ロドリーゴ / アランフェス協奏曲

toledoaranjuez
  Toledo to Aranjuez

 アランフェス協奏曲はカルミナ・ブラーナよりもさらに三年後の1939年に作曲された現代の曲で、作曲者ロドリーゴは99年まで生きてましたから、来日 の記事を記憶してる方もおられるかもしれません。しかしカルミナ・ブラーナと同様に聞き難い現代音楽ではなく、大変にメロディアスであり、その第二楽章は 誰しもがどこかで聞いたことがあるものだと思います。ジャズでもマイルス、ジム・ホール、チック・コリアといった人たちが取り上げて有名にしました。ギ ター協奏曲であり、その形式を世に出した最初の作品にして、有名さにおいてはこの作曲家唯一と言っていい代表作です。  



ロドリーゴとアランフェスのこと

 ホアキン・ロドリーゴは1901年に サグントという町に生まれました。スペインの右端の真ん中辺り、バレンシアからタルゴ特急の走る地中海沿岸沿いに北へ少し上がったところです。三歳で失明 したので盲目の作曲家としても知られます。一方で曲のアランフェスというのも地名で、マドリッドから南へ45キロほど行ったところにある町ですが、スペイ ン王国時代の王宮があることで有名です(マドリッド市内のオリエンテ宮とは別)。なぜアランフェス協奏曲と名付けたかというと、作曲した頃にスペイン内乱 があってその町が荒れたことを悲しんだからだそうです。遠い国の遠い時代のことで我々には馴染みがないかもしれませんが、あれですね、独裁者フランコが登 場して来たときの内紛です。以後バランス感覚に優れたフランコは1975年まで居座ってスペイン国民を困らせました。それに加えて第二楽章は息子の死と妻 の病気への祈りでもあるそうで、あの「哀愁」と呼ばれる悲しくも甘いメロディーのわけはそんなところから来るようです。


「哀愁の」調べ
 それにしてもスペインとなるといつ も「哀愁の〜」になるのはどうしてでしょう。「哀愁のヨーロッパ」は同じギターでもサンタナで実はメキシコ人、そもそもが原題には「哀愁」は付かないから 違うとして、今ちょっと具体的に思い出せませんが、演歌以外にもそんな哀しい形容をされるスペインものはよくあるような気がします。演歌に似たファドのせ いだろうか。でもあれはいくら哀しくてもお隣のポルトガルです。無敵艦隊アルマダが数で劣る英海軍に撃破されたから、あるいはムーア人(イスラム)に国の 南側を征服されたからか。それともそのアルハンブラ宮殿擁するグラナダが再度キリスト教徒に陥落して皆が涙ながらに追われたからか。でもユパンキやファ ルーなどの弾く南米のギターも哀愁です。「情熱の〜」という同類の修飾語もあるぐらいだから、やっぱりフラメンコ・ギターのあの短調の音階から来るので しょうか。インドに起源があるというジプシーと、やはりムーア人の文化が合わさったものと言われます。でも案外このアランフェス協奏曲自体が「哀愁」の原 因になってる、そんな一面もあったりして。それと面白いことには、この曲はギター協奏曲なのです が、なんとロドリーゴ本人はギターが弾けず、ギタリストから助言を得て書いたそうです。


 CD 探しについてですが、ギターを弾くわけではないので、ここでコメントするのは本来不適格だと思います。業界のことも知りません。その 上で人気の盤などを見ていて素人が感じたことを言わせていただけるなら、大御所の演奏を褒めるのもいいですが、若手もきっと負けてないんじゃないかなとい うことです。スポーツだと話は簡単です。ナチ政権下のオリンピックで活躍したランナーが偉大だったのは本当でも、タイムは何秒と具体的に出ています。演奏 家はそうは行かないから、どんな抑揚ででも弾けるだろうヨーヨー・マだっていつかカザルスを超えたいと言うわけです。演奏家たちは日々研鑽しているわけ で、無名の新人の中にも過去の偉大なビッグネームを技術面でも表現の上でもより洗練させてる人は多くいることと思います。その人たちのいくらかはその後消 えて行くかもしれません。いつまでも超えられないものがあるとしたら、それはパイオニアとしての名声でしょう。もちろん時代が下るほど演奏が進化している とも決して言えないわけで、両方聞いてみるのが一番でしょうか。
  



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     Rodorigo   Concierto de Aranjuez
     Narciso Yepes   Garcia Navarro   Philharmonia Orchestra

  
ロドリーゴ / アランフェス協奏曲
ナルシソ・イエペス / ガルシア・ナバロ / フィルハーモニア管弦楽団(1979)
 まずは大御所イエペスからです。映画 「禁じられた遊び」で有名な(作曲者ではありません)スペイン・ギター界きっての二大重鎮の一人です(97年没)。それだけでなく、アランフェス協奏曲は 彼の持ち歌みたいなものであり、イエペスが取り上げて曲も自身もともに有名にしたわけですから外せません。四歳から始めて独学で技術を習得した農家の子 で、いわゆる神童。では、もう一人の重鎮は誰か。それは昔からのクラシック音楽ファンなら知ってるかもしれない名前、アンドレス・セゴビア (1893-1987)です。この人も四歳からギターを始めたのは同じで、バッハの曲の編曲でも有名です。

