに縁がなく、派手さや奇抜な解釈もないけど、しかし楽譜通りというより以上によく呼 吸した、熟成したいい味を出す楽団なんじゃないかな、という期待をしたりします。わが国ではいぶし銀と いう言葉 で表されるような佇まいです。それでこの楽 団もそうかと言うと、確かにそういう良識的な、大人っぽさはあるかもしれませんが、東側ってこんなに先鋭で洗練されてるんだ、とこれまでの思い込みを詫び たくなる驚きを感じてしまうところがあります。知的で大胆に計画された部分も持ちつつ、かつ知に傾き過 ぎな い、音楽の自発的な呼吸を失うことのないバランスを持った演奏と言えるように思います。ここはこう区切 ろう、と いうように頭で考えた進行を感じさせるので はなく、前もってそう考えているに決まってはいても、ちょっと文学的に過ぎる言い方ですが、音が自らそう鳴りたがっているように気持ち良くつながって抑揚 を持って行く、そういう自然な進行が感じられるのです。しかし自在なテンポ設計にせよ、次の展開に入る ときに一つの楽器が抑揚を抑えた持続音で橋渡しをするような独特のフレージングにせよ、個性 的な計画性もあるという部分は、指揮者を置 かない団体において誰がこうした精巧な計画を担ってるのかな、などと音楽の生まれる現場にいない人間とし ては色々考えてしまいます。各プレイヤーに任されているというには統一性があり過ぎます。三人いるとい うコンサートマスターなのでしょうか。
 鮮烈なのに自然、こういう感覚を呼び覚ましてくれるグループは世界広しといえども案外少ないような気 もしま す。

 速い楽章は軽く弾みながら自在で楽しげです。よほど上手なのでしょう、テンポそのものはかなり速いは 速いの ですが、ピリオド奏法特有のやたら快速、という印象を持たせるような進行とは違い、そよ風のような心地よさとゆとりがあります。さあどうだ、と見せようと する意図を感じません。そして音符間、楽器間の受け渡しにおいて、一方からもう一方への投げてとらえて が一つの 生き物のように弧を描いてスムーズにつな がって行く小気味よさが感じられます。これぞ生きたメロディーライン、生きた音符、という印象です。それでもこの速さが嫌な人は、エイジ・オブ・エンライ トメント、ターフェルムジーク、フロリレジウムなどに行くかもしれませんが。
 緩徐楽章での歌わせ方は一転して、ゆったり抑揚があり、間もあります。ピリオド奏法だからといってさ らっと流 すのが流儀なんだ、という思い込みはないよ うです。第5番の第二楽章のみ他より若干サラッとしたテンポながら、どれもじっくりと、味わいがあります。そしてここの奏者たちはよほどレベルが高いので しょう、
スタープレーヤーが客演しているのが売りというものではないにもかか わらず、難しいトランペットやホルンもモタつかず、ストレスを感じさせませ ん。第一番でのオーボエの吹き方も良いですね。前述エイジ・オブ・エンライト メント、ターフェル ムジークももちろん素晴らしいですが、この楽団には独特のセンスがある気もします。フライブルクの乾いて揃ったアンサンブルというのともまたちょっとベク トルの違う上手さだと思います。
 一方で女性的で美しいという意味ではコープマンもいいですが、この楽団はコープマンのよりはオンな感 じがしま す。アムステル・バロックの演奏ほど静かに 抜けるところで抑揚をつけ過ぎず、でも全体によく歌います。コープマンは力の抜けた繊細な魅力、こちらは夕焼けの空がまぶしく輝いているような強さのある 美しさ、とでも言いましょうか。フロリレジウムと比べると、これもセンスの発揮の仕方が違うように思い ます。よりゆったりのテンポで大きく波打たせ、速度を緩めてみせる仕方に粋を感じるフロリレジウムに対 し、ベルリン古楽は軽く自在に躍動する感じが強いと思います。
 第3番の即興部分のアダージョはチェンバロで、ちょっと半音階的幻想曲とフーガを思わせます。

 録音の加減ということにも関係はあるかもしれませんが、通奏低音の動きがよく分かるなかで、全体が立 体的に聞 こえるところもいいです。したがって優れた 演奏でよく言われる言い回しですが、地味な弦楽合奏だけの第6番も、彼らの手にかかると大変魅力的な音楽として再発見されます。第二楽章など、ヴィオロー ネの低音弦が音符ずつに鳴らされるというよりも、一つのつながった持続音のように感じさせるところ など特徴的で、こんなに何度も聞きたくな る音楽だったかな、という印象です。ポリフォニーだから当たり前というわけではなく、低音楽器が平等に、力強く 歌います。その低い音も大きなスピーカーで 聞くとズシッとよく出ていて心地よいです。また、チェンバロの音の繊細さも特筆に値します。このように、録音の面からも大変優れています。



    alessandrinibrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Rinaldo Alessandrini   Concerto Italiano
 

バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
リナルド・アレッサンドリーニ / コンチェルト・イタリアーノ
(05)
 リナルド・アレッサンドリーニはエウロパ・ガランテのチェンバリストで、コンチェルト・イタリアーノは彼が 84年に結成した古楽器の楽団です。2005年のブランデンブルク協奏曲は鹿がパーキングロットに迷い込んだよ うな不思議な ジャケットが印象的です。
 速めのテンポですが生真面目なドイツ勢とはまた違った印象で、速い楽章ではスタッカート気味のリズムであるも のの、ところどころ、あるいは小節によって はテヌートだったりして遊びが感じられます。全体に軽い感じです。ところが緩徐楽章では案外ゆったり歌のようによく歌わせていて、そこもイタリア的という のでしょうか。軽快で楽しくも、同時に叙情的でもある、そんな感じです。第1番第四楽章のポロネーズは大変静か な音量で案外ゆっくりしっとりしているのは 意外でした。
 全体的にリズムはやや弾み気味でところどころ長く延ばしたりはするので、ピリオド楽器の団体だなという感じは 強くあります。これもイタリア的なのか、場 所によっては間を長く置いたりするのがちょっと作為的に感じる部分もあったりします。でも攻撃的ではなく、案外心地よいものです。第3番のアダージョの即 興部分は短いチェンバロで、長調の楽しげな音です。



    abbadobrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
 
     Claudio Abbado   Orchestra Mozart


バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
クラウディオ・アバド / モーツァルト管弦楽団
(07)
 技巧派の演奏家と親交が深かったイタリアの大指揮者アバドも2014年に亡くなりましたが、晩年はボローニャ に若者だけで構成されたモーツァルト管弦楽 団を設立し(2004)、後進の指導にあたっていました。演奏スタイルはメジャーオーケストラとやっていたときとの遅く大きく歌う流儀とは異なり、古楽器 の楽団ではないものの、ピリオド奏法的な色合いが濃いものであったようです。モーツァルトもそうでしたが、 2007年のライブであるこのブランデンブルク 協奏曲も軽快にピリオド奏法タッチでやっています。ピリオド楽器によるものという分類には入らないかもしれませんが、スタイルからそ うしておきました。今回はヴァイオリンにジュリアーノ・カルミニョラを迎えているようです。

 弾むリズムで速めの溌剌とした進行です。コープマンとは違って弱音へと抜けたりしんみりしたりはしないです が、力まない静けさはあります。引きずらず軽 いリズムです。第1番ではホルンも変に強調されたりせず、軽やかでまろやかに鳴ります。緩徐楽章はロングトーンでの山なりのイントネーションが強いです し、とくにゆっくりのテンポでもないのですが、力が抜けていてきれいさと静けさはあります。したがって奇抜でお どけたような感じにはなりません。区切りの 終わりの音符はやはりピリオド奏法流儀で長くは延ばさないのですが。個人的にいつも期待して聞く第1番第四楽章のポロネーズはこうした奏法ににしては驚く ほど静かでいいのですが、二音ずつ組の音を片方を長く、もう一方を短くイネガルにして、不均等に、スキップして いるようなリズムにしています。展開部はこ れもピリオド奏法のセオリーのように元気よく行きます。第3番のアダージョははチェンバロで短いものです。

 レーベルはドイツ・グラモフォンですが、DVDも出ています。残響は少なめです。




    eggarbrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Richard Egarr   Academy of Ancient Music


バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
リチャード・エガー / エンシェント室内管弦楽団
(08)

 73年にホグウッドによって設立されたイギリスの古楽器楽団、エンシェント室内管弦楽団ですが、ここではホグ ウッドではなく、2006年から音楽監督を つとめている、同じくチェンバロのエガーがリーダーになっています。古楽ムーブメントの旗頭だった楽団の、新しい世代になっての演奏、ということになるで しょうか。3つあるハルモニアムンディ・レーベルの録音としては、ベルリン古楽アカデミー、フライブルクの間 で、2008年録音です。

 一部で過激な演奏だという評もあるようですが、その意味するところはよくわかりません。後発のフライブルク・ バロックオーケストラより静かでやわらかな 運びであり、あっさりした印象もあります。きばったようには聞こえません。激しいというならむしろ以前のホグウッドやゲーベルの方がピリオド奏法的なイン トネーションが強いのではないでしょうか。しかし古楽らしいアクセントがないかと言えば割合はっきりと、あるは あります。とくに第1番で顕著に付いている ように思います。第一楽章での展開において部分的にテヌートにしてコントラストをつけたり、第二楽章で速めのテンポをとって語尾を延ばさなかったり、第三 楽章でルバート様の拍の遅れを導入したり、第四楽章を引きずるようなリズムでやったり、という感じです。ロング トーンでの山なりのイントネーションもあり ます。しかしどれも嫌みなほどではなく、また残りの楽曲は案外素直なフレージングで進めているようにも聞こえます。
 全体としてのテンポは、ゆったりしたところと速めにサラッと流すところの両方がありますが、本来速い楽章だか ら速いとか、緩徐楽章だから遅いという決め ごとでもなく、個々に設定しているようです。緩徐楽章で具体的に言いますと、第1番はやや速め、2番と3番は適度なテンポ、4番は適度にゆったりめ、5、 6番ではしっとりゆったりという感じです。やや速めのテンポをとった場合でもしなやかさは失わず、通奏低音のリ ズムはともかく、旋律線を受け持つ楽器は滑 らかにつなぐ傾向があります。管弦楽組曲では全体に穏やかで、テンポも割合ゆったりしたところが目立ってましたが、ブランデンブルクでは同じ傾向ながらも う少し変化をつけているとは言えるかもしれません。緩徐楽章でも速めであっさりしている箇所があると言いました が、そういうところでフライブルクと一番違 うのは、そよ風のような軽さが感じられるところでしょうか。ホグウッドはいかにも古楽器楽団という感じで色々やってがんばってましたが、エガーもピリオド 奏法らしさはありながらも、世代の違いなのかこなれていて、よりスムーズです。新しい世代が概ねこの方向に変化 してきているのは嬉しいところです。

