バッハの管弦楽組曲

orchestralsuites
Shot During First Ancient Music Festival in Megéve 2008-7-29, Christel42

取り上げる CD20枚:

ピリオド楽器による演奏:コレギウム・アウレウム/ガーディナー/ホグウッド/コープマン/サヴァール/ピノック('78/'93)/マンゼ
/ベルリン古楽/ラモン/鈴木/フロリレジウム/ハジェット/フライブルク/クイケン('81/'21)/フォルタン

モダン楽器による演奏:リヒター/パイヤール/マリナー

管弦楽組曲について
 バッハの管弦楽組曲は本来は序曲 (overtures)と呼ばれていたようです。この作曲家のオーケストラものとしてはブランデンブルク協奏曲と並んで有名な作品です。協奏曲自体は他にもたくさんあるものの、そうでない管弦楽作品はこれぐらいという意味でも大変人気があるものです。

 全部で四曲から成っています。そのうちで有名なのは、まずなんといっても第3番の第二楽章である「G 線上のアリア」(エアー)がバッハの名旋律として最も知られており、それからフルートで吹かれる第2番の優雅にしてちょっと物悲しい旋律が、誰でもが一度は耳にしたことのある部分ということになるでしょう。ちなみに G 線というのはヴァイオリンの一番太い弦のことですが、この呼び名は後世の編曲(19世紀のアウグスト・ウィルヘルミという人がヴァイオリンとピアノの曲にした)に由来するもので、バッハのこの曲での演奏で G 線で弾かれるというわけではありません。本当に G 線で弾くとずいぶん低い音になり、ポルタメントで指を滑らせたりしたらすすり泣きのように、あるいは鼻歌みたいに聞こえます。


作曲年代など
 作られた時期については詳しいことは分かっていませんが、元々4曲セットで企画された楽曲ではないと考えられており、したがって各曲ごとに成立もばらばらです。概ね1724年〜31年ぐらいだとされているものの、中心的には世俗器楽曲の傑作が多いケーテン時代(1717年〜23年)の作曲で、一部はその前のワイマール時代(1708年〜1717年)に遡るかもしれず、完成がライプツィヒ時代(1723年〜50年)の場合もあり得るとのことです。この問題についてはジョシュア・リフキンをはじめとして多くの音楽学者が意見を述べているので詳しくは立ち入りませんが、自筆譜の一部や写譜など、その時期によって特定できそうな根拠となる資料によれば、第1番が1724年〜45年、第2番が1738年〜39年、第3番が1730年、第4番も1730年頃ということになります。でもそれがそのまま仕事をしていた時期ではないでしょう。概ね1724年〜31年頃だとする先の説が正しいなら、バッハが三十九歳から四十六歳の間となり、幅が広いです。また、3番や4番のトランペットとティンパニのパートは、バッハが最初作ったときにはなかったと考えられており、ライプツィヒ時代に付け加えられた可能性があります。


 CD は録音年代順に並べました。同一演奏者が複数出している場合は、今回は概ね新しい方を基準にしています。最初に古楽器楽団による演奏、それからモダン楽器による演奏の順です。



   collegiumaureumorchestralsuites  
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
      Hans-Martin Linde (fl) Collegium Aureum
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バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
ハンス=マルティン・リンデ(フラウト・トラヴェルソ)
コレギウム・アウレウム合奏団
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 弦楽器においてモダン・ボウとビブラートを使用することが正確なピリオド奏法に入らないとしてその運動から排除されたかに見え、録音も廃盤が相次いだ古楽器楽団のパイオニア、コレギウム・アウレウム合奏団による演奏です。しかしこの楽団、他のページでも言って来ましたが、リラックスして楽しんでいるマナーと響きの美しいお城での録音によって、今もって大変魅力的なものであり続けています。この管弦楽組曲は再販された盤がまた入手困難になっている状況ながら、サプスクリプション・サイトでは聞けます。2番でフルートを受け持っているのは1930年生まれのドイツの名手、ハンス=マルティン・リンデというのも嬉しいです。軽快なテンポで飾らない端正なものながら、フラウト・トラヴェルソをやわらかく響かせて心地良く歌い、理想的です。古楽器らしい拍も強過ぎず用い、装飾を加えつつも大変自然です。

 華やかで祝祭的な雰囲気を出すトランペットとティンパニを後から加えた3番と4番は、ピリオド奏法の楽団の王道を行くような賑やかなものと比べれば大変聞きやすく、力が入り過ぎていません。テンポも1番も含めて穏やかです。3番の有名な(G線上の)アリア(エアー)も同じく穏やかで理想的に感じます。強く盛り上げて歌ったりせず、朝の空気のように清々しくて自然な運びなのです。

 ドイツ・ハルモニア・ムンディの1969年の録音は60年代ということを無視してよい大変きれいなものです。フッガー城「糸杉の間」での収録です。最初に取り上げましたが、CD が入手し難いということで番外編でしょうか。



   gardinerovertures
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
     
John Eliot Gardiner    English Baroque Soloists

バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
ジョン・エリオット・ガーディナー / イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
 
