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クリスマス協奏曲
    コレッリとクリスマス・アルバム
   
合奏協奏曲集 op.6 / ヴァイオリン・ソナタ op.5 その他


 今回はクリスマスに因んだアルバムとコレッリの作品を少し取り上げます。必ずしもそれ用に企画されたものばかりでもありませんが、暮からお正月にかけてのいわゆるクリスマス休暇にふさわしい雰囲気の曲を、クリスマスへの思いは人それぞれ、という理屈はいったん置いておいてご紹介しようと思います。選択基準は落ち着いた優美な曲調であり、あるいは華やかな祝賀的ムードに満ちていて、幸せな感じがするものです。ありふれたイメージながら、例えば暖炉に火がちらちらしている部屋でキャンドルを灯したディナーのときに流れているような、とでもいう感じでしょうか。そんなロマンチックな話では全然ないのですが、実際この季節に私が家で食事を楽しんだりするときに好んでかけてきた定番集です。したがってあまり最近のものもないですが。


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Christmas Concertos   Trevor Pinnock   The English Concert ♥♥
      Charpentier / Molter / Vivaldi / Sammartini / Telemann / Handel / Corelli


クリスマス協奏曲集 
シャルパンティエ
器楽のためのノエル H531/ 534
モルター / コンチェルト・パストラーレ ト長調
ヴィヴァルディ
二つのトランペットのための協 奏曲 ハ長調 RV537
サンマルティーニ
パ ストラーレ ト長調 op.5-6
テレマン
ポーランド風協奏曲 ト長調
ヘンデル
二つの合奏体のための協奏曲 HWV332
コレッリ
合奏協奏曲第8番 ト短調 op.6-8 クリスマス協奏曲
トレヴァー・ピノック / イングリッシュ・コンサート ♥♥

 そのものズバリのクリスマス企画アルバムで、イギリスの古楽系指揮者トレヴァー・ピノックとイングリッシュ・コンサートによる「クリスマス協奏曲集」と題された一枚です。出だしの「器楽のための協奏曲」からすでに雰囲気満点で、かけた瞬間から、ああ今年もクリスマスの季節が来た、と感じます。目玉はタイトルにもなっているコレッリのクリスマ ス協奏曲ですが、この曲は有名な合奏協奏曲作品6の中の第8番です。他の曲もみな華やかにしてくつろげる曲ばかりです。トランペットの作品がヴィヴァルディということもあってちょっと華やか過ぎる気もしますが、明るい音で祝祭的な印象なのでわざわざ飛ばして再生したりはしません。有名曲ばかりではないですが、よくも上手にこれだけ集めてきたものだと感心します。いろんな曲を知ってないとこうは行かないでしょう。クラシックのクリスマス企画も のとしては最高の一枚です。イングリッシュ・コンサートの演奏も優雅によくしなって歌い、洗練されています。アル ヒーフの1987/90年の録音も繊細です。

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 宗教曲の中からクリスマスに相応しいものを、ということになると、一般的にはクリスマスとかノエルとかの言葉がタイトルに入っている曲やアルバムになるか、待降節(アドベント)/降誕節の、クリスマスを前後に挟んだ期間の教会行事のために作られた音楽になるかなのだと思います。確かにクリスマス・オラトリオやメサイアを聞くのも悪くはないのでしょうが、現代の多くの人がクリスマスの音楽に求めるのは教養や信仰の確認というよりも、この時期の私的な行事や休暇のときのバックグラウンド・ミュージュックということなんじゃないかと思います。予約注文のケーキを食べるようなわくわく感がほしい。そうなると、ルネサンス期の合唱曲の多くは目覚ましい効果を発揮しそうです。器楽伴奏のないポリフォニーはピュアで透き通って、溶けるようなハーモニーの美しさを味わえます。タヴァナー、タリス、バード、クリストバル・ デ・モラーレス、トマス・ルイス・デ・ビ クトリア、パレストリーナなど、イギリス、スペイン、イタリアの1500年前後から16世紀前半ぐらいまでに生まれた教会音楽の作り手のものならどれを選んでも間違いはない気がします。

 バロック期ならシャルパンティエもいいと思います。「真夜中のミサ」という素敵なタイトルのクリスマス専用曲もありますが、私は曲調からはむしろルソン・ド・テネブレの方が好きです。クリスマスのものではないながら同曲ではクープランのものもいいですし、それらは「暗闇にゆらめくキャンドルの光/ルソン・ド・テネブレ」ですでに取り上げました。モンテヴェルディの聖母マリアの夕べの祈りの中のマニフィカートも美しいですが、大規模な音楽になると華やかではあっても美しいという感じで はない部分も出てきます。


