バッハのマニフィカト
取り上げる CD13枚: ヘレヴェッヘ('90/'02)/ピエルロ/ムニエ/ヒコックス/アイム/トゥルネ/バット/コーエン/鈴木/コープマン /ガーディナー('83/'16) マニフィカトとは バッハのマニフィカトもクリスマス・オラトリオと同様、最初にクリスマス用に作られたからというのか、晴れやかで華々しいところがあります。マタイ受難 曲の出だしにも似た六曲目の Et misericordia(慈悲)のような部分もあるのですが、全体としては明るさに寄っているでしょうか。他の宗教曲群の中にあってもそこそこに人気が あるようで、多くの演奏者が録音しています。というか、日本はどうか分かりませんが、ヨーロッパでは大変有名な曲です。クリスマス・オラトリオと二曲でヘ ンデルのメサイアみたいな立ち位置なんでしょう。特にラテン語のテクストを使うマニフィカトはカトリック国のフランスなどでは喜ばれるようです。ミサと同 じように教会の行事で使われる聖歌の形式ですが、ルカによる福音書の「聖母マリアの祈り」の部分が歌われます。「マニフィカト」の意味は「わが心、主をあ がめ」です。マリア様に関するものとしてはもう一つ、「スターバト・マーテル」という形式の曲がありますが(バッハにはありません)、そちらはわが子イエ スが死んでしまったことを嘆くものであり、マニフィカトの方はこれから誕生することを喜ぶ内容になっています。 作曲時期と版 作曲されたのはバッハがライプツィヒに来た最初の年、1723年ですから宗教曲としては中ほどの変わり目にあたる時期ですが、後の31年に改訂してい て、ほとんどがそちらでの演奏となっています。ただ、昨今は古楽ブームということもあり、他とは違う演奏を目指すという意味もあって初稿の1723年版で 録音する例も出て来ました(BWV 243a と末尾に a が付きます)。基本は同じでも特にクリスマス用に作られた曲が余分に四曲挿入されていたり、装飾音が違ったりします。 美しいパート そしてクリスマス・オラトリオとは異なり、しっとりとした美しいアリアが存在しています。カンタータのページではそういうスローな曲を中心に見てきたわ けですが、ここでは三曲目(初稿版では四曲目)のソプラノのアリアがそれに当たります。メロディーラインだけをとってバロック名曲集の中に入れてもいいぐ らいです。ただし後半部分が次の四曲目(初稿版では五曲目)として切れ目なく続き、前半だけを取り出したいなら何か特別な編集をしないといけません。その 後半部分はラテン語で ”omnes generationes” となる聖句の部分、「全ての世代が」、を強調して合唱が小刻みに歌うものであり、速いテンポでエキサイト気味でもあり、バッハらしいメリスマ(同じ語の発 音を音程を変えて 繰り返す手法)を伴って結構な長さがあります。個人的にはどうもメリスマは、歓喜を全身で表す舌の出た犬の吐息のようにも聞こえてしまい、純真でいいけど 音についてはきれいに感じないところがあります。でも最近はリオネル・ムニエ盤やソロモンズ・ノット盤など、そこを静かにゆっくり歌わせることで別の曲の ように聞かせている 演奏例もあります。逆にフィリップ・ピエルロ盤のように力を入れずに速く、さらっと流すケースも出て来ました。 その第3曲 Quia respexit humilitatem(なぜなら卑しさにも目を留めてくださったから)はルカによる福音書の第1章48節で、処女マリアが神の力によってお腹に宿ったと されるイエスを讃えて歌います。歌詞は以下の通りです: Quia respexit humilitatem ancillae suae. ecce enim ex hoc beatam me dicent なぜなら(主は私のように)卑しい僕(しもべ)にも目を留めてくださったからです。 見てください。これからは皆が私のことを祝福された者と呼ぶことでしょう。 それ以外だと二曲目も軽く明るい感じのソプラノのアリアながら、十曲目(初稿版では十四曲目)のソプラノ二人とアルト(カウンター・テナー)のトリオも きれいな掛け合いです。歌詞も聖句の続きですが、その部分は: Suscepit Israel puerum suum, recordatus misericordi? 彼の子イスラエルを庇護の下に置き、 そして憐れみを思い出された。 と歌われます。以上、歌詞を記したこの二つのアリアは、レコード会社が新録音を出したときのプロモーション・ビデオにも使われるさわり(この曲の肝)の 部分です。 出ている主な演奏 今回記事を書くにあたって聞き比べてみた演奏は以下の27枚です。指揮者/ソプラノ1/録音年度の順で記します: トーマス(クルト)/アグネス・ギーベル/63 コルボ/イヴォンヌ・ペラン/71 プレストン/エマ・カークビー/78 ガーディナー旧/ナンシー・アージェンタ/83 クイケン/グレタ・デ・レイゲル/88 パロット/エミリー・ヴァン・エヴェラ/89 マリナー/バーバラ・ヘンドリックス/90 シュライアー/バーバラ・ボニー/93 ヘレヴェッヘ旧/バーバラ・シュリック/90 ヒコックス/エマ・カークビー/90 シックスティーン/リンダ・ラッセル/91 コープマン/リサ・ラーソン/98 鈴木/ミア・パーション/98 マクリーシュ/キンバリー・マッコード/00 ヘレヴェッヘ新/キャロリン・サンプソン/02 アイム/ナタリー・デセイ/06 ピエルロ/マリア・ケオハネ/09 ダイクストラ(ペーター)/ダイアナ・ハラー/11 サヴァール/ハンナ・バヨディ=ヒルト/13 バット/ジュリア・ドイル/14 コーエン(ジョナサン)/ジョエル・ハーヴェイ/15 ヴァイマン(アレクサンダー)/ヨハネッテ・ゾマー/16 ガーディナー新/ハナ・モリソン/16 ハウク(フランツ)/シリ・ソーンヒル/17 ムニエ(リオネル)/ズーシ・トート/17 セルズ(ジョナサン)/クレア・グリフィス/18 トゥルネ(ヴァランタン)/ハナ・ブラシコヴァ/18 全部取り上げると長大になるので、今回は気に入ったものを中心にして絞ります。