バッハ /6つのオルガン・トリオ・ソナタ
          BWV 525-530


bachorgan

取 り上げる CD10枚: ヴァルヒャ/アラン/シャピュイ/フォーゲル/コープマン/イゾワール/ノードストガ/ヨハンセン/ライヒェルト
/テンペスタ・ディ・マーレ


 大バッハは何で食べていたのか。教会や宮廷にオルガン奏者として次々に雇われて、オルガン曲を作ったり演奏し たりして、です。ですからバッハの有名曲 は、一般には「マタイ受難曲」や「ブランデンブルク協奏曲」かもしれないけど、核の部分はオルガン作品なわけで す。ならば、そのオルガン作品の有名なもの は、と聞かれたら、何だろう。「トッカータとフーガ」ニ短調でしょうか。「チャラリー、鼻から牛乳」、あれです ね。修羅場にかかる効果音としては「運命」 の 最初の動機と並んで以前から人気でした。あるいは、学校の音楽の時間に鑑賞曲としてかかったかもしれない「小 フーガ」も、反復音程の耳に残りやすいメロ ディーの曲なので、それもありでしょう。でなければ、ある時期まではバッハの最後の作品とされ、北壁登攀のよう に恐れられていた「フーガの技法」でしょう か。取り扱い注意の、ちょっと抽象的な曲ですね。そもそもが、この CD 比較のページ自体が「パッサカリアとフーガ」ハ短調を生で聞けたときの演奏がすごかった、という出来事の勢いで 始まったのでした。この件についてはヘンデ ルのオルガン協奏曲のページでも同じ話を繰り返したのですが、たまたまその演奏者の方と往復文通を続けさせても らう機会をもらって、挨拶も兼ねてそのとき のことを何度も褒めた結果、終いには、あなたは私を少しかいかぶり過ぎでは、などと言われてしまいました。 ちょっと恥ずかしい記憶です。褒め方も文化的な 特徴かもしれないけど、感動するとそんな風になりがちなものです。でもあのコンサートはまるで卒業の音楽であ り、この世界からのお別れに際して、頭の中で あれやこれやを分け続ける日常がひび割れ、つかまるもののない世界へと圧倒的な力で砕け散るような体験でした。


 大袈裟ですね。しかし、その「パッサカリアと フーガ」や、先の「トッ カータとフーガ」などは、バッハのオルガン作品の中でも「荘厳系」に属する種類です。それらは、もしかしてやっ ぱり、バッハでしか作り得ない深遠な作品群 かもしれません。それに対してもっと親しみやすいもの、メロディーのしっとり美しい「キレイ系」もあるのです。 その一つとしてコラール集の瞑想的で静かな 曲などを楽しんでおられる方もおられるかとは思います。しかしここでそちらの方面として一番に挙げたいのは、実 はこのトリオ・ソナタ集なのです。果たし て、どっちの側の音楽を好 まれるでしょうか。


楽 曲の評価 
 だからといって「荘厳系」に対して「キレイ 系」が作品として劣っている というわけではありません。聞きやすい旋律線があるからといって、トリオ・ソナタは決して簡単な作品でもありま せん。最初の目的としては、後に オルガニストになるバッハの長男、ヴィルヘルム・フリーデマンのための練習用であり、オルガン技術を完成させる ことが目論まれていたという説があって、弾 くのが難しいのです。曲としての知名度は日本ではさほど高くないのでしょうか、検索してもコメントの絶対数は少 ないようです。しかし古くから LP レコードとしては流通していて、懐かしい話が大昔のわが家にもなぜか、ジャケットが「赤いの」と「黄色いの」の 二枚のレコードがありました。さすがに SP の頃じゃ全然ないですが、ただその色を見て「楽しいの」と「悲しいの」と幼児語で呼んでたぐらいの頃です。なん か、昔から聞いてましたよ、の自慢話みたいですけど。一方で、海外ではずっとバッハの名曲として 高く評価されて来たようで、オンラインの楽曲解説も日本語とはページ数が違います。イタリア形式の三楽章構成 で、すでに申し上げましたように、簡潔な明る さを聞かせる曲集でもありながら、です。傑作ですから対峙して聞くのも もちろんいいですが、休日に続けてかけておくのにもぴったりなのです。


成 り立ち 
 曲の成り立ちの説明ですが、作曲されたのは主 に比較的若い頃、ワイマー ルやケーテン時代だったろうと想像されるものの、トーマス・カントールとしてライプツィヒに来た後の1720年 代の後半になって一つの形にまとめられたも のだと考えられています。つまり、まとめたのは四十代前半でも、作曲したのは二十代ぐらいからだということで す。両時期の作風の違いとしては、カンタータ などでは、叙情的なアリアのメロディーなどが突出しているのは若い頃の作品に多いこともあり、こうした聞きやす いトリオ・ソナタの成り立ちについてもその 線での理解があり得るかもしれません。でも事はそれほど単純でもなく、唯一ライプツィヒ時代に全て書かれた第6 番(BWV 530)が突出して他と違う波長というわけでもなく、静かで大変美しい第1番(BWV 525)の二番目の楽章なども、新しくライプツィヒで書かれているようです。そもそもが、メロディーラインの見 事なヴァイオリンとオーボエのための協奏曲 (二つのチェンバロのための協奏曲)も1730年代後半の円熟期の作とされる一方、先に述べた荘厳なパッサカリ アとフーガなどは、ワイマール時代よりさら に前かもしれないと考えられているのです。バッハの作品は、時代が後になるほどインスピレーションが深まった、 などと単純に言い切れないところが偉大なの だと思います。
 さらにこれ以上細かいこと、「最初のではない 自筆譜の透かし模様による と年代は」といった話にはここでは立ち入れません。ミュージコロジスト(学者)の分野です。

