ブラームス / ピアノ協奏曲第2番
Brahms:  Piano Concerto No.2 in B♭major op. 83

brahmspfconcerto
 Former Brahms Museum in Pörtschach (torn down in 2016)

取り上げる CD 23枚: ホロヴィッツ/ルービンシュタイン(’58/’71)/リヒター=ハーザー/フライシャー/バッカウアー/ゼルキン/バックハウス
/ギレリス(’58/’72)/ブレンデル(’73/’91)/ポリーニ(’76/’95/’13)/ツィメルマン/アックス/グリモー/ブッフビンダー/シフ
/ビアンコーニ/トルプチェスキ/コルスティック
 ブラームスのヴァイオリン協奏曲に続いて、今度はピアノ協奏曲を取り上げます(ヴァイオリン協奏曲はこちら)。そのヴァイオリン協奏曲とピアノ協奏曲の第2番は、どちらもブラームスがイタリア旅行から帰った1878年の作(四十五歳時)であり、オーストリア中南部にある避暑地、ヴェルター湖畔の村ペルチャッハで着手され、イタリアの明るい日差しを思わせるようなところが似ています(同地では前年にもシンフォニーの2番を作曲しており、やはりその明るい波長から「ブラームスの田園交響曲」と呼ばれています)。そのうち2番のピアノ協奏曲の方が完成されたのは二度目のイタリア旅行から帰った後の1881年(四十八歳時)になりましたが、成熟期、あるいは黄金期と言われる時期であり、悲観的になる晩年とは違い、自作をあまのじゃくに評してみせるなど、気持ちの上でも余裕のある頃であったように思われます。このジャンルではロマンティックな第二楽章が美しい第1番もあるけれども、気負いがあって心理的にちょっと青い感じもさせるのに対して、2番の方はこの作曲家を代表する傑作の一つです。また、クラシックの全作曲家の中でもモーツァルトの27、ベートーヴェンの5つのうちのいくつかと並んで、あるいはロマン派なのでシューマン、ショパン、グリーグなどと比較しなければならないかもしれませんが、「○大」のような格付けには必ず入るに違いないピアノ協奏曲の名作です。


構成
 造りは一般的な協奏曲のそれではなく、規模が大きくて交響曲のような四楽章構成であり、緩徐楽章とスケルツォの配置も逆転していて第二楽章がスケルツォ、第三楽章がメロディアスな歌を聞かせる緩徐楽章となっています。演奏時間も45から50分ほどと長いです。また、第一楽章ではホルンが、第三楽章ではチェロが大きく活躍します。本人が初演しましたが、ピアノは技巧的に難しいことでも知られています。

 曲の感じはどうでしょう。出だしのホルンの深々とした響き、ときどきシューベルトのザ・グレイトと混同したりするのだけど、魅力的です。第三楽章のチェロの静けさもブラームスの美点のすべてが表れていると言っていいでしょう。


主な録音
 これまでに出ている録音を挙げてみます。録音年代順で、中古も含めて今 CD で手に入る可能性のあるものに限定しています(全てではありません):

