デジタル・リマスターと高品質プラスチックのCD

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 しばらく前からデジタル・リマスターという手法で音を改善したCDが出回るようになりました。最近はちょっと一段落しましたが、レーベルに限らず世界的傾向だったようで、対象となる録音はアナログ時代のみならず、デジタルに変わってからかなり経った90年代のものにまで及んでいます。このように元の録音から意図的に音を変える作業には賛否両論あります。最も強く反対する立場の人は演奏者への冒涜であるかのごとく、いかなる変更も許せないというオリジナル主義を標榜します。しかしそもそもが最初の録音から技師が耳で調節しながらマイクのセッティングを行っているのですから、技術の進歩にともなって後から微調整をかけるぐらいは構わないのではないでしょうか。モノラル時代のバランスの悪い録音やノイズが乗ったものをきれいにすれば聞きやすいですし、ステレオ初期のうすっぺらい高域の響き調整してあると自然に聞こえます。ただ、60年代も半ば以降のそこそこ良いバランスの録音でもリマスター盤を出してくる風潮あり、それについては是非を確かめてみたいと思っていました。どうやらオリジナルが良い場合と、リマスター盤が良い場合が入り乱れているようなのです。


デジタル・リマスター盤の音質(グラモフォン OIBP)           

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       Original CD

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       Digitally Remastered CD (Original-Image Bit-Processing)

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       Original CD

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       Karajan Gold (Original-Image Bit-Processing)

 リマスターの方式名は各社それぞれですが、ドイツ・グラモフォンは OIBP(オリジナル・イメージ・ビット・プロ セッシング)という名前をつけています。カルロス・クライバーが ウィーン・フィルを指揮して74年に録音した ベートーヴェンの「運命」のアナログ音源についてこの方式を検討してみましょう。OIBP の功罪は様々言われるので気になっていたのですが、なかなか両方 を手に入れるところまでは行きませんでした。しかし今回は購入してみました。最初期の運命だけが入った盤と、7番とカップリングになった OIBP のドイツ輸入盤です。(二曲が入ったもので OIBP 化されていなかった中間時期もあったようですが、今回はそれではありません。また、OIBP の方は日本の高品質プラスチック仕様である SHM-CD ではなく、SACD マルチ・レイヤー盤でもありません。)

 聞くところによると OIBP マ ルチ・マイクのセッティング位置の情報がグラモフォンに残っており、マルチトラックのマスター・テープを再度ミックス・ダウンする際にその位置情報をもと に位相を合わせる処理をしているのだということです。救急車が通り過ぎるときにサイレンの音が低くなることでも分かるよ うに、音という ものは案外速度が遅く、複数あるマイクの位置が数メートル違えば楽器の音が各マイクに到達する時間も異なり、それをそのまま一つに合わせてしまったのでは 干渉によって楽器位置が曖昧になってしまいます。仮に10メートルずれているとすれば、0.03 秒ぐらいでしょうか。グラモフォンではそれを再度時間差を正確に設けてからミックス・ダウンしているという噂があります。私は位相をずらすソフトウェアを持っていませんが、これは本当でしょうか?
 OIBP の 方が定位がいいということは、残念ながらわが家では確認できませんでした。高音用ユニットの周囲 に箱が存在していないようなスピーカ(専門的にはバッフル反射がないと言います)や低音ユニットとの位相管理が徹底されているようなシステムではまた違う ことがあるかもしれませんが、定位の問題とは別に高音のエネルギーを調整してあることの方が大きな問題に感じました。

   このクライバーの運命については OIBP 処理されたものの方が、明らかに高音が強調されて響きます。その結果5〜8 KHz あたりのどこかが少しつぶれて聞こえて艶消しになり、やわらかさが減って耳が痛い感じがしました。とくに5番の方が顕著です。

 その下のカラヤンのドヴォルザーク「新世界」も全く同じ傾向でした。カラヤン・ゴールドのシリーズは OIBP が 最初に出たときのものですが、やはりオリジナルよりも少し高域がきつく、クライバーの運命と似たような出方をしているように感じます。それとアルプス交響 曲などでも感じたのですが、ダイナミックレンジがかなり大きいですので、フォルテになると音量を下げに走ることもしばしばです。生のオーケストラはもっと レンジが広いですが、それ同じフォルテを出して心地よい再生音であることは難しいのではないでしょうか。高域が強調されていると特にそうです。