     
オ ルガン演奏に関しての評
 演奏について書くのまた、オルガン曲というの は難物です。ピアノよりも ずっとずっと個々の楽器の違いが大きく、ドイツ、フランス、イタリア、イギリスなどの伝統の違いや製作者の性 格、時代や地方の特色などがあって、これまた それらを熟知しているオルガンの専門家の範疇だからです。ストップで選べるパイプ列によって同じ楽器であっても 別の音も奏でられます。それとは逆に、鍵盤 を強く叩いても、弱く押しても音量は変わらない、ということもあります。音量が違わないのに、なぜこれほどオル ガニストによって運ばれて来る世界が違うの か、という、最初の記事の論点とは全く矛盾するようだけれども、こうした「キレイ系」のオルガン曲は音色とテン ポ、アゴーギクを除けば、案外どれ を聞いてもびっくりするほどは違わず、そこそこ満足できてしまうという側面もあるように感じます。ヴァイオリン やオーボエといった、強弱によって音色が自 在に変化する楽器とは違うわけです。その動かせる方のテンポ、アゴーギクについても、ピリオド奏法に近い癖のあ るものも若干はありますが、案外少なく、他 者との違いを出そうという突飛なものを除けば、皆ほどほどオーソドックスに運んでいるのです。したがって古い時 代の権威の弾き方も、最新録音の若手も、交 互に 比べてもあまり違和感を引き起こしません。古いもの好きの方は古い世代の録音を、そうでない方は新しいのを褒め る、ということに特になるのだと思います。 この記事では、代表的な録音を最近のものまでなるべく聞いた上で CD を数点取り上げますが、詳しくそれぞれの違いを評し難い、多くを語れないという、評者の側の能力不足が露呈しま す。言葉少なであることはお許し願いたいと 思います。


 

   walcha
     Bach   6 Organ Trio Sonatas BWV 525-530
     Helmut Walcha (org)


バッ ハ / 6つのオルガン・トリオ・ソナタ
ヘルムート・ヴァルヒャ(オルガン)

 バッハのオルガン曲演奏という話になると、正 統派のファンとしてはまず はバッハと同じドイツの、古くからの権威あるオルガニストを出して来るということになるのでしょう。ヘルムー ト・ヴァルヒャ(1907-1991)やカー ル・リヒター(1926-1981)のことです。このうちリヒターの方はオルガン曲を精力的に録音したとは言え ず、トリオ・ソナタに関しては、出ているの は1、 2、5番ぐらいでしょうか。指揮で時折見せることのある、いわゆる壮大な表現、現代の感覚からするとゆったりと してロマンティックにも響く抑揚、あるいは 人によっては峻厳と評するようなマナーは、ゆったりした楽章でかなりゆったりしている場合があることを除けば、 オルガン演奏に関しては特別感じられず、形 の上ではかちっとして崩れることなく正確な、端正丁寧な運びであると言えるように思います。時代、流行による受 け手の変化をあまり受けない種類で、最新録 音から聞き比べてもあまり大きな違和感はないだろうと思います。

 そして視力に問題があったので(ワクチンの後 遺症だそうです)暗譜で弾 いたというヴァルヒャこそはバッハの権威と言われるわけで、日本語の辞書サイトには「評価」や「業績」の項目が あって英語やドイツ語よりも長文になってる という逆転現象も見られるぐらいですが、こちらの演奏マナーも、形から見るならば同じことが言えるでしょう。時 代を感じるとすれば、その丁寧に一つずつ進 める、かっちりとした癖のないリズムこそがその時代の様式だということになると思います。新即物主義(ノイエ・ ザッハリヒカイト)の名残だと解釈する方も あるようですが、それは名前の付け方であり、オルガンにおいて彼の演奏がそういうカテゴリーに入るのかどうか、 そのあたりの事情は分かりません。リヒター と比べてどうかという点もまた、簡単に一言で済ますのは気が引けますが、リヒターのように緩徐楽章においてゆっ くり進めている感覚はいくらか少なく、より ニュートラルでしょうか。そういう部分で、これはテンポではなくフレーズの問題ながら、区切るように弾く(ス タッカートまでは行かないものの、次の音まで 持続させずにキーを上げる)楽章もあって(例えば1番の三番目など多数)、同じことをしてもマリー=クレール・ アランのやり方とは違って全体にそれが行き 渡り、角があって几帳面というのか、多少生真面目な印象も持ちました。しかしこれは別の見方をすれば大変格調高 い、信頼感を持てる弾き方であり、曲のあり 方を示す一つの模範演奏だとも言えます。

