フォーレ / レクイエム ニ短調 op.48
Faur? : Requiem in D Miner op.48

faurerequiem

取り上げるCD31枚: アンセルメ/ブーランジェ/クリュイタ ンス/マルタン/コルボ ('72 /'92 /'05/'06)/フルネ/ラター/ジュリーニ
/デュトワ/ヘレヴェッヘ( '88/'01/'21)/クリヴィヌ/ベスト/ガーディナー/マリナー/ウォーカー/クリストファーズ/エキルベイ
/ダイクストラ/ヤルヴィ/ショート/クレオベリー/ロマノ/ ヴァレ/ボルトン/ウェーバー/コカール

 フォーレのレクイエム。この形式の作品(死者のためのミサ曲)の中でもモーツァルトと並ぶ名曲とされ、ヴェルディのそれを加えて三大レクイエムと呼ばれ たりもします。満たされた静謐さが遠いルネサンスの合唱のようでもあり、疾風怒濤とロマン派の嵐を 経験した後の時代だとは思えません。グレゴリオ聖歌の単旋律にハーモニーが加わったのがルネサンス 期の音楽だとすると、そのすぐ後のバロック時代ですら管弦楽を伴って劇的になるのに、この曲の不思 議なところはその前のやわらかな響きでありながらもオーケストラの伴奏が加わるところです。こうい う感覚の曲として他にデュリュフレを挙げる人もいるけど、おおよそ他にはありません。動きの少ない 純化された内声部の上に旋律が揺らめいて行くその昇華された響きは何にも代え難いものです。形容詞 に客観性はないけれども今までで最高に美しいミサだと思うし、レクイエム本来の目的として、送る側 の魂の安らぎを最も得られるレクイエムではないでしょうか。


フォーレにつ いて
 作曲家のフォーレは1845年というロマン派の時代にフラ ンスに生まれ、無調音楽が出た後の1924年に七十九歳で亡くなっています。印象派への橋渡し をした人だとよく言われますが、その作風は古典的な形式と和声を守りつつ、時として新しい音と 転調を見せるというものです。初期の作品には拍節感があったり、晩年は音の重なりと繰り返しが 独特の重さを感じさせたりするものの、多くの作品に共通している調性感の移ろい(少しずつずれ て移動して行く転調)と半音階の混じるその音には独特の風情があります。確かに少し印象派に足 を踏み入れたようであり、わずかにすみれ色のハーモニーを響かせつつ曖昧に引っ張った静かな歌 を聞かせるのです。

 生まれた場所は南フランスで、トゥールーズよりさらに南で ピレネーにも近い町、パミエです。父親は教員であり、母は貴族階級の出ではあったものの音楽的 環境とは言えない家庭でした。しかし子供の頃に近くの教会にあった足踏みオルガンに興味を持 ち、よく弾いていたところを力のある議員に聞かれ、パリで学ぶことを勧められて音楽の道へ入り ました。そこではサン=サーンスがピアノの先生になったのですが、教え子は師に憧れ、師の方も 教え子を気に入って長く面倒を見るといった関係になり、この二人は生涯親しかったそうです。 フォーレの身の振り方、就いた多くのポストにおいて、このサン=サーンスの助言や計らいがあり ました。

 その後教会オルガニストになったけれども、即興の名手とい う立ち位置だったし、この楽器は飯の種だと思っていたからか、オルガン作品は残っていません。 作曲家としては1876年作のヴァイオリン・ソナタが翌77年に有名になり、初めて評価されま した。三十一歳のときです。そしてその同じ年にマリアンヌ・ヴィアルドという女性と婚約するも のの相手から破談にされ、傷ついた結果旅行で気晴らしをするようになります。その後は1883 に彫刻家の娘マリー・フレミエと結婚して子供も出来たけれども、この人はどうもその方面で人気 が高く、生涯にわたってたくさんの女性との部外活動に勤しみました。銀行家の妻で後にドビュッ シーと結婚する歌手のエンマ・バルダックと親しくなったり(このとき「優しい歌」を作曲しまし た)、弟子の作曲家アディーラ・マディソンと仲良くなったり、あるいはハープ演奏家の娘でピア ニストのマルグリット・アッセルマンをパリのマンションに囲い、旅行に公然と連れて歩いたりと いったところが有名ですが、無名のアフェアも数知れないとのことで、やりたいように出来たみた いです。有名作曲家の一部には未発の恋に焦げる例もあるけれども、フォーレはそういうタイプで はありません。伝記作家は彼を擁護して、マリアンヌによる心の傷や奥さんの無理解を原因に挙げ たりします。

 若いときはよくはしゃぐ性格だった一方、三十代からは鬱が 出たりしました。自らが賞賛するヴェルレーヌの詩によるオペラを書くチャンスが舞い込んだ後で 頼まれず終いになったときには、その鬱がさらにひどくなりました。でも1896年にはパリ音楽 院での教授職に就き、ラヴェルらを教えました。そしてその優秀な生徒であるラヴェルがローマ賞 (若い作曲家の登竜門)に予選落ちするという異常事態が起きると、その責任を取って辞任した前 任者の後釜として学長に就任します。大変リベラルで公平な人だったので、そのポストでは多くの 改革を成し遂げたものの、1911年頃からはベートーヴェン同様に聴力が衰えました。


レクイエム op.48 について
 中期である四十二歳の頃、1887年から88年にかけ て作曲され、建築家の葬儀において自らの指揮で演奏されました。ソプラノとバリトンの独唱 が立ち、オーケストラと合唱が奏する作品であり、40分前後の長さです。フォーレといった ら室内楽も声楽曲もあるけれども、まずなんと言ってもこのレクイエムであり、聞いて楽しむ 愛好家といえどもそこ止まりの人が多いのではないでしょうか。伝統的なカトリックの死者の ためのミサ曲の形式ながら、楽章としての「怒りの日」を欠き、その内容的な部分が「リベ ラ・メ」に含まれるという構成をとっています。それがというわけではないですが、作品自体 として教会関係者から難色を示されたこともありました。作曲の動機についてははっきりして おらず、父親がその二年前に亡くなったからだと言われることがある一方、本人は否定してい ます。このレクイエムが死への恐れを表現出来ていない、あるいは死への子守唄のようだと批 判されたことについては、「私は死というものを痛みの経験としてではなく、幸福へ向かう願 望として、幸せな解放として見ています」と答えています。フォーレはフランス人らしい愛国 心は持っていて普仏戦争では志願して従軍したりもしましたが、特に信心深くはない方でし た。「宗教的な空想(幻想)によってなんとか心に描いたことの全てを、私は自分のレクイエ ムへと持ち込んだのです。それはさらに言うなら、永遠の休息を信じる非常に人間的な感情に よって終始一貫支配されていたということです」とも語っています。


版につい て
 フォーレのレクイエムには楽譜がいくつか存在しま す。オッフェルトリウム(奉献唱)とリベラ・メ(私を解放してください)の楽章がな かった初演時の第1稿は上述の通り1887年から翌年にかけて作曲されましたが、それ を除いても主なものは三つあります。最もよく演奏されている最終版の第3稿に当たる、 編成の大きな「1900年版」(二管編成のオーケストラ)がまず一つ。そしてその 1900年版が弟子によるオーケストレーションを疑われたことで、より純粋にフォーレ 自身の作曲意図を反映させようと試みた小編成の第2稿である「1893年版」が二つ目 になるけれども、それがまた二種類あります。そのうちの一つ目は、再発見された自筆譜 に基づいて1984年にジョン・ラターが編纂した「ラター版」(1984年版とも) で、もう一つはフォーレ研究家のジャン=ミシェル・ネクトゥーとロジェ・ドラージュが 1988年に編纂した「ネクトゥー/ドラージュ版」(1988年版とも)です。


曲の 構成(1893/1900年版)
第1曲:イントロイトゥス(入祭唱)とキリエ (主よ憐れみたまえ)
 暗く厳かなところから立ち上がる短調の曲で す。入祭唱は短い序のような部分です。

第2曲:オッフェルトリウム(捧献唱)
 バリトンの独唱部分があります。第1曲に続い て厳かながら静かな部分です。

第3曲:サンクトゥス(聖なるかな)
 ヴァイオリンとハープの伴奏に乗ってソプラノ の高音部とテノールのパートが流れるように歌う天国的な曲調です。盛り上がって 「ホサナ、いと高きところにて」の歓喜に到り、オルガンとブラスを含むオーケスト ラがそのクライマックスを支えた後、ヴァイオリン・ソロとハープに戻って静かに終 わります。

第4曲:ピエ・イエズ(慈悲深きイエス)
 ソプラノが静かに歌う美しい楽章です。女声以 外にもボーイ・ソプラノの場合も、複数で歌う場合もあります。レクイエムにはない 楽章ですが、本来の構成の中にあるラクリモサ(涙の日)に含まれる文言です。

第5曲:アニュス・デイ(神の子羊)
 テノールの合唱による部分があります。起伏が あり、一曲目に回帰したりもするし、転調を繰り返す複雑な構成ながら大変感動的で す。

第6曲:リベラ・メ(私を解放してください)
 バリトンが活躍します。正式なレクイエムの中 には含まれない埋葬時の応唱の部分ですが、中間部は激しく、このフォーレに欠けて いる楽章である「怒りの日」を意味する「ディエス・イレ」という文言が含まれま す。

第7曲:イン・パラディスム(楽園へ)
 これもレクイエムには本来含まれない埋葬時の 祈りの文です。天国をイメージしているのか、静かな、憧れをたたえたような曲調で す。


 では CD を取り上げて行きます。録音年代順ですが、一つの演奏者で複数の録音を出しているものがありますので、今回それらは最初のものを基準に一箇所に固めまし た。



   ansermetfaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Ernest Ansermet   Union Chorale de la Tour de Peils
      Orchestre de la Suisse Romande
      Suzanne Danco (s)   G?rard Souzay (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op.48
エルネスト・アンセル メ / トゥール・ド・ペイルス合唱団
スイス・ロマンド 管弦楽団
シュザンヌ・ ダンコ(ソプラノ)/ ジェラール・スゼー(バリトン)
 この曲の古 くからの名盤の一つで、アンセルメ/スイス・ロ マンド盤です。アンセルメは1883年生まれで 1969年没。フランス語圏スイスの指揮者でフ ランスものを得意としました。彼が1918年に ジュネーブに設立したのがスイス・ロマンド管弦 楽団。フランス管の独特の音色を持つ楽団だけれ ども、この曲ではその部分はさほど前面には出て 来ないでしょうか。

 遅過ぎはし ないけど終始ゆったりした運びはこの時代に共通 したものかもしれません。でも拍を動かさないで 終始インテンポなのはアンセルメらしいとも言え ます。数学者でもあったので正確な運びが特徴と されるからですが、まあそこまでこじつけること もないでしょう。同時に独特の繊細な色彩感も表 現した人だけど、それに関しては録音が大変良い とは言えない状況なので残念ながら分かりやすく はないかもしれません。やや引っ込んでこもった 音響で、残響は短めです。合唱はそうした音の問 題を除けば、静かなところではそれほどがやがや とはしない一方、大きな音で多少濁るのは致し方 ないところです。その意味では静かなパートと強 いところとを分けているかのようにも聞こえま す。無理のない、ベースがしっかりとした穏やか で品の良い演奏です。

 ピエ・イエ ズのソプラノはシュザンヌ・ダンコ。1911年 ブリュッセル生まれのベルギー人で、2004年 に亡くなっています。プラハで学んでイタリアで 活躍したオペラを得意とする人なのでオペラ ティックではあり、全面ビブラートです。高い声 は出る一方で、低い音程での含み声がややメゾ・ ソプラノっぽいかもしれません。  

 バリトンは フランスの名バリトンであるジェラール・スゼー で、この盤の聞きどころかもしれません。 1918年生まれで2004年に亡くなっていま す。フォーレのレクイエムはデビューの頃のレ パートリーでした。オペラも歌わないことはな かったけど、60年代以降の二十年は歌わず、歌 曲ものでの解釈の良さに定評がありました。マル チリンガルゆえにドイツ・リートも歌えるバリト ンです。その声はベルベット・ボイスと評され、 ここでも滑らかに撫でるように歌っています。曲 に相応しいと思います。元々テノールから転向し た人なので繊細さを感じさせる重くない声質であ り、やさしさがあって良いです。

