ヘンデルのヴァイオリン・ソナタ集     

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「ヘンデル・ゴーズ・ワイルド」のページではヘンデルの有名なメロディーをご紹介しましたが、それ以外では「水上の音楽」などの最も代表的な曲で終わっていました。ここではもう少し突っ込んで自分が聞きたいものを挙げることにします。 ヘンデルの作風については元気が良いだとか、楽しいフォークダンスみたいなとか、あるいは売れ線狙いみたいなことまで書いてしま いました。しかしヴァイオ リン・ソナタは違います。「これがヘンデル?」と思わず言ってしまいそうになるほどしっとりとした美しい旋律に満ちており、静かで憂いを含んだマイナー・ コードも前面に出てきます。超有名曲の陰に隠れがちながら、ヘンデルの中でも合奏協奏曲 op.6 と並んで一、二を争う魅力的な作品ではないでしょうか。このジャンルはバッハもあるし、コレッリが大変有名なのですが、ヘンデルのも最も魅力的な作品群の 一つと言ってよいと思います。ヴァイオリン好きには外せません。  

 そしてこのソナタ集を聞いていると、合奏協奏曲 op.6 と同様、当時よく世に知られていたコレッリの節回しに似たところが出てきます。ヘンデルという人、ビバルディ的な活発さで同じフレーズを繰り返す一面があ る一方で、管弦楽や器楽作品ではコレッリに負うところも大きいのではないでしょうか。バッハも同時代の音楽を貪欲に吸収して自ら の作品に活かしましたので これは当然のことなのですが、一瞬コレッリに聞こえてしまうところがあるのも事実です。その傾向はバッハのソナタよりずっと強いと思います。そしてそのよ うにコレッリに似たところこそが好きだと言ってしまうとヘンデルらしさを忌避してることにもなってしまうものの、亜流のコレッリ になったというのではな く、この人らしい明るく楽しい波長の部分もあるし、おおらかな叙情とミックスされた魅力があって独自のものだとも言えるでしょう。次にご紹介する CD で最初に来ている HWV 371 の出だしなど、惚れぼれします。

 作品群と言いましたが、コレッリとは違って真偽の問題など、い ろいろや やこしい ことが言われる側面もあります。つまり偽作が挟まっていたとか、版がたくさんあって本人の了承を得ない曲があったとか、他の楽器でもやられるとかです。そ うした学問的側面については色々書いている方もいらっしゃるようなのでここでは立ち入りません。



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      Handel   Violine Sonatas
      Andrew Manze (vn)   Richard Egarr (hc) ♥♥

ヘンデル / ヴァイオリン・ソナタ集
アンドルー・マン ゼ(ヴァ イオリン)/ リチャード・エガー(チェンバロ)♥♥
 演奏はバッハやコレッリでも素晴らしかったマンゼのものをまず 第一に挙 げます。 繊細でしなうようによく歌わせており、音符の中程をキューっと持ち上げる古楽の抑揚が効果的に用いられ、抑えた静けさに満ちているところ、ゆったりなとこ ろとエッジの効いた立ち上がりとの間のレンジがあって素晴らしいです。一つひとつ噛みしめるような表情が魅力的で、バロック・ ヴァイオリンの古楽様式で演 奏された中で最高のパフォーマンスの一つだと思います。一方でモダン・ヴァイオリンの演奏は今聞くと大変真っ直ぐに、太く力強く響きますが、豊麗なグリュ ミオーやビブラートはありながらもストレートなスークも出していましたから、この作曲家としてもヴァイオリン曲の歴史でも真っ先 にあがりはしないものの、 ヘンデルのヴァイオリン・ソナタは昔から評価されている作品であることが窺えると思います。好きな人はずっと聞いてきたというところでしょう。

