ベートーヴェン / 交響曲第3番「エロイカ」(英雄)  

   napoleon

「英雄」というの は、ナポレオンのことです。そしてベートーヴェンのこの曲についてのエピソードは有名なものですが、次の通りです。当時フランスではフランス革命の後、ナポレオンが周 辺諸国の征服に乗り出して来ていたところでした。一方ドイツ語圏では名目だけの神聖ローマ帝国の下、プロイセンのホーエンツォレルン家やオーストリアのハ プスブルク家などが力を持っており、市民革命とはほど遠い状態でした。そんな時代だったため、哲学者のヘーゲルもそうだったらしいですが、ベートーヴェンも新体 制を押し進めるナポレオンを尊敬しており、彼のために曲を書き始めたのです。それがこの英雄交響曲です。しかしナポレオンはその後共和制をやめて皇帝の地位に就いたために、ベートーヴェンは怒ってその楽譜を破いて投げつけた、と言われます。ということは、今聞けているわけだから、後で拾ったんでしょうか。

 一方、当のナポレオンの方のエピソードはこうです。三時間しか眠らないことで有名な皇帝はしょっちゅううたた寝をしていたのですが、ある日のことすっかり疲れて居眠りをしているところへ、いたずらを思いついた部下がチーズを持ってきて鼻の前に突き出してみました。すると寝ぼけたナ ポレオンが勘違いをしてこう言ったとか。
「おお、ジョセフィーヌ、ごめんよ。今夜は勘弁だ。疲れてるんだ」

 しかし二つとも、どうやら都市伝説の類らしいです。ベートーヴェンの楽譜には破かれた跡はないし、ナポレオンへの献呈文はペンで消しただけだとも、そも そもそんな話は嘘だとも言われます。ナポレオンのチーズにはブ ルーチーズのロックフォール説や、発酵臭のするウォッシュ・チーズであるエポワス・ド・ブルゴーニュ説、シャンベルタン説などがあるものの、マリー・アン トワネットが貧窮した国民に「パンがないならケーキ(ブリオ シュ)をお食べ」 と言ったという逸話同様、残念ながら作り話のようです。

「英雄」のCDとして以下に二つ挙げますが、あまり一般的に褒められているものではなく、皇帝というイメージに合うような剛毅な演奏を好む向きには支持されないものかもしれません。

 
    
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       Beethoven   Symphony No.3 op.55 "Eroica"
       Bruno Walter    The Columbia Symphony Orchestra

ベートーヴェン / 交響曲第3番 op.55「英雄」
ブルーノ・ワルター/コロンビア 交響楽団
 ワルターは「田園」が有名です。トスカニーニに表現が女々しいと思われていたらしいワルターは、「英雄」のように勇ましい曲には不向きだと思われるかもしれません。しかし昔FMで流れているのを途中から聞いたとき、しなやかな歌がこの曲に光を当てている様に感動し、誰の演奏のか最後まで聞き、後の解説を聞き漏らさないようボリュームを上げてしまいました。第二楽章の葬送行進曲では、大変遅いながらニュアンス豊かなチェリビダッ演奏も良かったですが、それと並んで味わい深いものです。むしろ第一楽章での意外な柔軟さの方こそがワルターの特徴かもしれませんが。

 最初輸入盤を手に入れました。この指揮者のようなステレオ初期の録音はリマスターをかけてCD化されて来るのですが、リマスター作業はその技術者のセンスによって出来不出来が決まるため、残念ながら大抵は海外企画ものの方がバランスが良いからです。しかしこのときの盤は音が薄っぺらい感じだったので半信半疑で国内盤を買い直したところ、その方が滑らかなバランスでした。今でも古さを感じさせない良い音です。



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       Beethoven   Symphony No.3 op.55 "Eroica"
       Collgium Aureum

ベートーヴェン / 交響曲第3番 op.55「英雄」
コレギウム・アウレウム合奏団
 コレギウム・アウレウムは1962年に結成され、フランツ−ヨーゼフ・マイアーがコンサート・マスターとして率いた指揮者なしの楽団で、古楽器による演奏を世界に広めました。フライブルク(ドイツ)のハルモニア・ムンディ・レーベルからは多くの録音が出ました。フッガー城の糸杉の間で収録されたその音には長い残響と艶が乗り、大変美しいです。楽団名のアウレウムというのは元素記号のAu、「金」のラテン語で、この部屋が黄金分割で作られていたために名前として選ばれたそうです。

 しかし古楽器の演奏はその後、ほぼ同時期に活動を開始したレオンハルトやアーノンクールといった人たちが注目を浴びるようになり、弦楽器にビブラートをかけない方向で意見の一致を見ます。今のように常にビブラートをかけるようになったのはつい最近のことだという認識が一般化したからです。そして弓も当時の形のものを使うようになりました。そのため、これまで通りビブラートをかけてモダン・ボウ(弓)を使っていたこのコレギウム・アウレウム合奏団は時代遅れとなり、解散するとともに今やそのCDもほとんどが廃盤になってしまいました。Wiki にもドイツ語版にはこの合奏団の記述がありますが、英語版には見当たりません。流行はよくよく才能ある者に冷たいものだけれども、また時代が変わって彼らの音源が手に入るときが来ることを期待したいと思います。それまでは数々出ていたCDも中古を海外から取り寄せたり、プレミアム価格を我慢したりしなければならない状態でしょう。

 彼らの演奏するベートーヴェンの交響曲はこの第3番が大変話題になり、後にデジタル時代になってから第7 番が録音されました。個人的にはアーノンクールも大変好きで、ヨーロッパ室内管弦楽団とのベー トーヴェンの全集この3番も含めて高く買っているのですが、いざ聞くとなるとどうもこの「時代遅れ」の演奏の方ばかりかけてしまいます。現在主流派の古楽演奏だって一つの流行であり、作曲者の時代のイメージ再生に過ぎないわけですから、また新しい解釈にとって代わられる可能性もあります。結局愛好家は聞いて楽しめれば良いのではないでしょうか。

 さて、この「エロイカ(イタリア語で「英雄的な」の意味)」ですが、これが実に楽しいのです。力の入るべきところは心地良く入っています。でも強引に押すのではなく、気の合った仲間同士の室内楽のようです。いつも演奏を楽しんでいるような自発的な響きがあるのは、やはり指揮者がいないからでしょうか。いや、多分違うでしょう。ある室内楽団で指揮者を置かず、合議制で楽団員全員が納得行くまで表現を練り上げるところがあります。民主的ビジネス・モデルとして脚光を浴びたこともあるのですが、その演奏はどうも苦手です。たまたま聞いた曲だけかもしれないけど、アンサンブルは確かに揃ってました。抑揚もきれいについています。でも理想の型に合わせようと皆で様子を窺っているようで息が詰まります。ディズニーが設計した美しい街が住人に細かな規則を課しても、そこに住みたい人には天国です。でも 機能社会的に優秀な演奏は、音楽というより何かもっと別のもののような気がします。

 ついでながら第7番の方も、デジタル初期ながら音色がアナログとさほど変わらず、演奏も活きいきとしています。3番と7番は海外盤ではそれぞれ別に出ました。3番は元のハルモニア・ムンディ・レーベルから、7番は権利を買った別のレーベルから出されたのです。どちらも市場に出回る量は少なく国内盤はこの二曲がカップリングされて出ました。サブスクライブのサイトでは見つけ難いです。YouTube にはありました。
 コレギウム・アウレウム。 琥珀色に輝く音色は、まさに黄金の楽団です。



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