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       Original CD   

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       Digitally Remastered CD (Original-Image Bit-Processing)

 グラモフォンの名誉のために OIBP の方が良かった例もあげます。ベートーヴェンの交響曲第7番のベーム盤 72年のアナログ音源ですが、92年発売の廉価版「カール・ベー ム・エディション」の国内盤(原盤 は437 452-2)と、OIBP をうたっている98年の国内版(原盤は459 162-2)の比較です。前者はこの曲が最初にCD化されたときのものではありませんが、OIBP をうたってはいないので恐らく最初に デジタル化された音源と同じではないかと思います。音の違いは帯域バランスが大きく異なることはなく、漫然と聞いていると聞き逃しそうですが、よく聞くと違います。あまり高い弦の音が入っていない出だしなどでは、オリジナル(92年発売)の方がオフで丸い低音寄りの音かと思わせ、それに比べて OIBP の方が中域の上の方(1〜3KHzあたりか)が張り出して明るく聞こえます。しかし高い音が出る部分では明らかに OIBP の方が分解が良く、耳につきません。オリジナルの方は線が細く、中低域に埋もれた中に固い金属の芯があるような感じで、その部分で痛く感じます。OIBP の方が滑らかで自然な高音を出してくるので、断然そちらの方が良いと思います。



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       Original first CD 1984 West Germany

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       UHQCD 2019 Japan

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       Karajan Gold (Original-Image Bit-Processing) 1993 Japan

 これもリマスタード CD の方が良かった例です。カラヤン/ウィーン・フィルの「悲愴」ですが、1984年というデジタル初期の録音のため、元の音にきついところがあったのです (といっても上記の「新世界」では逆になりましたが)。5〜7KHz 近辺の問題ですが、最大音量の金管が突き刺さるように耳に痛いのが最初に出た西ドイツ盤です。それに対してオリジナル・ジャケットで出している方も表記さ れることなくいつ頃の発売時期からかリ マスター作業がされているようです。加えて日本盤は通常盤、SHM-CD、HQCD、UHQCD などとどんどん盤質を違えて出して来てます。この「悲愴」に関してはどれももっと思い切って音をいじっても良いと思えるぐらいの違いに過ぎませんが、それ でも材質の差だけではここまで変わらないのではないかと思います。

 その音質ですが、オリジナル盤は中高音にホーンの付帯音があるかのように明るく張り出して響き、それが前述の通りフォルテで耳の痛い原因になります。
 カラヤン・ゴールドの OIBP 盤はそのホーン鳴きのような癖が多少取れています。しかし相変わらず中域の張り出しはややあり、低音もよく響きます。そのためオリジナルと比べて耳の痛い 感じは大分やわらいでおり、低音のレベルが明らかに強いのかどうかは分からないながら、コントラバスのピツィカートも一番目立って聞こえます。バランスが 良いです。
 UHQCD 盤は低域がややバランス的に後退したかのように響き、弦がシルキーな艶をもって滑らかに聞こえます。耳に痛くなるよりも上の高域成分(8KHz以上)が はっきりしているかのように繊細さも出ていますが、オリジナル盤のようなホーン鳴き、もしくはゴールド盤のような中域の張り出し感が少なく、強いブラスの音 での耳の痛い感じが一番少なくなっているのでありがたいです。高域の特定の部分を抑えているようです。しかし結果的にやや音像が後退し、静かな部分でのふ くよかさが減って、滑らかだけど多少細身に感じられるバランスになっているとも言えます。耳にやさしく弦がきれいなのが UHQCD、自然な中域バランスで低音も豊かに聞こえるのが OIBP 盤といったところでしょうか。個人的には耳が痛くない分 UHQCD 盤が最も良く聞こえました。フォルテで絞るか音を大きくしないで聞くなら OIBP かもしれません。OIBP の中域バランスでフォルテの金管の金属音をもっと抑え、弦の高域は UHQCD並み、中低音をわずかに+2dB ほど上げるとベストな気がします。あるいは UHQCD で低域をややブーストする方がいいでしょうか。新しい通常盤と SHM-CD、HQCD については比較していません。



高品質プラスチック(ポリカーボネイト)CD(グラモフォンSHM−CD)とデジタル・リマスター盤OIBPの音質                              

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       Original CD

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       SHM-CD (high quality polycarbonate CD)

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       Digitally Remastered CD (Original-Image Bit-Processing)