 ハルモニア・ムンディ1998年録音です。唯一ちょっと気にな るところ は音のバ ランスで、強調すると金属的になるところより少し下の帯域、2.5〜3.5KHz あたりの中高域で張り出しが感じられ、フォルテで若干耳に痛いところです。ちょうどその辺りのレンジに残響が乗る会場の癖をセッティング上たまたま上手く 抑え込めてなかったのかもしれません。レーベルの問題ではないでしょう。ハルモニア・ムンディでもフランスではなく USA なのですが、説明によると会場はカリフォルニアのニカシオという、サンフランシスコからゴールデン・ゲート・ブリッジを渡ってもっと北の方へ行ったところ にある町です。ワイナリーなどが並ぶ地区にスター・ウォーズのジョージ・ルーカスのスタジオがあるようで、ルーカス・ディジタル LTD のスカイウォーカー・サウンドとなっています。映画用の録音編集施設のようです。でもそんな場所のせいかと思うとそれも違い、この人の他の録音ではバッハ のソナタこそイギリスでの収録ながら、コレッリの方は同じ会場で素晴らしいバランスです。しかもレコーディング・プロデューサー とエンジニアはどれも皆同 じ人たち。さて、ここまで言うとかなり深刻なコンディションのように聞こえますが、そうではありません。静かなパートでは大変きれいな音です。イコライジ ングができる環境ならより良いわけで、その場合、もしコレッリの録音と同じバランスにしたければ上記の周波数バンドを、この録音 の場合はもっと下の帯域か らー6dBを目安に、あるいはそれ以上思い切って凹ませて、反対に低音は若干持ち上げ気味にすると良いでしょう。3dB で音響的には2倍(1/2倍)ですから 6dB というと大き過ぎるように感じるかもしれません。しかし音にせよ電波にせよ、出ているところから離れるにつれ、その距離の二乗に反比例して弱まるのですか ら2倍なんてどうってことのない値です。実際 dB(デシベル)という対数の単位を使うのは人間の感覚にとって倍数が馴染まないからですし、録音の現場では楽器からマイクを少し離したり角度を変えたり するだけで音圧は2倍、4倍なんてあっと言う間に変化し、しかもそういう風には感じません。原音主義みたいな考えがあってオー ディオ的には大きくいじらな いのが原則と考えがちですが、録音技師にとっては f 特の凸凹なんて日常なのです。CD プレーヤーで聞くためには専用の編集ソフトウェアで調節してから焼き直す必要がありますが、一度パソコンにリッピングした上で iTunes みたいなメディア・プレーヤーを使ってライブラリーから聞いているような方にとっては、そこにグラフィック・イコライザーがバンドルされているので簡単か と思います。



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      Handel   Violine Sonatas
      Hiro Kurosaki (vn)   William Christie (hc/org) ♥♥

ヘンデル / ヴァイオリン・ソナタ集
ヒロ・クロサキ (ヴァイオ リン)/ウィリアム・クリスティ(チェンバロ)♥♥
 アタックが強過ぎたり野太かったり、あるいは大仰な抑揚やリズ ムに古楽 の癖が出 過ぎたりは元々が苦手なので、ソロの場合はちょっとしたことでも弾く人のプレゼンスを感じてしまいがちです。したがってヘンデルのヴァイオリン・ソナタの 演奏は合奏協奏曲のようにどれも高水準で迷うという感じにはならず、聞いてみた限り上記のマンゼとこのクロサキの二つが取りあえ ず良かった印象です。好み としての一番は多分僅差でマンゼの方かなという気もしますが録音に癖があり、したがってこちらのクロサキ盤も甲乙つけがたいというところです。マンゼは ゆったり繊細に歌い、抑えた静けさがあります。そしてその中からしなうように音の後半を強めて行くアクセントが浮き上がって来る ようなところが心地良く、 繊細さと鋭さが共存していました。一方でクロサキの方は全体にはそれよりもう少しさらっとした素直さがあり、すっきりした中に熱を加えて来る印象です。テ ンポも若干マンゼより速めな箇所が多いかなという気もします。軽くふわっと行くところと遅く大胆に表情を付ける濃いところとの間 にやはり幅があり、トータ ルではちょっとだけ男性的であるような気がします。好みの問題ですが、もし比較して同じだけの魅力を感じない点があるとすれば素直ゆえにマンゼよりやや単 調に響く瞬間もあるかもしれないというぐらいでしょうか。一方でこの盤の伴奏はチェンバロだけでなくオルガンもあって音色が変化 に富んでおり、その点では むしろこちらの方が魅力的だし、何よりもマンゼ盤のような録音バランスの問題もありません。

 このヴァイオリニストは名前から分かる通り日系のオーストリア 人で 1959年生 まれ、元々は古楽畑ではなかったようですがレザール・フロリサンに参加した人のようです。比べるべきかどうか分かりませんが同じバロック・ヴァイオリンの 寺神戸亮が丁寧でスタティックな完成度を見せるのに対してより動きと熱があるようにも感じます。チェンバロのウィリアム・クリス ティはご存知、フランスで その古楽バンド、レザール・フロリサンを立ち上げたアメリカ人です。

 2003年ヴァージン・クラシクスで、こちらはマンゼ盤のよう な中高域 のきついところは感じられない良い録音です。