ドヴォルザーク / チェロ協奏曲
   森の静けさ / わが母の教え給いし歌 / 月に寄せる歌 / ひとりにして
letmealone

 懐かしくも美しいメロディーが民族柄の地をバックにいくらでも湧いて来るドヴォルザーク。新世界交響曲や四重奏のアメリカ、ユモレスクの他にも歌曲の「わが母の教え給いし歌」、歌劇ルサルカの「月に寄せる歌」などは様々な楽器で演奏されてよく耳にします。そういう意味ではメロディー自体に名前があるわけではなくても、「イギリス」交響曲と並んで旋律おもちゃ箱のような有名曲がもう一つあります。チェロ協奏曲です。あの短く略された曲の愛称はなんだか携帯を便器に落とした音みたいですが、このカテゴリーの中でもよく聞かれている曲で、音楽史的にも傑作とされており、恐らく三大チェロ協奏曲の中でもベストでしょう。FMのリクエスト・アワーとか何かからもしょっちゅう聞こえてきます。作曲時期はアメリカから帰る直前で「新世界」や「アメリカ」の翌年、五十三、四歳頃です。

 そしてこの曲の甘くきれいなメロディーにはもう一つわけがあって、それはドヴォルザークがヨゼフィーナのことを想っていたからなのですね。「糸杉」のところでその女性の写真を載せて触れましたが(「糸杉の想ひ出」)、ドヴォルザークは若いときに女優のヨゼフィーナ・チェルマーコヴァ(チェルマーク)に恋して破れ、その妹と結婚したという経緯がありました。しかしそうなると義理の家族として姉はその後も存在し続けるわけで、伯爵夫人となったヨゼフィーナへの想いは水面下で消えずに残ってしまうという事態になっていたようです。有名になった後で内緒で付き合ったことはないにせよ、これは自ら招いたモーツァルトと同じ境遇です。そしてこのチェロ協奏曲をアメリカで作っているときに、当のヨゼフィーナから重病で長く生きられそうにないと書かれた手紙をもらい、以前に彼女が好きだと言ってくれた自作の歌曲「ひとりにして」(日本語歌詞は後ろから二番目の CD 解説に記載)のメロディーを第二楽章に挟み込むことにしたのです。帰国するとヨゼフィーナは亡くなり、ドヴォルザークは第三楽章にもそのテーマを入れて曲を作り直します。それで「糸杉」の憧れともちょっと似た、切ない旋律をたっぷり味わえる名曲、ということになったのです。

 それから余談ですが、この曲の終わり方はスーパーマンが人類の危機を救ってマントを翻し、空へ飛び去って行く場面のようです。愛する人を歴史に刻む任務を終え、ドヴォルザークが自慢気なぐり目を輝かせて両手を腰に当てているのかもしれませんが、こういうジャカジャン的終わりはベートーヴェン以降クラシッ ク音楽の定番になってきたわけで、ジョン・ウィリアムズの方がこの曲っぽいということでしょう。

 ドヴォルザークのチェロ協奏曲の演奏は、名曲ということもあって数多くあります。チェロの有名奏者はみな録音しているのではないでしょうか。古くカザルスは案外思い切りが良くて爆発的に進めるところが聞かれますし、この曲のビデオを検索して真っ先に出て来るデュ・プレは一歩下がって溜めた力でアタックするような豪快な演奏です。多くの作曲家から献呈を受けたロストロポーヴィッチは果たしていくつ録音しているのでしょうか。フルニエ、シュタルケル、ミッシャマイスキー、ハレル、トゥルトリエ、ハインリヒ・シフなど、記事を書くにあたって多くの名演は聞き比べてみましたので別項目で一つずつ取り上げようかとも考えましたが、大家たちの演奏についてはたくさん言われているので特につけ加えることはありませんし、素人が細かく書こうとして失礼になってもいけません。ヤン・フォーグラー、ヨハネス・モーザー、ジャン=ギアン・ケラス、クリスティアン・ポルテラ、ダニエル・ミュラー=ショットといった最近活躍の人たちも聞きましたし、ここでは全くの独断で(それ以外にないわけですが)好みだったものを何点かのみピック・アップしてみます。基本的に人が良かったというドヴォルザークですから、力で押して来ず、けれん味なく歌ってくれるものを選んでいます。