 1955年 のデッカの録音ながら、ステレオです。コンディ ションは上記の通りです。



   boulangerfaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Nadia Boulanger   The Choral Art Society   New York Philharmonic
      Reri Grist (s)   Donald Gramm (br)   Vernon del Tar (org)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op.48
ナディア・ブーランジェ / コーラル・アート・ソサエティ / ニューヨーク・フィルハーモニック
レリ・グリスト(ソプラノ)/ ドナルド・グラム(バリトン)/ ヴァーノン・デ・タール(オルガン)
 歴史的録音、というよりも、歴史的に重要な人による晩年の録音です。ここでタクトを取っているナディア・ブーランジェと言えば、あのガーシュウィンがラ ヴェルに作曲技法の教えを請う た際、「二流のラヴェルになる ことはないと思うよ」と断った 上でラヴェルが紹介状を書いた 相手です。意地悪をしたわけで はなく、当時一流の教師として ブーランジェは有名な人だった のです。1887年生まれで九 十二歳まで生きた音楽学者にし て作曲家、女流の指揮者かつピ アニストであり大学の教育者と いう偉大な人です。アメリカに いたこともあり、バーンスタイ ンもバレンボイムも、ジャズの キース・ジャレットも教えを受 けました。その功績は高く評価 されており、このフォーレもフ ランスの有名音楽雑誌ディアパ ゾンが名録音として選出したも のです。七十五歳頃の録音で す。

 歴史的名演ということで、一挙手一投足、細かに論評するのも恐れ多い気がします。一つ言えることは、作曲者自身に作曲 法を習ったということで、演奏 についてもその意を汲んでいる と思われるし、少なくとも同時 代の空気を感じさせてくれるマ ナーだということでしょう。聞 いた印象では大変ゆったりとし た厳かな雰囲気を漂わせてお り、粘る節回しと独特の重さが 感じられます。その他の点では 同じ頃の他の有名指揮者による 録音と共通したところがあると も言えるでしょうが、どの楽章 も遅いテンポ設定と丁寧なフ レーズ運びであるのは特徴的な 気もします。合唱はこの頃のス タンダードだと思うけれども、 全員でめいめいにビブラートを 施し、伝統的な大人数の混声合 唱団特有の厚く重なる音響で す。がやがやすると言うとネガ ティブ評価になるなら、透明さ よりは荒削りな力強さがあり、 その重厚さに圧倒されます。ソ ロは比較的高くて清楚な声のソ プラノも、低いバリトンもとも に、全面にビブラートを施して ポルタメントをかけた歌い方 で、これも当時のスタンダード だと思います。ソプラノのレ リ・グリストは1932年 ニューヨーク生まれのアメリカ の歌手で、ミュージカルからオ ペラに入った人です。バリトン のドナルド・グラムは1927 年生まれのアメリカのバス・バ リトンで、オペラとコンサート の分野で専らアメリカで活躍し ました。

 レーベルはディアパゾンで、1962年のライヴ録音です。ライヴということもあってコンディションは決して良いとは言 えないけど、音響的にはこの当 時の合唱としてほぼ標準的なも のでしょう。カップリング曲と しては、クリュイタンスの指揮 でモーリス・デュリュフレがオ ルガンを弾くピエ・イエズ(本 編とは別/ソプラノはマルタ・ アンジェリンで管弦楽はサン・ トゥスタッシュ管弦楽団)、ク レットリ四重奏団による弦楽四 重奏(1928)、録音コン ディションの良いジャン=ミ シェル・ダマーズのピアノによ る夜想曲第6番(1962)と なっています。



   cluytensfaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Andre Cluytens   Choeurs Elisabeth Brasseur
      Orchestre de la societe des concerts du conservatoire
      Victoria De Los Angeles (s)   Dietrich Fischer Dieskau (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op. 48
アンドレ・ク リュイタンス / エリザベート・ブラッスール合唱団 / パリ音学院管弦楽団
ビクトリ ア・デ・ロスアンヘレス(ソプラノ)
ディー トリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
 LP 時代にはアンセルメやブーランジェよりこちらの方がこの曲の定番扱いされていたように思います。クリュイタンス盤です。ベルギー出身のフランスの指揮者で 1905年生まれ。67年に亡 くなっています。フランスもの を得意としていましたが、ベル リン・フィルで初のベートー ヴェンの交響曲全集を出すな ど、ドイツ音楽においても定評 がありました。しっかりと構築 された音楽で、形は崩さないな がら滑らかにゆったりと歌うと ころが特徴だと言えるでしょ う。ここでも全編ゆったりとし たインテンポで大きく波打つよ うにうねる抑揚をつけ、恣意的 な表現(テンポ変動など)を排 して進めて行きます。案外ダイ ナミックな一面も覗かせます。 非常に安心して聞ける一枚で す。ただし最近の演奏の傾向と は違い、上述アンセルメやブー ランジェなどとも共通する伝統 的な文法であるとは言えるで しょう。そうした範疇の中では 録音も良いです。多少粘りがあ るので重い感じを受ける人もい るかもしれません。

 エリザベート・ブラッスール合唱団は創立者の 名前をとって1920年に女性合唱から始まったフランスの混声合唱団で す。この時代の多人数の団体で は時折がやがやとした濁りを感 じる場合もありますが、この録 音は現代の少人数の古楽の歌い 方とはもちろん違うものの、ビ ブラートは使いならもそうした 賑やかさがあまり感じれず、大 変聞きやすいです。オーケスト ラはパリ管の前身です。

 ビクトリア・デ・ロス・アンヘレスは1923 年生まれで2005年に亡くなったバルセロナ生まれのスペインの名ソプラ ノです。オペラでキャリアをス タートさせ、歌曲のリサイタル もこなすようになって行きまし た。少し含むような滑らかな声 で、ボーイ・ソプラノや少女的 な声質ではありません。撫でる ような音の移動がいくらかあり ます。わずかに低いような音程 感も感じますが、これは気のせ いでしょうか。そうした特徴か ら基本がオペラの人だったこと は分かるものの、派手なビブ ラートは施さず、きれいに歌っ て行きます。

 バリトンのフィッシャー=ディースカウは言わ ずと知れたこの分野のキングなので、説明も必要ないことでしょう。名のあ る彼を起用したことはこのク リュイタンス盤のレクイエムが 長らく決定盤のように言われて 来た理由の一つではないかと思 います。1925年生まれで 2012年没のドイツのリリッ ク・バリトンです。膨大な録音 と博識でも知られています。こ こでは「冬の旅」のようなドイ ツものをやるときよりも穏やか で丁寧な感じがしますが、余分 なことは言わない方がいいかも しれません。大変表情豊かで す。

 1962年録音の EMI です。コンディションはこのステレオ初期としては良いです。ピリオド奏法、古楽唱法などが流行る前の伝統的な形のもので選ぶとするなら、やはりこのクリュ イタンス盤ではないかと思いま す。



   martinfaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      R?v?rend P?re Martin de l’Oratoire
      Les chanteurs et l’Orchesre de Saint-Eustache
      Anne-Marie Blanzat (s)   Pierre Mollet (br)   Jean Guillow (org)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op.48
エミール・マルタン神 父 / サントゥスタシュ教会聖歌隊&管弦楽団
アン・マリー・ブ ランザ(ソプラノ)/ ピエール・モレ(バリトン)
ジャン・ギ ユー(オルガン)
 LP 時代からの復刻です。当時からのファンがいて名録音とされるもので、エンジニアのアンドレ・シャルランがワン・ポイント録音をしたという点が販売元からの 売りになっているようです。演 奏者はフランスで教会の合唱な どを指導して来た1914年生 まれのエミール・マルタン神父 と、彼が1944年にパリで設 立したサントゥスタシュ教会聖 歌隊です。聖歌隊とはいっても 混声です。伴奏のオーケストラ はラムルー管のメンバーでしょ うか。

 終始ゆったりの伝統的な歌い方、運び方はこの時代の他の録音にも共通しています。アンセルメやクリュイタンスなどと比べてみてほしいと思います。今聞け ば素朴でじっくりと歌い上げる ものということになるでしょう か。合唱は人数が多く感じら れ、結構分厚い響きで重さがあ ります。強いパートでは反動で 張り上げるような一種の野趣も 感じられ、どこまでも揃った透 明な音を目指す技術集団という 感じではありません。そこがま た素朴で良いところでもあるで しょう。音の重なる部分は力強 く、この時代の混声らしく多少 がやがやと聞こえる面もありま す。安心感があります。他にな い情緒に満ちていて感動すると 言う人も多くいらっしゃるよう です。

 アン・マ リー・ブランザは1944年生まれのフランスの ソプラノで、そうなるとこの録音は二十一歳頃と いう若さになり ます。低くはないけれどもやや たっぷりとしてよく伸びる透明 な声質で、清潔感があります。 ボーイ・ソプラノのように軽い のではなく、厚みも感じられて クリーミーというのでしょう か。きれいです。歌い方として はフレーズで切る独特の唱法も 聞かれます。そして選択的に軽 くビブラートをかけているけれ どもオペラ的ではありません。 一方でバリトンのピエール・モ レは1920年生まれで 2007年に亡くなったスイス 系カナダ人のオペラ・バリトン です。でもここではオペラ ティックという感じはせず、余 裕があってやわらかい歌唱で す。   

 1965年 収録で、シャルラン・レーベルがオリジナルとな ります。ワン・ポイントは自然で良いですが、難 しいところも あるとは思います。評判の高い 名エンジニアとのことながら、 その収録方法、マイクの立て方 は別として、音響的なコンディ ション自体は今聞けば案外当時 の標準的なレベルとも言えるか もしれません。合唱団の性質も あるでしょうが、上述のように 多少がやついていて、重なる音 が重く感じられるところもある という印象です。



   corbozfaure72
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Michel Corboz   Orchestre symphonique de Berne
      Maitrise saint-Pierre-aux-Liens de Bulle
      Alain Clement (s)   Philippe Huttenlocher (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op. 48
ミシェル・コルボ / ベルン交響楽団 / 聖ピエール=オ=リアン・ド・ビュル聖歌隊
アラン・クレマン(ソプラノ)/ フィリップ・フッテンロッハー(バリトン)
フィリップ・コルボ(オルガン)
 クリュイタンス盤の後、時間軸に沿ってその後話題になったものはと言えば、72年のミシェル・コルボ盤でしょうか。個 人的にもこればかり聞いた覚え があります。そしてこの人はこ のフォーレのレクイエムが得意 なのか、その後も何枚も出して います。モーツァルトのレクイ エムのところでも触れたけれど も、このスイスの指揮者 (1934-2021)はモン テヴェルディなどの宗教合唱曲 を得意としており、激しいとこ ろ、走るところのない独特の演 奏をします。静寂に満ちた息の 長いフレーズが特徴であり、確 かにこの曲は彼の表現にもって こいです。厳密な意味での古楽 の演奏とは違いますが、どこと なくそういう雰囲気が感じられ た最初のフォーレでもありまし た。肉感的なところがなく、清 浄な印象です。

 ソプラノ・パートは当時としては初めてのボーイ・ソプラノであったアラン・ クレマンが担当しており、不安定なところはあっても独特の響きを聞かせていました。逆に今となってはこのぐらいの方が少年っぽくて良いと感じる方もおられ るかもしれません。また、この 頃にコルボが少年時代から敬愛 していた彼の叔父が亡くなり、 その指導していた聖歌隊を率い て叔父の念願だっフォーレのレ クイエムを録音することになっ たというのがこのときの経緯で あり、本人の思い入れが大きい ところもこの演奏が特別な波長 を放ち、愛される理由かもしれ ません。したがってこの合唱団 はローカルの、普段コンサート 活動をするようなことのない小 さな聖歌隊です。反対に楽譜の 方は編成の大きい通常の 1900年版を使っています。

 バリトンのフィリップ・フッテンロッハーは1942年生まれのスイスの人で、バッハやシャルパンティエなど、古楽を得 意としており、コルボとはロー ザンヌで長く一緒に活動して来 ました。輪郭と深みのあるよく 通る声でうねりのある抑揚をつ け、ゆったりと歌って行きま す。

 1972年の録音で、レーベルはエラート。当時の名プロデューサーだったミシェル・ガルサンが担当しています。今聞い ても良い音です。そして現在で も名盤とされています。



   corboz92
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Michel Corboz   Ensembre Vocal et Instrumental de Lausanne ??
      Magali Dami (s)   Peter Harvey (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op. 48
ミシェル・コルボ / ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル ??
マガリ・ダミ(ソプラノ)/ ピーター・ハーヴェイ(バリトン)
 コルボの続きです。時代はぐっと下りますが、92年には再録音が行われました。全部で4回録音されたフォーレのレクイ エムの中の第2回目です。こち らもゆったりと静かに歌わせる 美しさに変わりはありません が、ソプラノが女性になってい ます。ピエ・イエズでソロを とっているそのマガリ・ダミと いうソプラノ、声の美しさと素 直な歌い方に魅了されます。他 では名前を聞かない人ながらノ ン・ビブラートで歌うカーク ビーやジュディス・ネルソンな どと比べたくなります。その二 人が古楽の枠から出ずにフォー レを録音してくれなかった中、 これは貴重な一枚となりまし た。ジュネーブ生まれで最初リ コーダーを習い、同地の音学院 にて合唱に加わったそうで、古 楽センターでコルボに指揮法を 学んで学位をとり、82年以降 は彼の指揮の下でローザンヌ声 楽アンサンブルに加わり、合唱 とともにソロも勤めるように なったと紹介されています (2001年以降は教育活動に 専念しているようです)。この 曲のソプラノとしてはジョン・ ラターの盤と並んで大変美しい です。ピエ・イエズはシンメト リックに構成された全曲の中心 であり、この歌は大切です。ラ ター盤のソプラノも完璧な歌唱 というわけではないので甲乙つ け難いけれども、マガリ・ダミ はやわらかく漂うような高音が 大変魅力的です。スコアに関し ては、演奏がローザンヌ器楽ア ンサンブルとはなっています が、前回と同じで通常の 1900年(オーケストラ)版 です。