中でも三曲目を歌うソプラノは注目するところです。楽曲というものはヴァ イオリン族でも一番高い音域のヴァイオリンがきれいな主旋律を受け持つことが多いわけですが、この中で特 に好みで気になっているソプラノはエマ・カークビー、リサ・ラーソン、ミア・パーション、キャロリン・サンプソン、ナタリー・デセイ、ハナ・ブラシコヴァ といったところです。この種の曲で個人的に避けたいのは、口を閉じ気味にしてお腹に共鳴させる低めの声で音程を揺する肝っ玉お母さん系です。それはオペラ では大切なことながら、古楽においては時代は変わって来ました。これらのソプラノはちょうどそのオペラティックな路線とは反対というわけです。そしてそう した歌手たちが活躍するアリアなどを中心に、それ以外の部分と古楽の有名どころの演奏に触れてみます。 Bach Magnificat BWV 243 Philippe Herreweghe La Chapelle Royale Collegium Vocale Gent ?? Agn?s Mellon (s) Barbara Schlick (s) G?rard Lesne (ct) Howard Crook (t) Peter Kooy (bs) バッハ / マニフィカト BWV 243 フィリップ・ヘレヴェッヘ / シャペル・ロワイヤル / コレギウム・ヴォカーレ・ゲント ?? バーバラ・シュリック(ソプラノ)/アニェス・メロン(ソプラノ) ジェラール・レーヌ(カウンター・テナー) ハワード・クルック(テノール)/ ペーター・コーイ(バス) この曲のベストと言っていい演奏だと思います。特に三曲目のアリアの運びは最も見事なものの一つでしょう。さて、歌ってるのは誰でしょうか。CD の表記は上記の順だけど、どのパートが誰という情報はなく、反対にソプラノ1がアニェス・メロン、ソプラノ2がバーバラ・シュリックだとしっかり表記され ている資料もありました。この三曲目は1の担当です。そのアニェス・メロンはカークビー(英)やジュディス・ネルソン(米)と並んで古楽唱法というかバ ロック唱法というか、ビブラートを多用せず(選択的に用い)、真っ直ぐに歌う今の歌い方の草分け的存在であるフランスのソプラノです。声質はカークビーの ような少女声 や、ときにそれと間違うほど似ている瞬間もあるネルソンと同じではなく、透明に伸びる高音部分には若々しい響きを同様に持ちながらも、ふわっとしたやわら か さがいくらか妖艶な膨らみにもなるという、大変美しい声の持ち主だと思います。2のバルバラ・シュリックはそのメロンより一回り上の世代のドイツのソプラ ノで、 自分の印象ではビブラートがかなりしっかり出ることがあり、強い音できついというのか、多少きらっとする倍音の裏返りが聞かれるところがある気がします。 そしてこ こでの歌唱を聞いていると、ビブラートはかなり抑えていて目立ちません。高い音で力を入れ過ぎたりもしません。やっぱりメロンはこうだな、と思う一方で、 でも 巻き舌が自然に入るところと声の響きはシュリックのようなのです。一つ前の曲はもう一方のソプラノ2の担当なわけで、そこを聞くとむしろそっちの方がメロ ン の声質に聞こえます。これはその資料が逆なのかなということになるわけです(CD に書いてある順番で素直に受け取れば元からそうなりますが)。それにしても頭の 中のイメージでは大変隔たりのあるこの二人を取り違えそうになるというのは面白いです。普段は思い込みで聞いている部分も多いんだろうとあらためて思いま し た。そしてその当該の三曲目の歌唱ですが、何か指示があったのか全体にも真っ直ぐに歌われており、二度言いますが大変いいです。ここではテンポが遅過ぎな いこともあり、滑ら かなレガートでつながって流れのある理想的な展開を聞かせます。復活祭オラトリオでもそうでしたが、ヘレヴェッヘの楽団はレベルが高く、伴奏のオーボエも 見事です。そして続く四曲目の小刻みな合唱もかなり滑らかです。アルトはレーヌのカウンター・テナー、テノールは唯一の単独アリアが全面メリスマなので分かり難 いですが、静かなデュエットではきれいにハモっているハワード・クルック、バスはベテラン、ペーター・コーイと他も万全です。 指揮者ヘレヴェッヘの解釈もいつもながら安心できるものです。鈴木雅明ほどスタティックでゆったり真っ直ぐという感じではなく、速いところはもう少 し流れがあって全体に滑らかな抑揚であり、細かなところにも気が配られているというのがこの人の特徴でしょう。古楽的な癖はほとんどなく、立体的で ありながらやすらげるのです。トランペットなどは適度に活気があります。 ハルモニア・ムンディ・フランス1990年のデジタル・セッション録音です。バランスがとれていて潤いがあり、音は大変良いです。カップリングはカン タータの80番です。 