 ヴァルヒャの録音については実は二つあり、最 初に触れておくべきだった かもしれませんが、戦後間もなくの頃から始まったモノラルの全集録音として1947〜52年にかけてのものが一 つ、またステレオ技術が確立したということ で作られた、56〜70年の二回目の全集がもう一つ、です。どちらもレーベルはアルヒーフからです。演奏様式に 違いがあるかどうかはファンの方にじっくり 聞き比べていただきたいものの、印象としてはそう大きく変わるものではないような気がします。違うのはオルガン の音でしょう。モノラルとかそういう話では なく、楽器が違います。旧の方はどちらも北ドイツですが、リューベックの聖ヤコビ教会が1、5、6番、カッペル の聖ペトロ&パウロ教会のシュニットガー・ オルガンが 2〜4番となっています。ステレオの新録音の方はフランスで、ストラスブールのサン・ピエール・ル・ジュヌ教会 のジルバーマン・オルガンです。北ドイツの ものは小さいオルガンのようで、シャピュイの項目で触れますが、ちょっと鼻にかかったような明るい倍音の管、ス トップも選ばれることがあり、個人的には魅 力を感じる音色です。録音のコンディションについてはファンの方は全然問題ないようなことを言うのかもしれない ながら、そこはそれなりのモノラル時代の音 です。新しい方はそれこそ全く問題なく良い音になっています。



   alain
     Bach   6 Organ Trio Sonatas BWV 525-530
     Marie-Claire Alain (org)

バッ ハ / 6つのオルガン・トリオ・ソナタ
マリー=クレール・アラン(オルガン)
 フランス・オルガン界の大御所だったマリー= クレール・アラン (1926-2013)はこの曲を三回録音しています。1959年のステレオ最初期の第一回(1959〜67年 に録音された15枚の全集として出ており、 音は全然悪くありません)、1978〜80年の二回目の全集に入っている1980年のもの、そしてそのすぐ後に 始まった1985〜93年の最後の全集に 入って いる1993年のもので、いずれもエラートからです。ここでは「盆栽シリーズ」の二回目のジャケットを掲げま す。全集も現行です。

 テンポはどれも決して速くはない中庸の演奏 で、どちらかと言えば軽快に 感じる方 です。それぞれ各曲各楽章のタイムを調べてみると、第一番だけが揃っていて一番速いのがこの二回目の録音であ り、一番遅いのが三回目ということにはなるも のの、その他の曲では逆転しているものもあって完全にばらばらで、時期による一定したテンポの傾向というものは ありません。軽快に感じることのもう一つの 理由は弾き方であり、曲によって、フレーズによっては多少鍵盤を短く切り上げる音符も出て、他の楽器でのピリオ ド奏法的な観点と同じではないのだろうけれ ども、ちょっと弾むような軽さも聞かれるからです。むしろ軽快というよりもあっさりしたとか、さっぱりした、と いう方がいいでしょうか。ただ、それも敢え て言えばの話であって、全体には大変オーソドックスで、真面目でほのかな温かみも感じられる気がします。

 三回目を取らずに二回目の録音を選んだ理由は 演奏そのものというより も、録音の 加減におけるちょっとした好みの問題です。三回目はやや反響が多く、音像が多少遠い感じがします。その新しい全 集は、東西の崩壊が近づくにつれてバッハが 使っていたオルガン、もしくは縁のある東側のオルガンを弾く機会が増えたために、敢えて二回目のすぐ後に再度 チャレンジしたということのようです。そうい う意味で歴史的な意義は大きく、全集としては普通はそちらを選ぶのが自然かと思います。ただ、使用オルガンはト リオ・ソナタに限っては旧東ドイツではな く、オランダ、フローニンヘンのアー教会のものということです。

 一回目と比べると、これは正直比較すること自 体が難しいかもしれませ ん。曲に よってはそちらの方が良かったなと思えるものもあります。二回目を選んだのは録音がより新しいということと、潤 いのあるオルガンの音色に対する好みが第一 点です。それともう一つ、例えば2番の真ん中の楽章などのスローなところで顕著ですが、より落ち着いた波長が聞 かれる場合が多いからです(1番ではタイム の上では逆転しています)。一回目のオルガンはデンマーク、ヴァーデの聖ヤコビ教会のもので、二回目はフランス のドローム県、コレジアーレ・サン・ドナの シュヴェンケデル・オルガンです。



   chapuis
     Bach   6 Organ Trio Sonatas BWV 525-530
     Michel Chapuis (org)

バッ ハ / 6つのオルガン・トリオ・ソナタ
ミシェル・シャピュイ(オルガン)
 フランスのオルガン奏者を古くから代表する人 としてマリー=クレール・ アランを出しましたが、もう一人います。四つ下のミシェル・シャピュイ(1930-2017)です。2017年 には亡くなってしまいましたが、この人のト リオ・ソナタ、大変良かったのです。レコードで手に入れて気に入っていたものの、CD としてはなかなか再発売されず、待っても待っても無駄なので、仕方なく他の人の盤へと移って行ったのでした。今 こうしてあらためて聞いてみると、記憶が 戻って来ます。演奏の方はとりたてて変わったことをするでもなく、ヴァルヒャのようにかっきり区切る謹厳なフ レーズでもなく、コープマンのように前へと小 走りになったり装飾を盛ったりするわけでもなく、アランよりもフレーズはテヌートでつなげるところが目立つもの の、むしろ素直であっさりしているぐらいで す。結局一番はオルガンの音色が好きだったということなのです。

