ドヴォルザークのアメリカ
ドヴォルザーク / 弦楽四重奏曲第12番ヘ長調 op.96「アメリカ」
 
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 19世紀ロマン派のチェコの作曲家、ドヴォルザークといえ ば、「新世界」交響曲、第8交響曲、チェロ協奏曲にスラブ舞曲、ユーモレスクと来て、他にも名曲はあるものの、 それ以外に有名なものはと言えば弦楽四重奏曲「アメリカ」でしょうか。"American" というそのタイトル通りアメリカ滞在中に作曲されたもので、チェコ移民の多いアイオワの町に招かれた夏休みに三週間足らずで書き上げてしまいました。ホー ムシックだったときに同郷の人に歓待され、チェコ語が話せて大変うれしかったらしく、招かれた家族と演奏しよう と思って集中して仕上げました。
 この曲、「土ぼこりの中を行く幌馬車隊」などと前に言いましたが、旋律自体にアメリカをイメージさせるものが あって大変親しみやすいです。特に第二楽章は黒人霊歌や キカプー・インディアンの節回しを指摘する人もいるそうです。本人は否定したのだそうですが、民謡と同じように ドレミソラドの音階(ペンタトニック)を曲全体で多用しています。また、ウィキペディアによると最後の楽章はこ の作曲家が大好きだった機関車のリズムにも聞こえるそうです。そう思って聞いてみると確かにそんな感じです。客 車の車輪の音かもしれませんが。目がぎょろっとして髭を生やしたあのドヴォルザークがまんま少年になって、汽車 の窓に張り付くようにして外を眺めている姿が浮かんできます。走り出すともう、楽しくて仕方ないのです。実際彼 は、乗っている列車の異音に気づいて車掌に報告したり、汽船にも熱を上げていて港に来る船の名前をすべて暗記し てし まったりしたそうですから、蒸気機関のリズムには特別愛着があったのかもしれません。鉄道に詳しくて何でも暗記 してしまうという話を聞くと、なんか情緒的に偏った人物を想像してしまいますが、情には厚く公平な人だったそう で、黒人差別をしなかったばかりかむしろその境遇に共感し、数少ない教え子を勇気づけたとも言われます。まあ、 そういうことは曲を聞けばわかるでしょうか? チェコの民族楽派にして アメリカ贔屓の不思議な作曲家ドヴォルザーク。とにかく無国籍エスニック料理の ようなこの「アメリカ」op. 96は、何民族っぽいのかはともかく、土着まる出しの人懐っこいメロディーです。



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       Dvorak   String Quartets No.12 "American" & No.14
       Cleaveland Quartet

ドヴォルザーク / 弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」&第14番
クリーヴランド四重奏団 ♥♥
 CDは、日本では特定 のカルテットに人気が集中するようですが、クリーヴランド四重奏団の1991年盤がいい演奏です。よく粘って自 在に伸び縮みし、弾むような自発的抑揚がありながら過剰に傾きません。この曲は勢い込んで弾くというよりも、ま ず楽しくなければいけないでしょう。すごい技術を見せられても怯みます。彼らの演奏はまさにこの曲にぴったりの 豊かな表現ではないでしょうか。ライブのように乗っていて、なんか楽しい雰囲気にあふれています。民俗的であり ながらも洗練を感じるのは、国際的に活躍するこの団体のセンスなのでしょう。一枚もので録音も新しくて良いです。色々甲乙つけ難い中 で、目下のところこれが一 番かな、と思うときもあります。ひとこと言うとするなら、おしまいに向けてだんだん 舞い上がってくるところでしょうか。ボ リュームを上げて聞いていると幾分元気が良くなり過ぎているように感じなくもありません。



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       Dvorak   String Quartets No.12 "American" & No.9
       Janacek Quartet    

