バッハのオラトリオ 〜復活祭オラトリオ
取り上げる CD10枚: ヘレヴェッヘ/ベルニウス/パロット/ホールズ/レオンハルト/コープマン/鈴木/ガーディナー/マクリーシュ /ブリュッヘン バッハの宗教曲分類 バッハの宗教曲で完全な形で残っているのは、ミサ曲が有名なものに限れば1曲、受難曲2曲、オラトリオ3(2)曲、カンタータ200曲ほど、マニフィカ ト1曲、モテット6曲ほど、といったところでしょうか。ほど、と歯切れが悪いのは偽作かどうか、異稿、そこに含めるか否かといった問題があるからですが、 それぞれの形式がどう違うかというとより厄介な話で、そこは音楽学者にお任せです。バッハが偉大だとしても皆が学者さんにならなくてもいいでしょう。そこ でまず大きく二つに分けて捉えておくということになります。一般的な曲の形式として言う場合と、バッハに関する場合です。前者は時代によって定義が異なり ます。 各宗教曲の形式の違い バッハに関してその違いを言えば、ミサ曲、受難曲、オラトリオは規模も大きくて長さもある傾向であり、この中でミサはカトリックのミサの儀式で使うラテ ン語の定型文によ るものです。ルター派のバッハは通常はドイツ語のテキストを用います。受難曲とオラトリオは物語性がありますが、受難曲はイエスの刑死に至る過程を描くも の、オラトリオはそうではないという違いがあります。カンタータは物語を描くものではなく、マニフィカトはミサと同じくラテン語で、聖母マリアの祈りの形 をとります。モテットは広義では宗教曲一般の意味がある一方、バッハの場合は主に楽器を伴わないア・カペラの合唱曲で、規模も小さく比較的短いものです。 アリアのように旋律が目立つというよりも精巧にパートが織り込まれて作られたものながら、葬儀用ということもあってか静かで独特の美しさに満ち、オラトリ オなどとは反対の趣です。こうして分類すると、何だか少し分かったような気分になれます。よし、ミサ曲ロ短調と受難曲に、カンタータも有名どころはいく つか聞いたから、このジャンルを制覇するぞ、と思えて来るかもしれません。 三つのオラトリオ さて、本題のオラトリオですが、作曲年代は1723年〜35年ということで、23年はバッハがライプツィヒに来た最初の年。これ以降のライプツィヒ時代 の作品は、カンタータなどに関して言うならば、それ以前からのアリアが際立つような作風から変化し、地味ながらもより複雑な味わいの曲へとシフトして行く 時期のもの、ということができると思います。 三曲ありますが、そのうち「昇天祭オラトリオ」はカンタータの形式にも数えられるもので(BWV 11)、オラトリオに含めるかどうかは議論が あるようです。これについてはカンタータのページですでに少しコメントしました。四曲目がロ短調ミサに転用された曲です。 そして最も有名なのは「クリスマス・オラトリオ」でしょう。受難曲とは異なった趣の華やかで明るい雰囲気があり、クリスマス用ということもあって、初演 時がクリスマスだったマニフィカトと並んで人気があります。規模も大きくて長く、バッハのオラトリオといえば普通はこれが真っ先に挙がります。そしてクリスマスといえばクリスチャンにとっては特別な日であり、うきうきするお祭りだというのもよく 分かります。元気の良いトランペットもオペラの劇的な序曲と同じで、バッハの当時の聴衆にとって も期待に満ちた非日常を演出するものだったでしょう。た だ、比較的後の方の作品ということもあって、むしろレチタティーヴォ(語り)に軸足があるか のようであり、一度聞いたら忘れないという特徴的な旋律のアリアは存在しません(主観です。そしてアマチュアには辛い出来事です)。そうい うものを重視してカンタータのページを作ったことと、CD で聞く場合は家の中で再生機器から音を出すわけであり、 金管と打楽器が威勢良く活躍する曲は元々個人的に苦手な方でもあるので、このオラトリオはごめんなさいすることにします。自分が普段聞かない曲を比べっこ しても正直者じゃない気がするからです。曲は流用が多いの か、5曲目は140番の感動的な節回しに似てたりするし、それは17曲目でも少し対応しており、また10曲目のシンフォニア、19曲目、31曲目のアリア なども静かでいいのですが。 復活祭オラトリオ 一方、ここで取り上げる「復活祭(イースター)オラトリオ」はナレーターが付くクリスマス・オラトリオほど劇的で長い作品ではないですが、1725年の 作曲ですから、ライプツィヒへ来てまだ二年、ロマンティックな情感をたたえるメロディーの泉は 枯れていません。というのも、二曲の印象的な旋律が登場し、そのうちの一つはアルビノーニのアダージョなどのバロックの名曲に数えてもいいぐらい叙情的で あり、オーボエで吹かれるのでオーボエ奏者が他の有名曲と共にアルバムで取り上げたりするほどなのです。オーボエ協奏曲の第二楽章みたいな、器楽による二 曲目のアダージョです。切々と訴えるところなんか、「ヴェニスの愛」のマルチェッロと比べてもいいでしょう。 そしてもう一曲は五曲目のソプラノのアリア、Seele, deine Spezereien(魂よ、おまえの香油は)です。カンタータなどの名旋律集を作るなら、二曲目から続けても間合いがぴったりになります。大変美しいア リアで、コーヒーカンタータのアリアにもちょっと似ています。復活祭用の曲ですから、物語はイエスの復活に関する話ということになります。