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J.S. Bach   Christmas Cantatas BWV36 / 132 / 699 / 61
      Teri Dunn (S)   Matthew White (C-T)   John Tessier (T)   
      Steven Pitkanen (B)   Christpher Dawes (org)
      Kevin Mallon   Aradia Ensemble
♥♥

バッハ / クリスマス・カンタータ集
第36番「喜び、舞い上がれ」/ 第132番「道を備えよ」
器楽組曲:「来れ、異邦人の救い主」BWV699 & 659/ 第61番「来れ異邦人の救い主」
テリ・ダン(ソプラノ)/ マシュー・ホワイト(カウンターテナー)/ スティーヴン・ピッカネン(バス)
ジョン・テシェール(テノール)/ クリストファー・ドーズ(オルガン)
ケヴィン・マロン / アラディア・アンサンブル ♥♥

 さて、バロックの王様はバッハでしょうか。その中からクリスマス・オラトリオを除いて、まだクリスマスに関係ありそうなものにはカンタータがあります。その数多い作品の中からこの季節用に曲を選んだ CD はいくつか出ており、リリング、コープマン、ガーディナー等、何枚か組になったセットものもあります。ヘレヴェッへも Cantates de Noël というのを出してます。そんな中で一枚にまとまり、心が高揚する美しい曲ばかり集めてあり、澄んだ声と小さな編成で隅々までクリアな極上の演奏ということで、ケヴィン・マロンの指揮するアラディア・アンサンブルの「クリスマス・カンタータ集」お勧めします。

 バッハのカ ンタータは CD1枚に2曲から4曲ほど入りますが、最初から最後までいい曲揃いだと、こんなムダ遣いをして、
まだ出すつもりなら残りの曲集がタマ切れになっちゃうんじゃないかと心配になります。でも大丈夫、そういうのはそんなに多くはありません。ぱっと思いつくのは12/54/162/182番が入ったバッハ・コレギウム・ジャパンの全集第3巻とか、デューラーの名画「祈りの手」の印象的なジャケットで死をテーマにしたヘレヴェッヘの一枚、「安らぎと喜びをもって(Mit Fried und Freud)」(8/125/138番)ぐらいで、それぞれ1997年と98年の録音でした。このアラディア・アンサンブルのアルバムは2000年で、クリスマスに因んだものばかりで こんな上手な集め方があるのかと感心します。BWV36 の「喜び、舞い上がれ」は元は世俗カンタータだったものに加筆したライプツィヒ時代の作で、待降節第一日曜日のためのもの、BWV132「道を備えよ」はワイマール時代で待降節第四日曜日用、BWV699 は「来れ、異邦人の救い主」のマロンの編曲による待降節のコラール、BWV61の「来れ、異邦人の救い主」はやはりワイマール時代に待降節第一日曜日のために書かれたカンタータです。

 ガーディナーに影響を受けたという指揮者のケヴィン・マロ ンは北アイルランドはベルファストの出身で、今はカナダのトロントで活躍しています。一方で1999年に同地で結成されたアラディア・アンサンブルはヴォーカルと器楽による古楽団体です。その多くをナクソスに録音していますが、彼らが他のカンタータの演奏と一線を画すのは編成が小さいことです。各々ボーカルのパートがソロを除いて二人ずつ。透明度があります。終わりのコラールを元気一杯に やらずに静かに締め括るところも味わいがあり、全体にそのような波長になるような配慮がされているようです。ソロがまた皆上手で、特にソプラノのテリ・ダンという人は澄んだ声で、ビブラートは上手に使うながら少女のように響く声質は、古い話ですがアンドレ・ リユウ(父)の狩りのカンタータで「羊は安らかに草を食み」を歌ったイルムガルト・ジャコバイトや、コーヒー/農民 カンタータに起用された若いときのカークビーをちょっと思わせるところがあります。たまらなくきれいです。アルトが カウンター・テナー(バッハ・コレギウム・ジャパンでも歌ったマシュー・ホワイト)だという点や、テノールも 真っ直ぐで清潔な歌い方ということもあり、全体に油っこさのない独唱陣の選択です。バロック・ヴァイオリンのソロが旋律をリードして行くところも大変美しいです。バッハのカンタータでこれほど純化された音の世界を聞かせてくれるアルバムはそうあるものではないと思います。レーベルはナクソスです。



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      Harp Concertos   Handel / Boieldieu / Dittersdorf
♥♥
      Marisa Robles (hp)   Iona Brown   The Academy of St. Martin in the Fields