 そしてこの盤で魅力的なところの一つに録音もあげられます。ハルモニアムンディ・フランスはいつもほとんど外 れがないですが、ここでは残響は多めで潤いがあり、低音は軽めに聞こえるながら硬くならず、細身の弦がきれいに 響いて心地よいです。



    gardinerbrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      John Eliot Gardiner   English Baroque Soloists


バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
ジョン・エリオット・ガーディナー / イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
(09) 
 ホグウッド、ピノックと並んでイギリス古楽界の草分け的存在であるガーディナーですが、モーツァルト等古典派 の演奏では端正ですっきりとした、ピリオド 奏法の癖をあまり強く感じさせない正統派の演奏を聞かせるものの、バロックのバッハともなると、例の弾むような快速リズムや盛り上がるような抑揚がよくつ いています。ホグウッドやピノックと比べてもそれは言えるように思います。装飾音符も大胆で、ホルンに遊びのあ る動きも聞かれます。酔っぱらったような足 取りの不均等リズムもあったりします。個人的にこの人に期待していたのはもう少し素直な歌い回しだったのですが、学術的にこういう解釈が正しかったという ことなのかもしれません。しかし不思議なのは1983年にエラートに録音した管弦楽組曲の方は、あの我らが旧知 の端正なガーディナー節だったのです。テンポこそやや速めのところもあり、フレーズの終わりの音符を延ばさずに あっさりと切るところはいかにもピリオド奏法時代という感じであって、それは2番のフルートのパートですらそう だったのですが、それでも大変すっきりとして誇張がなく、素直な演奏でした。その当時にブランデンブルクを録音 していたら、ああいう感じで演奏したのでしょうか。つまり時間的経過によって解釈が変わったのかな、と普通なら 推測するところです。それともガーディナーが、ブランデンブルク協奏曲というものを管弦楽組曲とは別の性質を 持った楽曲として捉えているということでしょうか。これについては本人が、ブランデンブルク協奏曲は舞曲であ り、今日のジャズやロックのような音楽だと発言していますので、案外その通り、こうした思い切った動き のある演奏になったのかもしれません。したがってガーディナーのこのブランデンブルク協奏曲、無論テンポは遅く ありません。しかし静かな部分では音節を延ばさず速めの進行ながらも、彼らしく繊細によく歌っていて 気持ちがいいです。トータルで好みの方向ではありませんでしたが、逆に非常に個性的で多くの録音の中にあって意 義のある存在だと思います。いつも上品な ガーディナーがこれだけ個性的というのも、いい意味で殻を破ってるようにも感じました。一番面白い演奏かもしれません。

 録音はガーディナー自身が立ち上げた SDG (Soli Deo Gloria) レーベルです。2009年と比較的新しく、古楽界の大御所がそれまで録音していなかったのは不思議な感じもします。残響は少なめです。



    cafezimmermannbrandenburg.jpg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
     
Café Zimmermann

バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
カフェ・ツィンマーマン
(10)
 カフェ・ツィンマーマンはブエノスアイレス出身のヴァイオリニスト、パブ ロ・ヴァレッティとフランス人のクラヴサン奏者セリーヌ・フリッシュによって1998年に設立された、珍しくフ ランスの古楽団体で、バッハがいつも仲間と集っていたライプツィヒの溜まり場的コーヒーハウスの名前に因んで命 名されています。新世代の古楽などと言われるようですが、コーヒーハウスで演奏する雰囲気なのか面白いブランデ ンブルクの最右翼で、その思い切りの良い弾け具合は昔のラインハルト・ゲーベルなどむしろ保守的に思えるぐらい です。バッハの権威などどこ吹く風なのがフランス的なのか、後で触れる昔のパイヤール盤とは違った方向のフラン ス趣味と言えるでしょう。ファン層はリヒター盤と対極でしょうか。しかし全体にさわやかで明るく弾み、楽しいの でいいと思います。
 表現の上では軽やかに沈んでは戻る抑揚があり、ピリオド奏法らしくスタッカートを用いてフ レーズの語尾を短く切り、テンポも1番の1楽章、5番の3楽章、6番の3楽章などを除いて全体にかなり速めで す。1番の第四楽章のスピード感は相当なもので、途切れとぎれのスタッカート急行はふざけているのかと思うほど です。2番のトランペットも明るく、進軍ラッパのようだったりおどけてるようだったりするブラスに心地良く活気 あるリズムが相まって唯我の存在感を示しています。特に第6番の第二楽章には独特の爽やかさがあり、その魅力は 他では聞けません。 

 レーベルはアルファ・レコード、2000年から2010年にかけて録音されました。



    freiburgerbrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
 
     Freiburger Barockorchester


バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
フライブルク・バロックオーケストラ
(13)
 1987年設立のこの楽団は、旧東側に1982に設立されたベルリン古楽アカデミーとよく比較される 対象かもしれません。新しい世代のドイツを代表する 古楽器の楽団で、近年活躍がめざましく、ミサ曲ロ短調などで注目された方も多いのではないでしょうか。アンサンブルの揃った技術の高さが印象的で、現代的 で歯切れが良く、いつも完成度の高いCDをリリースしているような印象があります。ブランデンブルクは 一言で言えばキレが良く、痛快な演奏です。しかしそ れはアクの強い演奏という意味ではありません。前の世代、古楽器ムーブメントを確立した世代よりもストレートで癖が少なく感じます。速い楽章ではベルリン 古楽アカデミーほど弾む感じはないものの、真面目で適度に軽快なリズム運びです。緩徐楽章ではやや速め で短い歌わせ方になっています。個人的にはもう少し リラックスした運びが好みですが、冬の朝のようにきりっとしていて、この楽団らしい特徴があると言えるでしょう。2013年録音と、ハルモニア・ムンディ のブランデンブルクとしても後発なもので、音もいいです。



    froliregiumbrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
 
 Florilegium

バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
フロリレジウム
(14)