Bach Magnificat BWV 243a Philippe Herreweghe Collegium Vocale Gent ? Carolyn Sampson (s) Dorothee Blotzky-Mields (s) Ingeborg Danz (a) Mark Padmore (t) Peter Kooy (bs) バッハ / マニフィカト BWV 243a フィリップ・ヘレヴェッヘ / コレギウム・ヴォカーレ・ゲント ? キャロリン・サンプソン(ソプラノ)/ドロシー・ブロッキー=ミールズ(ソプラノ) インゲボルク・ダンツ(アルト) マーク・パドモア(テノール)/ ペーター・コーイ(バス) ヘレヴェッヘは新盤も出しています。そちらは初稿版(BWV 243a)で演奏しており、挿入曲が四曲増えていて、アリアの出だしで装飾が少なかったりします。やはり大変きれいな演奏です。通常版で三曲目に当たる四 曲目のそのアリアを歌うのは、バッハ・コレギウム・ジャパンのカンタータで活躍していたイギリスの古楽系ソプラノ、キャロリン・サンプソン。真っ直ぐで清 楚な印象の声が魅力的で大変 気に入っている人です。テンポはほとんど同じですが、語尾をあまり延ばさないことで間が出来て切れる感じが旧盤より若干あるため、流れるような印象ではな いのと、繰り返し部分で弱めたりの表情はバルバラ・シュリックの方があったかもしれません。こちらはあくまでも素直に行くところが良いと思います。フレー ズごとに区切れる歌い方は版に対しての指揮者の解釈と指示もあるのかもしれません。音響面で若干旧盤よりホールトーンが抑えられ気味な ところもそうした印象を強めているでしょうか。少し少女のような声です。 ヘレヴェッヘと楽団の演奏についても基本は旧盤と大きく変わるものではないと思います。レーベルも同じで2002年の録音です。やはりセッション録音で 音は素晴らしいものです。カップリングは63番のカンタータです。 Bach Magnificat BWV 243 Philippe Pierrot Ricercar Consort ?? Maria Keohane (s) Anna Zander (s) Carlos Mena (ct) Hans J?rg Mammel (t) Stephan Macleod (bs) Francis Jacob (org) バッハ / マニフィカト BWV 243 フィリップ・ピエルロ / リチェルカーレ・コンソート ?? マリア・ケオハネ(ソプラノ)/アンナ・ツァンダー(ソプラノ) カルロス・メナ(カウンター・テナー) ハンス・イェルク・マンメル(テノール)/ ステファン・マクラウド(バス) フランシス・ジャコブ(オルガン) 次のムニエ盤と並んで、この曲を通しで聞いて最も満足できた一枚と言っていいでしょうか。1958年ベルギー生まれのヴィオラ・ダ・ガンバ奏者にして指 揮者のフィリップ・ピエ ルロが率いる80年結成の同国のバロック・アンサンブル、リチェルカーレ・コンソートの演奏です。クープランの「コレッリ賛」、「リュリ賛」のページでも 一番に取り上げた団体です。何が良いといって、トランペットやティンパニが活躍して活気溢れる部分のあるクリスマスの曲であるこのマニフィカトとしては、 活気もあるけれども、静かなパートでは最もしっとりとした美しさと余裕のある静けさに満ちているのです。ちょっと別の曲のようだと言ってもいいでしょう か。元来が賑やかな曲だと感じる人はいる のでしょう、こういう路線は他にもあって、リオネル・ムニエ盤とヒコックス盤も同じようなやわらかさの感じられる演奏で、次にご紹介しますが、いずれも甲 乙つけがたいきれいさがあります。そういう意味では鈴木盤もゆったりで静的なところがあるので似た傾向とは言えるでしょうか。ただ、今回この曲のバッハ・ コレギウム・ジャパンの演奏はそのテンポの緩やかさに加えて、歌い手によってはフレーズを一つひとつ区切って行く古楽的な運びが前面に出るところもあるよ うな気がします。このリチェルカーレ・コンソート盤はそれらの中にあっても丁寧なつなぎと軽さを感じさせる静謐なところが際立っています。比べればヒ コックス盤はよりスタンダードな切れの良さも合わせ持っている気がするし、リオネル・ムニエ盤は活気があるというよりも、全体にわたって滑らかにつなげる レガートであり、角が丸い方に寄ってるか なあという印象です。このピエルロ盤は溌剌としつつ軽さがあって力で押さない、優雅なところが良いのです。 三曲目のアリアは1971年生まれのスウェーデンのソプラノ、マリア・ケオハネが歌っています。やや遅めのアリアになっており、多少アルト寄りの音色で 少女的ではないですが、よく伸びてフレーズも途切れず、滑らかで大変きれいな声です。そしてこの曲の後半として続く四曲目の速い合唱部分は、羽のように軽 くし て一気に進めることでメリスマの押しの強い感じから上手に逃げています。リオネル・ムニエがゆったり静かに歌わせる手に出て同じ効果を発揮しているのに対 して、こういう方法もあるかと思わせます。バスの声もやわらかいし、ソロイスト陣も文句なしです。 2009年ミラーレのセッション録音で、音は大変良いです。軽やかで響きがきれいであり、倍音のやさしさが感じられます。カップリングはマニフィカト 「わが心は 主をあがめ」に基づくフーガ BWV 733、ミサ曲ト短調 BWV 235、プレリュードとフーガ ト短調 BWV 541 です。リオネル・ムニエと並んで息がつけ、この曲全体の良さにあらためて気づかせてくれた演奏です。 