ハープ協奏曲集
ヘンデル / ハープ協奏曲変ロ長調 op.4-6
ボワエルデュ
ハープ協奏曲ハ長調
ディッタースドルフ
ハープ協奏曲イ長調
マリサ・ロブレス(ハープ)
アイオナ・ブラウン /
アカ デミー室内管弦楽団♥♥
 こちらはクリスマス用のアルバムというわけで はありませんが、典雅にして華やか、祝祭的な雰囲気もある楽器といえばハープでしょうか、そのハープの協奏曲集です。中心になる有名なヘンデルの曲はクラシック・ファンならずとも一度は耳にしたことがあるだろう名曲で、この部分だけ聞きたいという人にもぴったりのアルバムだと思います。バッハとはまた違った、ヘンデルの陰のない明るい出だしを聞くと、「お休みだ!」という晴れやかな気分になるかもしれません。ボワエルデュはベートーヴェンぐらいの時代の人で、ディッタースドルフはモーツァルトより少し前に生まれて少し後まで生きた人です。これも選曲がいいです。

 演奏はハープがスペイン出身のマリサ・ロブレス、オーケストラはアカデミー室内管弦楽団ですが、指揮はマリナーのときにコンサートマスターでその後音楽監督になったアイオナ・ブラウンです。両方とも女性です。以前からのアカデミー室内の伝統であるさらっとしたテンポ、過剰にならない洗練されたバランスと繊細さのある解釈で、これらの曲 に相応しいと思います。録音はデッカで1980年ですが、エンジニアがケネス・ウィルキンソンということで、好きな人は他にないというぐらいに絶賛する一部で大変有名な人です。
このレー ベルには他にも素晴らしい技術者がいると思いますが、でもその甲斐もあってか大変バランスの良い、自然で高い方もよく伸びた好録音です。



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      Mozar   Concerto for Flute and Harp K.299 / Symphonie Concertante K.297B
     
Wolfgang Schulz (fl)   Nicanor Zabaleta (hp)   Karl Böhm  Winer Philharmoniker ♥♥


フルートとハープのための協奏曲 K.299 / 協奏交響曲
K.297B
ウォルフガング・シュ ルツ(フルート)/ニカノール・サバレタ(ハープ)/カール・ベーム ♥♥
ウィーン・フィルハーモニー管 弦楽 団

 ハープの入った曲で優雅で祝賀的な曲というこ とに なると、モーツァルトのフルートとハープのための協奏曲がまず頭に浮かびます。晩年の澄んでいてどこか超越した雰囲 気の作風ではなく、かといってずっと若いときのお調子者的なパンパカパンパンパ〜ンという乗りの曲でもなく、サ ロン 的とすら言われることのあるやさしくもキラキラした独特の音楽です。第二楽章など、本当にクリスマスにぴったりの静 かでリッチなイメージだと思うのですが、いかがでしょうか。本当は結婚式用だったけど、おめでたいには違いないから いいんじゃないの、などと言うと正統クリスチャンに怒られるかな。
 演奏は「グラーフのモーツァルト」の項目でご紹介したフルートのペーター・ルーカス・グラーフの旧盤でウルス ラ・ ホリガーがハープというものが、残響は多めながらとろけるような響きで気に入っているのですが、新盤推しのためか廃 盤が続いていて中古もなかなか出にくいということで、同じぐらいきれいだなと思っているベームのウィーン・フィ ルの シリーズのものを挙げておきます。フルートは派手なところはないけど大変品の良いウォルフガング・シュルツ、ハープ はニカノール・サバレタです。これのオリジナル盤のカップリングは同じ時期に作曲された協奏交響曲 K.297Bで、真作か偽作か議論される曲であることはすでに述べましたが、若いときのモーツァルトらしい親しみやすいメロディーで幸福な感じがします。 フルートとハープと並んでクリスマスには相応しい曲調ではないでしょうか。これもオリジナル盤は今や中古ぐらい しか ない状況ですから、協奏交響曲は抜けますが、クラリネット協奏曲と組み合わされた最近の正規輸入盤でもいいと思いま す。



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    Feather Light (left) and Dream Spiral (right)
      Hilary Stagg (acaustic electric harp / custom electrified Troubadour harp, pedal synth bass)
♥♥