 ガーディナーはブランデンブルク協奏曲を2009年になって初めて出して来て、それがまたよく踊る演奏でした。過去のこの指揮者の傾向とは全く違うようで驚いたものです。でも管弦楽組曲の方は1983年のエラートの録音で、こちらはいつもの彼らしい上品で端正な運びです。イギリス古楽の御三家を構成するピノックとホグウッドと比べると、楽章によって逆転はあるものの、ピノックは旧盤ではやや速めの部分が多く、古楽系のアクセントも速い楽章ではやや強め、静かなパートにおいては繊細さとやわらかさでガーディナーが優っているような感じがします。新盤となるとテンポ/アクセントは大変微妙なことになり、ピノックの方が多少レガート気味でしょうか。一方でホグウッドは装飾音符の自由な遊びが若干多めという感じがします。
同じ楽団を後年エガーが指揮したのもいいけど、
個人的にはこのガーディナー盤とピノックの新盤とがピリオド奏法のマナーがきつくなくて聞きやすく、洗練されているので気に入っています。第2番のフルートは、ゆっくりのところで息継ぎを意識させる一方、ラストは大変速く吹いています。第3番のトランペットははっきりしていますが、ティンパニはやわらかさがあって圧迫感を感じません。エアーは情緒纏綿ではなくてすっきりとしていますが、二度目の繰り返しでぐっと音を静かにしたりします。最初の旋律の終わりの二音をタター、と後ろ送りに速めるのは古楽的ながら、独特の清涼感があります。

 エラート1983年の録音は弦が細くなりすぎず、響きがきれいです。




   hogwoodorchestralsuites
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
      Christopher Hogwood Academy of Ancient Music

バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
クリストファー・ホグウッド / エンシェント室内管弦楽団
 よくピノックと比べられるイギリス古楽の名人ホグウッドは1941年生まれで、2014年に亡くなっています。ハイドンやベートーヴェンの初期ものなど、個人的には大変気に入った録音があります。古楽器演奏の考え方がピノックとどう違うのかしっかり把握していませんが、バロック期ではピノックよりもよりピリオド奏法のマナーがくっきりしているものが多かったり、古典派では逆転して素直によく歌わせていたりもして、一概にはどうこう言えないようです。

  2番から見てみますと、短く拍を切り上げて弾ませて行くピリオド奏法の呼吸がよく聞かれ、テンポは全体にやや速めとなっています。ただし速いパートでは適度に軽快な運びです。3番の出だしもテンポはやや速めで軽快であり、そのあたりはピノックの旧盤と似ているでしょうか。ただ、アクセントの癖はさほど感じません。旧盤のピノックよりは音響的に奥に引いた分、編成が大きめに聞こえます。エアーは静かに抑えた感覚があり、きれいに歌っています。ピノックの新盤はもちろん、旧盤と比べてもやや速めに感じさせ、レガート寄りではありませんが、よく歌っていて切れぎれのリズムではなく、爽やかで大変心地良いものです。静けさもあって清潔であり、この G 線上のアリアは♡です。3番、4番のトランペット/ティンパニは華やかな方でしょうか。

 オワゾリール・レーベルで録音は1985年〜88年です。トランペットが華やかとは書きましたが、3番の出だしなど、さほど前に出て来るわけではないです。空間を捉えた録音で良いと思います。 



   koopmansuites
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
      Ton Koopman   The Amsterdam Baroque Orchestra


バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
トン・コープマン / アムステルダム・バロック管弦楽団

 オランダのピリオド楽器運動の牽引者の一人であり、世代としても最初の方に属するコープマンは管弦楽組曲を 二度録音しています。最初はドイツ・ハルモニア・ムンディの1988年の録音で、新盤の方は97年のエラートです。 新旧二つ以上録音があって、前の方が良いからといって後のを取り上げないのはちょっと気が引けることではあります。ペーター・ルーカス・グラーフやパイヤールの録音についてもそういう風に感じられたことがあるけれども、退化しているとか言っているわけではなく、CD 製作時には色々なことがあります。この曲集については個人的には新盤よりも旧盤の方が多少好みだというだけです。第3番の最初の楽章など、比べても初め差がよく分からないほど似ているし、楽曲の表現として変えたつもりはないのだろうと思います。ただ、エアー(第3番の第二楽章)は旧盤の方がすっきり歌っており、テンポも若干速いものの静けさがあって洗練されてるように感じます。コープマンらしい控え目さ、弱音の美しさが勝っている気がするのです。比べれば新盤は遅く感じるし、やや過剰に歌わせている印象で間も空け、フレーズもよく延ばします。たっぷりとしているので一般的にはそちらの方がいいでしょう。同曲の第三楽章なども、今度は反対に速いテンポの部分が聞かれます。ティンパニの前振り飾りが歯切れ良く、楽器自体が目立つところもあります。トランペットは旧盤より若干音量が低い傾向があるにせよ、ほぼ同じでしょうか。第2番の演奏も、個人的には旧盤の方がトーンを落としてしっとり控え目に行くところがあり、繊細さとセンスの良さを感じました。

 ということで、88年旧盤の方の全体の印象です。コープマンの演奏は数ある管弦楽組曲の中でも大変気に入ったものの一つです。この人の弱音での抑揚の付け方、繊細さはちょっと他と違っているように思います。感性の問題だけど、やわらかく抜けて行く語尾の振り方にときめきます。第3番の G 線上のアリアですが、ベルリン古楽アカデミーもさらっとしつつ味わい深いですが、コープマンにはまた違った濃い良さがあります。録音もそれほど新しくはないものの音は良く、この個性は価値があると思います。良く歌うけれども過剰になる手前で踏みとどまり、気品があるのです。

