ブラームス / ヴァイオリン協奏曲
Brahms:  Violin Concerto in D major op. 77

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 Brahms's summer residence during the years 1878-79 in Pörtschach (demolished in 2017)

 ブラームスのヴァイオリン協奏曲ピアノ協奏曲第2番はどちらも、彼がイタリア旅行から帰った1878年、ヴェルター湖畔の美しい村ペルチャッハで着手されました。完成の方はピアノ協奏曲が三年後、二度目のイタリア旅行から帰ってからになりましたが、二曲とも壮年期のブラームスの、精神的にも安定していただろう時期のもので、構成はともかく波長が似ているように思います。イタリアの日差しを思わせる明るさが所々に感じられるような気がします。


ヴァイオリン協奏曲
 世界三大ヴァイオリン・コンチェルトにチャイコフスキーと争って入ったり入らなかったりする名曲で、ブラームス四十五歳のときの作品です。彼の作品のうち最も幸せな感じのする第2交響曲の少し後に書かれました。傷つきやすい若い作家が青年期特有の影を鋭く表現したデビュー作の後、年齢とともに傷も癒え、繰り返しの目立つ作風になる、そんなこともあるような気がします。芸術家は不幸でなければならないというのもどうかと思いますが、ブラームスの幸福な時代の作品はどう評価されるのでしょうか。この充実した時期の曲、後世において競争相手となるチャイコフスキーは批判しているようです。そのチャイコフスキーも静養先のレマン湖畔でヴァイオリン協奏曲を書いています。どちらも1878年、面白い偶然です。



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        Brahms Violin Concerto in D major op.77
        Ilya Kaler (vn)    Pietari Inkinen    Bournemouth Symphony Orchestra ♥♥

ブラームス / ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.77
イリヤ・カーラー     
ピエタリ・インキネン / ボーンマス交響楽団 ♥♥
 アーノンクールのドイツ・レイクエムのページでも「別の曲かと思うほどの演奏」と言いました。そういうことは名演奏でときどき起きます。そしてこのヴァイオリン協奏曲、ナクソスの日本盤CDの帯にも同じような宣伝文句が書いてあります。通常は当てにならない帯の文言ながらわが意を得たりでした。
 日本盤(中身は世界共通)を買ったのは、コンサート会場でヴァイオリニスト本人がサインをしてくれるう企画があったからです。個人的にはサインに興味はないながら、一言感動を伝えたいと思いました。イリヤ・カーラーというヴァイオリニスト、ユリア・フィッシャーならば握手券も熱を帯びるかもしれないけど、彼女と同じぐらい好きなヴァイオリニストです。
 温かくてごつい手でした。体格もメジャーリーグの選手か何かのように大きく、自在に変化する繊細な表現がこの身体のどこから出てくるのかと感心しました。そして人柄も印象的でした。流れ作業で一人二言三言しか話す時間がないわけだけど、この人、自分への賛辞は気持ちがいいほど受け流します。聞き飽きてるにせよサービス精神はこれっぽっちもありません。しかし質問には真摯に答えてくれます。ステージの上でも共演者の一人ひとりを丁重に紹介し、演奏後に指揮者と抱き合っている様は愛想とは思えませんでした。その飾らない人柄は演奏にもそのまま現れていて、全く力まず、媚びることなく流れて行きます。その日の演目であったメンデルスゾーンの協奏曲の第一楽章は今まで聞いたどの演奏より自在で、途切れない流れの中に個人的な思い入れがあるかのように熱いものを感じました。

 さてこの人、パガニーニ、シベリウス、チャイコフスキーの三大国際コンクールで三つとも優勝した唯一のヴァイオリニストです。それなのにメジャー・レーベルとは契約せず、香港ナクソスからのみCDをリリースしていて、普段はアメリカの大学で教えています。どうしてそうなのか知りたいけど、さすがに聞けませんでした。音楽界には利権を持つ特定の団体があり、属さないアーティストはわずかだと言われます。ナクソスはそういうのから外れてるからでしょうか。

 前置きが長くなったけど、最高のブラームスです。テンポはややゆっくり目で、特に通常激して弾かれるところでそう感じるかもしれません。第三楽章などは別の曲のようです。誇張された大げさな表現はどこにもありません。しかし音楽が自由に流れ、自ら息づいているという感じ。同じロシア系でも甘い叙情の大家や「厳しい」と評される巨匠、鋭角的ヴィルトゥオーゾなどが好きな人にはこのイリヤ・カーラーの演奏はつまらなく感じるかもしれません。でもコンサートでも聴衆があれほど感激していたのですから、分かる人には分かると思います。

