ホルスト / 組曲「惑星」
 
    ク ラシックの入門曲 3   

planets.jpg

 マーラーの「アダージェット」を出すならブルックナーの名曲「ロマンティック」も挙げるべきかもしれないと思い、ア ナログ時代だけど音の良いベーム盤も完璧だし、録音も演奏も最高のチェリビダッケの EMI 盤も孤高だなと悩んでいたのですが、「アダージェット」ほど一つの楽章にきれいな歌が集中しているわけでもなく、オクターブで攻めて来られる終楽章などは 金管男子向きの誇大さに聞こえたりもするのでとりあえず保留にしました。それで次の世代のグスターヴさんとなったわけです。イギリスの近代を代表する作曲 家、グスターヴ・ホルストです。お顔まで少しだけマーラー似な感じながら、ユダヤ系オーストリア人のマーラーに対してスウェーデン系の人です。1874年 生まれということで、マーラーより十四歳年下、ラヴェルより一つ年長さんで、シェーンベルクと八日違いの同い年です。トロンボーンを吹いていて合唱指揮も していました。

 そしてご本人は他の作品 も聞いて ほしいと不本意がっていたにもかかわらず、曲として有名なのは「惑星」一曲のみ。それがイギリス近代管弦楽曲の中では最も知られた作品となっています。華 やかで起伏に富んだオーケストラ曲で、親しみやすい有名なメロディもあって映画音楽のようであり、大編成オーケストラものとしては胃もたれしない素晴らし い曲集です。「通俗曲」だなどと言って軽んじる方もおられるとかで、ならどんなのなら高貴なる名曲なのですかと聞いてみたい気もしますが、なんとなく答え が聞こえてきそうなのでやめておきます。音楽史的に意義のある作品よりも、多くの人に親しまれていることがその価値を不動のものにしていると言っていいの ではないでしょうか。クラシックを聞くならここから入ってもよいかという名曲だと思います。着想としてはスペイン旅行中に同行した友人から占星術の話を聞 いて作曲に至ったもので、各惑星の天文学的な特徴ではなく、占星術的な性格を表現しています。火星は「戦いをもたらす者」というサブタイトルを持っている という具合にです。

 火星と言えば昨今は移住 のために大気を作り出すことが話題になったりして、それなら今の地球の大気を何とかすればいいのにというおかしなことになっていますが、前の文明ではすで に人が住んでおり、戦争のために滅亡して久しいというお話もあります。それで戦いは火星生まれの人の性格にもなっているのかもしれません。「惑星」の第一 曲、「火星」は、ベルリオーズの幻想交響曲の最後の楽章で有名な、弓の背で弦を叩くコル・レーニョ奏法の面白い音で始まる楽章です。そしてこれもチャイコ フス キーの悲愴の第二楽章で有名な五拍子で勇ましく攻めて行きます。第一次世界大戦開戦の前後に完成された曲なので、あの戦争がイメージされているのでしょう か。あるいは占い的な予見だったのかもしれません。

 次の「金星」はヴィーナ スです。愛と美の女神なので占星術では恋愛に関連づけて言われたりもするものの、曲では「平和をもたらす者」となっています。全曲の中でも静かで大変美し い部分です。

 美しいと言えば最後のネ プチューン、「海王星」も見事です。女性合唱が加わる部分で、それがために演奏会ではこの曲集自体がなかなか取り上げられないことになるのですが、「神秘 主義者」のタイトル通り、最後は静かに消えて行くような終わり方です。まるで動力の切れた宇宙船が慣性が付いたまま宇宙の彼方へと離れて行くみたいな音で す。遠ざかる窓には飛行士の凍り付いた顔、ということもないでしょうが。