 CD盤のプラスチックの材質を歪みの少ない、透過率の良いものにした高品質CDというものもあります。れについても試してみました。各社色々出ましたが、ドイツ・グラモフォンの日本盤仕様は SHM-CD というシリーズです。ラファエル・クーベリックがベルリン・フィルを指揮したドヴォルザークの「新世界」交響曲を、まず二種類用意してみました。オリジナル盤(国内盤)と SHM-CD 盤です。盤の材質はエラーの少ない高品質ポリカーボネイトとされています。しかし、これは通常盤の方がナチュラルな音でした。SHM-CD の方は上記の運命のときとよく似て高音域が強調されます。潰れる感じはないので分解能は高くなったと言えるのかもしれませんが、サ行が強調されてしまいます。

 これははたして材質の問題なのでしょうか。メーカーの説明ではデジタル・リマスター行程のことには触れておらず、 マスター音源が通常盤と同じなのか、本国ドイツでリマスターをかけた OIBP のものを使っているのか、あるいは日本で独自のリミックスをしたのかが分かりません(他の曲では OIBP SHM-CD とうたってあるCDもありますが、この盤は OIBP 盤のカバー・デザインになっていません)。OIBP なら販売側も版権の関係でそのように書くでしょうから、 この SHM-CD OIBP ではないのでしょうか。また、日本独自企画でわざわざリマスターをかけるということもあるのでしょうか。とりあえずここでは音源はオリジナルと同じだと仮定しておきます。なぜ OIBP 音源で SHM-CD 化しないのかがよくわからないところですが。

 そこで OIBP 盤も手に入れてみ ました。ドイツ盤の 447 412-2 で、1995年発売。初発よりは新しいですが、日本企画の SHM-CD よりは12年も前です。「存在感と輝きを加え、空間表現に優れる (Added presence and brilliance, greater spatial definition)」 と書かれています。
 音は、オリジナルよりも SHM-CD のバランスに近いです。ただ、SHM-CD の方が高域の輝きがわずかに強 く、エッジが幾分強調されるようです。ガラスのような輝きとまでは言わないものの、金属質に感じるところからその上あたりにかけてアクセントがあるのか、輪郭が若干硬めに感じるのです。OIBP と比べてハイ上がりというほどのバランスの違いはなく、ある帯域のみ強いので、じっくりと聞かないと分からないかもしれません。弦のテクスチャーとしては SHM-CD の方がわずかにきらっとするなら、OIBP はそれより少しさらっとするといったところでしょうか。音のバランスを単純にスケール化するわけには行きませんが、無理に並べるなら、オリジナルを1としSHM-CD を10として、OIBP は7か8ぐらいの位置関係です。数が多いほどくっきりとして、耳への負担が大きくなります。 この結果からして、SHM-CD SHM−CDの音源はやはり OIBP なのかもしれません。時期的にも そう考える方が自然でしょう。 だとすると、OIBP をうたわないのは、ドイツ・グ ラモフォン側がこの SHM-CD を自分たちのリマスター作業の一環としては認めていないということでしょうか。想像たくましい話です。そしてその場合でも通常盤との音質の違いは極端に大きなものではないので、録音によっては SHM-CD の方が好ましい場合もあるのかもしれません。

 オリジナルに対してポリカーボネイト盤の音が変わるとすると、それについてはこんな説明もあるようです。CDプレーヤの中には読み取り用の赤色レーザー光が散乱しており、それが音楽信号の系統にではなく、サーボ系(盤の回転などを制御している系統)の回路の中に混じり込んでしまうというのです。信号系ではないのでエラーが誘発されることはないようですが、混入した散乱光が回転数の情報と取り違えられると瞬時に回転を補正するための電流が流れて、その誘導が信号回路にも影響を与え、音が変わてしまうといいます。高品質CDで用いられている高透過率の材質と高反射率の蒸着膜との組合せは、通常盤より一層レーザー光の乱反射を助長することになり、読み取りの精度上がる一方でサーボの誤動作も増えてしまうというのです。その話が本当かどうか、機械との相性もあるでしょうから何とも言えませんが、オーディオの世界では以前からCD盤の上に被せて乱反射を防ぐグッズが売られていますし、盤の円周に補色の緑色を塗ると音が変わるとも言われてきましたこのように音の善し悪しというものは複雑な要因で変化する可能性がありますから、迂闊なことは言えません。