ドヴォルザーク / 弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」&第9番
ヤナーチェック四重奏団
 古くからの演奏で良かったのは、 この ヤナーチェック四重奏団のものです。ク リーヴランド四重奏団ほどフレーズ の途中で動き出すような変化はつけ ていない気もしますが、遅過ぎもせずよく歌い、う るさ くあり ません。粘る節回しというよりは勢いがあって元気な方向ですが、荒っぽくなる手前にちゃんと収まって楽しげで す。第二 楽章では間と呼吸が素晴らしく、弱音になると切々としてきれいです。トータルで良くバランスが取れていると思います。
 1962年の録音は時期としては 古い 気もし ますが、オーケストラとは違ってこの手の室内楽ものは古さを感じさせないことがよくあります。この盤もCDに なってから若干 音が痩せた気がしますが、元来艶があって滑らかで、優秀な録音でした。今は廉価版シリーズでしょうか、カヴァー の写真も変わってカップリングも他 の作 曲家のものとなって出ているようです が、オリジナルは op. 34(第9番)の四重奏曲との組み合わせでした。短調の曲で、ドヴォルザークの他の四重奏の中にあっても魅力的な味わいの作品です。



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       Dvorak   String Quartets  
       Stamitz Quartet

ドヴォルザーク / 弦楽四重奏曲全集
シュターミッツ四重奏団
   このCDセッ トは大 変お得です。10枚入って一枚の値段。ドヴォルザークのすべての四重奏曲がこれ一つで全部味わえ、しかも演奏、録音ともに素晴らしいのです。「アメリカ」 以外の四重奏はなかなか聞く機 会がないですが、ドヴォルザー クのどこか懐かしいメロディー が好きな人な ら、やはり他の作品も聞いてみたくなるのではないでしょうか。
 演奏しているのはシュター ミッツ四重奏団。1985年に 結成されたチェコのカルテット で、レパート リーとしてはやはり自国の曲を得意としています。チェコの音楽をチェコの楽団で。最高でしょう?  その演奏は、テンポから行け ばややゆっくり目でしょうか。 弾むような調子の良さという方 向ではないで すが、その分誠実にじっくりと弾いている感じです。繊細でよく歌っており、アメリカの第二楽章はゆった りしているがこその美しい味わ いがあります。終楽章も元気良 過ぎるということはありませ ん。廉価版だと か、超有名カルテットでないとかいう考えは脇に 置いておくべきでしょう。録音 がまた瑞々しく、やわらかい艶 があって良い音です。1987 年〜93年の デジタル録音で、ブリリアント・レーベルから出ています。

                                           coveredwagon

    skampaamerican
       Dvorak   String Quartets No.12 "American"   String Quintet No.3 "American"
       Skampa Quartet

ドヴォルザーク / 弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」/ 弦楽五重奏曲第3番 「アメリカ」
シュカンパ四重奏団
  最近になって、またいい演奏に 出会いました。シュカンパ四重 奏団によるものです。シュカン パというのは スメタナ四重奏団のヴィオラ奏者、ミラン・シュカンパのことで、彼の指導でこのシュカンパ四重奏団とパ ヴェル・ハース四重奏団が生ま れているということです。どち らも「アメリカ」を出していま すので、順番 に見てみようかと思いますが、その前に、ドヴォルザークの国チェコの四重奏団というのはいったいいくつ あるのでしょうか。どの国でも 数だけで言えば皆たくさんある わけですが、CDも録音して演 奏活動でも水 準の高い団体が彼の国には数多くあるように思います。古くからは有名なスメタナ四重奏団やヤナーチェ ク四重奏団、プラハ弦楽四重奏 団にターリヒ四重奏団、「糸 杉」のページでも取り上げたパ ノハ四重奏団、 ヴラフ四重奏団、ベネヴィッツ四重奏団、ブリリアントから全集を出してる上記シュターミッツ四重奏団、 そしてこの若いシュカンパとパ ヴェル・ハースの両四重奏団。 ざっと思いつくだけでもこんな にあります。 せっかく色々聞いたわけなので 全部比較できるといいのです が、それは大変なので機会が あったらにします。それにド ヴォルザークだから といってチェコのグループの演 奏がいいとも限らないわけで、 有名曲「アメリカ」ともなると いったいいく つ出てるやら、過当競争状態です。