 ちょっと困った点は金管の元気の良さです。といっても他より強いというほどではないのですが。ベルリン古楽アカデミーも同じことであり、この人の新盤でも同様ながら、この盤はさらに少しはっきりしているでしょうか。3番と4番はトランペットとティンパニが活躍するわけですが、コープマンは明るい張りがあり、輝かしいです。近頃は抑えて吹かれることの多い3番のブーレなど、速いパッセージでもそうです。加えて生に近づけるためか録音の D レンジが広く、例の G 線上のアリアなどは金管にボリュームを合わせると音が小さくなってしまいます。決して欠点ではなく、これこそがいいという方もいらっしゃると思います。純粋に好みの問題です。




   savall1overtures   savall2overtures
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
      Jordi Savall Le Concert des Nations

バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
ジョルディ・サヴァール / ル・コンセール・ド・ナシオン
 
古楽の旗手の中でもカザルスと同じくスペインはカタルーニャ生まれのヴィオラ・ダ・ガンバ奏者/指揮者であるジョルディ・サヴァールと、1989年に彼が設立した古楽器楽団、ル・コンセール・ド・ナシオンによる演奏です。サヴァールの演奏はカタルーニャ節と言っていいかどうかは分からないけれども、その器楽演奏と同じく濃い、独特の粘りのある歌い回しに特徴があると思います。それとも主な奏者に由来する南欧ラテンのセンスと言うべきでしょうか。そこがはまる人にとって他には代え難い管弦楽組曲です。そしてこの盤で一般に最も注目されている点はむしろ、プレイヤーたちの豪華さなのかもしれません。アンタイ兄弟やビオンディなどが加わっています。

 演奏は上記の通りですが、例えば第2番など、音をたわませて延ばす古楽の呼吸があり、よく粘って歌っています。ピリオド奏法と言ってもテンポは速くはありません。一歩一歩区切って進んで行く拍の感じがあり、ブーレはほどほど速いですが、最後のバティネリは軽く力が抜け、ほどよいテンポで急ぎ過ぎてはいません。フルートはフランスの名手マルク・アンタイで、バッハはフルート・ソナタなども良かったけれど、やはり見事です。第3番でのトランペット/ティンパニは適度に輝かしく元気があり(4番も同様)、区切った拍は古楽らしく間を空けて弾ませます。出だしはゆったりとしており、これも粘りのある歌が聞かれます。エアー(G線上のアリア)は抑えて始まり、歌で盛り上げる感触であり、やはり濃厚なところがあります。古楽奏法らしくフレーズごとにメッサ・ディ・ヴォーチェ様の山は作ってリズムは区切るけれども、旋律線はレガートだと言ったら良いでしょうか。一歩一歩進んで行く感じがあります。

 1990年の録音でレーベルはアストレです。聞けていませんがリマスターされた SACD も出ています(写真右)。オリジナルでも十分良い音です。



   pinnock1orchestralsuites
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
      Trevor Pinnock The English Concert (1978)

バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
トレヴァー・ピノック / イングリッシュ・コンサート(1978)


   pinnock2orchestralsuites
     Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
     Trevor Pinnock The English Concert (1993)


バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
トレヴァー・ピノック / イングリッシュ・コンサート(1993)


 古楽器楽団ブームの最初の頃からの演奏者たちの中でもピノックは比較的ゆったりなテンポで攻撃的な癖をあまり感じさせずにきれいに歌わせ、その曲のベストかと思って取り上げさせていただいた盤がいくつもありました。時代が下るにつれて古楽全体の演奏がそういう方向を向いて来たし、ピノックについては当時も多くの評論家たちの評価がそうだった気もします。例のイギリスの三人、ピノック以外のホグウッドとガーディナーの楽団も似た傾向はあるのですが、曲によって、あるものは誰かがより速いテンポや強めのアクセントをつけるという具合で、どれがどうとは一概に言えない状況ではあります。ピノックの管弦楽組曲は最初が1978〜79年の録音(写真上)で、新盤が93年(写真下)に出ました。どちらもレーベルはアルヒーフです。

 新しい方の93年録音盤ですが、素直で聞きやすいです。第2番は模範的な演奏で、歌うところは素直に歌い、速いところは適度に速くてすっきりしており、どこも安心して聞いていられます。第3番は出だしはそこそこのテンポでゆったりではないですが、癖が少なくて聞きやすいです。トランペットもあまり刺さって来ないし、二番目のエアー(G線上のアリア)は崩れないけどよく歌い、清々しさを感じます。

 旧録音についてですが、そちらの方がいいと言う人もあるようです。聞けば傾向は大きく変わらないと思うけれども、全体にテンポはやや速めです。第2番は新盤より古楽のアクセントがしっかりとある印象で、よくフレーズを切って弾ませています。ゆったりとした曲では間をしっかりと空け、ピリオド奏法の呼吸が十分に聞けます。一方で速い曲は逆に新盤より馳けません。第3番では最初から軽快に流しています。エアーは十分歌います。ヴァイオリンが独奏で浮き出していてきれいです。装飾も施しています。