 合唱団は1961年にコルボによってローザンヌで結成された団体です。器楽のメンバーもその後加わりました。透明感が あって魅力的なパフォーマンス です。再録音でより洗練された 合唱となっており、コルボの目 指す純化された音の世界が展開 されます。

 ピーター・ハーヴェイは1958年生まれの古楽を得意とするイギリスのバリトンで、やわらかく静かに、流れるように 歌っており、曲に非常によく 合っています。

 レーベルは本やCDも扱う総合家電チェーンの Fnac となっています。1992年の録音は優秀です。やわらかく奥行きがあって気持ち良く響きます。ラシーヌの雅歌 op.11という、フォーレの 作品の中でもレクイエムと並ん で美しい合唱曲も収録されてい ます。



   corboztokyo
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Michel Corboz   Ensembre Vocal et Instrumental de Lausanne
      Sylvie Wermeille (s)   Marcos Fink (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op. 48
ミシェル・コルボ / ローザンヌ声楽・器楽アンサンブル
シルヴィー・ヴェルメイユ(ソプラノ)/ マルコス・フィンク(バリトン)
 来日したときの東京公演でのライブ録音です。コルボの七十一歳の誕生日だったそうで、癌手術からの復帰後ということも あり、この日の演奏は熱く語り 継がれているようです。合唱と 器楽は以前と同じメンバーで す。終始ゆったりとしたリズム で進められており、どこにも力 みが感じられないところが却っ て個性的だと言える演奏です。 何かを見せてやろうとする意図 がなく、独唱のソプラノも同じ 方向で一致しているように感じ ます。シルヴィー・ヴェルメイ ユという人はこの声楽アンサン ブルの中の歌い手のようで、声 量は大きくないながらはったり のない落ちついた声で好感が持 てます。オペラ的なところは微 塵もなく、ビブラートもかけま せん。語尾が伸び切らない部分 もありますが、ボーイソプラノ のように不安定ではなく、色っ ぽく絡んでも来ません。技術と 抑揚においてプロ的な表現でな いその真っすぐさが長所でしょ うか。スコアは室内楽編成のネ クトゥー/ドラージュ1893 年版を使っています。リベラ・ メの後半で金管が均等なスタッ カートを聞かせます。

 マルコス・フィンクは1950年アルゼンチンのブエノス・アイレス生まれでスロヴェニアのバリトンです。

 2005年の録音です。レーベルは Avex Classics となっています。会場は日本のホールということもあり、残響がほとんどありません。したがってこのゆっくりのテンポでは最後の音を延ばすことで滑らかさが 表現されますが、合唱はともか く、ソロにとっては息継ぎで苦 しいところはあるでしょう。ソ フトウェア的にわずかにリ ヴァーブをかけたい誘惑に駆ら れます。バランス的にも完璧で はないかもしれませんが、日本 でのライブ記録なので上手にと れていると言えると思います。



   corbozfaure06
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Michel Corboz   Ensembre Vocal de Lausanne Sinfonia Varsovia ?
      Ana Quintans (s)   Peter Harvey (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op. 48
ミシェル・コルボ / シンフォニア・ヴァルソヴィア / ローザンヌ声楽アンサンブル ?
アナ・クインタンス(ソプラノ)/ ピーター・ハーヴェイ(バリトン)
 上記日本盤の直後でコルボ4度目の録音です。スコアは前回に引き続き編成の小さいネクトゥー/ドラージュ1893年版 です。しかし演奏の方は前回と はちょっと趣の異なるところも あります。全体が遅いテンポだ というのは同じですが、終始一 貫して力みの抜けた演奏だった 前回に対して、こちらはリベ ラ・メの出だしと締めくくりを 異様に遅くして、中間部のフォ ルテを速めて鮮烈にコントラス トを付けるなど、意欲的なとこ ろを見せています。こういうメ リハリのある表現はコルボには めずらしいのではないでしょう か。

 ピエ・イエズのソプラノはアナ・クインタンスという1975年リスボン生まれのポルトガルの人です。素晴らしい歌唱で す。分類し難いのですが、オペ ラ的ではありません。清潔な歌 い回しで、声も高音と子音が澄 み切っていて美しく、若々しさ と透明感があります。でもボー イ・ソプラノや少女のようなた どたどしいものでは全くなく、 大人の歌唱力を持っています。 そういう意味ではヘレヴェッヘ 旧盤のアニェス・メロンにも似 ているとも言え、聖歌隊で歌っ ている感覚の前回のシル ヴィー・ヴェルメイユより明ら かにフリーランスとしての技巧 と自信に満ちている感じです。 ただ、メロンもそうですが、ビ ブラートを全くかけないという 歌い方ではありません。何気な く聞くとノン・ビブラートの古 楽の歌い方とベルカントの中間 のように聞こえます。ヴァイオ リンでも歌でも、本来はビブ ラートは選択的に効果を狙って かけるものなので当たり前では あるけれども、レパートリーと してバロック期のオペラを得意 とする人というのも頷けます。 真っ直ぐ歌うところはやわらか く真っ直ぐに歌い、感情を込め るところでは硬く透き通る音に 変えて力強く強調しつつ、終え るときに効果的にビブラートを かけます。アニェス・メロンと 違うのはその強く硬い音での強 調の仕方でしょうか。それは宙 に漂うような歌い方をしていた 2回目のマガリ・ダミにもな かった表現で、近代的です。ま た、ラテン系らしいというか、 可愛らしくも機知と色気を感じ させるので気持ちを振り回され るかもしれません。フォーレの レクイエムに合うかどうかは聞 き手の感じ方次第でしょう。個 人的には良いと思います。

 バリトンは2回目と同じくピーター・ハーヴェイです。やはりこの人が良かったのだと思います。

 2006年の録音は前回のライブと比べると CD として初めから企画されただけあってバランスの良い響きです。レーベルはミラーレです。教会での収録ということですが、そのわりには残響が長くありませ ん。直接音がくっきりと捉えら れていてむしろコンサートホー ルでの収録かと思うほどです。 このデッドさは編成が小さいと いうことも影響しているかもし れません。本当に少人数の室内 楽のように聞こえます。そして 楽器の音自体は大変やわらかく とられています。



   fournetfaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Jean Fournet   Rotterdam Philharmonic Orchestra
      Netherlands Radio Chorus
      Elly Ameling (s)   Bernard Kruysen (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op. 48
ジャン・フルネ / ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団 / オランダ放送合唱団
エリー・アメリンク(ソプラノ)/ ベルナルト・クリュイセン(バリトン)
ダニエル・コルゼンパ(オルガン)
 コルボの演奏とは趣を異にしていますが、クリュイタンス盤と並んで独唱陣の豪華さという点ではフルネ盤があります。エ リー・アメリンクがソプラノ、 ベルナルト・クリュイセンがバ リトンを歌っています。フルネ の指揮は端正で適度に切れがあ り、多くの演奏者が陥りがちな 情緒たっぷりを避けてか、テン ポもさらっとしています。と いっても抑揚はうねるようで流 麗だと言った方がいいのかもし れません。オーケストラは弦が 美しくて厚みがあり、合唱は人 数は多そうながら澄んでいま す。

 ピエ・イエズを歌うエリー・アメリンクは1933年ロッテルダム生まれで96年に引退したオランダのソプラノで、宗教 曲と歌曲を得意とした人です。 オランダ人ということもあるの かどうか言語には強く、フラン スものの表現も完璧と言われま す。ただ、宗教曲向きとは言っ ても今で言う古楽唱法の人では ありません。飾りのない深い抑 揚で素晴らしいですが、案外ビ ブラートも大きく、ここでは たっぷりと歌っている印象で す。でも当時はこういう歌い方 が普通でした。年齢も歌手とし て良いときで、声に張りがあり ます。

 バリトンのベルナルト/ベルナール・クリュイセンも古くからのファンには馴染みのある名前でしょう。でも今調べてみる と英語版の Wiki のページすらないようです。それともフランス歌曲好きの間でだけ人気があったのでしょうか。彼のフランスものは定評がありました。アメリンクと同じ 1933年にスイスのモント ルーで生まれ、2000年にオ ランダで亡くなりました。した がってオランダ人歌手というこ とになります。ゆったりとして 艶のある声と評されており、こ こでも深みあがって艶やかで す。案外力強さもあってしっか りとした表現です。

 ダニエル・コルゼンパのオルガンは重低音の響く大変ダイナミックなもので、リベラ・メの中間部などで迫力があります。

 1975年の収録です。フィリップスのアナログ録音はこの頃から大変優秀でしたが、この盤も潤いがあって素晴らしいも のです。カップリングで「パ ヴァーヌ」op.50が入って いますが、フォーレの有名なメ ロディーであるこの曲は器楽の みの演奏で収録されており、歌 のあるものよりも美しいと思い ます。こちらも大抵の演奏が大 きな表情をつけてゆっくりとや るところを程よく速めのテンポ で歌い、それが却って曲の魅力 を引き出していて、この曲のベ ストではと思わせる出来です。



   rutterfaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      John Rutter   The Cambridge Singers ??
      Members of the City of London Sinfonia
      Caroline Ashton (s)   Stephan Varcoe (br)
      Simon Standage (vn)   John Scott (org)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op. 48
ジョン・ラター / ケンブリッジ・シンガーズ  ??
シティ・オブ・ロンドン・シンフォニア
キャロライン・アシュトン(ソプラノ)/ スティーヴン・ヴァーコー(バリトン)
サイモン・スタンデイジ(ヴァイオリン)/ ジョン・スコット(オルガン)
 指揮者のジョン・ラターは古楽の演奏で日本でも知られているイギリスの合唱団、ケンブリッッジ・シンガーズを育てた人 で、このフォーレのレクイエム の埋もれていた室内オーケスト ラ版オリジナル楽譜の再発見者 でもあります。ここでは 1984年に彼が編纂したその 1893年版のスコアが使われ ています。つまり最近人気のあ る1893年版の本家本元のパ フォーマンスということになり ます。

 テンポこそ中庸やや速めのところもあり、さらっとしていますが、統一されたアンサンブルと歌わせ方が実に見事です。フ レーズの中ほどから盛り上がる ように大きくクレッシェンドを かける扱い、弱音での揃った透 明感、それらがぴたりと合って いるところはよほど表現を練っ た上、練習を積んだのでしょ う。文句の付けようがないもの で、この盤にしかない魅力に満 ちています。

 ピリオド楽器を使っているように聞こえるのは、この1893年版のヴァイオリン・パートがソロになっているからでしょ うか。バロック・ヴァイオリン の名手スタンデイジが奏でる独 特の細い艶のある音が心地良く 響きます。そして編成も小さい た め、誰の演奏よりも透明感があります。合唱のケンブリッジ・シンガーズは完璧です。最後のイン・パラディスムの浮遊感はたまりません。

 ピエ・イエズのソプラノ・ソロはキャロライン・アシュトンというイギリス人です。このケンブリッジ・シンガーズをはじ め英国の古楽系合唱団とともに 活動しているということしか分 かりません。どの音も作為のあ る強弱をつけず、流れの穏やか な清流のようです。名前と写真 からしてもちろん女性ながら、 息継ぎをして次に入る部分や強 く延ばすときの音程がボーイソ プラノのようで、何かの記事で これをボーイソプラノだと断じ ている人もいました。意図して そう歌っているのでしょうか。 女性としては少女のようであ り、中性的です。そしてコルボ 旧盤のアラン・クレマン(最初 のボーイ・ソプラノ)ほどでは ないけれども、その多少不安定 なところが却って魅力的に聞こ えるほど、ビブラートをかけな い透明な声は美しく響きます。 聖歌隊のソロかルネサンス期の モテットでも聞いているような 透き通った感覚がいいのです。 コルボ盤のマガリ・ダミ、ヘレ ヴェッヘ旧盤のアニェス・メロ ンと並べても、最も魅力的なピ エ・イエズではないでしょう か。

 バリトンもまた特筆に値します。スティーヴン・バーコーは1949年生まれのイギリス人で、バロックを得意としていて オペラと歌曲の両方がレパート リーであり、現代ものもこなす 人です。深々とした声で力んだ ところがありません。