Bach Magnificat BWV 243 Lionel Meunier Vox Luminis ?? Zsuzsi T?th (s) Stefanie True (s) Caroline Weynants (s) Jan Kullmann (ct) Daniel Elgersma (ct) R?bert Buckland (t) Philippe Froeliger (t) Sebastian Myrus (bs) Bart Jacobs (org) バッハ / マニフィカト BWV 243 リオネル・ムニエ / ヴォクス・ルミニス ?? ズージ・トート(ソプラノ)/ステファニー・トゥルー(ソプラノ) カロリーヌ・ヴェイナンツ(ソプラノ) ヤン・クルマン(カウンター・テナー)/ダニエル・エルヘルスマ(カウンター・テナー) ロバート・バックランド(テノール)/フィリップ・フレーリガー(テノール) ゼバスティアン・ミルス(バス)/ バルト・ヤーコプス(オルガン) これも上記のリチェルカーレ・コンソート盤と並んでこの曲丸々一曲を聞いて楽しめる、自分としては数少ないベスト演奏の一つです。最も「柔」なものと言 えるでしょう。リオネル・ムニエは1981 年生まれですから現時点ではこれからの人という世代。フランス人のバス歌手にして、2004年設立のボーカルと楽器のアンサンブル、ヴォクス・ルミナスの 指揮者です。奇しくもこのアンサンブルもリチェルカーレ・コンソートと同じベルギーの人たちということになります。 演奏についてはすでにリチェルカーレ・コンソート盤のところで大雑把に述べてしまいましたが、バッハの時代の人々が非日常を聞いて喜んだであろう、賑や かなトランペット三本とティンパニが活躍する晴れがましいところのあるこの曲にあっても、しっとりとした美しさをたたえた別物の曲のように感じさせるとこ ろがあります。リチェルカーレ・コンソートがそれを軽やかさを交えたしなやかな動きで実現するのに対し、こちらも波長は似ているものの、テンポは若干 それより速めの箇所もあり、滑らかにつないでやわらかく持ち上げるからか、全体に丸く抑えて行く感じが強いでしょうか。くっき りした明るさより滑らかさ、ひっそりとした静けさに寄っています。この 曲の感動的な部分である七曲目の後半など、暗いところから光が差すよう な盛り上げが印象的です。 美しいアリアの三曲目ですが、そこはハンガリーのソプラノ、ズージ・トートが歌います。ここの部分は若干速めでさらっとしてます。ふわっともしてるけ ど、 スラーでつなげて滑らかに行くような歌い方ではありません。一つひとつのフレーズをつぶやく感じでしょうか。声質も歌い方もきれいです。それと、最後の部 分で速度を緩める表現が目立ちますが、これは次への橋渡しでしょう。そこから四曲目の速いメリスマの合唱に入るのですが、その処理がこの盤の最も大きな特 徴 になっています。通常テンポ良く元気に行くわけですが、非常にゆったり、静かに歌わせます。それによって全く別の曲のように仕上がっているのです。 アリア・ベスト集みたいなものを作ろうと思うとどうしてもここが賑やかで気になるポイントなのですが、そのまま切らずに収録しても一つの曲のようです。こ れを聞く と、この指揮者の解釈が曲全体に及ぼしている波長がなるほどと納得できる感じです。なかなか巧者で独自の解釈を恐れない人のようです。美意識が強いので しょう。 2017年録音のアルファ・クラシックスです。録音は良いです。カップリングはヘンデルのディクシット・ドミヌス(主は言われた) HWV 232 です。 Bach Magnificat BWV 243 Richard Hickox Collegium Musicum 90 ?? Emma Kirkby (s) Tessa Bonner (s) Michael Chance (ct) John Mark Ainsley (t) Stephen Varcoe (br) バッハ / マニフィカト BWV 243 リチャード・ヒコックス / コレギウム・ムジクム90 ?? エマ・カークビー(ソプラノ)/テッサ・ボナー(ソプラノ) マイケル・チャンス(カウンター・テナー) ジョン・マーク・エインズリー(テノール)/スティーヴン・バーコー(バリトン) 1990年に立ち上げられたイギリスのバロック・オーケストラ、コレギウム・ムジクム90はヘンデルの合奏協奏曲でも取り上げましたが、あちらはサイモ ン・スタンデイジ名義になってました。こっちはリチャード・ヒコックスが指揮をしています。両名とも共同創立者ということになってます。ヒコックスは 1948年生まれのイギリスの合唱指揮者で2008年に亡くなっています。このヒコックス盤のマニフィカト、これも大変良くて、万人に勧められるもので はないかと思います。上記のリチェルカーレ・コンソート盤やヴォクス・ルミニス盤と比べると、普通の意味でメリハリがあってよりダイナミックだとも言える け ど、モダンな元気良さに傾き過ぎたり、古楽の癖が強過ぎたりしません。初稿版でも OVPP でもなく、特に変わったことをするでもないのですが、バランス良くまとまっていて繊細さが感じられるのです。独唱陣も録音も良いです。 三曲目のアリアを歌うソプラノはエマ・カークビーです。バロック唱法のパイオニアですが、この人については好みの歌い方でもあるので何度も取り上げて来 ました。失礼なことに年齢についても言及しており、不安定さはあったけど声質は若いときの方が良く、年輪を重ねるにつれてダイナミックになり、声が衰え ると上手な技巧でカバーできるようになって来て、同時に抑揚も大きくなる傾向だというようなことを書いてしまってたわけです。そういう意味ではこの盤の前 にも録音 がありました。1978年収録のサイモン・プレストン/エンシェント室内管盤(オワゾリール)です。もう一人のソプラノはジュディス・ネルソンということ で、あのクープランの「ルソン・ド・テネブレ」で一番の名演だと思ってる組み合わせと同じです。