ブラームス / 幻想曲・間奏曲集

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幻想曲・間奏曲集 Op.116〜119
 死の5年前、1892年で五十九歳。事実上ブラームス最後の作品群です。作品116の幻想曲が7つ、117 の間奏曲が3つ、ピアノの小品118が6つ、119が2つで、たいていは一枚にまとめて録音されます。これらは室内楽ではなくピアノ独奏曲なので「器楽曲」の分類になるのですが、ついでなのでとりあげました。肝臓ガンでクララの後を追って一年後に亡くなったブラームス。享年64歳でした。果して晩年は満ち足りていたのでしょうか。静けさという意味では確かに最後の作品たるに相応しい雰囲気を持っています。大変美しい追憶の曲です。しかし「旅立ちの準備が整った者の穏やかなひととき」とは言えないような気もします。幻想曲の2曲目と4曲目など、なんという悲しい音でしょう。に掲げた写真も見てほしいと思います。晩年のブラームスはどうしてこんな目をしているのでしょう。



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      Brahms Piano Pieces
      Helene Grimaud (pf) ♥♥

ブラームス / 幻想曲・間奏曲集 Op.116〜119
エレーヌ・グリモー(ピアノ) ♥♥
 悟りというよりも、 愛情をつかもうともがいた結果諦めたような雰囲気を漂わせているところから、演奏も必ずしも老 境の大家によるものでなくても良いというのか、むしろ若手の情熱的な人の方が相応しいようにも 思います。 エレーヌ・グリモーは意外かもしれませんが、この曲にぴったりの演奏をしています。野性の狼が好きで、ピアノ演奏よりその実地研究にのめっているとして周 囲をやきもきさせたフランスのピアニストであることはご存知のことと思います。この人、案外男 性的という のか、ダイナ ミックで振りの大きい、思い入れたっぷりの演奏をします。モーツァルトなどでは緩徐楽章の遅さとコッテリさなど、ちょっと違和感を覚えるのですが、ここで は録音の素晴らしさも相まって見事にブラームスの 心境を描いてみせてくれています。それにしてもこのカヴァー、スタイリスト、カメラマンともに一流の、なんとも「ジャケ買い」を誘発していそうな仕上がり です。



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       Brahms Seven Fantasias Op.116
       Imogen Cooper (pf) ♥♥

ブラームス / 幻想曲・間奏曲集 Op.116〜119
イモージェン・クーパー(ピアノ) ♥♥
 BBCから出ているライブ録音ですが、素晴らしい音です。この女性ピアニス ト、歌曲の伴奏をさせると大 変間合いが良 く、シューマンの詩人の恋をウォルフガング・ホルツマイ ヤーの伴奏で弾いているものを別 項で取り上げましたが、本当に感心しました。ここではゆっくりの部分であまりテンポを落とさず、ブラームスの粘りのあるため息を案外あっさりと弾いている ように 聞こえます。しかし変に耽溺しないだけでニュアンスは相変わらず見事です。詩情の表れる仕方が違うのでしょう。やわらかく陰影に富んでい て、フォルテでの音の切れも生のスタインウェイらしい、艶やかにしてきらびやかなところがよく出ています。感 情の高まるパッセージでは驚くほど鮮やかに駆け抜けます。
 ブラームスは幻想曲のみで他はシューマンの曲との組合せですが、ライブのプ ログラムでそのように企画され たのでしょう。女性としての観点なのか、二人を並べるというのも面白いと思います。そう言えば エレーヌ・グリモーもクララ・シューマンに肩入れしたようなビデオを作成して いるようです。

 手に入れておいて全然見ていなかったのですが、ジャケットに書いてある文言 によると、このCDはBBCの 音楽雑誌についてきた付録のようです。羨ましい雑誌があるものですが、そういえば中に折り込んであった解説 も前オーナーが誌面を切り抜いたものらしく、縁がハサミの切り口でギザギザし てます。そのインタビュー記事 によると、やはりイモージェン・クーパーはクララを中心に見て、ロベルトとヨハネスの二人を愛する という複雑な人間関係に興味を持っていてこのコンサートを企画したようです。 クララ・シューマンは女性に とっては特別感情移入の対象になりやすい人のようです。でもこのCD、非売品ながらまだいくつか売りに出てるも のがあるようです。便利な時代になりました。



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       Brahms 10 Intermezzi for Piano
       Glenn Gould (pf) ♥♥

ブラームス / 幻想曲・間奏曲集 Op.116〜119
グレン・グールド(ピアノ) ♥♥         
 この曲集については、わが国ではグールドの演奏が定番になっていることは知っています。異論はありません。こ の有名な孤高のピアニストの演奏、私はウィリアム・バードの作品集など大変好きです。異様に遅いテンポとス タッカートのトルコ行進曲、入場と退場の両方で奏でたゴールドベルク変奏曲が表現 の上で対照的ながら同じ波 長を放っているところなど、言うまでもなく無二の天才です。そしてこの人ほどピアノの音に孤独さを感じさせる人もいないのではないでしょうか。ポケットに 手を突っ込んで猫背で眼を細めてい る彼の写真からくるイメー ジかもしれませんが、冬のカナダの凍った湖のほとりに立っているような寒さを感じるときがあります。同じカ ナダの天才ピアニストであるオスカー・ピ−ターソンが温かく楽しい雰囲気なのとは 対照的です。しかしこのブ ラームスの間奏曲集、遅いテンポで一音一音確かめるように弾いていますが、大変叙情的です。不思議な形で作 曲家と演奏者、二人の人間がはまり合っているような気もします。痛いというのか、 私にはちょっとつら過ぎる ときもあるのですが。
 録音は古く、ヒスノイズが聞こえますし、木琴でも叩いているようなちょっと硬質 な機械的な音ですが、グールドの好みでもあり、ファ ンなら気にならないでしょう。



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