 全体的に見て新盤の方がよりレガートであり、旧盤の方がより古楽っぽく、溌剌としている印象です。滑らかにリラックスしていてきれいなのは新盤です。好みだと思います。録音は新しい方がやわらかくて自然だと感じました。明晰ながらも艶も感じられる旧盤も悪くありません。



   lastravaganzakolnoverture   manze2orchestralsuites
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
      Andrew Manze    La Stravaganza Koln


バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
有田正弘(フラウト・トラヴェルソ)
アンドルー・マンゼ
/ ラ・ストラヴァガンツァ・ケルン
 DENON のこのシリーズとしては日本人演奏家を出したいというのもあるのでしょうが、その後はブリリアント・レーベルからも同じものが、あるいはブランデンブルク協奏曲と組になったものも出ているようです。演奏はこれといって個性的な語法があるわけでもないのですが、反対にピリオド楽器によるものとしてはアクセントに癖が少なく、テンポも比較的ゆったりめで穏やかに起伏をつけて歌っています。自然できれいです。モダン楽器による演奏の方が好きで古楽器はどうもという人にはありがたいものではないでしょうか。ピノック(新)などとも共通しています。指揮をとっているマンゼはイギリスの古楽ヴァイオリニストで、コレッリやバッハのソナタでは飾りも過剰なアクセントもなく、ゆったりめのテンポですっきりと曲に語らせるように弾いています。それらは同曲のベストかと思っているぐらいです。ラ・ストラヴァガンツァ・ケルンは1988年から活躍している古楽バンドで、同地で1973年に結成されました。2007年までラインハルト・ゲーベルに率いられて来たムジカ・アンティカ・ケルンとは正反対のアプローチで面白いです。

 第1番からしてゆったり落ち着いており、第3番のエアーも速過ぎず歌わせ過ぎず、ナチュラルで美しいです。出だしのオーヴァチュアでもトランペットが出過ぎず、ティンパニも控えめで気に入りました。第4番ではそのトランペットとティンパニ自体がなく、しっとりと歌うのも嬉しいところです。その最初の部分を聞いていると、まるでコレッリのクリスマス協奏曲をかけていたのかと錯覚するほどであり、数ある第4番の
中でもベストかと思いました。

 さて、最大の売りはやはり第2番で聞ける有田正広のフラウト・トラヴェルソでしょう。この人、笛なら博物館に飾ってあるのまで吹きたくなるのだそうで、本当に好きで演奏を楽しんでるんだなという印象を受けます。音楽をやる人にとってはそれが基本だと思うのですが、職業として割り切って楽譜に向かう演奏家もいると思うと気の毒になります。ここでの演奏は日本の人らしく癖も脂っこさもない一方で、素直で音楽そのものに溶け込めます。古楽器の音量の問題もあるのか、他の楽器と比べて控えめに聞こえる箇所もあるのですが、それを言うならベルリン古楽アカデミーのフルートでも同じでしょうか。サラバンドやメヌエットなど、演奏している本人の耳にはしっかり聞こえているのかもしれないけれども、録音を聞くとデリケート過ぎるかというぐらい静かであり、微妙な抑揚を込めて吹いているのが分かります。バランス的にはもう少し浮き出してくた方がいいかもしれません。反対にポロネーズはよく響き、中間部のドゥーブルのオブリガードでは間をくっきりと取り、一音ずつ際立たせていて美しいです。音量はともかく、バディネリでの歯切れ良い自在さは高い技術の証明でしょう。

 1994年の録音はバランスも良く、教会らしい残響のある優秀録音です。



   alteberlinsuites
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
      Akademie für Alte Musik Berlin


バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
ベルリン古楽アカデミー

 ピリオド楽器の楽団の良いところはバロック・ヴァイオリン等の弦楽器の音でしょう。倍音がやや細く硬めながら、あの繊細な響きがたまらないという人も多いことと思います。引き続きピリオド楽器系の演奏だけど、今度はドイツです。

 ブランデンブルク協奏曲でも素晴らしかった旧東ベルリン発の古楽器の楽団、ベルリン古楽アカデミーの管弦楽組曲です。一般に大変上手な楽団だと言われます。しかし上手ということを技術的観点で言えば、速いパッセージをどれだけ速く正確に弾けるかという話になりがちです。本来はそれだけで済まされることではなく、一つのフレーズをどう表現するかが重要でしょう。その際前もって大まかに検討しておく作業も必要となりますが、前もって行うのは計画的判断であって、音にする段階でその判断そのものが音になったのでは頭でっかちな演奏になってしまいます。音楽はその都度自ら生まれようとしているわけで、その喜びが具体化されなければ聞く側も楽しくないわけです。それは楽譜には書いてないことだけれども、具体的には自然にずれるタイミングや間、アクセントのつながりや強弱の波の打ち寄せ方の微妙さとして現れます。ある種ゆらぎなので正解はなく、全ての人が納得する性質のものでもなく、分かる人には分かるという種類です。