 以上のように、ドイツ・グラモフォンの場合、リマスターをした方がいい場合とそうでない場合とあるようです。しかし新しい企画で高音質CDを出し直す場 合、前よりも高域の分解能をはっきり分かるほど上げる必要があるのかもしれません。すると周波数バランス的にハイ上がり傾向にもなりやすいわけです。 努力は分かるのですが、新車のマイナーチェンジのよう買い換え促進のためにオリジナル・デザインにヒゲを生やし、結局バランスを崩したの類も多くあるように思います。下記はマイナーチェンジの方が洗練された例です。



デジタル・リマスター盤の音質(EMI art)                  

 
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       Original CD

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       Digitally Remastered CD (art  Abbey Road Technology)

 イギリスEMIも同じようにデジタル・リマスターのシリーズを出しました。その一つにビー トルズでお馴染みのアビーロード・スタジオで行われている ART 処理があります。その一つを輸入盤で聞き比べてみました。アルバン・ベルク四重奏団によるラヴェルの弦楽四重奏曲です。CDのジャケットはグラモフォンの OIBP シリーズ同様、オリジナルのデザインを画面の中に小さくあしらったもので、ちょっと残念な気がします。カップリングでストラヴィン スキーの曲をおまけしてくれたりするのも嬉しくありません。まあ、商売も大変ですが、録音も古くないこうしたCDにおいて、前の盤を持ってる人が新たに買い直したりするものなのでしょうか。 私の場合 ART 盤を先に買っていて、中古屋で偶然オリジナル盤が安くなっていたので買ってみたのですが。では、肝心の音はどうでしょうか。

 否定的なことを言ってしまいましたが、前述のグラモフォンの「運命」とは違い、この盤については ART 処理されたものの方が良く聞こえます。別々に聞いたのでは分からないほどのわずかな違いですが、高域の出方はオリジナルの方が少しだけ強く、情報量が多い とかはっきりしているとかいうことではなく、ややささくれだったラフな感じに聞こえます。帯域にすると5KHz より上でしょうか。一方で中域は ART 処理盤の方が少し張り出していますが、その中域にハイエンドがマスクされることはなく、細かな音は却って ART 盤の方が拾っているように感じます。これはあくまでも聴感上そう感じるということで、周波数上の実際の音圧の問題ではありません。何をしたのかは分かりま せんが、巧妙なノイズ処理でもかけたような感じです。こういう仕上がりなら大いにデジタル・リマスターもかけて欲しいところです。



デジタル・リマスター盤の音質(DECCA)                

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       Original CD (1985)
 
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       Digitally Remastered CD (1997)

   英デッカによるリマスターです。シャルル・デュトワとモントリオール交響楽団のベルリオーズの幻想交響曲で比較しました。最初二枚組のリマスターされてい る方をそれと知らずに買っていたのですが、幻想交響曲が途中のトラックからになっていたので初期盤を安い中古で買い直してみました。ところが上手く行かな いもので、最初に買ったデジタル・リマスター盤の方が音が滑らかでした。オリジナル盤の方は、ああそういえばデジタル録音初期はこうだったな、という薄っ ぺらい音に感じます。元来がその頃のものとしは悪くない録音なので普通には問題にならないでしょうが、いい方を聞いてしまっているので後戻りができません。

 この「ダブル・デッカ」シリーズは、「ザ・クラシック・サウンド」や「デッカ・レジェンズ」のようにリマスターをうたい文句にはしていません。しかし音からすると明らかに調整されています。デッカはあまりこの方面で宣伝をしないようです。レジェンド・シリーズについてはオリジナルと両方を持っている盤がないので今回は比較できませんでしたが、カラヤンのチャイ コフスキーのバレエ組曲を聞く限りではかなりシャープな音に仕上がっており、バランス的には好みではありませんでした。