 二人の音楽の違いを知りたいと思ったら、その バッハのシャコンヌあたりで聞き比べると良いかもしれません。どちらも演奏者本人の編曲となっていますが、セゴビアは情熱的です。録音からだと古いものが 多いので本当の音色を知るにはイマジネーションが必要になるかもしれませんし、手がどうだとか具体的な奏法については門外漢なので触れられませんが、タッ チの点では明確に輪郭を出すところ、やわらかくするところのコントラストを付け、独特のルバートで揺らして拍のずらし外しも大きめです。アッチェレラン ドで駆け上がって行って強く感情をぶつけるようなところでは弧を描いてぐっと盛り上げ、古い時代の解釈というよりも、いかにもフラメンコの光と影と いった趣です。複数録音があるものの基本は同じで、シャコンヌという激しい曲想にも合ってるような気がします。ギターゆえに音符と音符の間がデジタルに切 れていてもヴァイオリン曲本来の二次曲線的に波打つクレッシェンドの形が分かるかのようです。


 一方でイエペスの方はというと、もっ と穏やかです。テンポは基本的には速くなく、年齢を重ねるにつれてよりゆったりになって行きました。若いときは比較的情熱的ではありましたが、元の傾向は 同じと言ってよいでしょう。じっくりと丁寧に弾いて行きます。一音ずつくっきり訥々と区切って行くようなところも聞かれます。しかし歌は十分にあり、どう いうのか、子供時代の幸せだった母との記憶を懐かしんでいるかのような風情です。スパイスは効いてないし特別な味付けでもないけど、おいしい家庭料理の良 さみたいな。自分の好みを言えというならシャコンヌに関してはセゴビアですが、これはこれで温かい感じがして味わい深いものです。そんな具合で二人の性質 は大分違うようです。


 イエペスの基本的性格はそのようなも のだとして、アランフェス協奏曲ではどうでしょうか。さすがに持ち歌だけあって録音は複数出てます。1959年リリース(録音は57年か)のデッカ盤はア タウルフォ・アルヘンタ/スペイン国立管弦楽団、十年後の1969年に録音されたドイツ・グラモフォン盤はオドン・アロンソ/スペイン放送交響楽団、そし てこの最も新しいのが同じくドイツ・グラモフォンですが1979年録音のガルシア・ナバロ/フィルハーモニア管弦楽団盤です。一般に最もよく売れているの はこの最新盤だろうと思います。ペンタトーンからのリマスター盤や SACD 盤も出ているぐらいです。
 有名な第二楽章で比較しますと、最初にこんなことを言ってはなんですが、若いときの50年代の録音が最も覇気があって情熱的であり、テンポも速くて演奏 の好みで言えばそちらがいいような気もします。63年頃から10弦ギターになったようなのでまだ6弦の時代ということになるのでしょうが、それは音色の問 題なので弾き方とは違う話です。でも残念ながら録音は当然あまりよろしくありません。リマスターによってギターがくっきりしたものとそうでないものとがあ るようですが、ここはやはりよりきれいな音の方を採るべきだと思いました。情熱的に崩した演奏なら他の人のものでも探せるからです。


 それならセゴビアの演奏はどうか。ところがセゴビアは一度もこの曲を演奏してないのです。ウィキピディアには献呈を受けられなかったことで拗ねたと受け 取れる内容が書かれていますが、本当だとす るとずいぶん了見の狭い話に聞こえます。確かにプライドが高い人だったという話はあるみたいです。そして心臓系疾患で亡くなってもいるわけだけど、長生き なので怒りん坊さんだったと言うのも当たらない気がするし、曲を評価してなかったとするのはどうなんでしょう。知らないことで悪口を言っても自我の肥やし にしかなりません。せっかくイエペスが看板にしてる曲なんだからと遠慮したんだよという解釈でどうでしょう。セゴビアはその後のロドリーゴを含めてたくさ んの人から献呈を受けています。ロドリーゴに作ってもらった曲は「ある貴紳のための幻想曲」(貴紳 [きしん] という馴染みのない語は英語にするとジェントルマンですが、曲のヒントとなった作曲家とセゴビアの二人のことだそうです)で、アランフェス協奏曲の十五年 後の作品です。ここで取り上げる CD のほとんど(パコ・デ・ルシア盤を除く)にカップリングされています。


 一方でこの79年盤をステレオになっ てからの69年 盤と比較するとどうかということになると、これは意見が分かれるようです。でも新盤にはよりゆったりな箇所はあるものの、基本的な演奏の傾向ではあま り違わないようにも聞こえ、それならじっくりした味わいという意味でも新しい方でいいかな、という気がしました。イエペスらしいと思います。具体的な演奏 の 印象は上記シャコンヌで述べたのと同じです。

 ギターの音色については10弦になってからのものには独特の特徴があるようです。ドイツ・グラモフォンが多いのでその影響もあるかもしれないし、このア ランフェスについてはさほど顕著でもないですが、ジュリアン・ブリームやペペ・ロメロなどで潤いとして聞こえる弾力や艶よりも、もう少し消音したような、 ピアノで言えばダンパーペダルを用いずにすぐキーから指を上げたような音というか、チェンバロのバフ・ストップまでは行かないけれども時折軽くフェルトで 抑え気味にしたような、ちょっとオフでフラットな響きに聞こえる場合があります。共鳴弦が余分にあるので本来なら逆かと思うのですが、ミュートをかけてい るんでしょうか。電気増幅のギターを使うジャズでは右手の腹と左手の余った指で消音しながら弾くのが当たり前だそうですが、クラシックは普通それをしない と聞きます。生で何度も聞いている人はイエペスの音、どう評価しているのでしょう。それに加えて輪郭をはっきりさせる弾き方もあって若干乾いた硬質な音も よく出します。もちろんギターとしてはトータルで良い音ですが、 この音色に対しては好みが分かれるかもしれないなという気はします。


 全体の録音コンディションについてで すが、これはデジタル時代目前のセッション録音ということで完成されています。大変良い音です。イエペスのアランフェス、これにしておけば間違いのない一 枚です。