この二人、相変わらず見分けがつかないほど似てます。ただ し、どうや らこの曲に関しては、どちらかというとこちらのコレギウム・ムジクム90盤の方がしっくり来る気もしました。声自体は確かに旧盤は若々しくていいけれど も、こっちは力強くて伸びがあります。若くはないといっても四十一歳なので全盛期です。BWV 243a の方の初稿版だからか、旧の方はまずイネガルのように不均等な弾むリズムで伴奏が始まり、テンポがゆったりなのは良い点ながら、残響が多くはないことも手 伝って一フレーズごとに区切れる感じがあります。どうしても古楽の解釈が前面に立ちやすい初稿版はそうなりがちだと思います。スラーでつながないためにポ ツっとして全体に多少平坦にも聞こえます。恐らくカークビーのせいではないでしょう。続きの四曲目も新盤の方が静かで暴れない感じです。ちょっとした好 みの問題ではありますが。もちろんフレッシュな感じなら旧盤です。 1990年シャンドスの録音は、これも大変美しいバランスと響き、倍音の出具合で言うことがありません。カップリングはヴィヴァルディのグローリア RV 589、Ostro picta, armata spina(紫に塗られ、棘で覆われた)RV 642 です。ヴィヴァルディの宗教曲はスターバト・マーテルが名曲ですが、このグローリアも出だしこそ調子が良いものの、二曲目(トラック5)の後半など、複雑 な音響で荘厳なところがあったりします。 Bach Magnificat BWV 243 Emmanuelle Ha?m Le Concert D’Astr?e ?? Natalie Dessay (s) Karine Deshayes (ms) Philippe Jaroussky (ct) Toby Spence (t) Laurent Naouri (bs) バッハ / マニフィカト BWV 243 エマニュエル・アイム / ル・コンセール・ダストレ ?? ナタリー・デセイ(ソプラノ)/キャリーヌ・デザイ [ディエ](メゾ・ソプラノ) フィリップ・ジャルスキー(カウンター・テナー) トビー・スペンス(テノール)/ ローラン・ナウリ(バス) 1962年フランス生まれのユダヤ系女性指揮者エマニュエル・アイムはケネス・ギルバートやクリストフ・ルセに学んだクラヴサン奏者でもあり、レザー ル・フロリアンで弾いてたりしたのですが、2000年にこの楽団、ル・コンセール・ダストレを設立しました。その演奏も素晴らしいものでした。明るく活気 があって軽やかな出だしであり、うきうきという感じです。高揚感が売りだと言って良いでしょう。そして合唱には穏やかさと繊細さも感じられます。 この盤の目玉は、世間では一部の方面で熱い人気のあるカウンター・テナーのフィリップ・ジャルスキーであるかのように言われるみたいです。ショルよりも 女性的な声で大変上手な人ですが、この曲では単独のアリアはほのぼのとした九曲目一曲であり、デュエットは中庸のテンポで終始テノールと絡みっ放しだし、 旋律の美しい十曲目は三人で歌うトリオですから、そう言われてもどうなのという気はします。 三曲目のアリア Quia respexit を歌うのは65年生まれの同じくフランスのソプラノ、ナタリー・デセイ。こちらは魅力的です。きれいな声です。 全体には細くて高い方の声質ではないけど高い音は伸び、少し鼻にかかったやわらかい響きです。このとき四十一歳ですが、やや少女っぽいところもあるでしょ うか。オペラを歌う人のようで、多少ビブラートがはっきりしています。それに続く後半部分である四曲目も速くて一気に進め、メリスマが目立たない運びで す。リチェルカーレ・コンソートのピエルロ盤(09)やラ・シャペル・アルモニークのトゥルネ盤(18)でも同じような表現が聞かれます。 2006年のヴァージン・クラシックスです。録音も申し分なく良いです。 Bach Magnificat BWV 243 Valentin Tournet La Chapelle Harmonique ?? Hana Bla??kov? (s) Marie Perbost (s) Eva Za?cik (a) Thomas Hobbs (t) Stephan MacLeod (bs) バッハ / マニフィカト BWV 243a ヴァランタン・トゥルネ / ラ・シャペル・アルモニーク ?? ハナ・ブラシコヴァ(ソプラノ)/マリー・ペルボスト(ソプラノ) エヴァ・ザイシク(アルト) トーマス・ホッブス(テノール)/ステファン・マクラウド(バス) 新しい人です。指揮者のヴァランタン・トゥルネは1996年生まれのフランス人で、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者でもあります。何だか先のリチェルカーレ・ コンソート盤の指揮者、フィリップ・ピエルロみたいですが、ガンバはベルギーでそのピエルロに習ったのだとか。十四歳で賞を取り、指揮の方はオペラ座の少 年合唱団で習い、ヘレヴェッヘの知遇も得たようです。ピリオド楽器と合唱のラ・シャペル・アルモニークはそのトゥルネが2017年に結成した団体です。最 初の仕事はヨハネ受難曲の知られていない版による演奏だったようで、バッハを得意としています。そしてこのマニフィカトが録音としては初になるみたいで す。 その演奏は全体には軽さと切れ、弾みがあってテンポはやや速めです。出だしの一曲目の晴れやかなところなど、ル・コンセール・ダストレのアイム盤 (06)などにもちょっと似ています。録音の良さにも助けられ、独特の透明感が漂っていて、押しが強いのではなく鮮やかという印象です。