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       Dvořák:  Cello Concerto in B minor op.104,   Silent Woods op.68
       Songs My Mother Taught Me (from Gypsy Songs [Zigeunermelodien]) op.55
       Yo-Yo Ma (vc)    Kurt Masur   New York Philharmonic ♥♥


ドヴォルザーク: チェロ協奏曲ロ短調 op.104 / 森の静けさ op.68 / わが母の教え給いし歌 op.55
ヨーヨー・マ / クルト・マズア / ニューヨーク・フィルハーモニック
♥♥
 長らくこれ一枚でいいかと思ってきました。ヨーヨー・マはこれより前にもマゼール/ベルリン・フィルと1986年に録音しており、ヨーロッパ盤はそちらのみが残って定番化し、今のところ新しい方は廃盤になっているようですが、このマズア/ニューヨーク・フィルとの方が洗練されていて好みでした。録音も新しい方が滑らかですし、旧盤はマゼールのオーケストラがリズムを区切った遅めのテンポ設定になっており、チェロも波長が合っていてより力を入れた表現がちょっと大きめな印象です。思い入れと迫力を感じるという点ではその方がいいでしょう。常に一般に受け入れられるものはそのように分かりやすい傾向なのかもしれないけれども、ここで取り上げる演奏は反対に大掛かりではない方向のものばかりに偏りがちかもしれません。

 マという人はなんと真っ直ぐで、真摯な姿勢を持った人なのだろうといつも思います。常に熟成されて良くなって行くようであり、神童と騒がれた人が大人になって問題を起こすことも多いなかで、音に表れるその正直さには倫理観すら覚えるので、まるで音楽に奉仕して日々研鑽する求道者のようです。 弾いている姿を見るとなんと気持ちを込めて弾くのかと思わせるのに決して溺れず、思い入れたっぷりの自己満足になる手前で必ず踏みとどまります。自我の虜にならないように自分を観察するもう一人の自分を持っているのでしょうか。中国系ですが、本国からの一部の旅行者に時折見られる抑圧された心情とは全く反対のようで
、アメリカ社会が彼の人格を評するキーワードは 'humble'(謙虚)です。

 作為のない素直さが前面に出た素晴らしい演奏です。弱音の部分で思いを込め、ぐっと抑えて弾く特徴もあります。
そしてただリリシズムに傾くのではなく、リズミカルに弾むところもあり、素早く駆けるところもあるのですが、全てが自然です。スムーズさと音の透明に純化されたところは次のマルク・コッペイの方がきれいな気もしますが、感情の動きの敏感さとナチュラルさにおいてはこのヨーヨー・マが一番かもしれません。テンポは遅い方ではないですが、全く攻撃的ではなく、前述の通り大仰になりません。静かな 歌になると十分に歌い、その歌が心から出たようで大変美しいです。緩徐楽章では途中張りのあるパートも、適度なテンポ感の部分もあり、自然なメリハリが聞かれます。オーケストラの伴奏も素直に歌わせて美しく、ジュリアン・ロイド・ウェバー盤のノイマンのタクトとも比較できるでしょう。

 使用楽器は CD には記載がありませんが、1733年製ドメニコ・モンタニャーナの方だと思います。生徒にペチュニアと名付けてもらった3億円近いその楽器を彼はいつも使っているからです。もう一つ、ジャクリーヌ・デュ・プレが予測不能で言うことを聞かないと不満をもらし、ヨーヨー・マ本人がそれは暗く奔放な演奏スタイルのせいであり、その楽器はなだめて使うべきで強くアタックするほど上手く行かないんだと話していた1712年製ダヴィドフ・ストラディヴァリウスもマが所有しましたが、そう設定されていたこともあって最初は主にバロック音楽で使っていたとのことです。

 
ソニー・クラシカル1995 年の録音で、音は大変瑞々しいものです。現在手に入るのはこの国内盤のみであり、中身は色々なときの音源を集めてきたものです。「森の静けさ」(+小沢征爾/ボストン)と「わが母の教え給いし歌」(+パトリシア・ザンダー[pf])が入っているのがうれしく、どちらもこの曲のベスト演奏の一つだと思います。これらの曲については最後の CD で触れます。ここでの「森」は93年、「わが母」は81年収録で、マがより若いときのものです。深く情熱的に歌っています。
 


