ルネサンスの響きのバッハ / モテット集
取り上げる CD28枚: トーマス/アーノンクール/コープマン/クリストファーズ/ヤーコプス/ユングヘーネル
/ヒリヤード・アンサンブル('84/'03)/クイケン('92/'03)/ダイク ストラ/ヒギンボトム/鈴木/マット/コーイ/クリード/ヴォーチェス8 /グレイデン/ガーディナー('80/'11)/ヘレヴェッヘ ('85/'11)/ベルニウス/マックス/カチュナー/ペーデシェン/アーマン/ピション モテットの性格 モテットと呼ばれる曲は中世に始まっ たけれども、主にルネッサンス期に作られた宗教曲全般のことであり、その中でもミサ曲を除くものです。細かいことを言えばもっと細かい話になるのでしょう が、 大雑把には楽器の伴奏を伴わない声楽曲が多く、形式としてはその時代のポリフォニーの音楽であり、カンタータを多く作ったバッハの頃から見れば、自分より 少し前からあった音楽の形ということになります。そのバッハのバロック時代にも作られ、形を変えて発展はしたもののすでに主流ではなく なっていたのです。したがってバッハ自身は他の新しい宗教曲形式に比べてずっと少ない数しか作っていません。 合唱のみの形式ということなので、演奏団体の合唱のあり方が知れる曲でもあります。華やかなソロのアリアの間に隠れたり、オーケストラの効果に耳が行っ たりし ないので、素人としては普段はあまり気にしてなかった基礎の部分に光が当たるのです。 現存するバッハのモテット そのバッハのモテットといえばほぼ、 BWV 225〜230 の六曲しかなく、そのうちの一曲(BWV 230)もバッハ作であるかどうかについて疑問を述べる人がいるようです。それ以外では、カンタータに分類されるようなものや、偽作とされる曲が存在する ぐらいです。 バッハのものとしては唯一、楽譜上では声楽のみによる作品です(器楽による最小限の伴奏を適宜付けることが慣習的に行われているものの、それも独立したパートのように声と違う動きはせず、なぞる程度にやるのがほとんどです)。古風な様式のものが見られ、教会の行事用 では なかったのではという説があります。何曲かは葬儀用のものでもあり、私的な用途に使われたとされるのです。バッハが抱える歌手たちの練習用に良かったので は という意見もあります。 作曲時期 BWV 228 一曲だけがワイマール時代の作と考えられるものの、残りはオラトリオやマニフィカトと同じく1723年(三十八歳時)にライプツィヒに来て以降に書き始 め、1739年ぐらいまでに書き終えたとされます。四十代、多くは半ばから後半にかけての作曲なので円熟期の作品ということになります。 曲の性格 したがって若い頃(のワイマール時代 のカンタータ)の作品に多かったように、アリアのようなきれいで分かりやすいメロディーがあって、それに伴奏が付くという作風ではありません。その点につ いてはひとり作曲時期の問題というよりも、古いポリフォニーの様式、つまり16世紀ベネチア楽派のスタイルである、二群の四部合唱に分かれた八声の「二重 合唱」といった技法を駆使しているから、と言うべきなのかもしれません。複雑な声部の展開がある通好みの作品となっているのです。実際歌い手にとっても、 入り組んで速く動くところも含めて手応えがあり、歌っていて感動できる作品のようです。 しかしすぐ馴染むキャッチーなメロディーが少ないといっても、独立して聞こえるきれいな旋律はあります。賛美歌を元に展開させる造りになっているからで す。短調の大変美しい BWV 227 は曲数も多く、最も長くてこのモテット集を特徴づける中心的な曲だと思いますが、そこではヨハン・クリューガー作の歌がモチーフにされているし、BWV 229 も静かで厳かな雰囲気です。一連の最初の番号だからというだけでなく、軽く弾む明るさがあるせいでアルバム最初の曲に選ばれることが多い BWV 225 にもしっとりとした美しい運びの部分があります。他方で、中にはこの作曲家らしいメリスマで忙しく進行するところや、延々と同じことが繰り返されるように 聞こえて時々スキップする箇所がありますなどと不敬罪発言をしたくなる曲もいくつかあると感じはします。不敬というのはつまり、音楽学者ならそれもフーガ などの前時代からの形式を採用したからであって偉大だと言うに違いないからですが、しかしそうした曲の聞こえ方も演奏の仕方によるし、曲自体多くはないの であって、このモテットたちはバッハの作品の中でも独特の美しさで我々を惹きつけるのです。劇的で賑やかなところのあるオラトリオなどよりもこちらの方が 好きという声も結構聞かれます。ア・カペラゆえの静謐さが感じられるからでしょう。それはちょっと、ルネサンスの響きです。 演奏について ところが CD 選びということになると、はてどうしようかというところがあるのです。最近は録音がたくさん出て来るようになっていい演奏はいっぱいあり、こっちの方が あっちより明らかにいい、という感覚になり難いです。管弦楽がなく、声が合わさることでソロの声楽家の個性も前面に立たない、無伴奏の合唱曲特有の問題でしょうか。OVPP(各パート一人の合唱)でもソプラノのアリアみたいには歌い方が気になりません。CD をリリースしているような団体はプロとしてどれも水準が高いもの ばかりです。音程の安定度と揃った歯切れの良さなど、技巧の巧拙が多少分かる気がする場合もありはしますが、本来は合唱指揮の専門性がどういうところに発 揮されるかを熟知しているような人、つまり合唱指揮者のような方が聞き比べをすべきでしょう。したがって全体の運びの雰囲気を言うぐらいで、素人の場合は 評しようにも語彙が限られます。よく分かるところといえば BWV 225 の出だしで重厚感があるか軽いかやわらかいかといったことと、この曲集で占める時間の半分ほどにもなって全体を性格づけている BWV 227 において、静かにやわらかくやるか、そうでなくくっきりと行くかといったことでしょう。そして合わさった声の透明度、会場の響き、録音バランスとかが大き なウェイトを占めます。でも最近は皆録音も良いものばかりです。 そうしたことを踏まえて極めて個人的な感想ですが、ヘレヴェッヘ旧盤、ユングヘーネル盤、ベルニウス新盤、ダイクストラ盤などが甲乙つけ難く、好みではやわらかさの点でとりあえずベルニウス盤がやや特別か、あるいはダイクストラの透明感が抜きん出てるかどうかというところ。それに負けず劣らず魅力的で、鮮やかさが光るのがピション盤、ペーデシェン盤で、劇的なところがあるけど圧倒されるピション盤もファースト・チョイスかなと思ったりします。主観的にであっても一番を決めるのは難しいという感じでし た。 他にもたくさんありますが、今までに 出ている主な CD で今回聞いてみたのは下記の29枚です。録音年代順に、指揮者/合唱団/録音年度とレーベル、です : トーマス/ライプツィヒ聖トーマス教会 合唱団/58〜59ベルリン・クラシックス アーノンクール/ストックホルム・バッ ハ合唱団/79テレフンケン ガーディナー/モンテヴェルディ合唱団 (旧)/80エラート ヒリアー/ヒリヤード・アンサンブル (旧)/84EMI ベルニウス/シュツットガルト室内合唱 団(旧)/85ソニー ヘレヴェッヘ/コレギウム・ヴォカー レ・ゲント/ラ・シャペル・ロワイヤル(旧)/85HMF コープマン/オランダ室内合唱団 /86〜87フィリップス クリストファーズ/ザ・シックスティーン /89ハイペリオン クイケン/ラ・プティット・バンド (旧)92アクセント ヤーコプス/RIAS 室内合唱団/95HMF ユングヘーネル/カントゥス・ケルン /95DHM ヒリヤード・アンサンブル (新)/03ECM クイケン/ラ・プティット・バンド (新)03チャレンジ・クラシックス ダイクストラ/オランダ室内合唱団 /07チャンネル・クラシックス ヒギンボトム/オックスフォード・ ニューカレッジ合唱団/08ノーヴム 鈴木/バッハ・コレギウム・ジャパン /09BIS マット/ヨーロッパ室内合唱団/09ブ リリアント コーイ/セッテ・ヴォーチ/09ラメー クリード/ヴォーカル・コンソート・ベ ルリン/10HMF ヴォーチェス8/10シグナム・クラ シックス グレイデン/聖ヤコブ室内合唱団 /10〜11プロプリアス ガーディナー/モンテヴェルディ合唱団 (新)/11SDG ヘレヴェッヘ/コレギウム・ヴォカー レ・ゲント/ラ・シャペル・ロワイヤル新/11フィー ベルニウス/シュツットガルト室内合唱 団(新)/12カールス マックス/ライニッシェ・カントライ /12CPO カチュナー/アンサンブル・アマルコル ド/12DHM ペーデシェン/ノルウェー・ソリスト合 唱団/15〜17BIS アーマン/バイエルン放送合唱団 /17BR クラシック ピション/ピグマリオン/19HMF では一つずつ見て行きま す。今回は録音年代順に並べます。同一演奏者で二つ以上の録音がある場合は新しい方を基準にして配置し、そこで旧盤についても触れま す。 Bach Motets BWV 225-230 Kurt Thomas St. Thomas Church Choir, Leipzig Leipzig Gewandhaus Orchestra バッハ / モテット集 BWV 225〜230 クルト・トーマス / ライプツィヒ聖トーマス教会合唱団 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管 弦楽 団 バッハ自身がカントール(音楽監督) を務めたライプツィヒ・トーマス教会そのものの聖歌隊が歌うというものです。百名ほどの団員を擁する少年合唱団で、マタイ受難曲なども初演しています。ク ルト・トーマスはそこのカントールを1957年から60年まで務めたドイツの指揮者ですから、これはもう、伝統そのもの。バッハの音だと信じる根拠がある わけです。白地に赤い補強リブが網状に交差するように走っているヴォールト天井の写真がよくバッハの宗教曲の CD ジャケットに使われますが(モテットではセッテ・ヴォーチ盤)、あれはトーマス教会の天井です。 少年の声が独特です。子供たちですか ら、音程が多少不安定になるのは仕方ないとしても、古楽ムーブメントを経た今の歯切れ良い演奏に慣れた耳からすると、多少もったりと聞こえます。現代の合唱技術って凄いね、とあらためて思うか もしれません。フレーズが互いに侵食し合って続いているかのように音符が切れません。それでいて極めてドイツ的というのかどうか、リズム自体は 一つずつこなして行くようなかっちりとしたものに感じます。BWV 225 の、弾むように軽くやられることが多い出だしですら大変ゆっくりです。