珍しい版で演奏し たりする人たちということで、ここでも初稿版(243a)の方でやっています。細部まで大変意識の高い演奏と言ったらいいでしょうか。 この盤の魅力のもう一つの点はソプラノが80年生まれのチェコのハナ・ブラシコヴァだということです。バッハ・コレギウム・ジャパンのカンタータで歌っ ていていいなと思っていました。初稿版なので四曲目になる例のアリアですが、出だしのオーボエから見事で、テンポは中庸で決して遅くないもの。歌唱はフ レーズごとにぶつ切れになることなく、といっても語尾を延ばしてやわらかくつなぐというよりも、力を感じさせるくっきりとした透明な声で抜けと伸びが良い です。すっきり歌うのがこの人の持ち味でしょう。少女声という感じでもないけど、ちょっとボーイソプラノのようにも聞こえる声質です。大変いいです。続く 五曲目の速 い合唱部分も、軽くて速いアイム盤(06)やピエルロ盤(09)などと同じような運びでやかましくなりません。最近は力づくで来ないこういう傾向が多いよ うで す。 2018年にヴェルサイユの礼拝堂でライヴ収録されたものです。シャトー・ドゥ・ベルサイユ・スペクタークルというのはベルサイユ宮殿のレーベルという ことです。セッションではないけど音は大変良いです。カンタータの63番とのカップリングです。 Bach Magnificat BWV 243a John Butt Dunedin Consort ? Julia Doyle (s) Joanne Lunn (s) Clare Wilkinson (a) Nicholas Mulroy (t) Matthew Brook (bs) バッハ / マニフィカト BWV 243a ジョン・バット / ダニーデン・コンソート ? ジュリア・ドイル(ソプラノ)/ジョアン・ラン(ソプラノ) クレア・ウィルキンソン(メゾ・ソプラノ) ニコラス・マルロイ(テノール)/ マシュー・ブルック(バス) 1960年生まれのイギリスの指揮者ジョン・バットが着任しているスコットランドの楽団、ダニーデン・コンソートの演奏です。徹底した考証による歴史に 通じた演奏に定評があり、ここではライプツィヒへやって来たバッハの最初のクリスマスを再現するという企画のようです。63番のカンタータやいくつかのコ ラールと組み合わせてアルバムを作っています。 軽くはないし遅過ぎもしませんが、滑らかに波打つのではなく、じっくりと歌わせて行く落ち着きのある運びです。力はしっかりとこもっていて一つひとつの 音をなおざりにしないので、メリスマもくっきりします。スコットランドの楽団ですが、ややドイツ的な重厚さとも言えるでしょうか。アリアなどではしっとり とした感触もあります。 ソプラノ2は個人的に好きなジョアン・ランですが、四曲目の Quia respexit のアリアはイギリスのジュリア・ドイルの担当です。訥々とした運びにはならず、この人もいいです。フレーズで区切れるオーボエに続き、やや大儀そうに歌い 始 めます。高いところの若々しい声に対して低音のふわっとしたやわらかさが多少豊満な感じもさせ、力の入るところと抜くところで自在にビブラートを加えるの が自らの技になっている感じです。どの声楽パートも活気ある力強さを出している気がして、指揮者が全体にそういうトーンにしたかったのかもしれません。 2014年リン・レコーズのセッションです。高級オーディオのメーカーですから、音も配慮されています。 Bach Magnificat BWV 243 Jonathan Cohen Arcangelo ? Joelle Harvey (s) Olivia Vermeulen (ms) Iestyn Davis (ct) Thomas Walker (t) Thomas Bauer (br) バッハ / マニフィカト BWV 243 ジョナサン・コーエン / アルカンジェロ ? ジョエル・ハーヴェイ(ソプラノ)/ オリヴィア・フェルミューレン(メゾ・ソプラノ) イェスティン・デイヴィス(カウンター・テナー) トーマス・ウォーカー(テノール)/ トーマス・バウアー(バリトン) こちらは1977年生まれのイギリスのチェリストで、ロンドン・ハイドン四重奏団の創設メンバーでもあるジョナサン・コーエンが2010年に設立したイ ギリスのアンサンブル、アルカンジェロによる演奏です。声楽も含んだ古楽の楽団ですが、ベートーヴェンぐらいまではやるようです。 ソロイストがどの人も濃いという印象です。ソプラノもメゾ・ソプラノも、カウンター・テナーもテナーもバリトンも全員なので、これは録音の加減かと思い かけたけど、やっぱりそういう問題ではありません。力があります。別の言い方をすると若干オペラ寄りの波長とも言えるかもしれないものの、別に全員が盛大 なビブラートで大きな振りをして、割れんばかりのベルカントというわけではありません。いい意味でボルテージの高いところがあり、それはそういう人を呼ん で来たからか、指揮者の指示やその場の感化力なのか分からないのですが(というのも自分にはあまり馴染みのないメンバーです)、結果オーライなのです。個 人的な好みとしては、普段はどちらかというと女声陣は聖歌隊の少女みたいに清らかで真っ直ぐという方に傾きますが、こういうのも悪くありません。上手な演 奏家が自信に溢れて思い切りが良いみたいに気持ちが良く、繊細だけど貧血気味なのが嫌な人にはもってこいかもしれません。くっきりとした強いクレッシェン ドで切り取ってコントラストを描いて行き、合唱も力強さが感じられます。