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       Dvořák:  Cello Concerto in B minor op.104,  Silent Woods op.68  
       Songs My Mother Taught Me (from Gypsy Songs [Zigeunermelodien] op.55),   Bloch Schelomo  
       Marc Coppey   Kirill Karabits   Deutsches Symphony Orchestra Berlin ♥♥

ドヴォルザーク: チェロ協奏曲ロ短調 op.104 / 森の静けさ op.68 / わが母の教え給いし歌 op.55
マルク・コッペイ(vc)/ キリル・カラビツ / ベルリン・ドイツ交響楽団
♥♥
 1969年生まれのフランスのチェリスト、マルク・コッペイに1976年生まれのウクライナの指揮者、キリル・カラビツ、フリッチャイが育てたベルリン・ドイツ交響楽団(RIAS)という組み合わせの演奏です。1711年製ゴフリラーとのことですが、チェロの音が艶があって大変美しいです。潤いがありながら輪郭がくっきりとし、朗々と響きます。高音ではまるでヴァイオリンのようです。オーケストラ共々音が大変良く、この音に浸るためにかけたくなる CD です。

 そしてひとことで言えば最もきれいな演奏であり、したがってこの曲のベスト・パフォーマンスの一つだと感じており、
ヨーヨー・マ やジュリアン・ロイド・ウェバーの盤よりも頻度高くかけている気もします。よく歌いますが、洗練されていて過剰に耽溺しません。繊細な抑揚がありますが、その抑揚とは音のつながりをやわらかく歌うように聞かせるもので、そこに時折加わる微妙なテンポの変化はフランス的なのでしょうか。恣意的に感じさせるほどではなくて、生きています。奏者はこの感覚に自信を持っていることでしょう。技術のことは分からないですが、良く彫琢された曖昧に濁ることのない音が常に保たれ、細部まで完璧に聞こえるのに自然で安らげるのは、大変上手なせいかもしれません。全体に力では押さず、呼吸を置いて弾く余裕の運びが聞かれます。 緩めるところでは十分に間をとって心の歌を表現するので緩徐楽章も魅力的です。そういう意味ではヨーヨー・とはどうしても比較してしまいますが、あれほど弱音を強調することはなく、全体に滑らかな運びです。一 方でロイド・ウェバーと比較すれば民族色というか、土臭さはありません。オーケストラの表現にも静けさがあり、十分に勢いもありますが、これも強く当てて来ない余裕を感じさせます。以前はマで十分だと思ったけれども、勝るとも劣らない魅惑的な演奏が色々と出てくるものです。同様に「森の静けさ」も聞けてうれしいです。

 ドイツのアウディテ・レーベル2016年の録音は前述の通り、大変生っぽくて美しいものです。ヨーヨー・マ新盤、ロイド・ウェバー盤と並んでこの曲のベスト録音だと思います。純化された響きです。



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       Dvořák:  Cello Concerto in B minor op.104
       Truls Mørk   Mariss Jansons   Oslo Philharmonic Orchestra

ドヴォルザーク / チェロ協奏曲ロ短調 op.104
トルルス・モルク(vc)/ マリス・ヤンソンス / オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

 今度はノルウェー勢です。1961年生まれのトルルス・モルクのチェロ、オスロ・フィルハーモック、ノルウェー人ではないですが当時音楽監督だったマリス・ヤンソンスの指揮です。こちらは誠実で熱く朗々と響くチェロです。余計な飾りや変わった表情はつけず、テンポは常にゆったりでもないながら素直によく歌うので作為を感じさせません。そういう意味でドヴォルザークの音楽に素直に集中できます。そして力で無理に押しはしないけれど、スケール感があります。この人は抱えたチェロの音を体に響かせることをこよなく愛しているのです。大阪弁ならその後に「知らんけどな」と付け加えるところですが。なんや、知らんのかいな。しかしそう感じさせるようによく胴を鳴らしており、自分を通して音楽を音にして行く感覚に喜びを覚えているかのようです。したがって自分は媒体であって、音楽を自分を見せる手段に使うタイプではないでしょう。やや重めの音色ながら鳴らし切っている印象で、第二楽章でもよく響かせてたっぷり歌ってい ます。十分に歩調を緩め、内側からじわっと来る緩徐楽章です。ヤンソンスは静かなところではゆったり力を抜いてきれいに歌っています。鳴りの良いチェロこそが好きな人にとってベストな録音でしょう。

