ベートーヴェン / ヴァイオリン協奏曲      

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ヴァイオリン協奏曲ニ長調 Op.61
 三大ヴァイオリン協奏曲の一つに数えられる ベートーヴェンのこの曲を外すわけには行きません。ロマン ティックで叙情的、甘く豊かな旋律に満ちた中期の傑作で、ヴァイオリンの美しい音色を聞きたいと思うときに真っ先に 思いつく曲です。特に第二楽章はロマンチストべートーヴェンの作品の中でも一二を争う名旋律ではないかと思います。ただ、聞くときのベストCDという話になると、個人的にはこれが案外難しい。気負わない演奏が限られて来る気がするのです。


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      Beethoven Violin Concerto op.61
      Arthur Grumiaux (vn)   Sir Colin Davis   Royal Concertgebouw Orchetra Amesterdam ♥♥

ベートーヴェン / ヴァイオリン協奏曲 op.61
アルテュール・グリュミオー(ヴァイオリン)    
コリン・デイヴィス / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団 ♥♥  
 古楽器奏法でないものでは、やはりなんといってもグリュミオーです。長らくこの演奏一筋で聞いて来ました。ベルギーの名ヴァイオリニスト、グリュミオー (1921-1986) はもう昔の人ということになるのかもしれませんが、昨今の流行とは別のふくよかで艶のある音は別格で、これを超えるものはなかなか出て来ないのでは、と思わせます。「世界一のビブラート」などと言われたこともある美音で有名な人でしたので、演奏はもちろん伝統的な、ビブラートのかかったものです。

 この人は常に生きいきとした自在な流れの中にありながら、始まりから終わりまでの楽曲バランスを完璧に構築する感覚を持ち合わせている人だと思います。バッハのシャコンヌなど、見事というほかありま せん。美音ばかりに目が行って「厳しさがない」などと言う人が評論家を含めて一頃目立ったけれども、さすがにもうそういう偏見も少なくなったようです。この時代の最も素晴らしい音楽家の一人でしょう。そしてシャコンヌと並んでこのベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲、彼の代表的な名演と言っていいです。カデンツァはもっとも広く演奏されているクライスラーのものです。ロマンスも入っていて、カップリングも結局これがいいのです。

 録音は今でも最高です。この演奏は三度録音しているうちの最後のもので、1974年のアナログ録音なのですが、フィリップスは良かった。その中でも傑作の一枚でしょう。艶やかで瑞々しい音には本当に癒されます。最新のデジタルに全然負けていないというか、凌駕していると言っていいぐらい。それが証拠か、このレーベルがな くなった後も SACD ダブルレイヤーになってペンタトーン・レーベルから再販されたりしています。上記の写真の右側です。カップリングは SACD の方はブルッフの協奏曲となっています。



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      Beethoven Violin Concerto op.61
      Berg Violin Concerto
      Isabelle Faust (vn)   Claudio Abbado    Orchestra Mozart ♥♥

ベートーヴェン / ヴァイオリン協奏曲 op.61
ベルク/ヴァイオリン協奏曲
イザベル・ファウスト(ヴァイオリン)    
クラウディオ・アバド / モーツァルト管弦楽団 ♥♥
 パガニーニ・コンクール優勝をなど数々の受賞歴もあって近年活躍目覚ましい1972年生まれのドイツのヴァイオリニスト、イザベル・ファウストです。その魅力に気づくのに出遅れてしまったのは、評価の高かったバッハの無伴奏の演奏を先に聞き、それが自分の好みとは違っていたせいです。過剰な情感、飾りを削ぎ落としてさらっと進めるアプローチはモダンであり、ジャケットの写真通りの現代建築を思わせるところがあります。かといって古楽マナーの振幅の大きなフレージングにせずに流して行くのは独特の個性です。しかしこれは全くの主観に過ぎないけれども、よく考えた結果のような気がして、また、さらっとしていながらシャープ過ぎというか、テンションがきつく感じたのでした。この曲集は皆がよくそうなっています。

 しかし気を取り直してこのベートーヴェンを聞いてみると、これが大変良いのです。最初から圧倒されるような派手なものではなく、情感が乗ってきても知性を失わない洗練されたところ、そしてその音に常に新鮮さを感じさせるところに驚きました。このCD自体もたくさんの賞に輝いていますが、こういう新しいアプローチがまだ可能だったのです。気負いも性急な感じもしません。バッハのときとは違ってリラックスしているようで、自在さと楽しんでいる感覚があります。クラシックの演奏なんてうんざりするほど繰り返されてきて、なおかつ新しいアプローチを模索するというのは大変なことでしょう。

 その演奏をクールというとちょっと違う気もするのですが、現代音楽を得意として来たということで、シャープな印象を与えるとは言えます。同時に古楽もやるということであり、ロマンティックな方向とも違います。弾き方は、何がなんでもビブラートを排除するというような決めがないところがいいです。ほとんどの音では指を揺らさずストレートに音を出します。それが線の細さにつながるのは古楽のアプローチと共通です。ノンビブラートは弾く側は難しいことでしょう。そしてところどころでしっかりビブラートの技法も使っています。鋭いのにリラックスしており、使い分けが自由自在なのです。