演奏全般にその波長が行き渡っていて、それでいて煩わしい感じにもなりません。 深々としたオーケストラの運びも迷いがなく鮮やかで、パートによっては燃える夕日のように心に焼きつきます。バッハ・コレギウム・ジャパンなどとはまた 違った方向性の魅力でしょう。 三曲目のアリアを歌うのはアメリカのソプラノ、ジョエル・ハーヴェイです。ビブラートは大きめですが、短く盛り上げるクレッシェンドがくっきりとして、 やはり力があります。普段の好みの傾向ではないと感じるのだけど、納得させられてしまう良い歌唱だと思います。因みにもう一人のメゾ・ソプラノもアルトに 寄った低めの声で馬力があります。 ハイペリオンの優秀録音で2015年のセッションです。カップリングはバッハの息子たち二人、クリスチャンとカール・フィリップ・エマヌエルのマニフィ カトで、マニフィカト尽くしという企画です。 Bach Magnificat BWV 243 Masaaki Suzuki Bach Collegium Japan ?? Miah Persson (s) Yukari Nonoshita (s) Akira Tachikawa (ct) Gerd Turk (t) Tomoyuki Urano (bs) バッハ / マニフィカト BWV 243 鈴木雅明 / バッハ・コレギウム・ジャパン ?? ミア・パーション(ソプラノ)/ 野々下由香里(ソプラノ) 太刀川昭(カウンター・テナー) ゲルト・テュルク(テノール)/ 浦野智行(バス) ここからはカンタータの全集を出していてバッハの宗教曲を網羅的に録音し、古楽におけるスタンダードとなっている人たちの演奏を取り上げます。まずはそ のカンタータで素晴らしい演奏を数々聞かせてくれているバッハ・コレギウム・ジャパンです。98年ですから、カンタータの録音時期で言うなら始まって三年 という、比較的初期の録音になります。 出だしから適度な落ち着きがあり、テンポは平均的には中庸やや遅めでしょうか、アリアなどはゆったりした速度で行くところが見られます。いつも思うので すが大変丁寧で、ダイナミックというよりも一つひとつをきれいに音にして行くやや静的なところのある演奏です。神戸松陰女子学院大学チャペルの響きが美し いです。 三曲目のアリアですが、最初少し遅いように感じました。流れるようでありながら強弱がしっかりつけてあるのが本来好きだからです。しかし慣れてく るとこれはこれで静かな味わいがあってとても良いと思えて来ます。歌っているのは1969年生まれのスウェーデンのソプラノ、ミア・パーションです。カン タータのシリーズでも活躍していて大変好みのソプラノです。中でもこの少し後で録音した105番は良かったです。女性は年齢を伏せてある場合もあるぐらい であまり歳のことを言うのはマナー違反な気がしますが、ボーカルは肉体が楽器、このときは29歳の若々しい声です。やわらかくて重くならず、押しも強くな く、やさしさの感じられる素晴らしい声です。続く四曲目も適度に軽く弾んで颯爽としています。 1998年 BIS の録音はいつもながら美しいです。 Bach Magnificat BWV 243 Ton Koopman Amsterdam Baroque Orchestra & Choir ? Lisa Larsson (s) Elisabeth von Magnus (s) Bogna Bartosz (a) Gerd T?rk (t) Klaus Mertens (bs) バッハ / マニフィカト BWV 243 トン・コープマン / アムステルダム・バロック管弦楽団&合唱団 ? リサ・ラーソン(ソプラノ)/エリザベート・フォン・マグヌス(ソプラノ) ボーニャ・バルトズ(アルト) ゲルト・テュルク(テノール)/ クラウス・メルテンス(バス) 前述鈴木雅明のチェンバロの師匠にして CD の売り上げではライバル同士になったバッハ研究の第一人者、コープマンです。この人もカンタータでいい演奏を残していますが、一時期のレーベルの危機で宙 に浮いたこともありました。管弦楽組曲の一部などでトランペットとティンパニがなかなか元気が良かったり、古楽的なアプローチで語尾を延ばさずにすっと切 るような演奏があるかと思えば、静かなパートではやわらかくしっとりとした面を聞かせるなど、多面性があって捉え難いところがあるようにも思えますが、 トータルではなかなか繊細な一面があり、特にバッハに対しては敬虔な思いを持っているような気もします。このマニフィカトではそうしたしっとりとした部分 も結構聞かせているのではないでしょうか。出だしなどは明るい活気と軽さが適度に合わさって聞きやすく、比較的落ち着けます。 三曲目のアリアのソプラノはリサ・ラーソンです。この人もスウェディッシュで、1967年生まれ、ミア・パーションの二つお姉さんです。ついでに言えば このときは三十一歳です。バーゼルで学び、チューリヒでデビューしたようで、ミラノ・スカラ座でも活躍とあるので、オペラを得意としているようです。ス ウェーデンの人には清楚な声の持ち主がいる気がしますが、アフリカ系の歌い手のように独特の声帯があるというのでないとすれば、文化的なものでしょうか。 ちょっと飾りを入れるところがあり、また強い音でやはりビブラートを出しますが、ここでの歌唱も清潔でさらっとした表現です。そして高い方が強く伸びるか らでしょうか、その分弱い音が少し潜るようにも聞こえます。音域的に低い方は得意でないのかもしれませんが、フレーズの終わりを延ばさずに切る表現もあ り、テンポはさほど遅くないけれども多少ラフなところのあるボーイソプラノ的に聞こえなくもありません。