 録音がまた秀逸です。コンサートでは比較的近い席で聞けたのですが、そのときの印象と音色があまり変わりません。もちろん生と同じわけがないのだけど、よく特徴を捉えて収録出来ていると感心します。シカゴのストラ ディヴァリ協会から貸与されたグァルネリウス・ゼンハウザーを使ってますが、やわらかい響きながら弾き手の力によってエネルギーが満ち、そこに繊細な倍音が乗るので独特の艶が出ます。いい音です。古楽ヴァイオリンの細い艶とは違うし、中高域の固まったゼリーのような光沢とも違います。グァルネリについてよく言われるいぶし銀という表現もあるけど、イリヤ・カーラーの音はゴージャスかつ滑らかです。2007年ナクソスの録音です。



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       Brahms Violin Concerto in D major op.77  
       Julia Fischer (vn)    Yakov Kreizberg    Netherlands Philharmonic Orchestra

ブラームス / ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.77
ユリア・フィッシャー       
ヤコフ・クレイツベルク / ネーデルランド・フィルハーモニー管弦楽団
 上でちょっと触れましたけど、ユリア・フィッシャーのブラームスも期待しました。CDでは出ていませんがメンデルスゾーンの協奏曲も素晴らしかったし、揺れる情熱を感じさせる自発的な動きはこの人独特のものです。このCDではテンポは若干遅め、次のリサ・バティアシュヴィリのものと似ていてライブよりは冷静な感じがします。

 2006年のペンタトーンの録音は反響が少なめながら細かな倍音をよく拾っていてきれいです。バッハのシャコンヌのときのような情熱があるとより良いのだけど、完成度の高い演奏だとは言えるでしょう。カップリングは二重協奏曲です。



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       Brahms Violin Concerto in D major op.77
       Lisa Batiashvili (vn)    Christian Thielemann    Staatskapelle Dresden

ブラームス / ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.77
リサ・バティアシュヴィリ     
クリスティアン・ティーレマン / シュターツカペレ・ドレスデン
 リサ・バティアシュヴィリは黒海の東岸、旧ソ連から独立したジョージア(グルジア共和国)出身のヴァイオリニストで1979年生まれ。シベリウス 国際コンクールで優勝した人です。2011 年にドイツ・グラモフォンから出した「エコーズ・オブ・タイム」というアルバムで話題になりました。そのときには曲目のせいか強い印象はなかったのですが、このブラームスの協奏曲はウェブにも出ており、テレビでも別のときのライブが放映されて熱気あふれる演奏を聞かせてくれたりし、俄然注目の人となりました。インタビューを見ると、次々と考えが湧き上がるたびに話題を繰り出し、大変熱い人を思わせる様子でした。演奏の方も正にそのまま。ストレートにどんどんと熱がこもって来る情熱的なものです。熱いといっても、テンポを揺らしたりする方向ではありません。内側に熱がこもってくるような、と言えばよいのでしょうか。インターネットで聞けるライヴは映像付きで、マーカス・ステンツ指揮のフランス放送フィルハーモニー管弦楽団とのもので、第一楽章が終わった段階で指揮者が驚きと賞賛の眼差しを送っている様子を見ることができます。音楽で共鳴出来る喜びを表していて羨ましい瞬間だけど、オーケストラの方も触発されたのか、第二楽章の冒頭でオーボエが、まるでさっきのヴァイオリンが乗り移ったかのような極めつけのソロを聞かせています。国内で放映された方はCDと同じティーレマンとドレスデン・シュターツカペレの顔合わせであり、本拠地のゼンパーオーパーでの2013年ブラームス・ツィクルスからのもので、こちらもライブならではの燃焼ぶりでした。

 CDはスタジオ録音らしい落ち着いたパフォーマンスとなっており、ちょっと残念です。テンポはややゆったり目で整然としています。ただ2012年収録なのでさすがに音は良く、クールな響きのシャープで繊細なヴァイオリンを聞くことができます。生ではないので実際の音は分からないけれども寒色系の音色であり、甘さと飾りのない真っ直ぐな力強さがこの人の持ち味なのではないかと思うので、音色と熱さがコントラストを成しているとも言えます。面白かったのはカデンツァで、ティンパニが入って来るけどブゾーニのものだそうです。



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                                                                                                               Ginette Neveu and Julia Fischer                                                

     neveu
       Brahms Violin Concerto in D major op.77
       Ginette Neveu (vn)    Hans Schmidt-Isserstedt    Radio Hamburg Symphonic Orchestra ♥♥