 アルトゥール・ルービンシュタイン/アルバート・コーツ/ロンドン交響楽団/1929 Naxos (monaural)
 ロベール・カサドシュ/アルトゥーロ・トスカニーニ/ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
  /1936 Guild Historical (monaural)
 エリー・ナイ/アロイス・メリヒャル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/1939 APR (monaural)
 ウィルヘルム・バックハウス/カール・ベーム/ザクセン・シュターツカペレ
  /1939 Classica D’oro/Urania (monaural)
 ウラディミール・ホロヴィッツ/アルトゥーロ・トスカニーニ/NBC交響楽団 /1939 APR (monaural)
 ウラディミール・ホロヴィッツ/アルトゥーロ・トスカニーニ/NBC交響楽団/1940 RCA (monaural)
 エドウィン・フィッシャー/ウィルヘルム・フルトヴェンクラー
  /ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 /1942 DG (monaural)
 ウラディミール・ホロヴィッツ/アルトゥーロ・トスカニーニ/NBC交響楽団
  /1945 Pristine Classical (monaural)
 ソロモン・カットナー/イサイ・ドブロウェン/フィルハーモニア管弦楽団/1947 Testament (monaural)
 ウラディミール・ホロヴィッツ/アルトゥーロ・トスカニーニ/NBC交響楽団/1948 RCA (monaural)
 ヤコフ・ザーク/クルト・ザンデルリンク/レニングラード・フィルハーモニー交響楽団
  /1949 Praga (monaural)
 スヴィヤトスラフ・リヒテル/エフゲニー・ムラヴィンスキー
  /レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団/1951 Altus
 アルトゥール・ルービンシュタイン/ミュンシュ/ボストン交響楽団/1952 RCA (monaural)
 ウィルヘルム・バックハウス/カール・シューリヒト/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
  /1952 Decca (monaural)
 ケーザ・アンダ/オットー・クレンペラー/ケルンWDR交響楽団/1954 ICA (monaural)
 エリー・ナイ/フランツ・コンヴィチュニー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
  /1955 ATS (monaural)
 ウィルヘルム・ケンプ/パウル・ファン・ケンペン/フランス国立放送管弦楽団/1955 tahra (monaural)
 クリフォード・カーゾン/ハンス・クナッパーツブッシュ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
  /1955 Memories (monaural)
 クラウディオ・アラウ/イーゴリ・マルケヴィチ/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
  /1956 Archipel
 ウィルヘルム・バックハウス/カール・シューリヒト/スイス・イタリア語放送管弦楽団
  /1958 Archipel (monaural)
 アルトゥール・ルービンシュタイン/ヨーゼフ・クリップス/RCAビクター交響楽団/1958 RCA
 ハンス・リヒター=ハーザー/ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  /1958 EMI
 エミール・ギレリス/フリッツ・ライナー/シカゴ交響楽団/1958 JVC xrcd Global Culture
 ケーザ・アンダ/ハンス・ロスバウト/バーデン=バーデン南西ドイツ放送交響楽団
  /1958 Hanssler SWR (monaural)
 スヴィヤトスラフ・リヒテル/ジョン・バルビローリ/ブカレスト・フィルハーモニー管弦楽団
  /1958 Archipel (monaural)
 アルトゥール・ルービンシュタイン/ヨーゼフ・クリップス/フランス国立放送管弦楽団
  /1959 Spectrum Sound (monaural)
 ウィルヘルム・バックハウス/ハンス・ミュラー=クライ/シュトゥットガルト放送交響楽団
  /1959 Hanssler SWR (monaural)
 ルドルフ・ゼルキン/ユージン・オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団/1960 Sony Classical
 ヴァン・クライバーン/フリッツ・ライナー/シカゴ交響楽団/1960 Testament
 ケザ・アンダ/フェレンツ・フリッチャイ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/1960 DG
 スヴィヤトスラフ・リヒテル/シャルル・ミュンシュ/ボストン交響楽団/1960 Doremi (monaural)
 スヴィヤトスラフ・リヒテル/エーリッヒ・ラインスドルフ/シカゴ交響楽団/1960 RCA
 ロベール・カサドシュ/ポール・パレー/デトロイト交響楽団/1960 tahra (monaural)
 レオン・フライシャー/ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団/1962 Sony Classical
 ジーナ・バッカウアー/スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ/ロンドン交響楽団/1962 Mercury
 クラウディオ・アラウ/カルロ・マリア・ジュリーニ/フィルハーモニア管弦楽団/1962 EMI
 スヴィヤトスラフ・リヒテル/マリオ・ロッシ/トリノRAI交響楽団/1962 Archipel (monaural)
 ウィルヘルム・バックハウス/ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  /1964 ATS (monaural)
 アルトゥール・ルービンシュタイン/クリストフ・フォン・ドホナーニ/ケルン放送交響楽団
  /1966 ICA Classics (monaural)
 ルドルフ・ゼルキン/ジョージ・セル/クリーヴランド管弦楽団/1966 Sony Classical
 ウィルヘルム・バックハウス/カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団/1967 Decca
 ミンドゥル・カッツ/マンディ・ロダン/エルサレム交響楽団/1967 Cembal D’amour (monaural)
 ケーザ・アンダ/ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/1967 DG
 ウラディーミル・アシュケナージ/ズービン・メータ/ロンドン交響楽団/1968 Decca
 ダニエル・バレンボイム/ジョン・バルビローリ/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団/1968 EMI
 クラウディオ・アラウ/エルネスト・ブール/バーデン=バーデン南西ドイツ放送交響楽団
  /1969 Hanssler SWR
 クラウディオ・アラウ/ベルナルト・ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
  /1969 Philips
 アルトゥール・ルービンシュタイン/ユージン・オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団/1971 RCA
 マウリツィオ・ポリーニ/ユージン・オーマンディ/フィラデルフィア管弦楽団/1971 Arkadia
 エミール・ギレリス/マリオ・ロッシ/ケルン放送交響楽団/1971 ICA Classics
 エミール・ギレリス/キリル・コンドラシン/モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団/1972 Doremi
 エミール・ギレリス/オイゲン・ヨッフム/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/1972 DG
 アルフレッド・ブレンデル/ベルナルト・ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
  /1973 Philips
 ブルーノ・レオナルド・ゲルバー/ルドルフ・ケンペ/ロイヤル・フィルハーモニック管弦楽団/1973 EMI
 マウリツィオ・ポリーニ/クラウディオ・アバド/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団/1976 DG
 ミッシャ・ディヒター/クルト・マズア/ゲヴァントハウス管弦楽団/1977 Philips/Pentatone
 ブルーノ・レオナルド・ゲルバー/ウォルフガング・サヴァリッシュ/NHK交響楽団/1980 Altus
 アリシア・デ・ラローチャ/オイゲン・ヨッフム/ドイツ・ベルリン交響楽団/1981 Weitblick
 ウラディーミル・アシュケナージ/ベルナルト・ハイティンク/ウィーン・リルハーモニー管弦楽団
  /1982 Decca
 クリスティアン・ツィメルマン/レナード・バーンスタイン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
  /1984 DG
 イヴァン・モラヴェッツ/イエジ・ビエロフラーヴェク/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
  /1988 Denon
 スティーヴン・ハフ/アンドルー・デイヴィス/BBC交響楽団/1989 EMI
 アルフレート・ブレンデル/クラウディオ・アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/1991 Philips
 イェネー・ヤンドー/アレクサンダー・ラハバリ/ベルギー放送フィルハーモニー管弦楽団/1992 Naxos
 スティーヴン・コワセヴィチ/ウォルフガング・サバリッシュ/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
  /1993 EMI
 マウリツィオ・ポリーニ/クラウディオ・アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/1995 DG
 ウラディーミル・フェルツマン/ハンス・フォンク/ケルン放送交響楽団/1995 Camerata
 イディル・ビレット/アントニ・ヴィト/ポーランド国立放送交響楽団/1996 Naxos
 エマニュエル・アックス/ベルナルト・ハイティンク/ボストン交響楽団/1997 Sony
 ジョシュア・ピアース/カーク・トレヴァー/ボフスラフ・マルチヌー・フィルハーモニー管弦楽団
  /1999 MSR Classics
 ルドルフ・ブッフビンダー/ニコラウス・アーノンクール/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
  /1999 Teldec
 園田高弘/イエジー・コウト/NHK交響楽団/1999 King International
 伊藤恵/ジャン・フルネ/東京都交響楽団/2001 fontec
 コンスタンティン・リフシッツ/ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ
  /ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団/2002 Orfeo
 ネルソン・フレイレ/リッカルド・シャイー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団/2006 Decca
 マルク=アンドレ・アムラン/アンドリュー・リットン/ダラス交響楽団/2006 Hyperion
 ニコラ・アンゲリッシュ/パーヴォ・ヤルヴィ/フランクフルト放送交響楽団/2007 EMI
 ネルソン・ゲルナー/尾高忠明/NHK交響楽団/2009 Alpha
 ルドルフ・ブッフビンダー/ズービン・メータ/イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
  /2009 Helicon IPO
 エレーヌ・グリモー/アンドリス・ネルソンス/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団/2012 DG
 ツィモン・バルト/クリストフ・エッシェンバッハ/ベルリン・ドイツ交響楽団/2013 Capriccio
 スティーヴン・ハフ/マーク・ウィッグルワース/ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団
  /2013 Hyperion
 マウリツィオ・ポリーニ/クリスティアン・ティーレマン/シュターツカペレ・ドレスデン/2013 DG
 ルドルフ・ブッフビンダー/ズービン・メータ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
  /2015 Sony Classical
 ヨゼフ・モーク/ニコラス・ミルトン
  /ザールブリュッケン・カイザースラウテルン・ドイツ放送フィルハーモニー管弦楽団/2017 Onyx
 アダム・ラルーム/山田和樹/ベルリン放送交響楽団/2017 Sony Classical
 ラルス・フォークト/シュテファン・モリス/ロイヤル・ノーザン・シンフォニア/2019 Ondine
 アンドラーシュ・シフ/エイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団/2019 ECM
 フィリップ・ビアンコーニ/ミハウ・ネステロヴィチ/モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団
  /2019 Printemps des Artes de Monte Carlo
 アンナ・ツィブレヴァ/ルート・ラインハルト/ベルリン・ドイツ交響楽団/2020 Signum UK
 ピナ・ナポリターノ/モデスタス・ピトレナス/リトアニア国立交響楽団/2021 Odradek
 アンドレア・カウテン/ティモ・ハンドシュー
  /ロイトリンゲン・ヴュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団/2022 Solo Musica
 シモン・トルプチェスキ/クリスティアン・マチェラル/ケルンWDR交響楽団/2023 Linn
 ミヒャエル・コルスティック/コンスタンティン・トリンクス/ベルリン・ドイツ交響楽団
  /2023 Hanssler
 イゴール・レヴィット/クリスティアン・ティーレマン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
  /2023 Sony Classical
 イェフィム・ブロンフマン/ズービン・メータ/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
  /2024 Warner Classics Bronfman