 複雑さと壮大なところを 合わせ持っていて作曲者自身も気に入っていた「土星」は評価が高いです。

 そして何よりこの曲で有 名なのは「木星」の第4主題です。誰しもが聞いたことのあるメロディーは本国イギリスでは英国国教会の賛美歌にもなって愛国的な曲となり(サクステッドと 呼ばれます)、11月のリメンブランス・デー(第一次大戦の戦没者追悼式典)ではエルガーの「ニムロッド」と同様によく演奏されます。この旋律というか和 声の進行に含まれる独特の感覚は何でしょうか。伏線となる内声部が対比の動きで上下するのと合わさって、幾分陰りのある音が一瞬響きます。少しだけ悲哀の 混じった偉大さのような感じ。悲願ともとれる音遣いでもあるし、式典の意図に合わせて言うなら、人々のために自らを犠牲にした英雄の気高い美しさ、人間の はかなさを惜しみ讃えるような波長なのです。これはイギリス人が特に好む「高貴なる音」であるような気もします。ニムロッドにもそういうところがありまし た。そしてこのジュピターの名旋律は、遠く日本でも土曜映画劇場のテーマ曲として使われたり、ポップスで替え歌になったりと広く親しまれてきたようです。



   steinbergplanets.jpg
      Holst   The Planets op.32
      William Steinberg   Boston Symphony Orchestra ♥♥

ホ ルスト / 組曲「惑星」op.32
ウィリアム・スタインバーグ / ボストン交響楽団 ♥♥
 気に入った演奏から行く ことにしますが、惑星でいいなと思ったものは二つあり、まず第一にこのスタインバーグ盤です。ウィリアム・スタインバーグについ てはあまり聞いていない方も多いのではないかと思います。1899年生まれのユダヤ系ドイツ人でナチから逃れて亡命し、主にアメリカで活躍しました。 1978年に亡くなっています。在任の長かったピッツバーグ交響楽団の人という印象の方が強いかもしれませんが、このボストン交響楽団でも1969年から 72年まで音楽監督でした。小澤征爾の前です。

 大変表現のくっきりとし た歯切れの良い演奏で、火星などは速めのテンポを取ります。しかし流れてしまうというのとは反対に、どこをとっても生きいきとし た表情に満ち、歌の抑揚を持ちながらも自然な息遣いです。ヤンソンスの演奏と形は違っても同じようにどこか楽しそうでもあります。オーケストラも幸せだっ たのでしょ うか。細部まで配慮されてよくコントロールが行き届き、各パートが明晰に聞こえていて、フレッシュでヴィヴィッドと言いましょうか。他にない味わい深いも のです。金星などの静かなパートもやはり明晰でありながら、しっとりとして大変よく歌わせており、爽やかで繊細さの感じられる美しいものです。例の木星も 遅く はなくバランスがとれた歌い方で、くっきりと景色が見えるような透明感があります。後半の盛り上げも力強くていいです。どの瞬間をとってもそのパートに最 適な表現をしているように聞こえ、スタインバーグってびっくり。これだけあればもう後は要らないというほどの出来です。

 唯一ちょっとだけ考慮す べき点があるとするなら、録音が最新ではないことでしょうか。1970年のドイツ・グラモフォンです。DG はこの時代時々、歪んだり濁ったりはないクリアな音ではあるものの中高域がきついバランスになっているものがあり、この惑星もそうです。ずいぶん前に 国内で版権を買って出されていた廉価版を購入して波形編集ソフトウェアで音を調整しましたが、二度にわたってかなり大胆に、主に3KHz〜5、 6KHz あたりの耳につく帯域を抑える必要がありました。トラックごと(楽器単位)にいじれない我々ユーザー側でも十分に成果を得られる範囲であったた め結果的には新しいものと比べても全く見劣りしない良い音を得られたのですが、誰にでも勧められる方法ではないとも思います。カップリングはジョルジ・リ ゲティ作曲のルクス・エテルナで、これは2001年宇宙の旅で使われた混声合唱曲であり、惑星の最後に付けられていて良い組み合わせでした。不気味な神秘 さがありますが、この曲を冥王星だと考えてもいいぐらいです。今も廉価リマスター盤のガレリア・シリーズで手に入ります。

 しかしそれが最近 R・シュトラウスの「ツァラトゥストラかく語りき」と組み替えになって再販され、もう一度リマスター作業されたようです(写真はそちらを載せました)。そ れにも二つほどあるようで、一つは OIBP の本国リマスター盤(ジャケット写真が斜めに傾いているもの)、そして最新のハイビット/ハイサンプリングをうたったものです。バランスの問題なのでハイ ビットとかは全く関係がありませんが、その OIBP でない方も新たに調整をかけているだろうことは想像できます。これらについてはわざわざ買い直してはいないのでまた聞く機会があったらご報告しますが、ど のぐらい耳に優しくなっているかは確認していません。今までの経験から二つともそれぞれに違ったバランスの音になっていると想像できますので、レコード会 社が自ら大胆にいじることは期待できないにせよ、それぞれ上手く行っているならよいなと思います。そうなると、他の演奏を買わなくてもこれ一本で行けてし まうかもしれません。バランス・エンジニアはギュンター・ヘルマンス、録音編集エンジニアがヨハヒム・ニス、録音プロデューサー/スーパーバイザーがライ ナー・ブロック、エグゼクティヴ・プロデューサーとしてカール・ファウストとトム・モウリーの名が挙がっています。別のを聞いても何度もここへ戻って来る 種類の名演奏です。