歌い手はヤコブ の母マリア。この人は馴染みがないかもしれません。マグダラのマリアとともにイエスの磔刑を見守り、その後墓に行って復活を見届けた何人かの人たちの一人 です。この話では登場人物と行動に関して聖書の記述に食い違いが見られることから、全てか、あるいは一部が史実ではなく、創作が含まれていることは明らか ですが、マリアといっても両方ともイエスのお母さんの聖母マリアではありません。男の弟子たちは残酷なシーンだからというよりも、自分たちも捕まって同じ 目に遇うことを恐れて逃げており、一部始終を見なかったのです。女性たちが目撃者になるというのは面白いです。男性原理の側、思考=裁定=自我=現生が支 配する話ではないかのようです。男性原理は時間にも追われます。ひょっとして復活というのは、本来は物質次元ではない出来事の比喩なのでしょうか。その後 残りの弟子たちのところにもイエスは現れる話になっているのですが、女性の方が先に経験し、男性は少し遅れて目撃することになるのです。その永遠の姿を。 没薬(もつやく)というのは死んだイエスの体に塗られた香油です。ミルラと呼ばれるこの樹脂オイルは古代エジプトではミイラの防腐処理に使われたもので す。ミイラはポルトガル語でミルラを表す mirra の発音から来ているとされます。主人公のマリアは安息日明けに再度その香油を塗ろうとして墓に向かいました。そこでイエスの体がなくなっているのを目の当 たりにするわけですが、この歌は墓へ行く途中の場面だと考えられます。 以下に歌詞を記します: Seele, deine Spezereien Sollen nicht mehr Myrrhen sein. Denn allein Mit dem Lorbeerkranze prangen, Stillt dein ?ngstliches Verlangen. 魂よ、おまえの香油は もはや没薬では役に立たない なぜならただ 輝く月桂樹の冠のみが 心にのしかかる切望を和らげるだろうから 録音している演奏者 このイースター・オラトリオ、クリスマス・オラトリオと比べると録音されている数が少ないんじゃないでしょうか。今回この記事を書くにあたって聞いてみ た代表的なものは、古楽奏法ムーブメント以前は除いて、以下の通りです。指揮者/ソプラノ/録音年の順に記します。わざわざソプラノだけ取り出したのは別 にフェチとかそういう話ではなく、こうした宗教曲の美しいメロディーの多くはアリアにあり、その目玉はやはりソプラノだからです。というのか、実際は五曲 目が個人的には気になるからです: レオンハルト/モニカ・フリンマー/93 パロット/エミリー・ヴァン・エヴェラ/93 ヘレヴェッヘ/バルバラ・シュリック/94 コープマン/リサ・ラーソン/98 マクリーシュ/キンバリー・マッコード/00 鈴木/野々下由香里/04 ベルニウス/ジョアン・ラン/04 マシュー・ホールズ/キャロリン・サンプソン/10 ブリュッヘン/イルゼ・エーレンス/11 ガーディナー/ハンナ・モリソン/13 個人的に気に入ったものから順に見て行きます。 Bach Easter Oratorio BWV 249 Philippe Herreweghe Collegium Vocale Gent La Chapelle Royale ?? Barbara Schlick (s) Kay Wessel (a) James Taylor (t) Peter Kooy (bs) バッハ / 復活祭オラトリオ BWV 249 フィリップ・ヘレヴェッヘ / コレギウム・ヴォカーレ・ゲント ?? シャペル・ロワイヤル バーバラ・シュリック(ソプラノ)/カイ・ヴェッセル(アルト) ジェイムズ・テイラー(テノール)/ ペーター・コーイ(バス) まず、ヘレヴェッヘ盤がお気に入りです。バッハの宗教曲をまとまった数録音している古楽の演奏者の中で最も古楽系のアクセントが少なく、真っ直ぐ素直で 繊細なんじゃないでしょうか。あのフレーズのお尻のところを短く切り上げるような途切れとぎれの印象がありません。トランペットとティンパニも十分くっき りしているけど元気良くやり過ぎたりしません。全体にやわらかさと滑らかさを感じさせる、バランスの良い上質な味わいなのです。マニフィカトもこの人た ちの演奏が平均点高かったですが、このイースター・オラトリオも例外ではありません。 さて、前述の通りこの曲で自分が注目する部分は二曲目のオーボエと五曲目のフルートに続くソプラノなのですが、そういう選び方 が正しいかどうか(マタイ受難曲のようにストーリー性のある大曲でエヴァンゲリストが語って行くような作品だと、そんな限定的な聞き方 はさすがにちょっと気が引けます)は横へ置いておいて、 その部分を見てみますと、まず二曲目のオーボエ、これがまた最高に良いものの一つだと思うのです。オーボエのソロイス トが単独でこの曲を自身のアルバムに加えていたりもするぐらいですが、そういうスター・プレイヤーになんら引けを取ることがありません。どんな吹き方か説 明できるほど楽器に詳しくないのものの、テンポは多少速めの方に入り、ピエルロのようにというよりもホリガーのように、とでも言のうか、のびの びとした息の長いクレッシェンドは毎回少しずつニュアンスを変えて陰影があります。きれいにつながったスラーで文句ない出来です。ベルギーのオーボエ奏 者、マルセル・ポンセールでしょうか。