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     Rodorigo   Concierto de Aranjuez
     Julian Bream   John Eliot Gardiner   Chamber Orchestra of Europe

ロドリーゴ / アランフェス協奏曲
ジュリアン・ブリーム / ジョン・エリオット・ガーディナー / ヨーロッパ室内管弦楽団  
 セゴビア、イエペスと来たら、今度は その後継者たちということになるでしょうか。セゴビアに師事した有名な演奏者にはジュリアン・ブリームとジョン・ウィリアムスがいます。しかしその演奏を 聞いてみると感情を揺さぶるフラメンコ的な揺らしの要素はあまり前面に出ず、むしろイエペスの門下生と聞いても驚かないような素直さとしっかりしたフレー ジングを聞かせるところがあるようです。ギターの演奏技法の面で言えば恐らくまた違う着眼点があるとは思いますが、あくまでも素人が聞いた感じでのディ ナーミク、アゴーギクにおいてです。知り合いにギターを本格的にやる人がいるのですが、常にテクニックの観点から演奏を語る彼らの話にはついて行けないと ころがあります。もちろん気が知れないという意味ではなく、こちらに判別力がないということです。タッチや音色、手首の角度と姿勢、爪と指の腹でのはじき 方、ビブラートの揺らし方、セゴビアとイエペスとブリームの技術の違い、そういう方面で熱い議論が戦わされるようなのですが、こちらとしては触れられない のです。一方で技術面だけではない音楽性について語る方はセゴビアについてを除けば案外多くないようですし、語られた内容と自分で聞いてみた感じが合わな い気がすることも多々あります。ギターを楽しむ人口は多く、詳しい方もたくさんいらっしゃる中でこういう記事を書くことの危うさ、難しさを感じます。

 ジュリアン・ブリームは1933年生 まれで2020年夏に亡くなったイギリスのギタリストであり、アンドレス・セゴビアに師事した人です。次のジョン・ウィリアムス同様に技術の確かさについ て神 格化する向きもあるようです。ここで取り上げるのは五回ある録音のうちの終わりから二番目の80年代のものです。交通事故に遭った後です。最後のは92年 のラトルとの共演盤で、録音がギターの音量という点ではより自然なバランスに変わって遠く小 さくなるため、音色の差が幾分捉え難いところがあると思います。同じくっきりした音色の人だということは分かるし、タッチを変えているのも聞き取れのです が。それと、演奏面ではゆったりでより静かになってる感じもします。多少枯れたと言ってもいいかもしれません。それはそれで味わい深いものの、 ブリームというギタリストの全盛期はもう少し前だとしてもよいのではないでしょうか。

 さて、ガーディナーとの本盤です。前 述のように大変くっきりとしたフレージングに特徴があり、表現上の揺らしは十分ありながらも感覚的にはストレートさを感じさせるものです。人柄なのか もしれませんが、この人は人種的にはアングロ・サクソン系でしょうか、タメを効かせ過ぎない潔さというのか、アンダルシア などのスペインの血を引く人たちとはちょっと違った音の掴み方があるような気がします。これが東洋ともなるとさらにその真っ直ぐ傾向は強まるかもしれませ んが。 ドヴォルザークはチェコ・フィルで、みたいな何でも本場ものがいい的な言い方は決してしたくないのですが、どこの文化ということにこだわらないで 端から聞いて行った結果、いいなと思ったギタリストにチェックを入れるとなぜかカルロスだとかフェルナンデスだとか、スペイン系の名前ばかりが並んでしま うということはありました(ここでは全部は取り上げてません)。でもブリームは好みの点でその中には含まれなかったものの、 最もきれいなタッチの人なんじゃないかと感じます。録音の加減もあるけれども、透明感があって粒立ちが良く、エッジの立った音にも 艶と滑らかさがあります。流麗なビブラートが聞かれ、音色の使い分けも多彩で見事に思えます。ギター弾きの人からみてどうなのでしょう、やはり最高に上手 なのではないでしょうか。イエペスから素朴さを抜いて少し勢いを付け、美音にしたというのか、駆け上がって行くフレーズの一音一音がくっきりと磨 かれて真珠の玉のようであり、丁寧で走っても乱れず、どこにも文句がつけられません。テンポ設定としては速いところとゆったりなところを分けてい ますが、トータルでは正直で洗練された印象です。

 1982年録音の RCA で、透明感のある録音が大変良いです。ギターについてはとにかく豊潤だし、オーケストラもコンサートホールのやわらかさといよりも艶があって明晰な部類な がら、トータルで間違いなくこの曲でベストの一つと言える優秀録音です。音量面ではオーケストラに対してギターがアンプリファイドされてるか、というほど 大きくて明瞭です。ギタリストの目の前で聞いてる感じでしょうか。



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     Rodorigo   Concierto de Aranjuez
     John Williams   Louis Fremaux   Philharmonia Orchestra

ロドリーゴ / アランフェス協奏曲
ジョン・ウィリアムス / ルイ・フレモー / フィルハーモニア管弦楽団
 一方でジョン・ウィリアムスは 1941年メルボルン生まれのオーストラリア人です。やはりスペイン系ではないセゴビアの弟子の一人です。表記はウィリアムス、が一般的なようで、有声音 の m の後だから最後はズかと思うと、濁点を付けると日本では映画音楽の巨匠のことになってしまいます。ここで取り上げるのは三度目の録音です。