   dutoitplanets.jpg
      Holst   The Planets op.32
      Charles Dutoit   Montreal Symphony Orchestra ♥♥

ホ ルスト / 組曲「惑星」op.32
シャルル・デュトワ / モントリオール管弦楽団 ♥♥
 もう一つ、大変気に入っ た演奏を挙げます。デュトワ盤です。通常決定盤という言い方はしないのですが、気分的にはスタインバーグ盤と並んでそんな感じも あり、それなら言い直してワンノブザベストと思ってる名盤、ぐらいにしましょうか。理由ですが、この人の演奏は常にそういう位置にあるわけですが、最も美 しい こと。他の条件が揃っていて美しいことが悪かろうはずがありません。それでいて迫力満点でもあります。オーケストラ曲における迫力とは何か、などと哲学す れば難しくなりますので普通に、感情的にも音響的にも十二分な力強さを感じさせるとしておこうと思いますが、この人にしては案外けれんみたっぷりに強調す るところすらあり、ちょっと驚きなぐらいです。このページではよくデュトワを褒めていますから、またかと思われるかもしれません。でも「惑星」は多面的に 見 てやはり傑作じゃないでしょうか。

 テンポはスタインバーグ と違ってゆったりめに設定されているところが多いです。歌の繊細な抑揚がこの人の持ち味です。それが激しい楽章である火星ではた だきれいというのではなく、力と切れが十分にあります。出だしのコルレーニョからわりとはっきり聞こえる部類の録音ではあるものの、抑えたところから滑ら かに大きくクレッシェンドして行く効果が迫力を生んでいるのです。これを聞いてデュトワは女性的で弱々しいと言う人があったら、それは本当は聞いてない人 なんじゃないでしょうか。細部のディナーミクにこだわったデリケートな味わいの演奏というものは一般受けしないのかもしれませんが。もっとガチャーンとや ら ないと駄目ですよ、デュトワさんということなのでしょう。
 静かな金星は本領発揮 で、ゆったり滑らかに進めて一つひとつの動機がくっきりとしており、微細なクレッシェンドもあります。抑えていながら細やかに歌 い、音の中に溶けて漂う心地良さのある最も美しい金星と言えるでしょう。どういうのでしょうか、この指揮者の一番の特徴は蒸留されてエグみのない、純粋無 垢なクリスタルというのか、洗ったコーヒー豆のように雑味のないピュアなテイストにあります。そういう貴族的な繊細さで追求する音の理想は、以前奥 さんだったアルゲリッチの大胆で一触即発的な切れ味の良いアプローチとは面白いぐらいに感性が真逆のように感じられます。ここではまた木管と弦の響きが大 変きれいで、楽器の音の美しさも堪能できます。
 そしてお待ちかねの木星 はというと、生きいきと活気を持って始まり、歯切れも十分。例のサクステッドの歌の部分では滑らかに雄弁によく歌います。細やかな表情と音のつなげ渡しの 見事さに感情が乗ってきます。
 土星も火星の力強さと並 んで壮大です。

 デッカの1986年の教 会での録音は大変満足できます。特定帯域に残響分がありますが、全く潰れないし各楽器もマスクされずにほどよく分解されているき れいな音で、3、40ヘルツ台の重低音も出ます。オルガンの入ってる曲なので、家が揺れます。最新の録音でも良いとは限りませんから、これは音の 面でもベストとしていいと思います。

 

   boulttheplanets.jpg
      Holst   The Planets op.32
      Adrian Boult   London  Philharmonic Orchestra