 レーベルはコレギウム・レコーズで1984年の収録ですが(ラターがこの版の楽譜を仕上げた直後ということになりま す)、録音も洗練されていま す。トータルでコルボ 92年盤とどちらをとるか悩むところながら、聞く回数はこちらの方が多くなってきました。個人的にはこの曲のベストの一つです。カップリングで入っている 曲がまたフォーレの名曲揃いで す。レクイエムとは録音時期が 異なり、テンポがかなり遅めで はあるものの、選曲の良さから 通しで聞くのに好都合です。



   giulinifaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Carlo Maria Giulini   Philharmonia Orchestra & Chorus
      Kathleen Battle (s)   Andreas Schumidt (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op.48
カルロ・マリア・ジュリーニ / フィルハーモニア合唱団&管弦楽団
キャスリーン・バトル(ソプラノ)/ アンドレアス・シュミット(バリトン)
 イタリアの名指揮者で、熱いファンの方が存在するジュリーニによる演奏です。そこまで意識の高くない者であっても、こ の人についてはイタリア人の歌 というよりも、大変ゆっくりで 細部まで磨かれた完璧な演奏に 定評があったということを知っ ています。そしてここでもそう した評価が当てはまると思いま す。曲の構成がよく分かる丁寧 な運びです。したがってこうい う風に表現されてこそ作品の魅 力が伝わると感じる方もおられ るでしょう。重さがあり、落ち 着いた深々とした響きに酔うこ とが出来ます。より詳しい方な らその正確さ、緻密さ、壮麗さ などについて的確に語るべき語 彙を持っておられるかもしれま せん。

 ピエ・イエズのソプラノはオペラ界の女王、キャスリーン・バトルです。もはや説明無用かと思いますが、1948年生ま れのアフリカ系の歌手で、声質 はドラマティックな方ではな く、軽さがあって美しいリリ コ・レッジェーロです。でも歌 い方はオペラ系ではあるので、 たっぷりとしたビブラートを全 体にかけています。好きな方に はたまらないのではないでしょ うか。撫でるような音程移動が あって妖艶です。ゆったりと間 をとって歌います。

 アンドレアス・シュミットはフィッシャー=ディースカウの後でドイツを代表する1960年生まれのバリトンです。音を つなげ、やはり豊かなビブラー トで歌います。声は低くて深み があります。リベラ・メはゆっ たりで劇的、大変力強いです。

 1986年のドイツ・グラモフォンのセッション録音です。コンディションは良好です。



   dutoitfaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Charles Dutoit   Choeur de l”Orchestre Symphonique de Montr?al
      Orchestre Symphonique de Montr?al
      Kiri Te Kanawa (s)   Sherrill Milnes (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op.48
シャルル・デュトワ / モントリオール交響合唱団&交響楽団
キリ・テ・カナワ(ソプラノ)/ シェリル・ミルンズ(バリトン)
 フランスものを得意とし、独特の洗練された歌を聞かせるデュトワは元々こういう曲に向いている気がします。1936年 スイスのフランス語圏ローザン ヌの生まれでアンセルメに学び ました。オーケストラは彼が 1977年から2002年まで 音楽監督だった、これもフラン ス語圏カナダのモントリオール 交響楽団です。デュトワと言え ばこのモントリオール響でしょ う。

 ゆったりとした丁寧な運びで、抑えた弱音と壮麗な盛り上がりの両方を聞かせます。入祭唱の終わりのロングトーンは長く 尾を引かせ、その先のキリエか らも特に速めることなくゆった りしたテンポをキープします。 物腰のやわらかい、この人たち らしい繊細な運びです。一曲目 の後半でうねるように大きな波 状の抑揚が付くところも特徴的 です。二曲目のオッフェルトリ ウムも同じくゆったりと波打つ ような演奏で、全体にそのトー ンは変わりません。サンクトゥ スは少し速めます。

 ソプラノは有名なオペラ歌手、キリ・テ・カナワです。ポルタメントで撫で上げるような歌い方で、やはりフルにビブラー トを活用していて妖艶です。 1944年のニュージーランド 生まれです。

 バリトンは1935年生まれのアメリカ人、シェリル・ミルンズ。イタリア・オペラが得意なメトロポリタンのスターで す。ビブラートばかりが特に目 立つというよりも、リラックス したやわらかい低音で静かなが ら朗々と歌いつつ、盛り上げる ところでは回すような抑揚を付 け、明確な発音へと切り替えて 劇的になるので、やはりオペラ の重要な場面を見ているような 物語性が感じられます。

 1987年のデッカです。優秀録音です。カップリングは組曲「ペレアスとメリザンド」op.80と、パヴァーヌ op.50 となっています。



   herreweghefaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Philippe Herreweghe   Les Petits Chanteurs de St. Louis ?
      La Chapelle Royale Ensemble Musique Oblique
      Agnes Mellon (s)   Peter Kooy (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op. 48
フィリップ・ヘレヴェッヘ / サン=ルイ少年合唱団 ?
アンサンブル・ミュジーク・オブリーク・ラ・シャペル・ロワイヤル
アニェス・メロン(ソプラノ)/ ペーター・コーイ(バリトン)
 古楽の分野で存在感を示しているヘレヴェッヘはフォーレのレクイエムを三度録音しています。ジュスマイヤー版のモー ツァルトのレクイエムはピリオ ド奏法の癖もなく、ゆったりと 真っすぐに歌わせた最高の演奏 でした。 カンプラとジルのレクイエムも愛聴盤です。このフォーレも大変期待しました。88年の最初の録音はラターの編纂した1893年版の楽譜を使っており、編成 も小さいところが良く、何より も第一にソプラノが古楽のパイ オニア、アニェス・メロンとい う、ノン・ビブラートで清らか な声を聞かせる1958年生ま れのフランスの歌手です。カー クビーやジュディス・ネルソン (すでに亡くなりました)が 19世紀以降の作品はあまり歌 わなかった中で、オペラの匂い のするベルカントではない歌い 方を期待できるソプラノは多く ありませんでした。

 ピエ・イエズでのアニェス・メロン、さすがに惚れぼれするような美しく透明な声です。わずかな揺らしはありますがほと んど真っ直ぐで清潔であり、し かも制御されたメッサ・ディ・ ヴォーチェというか、所々フ レーズを膨らませる強弱の表情 には大人の表現力が加わりま す。コルボ最新盤のアナ・クイ ンタンス同様、わずかにビブ ラートをかけるときも選択的に 効果を狙っています。これは フォーレのレクイエムのベスト でしょうか。

 ただ少しだけ残念なのは、どうも今回は歌の部分でちょっとテンポが遅く、伴奏が足を引っ張ってるように感じるところで す。リズムが取り難いのではな いでしょうか。音域的に苦しい 低音側では特にそんな気がしま す。何度もリハーサルで合わせ ているのですから合意の上なわ けですが、それともこのテンポ の設定は指揮者側の意向ばかり でもないのでしょうか。アニェ ス・メロンとヘレヴェッヘは古 楽の世界で昔から一緒に活動し てきた仲だそうです。入祭唱と 中間部を除くリベラ・メの両端 部、そして最後のイン・パラ ディスムも遅いです。他の演奏 でもゆっくりなのはあるなが ら、この演奏で特にその部分に 意識が向くのは、途中からブ レーキをかけるように遅くする 扱いによって遅くしようとする 意図を感じるからかもしれませ ん。それでも魅力に満ちた素晴 らしいソプラノ歌唱であること には変わりがなく、他にここま での演奏がなかったのも事実で す。メロンは恐らく一番上手な 歌手でしょう。

 ペーター・コーイはバッハの宗教曲などで大変活躍している1954年生まれのオランダのバス歌手です。バロックに特化 しています。この曲にもうって つけで、リベラ・メでのテンポ 設定は少し速いものながら、 深々と落ち着きのある声に魅了 されます。

 1988年のハルモニア・ムンディの録音は透明感があって大変優れています。室内楽版ということもあり、サンクトゥス のヴァイオリン・ソロも浮き出 るようにきれいです。



   herreweghe2
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Philippe Herreweghe   Collegium Vocale
      La Chapelle Royale Orchestre des Champs Elysees
      Johannette Zomer (s)   Stephan Genz (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op. 48
フィリップ・ヘレヴェッヘ / / コレギウム・ヴォカーレ
ラ・シャペル・ロワイヤル・シャンゼリゼ管弦楽団
ヨハネッテ・ゾマー(ソプラノ)/ シュテファン・ゲンツ(バリトン)
 二度目の録音の方は1901年版のスコアを用い、大きな編成でやり直しています。1901年版というのは、通常演奏さ れる第3稿である1900年版 を第2稿の校訂者であるジャ ン=ミシェル・ネクトゥーが 1998年に手直ししたもので す。色々出て来るものですが、 新しい版での演奏というのは名 誉なことでしょう。演奏は旧盤 よりもさらに磨きがかけられて 滑らかな抑揚があり、遅いなが らも美しい演奏だと思います。

 ソプラノは旧盤のアニェス・メロンからヨハネッテ・ゾマーに変わっています。1964年生まれのオランダの歌手で、歌 曲もオペラもこなすけれども古 楽の世界で有名な人で、バッハ などで清らかな歌い方を見せま す。ただ、アニェス・メロンと 比べると、ここでは振りがやや 大きいような気がします。大変 美しい声の持ち主であり、上手 なので好みの問題でしょう。管 弦楽が小編成の清らかな雰囲気 という意味でも個人的には旧盤 の方に目が行くけれども、編成 が大きいわりに濁りはなく、こ ちらの方が良いと思う人も多い でしょう。現代の楽器とどう違 うのかはよく分かりませんが、 使用楽器はピリオド楽器だとい うことです。

 シュテファン・ゲンツは1973年生まれのドイツのバリトンです。やわらかくつなげる抑揚で細かく震わせ、やさしく歌 います。

 これもハルモニア・ムンディで、2001年の録音です。上述の通りオーケストラ版で人数も多いですが、透明度が保たれ た優秀な録音です。



   herreweghe3faure
       Faur?   Requiem in D minor op.48
       Philippe Herreweghe   Collegium Vocale Gent
       Orchestre des Champs-?lys?es
       Dorothee Mields (s)   Kre?imir Stra?anac (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op.48
フィリップ・ヘレヴェッヘ / コレギウム・ヴォカーレ・ゲント
シャンゼリゼ管弦楽団
ドロテー・ミールズ(ソプラノ)/ クレシミール・ストラジャナツ(バリトン)
 二十年ぶりの新録音です。表現はどう変わったでしょうか。滑らかな歌わせ方は同じでありながら、前二つの録音よりも明 らかにテンポが速めとなってい ます。かといって元々がゆった りな人なので他の演奏者と比べ てすごく速いというわけでもな いけれども、かなりさらっとし た方かと思います。青年期の憂 いの霧が晴れ切ったと言うのも どうかと思いますが、これは時 間を経て自信がついたと言える 現象でしょうか。ヘレヴェッヘ も七十四歳。ロマンティックな 影はありません。前よりも静け さは減って力が感じられ、しっ かりとしたクレッシェンドで盛 り上がります。形の上では古楽 ブーム前のスタンダードな演奏 マナーに近寄ったとも言えるか もしれません。スコアは 1893年版です。

 ソプラノはドイツの歌手、ドロテー・ミールズ。1971年生まれでバロックと現代ものを得意とする人で、ヘレヴェッヘ とはよく一緒に活動して来まし た。少しこもったように抑えた 声で静かに歌います。声質とし てはボーイ・ソプラノに寄った り少女的だったりはせず、中音 の張った音色で輪郭はしっかり しています。歌い方はやわらか く撫でる部分がありつつ、ビブ ラートは語尾以外にも基本的に かけますが、古楽を得意とする だけあってオペラ的な印象はあ りません。

 クレシミール・ストラジャナツは1983年生まれのクロアチアのバス・バリトンです。古楽とは限らないながらバッハな どを得意としているようです。 しっかりとした固めの倍音があ り、深みのある声で力まず、さ らっと歌います。リベラ・メの 盛り上がりもゆったりながら しっかりと力がこもります。

 レーベルですが、自前のフィーではなく、今回はポーランドの NIFC からです。ショパン・コンクールの実況録音盤などでご存知かもしれません。2021年のポーランドでのライヴ録音です。静かな拍手が入ります。



   krivinefaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Emmanuel Krivine   Choeurs & Orcheste National de Lyon
      Gaele Le Roi (S)   Rrancois Le Roux (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op. 48
エマニュエル・クリヴィヌ / 国立リヨン合唱団&管弦楽団
ガエル・ル・ロワ(ソプラノ)/ フランソワ・ル・ルー(バリトン)
 日本の企画で録音されたものです。国内での賞にとどまらず、非常に高く評価する声があります。エマニュエル・クリヴィ ヌは1947年生まれのユダヤ 系フランス人指揮者で、 1987年にこの国立リヨン管 弦楽団の音楽監督に就任しまし た。この録音はその直後のもの です。大変オーソドックスな演 奏だと思います。使っている楽 譜は一般的な1900年版で す。古楽器の楽団ではありませ ん。テンポは全体にゆっくり で、歌わせ方はやや抑え気味で 恣意的な表現を避け、起伏をあ まりつけない運びです。