 以下にいくつかピックアップして比較してみようと思います。取り上げる CD としては、往年の名ピアニストによる歴史的演奏、この曲の録音として有名なもの、そして個人的に気に入ったものというカテゴリーから選びました。順序は基本的に録音年代順です(同一演奏者で別の録音がある場合は任意の一枚の録音年により、一箇所に固めました)。



   horowitzbrahms
      Brahms   Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Vladimir Horowitz (pf)
      Arturo Toscanini   NBC Symphony Orchestra

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
ウラディミール・ホロヴィッツ(ピアノ)
アルトゥーロ・トスカニーニ / NBC交響楽団
 20世紀最大の超絶技巧家として名高いホロヴィッツ(1903-1989)は説明の要もないことでしょう。指揮はフリッツ・ライナーや後のジョージ・セルと並び、厳しい練習と怒りん坊の一面が共通しており、引き締まった演奏で有名な大指揮者、トスカニーニです。ホロヴィッツの義父でもあります。まずはこの歴史的録音となった一枚からです。といってもこの組み合わせでのブラームスの2番には何種類かの録音があります。古い方から1939年盤、一番多く流通している1940年の RCA のセッション録音盤、それから1945年の珍しいライヴ、そして1948年の RCA のライヴ録音の四種類ぐらいまでは追えます。ここではその最後の48年盤を取り上げます。ホロヴィッツらしく熱く燃えているからです。

 今回の記事全体の話ですが、この曲では主にスケールが大きくて勢いのある第一楽章と、静かな歌が見事な緩徐楽章である第三楽章とで色々な演奏を比較して行こうと思っています。

 まず第一楽章ですが、トスカニーニのテンポ設定は評判通り、大変速いです。そしてピアノ独奏部分ではホロヴィツの叩きつけるような激しく切れの良い演奏に圧倒されます。大変強いタッチでバリバリと行き、テンポも速くて勢い良く駈けるところもあります。

 第三楽章のピアノは出だしの部分のみ少しゆっくりめですが、旋律部分に入ると走ります。これは後出の名人たち、バックハウスやルービンシュタインとも同じ手法で、時代の共通言語ともなっています。そしてこの緩徐楽章でもタッチは強靭で、常に走りたがっているような激しさはヴィルトゥオーゾの名の通り。後半では非常に遅くなって静まる設計になっていますが、ショパンのいくつかの録音で聞かれるような、枯れた情緒でニュアンス豊かにやっているときのようにはディナーミク/アゴーギクともに揺れを加えたりしません。静かに美しくまとめています。

 1948年の RCA のライヴ録音なので、音質的にはその時代らしいものとなっています。



   rubinsteinkrips
      Brahms   Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Arthur Rubinstein (pf)
      Josef Krips   RCA Victor Symphony Orchestra

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)
ヨーゼフ・クリップス / RCAビクター交響楽団


   rubinsteinormandy
      Brahms   Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Arthur Rubinstein (pf)
      Eugene Ormandy The Philadelphia Orchestra

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)
ユージン・オーマンディ / フィラデルフィア管弦楽団

 大御所という意味でこのルービンシュタインと比べられるのは後出のバックハウスでしょうか。前出のホロヴィッツと比較される場合はショパンにおいてということが多いように思います。アルトゥール・ルービンシュタインは1887年生まれで、ホロヴィッツの十六歳年上、バックハウスより三つ年下ということになります。亡くなったのは1982年です。ポーランド出身のユダヤ系ピアニストで、ゼルキンと同様二次大戦中はアメリカで演奏し、そのままアメリカ人となっています。ショパンで有名なピアニストながら、このブラームスの協奏曲の録音は6種類ほどあります。1929年のアルバート・コーツ/ロンドン響盤、52年のミュンシュ/ボストン響盤、58年のクリップス/RCAビクター響盤、59年の同じくクリップス/フランス国立放管盤、66年のドホナーニ/ケルン放響盤、そして71年のオーマンディ/フィラデルフィア管盤です。ステレオなのは58年のクリップス盤と71年のオーマンディ盤ぐらいなので、必然的にその二つのが代表盤になるでしょうか。ショパンでは独特の重さのあるタッチを聞かせましたが、そのショパンの協奏曲など、晩年の緩徐楽章は諦念とでもいうような波長を響かせていて独特の美しさがありました。

 最初は1958年録音のクリップス指揮による旧ステレオ盤(写真上)です。新盤よりもこちらの方を推す意見が多いかもしれません。録音もこの時期としては驚くほど良く、新盤より優っていると言えるでしょう。第一楽章ですが、後出のセルと同様、柔軟かつ引き締まってよく抑揚のついたオーケストラは見事です。ピアノも劣らず技術的に良好で、エネルギーに満ちています。テンポは中庸で決して遅くはありません。ここではタッチが重過ぎたりせず、もたっとするような印象もなく、力を抜く方向の弱め延ばしの抑揚は適切にあるものの、恣意的な表現は聞かれません。完成度が高いパフォーマンスだと思います。少し音間を詰めてエネルギッシュになるところもあり、力強い熱演です。

 第三楽章も遅過ぎないテンポ設定で、ピアノが入ると少しゆったりになり、わずかな重みと湿り気のある音が聞かれます。またわずかに音間も揺らします。しかし序奏部分からピアノが旋律を奏でて独奏に入って来るところに差しかかると、少し前のめりになる方向の拍での小走りを交えます。それがロマン派であってもブラームスは新古典派と呼ばれる人だからロマンティックになり過ぎないように覚醒感を出しているのか、この人の晩年のショパンの緩徐楽章などの回想的な扱いとは大変異なるところです。むしろバックハウスの表現と比べてみると類似性があって面白いです。あるいはこれも新即物主義の影響なのか、ドイツものはみなこうするのでしょうか。格調高さにつながるところです(ただしそれほど顕著ではないにせよ、こういう拍の扱いはある種この曲の演奏のスタンダードにもなって来ており、後年のピアニストでも聞かれます)。前半ではテンポも遅過ぎません。それが後半になるとぐっと速度を落とし、緊張感は落とさずに、弱音も使いこなしつつ遅れる拍の揺れも導入して名人芸を披露します。張り詰めた空気感があるのは前半部分と変わりません。

 前述の通り1958年というステレオ最初期の録音ですが、この頃の RCA は技術が進んでいてエンジニアも良く、新しいものと比較してもあまり劣るように思えないほどです。ピアノの音は輝き過ぎないけれどもオーケストラは団子にならず、残響は多過ぎず、大変クリアです。

 一方、オーマンディとの新盤(写真下)は1971年、八十四歳時の録音ということになります。これを並べてここで出してしまうと他の演奏者と録音年の順序が前後してしまうけど、分かりやすいので先に取り上げます。

 オーケストラは少しテンポが遅いでしょうか。第一楽章でのトータル・タイムは1分弱長くなっています。ピアノは強いタッチの部分でもう少し力が抜けています。やわらかさと静けさが増して聞こえ、前へと急ぐ感じがしません。その分だけ重さというか、この人らしい粘りのような感触は増します。一音ずつ真面目にしっかりと鳴らして行く丁寧さというか、滑らかには流れないような運びも聞かれ、旧盤よりまったりした感覚に満ちています。それを余裕があると聞くか覇気がないと聞くかは人によるでしょう。