 アナログ時代の録音をCD化するにあたって、リマスター作業は必ず行われています。なぜなら、アナログのマスターテープ(磁気テープ)から音を起こして CD用のデジタル・ファイルにしたものは、その段階で「デジタル・マスター」と呼ばれるのであり、その作業がリマスターだからです。しかし初期のCDはわ ざわざ「デジタル・ リマスター盤」とはうたっていませんでした。後年になってそれが出てきたのは、当時のデジタル・マスタリングの機器と方法ではアナログLPのときの滑らか さが出せなかったので、やり直す必要があったからです。その音は一般に「デジタル臭い」と言われるギスギスしたものだと認識されています。同じような音になっていた当 時のデジタル録音(最初からデジタルで録音された80年代前半のもの)とは意味が違うものの、同じ問題を言っているのかもしれません。つまり、アナログ音 源のデジタル化については、AーD 間で周波数バランスを微調整する必要性が機器の性質上生じていたのに、当時はそういう認識がなくてそのままデジタル化されていた。そして最初からのデジタ ル録音については、新しい録音機器の性質に合わせてマイク等を調整する必要があったのに、以前のアナログ時のセッティングで録音された、というようなこと があるわけです。そのため、ここで取り上げているような「デジタル・リマスター盤」が、アナログ音源のものに対しても、デジタル初期の音源に対してもセールス・ ポイントとなってきているのです。



デジタル・リマスター盤の音質  (Philips 96KHz 24-Bit Super Digital Remaster)

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       Original CD

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       Philips Great Recording 50  96KHz 24-Bit Super Digital Remaster

 残念ながら今はレーベル自体がなくなってしまったフィ リップスのリマスター盤です。これはグレート・ レ コーディング50のシリーズで、アナログマスターから96KHz24bit でデジタルに起こしてからCDフォー マットにしたものです。これに関しては断然リマスターの方が良い音でした。ハイが自然に伸びてレンジの広さを感じさせますし、それでいて大変自然で変な強調感はありません。質が上がったという印象であり、このアナロ グ録音の優秀さをあらためて感じさせてくれます。それが96KHz24bit マスタリングのせいかどうかは分かりません。

 因みに96KHz24bit いっても、CDプレー ヤーで言うところのいわゆるハイビット、ハイサンプリング処理とは違います。CDプレー ヤー元々 44.1KHz16bit だったCD情報をリサンプリングして本来の信号よりもさらに細かく仕切り直してから再度元に戻す作業をしており、いわば荒かった情報を容れ物だけ細密にして入れ直しているだけだから、変換行程ばかり増えて自然な音にはなりません。しかしこのCDのようにアナログのマスターテープを最初から高精度な96KHz24bit で読み込んで、その後でCD形式に落とすものです。



デジタル・リマスター盤の音質 (DENON  MASTER SONIC 20-bit Processing)
                  
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       Original CD

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     Digitally Remastered CD (Master Sonic 20-bit Processing / Blu-spec CD)                               

 ノイマン/チェコ・フィルによるドヴォルザークの定番CDで比較をしてみました。これはデンオン(デノン)が廉価版でありながら高品質プラスチックを使用し、レーザー・カッティングの精度上げているという盤です。今までは別々に出ていた7番と8番がカップリングされていて、大変お得感があります。
 うたい文句によると変更点は主に三つのようです。

1.20ビットのリサンプリングでデジタル・リマスターをかけているということ。
2.ブルー・レーザーという技術で正確なピット生成をしているということ。
3.歪みの少ないブルー・レイ・ディスク用のポリカーボネート材料を使用しているということ。

 1.は20ビットという精度の問題以外に、人のセンスに左右され るアクティブな音質改善が含まれる可能性があり、2.と3.はパッシブなハード面のみの改善です。何がどう影響しているかは分かりませんが、音はオリジ ナルの方がバランスが良いと感じました。リマスター盤の方は高域が強調され、潤いが少なく感じます。歪みっぽいとかささくれ立つとかいう感じはないもの の、聴感上の帯域バランスも非常に重要であり、オリジナルから変更する意味はなかったと思います。よりくっきり聞かせることで違いを印象づけようとしてい るのならあまり感心しません。良いと思える技術を使ったらそうなった、ということかもしれませんが。



デジタル・リマスター盤の音質(SONY  MASTERWORKS  DSD)       

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       Original CD

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       Digitally Remastered CD (Masterworks DSD)

 ソニーのリマスターです。90年代に出た四季の名盤を早くもデジタル・リマスターしています。ジャケット にも黄色い縁取りがされていて、グラモフォンや EMI 同様に、とりあえずデザイン的にはちょっとがっかりです。