フェザー・ライト / ドリーム・スパイラル
ヒラリー・スタッグ(ハープ)
♥♥
 これは同じハープですが、ジャンルがクラシッ クで はありません。この企画としては逸脱ですが、クリスマスということで大目に見てください。何というのでしょうか、 ニューエイジとか、ウィンダムヒルと同じようなヒーリングとか環境音楽とかの括りになると思いますが、ヒラ リー・ス タッグというハープ奏者のアルバムです。この上なく繊細なこの音とヒラリーという名前から色々妄想を誘うかもしれま せが、髭をたくわえたバート・レイノルズみたいなおじさんです。サクラメントの人だったようですが、これらのア ルバ ムを出した後10年ほどして、残念ながら1999年に若くして亡くなっています。リラックスとか癒しとか皆さん言わ れるようで すが、大変美しいとしか表現しようがなく、この種の音楽を評する語彙がありません。フレンチ・ムードミュージックみ たいな短調押しでもなければ、安っぽい旋律もなく、このジャンルの CD としてはモーガン・フィッシャーやウィリアム・アッカーマンなどと並んで出色の出来です。また、静かなのに晴れやかな、リラックスできるのに高揚するテン ションのある音楽なのでクリスマスにびったりです。この二枚は他の楽器がメロディーを受け持ったり和音を重ねて きた りしないもので、彼のアルバムの中でも特に優れています。代表作になるのだと思います。

 フェザー・ライトの方が1989年、ドリーム・スパイラルは91年で、レーベルはリアル・ミュージックとなっ てい ます。配信もされているようです。ハープはアコースティック・エレクトリック・ハープとか、エレクトリファイド・ト ロバドール・ハープとかありますので、ギター同様に専用のピックアップを付けたものでしょう。ジャズ・ギターが 電子 化されたもの以外使われないように、上手く作られたものだと思います。なんとも綺麗な音色です。



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      Winter Dreams for Christmas
      R. Carlos Nakai (Native American flute)   William Eaton (guitar / Lyre / Harp Guitar)
♥♥

ウィンター・ドリームズ
R・カルロス・ナカイ(ネイティヴ・アメリカン・フルート)/ ウィリアム・イートン(ギター /ライアー)
♥♥
 脱線ついでにもう一枚、ニュー エイ ジのジャンルからのクリスマス企画アルバムです。ネイティヴ・アメリカン・フルートとして活躍してきたカルロス・ナ カイと、独自の世界観で楽器を探求し、カテゴリーに収まらないギタリストであるウィリアム・イートンが作った音 楽で す。ネイティヴ・アメリカン・フルートは遠くから聞こえてくる狼の遠吠えのように静けさを意識させる、どこか物悲し くも飄々とした音だったり、土臭いオカリナのように温かい音色だったりする不思議な楽器で、透徹したギターの音 と相 まってここでは独自の世界を築きあげています。ネイティヴ・アメリカン=インディアンといっても伝統そのものではな く、西洋音楽とぎりぎりの節度を守って同居していますから、特に伝統音楽の知識や専門的な感性が必要なものでは な く、他では得られない独自の美しさで酔わせてくれます。ハープの一種であるライアーも使われてます。これが好きなら ナカイのソロもいいかもしれませんが、このアルバムは大変まとまりがいいです。

 キャニオン・レコーズ1990年です。



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      dowland a dream   Hopkinson Smith ♥♥

ダウランド / リュート曲選集 / ホプキンソン・スミス(リュート)♥♥


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      John Dowland   Complete Lute Works〜Vol.3   Paul O'dette
♥♥

ダウランド / リュート全集〜第3巻 / ポール・オデット(リュート)♥♥

 すぐ前のページで取り上げたジョン・ダウランドのリュート曲はどうでしょうか。クリスマス・ディナーとかでかけておくのに案外合うのです。一番有名な「涙のパヴァーヌ」という曲 の題名からか、よくメランコリーについて言われる後期ルネサンスのイギリスの作曲家ですが、その一般的な評 価に 反して優雅で洗練された音楽であり、静けさや喜びも感じられます。そしてリュートの音はハープにもちょっと似て いるかもしれませんが、繊細でなんとも心地の良いもので、贅沢な時間を過ごせます。

 ホプキンソン・スミスのベスト盤は録音が輝かしくて大変きれいであり、選曲も明るい蛙のガリアードから始まってメロディアスなものが多く、演奏には流れがあって祝祭的な雰囲気すら感じることができます。圧縮音源のダウンロードは避けたいけどレーベルの問題で日本市場での CD が高くなっているという場合は、ダウランドの最高のパフォーマーであるポール・オデットの全集からの分売第3巻などいかがでしょうか。これも明るい曲から 始まり、全体にも長調の曲が多く、タールトンの復活も入っていて録音も優秀です。「涙のパヴァーヌ」を目当てに4巻を手に入れるのもいいかもしれません。

 
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      Corelli   12 Concerti grossi op.6   Trevor Pinnock   The English Consert
♥♥