クレジットにその名前が記されています。フランドルのアンサンブル、イル・ガルデリーノを作った人です。ここを聞く ためだけにこの盤を選んでも良いと思えてきます。 五曲目のアリアですが、ソプラノはドイツのバルバラ・シュリックです。ここもやや速めの設定で音を途切らさずにつなげて行きます。こういう運びは大変良 いです。軽快でテンポ感があって滑らかだからです。やはりこの部分の歌唱の中でも最も気に入ったものの一つと言えます。声質としてはもう少し高い声の方が 好みだし、嫌味では全然ないけど揺らめくビブラートを多用するところもあって、そこはあまり嬉しくないのですが、古楽ではフレーズを途切れるようにボツン ポツンと歌うケースが聞かれるものなのに、それがないのが何よりありがたいのです。それにここでのシュリックは力も抜けていてやさしさも感じられます。こ のとき五十一歳で、衰えを感じさせません。 ハルモニア・ムンディ1994年のセッション録音は毎度ながら秀逸です。やわらかく潤いがありながら被らず、透明感もあります。カップリングは66番の カンタータです。 Bach Easter Oratorio BWV 249 Frieder Bernies Barockorchester Stuttgart Kammerchor Stuttgart ?? Joanne Lunn (s) Elisabeth Janssonl (a) Jan Kobow (t) Gotthold Schwarz (bs) バッハ / 復活祭オラトリオ BWV 249 フリーダー・ベルニウス / シュトゥットガルト・バロック管弦楽団 ?? シュトゥットガルト室内合唱団 ジョアン・ラン(ソプラノ)/ エリザベート・ヤンソン(アルト) ヤン・コボウ(テノール)/ ゴットホルト・シュヴァルツ(バス) これも二曲目のアダージョでのオーボエがヘレヴェッヘ盤のマルセル・ポンセールに負けず劣らず魅力的で、五曲目のアリアはこの曲の歌唱で一番魅力的と 言ってもいいぐらいという出来です。演奏している団体は1968年に結成されたシュトゥットガルト室内合唱団と同バロック管弦楽団で、その近郊に47年に 生まれてその合唱団を結成したフリーダー・ベルニウスが指揮しています。新しい人ではないけれども日本では今まであまり名前があがって来なかったんじゃな いでしょうか。優秀録音と相まって大変レベルの高いアンサンブルを聞かせてくれるように思います。ヘレヴェッヘと並んで自分としては復活祭オラトリオのベ ストの一つです。 合唱も管弦楽も緻密で正確ながら、自然な乗りで全体に透明感があります。ヘレヴェッヘの方がよりウェットさと丸い滑らかさを強調するところがあるように 思いますが、こちらはどこをとってもありのままのニュートラルという感じで、良い意味で完璧です。輝かしいところは適度に輝かしく、力みもありません。独 唱陣もアルトがややオペラティックかなと思いますが(ヘレヴェッヘ盤はカウンター・テナーです)レベルが高いです。 二曲目のオーボエですが、この楽器らしい長いクレッシェンドの表情も素晴らしい上、ポンセールよりもやわらかさがあって大変静かな印象です。弱音の表現 を効果的に使っているのです。最初はやや軽快なテンポかと思いますが後半はたっぷりとした運びになります。リズムに繊細な揺れがあり、やや引っ込み気味に 聞こえるかもしれませんが、この美しさには思わず聞き耳を立てます。 五曲目のアリアを歌うのはジョアン・ラン。ガーディナーやバッハ・コレギウム・ジャパンのカンタータで歌っていて大変魅了されたイギリスのソプラノで す。そしてこの歌唱がいいのです。若々しく、高い音での倍音の細さが少し少女的なところがあり、声音の変化が大きいです。イギリスの人にありがちな声の出 方でしょうか。親密な語りかけを交えているような雰囲気もあります。いくらか途切れるように吹く雰囲気のあるフルートの伴奏がコーヒーカンタータのアリア を彷彿とさせ、鈴木盤のその曲ではキャロリン・サンプソン(そういえばこの人もカークビーもイギリス人です)が歌っていたのですが、その訴えかける感じと 曲の作りがなんか似ているなと思いました。全体にはエネルギッシュに押す方ではなく、清楚で素直、それでいて技巧を見せます。長い曲なのでこの声にとっぷ り浸れます。 カップリングは11番のカンタータとして数えられることもある「昇天祭オラトリオ」BWV 11 です。録音は2004年のセッションで、レーベルはドイツのカールス。この録音がまた大変優秀です。すっきりと高い方に伸びた倍音は細部まで描き、響きは 透明でナチュラルです。 Bach Easter Oratorio BWV 249 Andrew Parrott Taverner Consort and Players ?? Emily Van Evera (s) Caroline Trevor (a) Charles Daniels (t) Peter Kooy (bs) バッハ / 復活祭オラトリオ BWV 249 アンドルー・パロット /タヴァナー・コンソート&プレイヤーズ ?? エミリー・ヴァン・エヴェラ(ソプラノ)/ キャロライン・トレヴァー(アルト) チャールズ・ダニエルズ(テノール)/ ペーター・コーイ(バス) 1947年生まれのイギリスの指揮者、アンドルー・パロットと彼が73年に創設した古楽アンサンブルのタヴァナー・コンソート&プレイヤーズの演奏で す。