 技術者が意図的に音を調整する行程が含まれるかどうかは分かりませんが、DSD 変換による技術だと書かれています。DSD はファイルの形式名(ダイレクト・ストリーム・ディジタルの頭文字)で、使われている技術はスーパー・ オーディオCD(SACD)を録音する際に用いている1ビットのビット・ストリーム方式です。最近は録音現場で広く用いられています。フィリップスが80 年代に再生用のCDプレーヤーに開発した1ビット方式のDAコンバーターは、それまでのマルチ・ビット方式と比べて滑らかではあっても上滑りな音になりま した。そのため一時は時代逆行でマルチビット機の方が高級機扱いされるようになり、その後両者の利点を合わせた方式が開発されて現在のハイビット・ハイサ ンプリングCDプレーヤーの時代に至っています。しかしCDの録音現場での DSD は、同じビット・ストリーム技術を使っているものの、情報量が圧倒的に多く、音質面でマイナスということはないようです。DSD 方式で録音されて普通のCDフォーマットに落とされたCDの中には優れた音のものもあります。ハイ・リゾリューション配信はマルチビット式のハイビット・ ハイサンプリングの方がデファクトを取り、SACD そのものも消えて行ったベータ・マックスやレーザー・ディスクと同じ運命をたどるかもしれませんが。

 本題に戻りますが、このリマスタードCDに限っては、その音はちょっとバランスを崩したものに感じます。元々この四季の録音はハイ上がりでしたので、デ ジタル・リマスターでそれがいっそう強調される結果となってしまいました。同じシリーズで他のヴィヴァルディの協奏曲のCDも持っており、その方がバラン スが良かったので四季もわざわざリリース時の盤を買い直してみたのですが。



デジタル・リマスター盤の音質(CBS John McClure / SONY  SBM        / MASTER SOUND  DSD)

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       Digitally Remastered CD (Produced by John McClure from newly remixed original session tapes.)

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       Digitally Remastered CD (High Definition 20-bit Sound Remastering + SBM Super Bit Mapping  Remixed by
       Louis de la Fuente [Reissue Producer],  Darcy M. Proper [Reissue Engineer])

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       Digitally Remastered CD (Master Sound  DSD SBM-Direct  UTL  PSP)

 もう一つソニーで、こちらはリマスターを宣伝するようになってからのもの同士です。曲目はブルーノ・ ワルターが指揮したベートーヴェンの「英雄」。ワルターのCDが初めて出たときの盤も比較できると良いのですが、そこまではやれていません。LPの音がそのままデジタル化されたのであれば、ヒスノイズが盛大に出て高域の張り出した音になっただろうと想像します。今回はワルターの録音を行った技師、ジョン・マックルーアが自らリマスターしたという評判の盤も手に入れましたので、合計3枚を比較します。

 写真の一番上が噂のマックルーア・リマスター盤で、アメリカ CBS から1985年に出たものです。82年のCD登 場から間もないので国内盤の 35DC と同じ音源かどうかは分かりませんが、「オリジナル・セッション・テープから新たにリミックスしたものからジョン・マックルーアがプロデュースした」と表 記されています。最初にアナログからリマスターした盤という意味なのか、やり直した盤という意味なのかがはっきりしません。この「英雄」ではありません が、国内盤の他曲のマックルーア盤(35DC)と音質バランスは似たように感じます。その国内盤は白地に金模様の装丁で、一部でこの音をベストと褒める声があるせいか、ソニーでは紙ジャケットで限定再販してみたり、廃盤のものが1万円超で取引されたりしています。

 真ん中がアメリカ版 の95年のリマスターで、通称 SBM リマスターと言われるようです。「ハイ・ディフィニッション」というシリーズ名は20ビットによるハイ・サンプリングのことで、「+スーパー・ビット・マッピング」(SBM)というというのはその情報をCD本来の16ビットに戻す際に少ないロスで行うということのようです。リマスタリング・エンジニアはルイース・デ・ラ・フエンテ(Reissue Producer)とダーシー・M・プラパー(Reissue Engeneer)となっています。

 一番下は98年の日本盤で「マスター・サウンド」というシリーズ名ですが、「DSD リマスター盤」とも言われるようです。DSD 方式でいったん情報を吸い上げるものであり、上記 SBM リマスター盤がマルチビット(20ビット)なのに対して1ビットで行います。ビット数が少ないと精度が低いように思われるかもしれませんが、サンプリング周波数は2.8MHzという64倍の精度であり、方式が違うのです。並記されている「SBM ダイレクト」というのは前者と同じ意味です。リマスタリング・エンジニアの名前は表記されていません。リチャード・ブリッタン Richard Brittan の名が挙げられていますが、マックルーアの下に書かれているので、最初に録音されたときのレコーディング・エンジニアではないでしょうか。
 