コレッリ / 合奏協奏曲集 op.6
トレヴァー・ピノック / イングリッシュ・コンサート
♥♥
 コレッリのクリスマス協奏曲は彼の合奏協奏曲集作品6の中の第8番 なわけですが、せっかくなのでそれだけではなく、コレッリの残りの合奏協奏曲も聞いてみたいという人はこちらです。アルカンジェロ・コレッリは1653年生まれで1713年没のバロック期のイタリアの作曲家で、バッハ も勉 強し、ヴィヴァルディも意識した大物です。パリやドイツでも活動し、生前に成功を収めて財産も残しました。作品 の数はそこそこあったのかもしれませんが、推敲に推敲を重ねる完全主義者だったからか、何らかの事情があっ て多 くを破棄したかで残されたものは少なく、どれも傑作揃いと言われます。中でもこの作品6の合奏協奏曲と、「ラ・ フォリア」を含む作品5のヴァイオリン・ソナタが有名です。ヴァイオリンの名手であり、彼のヴァイオリン曲 は技 巧的な見せ場を即興で加える余地のある、あるいはそのように弾かれる曲ですが、彼自身は技巧を見せびらかすこと は嫌いだったようです。合奏協奏曲は弦楽のソロ群がオーケストラと掛け合って演奏するもので、コレッリの最 大の 魅力はその美しい旋律でしょう。

 クリスマス・アルバムで演奏していたピノックとインクリッシュ・コンサートは、このコレッリの合奏協奏曲 の CD としては定評があり、最も魅力的なものの一つだと思います。定評があるから何でも好きというのではないですが、これはやはり定番となるのも納得の出来だと 思います。彼といつも比べられる朋友の名演はクリスマス協奏曲のみの状況で、他にも意欲的な表情の演奏を繰り広 げる楽団がいくつかありますし、古楽器演奏ではないものもあります。どれもそれなりに意義があって聞くのは楽し いのですが、ピノッ クの演奏には繊細で溌剌とした表情があり、爽やかでキレがあるものの流れを損なわずに柔軟によく歌います。 洗練 されていてバランスが良いのです。今まで色々なところで古楽器楽団が行う、いわゆるピリオド奏法の癖が楽曲の自 由な表現を妨げる場合があると言ってきました。ときには目立とうとしているかのように不自然なこともあるわ けで す。しかしこのピノックのコレッリは素晴らしく、今まで言ったこととは反対に、これを聞いてしまうと伝統的な オーケストラの遅く波打つレガートの運びが重苦しくすら聞こえてしまいます。

 アルヒーフの録音は1987〜88年で、バロック・ヴァイオリンの繊細な倍音が存分に楽しめる好録音です。



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       Corelli   12 Concerti grossi op.6   Neville Marriner   Academy of St. Martin-in-the-Fields ♥♥

コレッリ / 合奏協奏曲集 op.6
ネヴィル・マリナー / アカデミー室内管弦楽団
♥♥
 伝統的なオーケストラが重苦しいと言ったばかりですが、もし以前のモダン楽器による演奏スタイルが良いなら、 ネヴィル・マリナーとアカデミー室内管弦楽団のものがお勧めです。この楽団は決して重苦しくありません。後のホ グウッドの演奏を思わせるようにソロ楽器に装飾を付けて歌わせる即興フレーズが加えられていたりしますが、ピリ オド奏法の波打つアクセントがなく、
やわらかさと瑞々しさが同居しています。モダン楽器の演奏にありがちなベタッ としたテンポに陥らず、端正な表情で生き生 きと歌っており、清々しさを覚えます。たくさん出している 彼らの録音の中でも大変魅力的なものでしょう。パストラーレが若干速いという声もあるようですが、特にクリスマ ス協奏曲の歌わせ方は絶品です。1973年の録音でこの演奏ですから、当時は随分と新しかったのだと思います。 この活動の中から後に上記のピノックの盤やホグウッドの演奏が出てくるのです。このときサーストン・ダートはも う亡くなっていたのだと思いますが、彼らなりに古楽を研究した結果がこれですから、歴史に if はないものの、こういう呼吸の演奏でピリオド楽器を用いる方向も並行宇宙ではあり得たのかもしれないという気がします。デッカ・レーベルで、録音水準は大 変高いです。
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コレッリのヴァイオリン・ソナタ op.5「ラ・フォリア」他
 コレッリの作品として op.6 の合奏協奏曲と並んで有名で、最後の
「ラ・フォリア」がよく知られている op.5 のヴァイオリン・ソナタ集も以下に取り上げます。どちらも12曲でセットになっていますが、こちらは合奏協奏曲のように気に入った演奏が絞り込めない状況 が自分としては最近まで長く続いてきました。即興で装飾を加えてヴァイ オリンの技を見せるという、作曲当時の伝統に則った正しい演奏スタイルと自分の好みとの間で一致しないところが あったことと、ソロのヴァイオリンとなると合奏とは違ってその演奏者の個性が強く出るし、また本人もがんばり過 ぎる傾向があるからかなと推測します。そして強い古楽のアクセントが苦手である一方、伝統的なモダン・ヴァイオ リンの平坦なレガート奏法も今や違和感を覚えます。結局色々違うものを聞いて私の耳が宙ぶらりんになってしまっ たのかもし れません。以下に主立った CD の感想を幾つか記してみます。耳にどう響くかという感覚的なものしか見ていないので、学問的な奏法の解釈や技法上の問題は私には論じられません。