 それはどう表現するのでしょう。ちょっと鼻に かかったような子音という か、倍音が目立つ、はっきりとした明るめの音を使うところが多いのです。それはオルガン自体にも出しやすい傾向 があるのか、レジストレーションなのかで あって、その音を木管楽器に例えるなら、世の多くが敢えて言うならフルート的だったりクラリネット的だったりす るところを、ちょっとオーボエっぽいという か、それも普通のオーボエ的なのはいっぱいあるとして、ルネサンス期のその前身の楽器かバグパイプのような、例 のペーペーいう軽い音の系統なんです。小型 のものに多い特徴なのかもしれませんが、オルガンの専門ではそういう音色に何か特別な呼び名が割り当てられたり してるんでしょうか。もちろんそんなに珍し いものではなく、一定の割合では存在します。もっと後の録音だ と、これから触れますが、ホルム・フォーゲルもちょっとだけそういう印象があるし、アンドレ・イゾワールなどは まさにそういう選択をします。これを当時は シャピュイがフランス人だった(イゾワールもだけど)ことから、フランスの音なんだろうと勝手に考えていまし た。フランス人って言葉のせいか、しゃらんと した音を好むみたいだからです。フランスの木管もそういう倍音のが多いし、ヴァイオリンですらそんな音色を発す る工房の楽器があるわけです。バ グパイプ風以外にも、ちょっと系統は違うけど幾分メタルがかったチー、やキー、に近いトップ ノートを加えて輪郭を添える場合もあります。でも、実際はフランスやそ の制作者のオルガンに限るわけではなく、どの地方のオルガンでも聞くことができます。このシャピュイが弾いてい るのもコペンハーゲンはリディーマー教会の アンデルセン・オルガンということです。デンマークですから、20世紀の Poul-Gerhard Andersen のことでしょうか。

 演奏は素直だなどと片付けてしまいましたが、 ゆったりの楽章では音符は 均等割り というわけでもなく、微妙に拍を遅らせるような表情はあり、自然なゆらぎを感じさせて良い感じです。問題はテン ポですが、かなり速いところもあります。た だ、それも全体に速いわけではなく、速めの楽章ではスピーディーだというだけで、緩徐楽章などでは落ち着いてい てゆったりに感じるところもあります。自分 としてはアランよりはこちらの方が、どちらかと比べれば今でも好きかなというところです。

 1967年録音のヴァロア/テレフンケンで、 録音状態は新しいものと比 べても何ら劣るところはありません。この音色が好きな方には価値ある一枚だと思います。



   vogel
     Bach   6 Organ Trio Sonatas BWV 525-530
     Holm Vogel (org)

バッ ハ / 6つのオルガン・トリオ・ソナタ
ホルム・フォーゲル(オルガン)
 ホルム・フォーゲルは1939年生まれのドイ ツのオルガニストです。こ の人もヴァルヒャと並んで視覚障害者のようです。シャピュイ盤がなかなか CD 化されなかったので、代わりに見つけて気に入って聞いていました。多少似たようにも聞こえる、倍音のくっきりと した明るめの音色が心地良かったからです。 同じ頃に録音されていたアンドレ・イゾワール(後述)の方がよりその傾向は強かったものの、当時はそちらの盤に ついては知りませんでした。    

 使用しているオルガンはライプツィヒ、パウ ル・ゲルハルト教会のシュー ケ・オルガンということです。やわらかい透明感よりは色彩感に寄ったストップ選択が多く、知識のなさからフラン スのオルガン的な音色かと以前は勝手に想像 していた種類ながら(フランス人の好む音という意味では実際そういう面もあるかもしれません)、ドイツ人の演奏 なわけです。低い方は鼻声のバグパイプか ら、上ではおもちゃの鉄琴が混じったような多少メタリックなものまで、こういう風に倍音を目立たせる傾向の音に は幅があり、一つの種類の音色とも言えませ んが、大きく分ければ、やわらかく角のない透明感を求める系統の奏者と二分されるようです。

 そして、音色を除いたその演奏自体のあり方で すが、厳しさは感じない し、昔のドイツの人のように一音ずつを区切ってかっちりと出すようなものでもなく、エッジはしっかりしていて崩 れないけれども自然な運びです。テンポは動 かしません。 シャピュイのように速い楽章がかなり速いということもありません。じっくりと聞けて良いのですが、どうも現在は CD として手に入り難い状況らしいので、これぐらいにします。もし多少でも考慮するところがあるとすると、こうした 高い周波数がくっきり出ていて中庸のテンポ で丁寧に運んで行くオルガンの音というものは、あまり大きな音で続けてかけていると疲れる場合があることぐらい でしょうか。それだけ録音も明晰なわけで、 贅沢な悩みです。

 カプリッチオ・レーベル 1979/80年の録音です。最新のものに劣らないコンディションです。



   koopmantriosonata
     Bach   6 Organ Trio Sonatas BWV 525-530
     Ton Koopman (org)

バッ ハ / 6つのオルガン・トリオ・ソナタ
トン・コープマン(オルガン)
 1944年オランダ生まれの古楽の有名な指揮 者にしてオルガン奏者で あるコープマンも、マリー=クレール・アランと同様、三回この曲を録音しています。この人は特にバッハには思い 入れがあるようです。デジタル初期の 1982年にアルヒーフに、1986〜90年にスイスの ノヴァリス・レーベルに、そして最新のは1994〜99年のテルデックの全集に入っているものです(トリオ・ソナタは95年)。上の 写真は二回目の録音になりますが、廉価版のブリリアントから出た意匠となっているものです。コープマンの鍵盤楽 器演奏につい ては、よくその飾りの音符と即興の豊かさが話題になります。ヴァルヒャのようなサンセリフな演奏を聞いている と、華美だとか軟弱だとか言いたくなるのかも しれませんが、好きな人もあれば、そうでない方もおられるでしょう。このトリオ・ソナタにおいてもそれは確かに 時々聞かれるのものの、さほど目立つもので はないので、好まれない方にとっても全く問題ないと思います。