 十分情熱的で抑揚がしっかりあるけ ど、やはりどこかスパニッシュではない印象があり、むしろ正統クラシックの表現かなという気もします。スペイン系の人たちよりももう少し素直な フレーズ運びであり、タメや揺らしが少ないからでしょうか。弱音に抜けるところでブリームより弱くして陰影をつけている感じがします。したがって全部きれ いな 音で前へ押し出して来るようにはならず、飲み込まれて弱い部分があります。やわらかい音に抜くところ、弱音の美しさが際立っているのです。そういう部分で はどこか独り言のような雰囲気も漂います。タメが少ないと書きましたが、浮き沈みを拍ごとに付けるのでブリームより真っ直ぐ感は少ないかもしれません。そ れはル バートというよりも脈動であり、速く数音をまとめておいて間を置くような崩しも聞かれます。トータルではフラメンコのような情動を感じさせるものではな く、危うい叙情性という感覚にはなりません。
 また、この人についてはブリームと並んでその飛び抜けた技巧について指摘するファンの方が多いようです。技術の高さが前面 に出て来る演奏の仕方というものは確かにあるように思います。よくマシンガンのような、という言葉を使いますが、例えば全盛期のポリーニのように粒の揃っ た音でフォ ルテを連ねるケースでしょうか。しかし少なくともこの演奏についてはそんな意味で技巧的には聞こえませんでした。もっと抑揚の中にこなれていて目につきま せん。安心して聞ける名演と言えるでしょう。


 1984年ソニー・クラシカルの録音 です。ブリームよりもう少し艶の落ちたさらっとした音にとれています。その加減かギター自体がややオフでやわらかい音色に感じます。タッチなのか楽器 のせいなのかの境界はよく分かりません。マイクの距離(音量設定)は近いものではなく、楽器は等身大です。
  


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  Aranjuez to Granada



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     Rodrigo   Concierto de Aranjuez
    
Fantasía para un gentilhombre
    
Carlos Bonell   Charles Dutoit   Orchestre Symphonique Montréal ♥♥

ホアキン・ロドリーゴ / アランフェス協奏曲
カルロス・ボネル / シャルル・デュトワ / モントリオール交響楽団 ♥♥ 
 ここから先の五人はどれもスパニッ シュな味わいを持ち、甲乙付け難いところがあります。繊細でデリケートな味わいのマルコ・ソシアスと、もろにフラメンコの崩しが聞かれる鮮烈なパコ・デ・ ルシアを除く残り三人に関しては、その表現の違いを言葉にするのもなかなか苦労します。

 カルロス・ボネルは1949年生まれ のスペイン系のイギリス人ギタリストです。ジョン・ウィリアムスの弟子でアランフェス協奏曲の録音は評価が高いです。したがって録音はこれ以外にも複数出 ています。89年のスチュアート・ベッドフォード/イギリス室内管とのアルト盤はよりゆったりの運びでタッチの美しい、細身ながらエッジの効いたくっきり した音に収録されたもので、94年のジャック・カスプシク/ロイヤル・フィルとの RPO 他のレーベルで出ている盤は走らないけどテンポは遅くなく、細身ではないけれどもやはりエッジの効いたくっきりした音、そしてギターがオーケストラに対し てか なり大きな音で録音されています。一方でそれらよりも前の収録になるデュトワとのこのデッカ盤はまた違い、ボネルという演奏家が変幻自在なのかと思わせま す。表情が一番あるように聞こえるのはこれで、有名レーベルで世間の評判が高いという部分を除いてもこの人の代表盤なのではないでしょうか。

 スペイン系というのがどのぐらい効い ているのかは分からないけれども、師でオーストラリア人のジョン・ウィリアムスとも、イギリス人のジュリアン・ブリームともやはり揺らし方が違って聞こえ る「スパニッシュ」という趣のある演奏です。それでもどこか控えめな繊細さと品の良さも感じられます。激情的 な印象はありません。テンポはゆったり気味で音に表情があり、語りかける言葉になっています。強弱については一音ずつの相互位置がくっきりとしていて平等 に流したりせず、音色の変化も大きいのですが、むしろアゴーギク、時間軸方向の動きがいいです。力まず、ルバート様の短い単位での揺らしでさらっと数音早 く駈けたり、立ち止まってから表情を付けて延ばす音があったりします。しかしそれらは自然に流れます。一音ずつに思い入れがあって丁寧であり、飲み込まれ た弱音 もおろそかにしません。カデンツァ(ソロ)でのクライマックスも力で叩き付けず、こみ上げるように盛り上げます。

 1980年のデッカ録音は管弦楽につ いては艶の付き過 ぎない軽さのある音にとれており、弦もさらっと繊細です。ギターの磨かれた音は艶と伸びを感じさせて美しいです。



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     Rodrigo   Concierto de Aranjuez
    
Eduardo Fernández   Miguel Gomez Martinez   English Chamber Orchestra ♥♥

ホアキン・ロドリーゴ / アランフェス協奏曲
エドゥアルド・フェルナンデス / ミゲル・ゴメス・マルティネス / イギリス室内管弦楽団 ♥♥
 これもデッカ録音の名盤です。エドゥ アルド・フェルナンデスはスペイン系の名前ですが、1952年のウルグアイ生まれです。比較的端正ではあるものの、ボネル同様にやはり独特の表情が生きて います。トータルでバランスが良く、スペイン系の味わいを持ったものの中では癖が強過ぎないので、万人にお勧めできる完成度の高い演奏だと思います。

 太く甘いはっきりした音で弾きます。 大きく崩すわけではないながらも、決して単調なリズムに陥りません。微妙な揺らしや浮き沈みがありつつ、それが自然です。その揺らしにおいては 細かく駈ける方へは傾かず、反対にためてポン、と出すところや、じっくり遅らせる技に長けています。そういう風に余裕を持って音を揺らすところが心地良い のです。全体のテンポ設定もソロの盛り上がりの部分を除いてはゆったり方向で、基本は落ち着いた呼吸の演奏だと言えるでしょう。しかしカデンツァでは 速まり、ある程度走り崩すところも出てきて感情の動きがあります。クライマックスの高まりは一番自然に熱くなって良いです。