 第三楽章は逆に旧盤より30秒ほど短くなっています。前半ではそれを感じないので後半の緩めが少ないのかと思いましたが、その後半でもゆったり感は十分にあります。ピアノの入りでは旧盤と同じようにわずかに揺れ、旋律部分に来ると前へ倒れる軽さが出るのも同じです。したがって歌う緩徐楽章であってもさらっと覚醒しているのも同じということになります。全体に軽く流している感じがして耽溺しない演奏であり、抑揚の設計が一貫しています。後半部分はタイムとしては遅くなり過ぎたりはしないけれども、静けさはわずかに増しているような印象であり、この部分ではこちらの録音の方が深みを感じるでしょうか。

 音的には同じ RCA ながら、むしろ旧盤の方が分離が良く、ハイファイ感があったような気もします。でもこちらも悪くありません。



   richterhaaserbrahms
      Brahms   Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Hans Richiter-Haaser (pf) ♥♥
      Herbert von Karajan   Berlin Philharmonic

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
ハンス・リヒター=ハーザー(ピアノ)♥♥
ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 ハンス・リヒター=ハーザーは1912年生まれで80年に亡くなったドイツのピアニストです。この年代ということで想像できるように、WW2時は動員され、ナチの高射砲部隊にいたけれどもその後復活を遂げたという人です。ショパンのピアノ協奏曲第1番の第二楽章が大変見事で、その部分はこの曲一番の一つというぐらいに気に入りました。技術的には完璧ではないのかもしれませんが、それを補って余りあります。

 まずオーケストラですが、カラヤンはよく抑揚をつけていて滑らかながら勢いもある運びで、ベルリン・フィルのソロ楽器も文句なしです。テンポもこの時期、間延びすることなく、またレガートで表情過多ということもなくて理想的です。

 第一楽章のピアノの入りは遅くないテンポで、覇気のある力強いタッチが聞かれます。かっちりとした輪郭で描いて行きますが、音を緩める表情が細やかで、大きくはないけれども自在にテンポも動かし、やはり緩め延ばす間合いが見事です。前倒しに駈けるところはなく、堂々としていて力で押し切るのとは違う表現力は一流だなと思います。セッション録音だからでしょうが、ショパンのときのように速いパッセージでの指の引っ掛けもなく、技術的にも気になりません。

 ゆったりした第三楽章ですが、入りは遅過ぎないながら落ち着きがあり、歌わせ過ぎもせずに少し早めて弾く表情も見せます。でもバックハウスとは違い、やはり拍を前倒しに駈けるのではなく、部分的に速度を上げます。そして時間方向の延び縮みの表情が自在で、強い音はかなりしっかりしたものです。ショパンのときは達観してありのままの美を静かに眺めるような波長だったわけですが、ブラームスにはより確固とした抑揚を与えているようです。でもこれはこれで素晴らしく、繊細な弱音はここでも生きており、特に後半は瞑想的な味わいを見せています。

 1958年録音です。ステレオ初期の EMI なので、オーケストラの音の重なる部分で粗さが出るのはやむを得ません。



   fleisherbrahms
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Leon Fleisher (pf)
      George Szell The Cleveland Orchestra

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
レオン・フライシャー(ピアノ)
ジョージ・セル / クリーヴランド管弦楽団
 レオン・フライシャーは1928年サンフランシスコ生まれで2020年に亡くなったユダヤ系アメリカ人のピアニストです。シュナーベルに師事し、セルとは多くの録音を残しています。ブラームスは得意とするレパートリーです。

 端正な演奏です。厳しい練習で有名だったセルの筋肉質なオーケストラと無駄なことをしないピアノが上手くマッチしています。第一楽章のテンポはリヒター=ハーザー盤のカラヤンと比べて1.04倍ほど速い17分ほどで、聴感上出だしでは同じぐらいの印象ながら全体に速めのものとなっています。ピアノは一音ずつをくっきりとさせたタッチの粒立った音で、歯切れの良い感じがあり、テンポを動かしたり目立った形での強弱を施したりはせず均整が取れています。引き締まったセルと相まって曲の姿をそのまま現したような出来です。

 第三楽章もリヒター=ハーザー盤と遅い方へ10秒ほど違うだけの中庸のテンポで、特にゆったりはしていないけれどもピアノは繊細な延び縮みがあって強弱も表情豊かです。中程からはしっとりと歌わせ、それでいてリヒター=ハーザーと同様案外覚醒感はあり、溺れるような雰囲気とは違います。チェロがよく歌っています。オーケストラはよく粘ります。

 これもステレオ初期の1962年録音。コロンビア原盤ソニー・クラシカルです。リヒター=ハーザー盤より音は良いです。



   bachauerbrahms
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Gina Bachauer (pf)
      Stanislaw Skrowaczewski   London Symphony Orchestra

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
ジーナ・バッカウアー(ピアノ)
スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ / ロンドン交響楽団
 ジーナ・バッカウアーは日本ではそれほど有名ではないですが、その名を冠した国際ピアノ・コンペティションがソルトレークであったりします。1913年生まれで76年没。ギリシャ人であり、アテネ在住でしたがアメリカ、特にユタには数多くやって来て活動していました。コルトーとラフマニノフに師事し、ロマン派のピアノ協奏曲、特にこのブラームスの2番は得意としていました。ショパンの1番のコンチェルトも見事な演奏でした。女性ながらきっぱりとして力強いところもあり、透明に煌めく緩徐楽章もいいと思います。

 最初の楽章です。ピアノは次のゼルキンほどではないけれども輪郭のはっきりしたタッチで堂々としています。力で押し切るのではなく、落ち着きもあります。余分なことをせず、均整が取れています。

 第三楽章ですが、前半では遅くし過ぎることなくさらっと前倒しになるところがあり、強い音ではかなり思い切りが良い感じです。後半ではルバート気味のためも使い、きらっと光る音を散りばめながら情緒を表現し、耽溺はしません。

 1962年の収録でショパンの1番の一年前というタイミング。レーベルはマーキュリーです。オーケストラはステレオ初期らしい薄く線の細い高域の特徴はあり、トゥッティでは少しだけ頭打ち気味もなるけれどもおしなべて良好な録音です。



   serkinbrahms
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Rudolf Serkin (pf)
      George Szell   The Cleveland Orchestra

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
ルドルフ・ゼルキン(ピアノ)
ジョージ・セル / クリーヴランド管弦楽団管弦楽団
 ルドルフ・ゼルキン(1903-1991)は、現在はチェコとなる地でロシア系ユダヤ人の家庭に生まれ、ウィーンで学んで活躍した後、ナチに追われてアメリカ人となったピアニストです。ベートーヴェンなどのドイツものを得意とし、そのせいもあって力強いタッチで知られていたと言ってもいいでしょう。古くからのファンには懐かしいビッグネームです。ピーター・ゼルキンのお父さんです。

 同じセルが伴奏の前記のフライシャーもそう評しましたが、評判通り一音ずつがくっきりと粒の立った強いタッチのピアノで、ホロヴィッツほどではないにしても、元気な楽章ではその強さはフライシャー以上に聞こえます。フォルテではスタッカートで区切っているかのようで、歯切れ良いことこの上ありません。そういう意味では指揮者のセルともより波長が合っていると思います。弾んで進行する力強いベートーヴェン、というような印象のブラームスとなっています。耳に痛いという人もいるかもしれませんが、がつんと潔く、その種のパフォーマンスを好む人には最高でしょう。オーケストラも柔軟で弾力がありつつ引き締まっています。