ロ短調ミサのところではすでにご紹介していました。OVPP(ワン・ボイス・パー・パート)と呼ばれる各パート一人の合唱による演奏で、パロットは ジョシュア・リフキンと並んでそのやり方の提唱者であり、草分け的な存在です。この方式は厚みのある合唱が消えて一人ひとりの歌の呼吸がダイレクトに聞こ えるため、演奏によっては不安定で頼りない感じがするときもありますが、ここでの演奏は全くそういうことを感じさせず、人数が少ない分透明で、むしろやか ましくなくてこの方がいいかと思えるぐらいです。全体の運びはオーケストラも軽快で透明感があり、適度に張りと活気がありながら賑やかになり過ぎません。 出だしのシンフォニアもくっきりはしているけれども、どこか聞きやすさがあります。それでも同じ趣向のマクリーシュ盤よりはトランペット、ティンパニとも に多少元気が良いでしょうか。 この録音も五曲目のソプラノのアリアが一つ前のベルニウス盤と並んでこの曲随一と言ってもいいほど魅力的です。 二曲目のアダージョはフルートが受け持っており、大変抑えて細く静かに入ります。このフルート、古楽としては個性的で風情があるアプローチです。長く音 を引っ張り、切れぎれの感じがなくてスムーズなのです。こういうピリオド奏法は良いと思います。オーボエのようにクレッシェンドでぐっと力を込めるような 運びではない分、全体に静かな印象です。ちょっとリコーダーのような響きは木製の古楽器らしいでしょうか。音量が小さいので鈴木盤のフルートと同じような 控えめさは感じますが、吹き方は大分違うようです。楽器としてはオーボエが好きですが、これはこれで大変魅力的です。 五曲目のアリアはやはりその静かなフルートで始まり、テンポは中庸であり、決して遅過ぎないので流れがあって良いです。歌っ ているのはエミリー・ヴァ ン・エヴェラ。ヴァンなんてドイツかオランダ系みたいですが、ミネソタ生まれのアメリカのソプラノということです。若々しい高い声で清潔な運びは70年代 のカークビーを聞いているみたいです。語尾を全てスラーでつなぐわけではないですが、自然で切れぎれになる感じがなく、ところによっては古楽唱法で一般的 に指示されているのとは違って長く延ばしています。カップリングのマニフィカトのアリアでは一つひとつフレーズを短く切って行く感じが強く、反響もやや デッ ドに感じるのですが。この部分の歌唱として聞いていて心地良い最良のものの一つだと思います。一つ前のジョアン・ランと比べても甲乙つけ難く、どっちがい いでしょうか。案外こちらの方かもしれません。 ヴァージン・ヴェリタス1993年の録音で、カップリングは元々は4番のカンタータですが、この盤は二枚組になっていて昇天祭オラトリオ(11番のカン タータ)とマニフィカトも入っています(そちらは89年録音)。バランスとコンディションは非常に良いです。 Bach Easter Oratorio BWV 249 Matthew Halls Retrospect Ensemble ? Carolyn Sampson (s) Iestyn Davis (ct) James Gilchrist (t) Peter Harvey (bs) バッハ / 復活祭オラトリオ BWV 249 マシュー・ホールズ / レトロスペクト・アンサンブル ? キャロリン・サンプソン(ソプラノ)/ イェスティン・デイヴィス(カウンター・テナー) ジェイムズ・ギルクリスト(テノール)/ ピーター・ハーヴェイ(バス) こちらは上記のベルニウス盤で歌っているジョアン・ランと似た路線とも言えますが、イギリスのソプラノ、キャロリン・サンプソンを起用しているもので す。この人は大変好きな歌い手なので取り上げたところもあるのですが、演奏している団体はレトロスペクト・アンサンブル。2009年に結成されたイギリス の古楽器オーケストラと合唱団です。レトロスペクトというのはいわゆる「レトロ」、回顧のことですが、前身があります。1980年に発足したキングズ・コ ンソート(キングズ・シンガーズとは別の団体)を母体として、そこから新たに生まれた楽団なのです。そこらへんの事情はやや書き難いですが、リーダーのロ バート・キングが未成年の男児五人への十三年にわたる性的虐待で収監されたことを受け、心機一転、新たな名前で枝分かれして出発ということになったようで す(元の団体も存続)。指揮をするのはマシュー・ホールズ。イギリスのハープシコード奏者でアムステルダム・バロック管、レザール・フロリアン、エイジ・ オブ・エンライトメント管、アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックなどで活躍して来た人です。 全体の運びとして言えることは、ちょっとこの指揮者独特の解釈が含まれるかもしれませんが、古楽奏法的なイントネーションが聞こえるということで す。ただし速く流してせかせかとフレーズを切り上げたり、イネガルで身を捩らせたりする方向ではありません。主にゆったりしたパートで、ボールを高く放り 上げて落ちて来るまで待つような間を取り、弱く遅く潜るように抑揚をたっぷり付けるところがあるのです。落ち着いているけど、人によっては少したどたどし いように感じるかもしれません。もちろんこういう表情が好きな方にとってはじっくり構えているようにも聞こえ、良いことだろうと思います。