 ソプラノのガエル・ル・ロワはリヨン・オペラ座でデビューした人で、全体にビブラートをかけます。離れた二音の間で飛 び移るときに音程をずらしなが らつなげ気味にし、ポルタメン トに近い動きを見せます。フラ ンソワ・ル・ルーの方も 1955年生まれのフランスの バリトンで、80年代になって からはリヨン・オペラ座と深い 関係にありました。

 1988年の録音は教会収録とありますが、残響の入らないセッティングです。演奏も含めて、曲の構造を明確に見せるこ とを狙ったような効果が出せて いると思います。



   bestfaure1   bestfaure2
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Matthew Best   Corydon Singers   English Chamber Orchestra
      Mary Seers (s)   Michael George (b)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op.48
マシュー・ベスト / コリドン・シンガーズ / イギリス室内管弦楽団
メアリー・シーアス(ソプラノ)/ マイケル・ジョージ(バス)
 マシュー・ベストとコリドン・シンガーズによる演奏です。マシュー・ベストは1957年生まれのイギリスのバス歌手 で、指揮者。73年にコリド ン・シンガーズという合唱団を 結成しました。イギリスでは有 名な男声合唱団です。

 1893年版(第2稿)です。静かで少し重く、荘重な演奏です。全体にゆったりとしており、間もしっかりとっていま す。やや暗めの響きながら息苦 しくはなく、透明な美しさが独 特の魅力を醸します。フレーズ の歌い回しには粘性があり、そ のまま大きく粘ってのクレッ シェンドなどが聞かれます。 ティンパニも要所でドンと決め ます。イギリスらしさというべ きか、あるいはゴシック調とで も言うか、この雰囲気が好きな 方には他では得られない良さが あると思います。

 ピエ・イエズのソプラノ、メアリー・シーアスはイギリス人で、バロックを得意としてルネサンスから現代ものまでをこな します。ザ・シックスティーン やタリス・スコラーズ、ヒリ アード・アンサンブル、モンテ ヴェルディ合唱団などと共演し て来たようです。やや少年のよ うな声で、歌い方も多少たどた どしいような雰囲気を出してい ます。音のつなぎで回しをつけ るというか、ポルタメント気味 の音程移動が聞かれますが、声 自体は真っ直ぐでほぼビブラー トをかけないところもボーイ・ ソプラノのようであり、合唱の あり方とマッチしています。

 怒りの日の部分を中間に含むリベラ・メでは、ブラスは歯切れて聞こえるけれども荒くはなりません。バスの声はやはり粘 るところが感じられ、多少含み 声でやわらかく回します。マイ ケル・ジョージは情報が多くな いけれどもイギリスのバス/バ ス・バリトンです。元々はケン ブリッジ・キングズ・カレッジ 合唱団で歌っていたようです。 録音はかなりあります。

 ハイペリオンの1989年の録音は良く、暗青色の荘厳な印象の演奏をよく表現しています。フォーレと並んで美しいレク イエムと言われることもある デュリュフレのレクイエムと カップリングになった盤もあり ます(写真右)。



   gardinerfaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      John Eliot Gardiner   Orchestre Revolutionnaire et Romantique ?
      Mondteverdi Choir   Salisbury Cathedral Boy Choristers
      Catherine Bott (s)   Gilles Cachemaille (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op. 48
ジョン・エリオット・ガーディナー / オルケストル・レボリューショネル・エ・ロマンティーク ?
モンテヴェルディ合唱団 / キャサリン・ボット(ソプラノ)/ ジル・カシュマイユ(バリトン)
 古楽の名手、ガーディナーもフォーレのレクエムを出しています。スコアは1988年に編纂されたネクトゥー/ドラー ジュ版(1893年新版)によ るものです。フォーレのように 新しい時代の人にピリオド奏法 も何もないような気がします が、この指揮者は古い時代の作 曲家も含めて常に、ピリオド奏 法としての癖をあまり出さない 真っ直ぐな演奏です。ニュート ラルで強い個性を感じないかも しれないけど、ここでもその安 定した抑揚は安心して聞いてい られます。

 この盤は1992年のフィリップスの録音で出来が良く、何度も音を聞きたくなるものです。演奏には直接関係のないこと だけど、冒頭からオルガンの 3、40Hzぐらいの低音が包 み込むように鳴ってくれること もあります。表現そのものは、 比較的あっさりとした速めのテ ンポをとっていて適度に流れる ような歌があります。方法論は 違うとしてもフルネのアナログ 時代の録音とちょっとかぶる印 象もあり、同じようにフォルテ の激しい部分での切れの良さも 見られます。その際、前述のオ ルガンの重低音が他の盤にない ほど地を揺るがします。大きな スピーカーで聞くと良いでしょ う。弦楽器や合唱の音も見事 で、そういう感覚的な満足がこ の盤の魅力です。  切れの良さと言えば、このネクトゥー/ドラージュ版はリベラ・メの部分で金管のリズムが他の版と違っています。それは中間部に現れるフォルテの部分であ り、短く均等に区切られたス タッカートでパッ、パッ、 パッ、パッ、と続けられるので激しく感情を揺さぶられます。

 ソプラノのキャサリン・ボットは1952年生まれのイギリス人で、古楽を得意とし、ガーディナーとはよく一緒にやって います。初めからビブラートが かかっていて大きめの抑揚があ り、いわゆる古楽系という感じ には聞こえません。でもフルネ 盤のアメリンクと比較して派手 ということはありません。

 バリトンのジル・カシュマイユは1951年生まれのスイス人です。ガーディナーのオーディションを受けたことがありま す。落ち着いており、要所で強 さがあります。

 この CD、他にも色々な曲が入っており、中には中学校合唱部課題曲のような印象のものもあって洗練されているとは思えないところもあるし、ドビュッシーやラ ヴェル(三つのシャンソンはあ りがたいです)も取り上げてい て統一感はないけれども、 マドリガルは美しいと思います。これまでのところソプラノのきれいさでコルボ92年盤と2006年盤、個人的に満点ではないけどヘレヴェッヘの旧盤(ア ニェス・メロンのソプラノ)、 トータルの美しさでラター盤、 そして録音の見事さでこのガー ディナー盤という感じです。


   marrinerfaure   marriner2faure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Neville Marriner   Academy of St. Martin in the Fields ?
      Sylvia McNair (s)   Thomas Allen (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op.48
ネヴィル・マリナー / アカデミー室内合唱団&管弦楽団 ?
シルヴィア・マクネアー(ソプラノ)/ トーマス・アレン(バリトン)
 マリナーも2016年には亡くなってしまいました。1924年生まれのイギリスの指揮者なわけですが、アカデミー室内 管はモダン楽器の小編成で、彼 とたくさんの洗練された演奏の 録音を残しました。少し軽快な テンポ設定の曲が多かった印象 だけど、このフォーレでは出だ しの入祭唱部分はゆったりで、 フレーズの終わりを静かに延ば す美しい処理が聞かれます。キ リエからはテンポが速くなり、 全体には中庸と言える一方、 所々で適度に緩める柔軟性も聞 かれます。モダン楽器の伝統的 な演奏の中では大変まとまりが 良く、バランスが取れていると 思います。響きにやわらかさが あり、しっとりとした落ち着き があっても重くはならず、力も こもり過ぎません。端正とも言 えるでしょう。水準が高い印象 です。合唱は輝き過ぎずダイナ ミック過ぎずで、静かでホサナ の盛り上げにも節度がありま す。

 ソプラノはシルヴィア・マクネアーです。1956年のアメリカ人でオペラが得意だけど、これが大変上品です。同じくマ リナー盤でのモーツァルトのレ クエイムも、ガーディナーの下 での大ミサ曲も素晴らしい歌唱 でした。ここでは古楽系とは違 うにせよ、少しそれを思わせる ようにビブラートを控えめにし て語尾にかけるだけにし、若々 しい声でやわらかく歌って行き ます。ポルタメント気味にして 艶っぽさを出すのはやはりオペ ラを歌う人の表現かもしれない けど、十分に清らかです。

 バリトンのトーマス・アレンは1944年生まれのイギリスのオペラティック・バリトンです。少しこもらせる含み声を 使ってドラマティックなところ もあるけど、やわらかさは保っ て歌っています。リベラ・メで は盛り上がるところで管弦楽も 速まってダイナミックになりま す。

 1993年のフィリップスのセッション録音です。このレーベルらしく生っぽいやわらかさも感じられる好録音です。



   walkerfaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Antony Walker   Cantillation ??
      Sinfonia Australis
      Sara Macliver (s)   Teddy Hahu Rhodes (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op. 48
アントニー・ウォーカー / カンティレイション(合唱)??
シンフォニア・オーストラリス
サラ・マクリヴァー(ソプラノ)/ テディ・タフ・ローズ(バリトン)
 オーストラリアの指揮者アントニー・ウォーカーが2001年に設立した室内オーケストラと合唱団による演 奏です。この人は現在はワシントン D.C. 在住でオペラ方面で活躍しているようですが、大変素晴らしいです。静かでゆったりめのテンポ設定で、力を込めるところでは迫力があり、クレッシェンドも鮮 やかでコントラストがありま す。波打つような抑揚があり、 呼吸の感じられる振幅の大きな 演奏です。合唱も管弦楽もアン サンブルが揃っており、非の打 ち所がありません。

 バロックものを得意とするオーストラリアのソプラノ、サラ・マクリヴァーも魅力的です。わずかにビブラートをかけ、長 く延ばしてゆったりと歌いま す。個人的な好みとしてはもう 少し震わせ方が少なくてもいい けれども、ここまでのびのびし ていてコントロールが効いてい るなら言うことはありません。 声もやわらかくて美しいです。 低い方でボリュームがあってや や太く感じるかと思えば、高い 方では透明にすっと伸び、音色 が変化します。能力の高さを感 じさせ、オペラ的でも少女的で もありません。

 バリトンのテディ・タフ・ローズは1966年生まれのニュージーランドの人で、合唱団出身です。力と伸びのある声で、 オルガンの音もときに倍音が華 やかで美しく、要所で力強く締 めてくれます。参加者全員が力 量、トーンともに揃っており、 これほど実力の高さを感じさせ る演奏はそうそうない感じがし ます。

 スコアはネクトゥー/ドラージュ版で、レーベルは ABC クラシックス、2000年の録音です。音がまた大変 いいです。コルボの92年盤同様、美しいラシーヌの雅歌 op.11が カップリングされています。



   christophersfaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Harry Christophers   The Sixteen Academy of St. Martin in the Fields ?
      Elin Manahan Thomas (S)   Roderick Williams (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op.48
ハリー・クリストファーズ / ザ・シックスティーン / アカデミー室内管弦楽団 ?
エリン・マナハン・トーマス(ソプラノ) /ロデリック・ウィリアムズ(バリトン)
 指揮者のハリー・クリストファーによって1977年に設立されたイギリスの古楽の合唱団、ザ・シックスティーンの演奏 です。スコアは1900年版で す。透明な声がよく響く音響 (残響過多ではありません) で、クリアで統制のとれた合唱 が魅力的です。ここはイギリス でも男声合唱ではなく、女性 パートの声が美しいです。決し て速くない中庸のテンポで序奏 は始まりますが、途中から速く なり、全体には少し軽快なテン ポで歌って行きます。ザ・シッ クスティーンには古楽オーケス トラもついていると思うのです が、ここでの管弦楽はアカデ ミー室内管ということです。モ ダン楽器の楽団ながら、切れも 良いです。

 ソプラノは1977年生まれでこのザ・シックスティーンとモンテヴェルディ合唱団からソロに転じたウェールズ出身のエ リン・マナハン・トーマスで す。ハリー王子とメーガン妃の 結婚式でも歌ったそうです。子 供のような声で、フレーズで少 し走るところがあるのと、ふ わっと持ち上げて切る仕方が声 量のないボーイソプラノ風でも あります。これは故意にそうい うイメージで歌っているので しょうか。そうは言っても音程 は安定しているの安心して聞い ていられます。こういう女声に よる少年的な雰囲気こそがこの 曲には合っているかもしれませ ん。歌い方は語尾を少しだけ震 わせますが真っ直ぐでさっぱり としており、古楽バロック専門 のソプラノだというのがよく分 かります。透き通ってよく伸び る声が魅力的です。

 バリトンは古楽専門ではなく広いレパートリーを持ちますが、バロックも得意というイギリスのロデリック・ウィリアムズ です。2020年のシューベル トの「冬の旅」は素晴らしい歌 唱だと思います。ウェールズ人 の父とジャマイカ人の母の間に 1965年に生まれたという人 で、イギリスではその活躍が広 く知られているようです。低音 はよく伸びるけれども重過ぎな い声であり、ビブラートも控え めで繊細さのある清潔な歌い方 には大変好感が持てます。 フォーレのレクイエムのバリト ンとしてはベストかもしれませ ん。

 2007年のロンドン、バービカン・ホールでのライヴ収録で、レーベルはコロです。上述の通り長い残響というわけでは ないけれども、よく響くクリア な録音です。



   piaufaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Laurence Equilbey   Accentus
      Member de l'orchestre National de France
      Sandrine Piau (s)   Stephane Degout (br)