 さて、音なのですが、ひとつ前の四季とは一見反対の結果となり、日本盤の DSD リマスター盤が一番好みでした。以下に詳しく述べます。

マックルーア盤          
 悪くはありません。オリジナルのアナログ・マスターからあまり加工せずに最小限に整えて、自らが録音した素の音を出すという方向なのだろうと思います。テープ・ヒスは残っていますが、気になるほどではありません。一時期のハイ上がりのLPよりは高域全体を落としています。低音は結構雄大に出てい ますが、ワルターのこの時期のコロンビア交響楽団の録音全般に言えることとして、印象としては中域の上の方(2〜3KHz あたり)が目立たず、弦の音が痩せて聞こえます。一方で金属的になるより少し上で繊細な倍音が乗る帯域より下(7KHz 前後でしょうか)に強調があります。サーという擬音語で表すより少し下なので、シャとかシュなどと言えばよいでしょうか。このマックルーアのリマスターで はそこのバランスは大きくは変えられず、やや抑え気味で艶っぽさも若干乗って聞こえます。最新のデジタル録音よりも優れた音だと評する向きもあるようです が、過大評価のような気がします。最初の録音ですでに失われている情報は戻りません。

SBM リマスター盤
 これに対して SBM リマスターの方はずいぶん低音が増強されています。昨今の低域をタイトに絞めたスピーカーや小型のブックシェルフでは良いのかもしれませんが、ボンついていると感じます。
 高域は明らかに少し調整をかけ、抑えている帯域があるようです。本来の線の細さがやわらいでいます。しかし周波数バンドを細かくいじっているのではな く、トータルでハイを落としている感じでしょうか。マックルーア盤で聞かれた痩せた音の傾向はここでも聞かれます。むしろ高域を抑えたせいか艶も抑えられ てしまって少し色気のない音に感じます。ドンシャリではなく、ドンサラぐらいの印象です。ヒスノイズはほとんど聞こえなくなっています。トータルではマッ クルーア盤の方がバランス良く聞こえ、この SBM を最初に買って納得が行かなかったことを思い出しました。

DSD リマスター盤
 最後にソニーの国内版のリマスターです。これは DSD でリサンプリングしたという宣伝ですが、音のバランスは明らかに技師がいじっている感じです。そしてそれが良く聞こえます。元来が中域のふくよかさが抜け て弦に艶が感じ難い傾向の録音ですから、意図的にバランスを整えるのもありではないでしょうか。ここでは適度に艶が乗り、マックルーア盤より多少輪郭が付 く傾向ですが、耳に痛い帯域より下なので問題ありません。第一印象ではむしろおとなしく感じるぐらいです。厳密に聞くとバランス上は中高域が増えています が、元々足りなかった分なのでこの方が自然なのではないかと思います。
 SBM リマスターよりも低域がだぶついて聞こえないのは重心がいくらか上に移ってるせいでしょうか。低音自体はよく出ています。トータルで言ってこの DSD リマスター盤が最も新しい録音に近く聞こえるバランスではないかと思います。SBM 同様ノイズは除去されています。ノイズが乗っていてもアナログ録音の方がリアルだ、したがって一切いじるべきでないと言う人もいます。確かにノイズがあっ ても経時的に自然な音の出方のアナログ録音はあるのですが、ディテールが著しく損なわれるのでないならば今回のような場合、多くの人にはノイズ・リダク ションは軽くかけた方が良く聞こえると思います。

 結果的に最も自然に聞けたのは最新のリマスター盤でした。これは方式だけの問題ではないでしょう。技師は誰だったのかCD自体には書いてありませんが、人のセンス大いに関係あると思います。日本盤が日本で作業されたのかどうかは分かりません。少なくとも言えることは、DSD 方式が悪いということはないということ、日本盤が常に劣るということもないということです。

  ワルター盤については参考までにもう一点触れておきます。昔のアナログのLPレコードも、私は当時のもの(日本盤)を持っていますが、デジタル臭さとは 違った意味で高域に癖のある音がしていました。サーッというテープヒスがあり、ハイ上がりのバランスになっていて弦が不自然でした。馬の尻尾をスチール・ ウールに替えた弓でフォーク・ギターの弦を張ったヴァイオリンを弾いているかのような音であり、後の時代に「デジタル臭い」と言われた音のバランスに似て いるとも言えます。 RIAA のイコライザー・カーブの問題でしょうか。アナログLPは良い音だったというのは、ステレオ最初期については言えないことも多いのです。