そうやってずっと一定に歌って行って曲の最後になってさらにスローダウンするスタイ ルです。 このトーマス教会聖歌隊の演奏でも、 素 直で温かみのある140番のカンタータなどは、このページでも触れましたが大変魅力的なものでした。このモテットの合唱もそれと同じ周波数と いうか、雰囲気があります。技術がどうだこうだ、と考えながら聞くものではないでしょう。バッハゆかりの地の教会の音なのです。もちろん実際はこの歌 い方こそがバッハがやっていたそのままだというわけでもないと思います。そもそも60年代終わりぐらいから出てきた古楽運動の演奏流儀に しても、当時の演奏そのものを再現しているのではありません。根拠が昔の文書で残されていたと主張する学説であって も、文と実際は別物のことがあるし、300年前のことなんて誰も分かりゃしないからです。この少年合唱団にしても、バッハ先生はもっと厳しく締め上げてた のかもし れない し、あるいは伝統にも断絶があって今とは違う呼吸、スタイルだったのかもしれません。それでいてなお、その場の音を楽しむという意味において、大変価値あ る一枚なので す。 1958〜59年の録音で、レーベルはベルリン・クラシックスです。音のコンディションとしては年度相応ですが、貴重な記録であり、十分なものだと思い ます。 Bach Motets BWV 225-230 Nikolaus Harnoncourt Bachchor Stockholm Concentus Musikus Wien バッハ / モテット集 BWV 225〜230 ニコラウス・アーノンクール / ストックホルム・バッハ合唱団 ウィーン・コンツェントゥス・ムジ クス 古楽奏法のパイオニア、アーノンクー ルが70年代の終わりに録音した格調高いモテット集です。そういう意味では、合唱曲においてのそのムーブメントのあり方が分かる一枚と言えるかもしれませ ん。くっきりと節を区切って弾ませるアクセントの強い歌わせ方で、テンポはゆっくりです。86〜87年のコープマン盤にも少し似た傾向がありますが、アー ノ ンクールの方がより強く、遅いです。重い空気を持ち上げるような、抵抗を跳ね除け続けているような感覚もあり、人数は多く感じます。荘厳というのでしょう か。もっと前からの、例えばウィーン国立歌劇場合唱団のように人数の多い混声合唱のマッシブな音響にも近い感覚がありますから、音としては伝統的な合唱の あり方とも言えます。そういえばアーノンクールはモーツァルトのレクイエムの二度の録音で、ウィーン国立歌劇場合唱団からアルノルト・シェーンベルク合唱 団へと相手を変えていました。ここで歌っているストックホルム・バッハ合唱団はアドルフ・フレドリク教会の指揮者アンデシュ・アーウォル (1932-2012)という人が1964年に設立し、このアーノンクールの数々の録音で有名になった団体だそうです。 古楽奏法の話ですが、そのマナーは 古典派のフォルテピアノなどではせかせかした印象が強く、決してゆったり滑らかには歌わせないし、バロックでも器楽合奏だと以前はフレーズが短く切れると いうイメージを抱きがちでした。でも合唱においてはこういう、伝統的な音に重く強いアクセントが施されたようなスタイルが出発点だったのでしょう。発音構 造から切れよ くやるのは難しいとも言えるかもしれません。そしてアーノンクールは多くの後輩たちに影響を与えて行きます。後にはこの唱法も人数を減らし、ぴったり揃っ て軽く透明な、鋭さもどこかに感じさせるようなものへと変化して行く流れとなります。ガーディナーの旧盤から新盤への推移などがそれを物語っているでしょ う。 1979年テレフンケンの録音です。 Bach Motets BWV 225-230 Ton Koopman Netherlands Chamber Choir バッハ / モテット集 BWV 225〜230 トン・コープマン / オランダ室内合唱団 ガーディナー、鈴木と並んでカンター タの全集を出しているオランダの古楽とバッハの名手、コープマンです。そのガーディナー、ヘレヴェッヘと並んですでに80年代にモテット集を録音していま す。 大変真剣に取り組んだバッハという感 じがします。リズムが丁寧に、区切られたように運ばれてやや重く感じられます。切れを良くしようという感じではなく、かといってヘレヴェッヘのように語尾 を滑らかにつなげるのでもなく、短いフレーズごとに区切る傾向があります。その点からすると古楽的なアプローチなのかもしれませんが、この人は他の曲では もっとすっと短く切るような抑揚を聞かせる場合もあり、そういうものほど軽く、いかにもピリオド奏法のイントネーションだなあというところまでは行かない 気がします。でもアーノンクール盤と多少似た雰囲気もあり、これがあのムーブメントの最初の姿なのかもしれません。ソロ・パートが浮いて聞こえるとこ ろもあるし、アーノンクールよりはずいぶん軽いのですが。ちょっと昔からの合唱という印象もあり、人数は多く聞こえる方でしょうか。今の標準からするとい くら かがやがやとした感じもありますが、OVPP などとは反対の、伝統的なアプローチだと思います。 以上はまず最初の BWV 225 から聞いたときの印象ですが、中心となる BWV 227 でもやはり重さを感じさせるところはあり、真面目というか、荘重な趣であり、軽く弾ませはしません。弾まないのではなく、弾力のある弾みと言い ましょうか。そして一つひとつのフレーズを確実に進めて行きます。バッハの敬虔な徒であるこの人らしい献身の心持ちが表れたものと言えるでしょう。それで いてどこかチャーミングなところもあるのが面白いです。 1986〜87年録音のフィリップス です。音響は高い方が華やかなものではなく、残響はあります。 Harry Christophers The Sixteen ♥ ハリー・クリストファーズ / ザ・シックスティーン ♥ 案外オーソドックスで却って意外性があったのがシックスティーンです。以前取り上げたバードやモンテヴェルディなどの印象があるからか、もっとくっきり 透明で静か系なのかと予想しました。静かじゃないわけではないものの、残響が長く豊かな録音で、そのせいもあるでしょうか、テンポはどの曲もゆったりな設 定になっており、一つひとつのフレーズを延ばしながら丁寧に重厚に、力強さも感じさせるどっしりしたフレージングで進めます。揃っていて音程の外れなどは もちろんありませんが、なおかつ修道士の聖歌隊のようではあっても、後の少数精鋭の古楽独唱のプロたちのようには聞こえません。女性も歌ってるけど教会の 行事で聞いてるみたいです。収録されたのは1989年ということで、まだまだイギリスの伝統的なスタイルを守ろうという感覚なのかもしれません。実際より 人数が多く感じるマッシブさに包まれ、尾を引いてやわらかくうねるような音響に身をまかせると、遠いルネサンスの記憶を辿るような夢見心地になって来ま す。これとちょっと似た感覚で新しいところでは、オックスフォードの伝統の合唱団が歌うヒギンボトム盤があるでしょうか。同じイギリスでもヴォーチェス8 などとは大変異なるアプローチです。 どの曲の演奏も特に相互に表現を変えているようには聞こえません。 ハイペリオンの1989年で、コンディションは上記の通りです。濁りや歪みのない、きれいな録音です。 Bach Motets BWV 225-230 René Jacobs RIAS Kammerchor Akademie für Alte Musik Berlin バッハ / モテット集 BWV 225〜230 ルネ・ヤーコプス / RIAS 室内合唱団 ベルリン古楽アカデミー 2012年録音のマタイ受難曲が素晴 らしかったヤーコプスが指揮し、マリア=クリスティーナ・キール、シビッラ・ルーベンス、ベルナルダ・フィンク、ゲルト・テュルク、ペーター・コーイと いったソロを揃えて演奏するものです。RIAS 室内合唱団は1948年にベルリンで結成された世界有数の実力ある団体です。 基本的に真面目で温かみがあり、誠実 な感じのする演奏だと思います。切れ良くやったり、表現の上で走ったりというところがありません。はったりのない人なので、演奏者が乗って熱くなると大変 感動的な演奏になったり、反対に平穏なものになったりする場合もあるようです。今回のこのモテットは、速くて元気のよい楽章ではバックの合唱が目立ち、独 唱の声に比べて同じ音で音程を変えて伴奏をするメリスマがくっきり聞こえるところがあります。しっかりと人数のある合唱団が後ろを押さえているなという印 象です。運びは落ち着きがあってトータルでゆったりめの展開であり、静かなパートでのソロは叙情的で丁寧によく歌いこまれています。一つ言えるのは、演 奏ではなく録音バランスの問題ですが、残響のせいもあってややもやっとする場面があるということです。特に音の重なる速い部分で目立ちますが、 音像が遠めで高域が引っ込み気味であり、長く尾を引くというよりも多少くすみ気味に聞こえたりします。合唱で声 が重なる部分だけながら、そのせいもあって人数が多く感じられるのかもしれません。 BWV 225 はさらっとしており、このアルバムの中では速めの表現であり、特に短く切る方向でも長くスラーで続ける方向でもありませんが、録音ファクターを除けば揃っ ていて上手な印象です。感覚的にはあっさりな感じもあり、切れの良い技巧を見せるというような気負いの波長は感じません。二曲目はスローダウンし、やや ゆったりめぐ らいに運びます。音の重なりでは必ずしも明瞭ではないものの、残響は止む瞬間もあるので、フレーズが案外切れている箇所もあります。 BWV 227 は遅めのテンポで始め、音符は延ばし気味にし、歯切れ良くやらせるものではありません。全体にしっかり塗られた絵のようであり、丁寧に歌って行き、フレー ズの終わりではスローダウンします。二曲目も速くはありません。力が抜けていて、真面目に歌います。ずいぶんゆったり平坦に運ぶなという箇所や、テ ンポがずっと一定だなという印象を持つところもあります。無用に揺らしたりしないのです。 1995年のハルモニア・ムンディで す。録音のコンディションは上記の通りです。でも決して悪いものではありません。 Bach Motets BWV 225-230 Konrad Junghänel Cantus Cölln ♥♥ バッハ / モテット集 BWV 225〜230 コンラート・ユングヘーネル / カントゥス・ケルン ♥♥ OVPP(各パート一人の合唱)によ る名盤です。その意味で価値があるというよりも、演奏そのものが他のどれにも負けず、第一級です。