一方で元気な 運びの部分では揃ったアンサンブルと合唱により壮麗であり、そこに音量を合わせるとアリアが小さくなるなど、ダイナミック・レンジの大きな演奏と録音でも あります。 二曲目のアダージョのオーボエは誰でしょう、アレクサンドラ・ベラミーとハンナ・マクラフリンという二人の女性オーボエ奏者の名前が記されていますが、 アルファベット順のようでもあるので、どちらが吹いているのかは分かりません。これがまた上記二枚と比較しても負けず劣らず魅力的な演奏だと思います。音 色はことさら古楽器の固めで輪郭のはっきりしたリードの音という感じではなく、やや細身で静かながら滑らかに、力強いクレッシェンドを見せます。ベルニウ ス盤の オーボエほど弱い方にシフトはしていないですが、部分的に弱音へ沈むところが繊細で、一度少し弱めてから強くするなど、表情も大変あります。オーケストラ がときに過剰なぐらいの表情を付ける傾向があり、間を取ったり、その前後で極端に弱めたりがあって速度も遅い方に引っ張るため、オーボエの方もそれに合わ せるように多少表情が大きいところはあります。弱める方向にちょっと大胆なのです。しかしそれはそのフィールドで共有された周波数ですから、演奏している 個人の資質ではないと思います。 五曲目のアリアはキャロリン・サンプソンが歌うので大変期待するところです。有名な82番のカンタータやコーヒー・カンタータなどのアリアを鈴木 BCJ 盤で歌っていて魅せられた人です。どことなく可憐な印象を持たせる声質に自在な装飾を含めた表現力と繊細さが加わり、同時に静けさを感じさせることができ ます。そしてやはりここでも魅力的な声を聞かせています。ただ、全体の運びの指示があるのでしょう。ゆったりと間を空ける、やや癖のある表情のフルートに 縁取られ、多少遅めの進行です。上記ベルニウス盤のジョアン・ランの歌唱を聞いてサンプソンの歌うコーヒー・カンタータを思い出したと書きましたが、この 本人の歌よりもそう聞こえたぐらいです。もう少し滑らかにさらっと流れてくれた方が自分としては好みかな、と少しだけ思いました。 2010年のセッション収録で、レーベルはスコットランドのリン・レコーズです。大変良い録音です。 Bach Easter Oratorio BWV 249 Gustav Leonhardt Orchestra and Choir of the Age of Enlightenment ? Monika Frimmer (s) Ralf Popken (ct) Christoph Pr?gardien (t) David Wilson-Johnson (bs) バッハ / 復活祭オラトリオ BWV 249 グスタフ・レオンハルト / エイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団&合唱団 ? モニカ・フリンマー(ソプラノ)/ ラルフ・ポプキン(カウンター・テナー) クリストフ・プレガルディエン(テノール) デイヴィッド・ウィルソン・ジョンソン(バス) ソプラノの話ばかりしていますが、レオンハルト盤はドイツのモニカ・フリンマーです。55年生まれなので同じ国のバルバラ・シュリックより十二歳下で、 このとき三十八歳。この曲ではずっと若かったことになります。 レオンハルトはマタイ受難曲では素朴で自然な運びが魅力的でしたが、あのときは四年前、ボーイ・ソプラノに少年合唱団でした。ここでも全体に落ち着きが あって出だしからうるさくなりません。周波数は同じと言っていいでしょう。解釈が特に異なるわけではないでしょうが、ゆったりしているのと、フレーズを滑 ら かにつなげる方向ではない古楽のやり方ではあるので、遅くて一つひとつ丁寧にこなしているように聞こえるところもあるかもしれません。全体におっとりとし ています。 二曲目のアダージョでのオーボエですが、なかなか良いのです。多少ひなびた感じの音で抑揚がはっきりしており、長音でのクレッシェンドの加減もしっかり していて魅力的です。テンポはかなり遅い方で、そのせいか滑らかな運びにはなりませんが、不自然さは感じません。間はしっかり取り、フレージングは古楽的 にはっきりとさせるところもあるながら、音を途切らせるところまでは行きません。派手さはないプレイだけど濃厚でじっくり聞ける、良い意味でゆったりくっ きりの 演奏だと言えるでしょう。弱めるところも弱め過ぎたりせず、きれいです。個人的な好みはもう少し流麗で変化に富んだものなのですが、納得してしまいます。 五曲目のアリアですが、出だしのフルートは静かに入り、古楽らしい区切れ方でゆったりめのテンポです。モニカ・フリンマーの声はきれいです。時々 高い音を強く絞って張り上げるように出す瞬間があるのが特徴と言えるかもしれません。やはりテンポはゆったりめで続き、特にフレーズを短く切り上げるとい うほどではありませんが、清潔に短い方ではあって、スラーで延ばして続けたりはしません。いずれにしてもテンポが遅めなので流れるような印象はありませ ん。自然で良い歌唱だと言えるでしょう。 1993年フィリップスの録音で、コンディションは良いです。出だしのトランペットが特に静かな音色というわけではないものの、ガーディナー盤などより は多少おとなしく聞こえる気がします。カップリングは「昇天祭オラトリオ」とも、カンタータの11番とも言われる BWV 11 です。 