フォーレ / レクイエム ニ短調 op. 48
ロランス・エキルベイ / アクセンチュス
フランス国立管弦楽団(メンバー)
サンドリーヌ・ピオー(ソプラノ)/ ステファン・デグー (バリトン)
 ロランス・エキルベイはフランスの女性指揮者で、アーノンクールに学んだ人です。日本にも有名な女性の指揮者がいて、 日本のロランス・エキルベイと 言われるとか言われないとか。 でもそれはルックスのこと。ア クセンチュスはエキルベイが創 設した室内合唱団です。スコア は1893年版です。フランス 人たちの演奏だしリベラ・メの 金管のリズムからしてもネク トゥー/ドラージュ版でしょう か。でも編成がさほど小さく感 じません。エキルベイの表現が なかなかダイナミックなせいか もしれません。線の細くない音 も手伝っています。全体にテン ポ設定は中庸で、表情がよくつ いています。

 国内盤が出てないせいか、ラター盤同様に日本ではあまり話題にされてないようですが、ピエ・イエズを歌うソプラノのサ ンドリーヌ・ピオーが魅力で す。ピオーは1965年生まれ でフランスでは地位を築いてい る人で、バロック・オペラの分 野で古楽の有名な演奏者たちと 活動を共にして来ました。華美 にならない伸びのある声の美し さが魅力です。ただ、歌い方は カークビーらの築いてきた古楽 のノン・ビブラート唱法とは違 うようです。常に発音の初めで 小さく、それから山を作るよう に強く盛り上げるイントネー ションで歌っているからです。

 ちょっと細かいことになりますが、この一音の中にクレッシェンドとデクレッシェンドを盛り込む弓なりな歌い方はイタリ ア語で「メッサ・ディ・ヴォー チェ(the placing of the voice)」と言います。特に弱くするときに安定させるのが大変難しい技法だそうですが、歴史的には1602年にジュリオ・カッチーニが出版した「新し い音楽」という本の中に最初に その言葉が登場する古いもので す。そして18世紀バロックの 音楽を当時の演奏様式で復活さ せようとする運動、いわゆる古 楽演奏が盛んになり出した70 年代には、弓のテンションも関 係してヴァイオリンなどの弦楽 器を中心に器楽の世界でその形 が流行するようになりました。 ところが元来声楽の分野から発 したこの技法は、ピリオド奏法 において当の歌の世界ではそう はなりません。古楽唱法を確立 させたのは主に前述したイギリ スのエマ・カークビーやアメリ カ生まれのジュディス・ネルソ ン、フランスのアニェス・メロ ンといった人たちながら、彼女 たちはノン・ビブラートで極端 なメッサ・ディ・ヴォーチェは 感じさせない歌い方をします。 伝統的なベルカント、後のイタ リアで発達した一般的なマナー に陥らないよう、カークビーた ちは資料のない中色々と模索し てそこにたどり着いたと言って いるのです。
 つまり同じように盛り上がって下がる音でも、器楽と歌とは別なのです。イタリアの歌唱法はそれはそれで独自の発達を遂 げて来ており、その中にメッ サ・ディ・ヴォーチェは含まれ ているということは、ここでピ オーが歌っているような山なり の発声は、古楽的というよりも むしろイタリア・オペラ的に聞 こえてしまうところがありま す。

 歌の専門家の方はもう少し違う説明をするかもしれませんが、理屈はこのくらいにしましょう。このフォーレのレクイエム でのピオーの歌い方、独自の解 釈でしょう。山なりに一音を盛 り上げて、後半にはビブラート がかかります。それは同じフラ ンスはアニェス・メロンの選択 的なビブラートともちょっと違 い、かといってイタリア・オペ ラのきらきらした感じとも違い ます。しかしフォーレのピエ・ イエズは一音を長く延ばす音譜 が続くのではなく、比較的短く 音程が上下しますので、この弓 なりの歌い方だと小さな山が音 譜ごとにぽこぽこと連なる音の 出方になって滑らではありませ ん。リミッターのかかり続ける 録音を聞くような感じで、好み の問題ながら独特の美を聞かせ ているとは言えるでしょう。

 バリトンのステファン・デグーは1975年生まれでリヨン在住のフランスの歌手で、オペラが得意ですが歌曲のリサイタ ルも行います。やや大きめなビ ブラートをかけてやわらかい抑 揚を付け、明瞭な声で歌いま す。

 2008年のナイーヴの録音は中低音がよく響くセッティングです。しっとりとしていて弾力を感じさせる自然さがありま す。カップリングでラシーヌの 讃歌が入っていますが、オーケ ストレーションに種類があるの かと思わせるほど、ちょっと他 で聞くのとは違う厚みがありま す。



   dijkstrafaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Peter Dijkstra   Bayerischen Rundfunks   M?nchener Kammerorchester
      Sunhae Im (s)   Konrad Jarnot (br)   Max Hanft (org)

フォー レ / レクイエム ニ短調 op.48
ペー ター・ダイクストラ / バイエルン放送合唱団 / ミュンヘン室内管弦楽団
イ ム・スンヘ(スンハエ・イム/ ソプラノ)/ コンラット・ジャーノット(バリトン)
マッ クス・ハンフト(オルガン)
 オランダ合唱界の俊英ダイクストラによるフォーレです。オランダ室内合唱団との透き通るようなバッハのモテットは印象 深いものでした。1978年生 まれで元はボーイ・ソプラノで 歌っていた人です。そのオラン ダ室内合唱団とここでのバイエ ルン放送合唱団に加え、一時は スウェーデン放送合唱団も任さ れて主席指揮者でした。

 スコアは第2稿で室内オーケストラが伴奏する1893年版です。テンポが延びたり縮んだりするところが意欲的です。また、各フレーズの語尾で速度を緩め て長めに引っ張る傾向も聞かれ ます。合唱そのものはダイナ ミックかつ透明です。技術の高 さを実感させるものと言えるで しょう。ブラスが歌を撫でたり オルガンが浮き出したりという 意識の高さを感じさせる箇所も あり、強くきっぱりとしたティ ンパニが歯切れ良く鳴る瞬間も 聞かれます。秋の空気のように 澄んでいて、景色の輪郭がはっ きりと見えるという感じでしょ うか。静けさも十分あってきれ いです。

 ピエ・イエズのソプラノは韓国のイム・スンヘ。1976年生まれのリリック・コロラトゥーラ・ソプラノです。暖かくて 感動的なヤーコプス盤のマタイ 受難曲でも美しい声を聞かせて います。ここではフォーレとい うことでビブラートを使ってい ます。呼吸をするように山を 作って歌っています。透き通っ て輪郭のある声です。

 リベラ・メは劇的なところですが、山場では速くなり、金管が目立つというよりも合唱の迫力で押して来る感じで、後半で はティンパニも活躍します。ぶ つけるというより、はやる心の ように進めます。バリトンのコ ンラット・ジャーノットもビブ ラートを用い、ちょっとオペラ のように劇的な歌い回しも聞か れます。1972年生まれのイ ギリスのバリトンです。オペラ も歌うけれどもリートで有名で す。

 ソニー・クラシカル2011年のセッション録音です。合唱の透明感がよく出ています。



   jarvifaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Paavo J?rvi   Ch?ur de l’Orchesre de Paris Orchestre de Paris ?
      Philippe Jaroussky (c-t)   Matthias Goerne (br)

フォー レ / レクイエム ニ短調 op.48
パー ヴォ・ヤルヴィ / パリ管弦楽団合唱団&管弦楽団 ?
フィ リップ・ジャルスキー(カウン ターテナー)/ マティアス・ゲルネ(バリトン)
 日本のオーケストラもよく指導しているヤルヴィはスポーツのように爽快で歯切れの良いベートーヴェンなどの印象がある けれども、曲によってはやわら かな歌も聞かせ、活躍中の人の 中でも才能豊かな指揮者だと思 います。フォーレの宗教曲はど ういう味わいでしょうか。 1962年のエストニア生まれ で今はアメリカ人とのことで す。2010年から16年まで はパリ管の音楽監督でした。

 息の長い、後半で強くなるようなロングトーンを聞かせたりして、やはり表現意欲のある演奏に感じます。ピリオド奏法が 得意ということで、ここでも弦 のビブラートは抑えているよう であり、真っ直ぐに延びる音が 透明で今っぽいです。合唱は強 弱がしっかりとあってダイナ ミックです。入祭唱はゆったり としていて音を引き延ばしま す。全体には中庸なテンポで、 少し速めて颯爽とした印象の部 分も出ています。そういうとこ ろも今の人に共通していると言 えるでしょう。弦が浮き立った りする工夫も感じられ、巧者で す。フランスものというより、 どことなくロシアの合唱を聞い ているように寒色で荘厳なとこ ろもあります。やわらかいフ レーズの処理があったとしても パステル調の音ではないので す。コントロールが行き渡った うねるような強弱があり、意識 の高いパフォーマンスだと思い ました。

 ピエ・イエズでのソプラノのパートが大きな売りでしょうか。人気のカウンターテナー、フィリップ・ジャルスキーを起用 しているのです。1978年生 まれのフランス人です。この曲 でカウンターテナーというのも 異色だけど、ジャルスキーなら より話題性があります。この人 はちょっと特殊な方面で熱を帯 びて騒がれるようだけど、本人 はそのことは好まず、同時にあ る時点から性的指向は公表して いるようです。歌手として重要 なのは表現力だけど、完璧な技 巧があって美しい声だと評価さ れます。個人的な印象では、ド イツのアンドレアス・ショルの ように中性的で芯に強さのある 透明感が特徴というより、もっ とやわらかくて女性的な声質 で、強弱による音色変化があ り、繊細な表現に寄っている感 じを受けます。ここでもそうか と思ったのだけど、確かにその 通りではあるものの、この フォーレで聞くとまた別の印象 もありました。さすがに男性だ けあって力強いダイナミックさ があるなと感じたのです。弱音 での声は女性的でやわらかいも のの、クレッシェンドの立ち上 がりに幅があってしっかりした 感じがします。はためき方と存 在感がボーイ・ソプラノとは全 く別物です。女性が少年のよう な発声で臨む天使声とも違いま す。

 バリトンは、これもフィッシャー=ディースカウ以降の今のドイツを代表する歌手であるマティアス・ゲルネです。 1967年生まれ。ゲルハーヘ ルと並んでディースカウの弟子 でもありました。明るさのある ゲルハーヘルよりむしろジュ リーニ盤のアンドレアス・シュ ミットの方に近いでしょうか。 低く被せるような発声で、ビブ ラートは多用しますので、より オペラ寄りの表現のように聞こ えます。力強い男性的な印象で す。

 レーベルはどこと言えばよいのでしょう。今は企業も M&A が進んでいるわけで、元は一緒で表のブランドだけ変えている状況なのかもしれません。エラート/ワーナー/EMI/ヴァージンなどと表記されます。 2011年の録音です。スト レートなピリオド奏法っぽい音 でもあり、色彩豊かという方向 ではないけれども優秀な録音で す。カップリング曲はラシーヌ の雅歌 変ニ長調 op.11、エレジー ハ短調 op.24、パヴァーヌ嬰へ短 調 op.50、バビロンの流れのほとりにとなっています。



   shortfaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Nigel Short   Tenebrae London Symphony Orchestra ??
      Grace Davidson (s)   William Gaunt (br)

フォー レ / レクイエム ニ短調 op.48
ナ イジェル・ショート / テネブレ / ロンドン交響楽団室内アンサンブル ??
グ レース・デイヴィッドソン(ソ プラノ)/ ウィリアム・ゴーント(バリトン)
 ナイジェル・ショートと彼が自作曲を演奏するために2001年に結成したロンドンのボーカル・アンサンブル、テネブレ の演奏です。ショートは 1965年生まれ。元キング ズ・シンガーズのメンバーであ り、カウンターテナーとなって からはタリス・スコラーズなど 多くの合唱団で歌って来た人 で、今はテネブレの芸術監督で す。その経歴に加えて、合唱団 の能力を最大限に引き出すべく 起伏をつけてダイナミックに進 めるところなど、オランダの俊 英ペーター・ダイクストラと ちょっと重なるかなという印象 もあります。また、テネブレの 方は、設立にあたってレーシン グ・ドライバーのジャック・ビ ルヌーヴの尽力があったとアッ プルのサイトなどでは紹介され ています。ビルヌーヴと聞くと 悲劇的な事故で亡くなったジル を思い浮かべるかもしれません が、ジャックも二人いてシニア の方でしょうか。その人脈から かロンドンで活躍する複数の合 唱団のトップ・シンガーたちを 集めて来たオックスブリッジ (名門大学)・クワイヤーズの 伝統ということで、初めから上 手そうです。古楽から現代曲ま でこなす若手の混声合唱団で す。