 ヴァージン・クラシクス1992年の録音は派手ではなく、やや低音寄りのしっとりと落ち着いた音です。カップリングはチャイコフスキーのロココの主題による変奏曲です。



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       Dvořák:  Cello Concerto in B minor op.104
       Pablo Ferrandez    Radoslav Szulc   Stuttgart Philharmonic


ドヴォルザーク / チェロ協奏曲ロ短調 op.104
パブロ・フェランデス(vc)
ラドスラフ・シュルツ
シュトゥットガルト・フィルハーモニー管弦楽団
 1991年マドリッド生まれのスペインの若手チェリスト、パブロ・フェランデスの2014年デビュー・アルバムです。指揮はポーランド生まれの若手、ラドスラフ・シュルツ(ポーランド語の発音だとショルツかもしれません)で、シュトゥットガルト・フィルハーモニック。
 こちらはモルクよりも音楽で自分を表現する意欲のある人でしょうか。表情が敏感というのか、どこをとっても隅々まで完璧に表現して おり、無意識にすっぽぬけている瞬間がないのでいつシャッターを切ってもベスト・ショットです。こう言うといつも同じ笑顔の人だと勘違いされるといけないので、細かいところまで自分の出したい表現があると言った方がいいでしょうか。

 ではどういう表現かというと案外難しいのです。スローなところは大変ゆったり歌っており、コッペイや次のロイド・ウェバーと比べても十分に静かに歌いま す。音符から音符へ切らずに粘ってスラーでつなげつつ陰影を付け、一つの饒舌で滑らかな歌にしています。そして速めるところではダイナミックな切れの良さも見せます。見事に加速度的にアッチェレランドして行ったりしますし、リズムへの乗りの良さが活気を感じさせ、明るく伸びやかな高音が大変美しいのでフレッシュな若さを感じさせます。第二楽章のピツィカートでも間を使いつつ上手に目立たせて区切ります。拍を崩すなどのエキセントリックな方へは決して行きませんが、一つひとつ練れていて、全体に立体的です。演技点、技術点、どれも満点に近いのではないでしょうか。ぜひコッペイの上手さとどう違うか比べてみてほしいところです。そして特徴と言えるかどうか、何でもできてしまう天才だからなのか、逆に重さと素朴さはない、とは言えるでしょう。
 
 オーケストラはカラビツと同様、余計なことはしないながら美しくゆったりと歌わせます。ときに過剰なほどに悠然とした表情をつけるときもありますが、強い方には傾きません。独奏のチェロも同じですが、今どきの人は速いところも責め立てるようにガツガツしないで軽くさらっと自然なのでありがたいです。それでいて第二楽章の突然のトゥッティではぴたっと揃っています。

 オニックス・クラシクスの録音は自然な音で、カップリングはシューマンの協奏曲です。 



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       Dvořák:  Cello Concerto in B minor op.104
       Julian Lloyd Webber (vc)   Václav Neumann   Czech Philharmonic Orchestra
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ドヴォルザーク / チェロ協奏曲ロ短調 op.104
歌劇「ルサルカ」op.114 〜ポロネーズ / 序曲「謝肉祭」op.92
ジュリアン・ロイド・ウェバー / ヴァーツラフ・ノイマン / チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
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 さて、軽さと洗練というよりは、重厚さと深みのある歌が聞かれる名演を一つ。ヨーヨー・マの旧盤の少し後にはすでに出ていたものの私は気がつかなかったもので、こういう紹介も実がないですが、ジーザス・クライスト・スーパースター、キャッツ、エビータ、オペラ座の怪人などで知られるあのミュージカル王、 アンドルー・ロイド・ウェバーの弟、ジュリアン・ロイド・ウェバー(ウェッバー)の演奏です。このイギリスのチェリストとドヴォルザークの国で録音したノイマン/チェコ・フィルという組み合わせで、録音はフィリップスです。フィリップスということで言うならば、これもコッペイ盤と並んで音がナチュラルで美しく、何度も聞きたくなる種類です。オーケストラのヴァイオリンの倍音が自然ながらさらっと繊細に出るところが最近のディジタルとはバランスが少し違ってこのレーベル独特のものでしょうか。