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       Corelli   Violin Sonatas op.5   Eduard Melkus (vn)   Hugette Dreyfus (hc / positive organ)
       Garo Atmacayan (vc)   Karl Scheit (lute)   Capella Academica Wien

コレッリ / ヴァイオリン・ソナタ op.5
エドゥアルド・メルクス(ヴァイオリン)/ ユゲット・ドレフュス(チェンバロ/ポジティーフ・オルガン)
ガロ・アトマカヤン(チェロ)/ カペラ・アカデミカ・ウィーン

 ピリオド楽器を用いてコレッリの当時の、装飾を即興で付ける伝統を復活させた最初の頃の演奏です。バッハの ヴァイ オリン・ソナタのところでも書きましたが、メルクスは古楽のメインストリームとはちょっと違い、楽器はある程度柔軟 に後年のものの良いところは取り入れ、弾き方もフレーズを短く切り上げたり、ボウイングの途中で強く力を加えた りす ることのない独自の路線でした。その意味で私は大変好きであり、このコレッリの評でもバッハのソナタのときと同じよ うなメルクスとマンゼの位置関係が相似形に維持されそうなところですが、必ずしもそうでもありません。メルクス とし ては同じポリシーで行っているのかもしれませんが、コレッリに関してはバッハよりもちょっと力が入っているように聞 こえます。テンポは全体に速めで、エナジー・レベルが上というか、鳴りっぷりが良くてテンションが高い感じで す。古 楽様式の復興という意味もあって、バッハのときよりも装飾音が多く、その後スタンダードになった流れをリードしてい ます。モーツァルトの協奏曲には本来奏者が即興でやるべきカデンツァがありますが、そこを作曲家本人やベートー ヴェ ンなどが譜に作ってしまうことがあるように、コレッリ当人や弟子たちが残した装飾音符の楽譜というものも複数あるよ うで、それらを参考にしているのだそうです。有名な最後の「ラ・フォリア」は重々しい、ちょっと荘重な運びで す。

 伴奏が多様なところも素晴らしく、第7番は弟子のジェミニアーニが作った版に基づき、弦楽合奏をバックにした スタ イルで演奏されています(カペラ・アカデミカ・ウィーン)。これはクリスマス協奏曲で有名な op.6 の合奏協奏曲と同じで、全曲をこのジェミニアーニの版で演奏した CD もアンドルー・マンゼのものや、キアラ・バンキーニのアンサンブル415などが出しています。
 録音は1972年でレーベルはアルヒーフ、当時は革命的な演奏だったと言って良いでしょう。音は明るく艶のあ る、 かなりキラキラした印象のもので、中高域が張っていることもあってボリュームが大きく聞こえます。日本でだけ再発盤 を出してくれていてありがたかったのですが、残念ながら今は中古で手に入るのみとなっています。



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Corelli   Violin Sonatas op.5   Sigiswald Kuijken (vn)
       Vieland Kuijken (vc)   Robert Kohnen (hc)


コレッリ / ヴァイオリン・ソナタ op.5
ジキスヴァルト・クイケン(ヴァイオリン)
ヴィーラント・クイケン(チェロ)/ ロベール・コーネン(チェンバロ)
 クイケン盤は正直なところ最初あまり期待してなかったのですが、聞いたら素晴らしいということになりました。 こう いう思い込みは大変失礼ながら、期待しなかった理由はバッハの無伴奏で乗せてきた感情がややネガティヴに感じたこと と力が入り過ぎているように思えたこと、そしてピリオド奏法のムーヴメントで中心的役割を果たしてきた人である こと から、そのアクセントに食わず嫌いが出たというところです。しかしこのコレッリは自然で、さっぱりとしたフレーズに 切り上げるところはあるものの、音も低い方からふくよかであり、余裕のある気持ちの良いものでした。クイケンは 室内 楽でリラックスして楽しげな、案外癖の少ない演奏をすることがあって、その二面性からするとここでは良いところが出 た感じです。残念なのは全曲ではないことで(1/ 3/ 6/ 11/ 12番)、一枚分しかなく、たとえば時折独立して演奏されることもあるメロディアスな8番とかが入っていません。