 1985年のデッカ録音です。ボネル 盤と比べて低音が豊かなバランスであり、ギターの高い音の艶も大変きれいです。オーケストラは指揮者の解釈もあってか情熱的です。それでもギターはオンマ イクで本来のバランスよりも大きくしてあるようで、負けることがありません。きれいで魅力的な録音です。



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     Rodrigo   Concierto de Aranjuez
     Pepe Romero   Neville Marriner   Academy of St. Martin in the Fields ♥♥

ホアキン・ロドリーゴ / アランフェス協奏曲
ペペ・ロメロ / ネヴィル・マリナー / アカデミー管弦楽団 ♥♥ 
 ペペ・ロメロは1944年生まれのマ ラガ出身のギタリストです。アンダルシアのフラメンコ家系ではよくあることで父親に学んだらしいですが、この音からすると叩かれて嫌々習ったのではないの でしょう。フラメンコも得意としており、ヴィルトゥオーソとしても有名なようです。一家でギター・ファミリーを形成しているそうで、今や巨匠の域に達して いる人です。
  
 次のソシアス盤と並んで大変魅力的に 感 じた演奏です。この曲のベストの一つではないでしょうか。音も最も良い部類です。フェルナンデス盤と同様にテンポはゆったり方向で、ギターはタメが 大きめで表情がしっかりとあります。印象的に遅らせてから大胆に強調するところもあり、大変叙情的です。同時に力を抜くところの美しさも見せます。何と詩 情あふれる取り回しでしょう。同じように落ち着いた間をとってゆったり運ぶ方でありながらも、フェルナンデスはより端正で形の完成度が高く、 こちらは比べればより自在でやや濃厚でしょうか。それでも、速くなるところはありながら極端に走ったり崩したりはしません。動きとしては滑らかにつな ぐ線を感じさせるところもあります。その繊細で渋い色彩に抑えた情緒は、叫びにならない熱情とでも言いましょうか。カデンツァ・ソロでの盛り上がりではひ たひ たとこみ上げて来るものがあり、クライマックスに至った瞬間で切り替わる息急き切った昂まりにははっとさせられます。またオーケストラの伴奏が素晴らしく 情熱的です。これっていつも洗練されて紳士的な、やわらかくて爽やかなあのマリナーなのでしょうか。まるでスペインのバンドみたいでちょっとびっくりしま した。
 
 1992年のフィリップスの録音で す。このレーベルの良いところがしっかりと出たもので、どっしり包み込むような低音の上に自然な美しい艶が乗り、生楽器の良さが感じられる大変優秀な録音 です。自然という意味ではオーケストラに対するバランスは多少大きめに調整してあるのかもしれませんが、ギターはタッチがはっきりしていて粒立ちの良い 美音であり、同じくきれいだったブリームの RCA 録音よりナチュラルな艶でやわらかい響きに寄っています。派手ではないですがこのギターの音でも個人的にはベストな録音だと感じています。何の楽器を使っ ているか分かりませんが、この人の音は一番きれいかもしれません。両端の楽章も、これほど生きいきと 気持ちよく聞けるものは多くないでしょう。



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  Granada



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     Rodrigo   Concierto de Aranjuez
     Marco Socías   Josep Pons   Orquesta Ciudad de Granada ♥♥

ホアキン・ロドリーゴ / アランフェス協奏曲
マルコ・ソシアス / ジョセプ(ジュゼップ)・ポンス / グラナダ市(立)管弦楽団 ♥♥ 
 ロメロ盤も良かったですが、一頭地を 抜いて繊細な抑揚を持ち、デリケートな味わいがあって個人的には一番としておきたい演奏です。♡を三つ付けたいぐらいです。マルコ・ソシアスは1966年 の、ロメロと同じマラガ生まれのギタリストですが、表現はちょっと違います。

 有名な第二楽章の話をしていますが、 テンポはゆったりで、早朝の大気の薄紫のヴェールを被ったようなやわらかさ、静けさが感じられます。一方で感情が込み上げて来るような部分でのオーケスト ラは情熱 的でよく歌い、見事な呼吸です。アルハンブラ宮殿があるグラナダの楽団です。地方の団体だけど、これが彼らの呼吸なのでしょう。
 ギターですが、音自体にソフトな弾力 があり、高い方は鋭くならないピンと伸びたきれいな音色です。軽めで艶があるので子音が女性のささやきのように聞こえるところもあります。低音は少し渋い 倍音 を伴って朗々と鳴ります。ロメロ以上に力を抜くところ、静かなところが見事な演奏です。抑えられた弱音を使い、やわらかな物腰で語りかけるのです。

 そしてマラガ出身というこ ともあってフラメンコの伝統を持つ地域だからと言いたくなるような見事な揺らしがありますが、それはむしろこの人のセンスの良さなのでしょう。動かし方が 神業です。この 呼吸は学べるものではないかもしれません。音が隣の音にもたれ倒れかかりながら戻されて行くような命ある流れ、肩の力は抜けているのに情熱を感じさせま す。