この形式の歌い方としてもほぼ最初のものだと思います。 92年のクイケン旧盤もそうだと書いてあるのを読んだこともありますが、確かにクレジット されているソロイストはそうなっているかもしれないけど、同時に合唱団の名前もあり、聞くといっぱい歌っている感じであり、OVPP ではなさそうです。OVPP 様式はリフキンやパロットといった人たちが82年頃から提唱し出したのが最初で、マクリーシュやクイケン、そしてこのユングヘーネルらが普 及 させ、バッハの歌い方として賛否両論ありますが、90年代半ば頃からその OVPP という略称が一般化しました。因みに反対意見としてあるのは、バッハは自分の合唱団をコンチェリストとリピエニストに分けて歌わせていたという解釈です。 コンチェリストはソロの部分、リピエニストはそれを補強する伴奏の部分を意味しますが、合唱団では後者は通常ソロ以外の合唱のメンバーを指します。語源は イタリ ア語の ripieno で、詰める、満たすの stuffed という意味の言葉です。大勢の合唱とは限らず、逆転してソロイストたちより人数が少ない場合もあり、ソロイストがソロのパートを歌わないときに一緒に加わ ります。このように複数の人数で同じパートを歌わせる(伝統的な合唱の)解釈と OVPP とでは、今日に至るまでどちらが正しいかの結論は出ていません。 そしてこれはその、人数の少ないとこ ろが大変いい 効果を現している一枚だと思います。学問的な是非はともかくとして、OVPP で歌ったものの中には、ソロの音程が多少でもうわずってしまうとたちまち全体が揺らいで聞こえるといった種類もあるように思います。ただ感覚的に聞いてい るだけでも、歌い手さんたちが上手でないといけないので難しいところがあるはずです。その点、このユングヘーネル盤に関しては全く見事なものです。人数が 最 小限であることによる透明感が最大限に発揮されています。声の個性はさほど気にならないけれども完璧なソロで成り立っているという感じであり、しかも雰囲 気 があります。どういう雰囲気かというと、これがまた技巧を前面に出すようなものではなく、躍動感がありながらやわらかく、ふわっと強弱をコントロールする 素直でデリケートなものです。弾ませる箇所は揃ってよく弾みますが、フレーズを切るような古楽の癖はなくて自然であり、弱めるところもきれいに延ば します。女声のパートがニュートラルな響きであり、全員が質の揃った最高の楽器として機能しているかのようです。純粋な演奏です。基本の雛形のよう でありながらそれを超えた色があって、モテット集の一枚としてこれを選んでおけば間違いがないと思います。 BWV 225、229、227 という順に静かで美しい奇数番のナンバーが前半に来ており、225 は最初の曲です。力が適度に抜けて弾 む出だしで、器楽がありますが控えめで邪魔をしません。その弦の音が隠し味になっています。テンポは軽快なところも、実にしっとりと運ぶところもあります が、遅くなり過ぎるということはありません。声が驚異的に安定しており、響 きが透明で美しいです。二曲目の静かなところは中庸のテンポで明るく、くっきりと運びます。ソロの声がよく聞こえ、明澄でロマンティックになり過ぎませ ん。 BWV 227 も同様で、力が抜けていてソロがくっきりと美しいです。合唱らしいがやがやした音が一切出ないきれいな響きで、この曲のエッセンスを描き出します。スタッ カートとレガートの使い分けも自然で、一応古楽のマナーではあると思うのですが、不自然さが一切ありません。まるで完璧なカウンターテナーのような 高音のパートと全体が声質に違和感なく溶けて響きます。 1995年録音で、レーベルはドイ ツ・ハルモニア・ムンディです。録音も文句なしです。教会での収録で響きがいいです。 Bach Motets BWV 225-230 Paul Hillier The Hilliard Ensemble Heinz Henning Knabenchor Hannover London Baroque バッハ / モテット集 BWV 225〜230 ポール・ヒリアー / ヒリヤード・アンサンブル ハインツ・ヘニング / ハノーファー少年合唱団 ロンドン・バロック Bach Motets BWV 225-230 The Hilliard Ensemble Joanne Lunn (s) Rebecca Outram (s) David James (c-t) David Gould (c-t) Steven Harold (t) Rogers Covey-Crump (t) Robert Macdonald (b) Gordon James (br) バッハ / モテット集 BWV 225〜230 ヒリヤード・アンサンブル ジョアン・ラン(ソプラノ)/ レベッカ・アウトラム(ソプラノ) デイヴィッド・ジェームズ(カウン ター・テナー) デイヴィッド・グールド(カウン ター・ テナー) スティーヴン・ハロルド(テノー ル)/ ロジャーズ・カヴィ=クランプ(テノール) ロバート・マクドナルド(バス)/ ゴードン・ジェームズ(バリトン) ヒリヤード・アンサンブルは四人の男 声によるイギリスのボーカル・アンサンブルです。1974年の結成で、98年にはメンバーが全員が入れ替わり、2014年まで続きました。ポール・ヒリ アーという人が創立メンバーにいて指揮をしていましたが、グループの名前はそこからではなく、画家の名から取られたそうです。優れた音程を評価されること があるのと、男ばかりの少人数というところに特徴があると思います。そのヒリヤード・アンサンブルのバッハのモテット集は最初のものが1984年録音の独 EMI(Reflexe)盤(写真上)で、そちらは四人以外に少年合唱団が伴奏(リピエニスト)に付き、管弦楽も加わった規模のものでした。 演奏はかなり遅めのテンポで、BWV 225 でも軽やかなところはありつつ、一つひとつ丁寧に音にして行く感じがあります。また、227 の始まりなどでは滑らかに、たなびくように音をつなげるところもありますが、間を十分に取っていて、滑らかではあっても流動するような強弱の波があるわけ ではな く、音の長さの扱いとともに一定しています。他ではやや途切れ気味なぐらい実直に聞こえるような運びもあり、伴奏のメリスマがよく聞こえる場面もあって、 人によっては多少単調に感じることもあるかもしれないとは思いました。バックの少年の声は独特のきれいさがある一方、音程にいくらか難しいところが出るの は仕方な いことでしょう。トータルでは落ち着いて聞けるのが魅力の一枚だと思います。この響きが心地良いという方も多くいらっしゃると思います。 一方で新盤の方はジャズで有名な ECM から出ている2003年の録音(写真下)で、そちらは最終メンバーの四人にソプラノのジョアン・ランなど、ソロイストを加えた8人体制であり、一部は曲に よっ て交代しています。教会では男性が働くべきだという宗教的な考えは分からないし、今回は女性が加われて良かったなと思います。上記の名前のうち、デイ ヴィッド・ジェームズ、ロジャーズ・カヴィ=クランプ、スティーヴン・ハロルド、ゴードン・ジェームズがヒリヤード・アンサンブルのメンバーです。他に合 唱団は加わらず、聞くと人数が大幅に減って少数精鋭になっているのが分かります。 その運びは旧盤の実直丁寧な印象が少 し後退して、代わりにいくらか軽さが出て来ているでしょうか。同様に切れるフレージングという方向ではなく、テンポはやはり遅めです。力が抜けている 感じが良く、特徴的に感じたのは長めの音符で引っ張るように延ばしている瞬間が意識されることで、どこか全員がお互いにきれいにハモるように、ピッチを調 整しながら待っているかのようなところです。現象としてはただゆったりした運びとも言えるのですが。 どんな演奏も一つの個性ですから、好 みでないと言うのはいいけれども貶すのは、たとえ評論家であってもどうかと思います。特にどこで音を外したとか言うのはこちらが素人でもあり、しないよう に心掛けているつもりです。なので以下のことは単なる感想であって批判ではありませんが、どうもこの新盤のヒリヤード・アンサンブルの演奏には不思議な音 に聞こえる箇所がいくつかあり、そのせいで演奏のあり方に触れる前に立ち止まってしまって先に行けないところがありました。したがってそれ以上の詳しい演 奏レポートは控えようと思います。 それはどういうのでしょうか、和音が 少しくすんでいるかのように感じられるところがあるのです。通常なら音を外しているときの感覚です。カウンター・テナーが裏声のせいで音程が不安定になっ たり、ボー イ・ソプラノが揺らいだりすることはよくありますが、ここではソロのソプラノが他よりわずかにピッチが届かないかのように、あるいは他が少しだけ高く聞こ えてるみたいだったり、反対に伴奏の男声部分が速いパッセージで一瞬外し気味に上擦るかのように感じたりします。結果的に音が多少暗く、くすんだり喋り声 に近かったりするような気がするのです。ソロのソプラノはイギリスのジョアン・ランで、この人はきれいな声で大変好きなソプラノであり、他でこういうのを 聞いた記憶も なければプロがミスをするとも思えません。ヒリヤード・アンサンブルの方も「驚異的なピッチの正確さ」などと言われるグループですから、それもおかしな話 です。 これはひょっとすると、純正律で歌う とされるヒリヤード・アンサンブルに対して、その音にこちらが慣れてないせいで低く感じるのかしらと思ってみたりもするものの、純正律というのは平均律と ピッチにして数ヘルツしか違わず、二つの音の波長が整数倍になってうねりが出ない音です。澄んでいるのであって濁る方向ではありません。それとも平均律に 慣れた耳にはその倍音のうねりが明るい音として捉えられるせいで、反対に純正律が暗く感じられるのでしょうか。合唱で純正 律を追求するってすごいことだけれども、そもそも絶対音感で正しく調律するというよりも、ロングトーンにおいてお互いにハモるように調整し合うだけの相対 的なも のが大半のようです。前述の通り、音を確認しながら待ち合うように時間をかけるのはそのせいでしょうか。多分そうではなくて、それはただの表現上のスタイ ルだと 思いますが、お互いが合ってれば少なくともくすんだ音になったりはしないでしょう。それに、純正律を試みるのはこのグループだけでもないはずです。それと も純正律で歌うヒリヤード・アンサンブルのメンバーと、後から呼んで来た平均律に慣れたソロイストとの間にピッチのずれが生じるのでしょうか。それもまた うがち過ぎた見方である気が します。 ホールの固有共振周波数が声と干渉し 合っているということはあるでしょう。