 アクセント・レーベルの1984年録音です。やや音像が引いた印象で低音が豊かであり、繊細ながら高域がキツ くな らない良いバランスです。



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       Corelli   Violin Sonatas op.5   Trio Sonnerie:  Monica Huggette (vn)
       Mitzi Meyerson (hc/org)   Sarah Cunningham (vc)   Nigel North (archlute/ theorbo / guitar)

コレッリ / ヴァイオリン・ソナタ op.5
トリオ・ソネリー: モニカ・ハジェット(ヴァイオリン)
ミッツィ・マイヤーソン(チェンバロ/オルガン)/ サラ・カニンガム(チェロ)
ナイジェル・ノース(アーチリュート/テオルボ/ギター)
 コープマンのアムステル・バロック管弦楽団でコンサート・マスターを務めたイギリスのヴァイオ リニ スト、モニカ・ハジェットがクイケンよりも後に出してきたもので、ピリオド奏法のアクセントはさらに強くなく、安心 して聞ける仕上がりになっています。そう、良識ある人柄とでも言うか、何よりも安心できる居心地の良さがある演 奏な のです。だから結構長い期間この演奏を中心に聞いてきました。次のマンゼと比べても個性が強過ぎず、今聞いてもスタ ンダードなものとして最も安心して勧められます。テンポは中庸、よく間をとって落ち着いた雰囲気で、装飾は十分 に行 われますが華美にならない節度あるもので全体にバランスが良いです。よく歌っているのが素晴らしいところで、ひとつ だけちょっと残念なのは録音がややオフに聞こえる瞬間があるということです。演奏の周波数には合っていて全体に はい いのですが、ハイが延び切ってはいない感じで繊細な倍音が少々不足し、そのために重音でやや透明度に欠ける印象があ ります。イコライジングもしてみましたが、逆ならいいものの、元々足りなかった部分の音圧を持ち上げてもバラン ス上 は回復するながら思ったほどの効果は期待できません。それならオリジナルのまま聞いた方がいいでしょう。ヴァージ ン・クラシックスの1988/1989年録音です。



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       Corelli   Violin Sonatas op.5   Andrew Manze (vn)   Richard Egarr (hc) ♥♥

コレッリ / ヴァイオリン・ソナタ op.5
アンドルー・マンゼ(ヴァイオリン)/ リチャード・エガー(チェンバロ)♥♥
 このマンゼはバッハのヴァイオリン・ソナタのときと同様、素晴らしい演奏でした。後で取り上げるトリオ・コ レッリ と並んで今でも一番好きなものの一つと言えます。テンポは全体にゆったりしたもので、リラックスした感覚を味わえる とも言えますが、どういうのでしょうか、静かに抑えられた緊張感のようなものも感じさせる独特の音世界です。一 方で 「ラ・フォリア」の12番はチェンバロ即興の長い序奏が付いて始まります。かなり速いところもある力のこもった熱演 です。
 ボウイングは古楽器奏法の定石通りロングトーンの一音の途中からぐっと力を込めて行くアクセントで弾かれてい ます が、全体に抑制が効いていて、要所で鋭角的に盛り上がり高まる感じがあります。もう少し滑らかに変動させながら大き く歌う演奏も好きですが、これはこれで独特の魅力があるものです。即興部分の扱いも見事です。ヴァイオリンの音 色は ファビオ・ビオンディの選ぶ楽器などにもそんな傾向がある気がしますが、艶と張りの出る方向ではなく、メタリックに 寄らない白っぽさというのか、高い方が細く繊細な倍音ながらややつやの抑えられた音色です。

 ハルモニア・ムンディ2001/2002年の録音はやはり優れています。



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       Corelli   Violin Sonatas op.5   
      
Trio Corelli:  Elisabeth Zeuthen Schneider (vn)
♥♥
       Viggo Mangor (archlute and theorbo)   Ulrik Spang-Hanssen (continuo organ)

コレッリ / ヴァイオリン・ソナタ op.5
トリオ・コレッリ: エリザベス・ツォイテン・シュナイダー(ヴァイオリン)♥♥
ヴィゴ・マノーア(アーチリュート/テオルボ)
ウルリク・スパング=ハンセン(コンティヌオ・オルガン)