 フロリレジウムという言葉は中世のラテン語に発したもので、花を集めたもの、花の図鑑、もしくは作品から抜粋 したものを集めたもの、という意味だそう で、名詩集とも訳されるようです。そしてこのブーケのような演奏をするフロリレジウムという団体は、1991年にロンドンで結成されたイギリスの古楽の楽 団です。ずっと知らずにいたのですが、リーダーはフルート(フラウト・トラヴェルソ)のアシュレー・ソロモンと いう人で、リコーダー(ブロックフレーテ) も受け持ちます。やわらかく軽々と演奏する印象で、静かなところでは繊細に力を抜いてやさしくそっと撫でるように吹く、いいフルートです。

 ブランデンブルク協奏曲は2014の録音で、ここで紹介する中では最も新しいものです。イギリス古楽と言えば ピノックのイングリッシュ・コンサート、ホ グウッドのエンシェント室内管弦楽団、ガーディナーのイングリッシュ・バロック・ソロイスツが切り開き、エージ・オブ・エンライトメント、ハノーヴァー・ バンド、リチャード・エガーに引き継がれたエンシェント室内管などが最近の世代に属しますが、フランスの楽団が フランスものばかりやっていてバッハのCD をなかなか入れてくれないなかで、古いもの好きのイギリス人たちはたくさん出してくれてる印象です。そしてそれらの中でもこの楽団の演奏は大変素晴らしい もので、数あるピリオド楽器によるブランデンブルク協奏曲のCDの中で個人的には大変好きな盤になりました。第 4〜6番の入った一枚目に限れば♡
は間違いなく、案外一番かもしれません。ベルリン古楽アカデミーも素晴らしいので、傾向の異なるものに順列はつけ難いですが。

 演奏は攻撃的な古楽というと擬人化されそうな、いじめっ子の男の子が「強いんだぞー」としかめっ面で攻めてく るのとは正反対の方向性です。そういうやっ てやろうぜ的な波長を感じないのです。ピリオド奏法として確立されてきた独特の癖が少ないという意味では、カナダのターフェルムジーク・バロック・オーケ ストラ、同じく英国の先輩的バンド、エージ・オブ・エンライトメントと並んで素直な展開で、アクの強くない部類 に入ると思います。ただし癖がないというわ けではなく、駆け出す方向ではなく、ゆっくりと引き延ばす方向にピリオド奏法的なアクセントを持って行っている、という言い方がいいでしょうか。モダン楽 器の演奏に比べればリズムにゆらぎがありますし、運弓/呼吸法上の盛り上がるイントネーションも認められます (第2番の第二楽章などでよくわかるかもしれ ません)。単に絶対量で言うならエージ・オブ・エンライトメントとターフェルムジークの方が癖は少ないと思います。

 テンポは全体にゆったり方向であり、セカセカした古楽快速列車ではありません。緩徐楽章は大変よく歌います。 第1番の緩徐楽章こそさほどゆっくりな方で はなく語尾もさらっとしていますし、第四楽章のポロネーズもピリオド楽器の楽団特有の仕方で速めに流すようにやっていますが、トリオ1はゆったりしていま す。それ以外の曲は概ねゆったりです。上述した他の楽団との違いは粋な崩しがあって、それがささやくようにやさ しく、息遣いが大変デリケートなところで しょうか。間の取り方に独特のところがあり、一つのフレーズを強調するときに、歩を緩める傾向があります。モダン楽器演奏とは明らかに違う、「柔」の演 奏、と言えるでしょう。

 柔といってもコープマンとは別の意味で力の抜けたもので、時折金管をきりっと輝かせることもあるコープマンは 弱音へスッと抜けるやわらかさが印象的だっ たのに対し、こちらは速度を緩める方向へ力を抜くのです。そして全体にほわっとやわらかな抑揚で進んで行きます。とくにリーダーのフルートなどに言えます が、リズム部分が展開している間に長く延ばされる音符において、わざと抑揚を押さえて大変静かにフーッと引っ張 り、語尾も本来のリズムを超えて延長気味に するところすらあります。そのフラウト・トラヴェルソが活躍する第5番の第二楽章など絶品で、しっとり吹かれるその音はひなびていて惚れぼれします。フ ルートの良さはこの楽団の一つの強みに違いありません。管弦楽組曲でもフルートの活躍する2番だけ出しているほ どです(カンタータ等とのカップリングで 1、3、4番はまだのようで残念です)。第4番のリコーダー持ち替えのパートもいいです。すべての曲とパートで技術的に完璧という演 奏とは違うかもしれませんが、4番と5番は色々あるブランデンブルク協奏曲のなかでもその魅力において最高の一 つに思えます。チェンバロはグループ立ち上げのときの主導者ではなく、テレンス・チャールストンとなっ ています。本来ならスラッと速弾きされる傾 向にあるトリルにおいて、むしろ遅めに間をとってみせるところが印象的で、それはフレーズの頭に向かって飛び込まず、ちょっとルバート気味にタメを取ると ころにも現れています。フルートと同じ周波数を共有していると言えるでしょう。