特にこの録音では会場の共鳴が結構あるようです。でもそれは特定の音域の周辺だけ響きが収束せずに強調されるという こ とです。それとも、この盤がモテットの演奏としては珍しく、完全なア・カペラでやっているせいで気になるのでしょうか。だとしても他が静かな弦やオルガンぐらいでカバーできてるとも思えません。 我ながらよくここまで理屈が並べられ るものだと思いますが、別に粗探しをしたいわけではありません。言えば言うだけネガティブな印象を強めるだけなのでこのへんで終わりにして、自分の耳が至 らないせいだとしておきます。カッコウが鳴くように清々しく透明なところもあり、全体では美しい響きです。是非聞いてみてください。 Bach Motets BWV 225-230 Sigiswald Kuijken La Petit Bande Akademie für Alte Musik Berlin バッハ / モテット集 BWV 225〜230 ジキスワルト・クイケン / ラ・プティット・バンド Bach Motets BWV 225-229 Sigiswald Kuijken La Petit Bande Akademie für Alte Musik Berlin バッハ / モテット集 BWV 225〜229 ジキスワルト・クイケン / ラ・プティット・バンド クイケンは1992年収録でアクセン トから出ていたライヴ・レコーディングがあり、それが旧盤で(写真上)、新しいのも出ています。旧の方の演奏が OVPP だと書いてある記事もあるようですが、ソプラノは2パートあるので二人、アルトは曲によって使い分けて二人、残りのテナーとバリトンは一人ずつ名前がクレ ジットされています。しかし同時に合唱団としてのラ・プティット・バンドの名前も挙げてあり、聞いてみるとやはり結構な人数で歌っているように聞こえま す。そちらの演奏は一つずつのフレーズを重く丁寧に音にし、テンポもかなり遅くて、ずいぶんどっしりとしたものでした。BWV 225 の弾むような出だしの曲でもゆっくりで重みがあります。 新盤の方(写真下)は2003年の チャレンジ・ クラシックスです。ジキスワルト・クイケンという人は器楽のソロでは古楽のアクセントの強い演奏を聞かせたりすることがありますが、アンサンブルでは素直 で誠実な演奏が多く、四重奏は素晴らしいし、ベルギーの古楽器オーケストラであるラ・プティット・バンドとの演奏も同じ波長で安心できます。同じ楽 団名で合唱団も抱えていたというのは意外かどうかは分かりませんが、果たして演奏はどうなのでしょう。このモテット集も素直さという点では彼が指揮する多 くの録音と同じ波長であり、ヤーコプスの真面目さと似たところもあるかもしれません。旧盤とも基本的には同じような運びだと思いますが、解釈の面 はそうでも、音の観点からすると少し違いがあります。軽い音響になり、隙間があって人数が少なめに感じるのです。その方が個人的には断然聞きやすいなが ら、それではこっちは OVPP(各パート一人の合唱)なのかというとそうでもなく、クレジットされている歌手の名前はソプラノ、アルト、テナー、バスともに二人ずつ。加えて旧 盤同様にラ・プティット・バンドの合唱と書いてあります。時代の流れで最近になるほど分厚い合唱ではなくなり、すっきりと小人数で揃えて行くというのが主 流に なっているようです。 演奏は旧盤の解釈と変わらないと大雑 把に書きましたが、一つひとつ山を盛り上げて丁寧に、また音を弾ませる BWV 225 の一曲目ような楽曲では、リズムもかっちりと区切って刻んで行きます。スローな部分では大変落ち着きがあり、テンポ強弱ともに一定に歌って行きます。BWV 227 の出だしなどでは語尾は結構滑らかに延ばしてやわらかくつなげますが、やはりゆったりとしていて誠実に、確実に音にして行きます。二曲目の少し速くやられ るこ とが多い部分も急ぎません。弦の伴奏がよく響き、アクセントになって心地良いです。 よく噛むと良さが分かるというのか、じっくり心を落ち着けてこのスピー ドに合わせて聞くと味わいがあると思います。鈴木盤の気合の入った正確な真面目さではなく、クリード盤やガーディナー新盤よりもったりと実直で、やはり多 少ヤーコプス盤に似た波長の真面目な感じだと言えばいいでしょうか。 2003年の録音はバラン スが取れていて大変良いです。弦の古楽器らしい倍音もきっちりと細身な印象でよく出ており、繊細さがあります。BWV 230 はクイケンが偽作と疑っており、旧盤には収録していたものの、ここではカットされています。 Bach Motets BWV 225-230 Peter Dijkstra Netherlands Chamber Choir ♥♥ バッハ / モテット集 BWV 225〜230 ペーター・ダイクストラ / オランダ室内合唱団 ♥♥ 実に見事な演奏で、これもこの曲一番のパフォーマンスだとしたい一枚です。1978年生ま れのオランダの合唱指揮者、ペーター・ダイクストラは俊英と言われているようで、元々合唱団で歌っていた人であり、現在は合唱指導の手腕を買われてあちこ ちの合唱団で指揮をしています。今回のこのオランダ室内合唱団は1937年に設立された伝統ある団体です。その後に出てきたペーデシェン盤やピション盤と 比べたくなるような、透明さの中に力を感じさせるような種類であり、鮮度と感度の高いパフォーマンスを聞かせます。それでいてどこかに癖があるようなもの ではな く、純粋でニュートラルな感じがします。 ちょっと特徴的と言えば言えるのは、 ハモりがきれいに聞こえるようにするためか、作為は全く感じないものの所々音符通りに急がず、敢えて歩調を緩めるような工夫を加えてよく歌わせているとこ ろです。きれいに響く仕方を心得ている感じです。それともピッチを合わせているのでしょうか。それと後は、持ち上げておいてふっと切って短い間を取るよう な表現上の呼吸が時折見られることぐらいでしょう。わざわざ切れ良くやってみせるものではなく、また静かな運びの部分では、弱音でことさら滑らかにするだ とか、あるいはぐっと弱め遅くするなどという意図もありません。各声部が際立つ演奏です。オルガンはしっかり響き、ガンバのような弦も加わります。 それとダイクストラの場合、レーベル が著作権意識の強いソニーが多く、またこれなどは多少マイナーなところがあるチャンネル・クラシックスから出ているということもあって、ウェブ上ではあま りお目にかかる機会の多くない人という、幾分残念な印象もあります。 曲順は番号の若い方から並んでいま す。BWV 225 は軽く力を抜きつつ抑揚のある出だしです。やわらかさも感じます。特に変わってはいませんが、大変きれいです。力んで切れ過ぎたりはせず、べたっと平面的 にもなりません。適度な残響が美しい二曲目ではテンポは落としません。 BWV 227 は中庸な運びですが昔の古楽奏法のようにはせず、よく音を延ばして落ち着きがあります。大変透明で澄んでいる印象です。静かなところに差し掛かったからと いってテンポを落としたりはせず、また力強い部分で力を入れ過ぎもせず、音の最も美しく響くところを使うという感じです。テンポを落とさないといっても落 ち着き はあります。遅く弱め過ぎない静謐さがあるのです。全体には柔軟な運びと言えるでしょう。ニュートラルという意味ではクリード盤と近いところもあります が、生真 面目に押し続ける単調さがなく、若くして合唱のやり手と言われる意味が少し分かる気がします。 2007年チャンネル・クラシックスの録音です。透明な音響が大変きれいで、高い方の倍音が目立ち過ぎず、良く出ています。 全体に溶け合って繊細な音です。 Bach Motets BWV 225-230 Edward Higginbottom Choir of New College Oxford ♥ バッハ / モテット集 BWV 225〜230 エドワード・ヒギンボトム / オックスフォード・ニュー・カレッジ合唱団 ♥ オックスフォード・ニュー・カレッジ 合唱団は1379年という、イギリスで最も古く創設された合唱団の一つです。16人ほどの少年と14人の男性から成る男声コーラスです。そのオックス フォー ド・ニュー・カレッジで長らくオルガン奏者を務めていた1946年生まれの指揮者、エドワード・ヒギンボトムの下でこの合唱団の芳醇な声は評判を得、賞に も輝きました。 伝統的な音です。古楽ムーブメントな どなかったかのようです。フレーズを切らずにつなげて行く唱法は古くからのもので、トーマス教会聖歌隊などでも形は違えど同じように続いて来ました。しか しこちらは現代の録音で、少年の不安定さはあまり感じさせず、大変上手です。テンポはゆったりでリズムは穏やかなので、ややもったりと聞こえるかもしれ ま せんが、残響の長い会場のせいもあって溶け合います。トーマス教会の50年代の演奏より表現ももう少し現代的でしょうか。かといってあそこの卒業生たちに よるアマル コルドほどモダンでは全然なく、その中間ほども行かないけれども、古くささは全く感じさせません。なんか、昔のミシェル・コルボの指揮した教会音楽を聞い て いるかのようにゆったりと静かで、音を延ばして歌って行く美しさがあります。人数は少なくない合唱なのでモダンな演奏 と比べれば多少がやついているように聞こえるかもしれませんが、これはこれで大変魅力があります。表現のあり方はどの曲でも同じ傾向です。少年合唱が好き で、昔ながらの合唱の響きで洗練されたものをお探しなら、正にこれだと思います。 2008年の録音で、レーベルはノー ヴムです。ニュー・カレッジ・チャペルの残響の豊かな美しい音です。 Bach Motets BWV 225-230 Masaaki Suzuki Bach Collegium Japan バッハ / モテット集 BWV 225〜230 鈴木雅明 / バッハ・コレギウム・ジャパン カンタータ全集を完成するという偉業 を成し遂げた鈴木雅明のモテット集です。癖がなく、ニュートラルで見事な演奏だと思います。ニュートラルという表現は何度か使ったのですが、ここでは音符 を丁寧に音 にして行くという意味での中庸さの感覚です。ガーディナーの新盤より軽く切って行く感じは少なく、より真面目な印象です。 BWV 225 の頭は適度に弾ませていて、前述の通りガーディナーほど軽快ではないけれども必要にして十分な切れです。音符の一つひとつの音価と強さが平等で、オンな方 によく揃っているような感じがあり、それが物事を大事に丁寧に扱っている感覚と同時に、独特の真面目さにつながるのだと思います。音が言葉ごとに粒立ち、 リズム ははっきりしていて滑らかに流れるようなものではありません。