 小編成の第2稿、ジョン・ラター版による演奏です。近年のフォーレの録音の中でも大変見事なものだと思いました。合唱 は揃っていて透明であり、大変 ダイナミック・レンジの大きな 表現となっています。弱音が美 しく、大きくクレッシェンドす る幅があって力強さも感じら れ、極めて上手な合唱団という 印象です。おぼろげに霞んだパ ステル調の空気の中でたなびく ような演奏ではないけれども、 フォーレの静寂は十分に感じら れます。テンポは中庸で、やや 速めの溌剌とした運びも聞かれ ます。サンクトゥスやピエ・イ エズ、イン・パラディスムなど の静かな部分では適度にゆった りしていて慌ただしさはなく、 クリアな響きに浸ることが出来 ます。とにかく純化された音と いう感じです。

 ピエ・イエズを歌うのは、1977年のロンドン生まれでカークビーの後を継ぐかという高く清楚な声のイギリスの古楽系 ソプラノ、グレース・デイ ヴィッドソンです。ザ・シック スティーンとともに多く活動 し、他のたくさんの古楽系合唱 団、このテネブレ以外でもタリ ス・スコラーズやコレギウム・ ヴォカーレ・ゲントなどでも 歌って来ました。映画でもホ ビットをはじめいくつかに出て おり、アニメーションでも活躍 しています。この人のここでの 歌唱が素晴らしいのもこの ショート盤の魅力の一つと言え ます。澄んで伸びやかな声で、 かといってボーイ・ソプラノを 模して途切れ気味になったりた どたどしくしたりせず、ほぼノ ン・ビブラートで適度に揺らす 美しい歌い方です。もちろん音 程も安定しています。理想的で あり、この曲のベストの一つと 言って良いしょう。フレーズの 運びが多少さらっとしたところ もあり、ゆったりたっぷり歌う 系ではないけれども、それも重 くならないので却っていいと思 います。

 バリトンのウィリアム・ゴーント(ヨークシャー生まれのバス・バリトン)も余裕のある声で余分な力が入っておらず、上 品です。面白いのはこれはコン サートのプログラムなのです が、バッハの作品と一緒に取り 上げている点です。マタイ受難 曲の有名なメロディーやカン タータの合唱などとともにヴァ イオリンの名曲、シャコンヌも 聞けます。そこではヴァイオリ ンだけでなく、合唱が合わせま す。これ以外にもそのシャコン ヌが含まれる同じパルティータ 第2番からの残り4曲も演奏さ れ、それらは合唱が加わるので はなくゴルダン・ニコリッチ (1968年セルビア生まれで ロンドン響のコンサート・マス ター)のヴァイオリンによるオ リジナルの形です。これらの曲 はどれも死者への追悼の意味合 いがあるもので(パルティータ はバッハの最初の妻マリア・バ ルバラの死)、それぞれが調性 を合わせた順序で上手くつなげ られて自然にフォーレへと移行 して行くのです。魅力的な響き を保って違和感なく全体を聞け るので、フォーレの他の合唱曲 とのカップリングもいいけど、 これはこれでアルバムとして通 しで聞くときにありがたいで す。そしてこの出し物は大変好 評だったようです。

 2012年の録音で、レーベルはロンドン交響楽団自前の LSO でライヴ収録です。音響的にも大変魅力的です。



   cleoburyfaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Stephen Cleobury   The Choir of King’s College
      Orchestra of the Age of Enlightenment
      Tom Pickard (s)   Gerald Finley (br)

フォー レ / レクイエム ニ短調 op.48
ス ティーヴン・クレオベリー / ケンブリッジ・キングズ・カ レッジ合唱団
エ イジ・オブ・エンライトメント 管弦楽団
ト ム・ピッカード(ボーイ・ソプ ラノ)/ ジェラルド・フィンリー(バリトン)
 ここで歌っているケンブリッジ・キングズ・カレッジ合唱団は1441年に設立された歴史あるイギリスの少年(男声)合 唱団です。指揮をしているス ティーヴン・クレオベリーは 1948年生まれで2019年 に亡くなっていますが、本人も 少年合唱に属したことがあり、 オルガニストでもありました。 1982からこのケンブリッ ジ・キングズ・カレッジ合唱団 で音楽監督を務めていました。 今回用いられたスコアは 1900年版ながら、そこに 色々な問題があると考える最近 の流れに乗ってか、オッフェル トリウム(捧献唱)の一部を省 略したマルク・リゴディエール 校訂版というものを使っている そうです。省略されてない方の ラター版でも演奏をしており、 それが曲の最後に追加されてい ます。

 割と淡々とした速めのテンポ運びが印象的なダイナミックな演奏です。オーケストラはホーン・セクションと打楽器が活躍 します。ディアス・イレへ向か うクライマックスでは天使の ラッパの警告がくっきり二段構 えに聞こえる意外性とともに、 ティンパニが雷鳴のように轟 き、大変迫力があります。合唱 も古楽の団体という感じでもな いけれどもメリハリをつけてい るようです。こう書くと力づく できれいでないように聞こえる かもしれませんが、そういう意 味ではなく、現代的な切れとメ リハリがあるということです。 静かなパートは長い残響の中で 美しく響きます。よく天使の声 などと言われますが、少年合唱 独特の響きの良さが十二分に味 わえるアルバムです。オッフェ ルトリウムなどはテンポもゆっ たりしています。

 ピエ・イエズのトム・ピッカードはコカール盤(後出)のボーイ・ソプラノと並んで上手です。澄んだ声で音程が揺らが ず、同じく語尾でビブラートを かける余裕すらあります。低い 声では幾分小さくなり、拍を一 つずつ切り気味にするところと 音程が跳ね上がるときの音では 独特の少年らしさが出るもの の、それは致し方のないことで しょう。ここまで来れば文句な しではないでしょうか。この部 分はやや速めの運びであり、個 人的にはもう少しゆったり聞き たいかなとは思いました。

 バリトンのジェラルド・フィンリーは1960年のモントリオール生まれで、このケンブリッジ大学キングズ・カレッジで 学びました。コンサートとオペ ラの両方で活躍する人です。 ジェントルで大変魅力的です。 やわらかい声で伸びがあり、無 理をしません。含ませたり硬く するような声音を用いず、拍ご とに力強く弾ませるような歌い 方もせずに静かに延ばします。 オッフェルトリウムだけでなく リベラ・メでも同様であり、最 も盛り上がるところでも余裕が あります。

 レーベルは Choir of King’s Coll で2014年のセッション録音です。ラシーヌの雅歌 変ニ長調 op.11や小ミサ曲などが組み合わされています。録音コンディションは大変良いです。



   romanofaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Mathieu Romano   Les Si?cles Ensemble Vocal Aedes
      Roxane Chalard (s)   Mathieu Dubroca (br)
      Louis-No?l Bestion de Camboulas (org)

フォー レ / レクイエム ニ短調 op.48
マ チュー・ロマノ / レ・シエクル / アンサンブル・エデス
ロ クサーヌ・シャラール(ソプラ ノ)/ マチュー・デュブロカ(バリトン)
ル イ=ノエル・ベスティオン・ ド・カンブーラ(オルガン)
 管弦楽のレ・シエクルの方が馴染みがある名前かもしれませんが、指揮者は直裁で少し激しいところもあるあのロトではな く、合唱指揮者であるマ チュー・ロマノという人。曲が フォーレのレクイエムというこ とで、合唱団の方を中心に考え れば良いでしょう。その合唱団 はアンサンブル・エデス。現在 も芸術監督であるロマノが 2005年に設立したフランス のボーカル・アンサンブルで、 レパートリーは古楽から現代ま でです。17人の歌手を核とし て40人まで、曲によって増え るそうです。現代曲までとは いっても、ここではピリオド奏 法に特化したレ・シエクルと同 じ波長で歌っているように聞こ えます。珍しいですが、スコア は第1稿によるものです。その あたりもピリオド・アプローチ と親和性があると思います。も ちろんオーケストラもピリオド 楽器です。

 演奏ですが、フレーズの語尾をあまり延ばさずさっぱりと切るところがありながらも、音韻の上では癖のあるピリオド奏法 ではなく、素直な運びです。ビ ブラートは合唱も楽器も控えめ です。ほぼノン・ビブラートで しょうか。したがって真っ直ぐ な透明な音で、残響は少なめな ので溶け合う音響という感じで はありません。テンポは中庸で 遅い方ではないけれども、かと いってさらっとし過ぎることも なく、ほぼインテンポを守りま す。歌わせ方も割と直線的で、 うねるような強弱を付けたりは しない清潔感のあるものです。 抑揚は抑え気味と言っていいで しょう。丁寧で形が美しいとい う感じで、人によっては多少慎 重な印象も受けるかもしれませ ん。響きの雑味を抑えて純粋に やろうとしているのだと思いま す。指揮がロトではないという ことで、強い部分でのダイナ ミックさはどうかというと、サ ンクトゥスでのホサナの盛り上 げはさほど劇的ではありませ ん。真っ直ぐなブラスが特徴的 で、弦もノン・ビブラートなの で簡潔な鋭さはあります。やわ らかくはないけれども、特に激 しいものでもないという印象で す。ではリベラ・メのクライ マックスはどうでしょうか。そ こではテンポを上げ、ティンパ ニが短く歯切れ良く鳴って鋭い クレッシェンドが聞かれます。 結構な切れ味ながら、雑さはな く、やはり荒々しくはありませ ん。

 ピエ・イエズはロクサーヌ・シャラール。フランスの女性ソプラノです。古楽から現代ものまでの広いレパートリーを有 し、アンサンブル・エデスとよ く共演しているようですが、年 齢やデビューの経緯など、詳し いことは分かりません。最初の 音はまるでボーイ・ソプラノか と思いました。でもそれ以後で 強く張り上げるところは女性歌 手らしい音になります。ビブ ラートは控えめにかけます。全 体的に中性的な印象で、抑揚の 面では普通は強めに出るところ で少し声を抑えて表情を作った りし、それが強いところとコン トラストを成したりします。こ の部分のテンポも一定です。

 バリトンのマチュー・デュブロカの方は1981年生まれのフランス人ということです。軽めの声で、抑えて歌う感じがあ りながら、抑揚は適度にやわら かく、繊細な面も聞かせます。

 レーベルはアパルテで、2018年のセッション録音です。音響については前述した通り、長い残響があるものではありま せん。ピリオド奏法によって各 パートがはっきりと聞こえる すっきりした音です。暖色系で はないかもしれません。



   valleefaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Jean-S?bastien Vall?e   Ch?ur de l’?glise St. Andrew and St. Paul ??
      Les Petits Chanteurs du Mont-Roya
      Philippe Sly (br)   Jonathan Oldengarm (org)

フォー レ / レクイエム ニ短調 op.48
ジャ ン=セバスチャン・ヴァレ / 聖アンデレ&パウロ教会合唱団 ??
ル・ プティ・シャンテール・ドゥ・ モン・ロイヤル合唱団
フィ リップ・スライ(バリトン)/ ジョナサン・オルデンガーム (オルガン)
 カナダの人たちの演奏です。指揮者のジャン=セバスチャン・ヴァレはカナダ出身のアメリカ人で、合唱を得意としていて カナダの多くの有名オーケスト ラに加えてシカゴ響とも演奏し ました。大学で研究している音 楽学者でもあり、アメリカ各地 で教え、レパートリーは広くて 現代音楽も得意とします。聖ア ンデレ&パウロ教会合唱団はフ ランス語圏であるモントリオー ル地域の歌い手を集めた教会合 唱団で、ル・プティ・シャン テール・ドゥ・モン・ロイヤル 合唱団の方は1956年設立の 同地域の男子のみの少年合唱団 です。

 スコアは1893年ラター版ながら、オルガンによるもの(器楽なし)です。でもこのジョナサン・オルデンガームのオル ガンが凄いです。ストップを駆 使して音量を変えており、音が 減衰して行く場面では4段階ぐ らいに徐々に小さくなって行く 効果すら出しています。そして 重低音が響き、オーケストラに 全く劣らない迫力です。独特の 味があるので、却ってこのバー ジョンの方がいいかもしれない と思いました。

 現代音楽も得意な音楽学者の指揮ということから鋭くてくつろげない演奏なのかと思うと全く違い、技術的には研ぎ澄まさ れていながらも、聞いて癒され る美しい響きのレクイエムで す。強弱はしっかり使い分けつ つダイナミック過ぎるというこ とがなく、静かなたたずまいが あるのです。テンポは全体に中 庸で、パートによって少し速め るなど、適切に陰影が付きま す。合唱はどのパートも揃って おり、どこをとってっも透明感 があります。地域で括るのもな んですが、確率的にカナダの演 奏者はケヴィン・マロンとアラ ディア・アンサンブルのバッハ にしろ、ベルナール・ラバ ディーとレ・ヴィオロン・ ドゥ・ロワのモーツァルトにし ろ、このようにクリアで恣意的 でない波長のものが多い気がし ます。

 ピエ・イエズでのソプラノ・パートは少年たち複数の歌唱によっています。ソロでないので音程も安定して大変きれいであ り、こういう選択もいいと思い ます。オルガンの音と溶け合っ て気持ちがいいです。