 最後にこれも余談ですが、デジタルのイコライジングについては我々でも多少できます。モーツァルトの40番のシンフォニーはワルターが気に入っているの で波形編集ソフトウェアで色々やってみました。何点かの周波数でピーク/ディップを儲け、特定帯域だけ狙って少しだけ反響を付けることもできるわけで、何度かトライしたら上手く行きました。日本には素材主義のようなところがあり、下記ビクターの XRCD あたりが特にそう宣伝しましたが、「状 態の良いオリジナル・マスターテープを確保し、そこからできるだけ余分な機器と行程を経ずにデジタル化することで良い音を得ました」などと言います。技術 的には正しいものの、古い録音でバランスの悪いものに関してはそういう受動的な方法では補正し切れないところもあるので、公言はされてないけど積極的にい じったものもあるのではないかと思っています。  



デジタル・リマスター盤の音質(JVC  XRCD  20bit K2 Super Coding)      

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       Original CD

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       Digitally Remastered CD (JVC XRCD 20bit K2)
 
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       Digitally Remastered CD (JVC XRCD 20bit K2)

 ビクターの最初の頃の XRCD シリーズです。ビル・エバンスはクラッシック・ファンにも広く受け入れられているジャズのピアノ・トリオです。そしてこれはまた歴史的に有名なレコーディ ングですが、オリジナルのマスターテープで状態の良いものを捜し出し、細心の注意を払ってデジタル化したようです。そしてそれをまたCD盤にするまでの行 程でも音質劣化させないように配慮したとのことで、リマスターの技術者が音をいじったという方向ではないようです。

 素晴らしい音です。一皮剥けた生々しさがあり、それでいて潤いがあります。高域寄りのバランスにして見かけの分解能を高めたりするのとは別の次元です。ノイズによる埃っぽさも全くありません。愛聴盤にしているアッ ト・シェリーズ・マン・ホールなど、まるで最新録音のようです。こういう話題はオーディオ・ギーク的ですが、ドラムがスティックを落とすカランカランとい う音が入っていて、あまりの生々しさに毎度構えてしまうほどです。値段は高かったもののこのシリーズ、買い直すだけの価値はありました。その後は盤質を高 品質プラスチックと組み合わせたものへとシリーズ展開しているようですが、そちらは検証していません。



デジタル・リマスター盤の音質(A&M)                   

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       Now and Then (remastered by Richard Carpenter)
 
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     Horizon (remastered by Richard Carpenter)
 
 カーペンターズを同時的に知っている世代とリバイバルで知った世代とでは受けとめ方が違うのでしょう か。知っていた世代の人があらためて聞くと印象が違っていた、という話をよく耳にします。ということは、流行っていた当時はあまりにも光が当たり過ぎてい て、いわば露出オーバーで白とびして見えていたのかもしれません。「イエスタデイ・ワンスモア」などというタイトルのせいか、昨日のことを懐かしむ歌とい う印象を自分も持っていたことを思い出します。流行への反動だったのでしょう。
 カレンが拒食症で亡くなってどのくらい経つのでしょうか。今あらためてその歌を聞くと、なんと完璧主義な人なんだ ろうと思います。甘い歌声というイメージで捉えていたときには気づきませんでした。とんでもなく才能のあった人のようで、ドラムの腕も一流であり、叩きな がら全くその作業に影響されずに完璧に歌をうたっている映像などを見ると驚きます。

 相棒だった兄のリチャードは、今になっても「カレンの完全な歌に皆まだ気がつかないんだ」というようなことを言うようです。どれほどの愛情を注ぐ相手 だったのでしょうか、胸が痛みます。彼はそれこそ完全主義ともとれる情熱でカレンの歌声をデジタル・リマスターしているのだそうです。CDのジャケットを 見ると、70年代の日付以外どこにも今の日付が入っていなくて驚きます。もちろんデザインも当時のLPのものと変わらずです。そしてその音質なのですが、 ポップスのリマスターというとコンプレッサーを使って音を前に出す迫力のみが追求さ れた結果細かなニュアンスもへったくれもないのが普通なのに、兄リチャードが関わっている上記のCDは生々しくも繊細で、まるで最新録音のようです。 技術者のセンスによって善し悪しが決まるために「リマスターは人だ」と言われますが、その良い例ではないでしょうか。リチャードはカレンを甦らせようとし ているのでしょう。



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