生真面目という言い方だと良い意味にならないかもしれませんが、ガーディナーの新盤やクリー ド盤よ りさらに折り目正しい感じがあります。特にやわらかくスムーズにやるという方向ではなく、軽く抜くわけでもなく、くっきりと音を保ったまま緊張を維持して ずっと続いて行く印象です。速い楽章ではそれが元気の良さにつながり、静かな楽章では秘めたところがなく隅々にまで光が当たって平明です。 BWV 227 でも傾向は同じで、一音ずつしっかり鳴らして行きます。静かなところも案外くっきりと、力強くやります。カンタータなど、他の曲においては録音会場の響き の良さも手伝い、常に静かで美しく、どこか奥ゆかしくもゆったりと歌わせて行く印象でしたが、この曲のように合唱だけになるとちょっと違うみたいです。実 力 を見せようという気負いがあるわけでもないのでしょうが、気合は入ってるなという印象で、テンポもトータルでは決して速くはない一方、逆にゆったりにも感 じません。これは評価ではなくて全くの個人的好みの問題ですが、ガーディナーもそうながら、もう少したわみがあって秘めた美しさに寄っていることを期待し て いたというのが本音です。続けて長く聞いていると特にそういう思いが強くなります。でも合唱そのものに関心のある方には完全無欠でしょう。どこに も隙がありません。 2009年録音の BIS です。大変良い録音です。 Bach Motets BWV 225-230 Nicol Matt Chamber Choir of Europe ♥ European Chamber Soloists バッハ / モテット集 BWV 225〜230 ニコル・マット / ヨーロッパ室内合唱団 ♥ ヨーロッパ・チェンバー・ソロイス ツ こちらは廉価版のブリリアントから出 ているものです。ヨーロッパ室内合唱団は1997年にドイツ、リューベックで結成されたノルディック室内合唱団が名前を変えたもので、ニコル・マットが指 揮者になって以来賞も取り、有名になって来たようです。オフィスはブリュッセルとマンハイムにあり、15カ国からメンバーを集めているということで す。ニコル・マットは1970年生まれのドイツの合唱指揮者です。 2009年の録音だけれども、古楽奏 法運動の洗礼をあまり受けずに伝統的な合唱スタイルでやっているかに聞こえる演奏です。バッハがカントールだったトーマス教会聖歌隊盤のゆったりな運びを より洗練させた現代の演奏で、少年合唱でなくなったものという感じもしないではないからです。まあ、そういう言い方もどうかというところはあり、 ヒリヤード・アンサンブル盤やクイケン盤、ヤーコプス盤などに似たところのある一歩ずつの着実な運びだとも言えるでしょう。でもそのせいで、あのピ リオド奏法的な方向性を良く思わないで来た方には朗報かもしれません。自然です。オーソドックスです。 揃っているけど分厚い混声合唱、上手 なソロのパート、おだやかで折り目正しいたたずまい、ああ合唱曲を聞いたなという感じになります。テンポはゆったりめで、角張り過ぎず切れ過ぎず、滑らか 過ぎず静かになり過ぎずの抑揚。中庸な穏やかさをどの瞬間も保っています。人数は多そうですがアンサンブルはぶれません。どこを聞いても安心していられま す。中心となる曲である BWV 227 では滑らかにフレーズを延ばしてつなげる柔軟さも聞かせます。そして間があり、落ち着いています。少し変わってるなと驚いたのは四曲目の終わりから次へ行 くとこ ろの間が、曲が終わったかと思うほど長かったことぐらいです。トラックの切り方でしょうか。あるいは他にも思い切ってスローダウンするところもあります から、表現手段なのかもしれません。特にこの曲は落ち着きと透明感を保ってじっくり歌い込まれ、いいです。自分の好みよりはかなり重厚ですが、この 227 が良いの は大事なことなので♡としました。 音響としては少しライブで、中低音の 反響が厚めです。落ち着きがあって高い方も自然によく伸びており、極めて良好な録音です。 Bach Motets BWV 225-230 Peter Kooy Sette Voci Hana Blažíková (s) Zsuzsi Tóth (s) Damien Guillon (c-t) Robin Blaze (c-t) Chris Watson (t) Satoshi Misukoshi (t) Dominik Wörner (b) Jelle Draijer (b) バッハ / モテット集 BWV 225〜230 ペーター・コーイ / セッテ・ヴォーチ ハナ・ブラシコヴァ(ソプラノ)/ ズージ・トート(ソプラノ) ダミアン・ギオン(カウンター・テ ノー ル) ロビン・ブレイズ(カウンター・テ ノー ル) クリス・ワトソン(テノール)/ サトシ・ミスコシ(テノール) ドミニク・ヴェルナー(バス)/ イェッレ・ドライェル(バス) 派手なことはせず、落ち着いて歌う上 品で深みのある声のオランダのバス、ペーター・コーイは鈴木盤やヘレヴェッヘ盤のカンタータなどで大活躍して来ており、縁の下の力持ちというか、クレジッ トにこの名前があると安心していられるという1954年生まれの名歌手です(綴りは国際的には kooy、正確には kooij のようです)。五十五歳だったそのコーイが歌わず、指揮をしているのがこのアルバムです。OVPP(1パート一人の最小限の合唱)で、メンバーにはソプラ ノのハナ・ブラ シコヴァ、カウンター・テナーのロビン・ブレイズなどがいます。ジャケットの写真はバッハがいたライプツィヒのトーマス教会の天井です。 演奏の方も指揮しているコーイの人柄 が表れたというのか、ゆったりしたテンポで一つひとつのフレーズを丁寧に歌って行く誠実な感じのするものです。気負いがなく、個々の歌手がことさら個性を 見せようとする風でもなく、鋭く切れるフレージングでアンサンブルが揃ってることを分からせる努力をするでもなく、力が抜けています。滑らかに、そっとや わらかく静かにやろうというわけでもありません。人数は違うけれども、比べるならヤーコプス盤やクイケン盤に似た運びとも言えるでしょうか。そういう 波長の OVPP 演奏だというのがこの盤の特徴かと思います。そんな組み合わせはなかなかないことかもしれません。その上で少人数ゆえの透明度があります。曲のありのまま の 姿をじっくり聞きたい方にはもってこいでしょう。 2009年の録音でレーベルは 2004年発足のベルギーのラメーです。少なめの残響で各声部が見渡せます。 Bach Motets BWV 225-230 Marcus Creed Vocalconsort Berlin ♥ バッハ / モテット集 BWV 225〜230 マーカス・クリード / ボーカルコンソート・ベルリン ♥ ボーカルコンソート・ベルリンは 2003年に結成された比較的新しい合唱団で、指揮をしているマーカス・クリードはその創設者というわけではなく、1951年生まれのイギリスの指揮者で す。 ニュートラルな美しさに満ちた演奏で す。OVPP のユングヘーネル盤を最小限の人数で表現したこの曲の雛形のように言いましたが、こちらも少人数ながら一部の隙もない合唱形式で同じことを実現していると 言えるかもしれません。多少違うところがあるとするなら、このクリード盤はユングヘーネル盤のカントゥス・ケルンの演奏と比べ、やわらかな弱音の処理はあ りながらもしなやかな流動性というよりは、一つひとつ節をこなして行くような生真面目さが多少顕著かもしれません。そういう意味ではガーディナーの新盤に も似た印象もあります。もう少しゆったりで隙間のある部分も存在する気はするのですが。いずれにしても大変揃った見事なアンサンブルです。 BWV 225 はアルバムの一番最後に来ていますが、適度に活気があり、弾んで始まります。軽さというよりも弾力というべきでしょうか。力強さも感じさせますが、角はや わらかく、きつくはなりません。切れ良く鮮烈という波長ではないものの大変揃っています。かといってベルニウス盤のようにソ フトに潜らせる表現に寄っているわけでもありません。テンポは中庸やや速めとややゆったりめを使い分けます。それぞれは一定に進む感覚があり、伸 び縮みはせず、静かなパートに来るとゆったりに切り替わるという感じです。そういうところでも強弱の波は付けず、透明に形を保って進めます。音符をパー フェクトに音にして行くものであり、落ち着きがあるというのか、力みはありません。 BWV 227 も真っ直ぐで素直な、完璧な表現です。やはり伸び縮みや強弱の波をつけるものではなく、クリアでありのままであり、技巧を見せるような切れや気負いはない ようです。 2010年収録のハルモニア・ムン ディです。大変美しい音響で、残響は十分ありますが多過ぎはしません。 Bach Motets BWV 225-230 Voces8 バッハ / モテット集 BWV 225〜230 ヴォーチェス8 イギリスの新進気鋭の若手ボーカ ル・グループ、ヴォーチェス・エイトです。エルガーの「ニムロッド」やバーバーの弦楽のためのアダージョを歌にした「アニュス・デイ」、北アイルランド民 謡の「カリフェルガス」や映画「ロード・オブ・ザ・リング」のエンヤの持ち歌、「メイ・イット・ビー」などを大変美しく歌っているのですでにご紹介してい ました(「ニムロッドと弦 楽のためのアダージョ」)。 今回のこのモテット集はまたそれらと は違った印象でした。アマルコルドの演奏も大変速い展開でしたが、このヴォーチェス8のモテットも最も速いテンポで進むものの一つです。軽々と弾み、くっ きりと声を揃え、技術の極致を見せるかのようです。アンサンブルの巧さが引き立つ運びを選んだのでしょう。最初に来る BWV 225 で圧倒されます。 この人たちは一人ひとりの声が等質に 溶け合いながらも独立して響きます。他の録音ではよく聞かれる特徴的な部分は、バスの倍音が独特にビリビリと響く快感があり、その男声と女声が対等に張り 合い つつ合わさることで独特のハモりというか、干渉して震える別の音が鳴ってるかと思うほど純粋な音響を聞かせるところです。洗練されたア・カペラのグループ は古くから色々ありましたが、クリアさ、上手さを感じさせるという意味ではこの人たちは最も目立っていると言えるでしょう。 このモテットでは器楽の伴奏は入りま す。ただ、アクセントによって陰影もついて良いですが、自分の好みはやわらかなリラックス系なのでここでは方向が真逆であり、やや落ち着かない気もしまし た。 静かな二曲目も速めのテンポでさらっと行きます。こういうのは個人の好みですから、アマルコルドなどが好きな方にはこれも大変お薦めの一枚ということにな ります。 