 レーベルはチャンネルクラシックです。一般的な古楽の録音がバロック・ヴァイオリンの細い音がよく録れてい る、高域の繊細なものが多いのに対し、この最 新録音は低音が良く出ており、若干低域側に寄っているバランスです。かといって高音弦が引っ込むわけではなく、キラキラしない音で自然です。わずかに中高 域に張りがあってヴァイオリンの合奏で硬めに輝く箇所がないでもないですが。優秀録音です。
 それと、これはかな り低音に特化したスピーカーでないとわからないので書くほどのことでもないかもしれませんが(自分のスピーカーは大きい、と言ってるみたいで嫌らしいです が)、ハムに近く聞こえる低い周波数で低域信号がブーンとハウリング様に反響 しているところがありました。部屋か現場の装備と楽器の共振周波数が合ってしまったのでしょう。全体にその傾向 はありますが、二枚目の3番の出だしと1番 の一部に顕著です。楽器が鳴り始めるとカバーされてわからなくなるし、コンパクトスピーカーでは全く聞こえないですが。サブソニック・フィルターで切る か、該当周波数を計ってバンドパスで落とすかして欲しいところです。



モダン楽器
による演奏


    imusicibrandenburg1
       Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
       I Musici '65

  
    imusicibrandenburg2
       Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
       I Musici '86


バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
イ・ムジチ
(65/86)
 日本で人気の高いイタリア伝統のイ・ムジチです。1952年にローマで結成され、四季ではダントツのセール スを記録してきました。
ブランデンブルク協 奏曲は1965年にフェリックス・アーヨ(初代のヴァ イオリン)の下で録音しており、マクサンス・ラリュー、ガッゼローニ、ホリガー、モーリス・ブールグ、モーリ ス・アンドレ、ブリュッヘンらが参加していました。ホリガーにブールグなんて最高のオーボエ競演ですし、豪華メ ンバーという点では最右翼でしょう。演奏は今の時代からするとどこまでも平坦で一定したリズム、ゆったりしたテンポに聞こえま す。楽章の終わりでゆっくりになるぐらいでしょうか。緩徐楽章もおだやかで振り幅は大きくはないな がら、スローにたっぷりと歌います。フィリップスのアナログ 録音はこの頃からすでにきれいな弦で、よいバランスの音でした。

 1986年にはピーナ・カルミレッリ(vn)の時代に新しいのを出しました。ここでも旧盤やマリナー盤にも顔 を出していたオーボエのハインツ・ホリガー、フルート のセヴェリー ノ・ガッゼローニ、そしてホルンのヘルマン・バウマンなど、名手が揃っているという点で魅力的なところは変わりありません。演奏の特徴としては、とくに緩 徐楽章ではゆっくりよく歌いますが、アーヨの時代とは異なり、全体には中庸のテンポです。リズムは比較的 くっきりとしています。例えば第5番の第一楽 章などタッタッタッとはっきり区切っています。語尾はパイヤールのようにはやわらかく静かには延ばさない、さっぱりすっきり感のあるもので、ピリオド奏法 ムーブメントの影響でしょうか。こちらは残響が少ないです。




    karajanbrandenburg1
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Helbert von Karajan   Berliner Philharmoniker '64-65


    karajanbrandenburg2
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
     
Helbert von Karajan   Berliner Philharmoniker '78

バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィル
(64〜65/78)

 リヒター、イ・ムジチと並んで、モダン楽器のブランデンブルクとしてはわが国では三大人気演奏の一つ と言って いいのでしょう。とくにカラヤン盤は伝統的で有名な大オーケストラが演奏するものの代表例ということになるで しょう。
 二度録音しているのでしょうか、1964〜65年のと78年の二種類が出ています。両者での歌わせ方 やテンポ設 計などは 基本的に変わりません。65年盤の方は、テ ンポに関しては速い楽章では78盤より若干遅めで、音は直接音が多い感じに聞こえます。全体に明るく若々しくてさわやかな印象です。
 緩徐楽章では、バロックであってもいわゆるカラヤンレガートを地で行った重厚流麗な歌い方に違和感を 覚える人 もいるかもしれません。これでもかという たっぷり感でロマン派のバッハと言えるかもしれませんが、当時はこれが当たり前であり、カラヤンの他の時代の楽曲の演奏をイメージして覚悟してかかると、 これでも案外爽やかとも言えるでしょう。第1番の第四楽章など、非常にゆっくりで滑らかなのには驚きま すが。そ こだけは呼吸ができないほど濃密です。ポロ ネーズの部分は静かでゆっくりなのですが、やはりカラヤンレガートという感じで、ずーっとつながった音という印象があります。