 緩徐楽章である第三楽章でも所々くっきりとしたタッチで区切りつつ、明晰な美しさを見せます。テンポは中庸で速くはなく、揺れも間もあり、強弱延び縮みは自在です。感情の高まるフォルテに入ると待っていたように勢いを得て輝きのある音を煌めかせます。曖昧さや躊躇いのようなものを表現する人ではないのでしょう。

 1966年録音のコロンビア原盤で現ソニー・クラシカル・レーベルです。かなりきらきらとしながらも艶を失わないピアノは美音であり、オーケストラのバランスも弾力を感じさせるもので、上記フライシャー盤よりさらに良い録音です。弦にも潤いがあり、フォルテで潰れたりもしません。ゼルキンは60年にも同曲をオーマンディ/フィラデルフィア管で同レーベルに録音していますが、ピアノの演奏傾向は同様です。そちらの録音も悪くないけど、オーケストラの強い音ではこのセルとの新盤の方が余裕があります。



   backhausbrahms
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Wilhelm Backhaus (pf)
      Karl B?hm   Vienna Philharmonic

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
ウィルヘルム・バックハウス(ピアノ)
カール・ベーム / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 鍵盤の獅子王と呼ばれた19世紀生まれのドイツの大御所ピアニスト、バックハウス(1884-1969)です。この人のピアノは拍を前倒しにして駈けるようなところがあり、吉田秀和が「アッチェレランドはしてルバートはかけない」という意味の評を書いた通り、情緒に酔わない、どこか覚醒した感覚を覚える音に特徴があります。いわゆる「新即物主義」の時代の影響かそうでないのかは分かりませんが、このブラームスはどうでしょうか。

 名演の誉れ高い一枚です。バックハウスは他にもこの曲を何度も録音しています。上にまとめた通りですが、1939年のベーム/ザクセン・シュターツカペレ盤、52年のシューリヒト/ウィーン・フィル盤、58年の同じくシューリヒト/スイス・イタリア語放管盤、その翌59年のハンス・ミュラー=クライ/シュトゥットガルト放響盤、64年のカラヤン/ベルリン・フィル(ライヴ)盤などです。どれもモノラルなので、このステレオで八十三歳時の67年盤が代表盤のようになっています。死の年である69年にベートーヴェンのソナタを録音してはいるけれども、これも事実上最後と言ってよいでしょう。

 第一楽章では他の曲でしばしば聞かれるような投げやりなほど前へと走る処理は全く聞かれず、したがって落ち着きのない演奏ではありません。ためてから叩いているような処理すら聞かれます。ベーム/ウィーン・フィルのバックももう少し後の一連の DG との色々な曲の録音よりも覇気があるでしょうか。噛みしめるようなしっかりとしたピアノのタッチはスケールが大きい感じがし、スタッカートは出すものの、そのためてから念を押すようなごつんとした音はゼルキンの歯切れの良さとはまた少し違った種類であり、より重さにつながる力強さです。でも同様にそのごつごつとしたところはドイツ系の曲の解釈という感じはします。流れるように優美とか、やわらかいという種類ではありません。

 第三楽章になると前へ倒して急ぐような拍が聞かれ、少し小走りな覚醒感、酔わない意志のようなものも感じさせます。しかし音を延ばして少し遅らせる処理、ルバートではなく、特にフレーズの後半で速度を緩めるような扱いも聞かれ、ディミヌエンドやリタルダンドはあります。中間部からは速度を緩め、埋没はしませんがしみじみとした味わいもあります。わずかながら拍を一定にしない揺れも独特です。

 1967年のデッカの録音です。ベームとウィーン・フィルは70年代にドイツ・グラモフォンに多くの録音を残していますが、それらとは少し音のバランスが違います。そのせいもあってより力強く聞こえるというところはあるかもしれません。ピアノはややオフの丸いタッチでやわらかく聞こえるところと、それを突き破り気味に強く叩くコーンという音や、低音での多少金属的な響きとが混在している感じでしょうか。全体には明晰もしくは明るい方向のバランスではあるものの、透明感の高い音ではないかもしれません。



   gilelsjochumbrahms
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Emil Gilels (pf)
      Eugen Jochum   Berlin Philharmonic

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
エミール・ギレリス(ピアノ)
オイゲン・ヨッフム / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団


   gilelsreinerbrahms
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Emil Gilels (pf)
      Fritz Reiner   The Chicago Symphony Orchestra

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
エミール・ギレリス(ピアノ)
フリッツ・ライナー / シカゴ交響楽団

 リヒテルと並んでロシアン・スクールを代表するギレリスは磨かれた美しいタッチが印象的なピアニストです。よく「鋼のような」と評され、確かにそうした一面を感じさせる演奏もありますが、リヒテルの感情的な激発とはまたちょっと違った波長でもあり、それがうれしいファンも多いようながら、強靭な側面ばかりを言うと片面しか見ていないような気もします。1916年のウクライナ生まれでユダヤ系、当時はソ連時代ですからロシアのピアニストということになります。ネイガウスに師事した人です。個人的にはその美音と緩徐楽章での過剰なほどたっぷりとした表現が印象にあります。ショパンの1番の協奏曲も美しい演奏でした。

 そのギレリスもこのブラームスの協奏曲は得意としていたようで、録音もいくつかあります。1958年のフリッツ・ライナー/シカゴ響盤は音の良い RCA 録音で、XRCD 盤も出ています。そして71年のマリオ・ロッシ/ケルン放響のライヴ盤、翌年のキリル・コンドラシン/モスクワ・フィルの同じくライヴ盤、それから同じ72年でその少し後のスタジオ録音であるヨッフム/ベルリン・フィルとの DG 盤などです。代表盤とされるのはヨッフムとのその DG 盤で、それよりライナーとの録音の方が良いという意見もあります。主に剛毅なものを好む人はそちらだと思います。

 ここではまず代表盤とされるヨッフム/ベルリン・フィルとの録音から見てみます(写真上)。そして順序が前後しますが、その後にライナー盤を少し取り上げます。

 ヨッフムとの DG 盤です。最初の楽章ですが、ゆっくりと静かに入る独特さに少し意外な感じになります。他にもありますが少数派でしょう。ヨッフムが特別個性的な演奏をするという印象もないけれども、全体にオーケストラは柔軟で美しい運びです。序が終わってピアノだけの上昇音に入ると速くなり、磨かれた強い音がきれいです。しかし速さで押し切るわけではなく、緩める抑揚でのニュアンスが豊かであり、強い音は力強いけれども粗さがありません。その後の展開はテンポ設定としては速い方ではなく、中庸でよく表情がついています。弱音も余裕があってくっきりとしており、やはりきれいな音です。後半のさざ波のような静かな音も大変美しくて印象的です。音色自体も艶やかです。「鋼」と言われるけど、「美音」という方がいいと思うところです。