 最初のアルヒーフ盤の演奏は、速い楽章でやや 指が先回りするように感じ るところが最新録音と同様に聞かれます。古楽演奏の呼吸に詳しい人なので、それには十分に検討された理由がある ことと思いますが、特徴の一つではあるで しょう。それに対して遅い楽章では反対に、大変ゆったりに聞こえる部分があり、所どころで間を切るような運びも 出ます。これも理由あってのマナーなのだと 思います。こういう彼らしい演奏の特徴に関して不自然さを感じる方は、ちょっと苦手に思うかもしれません。全体 としてはオーソドックスです。

 一方で最新録音の方は、各地の名オルガンを 使った全集としての価値が高 いですが、トリオ・ソナタについてはやはり所々に装飾は少し入り、速めでさらっと流す傾向もあります。指が前に のめって多少走り気味になる箇所があるのは 初回と同様であり、違いはむしろこちらの方が多少顕著かなというところです。そんな部分では、ネガティブな表現 かもしれませんが、オルゴールや自動オルガ ンを思わせるようにどんどん進んで行く印象を持ちました。バッハの時代の演奏として、彼なりの研究成果を踏まえ てのことでしょうから、良い悪いを評価でき るものではありません。装飾についても同様でしょうか。ゆったりの楽章でフレーズが区切られた感覚はむしろ少な めです。ただ、トータルでは決してエキセン トリックな演奏ではありませんから、味わって聞くことのできる名演だと思います。楽器の音は、比べればわずかに 遠めで、場の響きが聞かれます。

 そしてここで取り上げた二回目の録音ですが、 これについては全曲揃って ないのが痛いところです。本来は避けるべきだったかもしれません。1、3、5、6番のみで、真ん中の楽章が静か なコラールを聞いているように瞑想的な2番 がないのはいただけません。でも演奏面ではアゴーギク(テンポ変動)の走るような癖がなくて自然に感じ、落ち着 いて聞けました。飾りもほんの少しで、しか もセンスが良く、全く気になりません。録音に関しては、これも多少響きが多くて明晰な方のセッティングではない 曲が多いですが、それがこの盤の場合は却っ てやわら かく感じられ、緩徐楽章のゆったり静かな運びと合っていて大変良いのです。全曲揃っていれば♡♡にしたと思いま す。ブリリアントのセットも六枚組でバッ ハのオルガン曲を色々聞け、魅力的なコラール集なども入っていて一枚ほどの値段であり(今は海外でばか安の中古 がある以外、廃盤によって国内は値段が上 がった後に 欠品となったようです)、一時期は気に入ってこれをこの曲集のメインとして聞いていたものです。フォーゲル盤と 比べても倍音がおとなしい分、耳にやさしい こともあります。ゆったりな楽章があると言いましたが、決して間延びもしません。現行では元のレーベル、ノヴァ リスから三枚組が二つに分かれて出ていま す。

 使用オルガンは第1番 BWV 525 がオランダ、マーススライスの大教会、第3番 BWV 527 が同じくオランダのスヘルトーヘンボスの大教会、第5番 BWV 529 がドイツのヴァインガルテン大聖堂、第6番 BWV 530 がオランダ、レーワルデンの大教会となっています。



   isoir1   isoir
     Bach   6 Organ Trio Sonatas BWV 525-530
     André Isoir (org) ♥♥

バッ ハ / 6つのオルガン・トリオ・ソナタ
アンドレ・イゾワール(オルガン)♥♥
 コープマンと生年順がここだけ逆転してしまい ますが、ここから三つは自 分が特に気に入った演奏を取り上げます。
 どれも甲乙付けがたいですが、まず、アンド レ・イゾワールです。 1935年生まれのフランスのオルガニストで、カリオペから二枚組で出ました。この盤もシャピュイやフォーゲル 盤の系列だと自分で勝手にカテゴライズして しまっている、独特の華やかで明るい音色のオルガンというか、レジスターの設定が楽章によって聞かれるもので す。フランスに隣接したルクセンブルクの都 市、エシュ=シュル=アルゼットのゲオルク・ウェステンフェルダー・オルガンとのことです。1924年設立で 2020年に閉めたというルクセンブルク唯一 のオルガン工房のもので、現代の楽器です。大変美しい倍音で、シャピュイ盤以来探していた音色の系統で最も満足 できるものがみつかったという感じです。静 かな楽章で管同士の共鳴による大きなビブラート的な揺らぎ(それは鍵盤楽器の調律では純正調から外れたときのう なりなわけですが)を聞かせるところも味わ いがあります。こういう音色の部分は感性の問題であり、純然たる好みが関わって来るところではありますが、現代 の工房といっても、それぞれのオルガン・ビ ルダーたちは長い伝統を集大成した知識の上で製作しているのですから、その音それぞれが恣意的なものでは決して ないわけです。後は奏者がどのオルガンを選 ぶか、一日かけて設定することもあるというストップの設定をどうやるか、ということに関わって来ます。