BWV 227 も所々で短く切り上げるリズムでアクセントを付け、速いテンポで運びます。アンサンブルは完璧でしょう。少人数のグループでは最も揃っていることに感銘を 受ける一 枚です。純化された最高にクールな、巧い人たちという印象です。意欲作です。 2010年の録音で、レーベルはシグ ナム・クラシックスです。上手なこの演奏を一切スポイルすることのない、クリアな音です。 Bach Motets BWV 225-230 Gary Graden St. Jacob's Chamber Choir ♥♥ Rebaroque (Stockholm Baroque Orchestra) バッハ / モテット集 BWV 225〜230 ゲーリー・グレイデン / 聖ヤコブ室内合唱団 ♥♥ リバロック(ストックホルム・バ ロッ ク・オーケストラ) アメリカの合唱指揮者、ゲーリー・グ レイデンがスウェーデン、ストックホルムの聖ヤコブ室内合唱団を指揮した一枚です。合唱団のホームページに設立年度の記載はありませんが、器楽伴奏は 1998年創設のスウェーデンのバロック・アンサンブルが担います。 大変弾む、躍動感のある演奏です。ア ゴーギク(テンポの変化)は少なめで、一定のリズムで押しが強いせいでうるさく感じるようなところは一切なく、スタッカートを用いて過度に歯切れ良く見せ てる風もないけれどもきりっとした輪郭で、確固とした力を感じさせます。アンサンブルは非常に揃っています。伴奏の弦の音が縁取るようによく目立つのも一 つの特徴かと思います。 BWV 225 はこの演奏の特徴がよく分かりますが、最初からかなり弾ませる運びです。低音の弾力のある音もその活気あるリズムを強調する方向です。多少劇的な感じも あってカンタータを聞いているようであり、乗りが良くて気持ちがいいです。二曲目も厚いオーケストラに支えられ、静かというよりもよく響くなという感じ で、 ソロが浮き立ちます。か細く繊細というのとはまた違ったよく響く声のソプラノが目立ち、ビブラートをかけるわけではないけれども多少オペラのように朗々と 歌います。遅いパートだからとテンポをぐっと緩めるような表現ではありません。穏やかに淡々と進めます。マックス盤にも多少似た運びながら、もう少し劇的 で弾むでしょうか。かといって昔の古楽アプローチ然としたリズムはありません。その意味では自然でニュートラルです。 BWV 227 も適度に軽快なテンポで流します。力は入れ過ぎず、さらっとしています。やはり管弦楽の縁取りが目立ち、低音弦と細く浮き立つ高音弦がよく聞こえます。二 曲目も弾みがありますが、力みはありません。静かな部分ではやさしくやわらかい、丸みのある声で合わせ、よくハモっています。高音部の残響が大変きれいで す。ただ しテンポは落とさず、清らかに進行します。その静けさに対して強い音が出ると、幾分ドラマティックな印象です。 2010〜11年の録音で、レーベル はスウェーデンのプロプリウスです。残響が長いのがよく分かります。やや低音に寄った重心の低い音響で、中低音が響き、弾力と重みが感じられますが、その 分バランス良く上も伸びており、弦の倍音が繊細にはっきりと前に出ます。くっきりとした透明感があり、大変良い録音です。 Bach Motets BWV 225-230 John Eliot Gardiner Monteverdi Choir バッハ / モテット集 BWV 225〜230 ジョン・エリオット・ガーディナー / モンテヴェルディ合唱団 Bach Motets BWV 225-230 John Eliot Gardiner Monteverdi Choir ♥ バッハ / モテット集 BWV 225〜230 ジョン・エリオット・ガーディナー / モンテヴェルディ合唱団 ♥ ガーディナーは二度録音しています。 歌っているモンテヴェルディ合唱団は彼が1964年に結成した団体です。写真上の旧盤は1980年のエラートの録音でした。そちらには慰めの静かな流れが 美しく、モテットともカンタータとも言われる葬儀用の BWV 118 やカンタータの50番など、中心的な六曲のモテット以外の曲も含まれています。時代もあるのでしょう、聞くといかにも混声だなという感じで合唱人数が多く 感じられますが、運びは遅めのテンポで落ち着いており、短く弾ませる音の処理もあるけれども歯切れ良さを追求したという感じではありません。一つひとつ丁 寧に、完璧に歌ったという印象で、新盤より高く評価する人もいます。静かなパートでのゆったりした感覚が独特で、古楽の楽団らしいイントネーションという よりは、もっと前のマナーに近い感じも残っています。 一方で下の新盤の方は2011年の SDG で、綱渡りのジャケットです。綱渡りのように難しい合唱曲だからか、あるいは見事なバランスでその難曲をこなしているという歌唱を象徴しているのでしょう か。切れの良い演奏です。ガーディナーはいつも面白いカバー写真で楽しませてくれます。数多くの録音を残し、上手なことで定評がある合唱団であり、その演 奏はアンサンブルがとにかく透明で統制が取れています。滑らかなスラーで山を作ってつなげて行くというよりも、スタッカートも用いてよく区切るところがあ り、それが揃った上手さを聞かせるポイントでもあると思います。決して重く粘る方には行かず、旧盤よりくっきりとして軽やかな印象です。そういう意味では マナーとしてはより古楽演奏らしいというのでしょうか。いい意味で今の流れに乗っています。人数も旧盤より少なく聞こえます。一方でぐっと抑えた弱音の美 しさ も魅力であり、中間色のやわらかな表情が波のように変化するという種類ではなくて明暗がはっきりしてる方向ではありますが、ディナーミクもしっかりありま す。 BWV 225 の出だしなど、軽やかに弾んで美しいもので、絶品だと思います。二曲目はゆったりになり、静かで落ち着いています。古楽のマナーといっても間は十分にとり ます。BWV 227 は滑らかながらも荘厳さも感じさせる力のあるもので、二曲目は思い切って弾ませて間を空け、きりっと雄々しく行きます。 総合的に見ると、例えば BWV 228 などの繰り返し部分などで顕著ですが、技術が光るようにかっきりとオンに続けるところがあります。強弱の工夫など思い切ったメリハリもあるものの、どちら かというと情感的には淡白であり、形がしっかりしているというのか、どこか生真面目さのある演奏という感じもします。残響が少なめということもそうしたク リーンで高潔な印象を強めているのかもしれません。 Bach Motets BWV 225-230 Philippe Herreweghe Collegium Vocale Gent La Chapelle Royale ♥♥ Agnès Mellon (s) Greta De Reyghere (s) Vincent Darras (c-t) Howard Crook (t) Peter Kooy (bs) バッハ / モテット集 BWV 225〜230 フィリップ・ヘレヴェッヘ / コレギウム・ヴォカーレ・ゲント ♥♥ シャペル・ロワイヤル / アニェス・メロン(ソプラノ) グレタ・ド・レイゲール(ソプラ ノ)/ ヴァンサン・ダーラ(カウンター・テナー) ハワード・クルック(テノール)/ ペー ター・コーイ(バス) ヘレヴェッヘの1985年の旧録音で す。ソプラノのソロ・ボーカリストにアニェス・メロンが入っています。この旧盤は時期的にはデジタルになって割とすぐの頃ですが、数ある録音の中でも一 番の一つと言ってよいほど大変魅力的です。この頃にこの歌い方というのは、大変個性的でもあったのだろうと思います。ガーディナー、ヒリヤード・アンサン ブル、ベルニウス、クイケンらは皆どちらかというと新録音の方が良かったと思ったのですが、このヘレヴェッヘについては新しい方も大変優れた演奏だけれど も、個人的には旧盤が好みです。注目の BWV 227 は OVPP(各パート一人のボーカル)のようです。そういう意味ではユングヘーネル盤と、また、同じように好みであるベルニウス新盤やダイクストラ盤とも比 べてみたくなります。 全体にゆったりめのテンポ設定で、一 続きのフレーズの終わりの長音などをやや引きずるようにレガートで延ばして弛ませるような運びも聞かれ、したがって物腰がやわらかくて少し粘るようなス ムーズさがあります。残響もそれに加勢しています。三十代(38)という時期からかどうかはともかく、比べれば多少ロマンティックな若さによって歌わせる よう な、つまり叙情的な感じがします。六十代(64)になって入れた新盤の方はそういう情緒というよりも、もっとニュートラルな印象です。しかし旧盤はそこが 大変美しいわけです。ベルニウスの新盤と比べると、ベルニウスの方がよりやわらかくそっとやる感じでしょうか。テンポはヘレヴェッヘの方が遅めです。粘り があるといってもフレーズはしっかりと揃っていて切れが悪いわけではないですが、リズムにやや重みがあります。反対に表現の上で間をしっかり取って切ると ころもあります。フレーズ一山ごとに独立させてしっかり歌って行く感じと言うべきでしょうか。トータルでは滑らかで磨かれた印象になります。ベルニウスの ように全体に静かに歌う感じでもないながら、力の抜き方がきれいです。 BWV 225 の出だしは適度に弾ませて区切りますが、流れを阻害するほどではありません。新盤より音の間一つずつを区切る感じはややあるでしょうか。でもガーディナー 盤ほどくっきりさせない滑らかな感触があります。テンポも新盤より若干ゆったりの方に寄っています。静かな部分では明るさが感じられます。 BWV 227 は落ち着いていて、やはりフレーズが滑らかにつながるやさしさに満ちています。抑え過ぎないけれどもその静けさがきれいです。二曲目でも新盤同様、歯切れ 良くやり過ぎたりしません。 ハルモニア・ムンディの録音は大変優 秀で、高い方の倍音が繊細に伸びていてきれいです。数ある録音の中でも大変良い部類に入ります。新盤の方はこれにくらべると高域の細やかさは後退し、 ニュートラルで反響成分は多少抑えられ、幾分オフでこぢんまりと近い感じになります。別の言い方をすれば音のやわらかさという点では新盤の方が感じられる かもしれません。どちらも良い録音ですが、自分が心地良かったのは旧の方でした。 