 さて、気になるのは緩徐楽章である第三楽章です。ゆったりとしたやわらかい歌が聞かれる運びで、速度自体かなりゆっくりしています。この人の緩徐楽章らしいと言えます。そして旋律に入ると少し速めるのは定石ながら、それでも全体としてはスローな方でしょう。ショパンの協奏曲でもそうでしたが、往々にして感情過多でセンチメンタリズムに陥りやすいとしてもいいと思います。でも前半部分だけならそれほどの印象でもありません。ちょっと遅いところもあり、もう少し流れるような延び縮みが欲しい気もするけれども、このぐらい歌わせた方が良いかもという程度です。静かなパッセージの途中で出るフォルテは大変強くてコントラストがあり、でも荒くなくてはっとします。けれども後半は控えめに言ってもかなりスローです。トータルで14分ほどというタイムは12分台が多く、ゆっくりでもその後半、速いと11分台、まれには10分という演奏もある中で、大変遅い運びと言えます。他にあるとすればツィメルマンぐらいでしょうか。慣れればそういう曲と思えるとも言えるし、思えないとも言えます。問題はここまでのたっぷりに耐えられるかで、耐えられるなら他にない名演奏だし、だめなら間延びと感じるかもしれません。

 録音は大変良いです。72年の収録で、ドイツ・グラモフォンは70年代にもきつい音のアナログ録音もあるはあったけど、柔軟でふくよかなものも結構ありました。弦が艶やかできれいであり、それでいて痛くならず、ピアノも上述の通り同様に艶の感じられる美音です。

 もう一つの代表盤であるフリッツ・ライナーとの方です(写真下)。これは出だしが遅くはありません。ライナーだから当然でしょうか。歯切れが良く、劇的なオーケストラと言えます。ピアノはかなり強いタッチであり、DG 盤より力強さが感じられます。これなら「鋼」と言われるのも分かります。拍が前へ倒れることはないけれども驀進する感じもあります。

 第三楽章は入りはさほどゆっくりではなく、ライナーの管弦楽はむしろやや速いぐらいの中庸と言えます。曲線的な演奏ではありません。シュタルケルがチェロのソロを受け持っています。ピアノの入りは少しテンポを落として来ます。ゆったりめながら DG 盤ほどではなく、旋律部分でのスピードアップはしっかりあり、その後遅くない進行となります。中程手前のフォルテも力強く、全体に素早さがあります。タイムの方は12分ほどで、トータルの時間としては標準的です。でも後半部分でコントラストを付けてかなりテンポを落とす手法は一貫してるので、やはり一瞬かなりスローと感じる瞬間があります。DG 盤と比べればまだ遅過ぎはしないわけですが。そしてオーケストラが入るとまた少し速くなり、それに引っ張られる形でピアノの速度も遅くない状態で推移します。最後の最後ではまたかなりスローダウンします。そこはライナーの方も協調させています。

 1958年の RCA 録音はルービンシュタイン/クリップス盤と同じ頃で、この時期にしては大変良好ですが、 オーケストラ、ピアノともに DG 盤ほど艶やかで柔軟な感じではなく、むしろ迫力と切れを感じさせるものです。音のきれいさ、透明感では負けるけれども、絶対的に見れば決して悪くない録音です。

 これ以外ではコンドラシン/モスクワ・フィルの72年のライヴ盤も聞きました。出だしがゆっくりなのはヨッフム盤と似ており、ピアノについては上昇音形のソロ部分での歯切れはそれほどでもありません。丁寧な運びながら鍵盤の引っ掛け(違う音を叩く)も若干出るし、音がもやっているところもあるけど、ライヴだから仕方ないでしょう。オーケストラの方も透明度は高くなく、多少頭打ちの場面もあります。第三楽章の入りは遅くはなく、ピアノが少し遅いのも他盤と同じ、旋律部分に入ると前倒しにやや駈けるのも同じで、設計は一貫しています。後半のスローダウンも同様で、演奏時間は12分台の後半。ライナー盤とヨッフム盤の中間となっています。


  
   brendelhaitinkbrahms  brahmspfcon2.jpg
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭ major op.83
      Alfred Brendel (pf) ♥♥
      Bernard Haitink    Royal Concertgebouw Orchestra, Amsterdam

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
アルフレッド・ブレンデル(ピアノ
♥♥
ベルナルト・ハイティンク アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団


   brahmspfcon2.2
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭ major op.83
      Alfred Brendel (pf)
      Claudio Abbado    Berliner Philharmoniker

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
アルフレッド・ブレンデル(ピアノ)
クラウディオ・アバド / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

 このブラームスの2番の協奏曲の記事は当初、今ここで扱うブレンデルの二枚だけをご紹介するものでした。その後シフなども録音し、色々新しいものも出て来たので CD の枚数を増やして書き加えることにしました。そして以前はそれだけで満足していた通り、ブレンデルの、特に旧盤の方は大変よい出来であり、今もそう感じるのは変わりありません。この人の演奏はそのメンタリティがブラームスにはぴったりという気がします。内向的なやや夢見るような目線で、ちょっと自意識過剰なロマンティシズムを表す人だからです。モーツァルトの緩徐楽章では古典派とは思えないような感傷的な歌を聞かせ、バッハもロマン派のようなリサイタルがあったりしました。かと思えばベートーヴェンではむしろ情緒に溺れない表現を見せたりもしたので、文章も書ける人ということと合わせて「知的な解釈に特徴がある」とするのが一般評です。それでも湿り気を感じさせる内向きな歌がブレンデルの個性であることに変わりはないと思います。ブラームスも私生活では躊躇いがちで抑制的な行動様式を持っていたと言われます。  

 アルフレート・ブレンデルは1931年のチェコ生まれでウィーンで活躍したオーストリア人ピアニストで、2008年に引退しています。音楽一家ではない裕福なホテル経営者の家に生まれ、習った先生はいたものの正式なピアノ・レッスンは受けていない期間があった人で、エドウィン・フィッシャーのマスター・クラスに出て影響を受けたという経歴です。
 ブラームスの2番には二つの録音があります。どちらもフィリップスからで、古い方がハイティンクとの1973年のアナログ録音、新しい方はアバドとの91年のデジタル録音です。

 まずハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管との旧盤(写真上)です。これは数あるこの曲の録音の中でも大変気に入ったものです。大変しっとりとしていながらスケール感も十分あって理想的な演奏であり、これだけあれば良いかとも感じます。

 第一楽章ですが、交響曲的とも言われるこの曲、オーケストラの方は余分なことはしないけど柔軟にして表情豊かであり、瑞々しく歌っています。また、力がこもっていて覇気もあるので、ハイティンクの録音の中でもベストの一つでしょう。ピアノの方はため、遅らせなどの表情がどこも全く適切で、活きいきとしています。これもブレンデルのベストと言えるのではないでしょうか。

 第三楽章も出だしはやや軽快ながら速過ぎず遅過ぎずの12分11秒というテンポで、オーケストラはよく歌い、ピアノはゆったりめにデリケートな陰影を付けて弾かれます。弱音を繊細に使うのがこの人らしいところで、ひそひそと喋るような効果によって内気な感じも出しつつ、強い音も切れが良くて美しいです。後半では曲の構造上よりゆったりになるわけですが、ギレリスやツィマーマンのように遅過ぎる感じはせず、耽溺とまでは行かない中で詩情豊かに内緒話をして行きます。後半で感情が高まるところの湧き上がるような表現も見事で、全体に情緒的で大変美しい運びです。