 バリトンのフィリップ・スライは1988年オタワ生まれのバス・バリトンで、歌曲とオペラの両方をこなします。少年の ときから歌って来てサンフォー ド・シルヴァンに師事し、メト ロポリタンで評価されました。 でもレコーディングはオペラよ り歌曲が多いようです。深々と した声質ながら透明感があって 輪郭がくっきりしており、リ ラックスしたマナーで歌いま す。見事です。

 2018年録音で、レーベルはカナダのアトマ・レコーズです。フォーレと並んで美しいとされる名曲、デュリュフレのレ クイエムとのカップリングもう れしいところです。ひょっとし て、デュリュフレのベストで しょうか。



   boltonfaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Ivor Bolton   Balthasar-Neumann Chor Sinfonieorchester
      Basel Katja Stuber (s)   Benjamin Appl (br)

フォー レ / レクイエム ニ短調 op.48
ア イヴォー・ボルトン / バルタザール=ノイマン合唱団 / バーゼル交響楽団
カー チャ・ステューバー(ソプラ ノ)/ ベンヤミン・アップル(バリトン)
 バルタザール=ノイマン合唱団による演奏です。演劇的な要素と組み合わせた芸術を目指して1995年にトーマス・ヘン ゲルブロックによって設立され た合唱団で、96年のロ短調ミ サは高い評価を得ました。指揮 はそのヘンゲルブロックではな くアイヴォー・ボルトンで、 1958年生まれのイギリスの 指揮者です。それ専門というわ けではないけれどもチェンバロ も弾く古楽に強い人であり、 2016年からバーゼル交響楽 団の首席を務めています。

 ブラスの音も元気に始まります。それだけでもう切れが良さそうな印象ですが、合唱も弱音はしっかり抑え、力を抜くとこ ろは抜き、強く持ち上げるとこ ろで鋭さを出すという、現代ら しいダイナミックな処理によっ て明晰な感じがします。テンポ は入祭唱ではゆったりながら、 キリエはやや軽快、オッフェル トリウムではまたゆったりとい う具合で場所によって変えま す。オーケストラはピリオド奏 法です。弦はノン・ビブラート で語尾をあっさり切るところが ありますし、ボウイングでは メッサ・ディ・ヴォーチェ様の 山なりの強弱が聞かれます。こ のあたりは現代のスタンダード とも言えます。リベラ・メは切 れの良い拍で強弱の浮き沈みを つけ、くっきりと力強いです。 スコアは2011年に改訂され たベーレンライター新全集版を 使っています。初版のフル・ オーケストラ版(1900年 版)を手に入る資料をもとに再 検討したもののようです。

 ソプラノはカーチャ・ステューバーということで、2008年頃から活動しているドイツのソプラノです。バッハなどの古 楽も歌っていて録音があり、オ ペラにも挑戦しています。少し ふわっとした雰囲気があり、声 はどこか少年っぽくもあってハ スキーな印象で、艶っぽいもの ではありません。歌い方も清 楚、レガートで長く引っ張って 滑らかに流すという方向ではな く、フレーズごとに分けて行く ような歌い方がボーイ・ソプラ ノ系の清々しさを感じさせま す。

 バリトンのベンヤミン・アップルは1982年生まれのドイツ系イギリス人で、ディースカウの最後の弟子ということも あってリート歌曲に強く、オペ ラも歌います。声質は重くな く、輪郭はくっきりしています が透明感があります。歌い方に おいては繊細な抑揚を与え、ど こかやさしさが感じられます。 リベラ・メではしっかりと強弱 を付けており、力強くも荒さが なく、やはり明晰で古楽寄りと いう印象です。

 ソニー・クラシカル2019年の録音です。大変クリアで繊細な録音です。ラシーヌの雅歌 変ニ長調 op.11、「バビロンの流れのほとりに」等の曲がカップリングされています。このボルトンによるフォーレは他にもアルバムが2枚出ていて、「ザ・シーク レット・フォーレ」と銘打って この作曲家の歌曲や合唱曲、 オーケストラ曲を網羅していま す。フォーレを味わい尽くした い方に朗報であり、美しい調べ にうっとりします。



   weberfaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Keno Weber   Quilisma Jugendchor Springe
      Hannoversche Hofkapelle
      Josefine Mindus (s)   Konstantin Ingenpa? (br)   Robin Hlinka (org)

フォー レ / レクイエム op.48
ケ ノ・ウェーバー / シュプリンゲ・キリスマ青年合唱団
ハ ノーファー宮廷楽団
ユ セフィーネ・ミンドゥス(ソプ ラノ)/ コンスタンティン・インゲンパス(バリトン)
ロ ビン・フリンカ(オルガン)
 珍しく、第1稿の1888/89年版による演奏です。ケノ・ウェーバーはフリーランスの指揮者で、この青少年の団体で あるシュプリンゲ・キリスマ合 唱団と同時に指揮を担当してい るハノーファーシュ・オラトリ エン合唱団の方では、国際合唱 コンペティション (Bratislava Cantat 2019)でゴールデン・リボン賞を取っています。シュプリンゲ・キリスマ青少年合唱団は1988年に創立され、2005年からハノーヴァー近郊のシュプ リンゲに移り、2014年から ケノ・ウェーバーが総合的な経 営を任される立場にありまし た。四歳から二十四歳までの 100人ほどで構成されている とのことながら、ここでは青年 たちが中心でしょうか。女性も 含まれます。ハノーファー宮廷 楽団の方は1995年にハノー ヴァーで設立されたオーケスト ラです。メンバーたちの多くが バロックやピリオド楽器の楽団 で弾いて来た人ということなが ら、モーツァルトなどの古典派 も演奏するそうです。室内楽も 交響曲もレパートリーのようで す。

 入祭唱は中庸のテンポで、ゆったり流れる部分もある一方で少し速めのところが聞かれる演奏です。流れるように歌って行 きます。スコアの楽章構成が異 なるので違った順序であるよう に聞こえます。上手な合唱団 で、女性の高音部が美しいで す。器楽の方も、サンクトゥス のヴァイオリン・ソロが浮き出 して来てきれいです。やはりあ まりビブラートは使わない弾き 方です。

 スウェーデンのソプラノ、ユセフィーネ・ミンドゥスはボーイ・ソプラノ的でも少女的でもなく、低い方にもボリューム感 と響きの良さが感じられ、伸び があって力もある高音で歌いま す。オペラを得意とする人であ り、部分的にビブラートも使う ものの、ここでは特にオペラ的 ではありません。上品な歌唱で す。

 ハノーヴァーに比較的近いオサナブリュック生まれのバリトン、コンスタンティン・インゲンパスは声質としてはあまり低 い方ではなく繊細であり、落ち 着きがあってやわらかく、やさ しい歌い方です。古楽的ではな くて普通にビブラートは用いま すが、こちらも大変上品です。 歌曲で賞を取るなど、オペラ系 の人でもないようです。

  レーベルはロンドー・プロダクション。2021年のヒルデスハイム、聖ミカエル聖堂での録音です。他に多 くの歌曲がカップリングされて います。



   coquardfaure
      Faur?   Requiem in D minor op.48
      Samuel Coquard   Ma?trise des Bouches-du-Rh?ne ??
      Lenny Bardet (s)   Marc Scoffoni (br)
      Emmanuel Arak?lion (org)

フォー レ / レクイエム op.48
サ ミュエル・コカール / ブーシュ・デュ・ローヌ聖歌隊アスマラ室内合唱団 ??
レ ニー・バルデ(ボーイ・ソプラ ノ)/ マルク・スコフォーニ(バリトン)
エ マニュエル・アラケリアン(オ ルガン)
 南フランスの少年たちによる聖歌隊合唱団がオルガン伴奏(オーケストラはなし)で演奏するレクイエムです。指揮者のサ ミュエル・コカールは1976 年生まれ。パリのノートルダム で合唱を学びました。特に聖歌 を得意とする人であり、 2004年にブーシュ・デュ・ ローヌ聖歌隊アスマラ室内合唱 団を設立しました。ブーシュ・ デュ・ローヌ地方といえばマル セイユを含むプロヴァンスの地 で、ワインでも聞き覚えがある かもしれません。

 出だしからオルガンで、驚きます。そして少年たちが入って来ますが、聖歌隊らしくてこういうのもいいです。抑揚を抑え て真っ直ぐに静かに歌い出し、 テンポは全く急ぐことなく、天 国的というのか、全編ゆったり です。それがまず独特の雰囲気 でしょうか。大変ゆっくりなと ころもあります。基本は静かな がら、要所で盛り上げることで 目が覚めるようにはっとしたり もします。急に人数が増えたよ うな感覚で強くなる箇所もあ り、そういう部分では何だか聖 歌を現代風にアレンジした曲の ようだとも言えるでしょう。オ ルガンの伴奏も他にない良い雰 囲気を醸し出しています。上手 かどうかという観点で言うな ら、全く気にならないけれど も、少年合唱ゆえに瞬間的には 音程が揺れる箇所もないわけで はありません。その上で??に したのでは、演奏の出来不出来 を採点する目的からは相応しく はないでしょうか。でもそれゆ えにと言うと語弊があります が、それを含めてこの自然な雰 囲気がなんとも魅力的なので す。残響の多い教会での収録で あり、ゆっくりと、やわらかく 天に漂うように子供達の声が溶 け合います。瞑想的というの か、違う時間の流れの中にいる というか、夢の中でとり行われ る儀式を見ているような独特の 音の世界です。盛り上がる箇所 のホサナでも、オルガンの音に 乗ってゆったりと歌われます。 イン・パラディスムの消え入る ような終わり方も異世界に迷い 込んで行きそうです。

 ピエ・イエズのソプラノはレニー・バルデというボーイ・ソプラノです。大変上手です。一番かもしれません。非常にわず かな音程の揺れと長く続かない 音はどうしても出るものの、 ボーイ・ソプラノとして理想的 で、これ以上は望めないのでは ないでしょうか。ビブラートも 用いてちゃんとコントロールし ており、声も澄んでいて伸びが あります。大変きれいです。そ してここもゆっくりです。

 バリトンはパリ音楽院を出、テレサ・ベルガンサに学んでオペラを中心に活躍するマルク・スコフォーニです。ボリューム 感のある、オペラのワン・シー ンのようなイタリア的な盛り上 げが劇的です。ここだけ聖歌隊 とは違う波長で面白いです。何 か物語的な意図があるかのと思 うぐらいです。そしてそれは ちょっと自分の好みの方向では ないなと最初感じたものの、後 半の感情の高ぶりには説得力が あり、フォーレが世俗的な人間 らしい情からこの曲を作ったと いう話からすれば、案外こちら の方が正解なのかもとも思いま した。

 レーベルは Klarthe で2022年のセッション録音です。上で述べた通りサン・ヴァンサン・ド・ロクヴェール教会での収録は残響が豊かで、魅力的な音です。ラシーヌの雅歌 変ニ長調 op.11などとカップリングされています。



   evocation
      Evocation
      Sandrine Piau (s)   Susan Manoff (pf) ??

エヴォカシオン / サンドリーヌ・ピオー(ソプラノ)/ スーザン・マノフ(ピアノ)??
 フォーレのレクイエムでの歌唱は個性的ですが、サンドリーヌ・ピオーの魅力を十分に伝える素晴らしいアルバムは他にもあります。記憶の喚起を意味する「エヴォカシオン」というタイトルで、ショーソンなどの静かで美しい曲が集められたものが出ており、大変癒されます。 女性がテーマだそうです。



   home
      Home 2009
      a film by Yann Arthus-Bertrand ??

ホーム   空から見た地球 / サウンド・トラック ??
 他にもピオーは、世界中の出産場面を集めたドキュメンタリー映画「プルミエール私たちの出産」(Le premier cri〔産声〕 2007)でやわらかく美しい声で歌っており、YouTube でも聞くことができます。そして「HOME」という映画でのテーマ曲は大変魅力的です。これもプルミエールと同じくイスラエル生まれのフランスの映画音楽作曲家、アルマン・アマールの曲です。フレーズを長く延ばすゆったりとした歌であるため、波打つようなピオーの発声の美しさが際立ちます。

 この「HOME 空から見た地球」というフランス映画は2009年に全世界で劇場公開された環境問題をテーマにした作品です。その衝撃的な内容とともに空から写した美しい映像の数々に心を打たれます。地球温暖化については様々な説が唱えられますが、人類が化石燃料を使い始めた産業化の後、 短期間で実際にどれほどの変化が起こっているかを見せてくれます。ヤン・アルテュス=ベルトラン監督が15年以上温めて 来た構想を54ヵ国1年9ヵ月かけて空撮したもので、彼が著作権、配給権を放棄したために YouTube でも全編無料で見ることができます。英語でも出て大変な評判を呼び、アップした最初の24時間で181ヵ国40万アクセスがあり、2012年までに 3200万回観られているということです。日本語字幕が必要な場合はDVDを買うこともで きるようです。