Bach Easter Oratorio BWV 249 Ton Koopman Amsterdam Baroque Orchestra & Choir ? Lisa Larsson (s) Elisabeth von Magnus (s) Bogna Bartosz (a) Gerd T?rk (t) Klaus Mertens (bs) バッハ / 復活祭オラトリオ BWV 249 トン・コープマン / アムステルダム・バロック管弦楽団&合唱団 ? リサ・ラーソン(ソプラノ)/エリザベート・フォン・マグヌス(ソプラノ) ボーニャ・バルトズ(アルト) ゲルト・テュルク(テノール)/ クラウス・メルテンス(バス) ジョアン・ラン、キャロリン・サンプソンなどと、好みのソプラノを取り上げて来ましたが、コープマン盤のソプラ ノはリサ・ラーソンであり、この人も気になります。 コープマンとその楽団の演奏自体はトランペットが活躍して元気の良い出だしの曲など、輝かしいガーディナーなどと比べると適度に潤いがあって個人的には 好みです。静かな部分では遅めのテンポで、よく間を取って古楽らしくフレーズを区切るように進めるところもあります。そういう場面ではしっとりしてい ると言って良いでしょう。 二曲目のアダージョはオーボエではなく、フルートにやらせています。オーボエのようにことさらクレッシェンドが効く楽器ではないですが、部分的に試みて いるところはあります。出だしからコープマンのオルガンが主旋律の間をちょろちょろと動くように活躍していて、この時代はそういう即興はあったし、またや りたかったのだろうけど、好みは分かれるところかもしれません。フルート自体は装飾が多めです。これも奏者の独断というよりも、打ち合わせ通りなのかもし れません。全体に遅めの運びで力が抜けており、間を空けつつ進めます。舐めるようにフレーズを転がすところもあり、音色、吹き方ともに鄙びた味わいがあり ます。 五曲目のアリアです。スイス在住のスウェーデンのソプラノ、リサ・ラーソンですが、オルガンに伴われながら間を区切るアクセントの遅めのフルートに導か れ、少し少女のような、どこか可愛らしい響きがあるきれいな声で歌い始めます。低い音が多少不安定になるときがあり、場合によってはボーイソプラノのよう に聞こえることもあるのですが、それが気にならずに良い感じでもあります。ただ、全体の運びがゆったりに設定され、古楽のマナーが要請されているからか、 やはり多少遅めに感 じるし、フレーズを一つひとつくっきりさせる方向で滑らかにつなげる歌い方ではありません。音符ごとに山を作る傾向も多少聞かれます。でも色々言っても トータルでは大変魅力的だと思います。何といっても清らかで聞き惚れるいい声なんです。波長として感じがいいって、大事です。遅いのも落ち着いているとも 言い換えられます。でもフルートはやっぱりもう少し飾らないで縁取ってほしいかな、というところはあるでしょうか。 1998年のエラートです。良い録音です。組み合わせはマニフィカトということで、通しで聞ける曲なのでありがたいです。 Bach Easter Oratorio BWV 249 Masaaki Suzuki Bach Collegium Japan ? Yukari Nonoshita (s) Patrick Van Goethem (ct) Yan Kobow (t) Tomoyuki Urano (bs) バッハ / 復活祭オラトリオ BWV 249 鈴木雅明 / バッハ・コレギウム・ジャパン ? 野々下由香里(ソプラノ)/パトリック・ヴァン・ゲーテム(カウンター・テナー) ヤン・コボウ(テノール)/ 浦野智行(バス) カンタータの全集を出したお友達続きで鈴木盤です。ときにやや平坦に響くときもあるけれどもそれもしんとした静けさとして感じさせる、ゆったりして端正 な運びが魅力的な BCJ ですが、ここでもテンポは全体に中庸やや遅めか、はっきり遅めというところです。元気な楽章である出だしから美しさが感じられる演奏となっています。全体 を通しで聞いていてやかましさが全く感じられないのが素晴らしいと思います。 二曲目のアダージョはフルートです。古楽的なフレージングで端正に切って行きます。力を込める感じがしなくて、おとなしくて静かです。もう少し思い切っ て乗りと押しがある方が好みではあるものの、古楽器らしい多少くすんだ傾向の鄙びた音色がきれいです。自己主張をしないことで劇の幕間のつなぎの音 楽のようにも聞こえるわけですが、それも個性だと思います。全体の中にきれいに嵌ったピースとして織物を引き立て、穏やかさ、静けさでは一番でしょう。物 思いにふけっているようにも聞こえます。 五曲目のアリア、ソプラノは野々下由香里です。大変ゆったり入るフルートは平坦な印象で、次の歌唱の邪魔をすることなく導入の役割を果たします。声は大 変きれいです。テンポは遅いけれども語尾をすぐに切ることはなく、ある程度延ばすのが嬉しいです。清潔な印象です。やはりもう少し流れのあるテンポでつな いだ方が好みではあるのですが、ぶつ切れ感はなく、丁寧で静かという印象です。平穏な心のマリアが周囲を眺めつつ自分に言い聞かせているような歌唱で魅力 的です。 2004年 BIS の録音はまた響きがすごくきれいです。組み合わせてある曲は「昇天祭オラトリオ」(カンタータ第11番) です。 