バッハ / ミサ曲ロ短調 BWV 232 

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取り上げる CD 11枚:レオンハルト/アーノンクール/コープマン/ヘレヴェッへ('89/'96/'11)/ヘンゲルブロック/鈴木/ブリュッヘン
/パロット/クイケン

 マタイ受難曲と覇権争いをするのだそうです。何の話かという と、ミサ曲ロ短調のことでなのですが、バッハの宗教曲で最高のものはどちらかという問題に決着をつけるべく、学 識豊かな人々が戦いを繰り広げるのだとか。結論が出る問題かどうか見当が付きませんが、両者が違うことははっき りしています。


カトリックとプロテスタント
 受難曲という形式はプロテスタントの国々で確立したものです。バッハの場合、ドイツ語で歌われます。新教=プロテスタントの国々は、現代ではヨーロッパの北半分、ドイツ、北欧諸国にアメリカなどです。
 一方でカトリックはイタリアの中にあるバチカンの教皇を頂点にしており、ヨーロッパの南半分、国としてはイタリア、フランス、スペインなど に、オーストリアも含まれます。イギリスはヘンリー8世の離婚したい騒動によって 国教会が作られましたので独自です。そしてカトリックの宗教曲の形式の一つが、ミサ曲です。これはラテン語で歌われます。


ミサと受難曲
 受難曲は新約聖書の頭四つの章 である福音書の記述に基づき、イエスの最後の日々を扱っています。解説者がおり、イエス役やユダ役などの配役 があって、劇のように物語が進行して行きます。一方で、ミサ曲は劇ではなく、式典の次第に従って作られ て おり、神を讃える固有の文に対して作曲されます。「主よ憐れみたまえ」に始まり、「ポンテオ・ピラトの下で十字架につけられ、葬られた」というような出来 事に関する文言はありますが、ドラマのように展開することはなく、最後も「われらに平安を与えたまえ」 という言葉で終わります。
 バッハはプロテスタント教徒だったのですが、こうしてカトリックの儀式の様 式に則って作曲しているところが面白く、色々と意味を持たされるところです。実際は、当時のルター派(新教)の 教会ではミサも行っていたので、不思議はないということなのですが。

 曲調についてきわめて大雑把なことを言うのを許していただければ、イエスという神の子にして人でもある存在を 扱っているからか、マタイ受難曲の方が受容的で寄り添うような感情をにじみ出させているコラールを配し、回想的 な美しさを印象づけることがあるのに対し、短調とタイトルに入っているせいか、直截な悲しみを訴える波長を感じ る瞬間があり、トランペットとティンパニによるメリハリのある華やかな音響も聞かれるのがロ短調ミサ、というの が個人的な感想です。

 呼び方ですが、ミサ曲ロ短調は、ロ短調ミサとも言われます。これは言語によって違い、 "Mass in B miner", "Messe H-moll" , "Messe en si mineur" などとなります。ロ短調の部分が様々に変わって、ちょっと混乱しま す。マタイ受難曲と並んで有名 な曲ですので、これ以上の説明 は詳しい解説書にお任せしま す。


ピリオド・アプローチの前に定番とされた演奏
 CDも、 それこそたくさん出ています。 ここではとても扱い切れませ ん。前古楽器演奏時代のもので よく話題になるのはやはりカー ル・リヒターのもの、それに オットー・クレンペラーのもの が名演とされるようです。この 二つは前者が余計な飾りを排し たストレートな表現で、テンポ は比較すればやや速い方、一般 的に評される言葉は「厳しい」 というものです。反対にクレン ペラーはテンポはゆっくりで、 混声大合唱でスケール大きく歌 われ、やはり小手先の抑揚はな くて「壮大」と言われます。こ の二つに、それこそ帝王カラヤ ンを初め、多くの有名指揮者た ちの盤がひしめいています。そ の独唱者たちも往年の有名なス ターたちが名を連ね、長い音符 全体に大きくビブラートをかけ る当時の一般的な歌唱法で歌わ れます。時代が変わっても変わ らない普遍的価値というものは ありますが、現代の様式はこれ とはかなり異なってきていま す。したがって以下では、古楽 器演奏の潮流の後のも のを個人的嗜好に従って取り上 げ、比較してみようと思いま す。マタイ受難曲とヨハネ受難 曲では好きな演奏のみを解説す るスタイルに徹しましたので、 ここでは少し枚数を増やして主 立ったところを網羅できるよう に留意しました。



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      J.S. Bach   Mass in B minor BWV 232
      Gustav Leonhardt   Collegium musicum van de Nederlandse Bachvereniging   La Petite Bande
      Isabelle Poulenard (S)   Guillemette Laurens (MS)   Rene Jacobs (C-T)
      John Elwes (T)   Max van Egmond (B)   Harry van der Kamp (B)