ホ ルスト / 組曲「惑星」op.32
エイドリアン・ボールト / ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
 次は時間的順序と伝統的 意義も考慮してボールト盤です。録音時期は1978年ですが、この指揮者は「惑星」の初演者という意味で皆が注目します。その中 でも一番最後の録音。そういう話が特別ありがたいわけではないのであれば、聞いて感じるのは昔のドイツ・ロマン派的演奏だという点でしょう。途中から突進 して行くようなテンポの揺れこそないもののフルトヴェングラーだとか、もう少し後のフリッチャイなどで聞かれるテイストで、独特の重いリズムで敢えて歯切 れ良くしないところがあり、テンポ自体も大変遅い部分があります。しかしそのじっくり進めて行ってデモーニッシュな感情の昂まりを聞かせるような大きな表 現を「人間味がある」と言う方もおられるようで、そういう好みであれば他にはないということになります。本人はイギリス人ですが、これは習ったのが往年の 名指揮者、アルトゥール・ニキシュだということと関係があるでしょうか。物語的で壮大です。

 CD はオリジナル・ジャケットのものと、それが LP 盤の上で小さくなったリマスター盤とがありますが、両者の違いは必ずしもよくは分からず、リマスターの方が断然良いとも言えない気がしました。両方リマス ター盤なのでしょうか。年度はスタインバーグより後ながら EMI であり、残念ながら最新録音のようには行かないと思います。それでもこの指揮者のものとしては比較的良好な状態で残されていて良かったと思います。決して 悪い音ではありません。「惑星」としては絶対外せない録音だと言えます。



   handleytheplanets.jpg
      Holst   The Planets op.32
      Vernon Handley   Royal Philharmonic Orchestra

ホ ルスト / 組曲「惑星」op.32
ヴァーノン・ハンドリー / ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
 隠れた名演の声があるも のです。エイドリアン・ボールトのアシスタントだった1930年生まれのイギリスの指揮者、ハンドリーはあまり有名ではないかも しれませんが、この「惑星」は評価が高いのです。ボールトのようにドイツ・ロマン派的ではないものの、表情はしっかりと丁寧についていてイギリス人にして はこってりとした味わいがあり、押さえるべきところは全て押さえた完全無欠な演奏です。そのテイストについては各自感じるところがあると思いますが、レ コード評なんてどこまで行っても好みの問題なので断じる人があったにせよ反論とか炎上とかは本来おかしなことだと思います。トータルでは繊細さよりはダイ ナミズムを味わう方に寄った演奏だと言えるでしょうか。 
 
 火星はスケールが大き く、やや大仰に感じさせるところもあるほどしっかりした表情があり、力があって明晰です。
 金星はゆったりしたテン ポでスラーをかけ、豊かな抑揚をつけて行くところに多少重さと湿り気があるかという気もします。これが好きな方にはこたえられ ない魅力でしょう。見事な統率です。各楽器もよく歌わせています。曲の中に没入して聞きたい人にとってはベストではないでしょうか。ボールトが好 みの方はぜひ聞いていただきたい力演です。
 木星には細かな表情があ り、テンポは中庸だけど大変活気を感じます。意識のボルテージの高いしっかりとした演奏です。サクステッドの歌の部分も理想的な 運びでしょう。遅くはない適切なテンポで、ところどころにわずかに緩めるような細やかな表情があり、感情的にも盛り上がります。万人に勧められる模範的な 解釈だと思います。 

 イギリスのアルト・レー ベル1993年の録音もそこそこ新しくてフォルテは若干賑やかだけど静かなところはきれいな音で楽しめます。



   karajantheplanets.jpg
      Holst   The Planets op.32
      Herbert von Karajan   Berliner Philharmoniker

ホ ルスト / 組曲「惑星」op.32
ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 ボールトに続いて歴史的 意義もあるという意味でもう一枚。カラヤンです。なぜかというと、ホルストの「惑星」という曲の人気に火を点けたのはどうもカラヤンらしいからなのです。 功績です。そして今でも大変人気があります。