 また、湖面の小さなさざ波のようなア ルペジオが聞かれ、中程ではピアニシモで不協和音を混ぜた複雑な響きが出ますが、その静かで幻想的な味わいが誰よりも見事です。ロメロにもポエジーがある と言ったけど、これほど詩情あふれる演奏 は滅多にないでしょう。全体に少し事象から距離を置いた美しさと言えるでしょうか。追憶のような波長も感じます。そうしたパッセージが有機的な波となって 滑らかにつな がって行くわけですが、それをレガートの美と言ってしまえばそれまでながら、例えば弱音で音を延ばしておいて間にリズムを刻む音をいくつか挿入するよう な場合、基音を耳に残しつつ尾を引かせてつなげて行く弾き方が、全体に大きなスラーで結ばれた一つの歌となるように配慮されています。なんか大袈裟に言っ てるだけで、実際は個々の音にとらわ れ ずに流れを見られるぐらいの技術があ るというだけのことで、他の奏者もそう弾いているのだと思われるかもしれません。でも印象派音楽のようなパステル調 に感じられる部分もあり、一段抜けたセンスを感じました。
 そして、それならば力がないかといえ ばさにあ らずで、じっくり進めて来た運びからもつれながら盛り上がるクライマックスには圧倒されます。ロメロみたいに叩き つけるようにかき鳴らすフォルテではなく、その真っただ中にも表情があります。

 2001年録音のハルモニア・ムン ディです。賞取りのトップ・ミュージシャンというわけでもないのに、このレーベルはどうして毎度こうも目利きなんでしょうか。フィリップスのロメロ盤がや わらかくナチュラルなオーケストラの音で最高の録音だったとすれば、これはそこにもう少し輝きが加わっていてストリングスの輪郭がはっきりしています。一 方で音 像はナチュラルなのでギターは比較的遠く、本来のバランスに近いものとなっています。これも大変優秀な録音です。



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     Rodrigo   Concierto de Aranjuez
     Paco De Lucía   Edmon Colomer   Orquesta De Cadaqués ♥♥

ホアキン・ロドリーゴ / アランフェス協奏曲
パコ・デ・ルシア / エドモン・コロメル / カダケス管弦楽団 ♥♥
 こちらはクラシックの演奏家というわ けではないですが、有名なパコ・デ・ルシアの演奏です。1947年スペインの南端、英領ジブラルタルと湾を挟んだ反対側にあるアンダルシアのアルヘシラス 生まれで、残念ながら2014年にまだ六十六歳で亡くなっています。何度も来日し、地方公演もありましたので生でお聞きになった方もたくさんいらっしゃる と思います。右足首を左膝に乗せて弾く独特のスタイルが印象的でした。フラメンコのギタリストでデビュー当時は楽譜が読めなかったそうです。しかし改革者 として有名であり、フラメンコ自体を世界的な知名度にしたし、後にアル・ディメオラとの共演からフュージョンやジャズ方面でも活躍しました。ジャンルにと らわ れないアーティストです。

 大変魅力的なアランフェスです。この演奏はちょっと今まで取り上げた 人たちとは違う趣を持っています。フラメンコのアランフェス、と言えるでしょう。タメと揺らしが一回り大きいです。独特の呼吸で進めて行くもので、その思 わせぶりとも取れる大きな表情はクラシック演奏の側から見ればケレン味ということになり、受け入れられない人がいるだろう一方で、これが良いとなると他の は面白くないでしょう。「フラメンコのプロが高い技術をもって合意の上でやっています。危ないから決して真似しないでください」という感じでしょうか。棒 のような楽譜通りから最もかけ離れた名人芸です。映画のサブタイトルは「灼熱のギタリスト」となってるぐらいであり、育ちと成績が良かったクラシック畑の エリートにとっては火傷するどころか禁じ手の嵐、実際に真似もできない種類なのだと思います。ひとことで言うなら「語り部の音楽」でしょうか。

 したがってこちらもその間合いを上手 く説明することはできませんが、具体的な弾き方としては、ところどころで間を大きく空けては強めるという癖があります。第二楽章始まりすぐのところで、装 飾のトリルのような扱いとも取れるものの、上に飛んだ連続しない音を混ぜるところが出てきます。楽譜から言えば音程の間違いに当たりますが、音外しと いうのか、ジャズでは拍の外しと同様に日常的に行われる手法です。決して真っ直ぐには歌わないぞという意志のようなものを感じさせます。そしてそこからは 自在なル バートで大きく揺さぶって行きます。あるフレーズだけを耐えられないという具合にぐっと速めたり、タタタンッ! と激したように強く打ったりもあります。かと思えば強いアクセントの後に沈み込んで聞こえない弱拍が来ます。静かなところでは繊細な音を聞かせます。フラ メンコの常套手段かどうかは分かりませんが、お、と思わせるような意外なフレーズをあちこちに混ぜ、クラシックで例えて言うならフランソワのピアノのよう な型破りです。テンポは第二楽章に関しては遅い方に入るでしょう。音色の変化も見事であり、二人で弾いてるように聞かせるところもあり、琴の強いはじきの ような硬い音も混ぜます。

 カダケス管弦楽団のカダケスというの は地中海側のフランス国境に近いカタロニアの漁村で、バルセロナの保養地です。ダリの別荘があったので今は観光名所となっているそうです。楽団はバルセロ ナが拠点でした が、2019年に活動停止しました。情緒たっぷりで朗々と感傷的に歌うオーケストラはいかにもエスパーニャです。


 1991年収録で、レーベルはポリグ ラム・イベリカ S.A.でしょうか。フィリップス系列です。日本盤は再販もされました。ライヴ収録ですが大変良い音です。      



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     Live in Tokyo (Concierto de Aranjues)
     Jim Hall (g)   Don Tompson (b)   Terry Clark (ds) ♥♥