バッハ / ミサ曲ロ短調 BWV 232
グスタフ・レオンハルト / オランダ・コレギ ウム・ムジクム・バッハ合唱団 / ラ・プティット・バンド
イザベル・プールナール(ソプラノ)/ ギュメット・ロランス(メゾ・ソプラノ)
ルネ・ヤーコプス(カウンター・テノール)/ ジョン・エルウィス(テノール)
マックス・ファン・エグモント(バス)/ ハリー・ファン・デル・カンプ(バス)
 ピリオド 楽器を使った演奏として 1985年に登場して以来、スタン ダードの地位を 築いてきた盤です。出だしは やや速めのテンポでフレーズを 短く切り上げ気味に進みます。 マタイ受難曲でもそうですが、 レオンハルトという人はピアニ ストのベネディッティ=ミケラ ンジェリ同様イタリア車を飛ば すのが好きである一方で、元来 ほのぼのとした波長を感じさせ る演奏をする傾向があると思い ます。ただ、ここでの最初のフ レーズは、リヒターほどではな いものの、そのテンポゆえか少 し切迫感をもって聞こえます。 続く展開は力を抜き、いつもの 穏やかさを見せますが、単調の このミサはその淡々としたとこ ろがかえって襟を正させるよう な雰囲気にもなるのです。構え ているところは一切ないので、 曲調がそのまま反映されている ということだと思います。二曲 目以降で長調となるといかにも 自然体なレオンハルトらしい表 現が続きます。
 ピ リオド奏法特有の波打たせるよ うな抑揚と一音の中での膨らみ がありますが、それが自然であ りながら力強さと訴求力を持ち ます。全曲を通して十分に間を 取りながら進み、ラストで大き く盛り上げるような細工もあり ませんが、それがむしろ誠実な 美しさとなっています。

 独 唱者陣としては、ソプラノのイ ザベル・プールナールはカーク ビーと比べられることもあるそ うです。パリ生まれでフラン スのバロックものを得意とする 人のようです。カークビーほど 少女っぽい声ではありません が、輪郭のはっきりした張りの ある高域を持っていて、歌い方 は飾りが少なくて美しいです。
 メゾ・ソプラノのギュメッ ト・ロランスはやはりフランス 生まれの、オペラを得意として バロック音楽でも評価の高い歌 手ですが、落ち着いた力のある 声でよく響き、ソプラノとコン トラストを成します。2. の二重唱は二人のソプラノで歌われることが多いですが、ここではソプラノとメゾ・ソプラノの掛け合いになっており、音域の違いが声の質の違いとし て現れていて、立体感がありま す。
 この二人の女性がどちらも張 りのある声なので、この演奏全 体に力強さを添えているような 気がします。
 カウンター・テノールはベル ギーの名手、ヤーコプスです。 ここでの彼は低くなるところで 口をすぼめて固く強める傾向が あったり、女性のような高音 だったりして個性的ですが、上 手です。
 テノールのジョン・エルウィ スは英国の人で、ヤーコプス同 様やはり喉の制御で音を固める 表現の傾向があるものの、派手 さや神経質さはありません。
 バスの二人は、どちらがどこ を歌っていると書いてないの で、詳しくない私には判別がで きませんでした。11. のクオニアム・トゥ・ソルス・サンクトゥスで歌っている人は硬めの響 きながら低く落ち着いた声で、 歌い方も力まず派手さはない感 じであり、19. エト・イン・スピリトゥム・サンクトゥムで歌っている人の方が軽 くやわらかく、伸びやかに聞こ えますが、元々パートの音域も 少し高いようです。 

 マタイ受難曲同様、録音もCDと して優れています。SACD が欲しい人は国内規格のリマス ター盤もあります。



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      J.S. Bach   Mass in B minor BWV 232
      Nikolaus Harnoncourt   Arnold Schoenberg Chor   Concentus musicus Wien  
      Angera Maria Blasi,  Delores Ziegler (S)  Jadwiga Rappe (A)   Kurt Equiluz (T)   Robert Holl (B)

バッハ / ミサ曲ロ短調 BWV 232
ニコラウス・アーノンクール / アルノルト・シェーンベルク合唱団 / ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス
アンジェラ・マリア・ブラーシ (ソプラノ)/ デロレス・ツィーグラー (ソプラノ)
ジャドヴィガ・ラッペ(アルト)/ クルト・エクヴィルツ(テノール)/ ロベルト・ホル(バス)
 2010 年に来日したときのサント リー・ホールの演奏を聞かれた 方もあるでしょう。大袈裟に言 えば今までに聞いたことがない ほど充実した演奏で言葉を失っ たのですが、緊張を強 いるような方向ではなく、声高 に叫ばないけれども深みがある と言えば良いのでしょうか、リラック スして音楽を自分のものにした ところから出て来る深みのよう なものが感じられました。アー ノンクールといえば、初期の、 とくにバロック期の音楽の演奏 において、古楽器演奏の様式を 確立するためにがんばった独特 の表現をイメージしがちです。 短 く切れたフレーズ、メッサ・ ディ・ヴォーチェと言います か、長音符の中程で山なりに強 めて弱めるアクセント、アタッ クの強さと速いテンポといった ものです。それが彼の才能ゆえ か、ピリオド奏法と言えばあ れ、というような、一つの時代 を代表する様式ともなりまし た。しかしご本人は時代ととも に変化し、エキセントリックな 部分がどんどん少なくなって 行って、 このときのコンサートのよ うに、近年は本当にスピリチュ アリティの高い演奏が聞かれる ようになってきました。そして 時は短く、高齢ゆえに海外活動 を控えるようになってしまった わけですが。レコード会社との 専属契約のようなものがあっ て、ビジネスの見地からこのと きのライブ音源がリリース されることはないと思います が、放映された番組を録画した 人はわざわざCDを買 う必要もないことでしょう。