Bach Easter Oratorio BWV 249 John Eliot Gardiner The English Baroque Soloists The Monteverdi Choir Hannah Morrison (s) Meg Bragle (a) Nicholas Mulroy (t) Peter Harvey (bs) バッハ / 復活祭オラトリオ BWV 249 ジョン・エリオット・ガーディナー / イングリッシュ・バロック・ソロイスツ モンテヴェルディ合唱団 ハンナ・モリソン(ソプラノ)/メグ・ブレイグル(アルト) ニコラス・ムルロイ(テノール)/ ペーター・ハーヴェイ(バス) コープマン、鈴木と出たところで、同じくカンタータの全集を出したガーディナー盤です。ガーディナーはこの復活祭オラトリオを長らく出していませんでし たが、2013年になって録音しました。ここで歌っているソプラノはハンナ・モリソン。スコットランド系オランダ人でガーディナーとはよく共演していま す。 ジャケットが大変面白いのですが、これはスリランカの南西部で行われて来たスティルト(竹馬/支柱)・フィッシングの光景です。岸から遠く離れたところ に立てた簡単な十字架の上で魚の群れを待って釣るもので、二次大戦の頃に食料難と釣り場の混雑から試みられるようになった漁法です。夜明けと日没近くに行 う体にきつい作業であることと、この間の津波によるコースト・ラインの変化によって廃れて来ており、今や観光客向けに、あるいは写真撮影のために元の漁師 がその支柱を貸し出しているだけとのことです。どうしてこれなんでしょうか。この CD、もう一曲は葬儀用のカンタータですから、象徴する画像としてはイースター・オラトリオの方に関係するのだろうと思います。恐らく、十字架と魚という のが復活のキリストを表すからでしょう。十字架の方については、このスティルトには紐で括り付けられた斜めの支柱があるから正確には十字架じゃないけど、 それはいいとして、「魚」というのは、ギリシャ語で魚を表すイクトゥスという語が「イエス・キリスト、神の子、救世主」の頭文字を取ったものと同じスペル になるので古くからキリストのシンボルとして使われて来たということがあるのです。イースターと言えば卵が有名ですが、フランスでは魚型のパイもそれに加 わります。でも、キリストって釣られちゃうのかな。 ちょっと横道に逸れたので戻します。ここでのガーディナーの演奏は二度のマニフィカトの録音と同様、トランペットが活躍する部分ではそれが前に出る録音 でもあり、またその音色も加わってなかなか輝かしく元気の良い運びに聞こえます。ティンパニも歯切れが良いです。換言すれば透明で生気がある演奏というこ とになるでしょう。そしてコープマン盤同様、古楽のアクセントが彼のものとしても割合はっきりしてる方になるかと思います。 二曲目のアダージョですが、オーボエは古楽器らしい独特の音で、掠れた倍音が加わるような少しくすんだ音色です。いぶし銀というのでしょうか。音域は別 にしてバソンやコーラングレといった楽器を思わせるところもあります。弦の導入から運びは遅い方で、くっきりと区切られたフレージングを指示されてもいる ようです。間を空けつつやや訥々と進めます。それと、フレーズ終わりのロングトーンで、引っ張ってビブラートを出すところが特徴的で面白く、装飾も付けま す。弱音は思い切って弱め、遅くします。専門的な見解があってこの楽器と吹き方になっていると思うのでコメントは避けますが、ともかく聞いた感じはそんな 風であり、ため息のように静かです。 五曲目のアリアは、まずフルートの吹き方はスタッカートを交え、アダージョのオーボエと同様にフレーズごとに区切って間を空ける古楽方式です。ただし語 尾で上記のオーボエのようにビブラートをたっぷりかけることはなく、さらっと弱めます。テンポはゆったりの方です。 歌い方も運びとしては伴奏と波長を同じにしており、間で切れる古楽のマナーです。テンポはそのままゆったりで、スタッカートがあったりして延ばしてはつ なげません。声質は少し細いところがあり、力強さや滑らかさを出す方向ではなく、このソプラノもやはり妖艶系ではなくて清楚系に入るかと思います。それ自 体は好みの方向なのですが、こういう歌い方の指示だと他の古楽の演奏と同じように聞こえる面もあるかとは思いました。訥々として静かな、語りのような表現 が好きな方には納得できるものだと思います。 2013年の録音はライヴですがコンディションは良いです。「ただ神にのみに栄光あれ」というプロテスタントの信条であり、バッハが楽譜の最後に記した 言葉でもあるソリ・デオ・グロリアという名前を選んだガーディナー自身のレーベルから出ています。カップリングは名曲、カンタータの106番です。 Bach Easter Oratorio BWV 249 Paul McCreesh Gabrieli Consort and Players Kimberly McCord (s) Robin Blaze (ct) Paul Agnew (t) Neal Davis (bs) バッハ / 復活祭オラトリオ BWV 249 ポール・マクリーシュ / ガブリエリ・コンソート&プレイヤーズ キンバリー・マッコード(ソプラノ)/ロビン・ブレイズ(カウンター・テナー) ポール・アニュー(テノール)/ ニール・デイヴィス(バス) 1960年生まれの古楽を得意とするイギリスの指揮者、ポール・マクリーシュは82年にガブリエリ・コンソート&プレイヤーズを設立しました。