 78年盤の方は編成が小さくなったということですが、65年よりは音像がやや奥まっていて広いホール で響いて いる印象です。より磨きがかかった演奏とい う感じですが、若々しさでは前の録音の方が勝るでしょう。演奏様式はやはりカラヤンで、速い楽章ではさほど目立たないけれども、緩徐楽章では滑らかなレ ガートが非常に印象的です。65年盤でもそうだった第1番の第四楽章など、つながって大きく波打ちなが ら流れる 様はもっと後の時代の曲のようです。しかし リヒターが尊敬されるなら、これだって「あり」でしょう。



    richterbrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
 
    
Karl Richter   Munchener Bach Orchester

バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
カール・リヒター / ミュンヘン・バッハ管弦楽団
(67) 
 ミュンヘン・バッハ管弦楽団は1955年にリヒターがミュンヘン・フィルやバイエルン放響な どから設立した楽 団です。いつも言うことなのですが、リヒ ターは神話です。したがって、これが好きな人はいつの時代もなんとしてもこれなので、私がここでコメントすることはないかもしれません。こんな発言をし て、バッハの権威として奉られていることへの反発だとしたら底の浅い話ですが。
 しかしこの「神」傾向は日本に特有なのかと思っていたらそうでもないらしく、YouTube でフランス人が挙げているクリップに英語でコメントしてる意見の中に、現代の某ピリ オド楽器演奏のバッハを「ひどい指揮者で、深みがなく魂がな く内容もなく、ファッションだけだ、悪夢だ。カール・リヒターでなくては」と言っているものがあり、それに対し て別の人が「リヒターは聖なる形而上学的な 記念碑的演奏だけれども、寝転んで空を見上げられる場所は地球上にはたくさんあるんじゃないか」と諭しているのがありました。

 リヒター盤の録音は1967年です。ハンス=マルティン・リンデやヘルマン・バウマンといっ た名手も参加して います。峻厳、荘厳などと言われ、厳しい印 象の演奏に思えます。確かに速い楽章ではミュンヒンガーほどゴツゴツはしないながらカッチリしたリズムで真っすぐに進行します。ミュンヒンガーは録音が デッドなせいもあるのですが。全体にはやはり余分な情緒に流されることのない演奏というのは間 違いないと思いま す。ただしヴァイオリンのソロ・パートなど を聞くと、ビブラートのせいで案外ロマンティックに聞こえる箇所もあり、分厚く大きな抑揚で まったりと歌っています。第1番 の第二楽章のラストなど、ときどきドラマチックな強調も聞こえます。
 その緩徐楽章については、古楽器演奏の波が来た後の今からすれば、決して速くもせっかちでも なく、伝統的なマ ナーでよく歌っているように聞こえます。ス ラーとビブラートのかかった切れ目のない弦の運びに時代を感じるところもありました。第1番第四楽章のポロネーズはリズムがくっきりしていて静かです。 第3番のアダージョはリヒターによる実直なチェンバロです。音色はアンマー・チェンバロのよう な太い音です。



    brittenbrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Benjamin Britten English Chamber Orchestra

バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
ベンジャミン・ブリテン / イギリス室内管(68)

 この演奏はブランデ ンブルク協奏曲の中でも安心して聞ける正統的なものだと思いま す。旧東側の楽団同様、イギ リス紳士もときに中庸で派手さのない、真面 目な演奏をしますが、これもそうです。マリナーの小ぶりで快活なのに対し、こちらは適度にゆったりしたテンポで、古楽系と違って滑らかな歌わせ方であり、 リズムはミュンヒンガーなどのドイツ系ほどではないものの、ときにややくっきり目で す。緩徐楽章はよく歌い、 ゆったりとしていて魅力的です。

 真面目な演奏という意味でボッセ/ゲヴァントハウスと比較すると、緩徐楽章ではこの ブリテンの方がよりスロー に陰影をつけて歌うところがあります。ゲ ヴァントハウスの方が渋く感じます。バウムガルトナーと比べると、こちらの方が残響が少ない分しっとりと聞こえ、バウムガルトナーの方が朗々と響きます。 わずかながら装飾音符が多めで、時折弾むような音も少しだけ加えたり、ときに間を置い て区切ったりして、言われ れば遊びも若干多めか、という感じです。第 1番第四楽章のポロネーズはゆっくりですが、区切れたリズムであり、パイヤールのように滑らかでささやくような演奏ではありません。第3番のアダージョで はオーケストラの低音の上でヴァイオリンとチェロが交代に短く歌います。どこからみて も破綻のない、これを買っ ておけば間違いないという模範的な演奏で す。

 1968年デッカの録音は残響は少ないですが、滑らかで良いと思います。弦はさらっとしてい ます。



    paillardbrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Jean-François Paillard  
Orchestre de Chambre Jean-François Paillard

バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
ジャン・フランソワ・パイヤール / パイヤール室内管弦楽団
(73)
♥♥
 極端な話、ブランデンブルク協奏曲はこれだけあれば、自分は満足なのであります、ピリオド。と言いたいで す。 これが出たときからの愛聴盤で、その後時代 とともにいっぱい風は吹きましたが、結局今でもこれをかけているのです。多分、フランスかぶれだからでしょう。フランスの演奏はゆるやかに波打つように歌 います。ドイツは違います。といっても昨今は若者がビールから離れ、ドイツ車の乗り心地もやわらかくなって きて国際化したようですが。以前はリヒター、ミュンヒンガーといった名演奏家の語法にドイツ語のアクセント を感じるような気 がしたもので、時々カチカチしたフレージングに馴染めないところがありました。しかし公平に見れば、フランス人の愛国心にも抵抗があります。あの体の弱 かったラヴェルですら軍隊に志願するんですから。その延長線か現代フ ランスの古楽器団体はいつまでもフランスものばかりやってて、ブランデンブルクと言えばカフェ・ツィマーマンぐらいでしょう。そしてやっぱり私はパイヤー ルなんです。