 カラヤン美学が最大限に 発揮された演奏だと思います。といっても初期のスピーディーで颯爽としたサンセリフなラインではなく、もう一つの、磨かれた豊満 な方のカラヤンです。火星であってもリズムのメリハリを強調せず、連続して流れる線を表に出して行くもので、そのスムーズさの中に盛り上がって来る力を感 じます。歯切れの良い迫力を追求するのとは違う方向性のダイナミズムが重視されているのです。全体にとにかくきれいな演奏という印象ですが、そう言う とデュトワと同じになってしまうでしょうか。実は全然違うのであり、繊細に動く表情のやわらかさよりも、滑らかにつなげてもっと密度と重さを伴わせた甘い ヘヴィ・クリームのようなきれいさです。金星ではそのレガートが自分にはやや重たく感じました。感情を乗せるのではなく、むしろ抑えて磨かれた美なので あって、文句の付けられないコントロールによってそうなっています。悪く言うつもりはなく、すごいなと思います。
 木星は案外速めの生きい きしたテンポで始まりますが、サクステッドの歌はやはりレガートでやや重く、遅くないものの多少無機質にも感じました。これは 80年代の彼の他のベルリン・フィルとの演奏の波長を知っていることから来る先入観でしょうか。そっけないとまでは言わないにせよ、すごく生気を感じさせ るものでもない感じで、完璧な形を追求した結果動きが減ったせいだと言えば良いでしょうか。好みの問題だと思います。
 
 1981年ドイツ・グラ モフォンの録音は低音も出ますが、最新録音と比べるとやや響きのもやっとしたところと、多少無彩色っぽく感じさせる傾向があるよ うにも感じます。生っぽくそれぞれの楽器の違いが出るのではなく、全体に同じ色を持っているような印象があるという意味です。DG 初期のデジタルだから仕方が ないでしょう。したがって演奏評でやや無機質と言ったことと、この音とは多少関係があるかもしれません。 

 一方で、ここでは写真は 掲載しませんでしたがウィーン・フィルとの演奏の方を高く評価する方もおられるようです。と いっても晩年のものではなく、 1961年のまだ若々しさが残っていた時分のものです(曲を有名にしたというのは録音としてはそちらになります)。確かに無機質さと呼んだ傾向は感じ難い し、力もあって良いと思いますが、あくまでも個人的な感想では後のベルリン・フィルでの解釈と大きく異なるものでもないような気がしました。恐らく彼がこ の曲に狙う表現にはぶれがないのでしょう。そこでも颯爽というよりはややゆったりで、やはりリズムではなく流れを重視した流体力学的なあり方です。 フレッシュではなく豊満です。レガートで音が切れないところに重さを感じさせるのも同じであり、塗り重ねた油絵の重厚さがあります。
 金星も滑らかで磨かれた ものであり、生気とセンシティヴィティよりも見事に整形した美を感じさせます。木星の歌は遅いテンポで重く歌い上げるこってりした味わいです。惑星でさ らっとスピーディに流したのでは面白くないので、これが正解なのかもしれません。
 素晴らしいと言われる デッカの録音は時期からしてやはりやや古いところはあり、フォルテでの分解が最高ではなく、低音はよく出ますが多少こもる傾向もあ ります。SACD とかハイビット変換、高級材質プレスとかの話ではなく、バランスの問題としてグラモフォン盤より良いと言えるのでしょうか。残響はあまりない方です。時期 を考えれば大変優秀な録音は間違いないと思いうのですが。

 

                    ★ ☆ ★ ☆ ★ ★ ☆ ★ ☆ ★ ★ ☆ ★ ☆ ★ ★ ☆ ★


 ここでいったんお休みにして、主だった惑星の演奏でよく言及されるものについて、ジャケット写真は掲げずに一言ずつ駆け足で見て行こうかと思います。一 言でという扱い自体が演奏者には大変失礼かもしれませんが、覚え書きのようなものです。


 イギリスものということ で、好きでよくこのページでも取り上げているネヴィル・マリナー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管盤 も聞きました。1978年の フィリップス録音です。曲として賑やかな火星でもやや抑え気味で品が良く、結果的に強い音とのコントラストが効いています。金星などの静かなところはやさ しい繊細な歌で進めます。木星はオーソドックスな表現で、テンポも抑揚も中庸でバランスのとれた爽やかな歌い方に感じます。すごく熱く盛り上げると いうわけではないですが、やはり安心して聞ける好みのものでした。録音は多少奥まって聞こえるところもあるかもしれませんが、このレーベルらしくしっとり とした自然な音です。
 フィリップスらしい録音 ということであれば1970年のハイティンク/ロンドン・フィルも良いと思います。この人の 盤もよく褒めているのですが、例の木 星のサクステッドでは案外どっしりとした安全運転な足取りで行きながら、途中でスローダウンする意欲的な表現を見せています。