ライヴ・イン・トーキョー〜アランフェス 協奏曲
ジム・ホール(g)/ドン・トンプソン(b)/テリー・クラーク(ds)♥♥
 これは番外編でジャズのアランフェス 協奏曲ながら、オリジナルと比べても大変いいのです。協奏曲となってるけどギター以外はベースとドラムというシンプルなものです。2013年に亡くなった ジム・ホールはジャズのギタリストの中では派手な方には入らないかと思いますが、クラシックの弾き方とは根本的に違っていて崩しと装飾を混ぜて弾きます。 でもジャズはアドリブの世界ですから元から音符の形にはこだわっておらず、曲は素材として使って自分の音を出して行くのであって、崩しと言ってもフラメン コ派のギタリストがやるように抑揚の上で拍を遅らせたりルバートのようにしたり、強弱をやたらと付けたりという話ではありません。旋律の歌わせ方自体はこ の人らしくそんなに派手ではないけれども微妙な呼吸は正にジャズであり、クラシックで言う変奏部分のような即興に酔い、カデンツァに当たるソロの パートでは見事な技を堪能できます。なんとも格好いいというのか、体が動いてきてご機嫌でリズムに乗れます。コンサートでは「ドン・トンプソンさ〜ん」な どとジム・ホールが紹介する場面もあったベースはいわゆるインタープレイというのか、ギターに絡んですすり泣き、ソロのアドリブでは見事な歌の展開を聞か せます。

 この人のアランフェスは CTI のセッション録音でブルーの石像の顔(コロンビアのサン・アグスティン古代遺跡)がジャケットになっている「コンシエルト」が有名かと思います。もちろん それも大変 良い ので聞いていただきたいですが、色々な楽器を使って凝ったアレンジがされており、ギターの技自体よりもトータルでプロデュースされた若干フュージョンっぽ い音絵巻になってる感があります。レーベルの特徴でもあるわけですが、一方でこちらはストレート・アヘッドというか、本来の楽器だけで音楽として勝負とい う内容であり、個人的には曲の良さが出ていると思います。1976年の秋に中野サンプラザで行われたライヴの収録で、当時からのファンなら行かれたかもし れないし、FM でも流されましたので記憶にある方もおられるでしょう。当初このライブ盤が LP で出たときはなんとこの曲が外されており、仕方なく懐かしのフェリクローム・カセットに録ったものを聞いて来ました。今は CD で出してくれて大変ありがたいです。

 ジャズのアランフェスはジム・ホール以外にも多くの人がやりました。マイルスをはじめ、コンサートで取り上げるとメロ ディが出た途端に聴衆が沸くチック・コリアの「スペイン」、MJQ などもありましたが、この盤がロドリーゴのアランフェスらしさを最も良く伝えている気がします。




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     Tarrega   Recuerdos de la Alhambra
     Narciso Yepes (g) ♥♥


タレガ作品集
ナルシソ・イエペス(ギター)♥♥
 アランフェス協奏曲ではありません。 おまけです。イエペスがソロでタ(ル)レガの作品を弾いている一枚です。タレガはトレモロの名曲「アルハンブラの思い出」の作曲者です。ギターの名曲とし て誰もが知っている三大を挙げるなら、「アランフェス協奏曲」、「禁じられた遊び」、そして「アルハンブラの思い出」ではないでしょうか。ギターを始めて 挑戦したくなる曲としても後ろ二つは筆頭に挙がるかと思います。フランシスコ・タレガ(1852-1909)はスペインのギタリストにして作曲家ですが、 難しい話はいいでしょう。技巧達者だったにもかかわらず、詩情ある甘い旋律の曲を作っています。

 そしてこのアルバムは「禁じられた遊 び」のイエペスが弾いているわけです。スペインのギター界を代表する人でした。好き嫌いはあるだろうと上で述べましたが、繰り返しながらその音色は幾分個 性的で、豊潤というよりは明晰、それと矛盾しますがオフに寄る瞬間もあります。微かな掠れの成分が混じることで多少ドライなテクスチュアも 感じます。運びとしては指使いから来るかっちりとした印象があり、抑揚も真面目です。これはもう純粋に好みなのですが、「アルハンブラの思い出」に関して は自分はペペ・ロメロのように抑えた静けさがあってやわらかな流れを感じさせる方がどちらかというといいかなあとも思います。その フィリップス盤には「禁じられた遊び」も入っているし、スペインのギター曲として有名なものが選ばれていますが(次に挙げます)、どうもそういうのは多い んですね。どのギ タリストもスペイン・ギター名曲選みたいなのをこぞってリリースしており、ソル(1778)、タレガ(1852)、アルベニス(1860)、グラナドス(1867)、ファリャ(1876)、リョベート(1878)など、波長の異なった作曲家と曲をバラエティ豊かに一枚にまとめてい ます。それはそれでいいけれども、このイ エペスのタレガ集はタレガだけに限っているところが粋なのです。あの「アルハンブラの思い出」の作曲家のちょっとロマンティックで甘い旋律で全編にわたっ て統一されているところが、ありそうでなかなかないものです。たくさんの録音をすることが許された大御所イエペスならではの企画と言えるでしょう(ロメロの日本公演でのタレガ集という珍しい国内盤もあります が、まだ手に入れていません)。通し でかけておいても上質な BGM になる CD です。「アルハンブラ〜」はテンポが速くてイエペスとしてはずいぶん情熱的で鮮烈な演奏です。強弱がしっかりついていてちょっと急き立てられるようなとこ ろがあるけれども、それがまたぐっと来るいい味わいです。ギターを弾かれる方の中にはこの速いトレモロについて一家言ある方もおられるでしょう。

 1982年録音のドイツ・グラモフォ ンです。デジタルになってからで、イエペスは五十五歳。ギターの音について色々言いましたが、それは楽器を含めてこの人の音の個性について強調しただ けであり、普通に聞けば魅力的な音に酔える優秀録音です。