 さて、このパイヤール盤、多くの方がまず褒めるのは、ソロイストとして一流の奏者たちが集まっているとい う点 です。他ではイ・ムジチ盤、セオンの76年盤、 バウムガルトナー盤、マリナーの二度目の録音にもそういう面がありましたが、ここで顔を揃えているのはマリナー盤にも参加していたフランスの フルートの名手、ジャン・ピエール・ランパル、同じくフランス・オーボエの名人ピエール・ピエルロ、ヴァイ オリ ンのジェラール・ジャリ、トランペットの名 手、モーリス・アンドレ、といった人々です。よく見ると、これも皆フランス人です。

 名人芸ということ以外で魅力的だと思う点は、前述の通りのフランス流のイントネーションです。 決してゴツゴツとしたフレージングになりません。ひとたび郊外に出るとゆるやかに起伏する丘陵が続くフランスの地形そのもののように、よせては引き、なめ らかに歌います。 緩徐楽章ではしっとりと、メロドラマ ティックにならない手前で踏みとどまって情緒を示します。明るく華やかな一面もあります。こういう演奏は他にありません。
 個人的にどうしてもこだわっている箇所は、第1番第四楽章のポロネーズ(楽譜上の表記は [伊] ポラッカ polacca)の部分です。まずメヌエットがあって、次にトリオが来ます。そしてまた最初のメヌエットに 戻って、その次の部分がポロネーズです。ポロ ネーズはポーランド風の舞曲という意味なので、ここでは3/8拍子であり、 piano の指示があります。楽器は二つのヴァイオリンとヴィオラ、通奏低音で構成され、第1ヴァイオリンを除いてすべてに三音符ずつスラーがついています。その通 奏低音がレの音ばかりで静かに三つずつ刻み、その上で動きを抑えた第1ヴァイオリンがそっとささやくよう に、 やっとメロディーになろうかとするような音を奏でます。この部分で昨今の古楽器奏者たちの多くがスラーがないかのように一音ずつ区切ってスタッカート的に やったり、快速で飛ばしたり、 あるいはヴァイオリン1の音を二音ずつ組にしてイネガルで音価を変え(二音ずつにスラーがあるから間違ってないのでしょうが)、タタータタータターと不均 一なリ ズムにしたりします。しかしそうされると楽しいけど、美しくないのです。
 パイヤールは見事です。それまで気がつかなかったこの箇所の美に目覚めさせてくれ、今ではブランデンブル ク協 奏曲の最も好きなパートの一つになっていま す。まるで内緒話をするようにそっとやります。それはそれは息を殺して、洩れた息も冬の空気にかすかに白くな るかのようです。そして13小節目からヴァイオリンが歌うように強まり(これは二度繰り返されます が、 二度目はより顕著です)次の22小節以降で 盛り上がる部分にハッとさせられるのです。個人的な体験で恐縮ですが、その美しさに気づいた時はちょうど冬の夜明けで、窓の外では群青の空に細い三日月が 出ており、東の地平線だけが燃えるオレンジの帯状に輝いてました。もうこうな ると心のカテゴリーエラーで記憶と情緒が癒着してしまい、他の演奏はだめなのです。
 普遍性のない話でしたがパイヤールの演奏がきれいなのは間違いないですから、聞いてみてください。

 録音は1973年、教会で収録しています。名プロデューサー、ミシェル・ガルサンの時代のエラートです。 残響のきれいな音で、最近のデジタルに劣りません。ただ、惜しむらくは LP のときは良かったのですが、CDはリマスタリングのせいでしょうか、若干高域が細く目立つバランスになってるような気がします。400〜2KHz で 多少持ち上げて、5K から上で下げると落ち着きました。でもそれも機器によるでしょ う。十分良い音です。

 

    baumgartnerbrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Rudolf Baumgartner   Festival Strings Lucerne

バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
ルドルフ・バウムガルトナー / ルツェルン弦楽合奏団
(78)
 オーストリアの指揮者バウムガルトナーがドイツ語圏スイスのルツェルン弦楽合奏団とやっているものです。 全体 にどこにも破綻がなく、誠実な感じがして安 心して浸れる演奏です。そういう意味ではゲヴァントハウス・バッハ管弦楽団など、旧東側のオーケストラなどでとくに派手さはないが熟成した味わいのある演 奏に似ているとも言えます。また、イギリスのブリテンの盤とも共通した魅力があるでしょうか。
 テンポは曲によって若干違いがありますが、第1番ではモダン楽器演奏らしく全体にゆったりで、ピリオド奏 法の ようにスタッカートにしたりは決してしない ものの、元気の良い楽章での拍子はドイツ語圏的というのか、割合区切れたものに感じます。かといって第5番の第一楽章などでは、モダン楽器演奏としてはむ しろ適度に快活な速さで溌剌としており、リズムが区切られたものには感じません。
 緩徐楽章の運びはより滑らかで、静けさがあってよく歌います。ただし滑らかな拍子といってもレガート演奏 とい う感じではないので、案外軽さも感じます。

 ソロイストたちもこの盤の特徴でしょう。真っすぐで線の細い音ではあるが大変よく歌っているヨゼフ・スー ク、 独特の深い息遣いを聞かせる名オーボエの モーリス・ブールグ、常に誠実さと潤いがあるけれども、ここでは朗々とした響きを聞かせるスイス・フルートの第一人者、オーレル・ニコレ、チェンバロのク リスティアーヌ・ジャコテといったスタープレーヤーが集っています。