 常識の理屈を言ってしまいました。そういうゆらぎや癖がない方向での完璧さが個性という場合もあるでしょう。でもこの楽団の上手さは、上手いと言ってもその生きた抑揚の妙にこそあると思います。ベルリン古楽アカデミーの節回しは個性的でありながら躍動感があり、自然なつながりと歌を持っています。ブランデンブルク協奏曲は大変素晴らしい出来でした。古楽器の楽団としてはさらっとした性質もあり、テンポも遅くはないものの、リズム感があります。

 第3番のエアーは気負いがなく、洗練されています。トランペットとティンパニが加わっている曲は歯切れが良く、軽いながら結構元気はいいです。反対に古楽のフルートは音が大きくなく、演奏するのが難しい楽器なせいか、ソロの見せ場として聞くと第2番はやや控え目でしょうか。録音のせいなのか、それともベルリオーズがヴァイオリンとフルートを合わせるように、ここでも同じ音量のヴァイオリンとのユニゾンによって、異なる食材がハーモニーを奏でるご馳走のような響きを狙ったのでしょうか。いずれにせよ大変上手な楽団です。

 1995年ハルモニア・ムンディの録音です。これも大変良い音です。



   lamonorchetralsuites
     Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066, 1068
     Jeanne Lamon Tafelmusik Baroque Orchestra
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バッハ / 管弦楽組曲(序曲)第1番 BWV 1066 / 第3番 BWV 1068
ジーン(ジャンヌ)・ラモン / ターフェルムジーク・バロック管弦楽団
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   lamon2orchestralsuites
     Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1067
     Jeanne Lamon Tafelmusik Baroque Orchestra


バッハ / 管弦楽組曲(序曲)第2番 BWV 1067
ジーン(ジャンヌ)・ラモン / ターフェルムジーク・バロック管弦楽団

 
カナダの英語圏、トロントの古楽器オーケストラ、ターフェルムジーク・バロック・オーケストラはピリオド奏法解釈による強いアクセントや縒れを感じさせず、常に穏やかでスムーズな抑揚を聞かせる良識溢れる楽団で大変気に入っています。1979年に結成され、81年からはこのジーン・ラモン(1949年ニューヨーク生まれのヴァイオリニスト)が率いて正式には2014年まで、そして2021年に彼女が亡くなるまで指揮をとっていました。

 素直な運びは生真面目さというよりも、その伸びのある美しい音とともに気品を感じさせるものです。やわらかく揺らめき弾む動きがナチュラルで、古楽器楽団としては最も好みなのですが、残念ながら管弦楽組曲は一つにまとまっていません。1番と3番は2002年録音で(写真左)、それに4番も入った CD が一時は出ていたようですが現在は廃盤で入手しづらく、2番の方はフルートではなくラモンのヴァイオリンによるものであり、2011年の録音でカンタータの54番と170番(ダニエル・テイラーがカウンター・テナー)、ヴァイオリンとオーボエの協奏曲(BWV 1060/オーボエはジョン・アッバーガー)とのカップリングとなって後発で出ています。サブスクリプションのサイトではどれも聞けるけれども、2番あたりはサイトによっては "cantata" で検索しないと出て来ないかもしれません。収録したレーベルはどれもカナダのアナレクタです。



   suzukiorchestralsuites   suzukibrandenburg
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
      Masaaki Suzuki Bach Collegium Japan


バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
鈴木雅明 / バッハ・コレギウム・ジャパン
 
カンタータでその曲のベストかと思うような素晴らしい演奏を何曲も聞かせてくれた BCJ と鈴木雅明の管弦楽組曲です。2003年の録音で、ブランデンブルク協奏曲と組になった盤もあります(写真右)。ブランデンブルクの方は2000年に出た後、2008年には新盤をリリースし、そちらがこの管弦楽組曲とセットになっているものです。ということは、管弦楽組曲の新録音は行わないのでしょうか。録音場所はブランデンブルク協奏曲の方がミューザ川崎シンフォニー・ホールへと変わっている一方、こちらはいつもの神戸松蔭女学院チャペルです。

 古楽のアクセントはほぼ癖がなく素直なもので、それが常にこのグループの美点でもあると思います。第3番のトランペットは適度に輝かしく、語尾を切る傾向ではなく吹かれています。テンポはゆったりした運びと快速とをしっかりと使い分けてメリハリを付けています。「G線」のテンポは中庸でさらっとしながらも気持ちよく歌っています。第2番はバランスの取れたパフォーマンスで良いと思います。それは1番や4番でも同じで、少し速めの一曲ずつを除いて全体にゆったりした運びとし、均整の取れた模範的な演奏です。

 2003年収録。レーベルはいつもの BIS からで、ホール、録音バランスともに優れています。



   florilegiumsuites
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
      Florilegium


バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
アシュレー・ソロモン(フラウト・トラヴェルソ)
フロリレジウム

 管弦楽組曲でソロが目立つ楽器というと、第2番のフルート(もしくは古楽器演奏ならフラウト・トラヴェルソ)なわけです。モダン楽器としてのフルート奏者であれば、やはりリヒター盤のニコレは外せないところでしょう。クラシック好きとしては LP 時代から馴染みという人も多いはずです(61年録音)。しかしモダンオーケストラによる盤は(リヒターは除いて)
CD としては今後入手しずらいものも増えるかもしれません。CD 自体がもう中心的媒体ではなくなって来ています。