 米国籍のユダヤ系ながら イギリスの楽団の音楽監督にもなってイギリスものもよく取り上げたアンドレ・プレヴィン/ロンドン交響楽団も 外せません。この人 も特別変わったことはしませんが、端正でときに驚くほどの細やかな動きを指示し、確かな目と感性を感じさせる人です。彼の惑星は本国イギリスでも高く評価 されているようです。やはりよくバランスの取れた演奏だと言えるでしょう。火星のコルレーニョははっきり聞こえ、やや軽快なテンポながら最初は抑えて滑ら かに、途中から力を込めて行きます。過度にメリハリを付けるわけではなく、楽曲としてあるべき姿という印象です。それでも大きなクレッシェンドでつなげた りしてやや重量感はあり、頂点ではかなり迫力が出ます。一方、金星では凝った歌わせ方はせず、素直に進めます。木星のサクステッドも中庸で、素直でありの ままの歌という感じです。1973年の EMI 録音は十分に水準であり、潰れることは全くなくて満足できるながら特に色彩感があって細かい音を拾っているという方向ではないかもしれません。
 プレヴィンは後にロイヤル・フィルとも再録音を果たしています。解釈としては基本はロンドン響とさほど違わないでしょ う。リズムはよりはっきりしなが ら歌の部分はスラーという感じです。金星はストレートで素直なのは同じながらもう少し抑えた冷静な美を見せ、木星中間部の歌も同じく中庸な表現です。 1986年のテルデックの音は新しい分だけこちらの方が良く、厚みがあって低音寄りなので場合によってはややもやっとしますが、破綻は少なくてきれいで す。 

 その後英国ではマイク・バット/ロイヤル・フィル盤(ギルド1993)が出て、演奏はなかなか派手で振り幅が大きいな がら、映画音楽のように分かりやすくて親しみの持てる録音でした。
 2000年代に入るとコリン・デイヴィス/ロンドン交響楽団盤が出ました。火星などのきびきびとした力強い部分とゆったりし た歌の部分の振り幅がありつ つ、バランスが取れた人気の演奏です。金星は全体に遅めでこの人らしくベースはややさっぱりした歌わせ方ながら、所々に大胆な強調とたっぷりした抑揚が付 きます。木星のサクステッドでは旋律部分の音を切らずに続ける割と平坦なスタイルで行き、やはり途中途中で部分的に拍に力を込める重厚なものとなっていま す。LSO ライヴ2002年の録音は鮮明です。

 ウラディーミル・ユロフスキ/ロンドン・フィル (LPO2009) は全体に快速のテンポで通し、火星では引き締まった筋肉質の、きびきび動く迫力ある戦争 になっています。爆発的な力強さも聞かれ、劇的でものものしいラストの演出も十分です。金星もすっきり速めで抑揚はしっかりとついており、静かなところで は遅くしてよく歌わせています。速くてきりっとしているというだけでなく、細部まで表情をコントロールされた感度の高い演奏だと思います。録音も明晰でこ れは大変良いです。歯切れの良さを追求する場合のベストでしょうか。ゲオルク・ショルティ/ロンドン・フィ ル(デッカ1978)などの方向がお好きだった 方にも好評を博するのではないかと想像します。ショルティはシカゴ響とではありませんが、やはり切れの良い胸のすくようなところがあり、金星などの静かな 部分の旋律の歌わせ方において曲線的ではない印象ながら、全体のまとまりも録音も大変良い魅力的なものです。サクステットもすっきり歌って力強さも感じさ せ、気持ちの良いものでした。
 
 イギリスのものではない ですが、高い技術があり、ときにドライでダイナミックな音を聞かせることがあるとして一部で熱い人気のそのシカゴ響としては、ショ ルティと同じユダヤ系の指揮者、ジェイムズ・レヴァイン/シカゴ交響楽団盤があります。「惑 星」の CD としてこれも常に話題に上る人気盤となっています。ときにオーソドックス、ときに劇的という印象はあるものの、個人的にはあまり多く聞き込んではいないの で 申し訳ないながらこれといってはっきりした特徴を掴み切れていない人です。したがって評価的なことは何も言わない方がいいと思うのですが、火星ではリズム を歯切れ良くはっきりさせる方向ではないけれどもスケールが大きく、金星はゆったり滑らかながらむしろ大きな表情をつけず、割と冷静さを保っているかに聞 こえます。木星では朗々と歌います。どういう風ということは分からないものの、後述のメータより表情は大きく、迫力もある気がします。表現の幅が大きい 人なのでしょう。ドイツ・グラモフォン1989年の録音はデジタルとしては最近のものと比べても平均的な水準で、この楽団としてはうれしいことに細部が はっきりと聞こえていて良いと思います。残響と色彩感があるという方向ではなく、弦の音が、楽団のせいかホールのせいか録音のせいかは分かりませんが、や や 寒色系のさらっとした音色に響きます。これがシカゴらしいということなのでしょうか。