Bach Motets BWV 225-230 Philippe Herreweghe Collegium Vocale Gent ♥ Dorothee Mields (s) Alex Potter (c-t) Thomas Hobbs (t) Peter Kooy (bs) バッハ / モテット集 BWV 225〜230 フィリップ・ヘレヴェッヘ / コレギウム・ヴォカーレ・ゲント ♥ ドロシー・ミールズ(ソプラノ)/ アレックス・ポッター(カウンター・テナー) トーマス・ホッブズ(テノール)/ ペー ター・コーイ(バス) ベルギーの古楽と合唱の名手、ヘレ ヴェッヘの新盤です。力みの抜けた名演だと思います。すでに旧盤のところで触れてしまいましたが、この指揮者と楽団は古楽の担い手としてはあまり古楽奏法 的なマナーで語尾を切り上げたりテンポを速めたりせず、滑らかな歌を聞かせる人たちという認識でした。この新盤もそういう意味では何ら変わりなく、エキセ ントリックなところはなく、ピュアな印象です。ただ、旧盤よりもよりすっきりとテンポは速めになり、ロマンティックな語尾のやわらかさ、長さは多少抑えら れているように感じます。そのため、イギリスの同業者であるガーディナーの方に少しだけ近づいた感じがします。爽やかな軽さが増して、思い込みや思い入れ の部分がすっきりと抜け落ち、熱くはなくある種淡々としているというのか、落ち着きがあります。大人になったというべきでしょうか。余計なものがないモ テットで、文句のつけようのないレベルの高い演奏です。 2011年の録音でレーベルはこの人 の自主レーベル、フィーです。録音バランスは前述の通りですが、切れ過ぎもこもり過ぎもなく、大変純粋でニュートラルです。合唱そのものの美しさが堪能で きます。 Bach Motets BWV 225-230 Frieder Bernius Kammerchor Stuttgart ♥♥ Christoph Roos (org) Hartwig Groth バッハ / モテット集 BWV 225〜230 フリーダー・ベルニウス / シュトゥットガルト室内合唱団 ♥♥ クリストフ・ロース(オルガン)/ ハルトヴィヒ・グロス(ヴァイオリン) ダイクストラも見事だけど、数あるこの曲集の演奏の中でもこれは最も気に入ったものと言える一枚であり、そういう意味では♡♡♡を付けたいぐらいです。フリーダー・ベルニウスは1947年生まれのドイツの合唱指揮 者で68年にシュトゥットガルト室内合唱団を結成しました。このページでは1999年のバイヤー版モーツァルトのレクイエムなどは実に見事なのに記事を書いたときは完全に見落としていましたし、同じバッハの復活祭オラトリオでは合唱よりもソプラノや器楽に目の行った書き方をしてました。オーケストラも独唱も加 わった大きなもの、マタイ受難曲やロ短調ミサ、ミサ・ソレムニスやモーツァルトの大ミサなどにも意欲的に取り組んでいるのでぜひ聞いていただきたいですが、案外この曲集のように合唱そのものが聞ける作品で光るということもあるのかもしれません。 モテット集の録音は上にジャケットを 掲げたものの前に、1989年にソニーから旧盤が出ていました。指揮者のこの曲へのアプローチはほぼ同じなのでしょうけれども、音響的には少し人数が多く 感じられるセッティングで低音寄りのバランスであり、こちらの新盤の方がよりデリケートな感触で静けさと間があるように思えますし、一人ひとりの声がよく 引き立ち、透明感も増して雑味なく聞こえるような気がしました。 穏やかです。この演奏のポイントは大 変自然であり、やさしいところです。歯切れ良く揃っていることを第一義的な評価軸にしている方向き ではないでしょう。落ち着きがあり、残響が美しくてデリケートです。同時に軽やかさも感じられます。こうした「柔」な 方の演奏としてはヘレヴェッへ旧盤のゆったり滑らかに磨かれたマナーも好きですが、こちらはレガートでつなぐというよりも、そっとやわらかく当たるところ が独特です。スパッと切って立ち上がり立ち下がりの良さを見せる技巧派のようなことはしません。 より具体的な表現の話ですが、表情の 付け方は細や かです。それは思い切ってスポット的に弱めたりするのではなく、弱音は羽のように繊細ながら、そこから強いところまでの間に無段階の強弱が付いて、寄せて は返す波のような呼吸があります。中間色が豊かな演奏と言えるでしょう。このモテット集にはメリスマや繰り返しの点で好みでない曲もあると書きました。で もこのベルニウス盤の 運びではあまり気にならず、力で押さないのでそこもきれいに聞こえたりして驚きます。 始まりの BWV 225 はテンポは軽快な方で、適度に軽さがあります。弾ませているのですが、残響の働きも加わって滑らかでもあります。ソプラノのパートが大変きれいに響きま す。声の重なりも音響としてスムーズです。一曲目後半でメリスマの背景が続くところでも強弱を適度に付けることで平板にならず、うるさくありません。二曲 目の静かなパートでは特に遅くはしませんが、やわらかく溶け合います。古楽っぽくフレーズを細かく切って行く癖がなく、ほどよく速めなので滑らかにつな がって行くのです。 11の楽章がある BWV 227、Jesu, meine Freude ですが、これほどやさしい出だしは滅多にないでしょう。静かながら、張り詰めてしんとしたものというよりも、余裕を感じさせる穏やかな静けさです。やはり 抑揚に細かな配慮があり、美しい反響の中で語尾も長く引きます。次の曲の出だしも、他の演奏ではよく劇的に力を込めたりする箇所でありながら角張らず、曲 の美しさの方に焦点を絞る余裕があります。力みが全くなく、ふわっとした生き物のような動きは技巧の上手さというより表現の上手さと言うべきでしょう。も ちろんそれを支える技巧あってのことですが。静かなパートではスローダウンして聞かせる箇所もあります。 レーベルはドイツのカールス、 2012年の録音です。オンマイクで反響成分を抑え、揃ったアンサンブルを見せるのではなく、教会も一つの楽器としてその響きを聞かせる自然な音響です。 きれいな成分の残響がしっかりとあり、多少それが多めかなとも思いますが、かといってもやって見通しが悪くなるほどではありません。 曲順は BWV 225 から 230 まで番号順ですが、最後にバッハ作とも親戚のクリストフ・バッハ作ともされて出版されたことがあり、誰のものか論議のある BWV Anh. 159、「あなたを去らせません」(159番のカンタータとは別の曲)を置いています。イエスに向かって、「祝福をくださるまで行かせません、あなたはわ が父であり、子を見捨てない方であり、この地には慰めがないからです」と歌っています。これがまたこの曲集を締めくくるにふさわしい、心を落ち着ける素晴 らしい効果を現しています。 Bach Motets BWV 225-230 Hermann Max Rheinische Kantorei ♥♥ バッハ / モテット集 BWV 225〜230 ヘルマン・マックス / ライニッシェ・カントライ ♥♥ 真珠湾の年に生まれたドイツの合唱指 揮者で、この CD の収録時に七十一歳というベテランだったヘルマン・マックスは、バッハ一族やヨハン・セバスチャンに先立つ人々を中心としたドイツものの合唱の録音を百ほ ど もこなしてきました。ライニッシェ・カントライは彼が1977年に立ち上げた団体が始まりとなる合唱団で、この録音の時点で35年のキャリアがあります。 ヨー ロッパには実力ある合唱団がいったいいくつあるのでしょう。これはデュッセルドルフとコローニュの中間あたり、名前の通りライン川沿いのドルマーゲンに本 拠を置く合唱団です。 この演奏も大変レベルが高いと思いま す。形を崩さない理想的な運びで、そういう意味では余分なことはしない、伝統の上に成り立った真正のパフォーマンスですが、適度にシャープで爽やかなとこ ろがいいです。鋭過ぎずやわらか過ぎずのニュートラルなものながらテンポは全体にやや軽快な方で、緩やかな楽章でも遅くはしません。飾らない澄んだ響きが 大変魅力的です。 BWV 225 などは適度に弾んで軽さを感じさせ、二曲目の静かなところもテンポを落とさず、力を抜いてクリアに進めます。途中の曲ではスローダウンして盛り上げる工夫 もあります。BWV 227 もゆっくりになり過ぎず、純粋でクリスタルのようです。立体的なクレッシェンドが良く、静かな部分ではよく間を取り、落ち着きと静謐さがあります。四曲目 のソロの目立つところも上手で透明な響きを聞かせ、五曲目では部分的に速度を緩めるような表現も現れます。弱音に抜くところはえも言われぬ美しさです。 ただ、静かではあっても語尾を長く延ばす方ではありません。むしろ軽く切るところが多いです。オルガンの伴奏がよく目立ちますが、弦は聞こえるところ が限られます。 2012年の録音で、レーベルは CPO です。倍音がきれいに響く明るめの音であり、演奏の透明感がよく伝わる優秀な録音です。 Bach Motets BWV 225-230 Wolfgang Katschner Amarcord Lautten Compagney バッハ / モテット集 BWV 225〜230 ウォルフガング・カチュナー / アマルコルド ラウテン・カンパニー トーマス教会聖歌隊の卒業生たち五人 によって1992年にライプツィヒで結成されたアマルコルドによる演奏です。したがって必然的に男声のみで OVPP(各パート一人の合唱)になります。伴奏をしているのは1984年発足のベルリンの楽団で、指揮をしているのは1961年ドイツ生まれのリュート 奏者にしてその楽団の指揮者、ウォルフガング・カチュナーです。 大変速めのテンポで少ない人数の、颯 爽とした活気溢れる演奏です。フレーズを短めに切り、さくさくと上手に進めて行きます。弾みと切れで最右翼と言えます。BWV 225 ではトランペットが飛び出し、途中器楽だけの間奏部分が入るなど、まるでカンタータを聞いているようです。楽しい雰囲気があります。二曲目もホーンとスト リングスの前奏が入り、まるで別物です。大変速めとはいっても力の抜けた声で音程は安定しています。その雰囲気はどこかに残しながらも、トーマス教会出身 だからといって子 供のようでは全くありません。選り抜きの人材で洗練させた現代のトーマス教会聖歌隊という感じです。案外バッハの時代もこんな波長だった、などということ もあ るのでしょうか。静かな楽章でも弱めてロマンティックな靄の中に入るようなところは全くありません。 BWV 227 については出だしはそこまで速くはなく、軽快ながら落ち着きがあります。切れの方にもリラックスの方にも傾かず、少人数の透明さを維持して淡々と行きま す。間はよく切っているので昔の伝統的な歌い方ではありません。これも古楽ブームの荒波を乗り越えた聖歌隊の精鋭部隊といったところでしょうか。 途中からはやはりテンポが上がって来ます。