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      Recuerdos De La Alhambra   Jeux Interdits   Asturias

      Pepe Romero (g) ♥♥


アルハンブラの思い出 / 禁じられた遊び / アストゥリアス
ペペ・ロメロ(ギター)♥♥
 上で触れたペペ・ロメロのスペイン・ギター名曲集です。タイトルから分かるように「アルハンブラの思い出」や「禁じられた遊び」、アルベニスの「アス トゥリアス」などが聞けます。たくさん出ているこの手の企画の中でも弾き方、音色ともに大変秀逸だと思います。揺れがあって情熱的でありながら滑らかであ り、 繊細な感性を感じさせます。38歳時の録音であり、後年はもう少しテンポがゆったり傾向になった気がしますが、この「禁じられた遊び」などはかなり速 い運びです。イエペスに慣れた耳には意外かもしれないけど、流れがあってこれはこれでいいのではないでしょうか。「アルハンブラ〜」はベストだと思いま す。やわらかい艶のあるギターの音色が大変美しいです。

 1982年のフィリップスのデジタル録音です。録音もベストです。この他にもアルベニスのタンゴなどが聞けるベスト盤「ペペ・ロメロ/ギター・ソロ」 (Pepe Romero Guitar Solos)、二枚組の「ジ・アート・オブ・ペペ・ロメロ」(The Art of Pepe Romero)、11枚組の「マスター・オブ・ザ・ギター」(Pepe Romero Master of the Guitar)など、組み合わせを変えて色々出ており、核になる録音はフィリップスの同じ名演なので曲目や曲数などによって選び、自分なりのベスト盤を 作ってみるのもいいかもしれません。



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     Liobet   13 Cançons Populars (El Noi de la Mare)
     Mompou   Manén   Cançons i Danses Catalanes
     Franz Harasz (g) ♥♥


リョベート/13のカタルーニャ民謡(〜 「聖母の御子」)
モンポウ/コンポステラ組曲など
マネン/ギターのための幻想ソナタ op. A-22 
フランツ・ハラス(ギター)♥♥
 聖母の御子(El Noi de la mare)という曲があります。クリスマスとも関連付けられるスペインはカタロニア地方の民謡です。独裁者フランコのために故郷に戻れなかったカザルスの 哀 切な「鳥の歌」も有名ながら、こちらは甘く懐かしくもどこか切ない、とても美しい曲でとても好きなのです。歌われることもあるけど、ギター弾きの間では結 構知られているナンバーで、それというのもタレガの弟子でセゴビアの師だともされるバルセロナ生まれのミゲル・リョベートという作曲家がギター用に編曲し たものが有名だからです。これをどうしても取り上げたいのだけれども、演奏となるとちょっとだけ難しいです。

 大御所イエペスのアルバムが最も有名 でしょうが、自分には多少ゴツっとしたフレージングで訥々とした運びに聞こえます。語尾を独特に延ばす癖はあるけどさらっとしたテンポで音色を変 えて弾いたり、遅くて表情がちょっと大きめだったりするセゴビアの方がどちらかというと好きかなと思います。ブリームとジョン・ウィリアムスは好み ではありませんでした。あるいはリョベートの全集と銘打ったロレンツォ・ミケーリの演奏がナクソスから出ていますから、それがいいかもしれません。そちら は多少脈打つようなアクセントが大きめです。他にもたくさんありますが、全拍ベタな情緒たっぷりで押されるのは困るし、とってつけた抑揚も辞退したいで す。機械のよ うな楽譜通りもときめきません。

 そうなると、最近出たティボー・ガル シア、「バッハ・インスピレーション」で話題になった人はどうでしょう。トゥールーズ生まれのスペイン系です。聖母の御子はバッハのシャコンヌほどこちら の要求度は上がりません。これは良いのです。大変良いのだけれど、今のところ一曲だけで配信のみという格好になってます。そして最終的に残ってトータルで 最も気に入ったのが、このフランツ・ハラスの盤です。13のカタルーニャ民謡全てが入ってます。残りの曲はかなり通好みの渋い選曲と言えるでしょうか、モ ンポウとマネンということで、モンポウはよく噛むと味わいが出て来る作品です。ファン・マネンの方は1883年バルセロナ生まれのヴァイオリニスト で作曲家、ギター作品はこれだけじゃないかという珍しい ものであって、ギタリストはレパートリーとして時々取り上げますが “fantasia-sonata op. A-22” と検索しないとなかなか出てこないような曲です。

 フランツ・ハラスという人はスペイン 系ではないようです。でもそんなことは気になりません。ドイツ系アメリカ人で1964年生まれ、ナクソスや BIS からアルバムをリリースしており、奥さんでブラジル人の鍵盤奏者デボラ・ハラスのチェンバロとの共演で「ファンダンゴ」というスリリングなアルバムも出し ています。ピアソラの曲を集めたソロも味わいがあってすごくいいです。

 ハラスの「聖母の御子」は揺れがあって表情豊かでありながら、どこか清潔感と穏やかさが感じられる好演です。大御所を褒めるのもいいけ ど、ぜひ聞いてみてほしい人です。ティボー・ガルシアと比べるとどちらもセンスが良くて甲 乙つけ難いですが、ガルシアにはいくらか夢見心地の良さがある一方、ハラスはわずかに速めでアクセントとタメによる脈動があり、溌剌として いて
光を感じさせます。テンポもガルシアほど後半で落としません。呼吸においてス ペイン系に負けていないでしょう。どちらも多く出ているこの曲の演奏の中で抜きん出てきれいで す。  

 2014年録音の BIS です。ギターの音はやわらかさと伸び、上品な艶があって文句なく美しいです。