 もう一つ「惑星」で人気 なのはズービン・メータ/ロスアンジェルス・フィルでしょう。ただ、この指揮者に関しても正 直なところレヴァイン以上に私自身が 把握できておらず、やはり多くを語るのは控えておくべきかと思います。火星は軽い入りでオーソドックスな進行です。金星では真っ直ぐな抑揚で、木星になる と力の入った歌の表現に転じ、ややどっしりで重みを感じます。デッカ1971年の録音はレヴァイン盤よりはあるかもしれませんが残響が多い方ではなく、色 としてはニュートラルをキープしていると思います。
 メータも後にニューヨーク・フィルハーモニーと再録音を果たしています。火星の出だしのコルレーニョは強調せず滑ら かに入り、格別歯切れの良さを狙った ものではないようです。金星では遅めのテンポを取り、LA のときと同じく真っ直ぐな表現です。木星は一歩ずつ着実に進める感じだと思います。録音は1989年のテルデックで、これも水準に達していて旧盤と比べて どちらが良いとかは言えない気がします。



   rattletheplanet.jpg
      Holst   The Planets op.32
      Simon Rattle   Berliner Philharmoniker

ホ ルスト / 組曲「惑星」op.32
サイモン・ラトル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 国際的に活躍するラトル も一応イギリス人です。この人についてはバーミンガム・シティ・オーケストラでのラヴェルなどの一連の録音があまり素晴らしかっ たので期待してしまうのですが、最初に聞いた「惑星」の話は後でするとして、新しい録音も出ていて素通りできません。といっても最新のロンドン交響楽団と のものではなく、ベルリン・フィル時代のものです。

 本人もメイキング映像で 語っているように、世界最高の楽団で再チャレンジする意義は分かる気がします。オーケストラの演奏としてはどこにも文句の付けよ うがないと思います。というか、アンサンブルが乱れるところがあるという人もいるけれども私には分からないのです。分からないなりの素人目にもすごく上手 な感じは伝わります。細かなところまでコントロールが効いているようで、粗探しならしない方がいいと思うし、プロなら舌を巻くんじゃないかと勝手に想像し てしまいます。

 表現解釈としても、自然で変わったことはしてないように見えて細かいところまで配慮されている様はさすがは巧者ラトルという感じです。そういう演奏であ るからこそどこがどうということは言い難いですが、全体には遅めのテンポをとって抑えた均整美を感じさせるものと言うことができるでしょうか。火星がすご くけばけばしいということはありません。しかしモールス信号の SOS のように聞こえる正確なリズムに乗って整然と攻めて来るところは圧倒的な低音と合わさって底知れない迫力があります。それが金星では大変やわらかくなり、 起伏はあまり付けないで終始ゆっくり抑えて行く美の追求となります。木星もゆったり丁寧に歌う演奏で、感動を巻き起こそうというのとはちょっと違うような おっとり感があります。生で聞いたら大変感動的であろうとは思いますが。