復活祭オ ラトリオは2000年の録音で、パロット盤と同じく OVPP、各パート一人の合唱による演奏です。英国で古楽のアンサンブルを立ち上げて OVPP で行くところ、全体の運びも含めて両者はちょっと似たイメージでしょうか。ここではアルトのパートに高めの声で清潔に伸びやかに歌うイギリスのカウン ター・テナー、ロビン・ブレイズが起用されています。鈴木盤のカンタータで大活躍した人で大変好きなので嬉しいです。 全体の流れですが、古楽の団体のいくつかにあるように静かなパートでしっかり遅くして行くのではなく、適度に軽さのある運びです。こういうところもパ ロット盤と重なります。合唱も一人ずつというのが違和感がなく、自然で透明に聞こえて魅力的です。フレーズも変な癖がありません。出だしも少し速めのテン ポで軽快ながら耳に痛くなりません。 二曲目のアダージョのオーボエ、これはいいです。??です。ことさら古楽器というような音色でもない気がしますが、テンポはヘレヴェッヘ盤と同様、やや 速めの軽快なもので、しっかりとした抑揚があり、熱が入っていて息の長い呼吸が聞けます。フレーズは古楽の途切れるものではなく、滑らかに引っ張ってつな げています。 五曲目のアリアのソプラノはキンバリー・マッコード、知らなかったので検索したら目のはっきりしたきれいな人の写真が出て来ました。シカゴ・リリック・ オペラの会員でアメリカの人のようです。聞いてみてください。適度にやわらかく落ち着いた声で、アルトっぽい感じもありながら太くはなく、速い周期ではた めくように揺れるビブラートを全体にかける歌い方です。妖艶という感じではありません。語尾を短く切り上げることは指示されていないのか、伴奏のフルート は表現としてフレーズを区切るところも聞かれるものの、歌の方は自然に延ばします。強く張り上げるのではなくやさしく歌っています。マリアは震える気持ち だったのかもしれません。 2000年のアルヒーフで、これも大変きれいな録音です。カップリングはマニフィカトで、ありがたいです。 Bach Easter Oratorio BWV 249 Frans Br?ggen Orchestra of the 18th Century Cappella Amsterdam Ilse Eerens (s) Michael Chance (ct) Makes Sch?fer (t) David Wilson-Johnson (bs) バッハ / 復活祭オラトリオ BWV 249 フランス・ブリュッヘン / 18世紀オーケストラ イルゼ・エーレンス(ソプラノ)/ マイケル・チャンス(カウンター・テナー) マルクス・シェーファー(テノール)/ デイヴィッド・ウィルソン=ジョンソン(バス) なんだかお別れの挨拶をしているようだと感想を述べさせてもらった「田園」の録音と同じ年、ブリュッヘンはこのイースター・オラトリオも録音していま す。亡くなる三年前のことで、その二年前のロ短調ミサからすでに少しそんな波長はあったと思います。大変特徴的です。特にトランペットが控えめとかそうい うことではないけれども、ゆったりして力が抜けているようにも感じる一曲目からおっとりした雰囲気が漂います。同じ出だしの三曲目での合唱もやはりいくら かしっとりとしているように聞こえます。全体にどこもかしこもゆったりまったりなのです。元々クリスマスといいこのイースターといい、オラトリオはちょっ と元気で壮麗なところがあるかと思いますが、別の曲のようにも聞こえます。古楽の旗手ブリュッヘンの至った枯れた境地を聞くかのようなアルバムです。 二曲目のアダージョでのオーボエですが、やはりテンポが遅くて引きずるような、舐めるような弦の運びで入ります。そこに長く延ばす静かなオーボエが入っ て来て、古楽的というよりもむしろ音を途切らさない吹き方で進めて行きます。音色は若干くすんでいます。繰り返しに入るとさらに静かになり、夕焼け空の下 でもの思いに浸っているかのようです。オーボエらしく長いクレッシェンドは聞かれますが、ゆったり延ばして行って後半で大きくする、おっとりとしたもので す。一つひとつを音にして行き、表情はあるものの少し眠いような気だるさを感じます。しかしこの呼吸に合わせると、どこか達観したような感覚にもなって 来ます。とことん力が抜けています。 五曲目のアリアは1982年生まれのベルギーのソプラノ、イルゼ・エーレンスが歌います。このときまだ二十九歳です。アダージョと同じようにゆったりで 引きずるよう な運びのフルートによる導入があって、声質は大変美しいです。ふわっとしたやわらかさがあって高い方に伸びがありますが、子供声ではありません。選択的に ビブラートをわずかにかけるのも良いです。それでも包み込むように、大変ゆったり運ぶのはやはり指揮棒によるものでしょう。これでもう少し流れがあると理 想的なのですが、これはこれでブリュッヘンの世界を聞かせているのだと思います。子守唄のようでもあり、やはり少し眠くなる感覚でしょうか。午後のけだる さというか、ガーシュインのやさしい「サマータイム」みたいでもあります。このソプラノ、いいです。 2011年のオランダでのライヴ録音で、スペインの古楽レーベル、グロッサから出ています。演奏に波長の合った穏やかで美しい音です。 |