 音色が好みだというだけではなく、このイゾ ワールの演奏自体も満足でき るものでした。テヌートというのか、一音ずつの間を空けずに次へとつなげて行くように聞こえる弾き方に特徴を感 じます。これはシャピュイにも同じような傾 向がありましたが、滑らかです。全体としてはテンポはゆったり聞かせるところが印象的で、穏やかな印象です。拍 をかっちり正確には揃えないで、ほとんど前 面には出ないけれどもかすかな揺らしや遅らせにセンスを感じます。楽器の特性として音量に変化は付けられないも のの、やはり緩やかな歌謡性とも言える間合 いを持っていま す。必 ずしもフランスだからというわけではないのかもしれません。肌触りが良く、峻厳、というよう な感じではないので、横断歩道でないところでも 車が止まってくれるようなドイツの伝統風を期待する人にはお薦めできないかもしれません。ここで呼ばれてるバッ ハは、謹厳なヨハンの代わりに気さくなジャ ンが来てますから。基本は大真面目であり、温かみもあるのですが、色彩感覚派なので途中面白い音も出ますし、タ キシードは着てない感じです。

 仏カリオペの1979年の録音です。二枚組で 全曲入っているもの(写真 左)以 外、元々はばら売りで1〜5番までが一枚、6番に前奏曲とフーガ、コラールなどが入ったものがもう一枚という構 成が最初だったようです。二枚組のものは海 外のアマゾンなどでも2021年現在、まだ新品も手に入るようですが、国内サイトでは買い難いかと思います。ス トリーミングでは大丈夫です。また、カリオ ペ から出た人が経営するラ・ドルチェ・ヴォルタ・レーベルから三枚組のものが新しく出ており、そちらはどこでも買 えます(写真右)。協奏曲やシンフォニアな どが組み合わせてあり、それらも聞けて良いですが、このトリオ・ソナタはどの曲も波長が一致していることもあ り、それだけをかけておいてくつろげるので、 間に色々挟まる選曲なのはどうかなという見方もあるかもしれません。録音コンディションは大変良く、カリオペら しい、自然で匂い立つような色彩感のある音 が楽しめます。主たる楽音としてよりも、共鳴する場の音として重低音も含まれる録音です。空間を感じます。



   nordstoga
     Bach   6 Organ Trio Sonatas BWV 525-530
     Kare Nordstoga (org) ♥♥

バッ ハ / 6つのオルガン・トリオ・ソナタ
コーレ・ノードストガ(オルガン)♥♥
 お気に入りベスト・スリー、次はノルウェーの オルガン奏者、コーレ・ ノードストガです。1954年生まれで、94年からオスロ大聖堂で主席オルガニストを務めているということで す。
 アンドレ・イゾワールも音の運びの点で歌謡性 があり、大変味わいのある 落ち着け る演奏でしたが、このノードストガ、あまり有名ではないかもしれないけれども表現においてひょっとするとベスト かな、と思うところがあります。音量差が出 ない楽器では音色を除けば間合いの話一本になるわけですが、その微妙な差をどう表現すればいいのでしょう。ゆっ くりの楽章でゆったり運ぶというのはイゾ ワールと同じです。どちらも遅らせる音による揺らぎがあるけれども、倍音の輪郭が付いていて、音をつなげながら 要所で切る感覚が若干強いためにしっかり色 を塗ったように聞こえるイゾワールに対して、ノードストガの方がより複雑に揺らぐでしょうか。少しためらうよう な内省的な感じもします。静けさと透明感と いう点では次のカイ・ヨハンセンとも張るところがあると思います。なんとも絶妙としか言いようのない有機的な動 きで、まるで音量差があるかのごとくに呼吸 を 感じるのです。こういう繊細さはなかなか聞けないのでベストかもしれないと言ったわけです。大変きれいです。そ れに尽きるでしょう。

 使っているオルガンとその音色ですが、オス ロ・カテドラルとありますの で、自身がオルガニストを務める大聖堂のものであり、そういう意味では知り尽くしたオルガンだと言えるでしょ う。制作者はリーディ・アン・バリガとでも読 むのかどうか、1985年に Jan Ryde と Nils Olof Berg によって設立された工房、Ryde & Berg Chancel となっています。1997年製作の現代のオルガンです。音ですが、これは次のカイ・ヨハンセン盤ほど倍音を目立 たせないところまでは行かず、またソフトさ と静けさに寄ってもいないかもしれないけど、かなりニュートラルな方だと思うので説明が難しいです。シャピュイ やイゾワールのようなフランス人好みの、子 音の強い明るさはなく、その意味ではヨハンセンの側にずっと近いです。でも透明な明るさはあります。どう言うの か、重厚さ、深刻さは感じさせないけれども 固有の倍音は所々響き、色彩感は多少加わるのです。穏やかですっきりとした響きがきれいです。ワインの味と香りを評するような特別な用語があればいい のですが、それだと却って何だか分からなくなるでしょうか。