 そ のときのイベントを記念してな のか会場で売るためなのか、同 じ顔合わせで1986年に録音 された絶版もののCDがコン サート直前に 国内盤として再販されました。しかし その後また廃盤となったらし く、ときどきは中古が出るもの の、輸入盤も含めて今 はあまり入手しやすくない状況 のようです。むしろ1968年 の旧盤の方が買えるのはどうい うわけでしょうか。

 こ の86年盤の演奏をひとことで 言うと、合唱の力強さが際立っ ているということでしょうか。 出だしの強さはリヒター ほどではないかもしれませんが、 緊迫感を感じさせます。アルノ ルト・シェーンベルク合唱団は モーツァルトの二回目のレクイエ ム録音のときも素晴らしかった ですが、ヘレヴェッヘのコレギ ウム・ヴォカーレ・ゲントと並 んで大変実力のある合唱団なの だと思います。自らのものとし た抑揚で、ためらいなく濁るこ となく、張りのある美しい声を 聞かせます。
 アー ノンクールの表現は、残念なが らいい味を出していたあのコン サートのときのような円熟には 少し届かないような気もしま す。決して刺々しい演奏ではな いですが、一歩ずつ歩くような 感じでスラーではつなげず、ス タッカート寄りの、どちらかと いうと短く区切るところが目立 つものです。不自然ではないな がら、レオンハルトよりもヘレ ヴェッヘよりも、いわゆる古楽 器演奏というステレオ・タイプ と矛盾しない波長は持っている と言えるでしょう。ソロを聞い ているとよくわかりますが、あ まり残響が付かない収録のよう で、覚醒していてロマンティッ クに響かないように聞こえるの はそのせいもあるかもしれませ ん。無責任な言いようですが、 リヒターなどの飾りなく厳しい 音の運びが好きな人にとって は、形こそ違いますが強さの感 じられる点で気に入られる要素 もあるのではないでしょうか? ラストなど圧倒的です。トン・ コープマンと並んで、良い演奏なのにわが国ではあまり騒がれ ないのは廃盤が長かったせいでしょうか。
 
 ソロイストた ちですが、ソプラノのアリアで ソロをとっているのはデロレ ス・ツィーグラーで、アメリカ のメゾ・ソプラノです。いかに もオペラの経歴を印象づけるよ うな、強くするところで固めて 大きく強める、元気の良い歌い 方です。ビブラートはよくかけ て、ポルタメントも聞かれま す。低いところでは太くこもら せるように音を作り、声質もや やアルトっぽいかなと思いま す。
 ア ルトはポーランド生まれのジャ ドヴィガ・ラッペ。特にオペラ 系の人ではなく、古楽の分野で オラトリオとカンタータを歌っ てきたようですが、ロングトー ンの途中からダイナミックに音 を強めるところが印象的で、野 太く響く中音に迫力がありま す。感情移入たっぷりという感 じもします。
 テ ノールのクルト・エクヴィルツ はウィーン生まれで、ウィーン 少年合唱団でアルトを歌ってき た経歴があります。繊細で潤い のあるやさしい声で、ビブラー トは普通にかけますが、喉を固 めない歌い方で、上品で洗練さ れています。
 バ スのロベルト・ホルはオランダ 人で、ミュンヘンに移ってハン ス・ホッターに習いました。オ ペラの経歴のある人で、低く硬 い輪郭の声で、強い音と弱めて 力を抜くところとの差の大き な、ダイナミックな歌い方をし ます。



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       J.S. Bach   Mass in B minor BWV 232
       Ton Koopman   Amsterdam Baroque Choir   Amsterdam Baroque Amsterdam BaroqueOrchestra
       Barbara Schlick (S)   Kai Wessel (C-T)   Guy De Mey (T)   Klaus Mertens (B)
 
バッハ / ミサ曲ロ短調 BWV 232
トン・コープマン / アムステルダム・バロック合唱団 / アムステルダム・バロック管弦楽団
バルバラ・シュリック(ソプラノ)/ カイ・ヴェッセル(カウンター・テノール)
ギー・ド・メイ(テノール)/クラウス・メルテンス(バス)
法の法の法の ムーブメ ントとしての古楽奏法の立 役者の一人であり、バッハ・コ レギウム・ジャパンの鈴木雅明 のチェンバロの師匠でもあるオ ランダの指揮者トン・コープマ ン。バッハを真摯に愛してやま ない人、という印象がありま す。でも、やや不運な面がある とすれば、ワーナー傘下に入っ たフランスのエラート・レーベ ルが一旦消滅してしまったこと でしょうか。そこからバッハの カンタータ全集をはじめ、すべ ての