 一方でピリオド楽器系の演奏でフルートの気になるものはどれでしょうか。前出のコレギウム・アウレウム盤のハンス=マルティン・リンデ、サヴァール盤のマルク・アンタイ、マンゼ盤の有田正弘がいました。バルトルド・クイケンは第一人者であり、ラ・プティット・バンドの古楽器奏法らしいイントネーションのものが出ています(後出)。それ以外はというと、ぱっと思いつくものはと言えばイギリスの古楽器合奏団、フロリレジウムのリーダーであるアシュレー・ソロモンでしょうか。この人はブランデンブルク協奏曲の項でも書いたけれども、ふわっと力の抜けたデリケートな抑揚の演奏をします。ときに意図的に盛り上げずに静かに延ばしたり、テンポを緩めてゆったり吹いたり、崩し方が粋だったり、とても個性的できれいなフルートです。その彼が演奏する盤は第2番のみ、ヨハネッテ・ゾマーの歌うカンタータと組になって出ています。大変素晴らしいけれども、1〜3番がないのは一般的にはちょっとつらいところでしょう。したがってこれも番外編であり、♡
一つにした理由はその点にあります。

 チャンネル・クラシック2005年の録音は線が細くならず、厚みのある良い音です。



   huggettsuites
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
      Monica Huggett   Ensemble Sonnerie


バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
モニカ・ハジェット / アンサンブル・ソネリー

 登場する楽器の違いという観点から面白いものもあります。それはヴァイオリンのモニカ・ハジェットがリーダーになって出しているアンサンブル・ソネリーの盤です。モニカ・ハジェットはヴァージンから出たコレッリのヴァイオリン・ソナタなど、録音はオフ気味ながら素晴らしい演奏でした。ここでのバッハは若きプリンス(ケーテン侯レオポルド)の管弦楽組曲と副題が付き、日本のサイトでは「原典版」などとされています。再構築された第2番は「初演」ともなっていますが、これは本来フルートで吹かれることの多いパートをオーボエで演奏しているからです。曲としては元来フルートではあっても、楽譜はオーボエ版のみが後世に伝えられ、そこからフルートへと書き直されたという経緯からでしょう。いずれにしても、この盤でありがたいのは3番、4番でトランペットとティンパニが出て来ないことです。それについても、バッハがそういう形で最初に書いたからです。

 管弦楽の規模が大きく、金管や打楽器が華やかに活躍するものが好みだという人の方が多いのかもしれません。その意味では個人的には逆なので書き難いところがあります。第3番と第4番からブラスがなくなってくれれば管弦楽組曲ももっと聞くのだけど、と思ったりもするからです。なのでこのアンサンブル・ソネリーの盤、そういう静か嗜好の人にはお薦めです。トランペットがないせいで、全然
別物だと思ってた3番が2番に似たものに感じたり、弦楽合奏に聞こえたりします。2番のフルートがオーボエになったという点も、オーボエとヴァイオリンの音は倍音が似たところがあるので場所によっては同化し、やはり弦楽合奏かと思えます。
しかしいざトランペットのパートがそのまま消えてしまうと、それはそれでなんか穴が開いたような気がすることも事実です。慣れれば馴染むのでしょうが、そのパートは何か他の楽器で音は聞かせてほしい、などとわがままを感じないこともありません。本来トランペットが足されない小人数がケーテン時代のオリジナル編成だったという仮定から出発しているので、そういうわけには行かないのでしょう。制約の中で遊ぶのがこの世の成り立ちなのかもしれません。

 演奏はやわらかい弾力があって潤いが感じられ、自在に伸び縮みする歌わせ方も自然です。ピリオド奏法の語法 で軽やかに運び、最後の音を長く引っ張ったりはしません。それらしいアクセントは適度にあるものの、抑揚の付け方には抵抗を感じませんでした。テンポとしてはしっかりと歌わせるところもありますが、全体に若干速めの傾向であり、あっさりしています。 特に第2番はブーレなど、かなりさらっと速く流しますので、たっぷりと浸る感じにはなりません。
 
 2007の録音にも潤いがあります。残響の加減もちょうど良く、いい室内楽を聞いたという感じです。アヴィー・レコードというレーベルは2002年にロンドンで発足した独立レーベルで、トレヴァー・ピノックもブランデンブルク協奏曲などを録音しています。



   freiburgerorchestralsuites
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
      Freiburger Barockorchester
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バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
フライブルク・バロック・オーケストラ
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1987年に南ドイツのフライブルクで結成された古楽オーケストラであるフライブルク・バロック・オーケストラです。97年まではトーマス・ヘンゲルブロックが指揮をしており、96年のロ短調ミサは印象深い演奏でした。現在は指揮者を置かないスタイルとなっています。現代ドイツの古楽器オーケストラとしては、82年設立の旧東側の楽団であるベルリン古楽アカデミーと対置される格好で西側代表とされ、その際よく言われているのが両楽団ともに甲乙つけ難く上手だということです。そういう観点はオーケストラで実際に弾いておられる方の間では気になる問題だと思われます。野球のレベルに関しても今のプレイヤーは過去の巨人たちとは比べ物にならないほどレベルが上がって来ているとのことです。技術に関してはどこの分野もそんなことが言えるのでしょうが、歴史の新いこの両楽団、どっちが上手いかなどはここで立入れる内容ではありません。上手な者同士、単に聞いた感想を述べます。