 1997年録音のシマックス(ノルウェー Simax)・レーベルからで、コンディションは大変良いです。ところどころで重低音が響き、曲にそういう音が 含まれていたことに驚きます。
 ただ、この人には青いジャケットの新盤もある のです。そちらは同じくノ ルウェー のレーベル、ラウォ・クラシックス(Lawo Classics)からで、2013年の録音です。高音質などと言われることもあるようで、新しい分だけそちら に注意が向くし、手に入れやすさの点でも そっちなのですが、自分の感覚では反響成分が多く、音像は遠めで多少やわらかくぼやけるような気がしたのでここ では取り上げませんでした。オルガニストと してはバッハゆかりのオルガンというのは大変魅力的なのだと思います。マリー=クレール・アランも一度全集を録 音してからすぐにそうした機会を得、再度入 れ直しているぐらいです。たまたまかどうか、結局仕上がりもそれとよく似たことになっているような気もします。 その新盤の方のオルガンはハンブルクの聖ヤ コビ教会のシュニット ガー・オルガンで、バッハ自身がオルガンの試験を受けた教会ということです。

 一方で、ここで取り上げた旧盤は手に入れやす くないようなことを書きま したが、 ノルウェーのレーベルなので輸入業者がいないと国内ではどうしてもそういうことになります。海外のアマゾンでは 今なお買えたりするのです。ただしイギ リスとドイツではカバー写真のある欄では「現在購入不可」のサインが出ていたりし、写真のない別ページを見つけ なければなりません。しかも普通に名前の検 索では出て来ず、J S Bach Org Trio So としなければなりませんでした。アメリカでは演奏者の名前を入れてはならず、Organ Sonatas 1-6 としなければいけません。まあ、そういうのも楽しみのうちでしょうけれども。例によってサブスクライブのスト リーミングやダウンロードなら問題ないようで す。



   johannsen
     Bach   6 Organ Trio Sonatas BWV 525-530
     Kay Johannsen (org) ♥♥

バッ ハ / 6つのオルガン・トリオ・ソナタ
カイ・ヨハンセン(オルガン)♥♥
 最後の三枚目のお気に入りはカイ・ヨハンセン です。1961年生まれ で、合唱の 指揮者でもあります。この人はドイツ人なので、上記のイゾワールやノードストガなどよりは知られているのではな いでしょうか。そしてこれもまた、それらに 勝るとも劣らない素晴らしいトリオ・ソナタです。どの写真も頑固ラーメン屋の主人のポーズのように腕組みをして 真面目そうな顔で写っているし(ブックレッ トの中では柔和に微笑んでますが)、ドイツということで、よりかっちりとした部分もあるはあるにせよ、厳しさや 生真面目さが前面に出るものではなく、案外 上記二つと変わらない自然な流れを感じさせるも のです。

 オルガンの音色からですが、これはもう、フラ ンス人好みと勝手に言って 来た、例 の子音の強い明るい音ではありません。派手さもノイズっぽさもなく、もっとニュートラルで透明感があり、やわら かさと静謐さが感じられます。その静かな空 間に広がって行く感覚が何とも素晴らしいのです。使っているオルガンは南ドイツと接するスイスの町、シュタイ ン・アム・ライン市教会のメッツラー・オルガ ンです。1890年に設立された有名なスイスのビルダーで、個体は1992年製作の現代のものです。

 演奏のあり方については、これも大変ニュート ラルで余分なことはしませ んが、棒 のようではなく微細にゆらぐ感覚があり、有機的で人の存在を感じさせる、アランやイゾワールとはまた違った意味 で暖かさすら見出せる種類のものです。しっ かりとした形の中にいわば歌心のようなものも感じさせ、理想的です。静かな楽章では上記のノードストガやイゾ ワール同様にゆったりとした味わいがあり、フ レージングは角ばらないけれども、ドイツの伝統こそが好きという方にも薦められるものだと思います。ありのまま にバッハに対峙できるとでも言いましょう か。生真面目に過ぎず、十分に真摯です。

 ヘンスラー1997年の録音です。透明感溢れ る素晴らしい音です。ノー ドストガ盤においては重低音は共振周波数によって増幅され、部分的に響きましたが、この盤はほぼ満遍なく平均し て低いところが出ており、オルガン収録とし ては珍しいバランスの良さです。耳にやさしい高色もこれが一番です。
 ただ、これもまたトリオ・ソナタ単体では廃盤 なのか、再販の谷間に落ち ているの か、現在は中古品のみが流通する状況にあるようです。20枚組のバッハ・オルガン全集としては現行でも出ていま すが、そちらはアンドレア・マルコン、ウォ ルフガング・ツェラー、マルティン・リュッカー、ピーテル・ファン・ディーク、ビーネ=カトリーネ・ブリンドル フといった他のオルガニストも加わったもの です。全集が欲しい人には素晴らしい企画でしょう。
 


   reichart
     Bach   6 Organ Trio Sonatas BWV 525-530
     Simon Reichert (org)

バッ ハ / 6つのオルガン・トリオ・ソナタ
ジモン・ライヒェルト(オルガン)
 最後にヒストリカリー・インフォームド・パ フォーマンス、オリジナル楽 器による古楽奏法の演奏です。
 バッハが弾いていた、評価していた、あるいは 何らかの縁があったという 当時のオ ルガンで演奏するということは、オルガニストにとって大変魅力的なことだろうと述べました。そういうものを弾い てこそ楽曲への理解が深まるということもあ るのかもしれません。ここで言及したマリー=クレール・アランもコーレ・ノードストガもそんな誘惑を経験し、録 音を残しています。他にもそうした企画はた くさんあり、古楽の研究が盛んな現在、今後も増えて行くことだろうと思います。大変学問的な側面があるので触れ 難いし、触れないのですが、一枚だけ比較的 最近のアルバムを取り上げてみます。