 73年のフィリップスのアナログ録音は生っぽいバランスを聞かせたこのレーベルとしても良い出来です。自然ながら独特の艶のあるピアノが大変心地良いです。

 次に91年のアバドとの新盤です(写真下)。タイムは旧盤とほぼ同じだけど印象は異なり、新盤の方がコントラストが強くてエネルギッシュです。オーケストラが元気に感じるのは高域が前よりきつめになったデジタル録音も加勢しているでしょう。そのため多少がやがや感が出ているような気もします。第一楽章ではアバドが頑張っていて、オーケストラはフォルテには迫力があります。弦の歌わせ方も山を描いて強く表情を乗せています。
 一方でブレンデルのピアノはというと、旧盤よりためがやや大きくなり、反響音が混じることもあるにせよ、指を残したりダンパーペダルを使ったりして音間をつなげる度合いが大きく感じます。滑らかな音の運びで塊感を出そうとしているのかなと少し思いました。したがってこちらもより表現が大きくなり、スケール感が増しています。フォルテもより強いタッチになってるでしょうか。この辺は録音バランスも関係するので微妙ですが。また、歌わせる部分で遅めに傾きがちなアバドの伴奏に乗り、ゆっくりのところをより噛みくだくように演奏します。その結果「急」の部分との対比でよりスケールが大きく聞こえると言えるでしょうか。

 第三楽章ですが、チェロが大きく歌います。ベルリン・フィルの主席奏者であるゲオルク・ファウストだと記されています。全体によく表情を付けて進行して行くのは他の楽章とも共通です。タイムは旧盤と数秒違いでほぼ同じながら、表情のデリケートさは前の方があり、独奏の旋律部分でピアノが前倒しの拍を打つ感じも強まっています。他のピアニストと比べれば相変わらず繊細だけど、全体に歳を取った分少しタフになったような感じというか、旧盤より覚醒した平常心寄りで一定に推移する印象が強まっています。傷つきやすかったのが精神的により健康になったと言うべきでしょうか。表現としては効果的に弱音も使うけど一定に弱く、細かな浮き沈みのある息遣いは減りました。後半の湧き上がるような興奮もより平静で、静かな展開部分に入っても、ゆったりにはなるけどアゴーギクの揺れも減っています。あくまでも旧盤との比較においてだけど、平穏に流れて行く緩徐楽章です。     
 91年のデジタル録音は旧盤よりやや弦の高域が華やかで、ピアノの艶は逆に控え目のところもあります。上述の通り少し賑やかに感じるデジタル録音です。特にフォルテになったときの響きに録音方式の性質が表れているようです。フィリップスはデジタルになってからも良い録音がありましたが、アナログ時代にはすでに完成されていました。まとめて言うならば、新旧どちらも良い演奏ながら、落ち着いた間合いと自然な録音では旧盤、より振り幅が大きくて分かりやすいのは新盤ということになるでしょうか。



   polliniabbadoviennabrahms
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Maurizio Pollini (pf)
      Claudio Abbado   Vienna Philharmonic

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)
クラウディオ・アバド / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団


   polliniabbadoberlinerbrahms
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Maurizio Pollini (pf)
      Claudio Abbado   Berlin Philharmonic

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)
クラウディオ・アバド / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団


   pollinithielemannbrahms
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Maurizio Pollini (pf)
      Christian Thielemann    Staatskapelle Dresden

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)
クリスティアン・ティーレマン / シュターツカペレ・ドレスデン

 アルゲリッチ、ツィメルマンとともに今でも多くのファンを擁する超絶技巧の人、ポリーニが鳴り物入りで登場したのは1960年のショパン・コンクールでした。この分野で有名だったホロヴィッツをより洗練させた現代的な弾き方とでもいうのか、ミスター・パーフェクトと呼ばれ、速いパッセージを見事なまでの指さばきでバラバラと完璧に鳴らし切ってしまうところに魅力があったのだと思います。審査員のルービンシュタインが「ここにいる採点者で彼より上手く弾ける人はいないだろう」と述べて満場一致となったのは有名な話です。そしてつけ加えるなら、そうした快速の部分以外では、抑揚はしっかりあるので無機的とまでは言えないし、楽譜通りというのも褒め言葉にはなり難いので不適切だとしても、非常にあっさりとした、真っ直ぐで素直な表現に逆に個性があるような弾き方だったと個人的には思います。好きな人とそうでない人とが分かれるピアニストだと言ってもよいでしょう。どういう理由からかはこれも意見が分かれるものの、最年少でのコンクール優勝後に8年間雲隠れしていたというのも神話を盛り上げる働きをしました。その間はどうやらミケランジェリに習っていたようです(ミケランジェリは教えないことで有名かもしれませんが)。1942年のミラノ生まれです。

 この曲の録音は他がそうでもないのに複数あります。どれもドイツ・グラモフォンからです。代表的なのは親友だったアバドが指揮したウィーン・フィルとの1976年盤(三十四歳時)、同じくアバド/ベルリン・フィルによる95年の再録音(五十三歳時)、そしてティーレマン/シュターツカペレ・ドレスデンによる2013年盤(七十一歳時)です。それ以外にもオーマンディ/フィラデルフィア管との71年のライヴ盤(Arkadia)もあり、そこには58年のジュネーヴ・コンペティションでの第一楽章がおまけで入っています。若いときの方がすごかったかどうかについては、激しさはあまり感じない気もするけれども、ここでは取り上げないので是非聞いてみていただきたいと思います。DG 盤についてはそれぞれを順に見てみますが、これも大変個人的な感想ながら、どれもピアノの感情的な表現に関しては大きく違うとは言えないと思います。

 まずアバド/ウィーン・フィルとの最初の76年盤(写真上)です。第一楽章はアバドはゆったり目に導入しています。ピアノも最初は静かに入ります。そしてコントラストを付けて強くなるけれども、その強い上昇音節系の7音が二回出るところでフレーズの切れ目の音を切らずに続けます。これはその後のどの演奏でも共通しています。フォルテでのタッチに切れがあって強靭さが感じられ、そうした強い音の部分に個性を感じます。音が独立してかっちりと鳴る小気味良さこそに魅力があると思います。その後の強いパッセージでのオーケストラには激しさというか、熱気も感じます。また、静かになる部分でのピアノは飲み込まれるように静かになりますが、抑揚はこの人らしく無色透明で、強弱延び縮みがないわけではないけれどもあっさりとしています。常にフォルテを待ち構えているようです。

 第三楽章ではオーケストラが柔軟な歌を聞かせます。ピアノの抑揚表現は大変静かだけど寒色系とでも言うか、上記の通り悪く言えば無機的なまでに完璧です。音も鉄琴を叩いているような純粋な音色です。スローダウンしても弱音になってもさらっとしており、色を感じさせない歌を聞かせます。それは独特の美しさだとも言えます。要約をすれば一番素直で直線的、やや弱音が際立つところもあるのがこの最初の録音でしょう。