 ベルリン古楽の方は95年の録音でした。こちらのフライブルク・バロックは2011年です。16年の違いがあり、技術水準についての単純比較も難しいであろう上に、表現の上手さについてはどちらも見事だと思います。ベルリン古楽の方はこのページを最初に書いたときに♡を付けており、今回新たに書き加えたフライブルク・バロックの方は♡♡にしていますが、それは旧西側の方が良かったという意味ではなく、演奏の魅力において大した違いはありません。単に録音バランスの点でブラスも出過ぎず、この新しい方がより好みだったという意味です。

 そのフライブルク・バロックの演奏ですが、古楽器演奏の癖という観点からは現代はどこも洗練されて来ており、どの国の楽団も国際標準に寄ることで似通って来ていると言えるかもしれません。自動車なんかと同じです。しかし今回のこの楽団の録音を要約すると、軽やかな心地良さに満ちていると言うことができます。ピリオド奏法の呼吸はあり、やや不均等な拍と弾むようなリズム、語尾を長く引っ張らない傾向は多少感じさせつつ、すっかりソフィスティケートされて活きいきとしています。軽快なのに、それが鋭さや硬さとはならず、リラックスした躍動感に溢れているのです。静かな演奏というのとは違うけれども、何なら空気感という意味では静けさを感じさせるところがあるとも言えるでしょう。ブランデンブルク協奏曲の演奏では♡を付けませんでしたが、それはこちらの曲への思い込みの問題です。これは大変魅力的です。フルートが活躍する第2番では素早いところもスタッカートも見せるものの、自在にテヌートと混ぜていて力が抜けて美しく、装飾が見事に加えられています。第3番のエアー(G線上のアリア)は上品によく歌い上げていて軽さもあり、理想的です。3番と4番のトランペットは軽やかに吹いており、華やかではあっても短くて切れが良いこともあって耳に痛くありません。弾んで行きます。全体に有機的につながった細かな抑揚に溢れていますが、技術を除いて言えばこんな感じでしょうか。

 ベルリン古楽と同様にハルモニア・ムンディの録音で、収録されたのは2011年です。バロック・ヴァイオリンの繊細さはよく出ているけれどもベルリン古楽よりも弦の線の細さは少なく、ナチュラルです。空気感というか、空間の広がりの感じられる透き通った美しさがあります。とにかく聞いて晴ればれとした喜ばしい気持ちになる管弦楽組曲です。



   kuijken1orchestralsuites
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
      Sigiswald Kuijken La Petite Bande (1981)


バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
ジキスワルト・クイケン / ラ・プティット・バンド(1981)



   kuijken2orchestralsuites
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
      Sigiswald Kuijken La Petite Bande (2012)


バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
ジキスワルト・クイケン / ラ・プティット・バンド(2012)


 イギリスの御三家ではなく、こちらはベルギーの古楽バンドの雄、クイケン兄弟によるものです。録音は新旧二つ出ており、最初が1981年のドイツ・ハルモニア・ムンディ盤、新録音はアクセントの2012年録音盤です。この人たちの演奏はものによってはあまり古楽古楽しない素直な抑揚のものがあったりしますが(古典派の弦楽四重奏とか)、この管弦楽組曲はピリオド楽器の楽団だという印象がわりとしっかりある方です。

 旧盤は全体としては古楽らしくやや速めの設定に入るかもしれないもののさほどそうも感じさせず、この運動が盛り上がっていた80年代頭ながらアクセントも今や比較的素直に感じる部類と言って良いでしょうか。対して新しい方の録音では、通常の古楽バンドの変遷とはちょっと逆のようにも感じるけれども、テンポはぐっと速くなり、快活で晴ればれとしたものになりました。

 2番で比べてみますと、旧盤は間とための効いた古楽の呼吸があるものの、新盤よりリズムは切らず、ゆったりしています。新盤は拍を弾ませてよく切り、アクセントもしっかり付けています。ただしブーレは速くはなく、ラストのバティネリもゆっくりで走りません。フラウト・トラヴェルソはバルトルド・クイケンです。3番の旧盤は新しい方より切って弾ませるところが少なく、しっかりと古楽しているけどアクセントは比べれば多少あっさりです。新盤の方になると晴ればれと弾むように行き、ピリオド奏法的に区切られたリズムで切れが良いです。エアーは静かでさらっと歌わせていながらも、やはり古楽のアクセントは施しています。バロック・ヴァイオリンの線の細い音がきれいで、適度に装飾も加えています。



   fortinorchestralsuites
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
      Olivier Fortin Ensemble Masques
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バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
オリヴィエ・フォルタン / アンサンブル・マスク
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 原点回帰を目指した演奏です。バッハが最初に書いた時点に戻し、3番4番のトランペットとティンパニがなく、2番はフルートではなくてオーボエがやっています(本来フルート用だったにしても残っている楽譜はオーボエ)。こうした試みはすでに2007年のモニカ・ハジェット盤(Avie)、2019年のラース・ウルリク・モルテンセン/コンチェルト・コペンハーゲン盤(CPO)でも行われており、今回が初めてではありませんが、この盤はややフレンチ・テイストで優雅なところが感じられ、心地の良いものでした。