 トビアス・ハインリヒ・ゴットフリート・トロ スト(Tobias Heinrich Gottfied Trost 1681-1759)というバッハと同時代のドイツのオルガン制作者による、ヴァルタースハウゼン市教会の 1722年のオルガンを使用しています。トロス トのオルガンはバッハが高く評価しており、「丈夫に作られ、各ストップの発音を適切な音質で優美になるよう苦心 して製作している」と述べています。他にも 1739年にバッハ自身が弾いたという記録が残っているアルテンブルク教会のもの(1976年にレストア)に よって日本のオルガン奏者の方も録音を出して いたりしますし、まだ何点か使える状態にある個体が存在しているようですが、この CD で演奏されているのは1998年にレストアされたものであり、同時代のジルバーマンの力強いオルガンよりも優し く洗練されていると言われることもありま す。

 ここでのその音色については、ストップ選択の 個性もあるでしょうからオ ルガン自体の性質を言うことにはならないと思いますが、素朴なリコーダーかオカリナを吹いているような音も聞け て面白いです。
 録音については、意欲的に楽器の特徴を捉えよ うとしたためでしょ う、マイ クが近く、ケーナを吹く口から漏れるような音が混じり、空調機のダクト・ノイズのような音も加わって若干艶消し というか、多少くすむ音色になるほどの部分 もあります。メカニカル・ノイズも聞き取れるぐらいです。
 弾き方についてはすごく変わったものではな く、こういう歴史的な楽器を 味わうに 際してコメントすべきかどうかは分かりませんが、一音ずつを粒立たせるように独立させて弾く傾向が見られます。 テンポは遅い方には寄らない中庸で、緩徐楽 章では多少古楽的というのか、不均等な間を少し空けるようなアクセントも聞かれます。

 オルガンを弾いているジモン・ライヒェルトは 1980年生まれのドイツ のオルガ ニストで合唱指揮もする人です。地元デトモルトやバーゼルで古楽を学んだということです。ポップスやジャズの演 奏を聞かせることもあるそうで、パッシェ ン・レコーズのこの2015年の録音はデビュー・アルバムです。



   tempestadimare
     Bach   6 Trio Sonatas BWV 525-530
     Tempesta di Mare (Philadelphia Baroque Orchestra & Chamber Players)

バッ ハ / 6つのトリオ・ソナタ
テンペスタ・ディ・マーレ(フィラデルフィア・バロック オーケストラ&チェンバー・プレイヤーズ)
 番外編で、オルガンではなく、器楽に編曲した ものです。元々トリオ・ソ ナタとい うのは二つの旋律楽器に加えて伴奏楽器である通奏低音から成る音楽で、いくつかの楽器で奏されるものであり、こ のバッハのオルガン・トリオ・ソナタはそれ を一人でオルガンでやってしまったわけです。右手と左手で別々の旋律を受け持ち、足で通奏低音をこなす、一人三 役の大変なもの。したがって、逆にそれを複 数の器楽へと編曲して演奏しようという試みは色々行われています。古楽器奏法になる前の人たちでは、ここでも好 きでよく取り上げるオーボエの名手、ハイン ツ・ホリガーなどがやっているフィリップスから出ていた盤が、ややデッドな音場ながら知られていましたし、あっ さりしつつ軽さとしなやかさが聞かれるア シュレー・ソロモンのフルートが堪能できるフロリレジウム盤もいいです。スウェーデンのリコーダー奏者、ケルス ティン・フロディンとウルバン・ウェステル ルンドのオルガン/チェンバロによる演奏は、オルガン伴奏の場合、二本のリコーダーに聞こえたりしますし、イタ リアの人たちによるギターとチェンバロとい う、とろんとした情緒溢れる面白い取り合わせのもの(エクストラヴァガンツィア・デュオ/フランチェスコ・モル メンティ&ルイジ・アッカルド)もありま す。もちろん弦楽合奏のものもいくつも出ていて、その他数え上げるのも大変なほど。そんな中でここでは、色々な 楽器が聞けるテンペスタ・ディ・マーレ盤を 挙げてみます。

 アメリカの古楽の楽団です。パッヘルベルのカ ノンのページではシアト ル・バロッ ク管弦楽団を取り上げましたが、こちらはペンシルヴェニア州のフィラデルフィア。ヴィヴァルディの「海の嵐」と いう名前を付けています。本場ヨーロッパだ けでなく、米国のアーリー・ミュージック・シーンも近頃はいい楽団がたくさん出てきているようです。軽く弾むよ うなリコーダー、リュートも聞こえるし、 ヴァイオリンがリードすることもあります。一時期のピリオド奏法の忙しい癖という感じでもなく、そういう時代解 釈のマナーではあるけど全体に自在で生きい きとした流れが魅力的な演奏です。何気なく聞くと原曲なんだっけ、という感じになり、なんだかブランデンブルク 協奏曲を聞いているような錯覚を覚えます。 質と波長が大変高くていいです。溌剌としていて、聞いているだけで明るく楽しい気分になります。

 2013年の録音で、シャンドスのシャコン ヌ・シリーズ。明るくくっき り分解しつつ、自然さのあるバランスです。