 このチェリスト、日本ではどれぐらい知られているのでしょうか。1951年生まれでフルニエに習い、2014年には椎間板ヘルニアのために引退宣言をしています。この人自身の様々な発言からすると学者的資質を持った人のようですから、ドヴォルザークのこともよく調べているのかもしれませんが、演奏の瞬間にはその世界に入り込んで流れに乗って行くようです。時折二音間を指をずらしながらつなげるポルタメントが聞かれますが、当時の技法を念頭に置いているのでしょうか。よく鳴らしている感じは前出のトルルス・モルクにも近いところがあるながら、歌は大きく、ビブラートをかけて震わす感情を込めた表現も聞かれ ます。そして拍をわずかに遅い方にずらすかというほどに余裕でテヌート気味に進めるのですが、そこにやや重さが乗るところが、同じような間の瞬間が聞かれることのあるコッペイとは違うところです。決して前へと走りません。遅くずらす手法の延長としてなのか、区切って力を込めたりもします。かと思えば真っ直ぐな線でつなげて鳴らし続けているように聞こえる場面もあります。そんな具合に色々な表情があるけれども、フェランデスのように若くてセンシティヴというよりも、落ち着いていながら手応えのある表情です(
このときはウェバーもまだ三十代です)。スムーズではないかもしれないけれど、わざとらしくはありません。一方で弱音ではやさしく撫でるように進行させます。

 そしてこの静かなところが、この人のなんとも魅力的な部分です。写真を見るとどこかロックスターのような風貌で遠くを見てる眼差しですが、ちょっと哲学的というのか、深みのある歌を聞かせます。第二楽章の中程を少し過ぎたところでカデンツァのようにチェロのみが静かに歌い出すところがありますが、ここから先を聞くだけでも価値があると思います。例の歌曲の旋律を挿入した部分ではないのですが、病に倒れた人のことを考えつつ故郷を想ううちに瞑想的な気分になってくるかのようです。
 ドヴォルザークはどう弾くとドヴォルザークらしいでしょうか。思想的には民族運動家というよりもリベラルで平等主義、写真では気難しそうにしていますが、人懐っこくて子供のようにわくわくする好奇心がいっぱいです。夢見るような憧れと英雄願望的な理想主義もありそうです。 強迫的な反復の性質はないものの、温厚とは言われるけれども期待していたことが裏切られるとがっかりして突如怒ったりもします。そして民族的な旋律を出しているから素朴で実直なのがいいかどうかは分かりませんが、このロイド・ウェバーのようなアプローチは意図的にせよどこかもったりとした素朴さもあるので、ノイマンとチェコ・フィルの伝統的でけれん味のない堂々とした演奏と相まっていかにもドヴォルザークらしいとも思えてきます。

 使用楽器はバージャンスキー(バリヤンスキー)・ストラディヴァリウス1690年ということで、ちょっと鼻にかかったような倍音で輪郭が割合はっきりしており、高い方の音もヴァイオリンのような明るく華やかなものではなくてチェロらしい音です。太い胴がよく響き、鳴きがきれいです。このしっかりとした落ち着いた音もドヴォルザークらしいかもしれません。 