 1989年結成のシュカンパ 四重奏団の演奏ですが、力の入 り過ぎたものではありません。 一音符の中でグッと強く力を込 める抑揚は要所で行えば印象的 ですが、たくさんの音符でやる とオンな感じにはなる一方でゴ ツゴツして、ときにやかましく 感じられます。 しかしそういう表現を、とくにベートーヴェンなどで力強さや峻厳さととらえて歓迎する傾向は演奏家にもリスナーにも多 く、むしろ多数派なのかなと思 うときもあります。私が取り上 げる CD はみなその反対の方向に偏っているかもしれません。キレキレの演奏は個人的に選ばないからです。そういう意味で、このシュカンパ四重奏団は基本は滑らかに よく歌う のです。しかし要所でぐいっと 掴んでくれます。もうひとつ勝 手なことを言わせていただけれ ば、上の楽曲 紹介でも触れた通り、私はドヴォルザークというのは基本、鼻歌機関車だと思ってます。とくに「アメリ カ」ではいつだって調子良く乗 車させてほしい。楽しい旅へ シュッシュッと連れて 行ってほしいのです。シュカン パの歌はどこ か鼻歌のように陽気です。こんなに乗れる演奏はそうはないと思います。そして、これは世代もあるので しょうか、ゆっくり歌わせる パートにくると大胆にテンポ を落とし、過剰になることを恐 れないで歌わせ るところがあります。ボヘミアの民俗的な歌というのは元来こういう方向なのかもしれないな、そんなこと を感じさせます。ゆったりめで 滑らかなスメタナ四重奏団の演 奏にしても、上で取り上げたヤ ナーチェク四重奏団にしても、 前の世代はもう少し均整美やバ ランスを重視しようと禁欲していたよう に感じるのですが、そういう 縛りがなくこ こまで歌を披露してくれるとむしろ痛快です。この傾向は兄弟バンドのパヴェル・ハース四重奏団にも見られ ますから、今の世代はやはり どこか突き抜けているのかもし れません。

 2017年チャンプス・ヒ ル・レコーズです。これはイギ リスのレーベルです。 音もきれいで、カップリングは 同じく「アメリカ五重奏曲」と いう愛称で知られる兄弟の ような曲、弦楽五重奏曲第3番です。四重奏の方が作品96、五重奏が97で、同時期に 作曲されました。鼻歌機関車の 二重連です。



    pavelhaasamerican
       Dvorak   String Quartets No.12 "American" & No.13
       Pavel Haas Quartet

ドヴォルザーク / 弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」&第13番
パヴェル・ハース四重奏団
 こちらは上記シュカンパ四重 奏団と同様ミラン・シュカンパ の指導を受けているというチェ コの新しい四 重奏団です。男女二人ずつというのもシュカンパ・クァルテットと同じで、メンバーの一人は以前シュカン パの団員だったとか。きっと顔 見 知り一家のようなものなので しょう。競争意識がどうなのか はわかりません が、このパヴェル・ハース四重奏団は数々の賞をとっていて技術にも定評があるようで、シュカンパ四重奏 団も上手ですが、こちらはより キレの良さを意識させる演奏の ようです。第一 ヴァイオリンは 女性で、一音の中で強弱を大胆に付けます。シュカンパのヴァイオリンよりも振りは大きいようで、それで いてアンサンブル全体では微妙 に例の鼻歌の揺らぎは持ち合わ せているところ、やはり泣ける 歌の好きなチェコ の人たちなのかな という気もします。ヴ ラフ四重奏団もパノハ四重奏団もときに一音にぐっと強い抑揚を込めるところがありますが、パヴェル・ ハースはもう少しゆらぎ があって自由な感じがするのです。とくに ゆっくりと情感を込める場 面に来ると大胆 に速度を落とし、十分に歌ってくれるところはシュカンパ四重奏団とも共通しており、若い世代特有の自由 さを感じさせます。

 いずれにせよのんきな鼻歌と いうよりはややシリアスとも言 え、個人的な好みでは楽しくリ ラックスした シュカンパの方をとりますが、むしろパヴェル・ハースの方がぐいぐいと切れる感じが一般には人気を博す のかもしれません。ときに哀切 とも言えるほど切々と訴える第 二楽章にはこの団体特有の美し さが感じられ ます。ドヴォルザーク的なのかどうかはわかりませんが、この揺さぶられ感はちょっと他にない大きな魅力 です。

 スプラフォン2010年の録 音です。シュカンパと並んでこ れも大変良い音です。マイクが 近いかのように音が前に出て、 ヴァイ オリンの高いパートがやや鋭角的に切れ込む感じがありますが、そこがまた演奏には合っています。



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