 抑揚の付け方についても同様に、古典派のこのベートーヴェンのコンチェルトをいわゆる古楽らしい手法で弾いているかというとそうでもなく、例のルバート(イネガル)がかかったような古楽特有の伸び縮みするリズムや、メッサ・ ディ・ヴォーチェ様に長い一音の中で山なりの強弱がつく典型的なボウイングには頼っていません。彼女なりに古楽奏法の手法を消化し、自分の語法で語っていると言ってよいでしょう。終楽章のあるパッセージではクレッシェンドするフレーズが部分的に浮き立って強められたりして、はっとさせられる場面もあります。全体には音楽の喜びに浸れる余裕が感じられるものです。

 そして最も特徴的なのは弱音の扱いでしょう。したがって第二楽章は印象的です。大変美しい音なのですが、通常のヴァイオリンのきれいな音というのとは違います。グリュミオーなどのように伝統的なビブラートのかかったものはやわらかくて艶が乗って美しいのですが、この人の弾き方はまるで弓の重さだけ乗せて弾いているかと思われる瞬間もあり、細くかすれそうであり、しかもビブラートをかけずに直線的に弾きます。そして強弱、スピードが自在に変化するので大変表情豊かであり、今までの常識とは違う美を見せられるのです。ラヴェルのヴァイオリン・ソナタでは駒の近くをかするような音をわざと指示して出させていますが、そういうわざとらしさともちょっと違う。か細く、甘く耳元でささやく無声音のようです。もはや違う楽器と言ってもいいぐらいです。

 カデンツァはちょっと聞き慣れないせいもあって最初スムーズさに欠けるような気がしましたが、ベートーヴェン自身のものです。ピアノ編曲用ということです。ちょっと前衛的にすら感じるときもあるけれども、慣れて来るとさすがに作曲家の手になるもの、納得します。

 カップリングはベルクのヴァイオリン協奏曲。1885年生まれのアルバン・ベルクは シェーンベルクの弟子で、そのシェーンベルク、ウェーベルンと並んで新ウィーン学派の一人です。この人たちはシェーンベルクの考案した十二音技法によって特徴づけられる現代音楽の作曲家です。無調をもたらす十二音技法は厳密に適用されれば感性を締め出しますが、少し緩めて従来の和声(調性)も混ぜて作曲すると、部分的に情緒を感じられるようになります。ベルクはそういう手法を使った人で、このヴァイオリン協奏曲は場所によって叙情的とも言える美しさを聞かせるものです。といってもオーケストラのパートが重なって不協和音が大きく響く箇所もあるので、そこで情感を求めようとすると、一般の人にとっては否定的感情の要素を聞き取ることにはなることでしょう。評論家もこの曲を褒めることで現代音楽の理解者であることを示したりするかもしれません。そんなわけで、曲として感性で聞けるぎりぎりのところに位置する作品だと言ってもいいと思います。「ある天使の思い出に」という副題はかわいがっていた少女の死からついたもので、またこの作曲家の死の年の作という意味でも、聞き手の側の様々な思い入れが加わって来ようかと思います。こうした曲の性質からここで演奏の善し悪しを判断するのは難しいですが、すっきりした音で鳴らされるファウストのヴァイオリンは美しく、向こう側が透けるような透明感が感じられます。響きの大きい艶のある音のモダン・ヴァイオリンで甘く奏でるのも良いとは思うけれども、これは個性的で大変魅力的です。

 録音は 2010年、ノンビブラートが主体となるヴァイオリンの音は常に線が細く、シャープに聞こえるものです。でもこの録音について言えば、基本はシャープながらデリケートな味わいがあります。再生装置も関わって来ることなので微妙な問題ではあるでしょう。一般的にはそっけない音に聞こえがちなのかもしれません。スピーカーで言えばツイータがドーム型のものよりも、リボン型のユニットで大変繊細に聞こえ、ただ細い音というだけではない豊かさが出て来ました。それだけの情報量がディスクには記録されているようです。ヴァイオリンは1704年のストラディヴァリウスだそうで、名前がいいです。スリーピング・ビューティー(眠れる美女)。イザベルは静かで寒色系の音でありながら、その眠りを目覚めさせる魔法も持っているようです。



    lisabeethoven
       Beethoven Violin Concerto.op.61
       Lisa Batiashvili (vn)   German Chamber Philharmonic Bremen

ベートーヴェン / ヴァイオリン協奏曲 op.61
リサ・バティアシュヴィリ(ヴァイオリン)
ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン
 1979年ジョージア(グルジア)生まれのリサ・バティアシュヴィリはルックスだけではない実力の持ち主で、やや寒色系の音色でありながら直截に熱く弾く印象があります。自身が指揮もするこのベートーヴェンは期待したものの一つで、そのオーケストラの鳴らしっぷりはやはり力強く、思ったより以上に歯切れの良いものでした。甘いベートーヴェンの印象でいると意外かもしれません。といっても、時代がかった大仰なものではなく、今の人らしくすっきりとしたストレートなものです。ヴァイオリンの演奏については、この人がライブで感興が湧 くといかに熱く弾くか、そのじわじわとボルテージの上がって来た後の興奮がどんなものかを知っていると、この録音はちょっとCD的というか、かっちりとまとまりの良い、完成度の高い出来具合になっていると思います。ジョージアを代表する作曲家、スルハン・ツィンツァーゼ(Sulkhan Tsintsadze 1925-1992)の6つの小品がカップリングされており(ジョージア室内管弦楽団)、最初の一曲にちょっと勇ましさがあるのを除いてどの部分も人恋しくて懐かしい、民族色の濃いメロディーを聞かせる魅力的な作品です。

 2007年の録音は新しく、ストレートなヴァイオリンの音を聞かせます。



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