ブラームス / ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.77
ジネッタ・ヌヴー      
ハンス・シュミット・イッセルシュテット / ハンブルク放送交響楽団 ♥♥
 このページでは古いモノーラル録音は音質面からあまり取り上げないものの、このブラームスの協奏曲を格別得意としていた人がいるので追加で記してみます。第一次大戦の終結した1919年に生まれ、二次大戦前にヴィエニャフスキ・コンクールで優勝デビューし、戦後四年ほど活躍した後、飛行機事故で三十歳で亡くなったフランスの女性ヴァイオリニストです。世紀の天才とされ、カラヤンも共演を望んだというし、コンクールで負けて二位だったオイストラフも彼女が一位でなかったらおかしいと語ったほどの人です。ジネッタ・ヌヴー。この飛行機事故については色々なエピソードが語られます。アメリカへ演奏旅行に出る前に「アデュ(さよなら」コンサートなるものを催して本当にさよならになっただとか(アデュというのは「神のもとへ」の意から発した言葉で、昔は永遠の別れの意味もありました)、師であったジャック・ティボーがスペイン沖の島の山に彼女の乗った飛行機が墜落したという知らせを聞いたとき、自分もそういう風に死にたい、つまり飛行機事故で死にたいと発言して、実際その四年後に本当にそうなったという話とか。ヌヴーの死があまり悲しかったのでそう言ってただけかもしれないけど、大変稀な確率で望みを得たわけです。しかもその飛行機が同じエールフランス便で、同じロッキードのスーパー・コンステレーション(特別な類似事項の集まり)という機体でした。垂直尾翼が三枚あり、ノーズへ向かうにしたがって胴体が細くなる流線型の、旅客機の中でも最も美しいとも言われる機体です。さらにその上に、二人が持って乗り込んだ愛用のヴァイオリンはどちらもストラディヴァリウスでした。これらを確率計算したらどれぐらいの割合になるのでしょう。

 別に美人薄命だから取り上げるのではありません。それなら他の楽器でも夭折した女流で人気の人はいるでしょう。それはともかくこのヌヴーという人、活躍期間が短かったので録音は多く残ってないのにブラームスの協奏曲は四つもあります。1946年8月のイサイ・ドヴロウェン指揮フィルハーモニア管の英グラモフォン(HMV/後の EMI)スタジオ録音盤(ロンドン・アビー・ロード)、48年4月のロジェ・デゾミエール指揮フランス国立管のパリ・ライブ盤、同じく48年5月のハンス・シュミット・イッセルシュテット指揮ハンブルク(北西ドイツ)放響のハンブルク・ライブ盤、そして49年6月のアンタル・ドラティ指揮ハーグ・レジデンティ管のハーグ・ライブ盤です。この中では白熱度と音質の良さ(比較的)でイッセルシュテット盤が定評があります。デゾミエールとドラティの両ライブ盤はそれに比べるとテンポがゆったりめでスタッカート様に音を切る間が大きく感じるし、スタジオ録音の方は破綻が少ないながら揺れも少なく、やや冷静に聞こえるのでこの評価は妥当だと思います。

 さて、トータルでこの人の演奏、やはり凄いものがあります。マイルス・デイヴィスがメンバーと対決するみたいな真っ直ぐ指揮者を睨みながらの演奏スタイルは、この気迫の音楽を象徴しているようです。気迫といっても所謂押しの強い技巧派の音作りとは根本的に違っていて、確かにこの48年5月のライブはやや前のめりに押して行くようなところがあるものの、そんな風に燃え上がる部分の間に独特の自在な揺れもあります。こういう即興的な揺れがだんだんに上り詰めて行く呼吸というもの、学んで身に付くものではありません。生まれた段階ですでにそういう感覚を持ってこの世界へやって来るのでしょう。ここで聞かれる揺れは、最近ですと同じ女流のドイツのヴァイオリニストで二つ前の CD で取り上げたユリア・フィッシャーを彷彿とさせるところがあります。ユリア・フィッシャーは上記の通り、このブラームスの CD では残念ながらややスタジオ風にリラックスしているし、元々もう少し緩やかなテンポを取って熱を込める人のようだけど、シャコンヌの追い込むところなど、ヌヴーとよく似ています。ユリア・フィッシャーもほんとに小さいときから自分の呼吸を発揮しました。ヌヴーもデビュー前から自分の音を持っていて誰にも譲らなかったといいます。天才でしょう。他のページでユリア・フィッシャーの早熟ぶりを紹介した際、早くに死んでしまった音楽家が悔しさを晴らすために生まれ変わって来たのではないかなど言ったのですが、ヌヴーは正にやり残したことをやりに戻って来そうな死に方をしました。前世などというもの、本当かどうかは誰にも証明出来ないけど、二次大戦の撃墜されたパイロットが数年してその記憶を持ったまま別の国に生まれて来て、戦闘機の操縦の癖やら仲間のパイロットの名前やらを口にすることもあるのだとか。何にしてもこのヌヴー、恐れ入る演奏なんで音が悪くても聞いてみる価値は十分あると思います。



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