そういう種類の味わいと言うのでしょうか。続きの 四曲目は滑らかだけど速い運びです。 鈴木盤と同じく1998年の録音で、レーベルはエラートです。これも優雅さがあってきれいな音です。 Bach Magnificat BWV 243 John Elliot Gardiner English Baroque Soloists Monteverdi Choir ? Nancy Argenta (s) Patrizia Kwella (s) Charles Brett (ct) Anthony Rolfe-Johnson (t) David Thomas (bs) バッハ / マニフィカト BWV 243 ジョン・エリオット・ガーディナー / イングリッシュ・バロック・ソロイスツ ? モンテヴェルディ合唱団 ナンシー・アージェンタ(ソプラノ)/ パトリシア・クヴェラ(ソプラノ) チャールズ・ブレット(カウンター・テナー) アントニー・ロルフ・ジョンソン(テノール)/ デイヴィッド・トーマス(バス) ガーディナーもカンタータの全集を出し、後年は大胆さと深い宗教的感情が合わさって出ていたようにも思います。マニフィカトは二回録音しており、フィ リップスから出した最初の1983年盤はかっちりとして型は崩さないけれども、高い技術に支えられた輝かしい演奏となっています。六曲目など、淡白に進め る 新盤よりも静かに運んでいるぐらいのところもある一方、最初の曲から大変元気であり、全体に明るくはきはきしています。このクリアな感じがこの人の出発点 と言っていいでしょう。ダイナミックレンジがあり、くっきりとメリハリのついた大変上手な合唱も印象的です。独唱陣では力の入ったテノールのメリスマなど がよく目立つ進行も聞かれます。 三曲目のアリアを歌うのは1957生まれのカナダの古楽系ソプラノ、ナンシー・アージェンタです。端正なオーボエに続き、多少中性的な声質できれいな声 で す。ビブラートは語尾の延ばす音では使わないのでほとんど目立ちません。やや速いテンポながら古楽を意識しているのか流れるようにはつながず、間をとって 行きます。さらっと清廉な感じと言ったらよいでしょうか。つながって後半の四曲目に入るとガーディナーは大変元気良くやっています。 デジタル初期ですがフィリップスの録音はバランスが良く、クリアで良いです。セッション録音です。カップリングは51番のカンタータとなっています。 Bach Magnificat BWV 243a John Elliot Gardiner English Baroque Soloists Monteverdi Choir ? Hannah Morrison (s) Angela Hicks (s) Charlotte Ashley (s) Eleanor Minney (a) Reginald Mobley (ct) Hugo Hymas (t) Gianluca Buratto (bs) Jake Muffett (bs) バッハ / マニフィカト BWV 243a ジョン・エリオット・ガーディナー / イングリッシュ・バロック・ソロイスツ ? モンテヴェルディ合唱団 ハンナ・モリソン(ソプラノ)/ アンジェラ・ヒックス(ソプラノ) シャルロッテ・アシュレイ(ソプラノ)/エレノア・ミニー(アルト) レジナルド・モブレー(カウンター・テナー) ヒューゴ・ハイマス(テノール) ジャンルカ・ブラット(バス)/ジェイク・マフェット(バス) ガーディナーの新盤の方はずっと後の2016年の演奏で、フィリップスはなくなってしまい、彼自身の自主レーベルである SDG から出しました。こちらは初稿版の 243a の方で演奏しています。 やはり旧盤同様、出だしから意欲的に大変速く進めています。ここでは年齢とともに静かに穏やかにやるようになったという感じではありません。旧盤よりテ ンポが速く、前はかっちりとしてクリアだったものが、より力が抜けてさらっと運んでいるようには聞こえます。トランペットの賑やかさも減ったと言えるで しょうか。ややオフに聞こえるセッティングのせいと、音も短く切って軽く流しているせいで軽やかな印象です。合唱の溌剌としているところは変わりません。 曲の性質から明るさを出すことに留意しているのかもしれません。 この版では四曲目にあたる Quia respexit のアリアですが、この新盤ではスコットランド系アイスランド人の家庭に生まれたオランダ国籍のソプラノ、ハンナ・モリソンが歌います。ガーディナーとはよ く共演している人です。出だしの器楽、オーボエの歌う部分は古楽らしいアクセントを付けながら、一つひとつくっきりと間を取りつつ進めま す。声はナンシー・アージェンタとは違って女性的な細く高い声ですが、やはりどこか同じように清廉な印象があります。テンポとフレージングのあり方によっ て一つひとつ丁寧に歌って行くように聞こえるところも旧盤と同じで、このあたりの間の持たせ方はガーディナーの指示もあるのかもしれません。旧盤よりテン ポ自体はやや遅めです。後半にあたる五曲目の Omnes generationes の合唱部分がまた大変スピーディーで、旧盤より速いんじゃないでしょうか。機関車のように驀進します。 2016年 SDG のレコーディングはライヴ収録です。軽い倍音が乗って全体としてはライヴらしい響きで、フィリップスのとは違うバランスですが良い音にとれています。昨今 はライヴ収録の技術も上がっています。自身のレーベルといっても技術はしっかりしたものです。カップリングはミサ曲ヘ長調 BWV 233 とカンタータの151番です。 |