グリーグのヴァイオリン・ソナタ!   

    griegviolinsonata.jpg
       Grieg   Violin Sonatas
       Augustin Dumay (vn)   Maria Joao Pires
(pf) ♥♥


グリーグ / ヴァイオリン・ソナタ集
オーギュスタン・デュメイ(ヴァイオリン)/ マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)
♥♥

  ノルウェーの作曲家グリーグといえば、ペール・ギュント組曲の「朝」とか「ソルヴェイグの歌」とか、北欧の澄んだメロディを思い浮かべるかもしれません。では「蛙」はどうでしょう。繊細な神経の持ち主であり、ステージにおいてはいつも緊張していたグリーグは、コンサートのときポケットに小さなゴムのカエルをしのばせておき、それを握っていたんだとか。この蛙にはセットで子ブタとトロルのお友達もおり、演奏旅行の時には仲良くトランクに入っていたそうです。 普段の生活でも彼らは大事にされてベッド脇の小テーブルに置かれており、グリーグは毎晩挨拶をしてから寝ていました。グリーグ博物館にはそれらが飾られており、見学することができます。中でも子豚は大変愛らしい姿です。

 そのグリーグの作品としては、オーケストラやピアノ協奏曲以外の編成の小さな曲にもいいものがあります。例えば、 ヴァイオリン・ソナタです。作品45のソナタの第二楽章のなんと魅力的なことでしょう。最初のピアノの硬質で透明なきらめきは、 それこそフィヨルドの逆光の水面に反射するまばゆい光のようです。続く旋律は憧れと呼ぶにはもう少し幸せな、他の作曲家では なかなか味わえない純粋さを感じさせます。途中民族的な主題の展開部があり、そしてまた最初の主題に戻って、うっとりした気分 とともに消えて行きます。ペール・ギュントの有名曲に勝るとも劣らない名旋律だと思います。

 演奏はオーギュスタン・デュメイとマリア・ジョアン・ ピリス(ピレシュ)のものが見事です。ヴァイオリンの デュメイとピアノのピリスとは一時期私生活でもパートナーだったようですが、その頃コンサートを聞きに行ったことがあります。 「美女と野獣」のようでいい雰囲気のカップルでした。リスボン生まれのピリスといえば、デビューした頃はポルトガルの妖精の ように言われて人気がありましたが、粒の揃った音でモーツァルトを弾いたりして演奏でもそのイメージを裏切りませんでした。 手首の故障からブランクがあったものの、近年は円熟味を増して来ており、ベートーヴェンのソナタで言えば30番あたりを得意 とするしっとりした味わいに定評があります。ショパンのピアノ協奏曲など、ツィマーマンもいいでしょうが、ピリスの演奏は落ち 着いています。コンサートのときのデュメイは彼女を紹介するにあたって、たいそう大切に扱う仕種を見せていました。

 一方デュメイの方はフランス人で、ベルギーのヴァイオリニストであるアルトゥール・グリュ ミオーに師事しました。 グリュミオーはシルクのような美音で有名ですが、この弟子は師の資質の中でも感覚に委ねる演奏法の方を継承しているようで、 音色は大分違います。グリュミオーは生で聞いていないので正確な比較にはならないけれども、CDと生との位置関係から類推 するに、デュメイは高い倍音成分が少なめでソリッドな張りのある中高音を持っているので、大分音の好みは違うように思います。 ストラディバリらしいのですが、コンサートでは大分前の方で聞いたものの、典型的に思い描くようなストラディバリの音とは ちょっと異なるようでした。それとも場所によって聞こえ方が違うのでしょうか。

 そして、デュメイという人はライヴで乗る人です。穏やかなピリスよりももっと神がかり的な力を秘めているようです。 やはり野獣なのでしょう。フランクのヴァイオリン・ソナタの演奏会がテレビで放映されたときがありましたが、その白熱した深まり と霊感を感じさせる揺れは大変見事で、CDも悪くないながら次元が違っていました。自分で行ったコンサートでも、興奮して来ると あの大男が床から飛び上がり、両足を宙に浮かせた状態で弓を動かしていました。熱と緻密さを合わせ持った素晴らしいアーティスト だと思います。

 このグリーグではフランクのCDよりも深く沈潜した表情を見せます。録音もグラモフォンらしく中域の明るい張りを 持ってはいますが、フランクのものよりも落ち着いた好録音だと思います。もちろんフランクのヴァイオリン・ソナタのCDも 決して悪くありません。オーディオ装置のチェックをするときに、どこまで音が固まらずに聞こえるかを指標にすることもある ぐらいです。
 グリーグの秘められた珠玉の世界。「珠玉の」は英語で「gem」だけど、グリーグのあまり定番ではない室内楽、 まさに宝物です。



INDEX