 とうとう真打ちが出て来たかという、鮮度の高い素晴らしい演奏です。といっても権威ではなく新しい世代の人た ち で、この CD が出るまで知りませんでした。ヴァイオリンのエリザベス・ツォイテン・シュナイダーはデンマークの人らしく、ボザール・トリオのメンバーからアメリカで学 んだとのことです。
 テンポはマンゼと並んでゆったりですが、マンゼの抑制美に対してこちらは自在な動きで生き生きしており、朗々 とよ く歌います。その抑揚の付け方は自然な揺らぎがあり、静かな出だしから力強く立ち上がる様が見事で心を掴まれ ます。ロングトーンでのボウイングの盛り上げもこなれていて古楽の手法というよりも表現の一つと感じさせ、フ レー ズの区切りで語尾を短く切る手法は用いません。リラックスして滑らかでありながら鮮烈なのです。装飾音も伝統に則っ て自由に付けていますがやり過ぎず、見事にきれいな形で付けます。第5番の出だしのアダージョなどため息 の出 る美しさで、この曲ってこんなにきれいな曲だっけ、と思いました。6番も同様です。11番などの何曲かでは オルガンの低音が大きく響いて大変心地よいです。「ラ・フォリア」も鳴りが良く、これを聞いて いる ともう他の演奏は必要ないかと思えるほどです。

 ヴァイオリンの音色もなんともきれいなものです。マンゼとはまた違うタイプで艶とキレがあり、低音側の太い胴の響 きも魅力的です。通常バロック・ヴァイオリンは高い周波数の倍音成分が多いことで細身で繊細な音になり、モダン・ ヴァイオリンはそこが少ない分張りのある音圧とやわらかさがあって、濡れたような艶が出ます。ここでのツォイテン・ シュナイダーの楽器は十分倍音成分も聞かれるものの、妖艶な艶も感じられるのです。ひょっとしてモダンかな、と思っ てブックレットを見ると、デイヴィッド・ルビオ、ケンブリッジ1999となっています。デイヴィッド・ルビオは有名 な工房を持つ現代の楽器製作者で、1934年生まれで2000年に亡くなっています。ジュリアン・ブリームのリュー トやギターのみならずハープシコードまで製作する大変多才な人で、
ホー ムページによるとヴァイオリンはニスと仕上げに関するイタリアの名器の 手法を再発見し、亡くなるま でピリオド・ヴァイオリンとモダン・セットアップのヴァイオリンを並行して作っていた、とあります。ここではただ ヴァイオリン、としか書いてないので分かりませんが、コレッリにモダンを使うとも思えないので相応のピリオド様式の ものなのでしょう。
 そしてこのセッションでの伴奏も一般的なチェンバロではなく、リュートの音は優雅ですし、オルガンはNBAバス ケットボールの応援グリッサンドみたいな瞬間もあるながら、温かみがあってチェンバロより味わい深いかもしれませ ん。

 レーベルはブリッジ・レコーズで2010年と11年の録音。ニューヨークの北にあって現代ものなどを出している独 立系のレー ベル のようです。はっきりとした音ですが自然で、強さで音色の変わるヴァイオリンを捉えた、数ある同曲の中でも最も美し い一枚と言えます。



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       Corelli   Violin Sonatas op.5〜No.8
       Duo Nova:  Denitsa Kazakova (vn)   Jean-Christophe Ducret (g)


コレッリ / ヴァイオリン・ソナタ op.5〜第8番 他
デニッツァ・カザコヴァ(ヴァイオリン)/ ジャン=クリストフ・デュクレ(ギター)
 番外編でちょっと触れてみたいのはデュオ・ノヴァというヴァイオリンとギターの二人組です。コレッリは第8番一 曲し か取り上げておらず、他はパガニーニやシューベルト、ちょっと現代ものも加えて自分たちの活動を紹介するような構成 になっています。プライヴェート・レーベルでしょうか。
 ヴァイオリンのデニッツァ・カザコヴァはブルガリア生まれでスイス在住の人らしく楽器はモダンです。ギターの ジャ ン=クリストフ・デュクレはジャズに興味があってモントルーで学んでいたそうで、二人は1992年に出会ってデュオ を結成し、暗譜で演奏会を開くということで、これは96年の録音です。詳しいことはわからないながら、曲が揃ってないのにここで敢えて取り上げてみたのはヴァイオリンの歌わせ方がちょっと気に入ったからです。ピリオド奏法の学問的 側面に以前から抵抗を感じるところもあった自分としては、こういう方向もあっていいのではと思います。1795 年の ものを模したクラシコ・ロマンティックのスイス製の現代楽器ということですが、録音のせいかバロック・ヴァイオリン に近い音で、凹凸のないモダン楽器の昔の演奏法とは違ってピリオド奏法の切れ上がるようなイントネーションは 知って いる世代であり、しかも学究的な運動には興味がないのか、自分なりに良いと思った歌わせ方でのびのびと自由に表現し ています。装飾音を付けて行く伝統は知っていても敢えて付けようとはせず、流れと音型の美しさに奉仕します。正 統ク ラシックとしてどうかはわからないですが、こういう弾き方、すごくいいと思います。予備知識なくこうした演奏を最初 に聞かされていたら、CD 選びもあれほど紆余曲折がなかったかもしれません。



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