 1988にプラハで録音されたディジタル録音です。レコーディング・プロデューサーは「最高の録音」 のページですでにご紹介した89年のマーラーの7番の盤と同じウィルヘルム・ヘルヴェグをオランダから派遣し、チェコ・スプラフォン側が何と読むのでしょう、 Bohumil Čipera、バランス・エンジニアは Stanislav Sýkora となっています。カップリングは1989年のオリジナルは上記ポロネーズと序曲ですが、2012年の再販盤は三大チェロ協奏曲の一つ、85年録音のエル ガーの協奏曲(管弦楽とエンジニアは別)と組み直されています。オリジナルがさほど売れなかったからかもしれませんが、このドヴォルザークも最高の演奏で 最高の録音であることは間違いがないと思います。エルガーはお国ものですから、そちらもロイド・ウェバーがベスト・パフォーマンスかもしれません。
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       Dvorak:  Silent Woods op.68
       Songs My Mother Taught Me (from Gypsy Songs [Zigeunermelodien]) op.55
       Song to the Moon (Mesicku na nebi hlubokem) from
Rusalka op.114
       Leave me alone! (Lasst mich allein!) Lieder op.82 no.1
       Christian Poltéra (vc)   Kathryn Stott (pf)
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ドヴォルザーク: 森の静けさ op.68 / わが母の教え給いし歌 op.55
歌劇ルサルカ〜「月に寄せる歌」op.114 /
歌 曲「ひとりにして」op.82 他
クリスティアン・ポルテラ(チェロ)/ キャスリーン・ストット(ピアノ)
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 チェロによるドヴォルザークの名旋律集です。なんとこれだけであのメロディーもこのメロディーも一度に聞けてしまうといううれしい一枚です。タイトルは 「サイレント・ウッズ」。森の静けさというこのタイトル曲はドヴォルザークのチェロ作品として有名な一曲なのでチェロ協奏曲の余白に入っていたりして、ここでもヨーヨー・マとマルク・コッペイのアルバムで聞けます。元々は二台のピアノによる曲でしたが、作曲家本人によってピアノ伴奏とオーケストラをバックにしたもの二つのチェロ版に編曲されて人気が不動のものとなりました。名前同様に静かで神秘的な美しさに満ちています。

「わが母の教え給いし歌」も名曲です。こちらは歌曲で、「ジブシー歌曲集」の一曲ですが、ドヴォルザークの歌曲としては最も有名でしょう。クライスラーがヴァイオリンに編曲して人気を博したので、それにならって他の器楽編曲でもよく演奏されます。チェロもまた最も魅力的な楽器の一つだと思います。これも上記二つのアルバムにもカップリングされていました。元々の歌曲として取り上げるべきだったかもしれません。ドヴォルザークともなるとロマン派なので、ビブラートとポルタメントでオペラのように歌われるのが苦手でついつい避けてしまいました。この曲はソプラノで歌われることが多いですが、バッハのカンタータで良かった米良美一がカウンター・テナーなのを除けば、女声となるとイギリスのクリスティーン・ブリューワーが素直で美しかったかなというところです。ブリューワーの盤はシャンドスから出ており、英語で歌ってます。こういう声楽は母音で朗々と響かせると何語でも同じように聞こえるので、オリジナル言語でなくてもいいかもしれません。
 このチェロ版では聞けませんが、歌詞を載せておきます:

 遠く消え去ってしまった日々にわが母の教えてくれた歌の数々
 彼女の瞼に浮かぶ涙は消えなかった
 今私はその心地よきメロディーの一つひとつを子供たちに教える 
 涙が溢れてくる
 わが大切な思い出から溢れてくる

  歌劇ルサルカから「月に寄せる歌」も、名前は知らなくても聞いたことがあるという類いの有名な旋律です。ドヴォルザークらしい、懐かしいような人なつっこいメロディーはヴァイオリンで奏されることが多いものの、これがチェロで聞けるのはまさにぴったりで、いいです。オペラのストーリーはまるで人魚姫のようですが、水の精ルサルカが人間の王子に恋をして人間となり、王子からも愛されるものの、最後は王子が代償を払って死んでしまうというものです。月に寄せる歌はルサルカが王子を想って歌います。あの人に私が愛していることを、ここで待ってることを伝えて、と月に話しかけます。

 そしてアルバム最後の曲が「(私を)ひとりにして/私にかまわないで」です。チェロ協奏曲の第二楽章に、ドヴォルザークが故郷のヨゼフィーナを想ってこの自作の歌曲のメロディーを取り入れたのは前述の通りですが、ヨゼフィーナもヨゼフィーナでこんな歌詞の曲を「私はあなたの曲でこれが一番好きです」と、かつて夢中になってくれた人に告げていたわけです。歌詞は以下の通りです:

 私をひとりにして、夢の中へ入って行かせて
 私の心にある恍惚を遮らないで!
 彼に会って以来私を満たしている
 あのすべての歓び、あの痛みを感じさせて

 私をひとりにして! 私の胸のあのやすらぎを
 あなた方の騒々しい言葉で追い払わないで!
 私はどこででも彼に会って言葉を聞けるから 
 心に描く彼の光のなかで、私をひとりにして