 おっとり聞こえることの 一端として、録音の性質もあるかもしれません。悪いと言っているわけでは決してないことを最初にお断りしておきますが、2006 年 EMI の音はデュトワ盤同様に30ヘルツ台の超低音も地響きのようによく出ているハイファイらしいもので、新しい分だけデュトワより有利な面もないではないので す。ただ、トータルでは悪くないとしても両手を挙げて賛成とまでは行かないところがあるのも事実です。このレーベルは70年代から90年代のデジタルにか けて、大変良いものがある一方、どれがとは言わないもののスポット的に疑問符が付く録音もありました。奥歯にものが挟まったような言い方になってしまいま したが、 この新しい録音はいかにも最近のデジタルらしい音の特徴は持ったまま、その一つのあり方としてハイエンドがもう一息繊細さに欠け、シャープには出てないと ころが感じられます。潰れはなく分解もしていますが、鮮やかには聞こえない種類なのです。悪く言ってしまえば若干オフで無彩色気味、反響成分が上から覆い かぶさって来るとでも言うのか、閉じようとする水の天井を常にかき分けて息継ぎをしている気分になってきます。この感触は、実際そんなことはないはずなが ら、ノイズフロアを読ませておいてリダクションのスライダーをかけ過ぎたときに若干似ています。自分で修正するなら中〜高域の特定帯域に少しだけリヴァー ブを付加して持ち上げると上手く行きそうです。CD としての録音レベルは大変低いです。また、三日間にわたるコンサートの良い部分をつないでいるのが何箇所か聞き取れるところもあります。まるで昔のセッ ション録音のような話ですが、クロスフェードをもう少し長くかければ分からなくできるはずなのに不思議です。色々細かく言いましたが、楽しめる方もおられ るようで、それが一番でしょう。また、こういう音のバランスというのは EMI のスタジオが88年以降ずっと採用している B&W 社のモニター・スピーカーのようなもの、特に最近のモデルのようにはっきりした音の機器で聞けば案外適切なのかもしれません。

 もう一つ。この CD は二枚組であり、まず一枚目の「惑星」の入っている方のお尻にはコリン・マシューズ(1946-)の「冥王星」が加えられています。出たり入ったりして忙 しいながら、ホルストの頃にはなくてこの CD が出た年まではあった惑星です。そして二枚目には四人の現代作曲家による宇宙をテーマにした曲が収録されています。現代ものにも熱心なラトルらしい企画で すが、この CD、案外このおまけを期待して聞かれているのでしょうか。
 そちら方面に明るくない のでコメントは避けますが、最後のコマロフの墜落はちょっとシュールです。奥さんも子供もあったソ連の宇宙飛行士で、パラシュートが開 かない欠陥で燃え尽きてしまった人です。最初から分かってて宇宙に捨てられたライカ犬よりましだとは思います。人間を信頼したままベルトで座席に縛り付け られてこちらを見る目が不憫でした。でも飛行士は名誉のために志願したとしても、家族はやっぱり悲しんだことでしょう。曲の中でヒュー、カポンとなる音の 描写はちょっと残念な気もします。作曲者なりに追悼の意を表したかったのかもしれませんが。 
 四曲は全て、自分も含め て一般の人からはディソナント、不協和音として違いが分かり難いだろう音で作られており、昔学校で作曲して来いという課題が出た ときの記憶が泡のように浮かんで来ました。他の子たちがきれいな曲を作ってるときに子供の背伸びで不協和音にいくらかのハーモニアスな音を混ぜて作って (一応全て耳で聞いて選んだのですが)どうだと言わんばかりに楽譜を提出すると、先生はいきなりピアノに座って、速度記号を付けない方が悪いのですが、初 見で想定速度の三倍ぐらいでバリバリと弾き切ってしまい、無言で首を後ろに反らして見下ろすような視線をこちらに投げて来られたのでした。

 ラトルの初の惑星録音は 同じく EMI ながらキングスウェイ・ホール収録の1980年盤でしょうか。フィルハーモニア管と のものです。前述の通り期待して買いました。そして今でも新盤より高く 評価する声も多いようです。それともサイトに寄稿している意見とかは主にイギリスの方でしょうか。火星は全体の音の流れの上で強弱によく注意を払ってお り、金星はゆったりしたテンポを取り、しっとりとしたやわらかさで静けさを出していて表現としては新盤と似た感じ。木星の入りは案外あっさり流しますが、 中程からよく表情が付き、やはりラトルらしい上手な印象でした。演奏としては良かったのですが、これも音の点で自分の好みではなく、個人的にはスタイン バーグの輝きを凌駕する盤ではなかった覚えがあります。低音は出ますが全体に薄い響きに聞こえ、幾分箱鳴り気味の中音のこもりが気になったのです。強いと ころでは多少弦がヒステリックにも聞こえ、色彩感も最高とは言えない気がしました。こういう聞き方というのはあまり幸せなものではないですね。音楽を楽し むべきでしょう。楽しい曲なのですから。



INDEX