 アンサンブル・マスクは1996年にモントリオールで結成された古楽の楽団で、エリザベス期の仮面劇からその名がとられています。メンバーはカナダ、フランス、オーストリア、フィンランド、ベルギーから参加の6人が基本で、指揮者なしの室内アンサンブルです。創立者のオリヴィエ・フォルタンはその中の鍵盤奏者かつ音楽監督であり、1973年生まれのカナダ・ケベックの人です。パリでピエール・アンタイにも教えを受けています。

 演奏ですが、ピリオド奏法の流儀としては短く切れる方ではなく、古楽弦のボウイングが持つ長く引っ張る方のイントネーションに寄っているでしょうか。それがのんびりとした雰囲気を醸し出しています。各パート一人の室内楽的な響きがこぢんまりとしてくつろげる感覚をさらに倍加させています。どの楽器も歌い回しは自在で、見事な呼吸があります。基本はゆったりとした第2番では駈ける曲もあり、その速いパッセージでの部分的な力の抜き加減もまた粋です。フルートの代わりにオーボエが歌うわけですが、その古楽器は太めの音で、ときにトランペットを思わせるかのような明るい倍音が乗ります。有名な3番のエアー(アリア)はやや軽快なテンポで淡々としていながらも滑らかに歌わせ、軽さが気持ち良いです。3番と4番ではトランペットが外れているわけだけど、抜けちゃった感をあまり感じさせないのは同じ趣向の他の演奏よりも弦で補われているせいか、あるいはこちらが慣れたせいでしょうか。3番も速くはないけど、途中で速くなる設定もあります。4番の出だしには驚いてしまいますが、トランペットが抜けた代わりに3本のオーボエが加わっているせいです。

 2021年録音で、レーベルはアルファです。やわらかい響きで弦も管も艶があり、溶け合う残響も気持ちの良い優秀録音です。



   richiterovertures
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
     
Karl Richter    Munchener Bach-Orchester

バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
オーレル・ニコレ(フルート)
カール・リヒター / ミュンヘン・バッハ管弦楽団

 
ここからはモダン楽器による演奏を取り上げます。リヒター盤についてはここで取り上げるまでもないと思ったのですが、第2番で活躍するオーレル・ニコレのフルートはやはり素晴らしく、公平を期して掲載しました。いまだに威光を放っており、この有名な演奏は最近でこそ聞かないものの、最初はこの LP によって曲を覚えさせてもらったのです。ずっと「厳しい演奏」などと言われ続けて来たたけれど、今聞くと案外ゆったりしていて大振りに感じられます。1961年のアルヒーフの録音です。



   pillardovertures
      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
      Jean-Francois Paillard    Orchesre de chambre Jean-Francois Paillard


バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
アラン・マリオン(フルート)
ジャン・フランソワ・パイヤール / パイヤール室内管弦楽団

 フランスのパイヤールの演奏はドイツ流のかちっとしたフレージングが得意でない人には救世主です。往年のフランス流儀というのか、肩肘張らず、滑らかにゆったり歌います。ピリオド奏法に慣れた耳にはこのレガートはどこまでも切れ目なくつながっているように聞こえるかもしれず、ちょっと息が詰まるような感じがするでしょうが、一つの流儀として完成されていると思います。作為のあるアクセントは聞かれません。

 パイヤールの録音はパッヘルベルのカノンでは断然古い方が良かったのだけど、1962年と76年の二回が存在する管弦楽組曲については、個人的には新しい方の録音を取ります。62年の方はフルートがマクサンス・ラリュー、オーボエにピエール・ピエルロ、トランペットにモーリス・アンドレという豪華な顔ぶれながら、G 線上のアリア(エアー)などで特に違いを感じるように、旧盤の方はヴァイオリンのパートが複数なのに対し、新盤は一挺でやっていて全体に静かな感じがします。それと録音の面でもやはり新しい方がいいのです。76年の新盤でフルートを吹いているのはアラン・マリオンだけど、ラリューと比べてどちらが勝るということもなく、良い演奏だと思います。



   marrinerovertures

      Bach Orchestral Suites (Overtures) BWV 1066-1069
      Neville Marriner    Academy of St. Martin-in-the-Field


バッハ / 管弦楽組曲(序曲)BWV 1066-1069
ネヴィル・マリナー / アカデミー室内管弦楽団

 パイヤールと並んでモダン楽器の美しい演奏としてマリナー盤も挙げます。こちらの方がレガートの続く感じは少なく、テンポも若干速めで、モダン楽器によるものの中では軽やかに感じます。過剰にならないながら抑揚もしっかりとついて、古楽器演奏とは違った滑らかさが味わえます。このマリナーについてもパイヤール同様、1978年と84年の二種類の録音が手に入り、内容的にも時代の要請からかパイヤールと並行しており、古い方が各パート複数台のストリングス、新しい方がヴァイオリン一挺という構成です。でもこの人についてはパイヤール盤とは反対に古い方の録音を取ります。84年盤は EMI 録音でワーナー・レーベルで出ているけれども、ややフレッシュな感じが減っていように感じる点、それと78年盤の方がフィリップスの録音で弦のバランスがいいという点も理由です。古楽器演奏が流行る前にバロック音楽についての新しい解釈を広めた音楽学者であるサーストン・ダートもチェンバロで加わっています。



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