さらっとしていて相当速く流すところもあります。四曲目の静かなソロのはもりは軽やかで美しいです。 トータルでは他に ない爽やかさが味わえるという意味で無二の存在であり、これこそが一番気持ち良いと感じる方もおられると思います。古楽の嫌みがなく、フレッシュで目から 鱗のパフォーマンスです。 2012年録音のドイツ・ハルモニ ア・ムンディです。ボーカルだけの部分は人数が少なくて澄んだ歌曲のように響き、魅力的な録音です。 Bach Motets BWV 225-230 Grete Pedersen Norwegian Soloists’ Choir ♥♥ Ensemble Allegria バッハ / モテット集 BWV 225〜230 グレーテ・ペーデシェン / ノルウェー・ソリスト合唱団 ♥♥ アンサンブル・アレグリア ノルウェイジャン・ソロイスツ合唱団 と英語表記されているのは1950年創設の合唱団で、大変レベルが高いようです。ノルウェーの女性指揮者、グレーテ・ペーデシェンはそこの音楽監督を 1990年から務めています。女性なので生年は出てないし、詳しい経歴は分かりませんが、ノルウェーものを中心に現代曲もこなし、特にこのモテット集は批 評家からの評判が良かったということです。ジャケットの写真はイタリアのトスカナ地方にある港町、リヴォルノの海岸テラスでしょうか。印象的です。 これは魅力的な演奏で、間違いなくベスト・チョイスの一つだと感じます。個人的には やわらかくて静かなのが好きですが、必ずしもそういう方向ではないものの魅了されました。詳しいコメントはできないけれども技術的にも大変高いのではない でしょうか。歯切れ良くするところではきりっとしてメリハリがあり、乱れがなくて透明感がすごいです。そして何よりも立体感のある演奏だと思いました。輪 郭が立ってコントラストが取れ、鮮度が高い印象です。似たところもあるピション盤をモンテヴェルディ的と言いましたが、ケレン味がなく、華やかで劇的とい うわけではない部分が違うけど、BWV 225 の出だしをはじめとして、こちらも切れと馬力があるところは少しそんな感じに響く箇所があります。それでいてやわらかいところは静かにゆったり歌い、力を 込めない部分は得も言われぬ繊細さ。トータルでは、明晰であっても自然な演奏だと言えます。それを北欧的とか女性的とか言うのは後からの説明的解釈に過ぎ ないとは思 いますが、ちょっとそんな形容も浮かびました。 BIS 2015〜17年の録音で、音は大変良いです。上の方まですっきり伸びて透明感があり、高域の倍音が繊細に響きます。弦が加わっている部分の音がきれい に合わさってよく聞こえます。カンタータのページでも触れた葬儀用の慰めに満ちた美しい流れの曲、それこそ葬儀場に流しておいて最適と言えるような BWV 118(モテットにも数えられます)が入っているのもいいです。出だしが BWV 229 であり、真ん中に 227、おしまいが 225 という構成なので奇数番のみ聞くという手は使えませんが、数あるモテット集の中でも光っています。 Bach Motets BWV 225-229 Howard Arman Choir des Bayerischen Rundfunks バッハ / モテット集 BWV 225〜229 ハワード・アーマン / バイエルン放送合唱団 1954年生まれのイギリスの合唱指 揮者、アーマンが音楽監督を務めるミュンヘンのバイエルン放送合唱団による演奏です。1946年の設立で、同じバイエルンの放送交響楽団より数年早い 誕生でした。 やすらぎを覚える大変美しい演奏で す。物腰のやわらかいその運びはこのページで一番好きな一枚とも言ったベルニウス盤と印象が似ています。したがって演奏面で行けば♡♡にするところです が、音響の面から保留にしておきました。決して悪い録音ではないものの、少し反響過多な気もするからです。もう少しオンマイクでホールトーンを抑えた方が 好みというわけです。音像がやや遠く、大変やわらかく響きます。演奏と相まってゆったりとした印象で、雰囲気があるのは良い点です。でも輪郭は少しぼけて いると思います。ホールのアタック・タイムのせいかどうか、ふわっと途中から山が盛り上がるような音にも聞こえます。そしてこれは必ずしも音響のせいばか りではないですが、単独プレーが目立たず、いかにも合唱曲という感じで調和が取れています。メリスマの伴奏部分も切れ目なく埋まるという感じで、ぎざぎざ しません。トータルで音の塊の中にいるような心地良さです。 一方、静かな楽章ではホールトーンも 邪魔をせず、元々の当たりのやわらかい運びによってムードが盛り上がります。気をてらわず、全体に中庸のテンポでやさしく進める演奏だと言えるでしょう。 中心に来る BWV 227 ではやわらかな陰影が付いており、やはりベルニウスによく似た感じがしますが、波打つというよりもよりストレートで鎮静化されているように思います。強弱 を付け てたなびかせたりするところが少ないのです。でもこうした比較は難しいです。 楽団自前のレーベル、BR クラシックスで2017年の録音です。コンディションは上記の通りです。ベルニウスも旧盤はちょっとこれに似た雰囲気がありましたから、バランスが変われ ばまたがらっと印象も変わる可能性があります。 Bach Motets BWV 225-230 Raphaël Pichon Pygmalion ♥♥ バッハ / モテット集 BWV 225〜230 ラファエル・ピション / ピグマリオン ♥♥ これもモテット曲集のベスト・パフォーマンスだと思えた素晴ら しいものです。後発だけど、案外これが一番でしょうか。大変気に入っているベルニウス盤とどっちかな、などと思ってます。演奏しているのはフランス、ボルドーの人たちで、2006年設 立の新しい合唱団であり、器楽も含んでます。さて、「ピグマリオン効果」という教育心理学の言葉があって、先生に期待される生徒は 成績が伸びるというものです。叱られると人間なかなか期待されてるとは思えないものですから、日本のお稽古ごととは反対に褒めて伸ばすという作戦にもつな がって 来るのかもしれません。元々のピグマリオンという名前はギリシャ神話に出てくるキプロスの王様のことですが、自分が彫刻した理想の女性に恋焦がれた結果、 その彫像が本物の人間になってしまうという話です。合唱団のピグマリオンは1984年生まれのフランスの新鋭指揮者にして創立者、ピションに期待され、熟 成されたワインみたいに育ったのでしょうか。 「おいしくなーれ」とコーヒーに話しかけるとおいしく淹れられるんだと元仮面ライダーの役者さんも言ってました。それとも、楽譜がいつの間にか生きいきと した本物の音楽になっちゃうという意味かもしれません。 鮮やかで劇的な演奏です。動的であ り、一方でゆったりと静かなパートでの弱め方も思い切ってデリケートにやっています。全く見事で、圧倒される立体感があります。しかしそれが決してはった りや押しの強さには向かわず、くっきりと際立った美しさにつながっています。同じようなところがペーデシェン 盤にもありますが、あちらの北欧流の自然な透明感と比べると、これも透明ながら、より躍動感が際立つ方に寄っているでしょうか。テンポに変化を付け、 ちょっとモンテヴェルディを聞いているような気分です。 同じことを別の言い方にするとコント ラストが高く、一音たりともないがしろにしないでしっかり音にして行くのだけれども、生真面目で息苦しい感じにはならないとも言えます。音の処理としては 速めの一定速度で畳み掛けるようにはしないことと、ゆったりの部分はしっかり間を空けてゆったり行くことによってそう感じるのかもしれません。ふわっと力 を抜いて語尾を弱め、丸め込むのではなく、そういうパートもきれいに揃った声を真っ直ぐに最後までしっかりと延ばし、その後隙間を入れてほぐして行きま す。清らかで健康的な美があり、爽やかでもあります。同じくダイナミックで切れのよいガーディナーの新盤と比べると、上手さでは並ぶものの、表現の振り幅 が大きいこともあって雰囲気が大分異なります。それと、特にソプラノのパートが鮮度高く縁取るように聞こえるのも特徴といえば特徴かもしれません。同じく 若手と言える ダイクストラ、若手ではないにしても最近注目を浴びているペーデシェン、そしてこのピションの三人がまとめあげるモテットの鮮やかさにはどこか共通したも のが感じられ、新しい合唱の担い手が出て来ているなという印象です。 BWV 225 は最後に持って来てますが、軽い声で弾ませながら始め、速めの軽快なテンポで進めます。そうしておいて二曲目ではスローダウンさせ、これはしっかり遅い方 に入り、じっくりとハモらせて美しい響きを聞かせます。反響の中で溶け合うのを確認しながら合わせて行く感じです。途中から語尾を静かに緩めたり、細かな 陰影を付けたりしていて表情があります。弱めるところはかなりはっきりと弱めています。巧者なのに恣意的な感じはしません。 BWV 227 は最後から二番目に置いており、所々でスタッカート気味にしたりしてリズム感を出しつつ、やはり作為は感じさせずに陰影があります。テンポにもメリハリが あり、間も効かせます。どこも平坦でうるさくはならず、ダイナミックです。トラックの切り方によるのですが、このアルバムでは一曲目と二曲目は続いてお り、通常の三曲目にあたる二曲目、Unter deinen Schirmen ではテンポは落とさず、立体的に盛り上げます。静かな三曲目、Denn das Gesetz も品を作る歌い方がモンテヴェルディのマドリガーレを聞いているようです。ソロたちの自在さが際立っています。四曲目に入って力を入れると、劇的に切れ良 く進んで行きます。因みに二番目に置かれている BWV 229 も劇的な間があってちょっと驚きですが、説得力のある運びです。 2019年録音のハルモニア・ムン ディです。しっかりと残響がありますが、被りません。分厚い低音に支えられ、ペーデシェン盤のように特に高い方は細く前に出る感じはなく、生っぽくありな がらもくっきりと透明な音響です。バランスの良い、大変優秀な録音です。 このアルバムはバッハの BWV 225-230 のモテットを収録していますが、各曲の間にルネサンスの別の作曲家の合唱曲を上手に選んで挟んでいます。これがまた変化を感じさせる見事な効果を発揮して おり、むしろそっち の曲の方がいいぞ、などと言わないでほしいな、というほどです。また曲の運び自体も、ベルニウス盤のようにやわらかくやることによってではなく、ドラマ ティックなまでの起伏をつけることで、下手にやると単調さからだんだんうるさく感じて来るようなパートでも決して飽きさせません。 |