 レーベルはデンオン(デノン)ですが、アリオラ・オイロディスク版権となっています。ミュンヘンと書いて ある のでスペインのオイロディスク録音ではない ようで、録音技師もドイツ人名です。すべて1978年の収録ですが、会場は二つあり、1番と6番は残響が少なく、残りはよく響きます。



    marriner1
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Neville Marriner   Academy of St. Martin-in-the-Fields '80


    marriner2
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
      Neville Marriner   Academy of St. Martin-in-the-Fields '85

   
バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
ネヴィル・マリ ナー  / アカデミー室内管弦楽団
(80
/85)
 1959年のマリナーが設立したアカデミー室内管弦楽団は古楽器による楽団ではないですが、元来 17、8世紀 の音楽、主にバロック音楽を目標に作られた ものでした。したがってモダン楽器を使っていながらも、ロマン派以降の作品もやるような伝統的オーケストラとは違ってテンポもやや軽快、編成も小さいとい う特徴があります。音楽学者のサーストン・ダートの影響下にあったという話もあります。71年に録 音さ れた最初 のブランデンブルク協奏曲ではダートも協力 していたようですが、彼は録音途中で亡くなっています。

 80年にはフィリップスに二度目の録音を行いました。このときの録音ではフルートのジャン・ピ エー ル・ランパ ル、オーボエのハインツ・ホリガー、ヴァイオリンのヘンリック・シェリングという大物が加わっており、大変魅力 的です。
 モダン楽器の演奏としては快活でやや速めのテンポをとります。アタックもモダン楽器の解釈にして は しっかりし ていますが、古楽特有のリズムやアクセント の癖はありません。素直でいいと思います。緩徐楽章でもテンポはさほどゆっくりにはならないものの、過剰な叙情ではなく節度と落ち着きがあり、それでいて 滑らかで美しいものです。
 また、フィリップス録音のせいでもありますが、モダン・ヴァイオリンの特徴でもある艶のある弦が 美し いです。 ふくよかでみずみずしい音と演奏で、古楽器 演奏ではないブランデンブルク協奏曲の中では、個人的にはパイヤール盤と並んで一、二を争う名盤ではないかと思います。    
 第3番のアダージョはチェンバロの上にヴァイオリンが静かでやさしいメロディーを奏でます。まる で ヴァイオリ ン・ソナタの第二楽章のようです。第5番の 第二楽章はパイヤール盤でも活躍していたランパルのフルートが大変美しいです。この二度目の録音、後にEMIから出た三度目の盤のように各パート一人とは うたってないようですが、編成がとくに大きくは感じられません。

 三度目のEMI録音は85年で、演奏傾向は前回と基本的には変わっていませんが、二回目よりもよ り ジェントル でやや平坦に聞こえます。テンポも曲によっ てはわずかに遅い場面もあるようです。旧録音の方が若々しさ、瑞々しさを感じるのですが、それは録音のせいもあるかもしれません。音はEMIの方が若干丸 くおとなしい感じなのに対し、弦の艶やかなところは旧録音のフィリップスの方が勝っているように思 いま す。第5 番の第二楽章は旧盤より一歩ずつ歩くような 区切り感があります。編成は各パート一人ということです。第3番のアダージョは静かなチェンバロの独奏に変わりました。



    bossebrandenburg
      Bach Brandenburg Concertos BWV 1046-1051
   
  Gerhard Bosse   Bachorchester Des Gewandhauses Zu Leipzig

バッハ / ブランデンブルク協奏曲 BWV 1046-1051
ゲルハルト・ボッセ / ライプツィヒ・ゲヴァントハウス・バッハ管弦楽団
(81)
 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス・バッハ管弦楽団はフランツ・コンヴィチュニーがゲヴァントハウス管弦楽 団の メンバーから作った小編成の楽団が元にな り、ボッセに引き継がれた後にこの名前になったもののようです。指揮者のボッセはもう亡くなっていますが、ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートマスター だった人で、カール・ズスケのヴァイオリンの先生でした。

 東ドイツの名門らしい、落ち着いた味わいのある演奏です。ブリテン、バウムガルトナー盤と並んでモダン楽 器に よるこの曲のリファレンス、定規というか模 範のような演奏だと思います。真面目に音楽に取り組んできた伝統に裏付けられ、どこにも気負いがないが噛めば味が出るという種類の、わが国の評論家が言う これぞいぶし銀的な名演で、緩徐楽章の歌わせ方とてとくに叙情的に流れるわけでもなく、どこを切っても大変 自然 で味わいがあります。バウムガルトナー盤と 比較したくなると言いましたが、あちらがスタープレーヤーを揃えているところに特徴があるのに対し、こちらは皆上手でありながら派手さはなく、備前焼か渋 い伊賀焼でも眺めているようです。

 第1番の出だしは案外遅くないテンポで、派手なところはなく落ち着いています。第四楽章のポロネーズはや わら かく、パイヤールほどではないけれども静け さはあります。一方で第5番のリズムはわりとはっきりとしています。第二楽章も節度があり、過度に情緒に流されません。第3番のアダージョ部分はちょっと 懐かしいアンマー・チェンバロみたいな太い音のするチェンバロ独奏で、ほの暗く重厚です。

 ドイツ・シャルプラッテンの1981年の録音は残響はあまり多い方ではなく、適度です。良い録音です。全 体に 音色がどっしりと落ち着いて渋めなのは演奏そのものと同じです。弦は比較的細く繊細に響きます。



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