 私を満たすあの魔法について聞かないで 
 彼の愛によって私が感じるあの至福は
 どのみちあなた方にはわからないから
 あの愛は私へのもの、私だけのもの

 私をひとりにして、わが身を焦がす苦しみの
 燃え上がる歓喜の荷を私にひとりで背負わせて
 そしてもしそれがおまえをつぶしそうになっても、わが心よ
 愛する人から受け取るもののためにひとりで耐えなさい 

 もう一度ひとりで私の甘い夢の中にいさせて! 
 彼は本当に私を愛してるの!
 その言葉が私にくれる深いやすらぎのなかで私をひとりにして
 それなくしてはわが魂は悲しみ
 切望によって死んでしまうだろうから

 ここでチェロを弾いているのはクリスティアン・ポルテラ。1977年チューリヒ生まれのスイス人チェリストです。今回この人のチェロ協奏曲は取り上げませんでしたが、速いところではフレーズを若干崩しても間を詰めて前に駆ける勢いがある情熱的なところがあり、一方で覚醒した動きを所々に残しながらも粘るように熱く歌う緩徐楽章は大変美しいというものでした。ここでは名旋律集ということでゆったりした曲が多く、センシティブにして表情豊かに歌わせる後者の美点が存分に味わえます。ピアノのキャスリーン・ストットはヨーヨー・マとも組んだことのあるイギリスのピアニストです。チェロ名旋律集というのはたくさんありますが、ドヴォルザークの曲だけ集めているのはアルバムとしてセンスが良く、他にも「おやすみ」op.73 はスロヴァキア民謡にドヴォルザークがメロディをつけたもの、ヴァイオリンとピアノのものだった「ロマンティックな小品」 op.75 から第4曲のラルゲットなどがちりばめられていて、原曲がチェロでないもののアレンジはみな演奏者であるポルテラによるものです。

 2011年録音の BIS で、SACD ハイブリッドで出しており、音は大変きれいです。



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       Russian and Slavonic Miniatures
       Nicolas Koeckert (vn)   Milana Chernyavska (pf)

クライスラー / ロシアとスラヴ語の小品集 
ニコラス・ケッケルト(ヴァイオリン)/ ミラナ・チェルニャフスカ(ピアノ)

「わが母の教え給いし歌」はクライスラーのヴァイオリン編曲で有名になったところもあるということで、チェロではなくヴァイオリンでドヴォルザークの名旋律を聞きたい、というのに相応しい CD です。ずばりクライスラー(オーストリアのヴァイオリニスト/編・作曲家 1875-1962)の作品集で、ロシアとスラヴォニックの小品と題されており、ドヴォルザークの有名曲も複数入っています。「わが母の教え給いし歌」の他、 スラヴ舞曲から三曲、このうちの第10番(第2集の第2番)のメロディーはあちこちのメディアで取り上げられるドヴォルザークの有名な旋律です。ユモレスク、スラヴ幻想曲、ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ(インディアン・ラメント:クライスラー編)、それに新世界の第二楽章、「家路」のあのメロ ディーも聞けます。それ以外ではリムスキー・コルサコフのシェエラザード、チャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレも入っています。白鳥からトロイメライまで詰まっている何でも名曲集もいいでしょうが、クライスラーに絞っているところは筋が通っています。クライスラーのヴァイオリン音楽はこの楽器らしい技巧を活かすためか重音や転調が華やかで、旋律を前面に出してくるところがある気がします。反復変奏が多いことも相まって続けて聞いていると耳が飽和してくる感じもないではないですが、これは演奏・録音ともによくまとまった一枚だと思います。ヴァイオリンのケッケルトは1979年生まれのジャーマン・ブラジリアンということで、目利きのナクソスから出ました。流暢につないでべったり歌うのではなく、音節を区切った端正な運びで途中から力を込めて行ったり、引きずらずにさらっと軽く弾ませて歌わせたりして品の良いものです。廉価で入手できるのもありがたいところです。

 録音は2003年です。これも魅力的な音です。



INDEX