 音は DG らしく硬さと中高域の張りによって明るく輝くところがあるもので、新盤のベルリン・フィルと比べてこのウィーン・フィルが特にやわらかいというものではありません。アナログとデジタルで方式は違うものの、両者似たバランスとも言えます。比べればこのアナログ盤の方が多少おとなしい感じがするでしょうか。良好な録音です。ピアノの重なる音はすこし賑やかになるけれども、これはこのピアニストの音でもあるのかもしれません。

 次に95年盤(写真中)です。アバドとは気が合ったようで、また一緒にやっているけれども、オーケストラはベルリン・フィルになりました。

 第一楽章は同じくゆったりの導入で大きな違いはないような気がしますが、ピアノは最初の静かな導入でまず、上昇の伴奏部分と下降を伴った右手の主要旋律に当たる部分の間に区切りを入れ、後者をくっきりと輝かせるという、技ありな意図を覗かせます。控えめなところのある旧盤より鮮やかな感じがします。ピアノの音の輪郭が澄んでいて美しく、その次のフォルテで展開するところでは大変力強くもクリアで、やはりソリッドで明晰な美音を見せつけます。きらきらと輝いて一音ずつが見えるようです。強い音にも陰影が付き、余裕も見せています。正に技巧家と言えるでしょう。また、弱音へと降りて来ても前より表情が付いているでしょうか。オーケストラについては旧盤よりしなうようによく歌い、要所を押さえたメリハリもしっかり付けていて、やり過ぎなぐらい意欲もりもりな感じがします。全体の印象を敢えて言うなら、ピアノを中心に見て「切れの旧盤、技と強さの新盤」という感じでしょうか。演奏時間から言えば、三つの録音でこの二度目のだけがこの楽章では残り二つより3、40秒ほど長めです。
 第三楽章も静けさでは旧盤かなという気もする一方、強弱の抑揚はこちらの方がはっきりしているという漠然とした印象があります。基本の造りは同じようで、やはり気持ちが強い音の方を向いている演奏ではあると思いました。個人的にはこの二度目の録音がベストではないかなという気がします。

 音は特に分解が良く見通しが効くという方向ではなく、DG らしくオーケストラは中高域が張って弦に艶が乗る分ややきついところがあるけれども、トータルでは明るいきれいさがあります。残響そのものはあまり感じないでしょうか。デジタルらしいちょっと乾いた明晰な輝きを見せる音とも言えます。ピアノには良い面もあるけれども、ピアノはピアノで強いところでは角がはっきりとしているため、重なる音はわずかにがやがやとした濁りも出ます。それ以外では透明感があってきらきらしていて美しいです。

 最後はティーレマンとシュターツカペレ・ドレスデンによる2013年盤(写真下)です。ポリーニも七十一歳になったということで、円熟を期待するところでしょう。第一楽章ですが、オーケストラの表現はテンポに揺れがあります。この表情の付け方は前二枚のアバド盤と多少違いがあります。ピアノの方は出だしでフレーズ間の音をつなげるのは以前と同じながら、音そのものに目の覚めるようなところはあまり感じませんでした。また運び方についても、言われなければ超絶技巧家という一面が感じられない気がします。第三楽章はひたすら真っ直ぐな印象で、強くするところの直截さがポリーニかなと思わせます。タイムで見ると、このティーレマン盤のみ、第二楽章が多少長め、第三と第四楽章で反対に二つのアバド盤より1分前後短めとなっています。ポリーニのピアノについての全体の出来としては、老年に差し掛かった達観が感じられ、情緒に深みが出て来たと言う人もあるかもしれませんが、反対に超絶技巧の側面がすっかり抜け落ち、それ以外の特徴だけが残ったと辛口表現をする人もいるかもしれません。

 録音ですが、反響成分によって多少分離の悪いところもあるかなという感じがします。でも最近のデジタル録音らしい特徴もちゃんと出ていると思います。



   zimermanbrahms
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Krystian Zimerman (pf)
      Leonard Bernstein   Vienna Philharmonic

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
クリスティアン・ツィメルマン(ピアノ)
レナード・バーンスタイン / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ポリーニに負けず劣らずの人気を誇り、同じように技巧派でもあるツィメルマン(ツィマーマン)ですが、抑揚表現はあっさりすっきりではなく、計算された巧者な面も持っています。曲によっては大変凝った造りになっている場合があります。この人も1975年のショパン・コンクールで最年少の十八歳で登場して来て大きな話題になりました。65年がアルゲリッチでしたから、この時期、一回を除いて三人の『ヴィルトゥオーゾ』がほぼ連続して現れたことになります。1956年生まれのポーランドのピアニストであり、したがってショパンは一番注目されます。ブラームスはどうでしょうか。覚醒した自意識も持ちつつ泣きの形も見せるロマンティックな一面も持ち合わせていますので、この作曲家にも相性が良さそうな気がします。デビューの十年後、二十八歳時の録音です。

 最初の楽章です。ピアノはゆったり入り、フレーズ最後の音の前に間を空け、その最後の音を強調しています。そして次に強くなると、テンポも急に速くなります。その後も頻繁に間を設けることで少しもったいがついたと言うと言葉が悪いながら、重みを感じさせる進行となっています。アクセントも強めで、一音ずつに力を込めるような展開です。したがって全体にスケールの大きい演奏という感じです。ツィメルマンにとってはブラームスは少し厳しい作曲家という印象なのかもしれません。走らず、どの音符もくっきりと丁寧に音にして行くのでヘヴィであり、後半はさらにゆっくりした進行になります。技術については折り紙付きでしょう。

 緩徐楽章の第三楽章ですが、ここもゆったり入り、オーケストラも丁寧に音にして行きます。そしてピアノが出て来ますが、細かな強弱をよく付けながら、所々で立ち止まるような間を取って余裕を見せつつ大きめな表情を見せます。大変濃い表現です。フォルテは非常に強くて印象的であり、隅々までやることはしっかりやったという感じで軽さのない演奏だと言えるでしょう。後半は特にゆったりたっぷりになり、止まりそうになるかというほどの箇所もあります。緩徐楽章のこうした扱いはショパンの弾き振りのときでもそうなので、ツィメルマンらしいとも言え、それにバーンスタインも合わせているのでしょう。あるいは逆なのかも分かりませんが、合意は形成されているわけです。そしてこの楽章、このぐらい分かりやすくはっきりしている方が好きという人もいるかと思います。トータルで14分30秒ほどというタイムはゆっくりなギレリス/ヨッフム盤よりも30秒も遅く、最大遅い部類です。前述の通り、ここは12分台が多くて、速いと10分という演奏もあるのです。  

 1984年、デジタル初期のドイツ・グラモフォンの録音です。このレーベルらしい音のバランスはポリーニの95年盤とも共通した響きであり、艶のある明るく張った高域を持ち、この時期らしいちょっと乾いた明晰な輝きを見せる音です。ピアノには向いていますが、フォルテが続くと人によっては多少疲れると感じるかもしれません。



   axbrahms
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Emanuel Ax (pf) ♥♥
      Bernard Haitink    Boston Symphony Orchestra

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
エマニュエル・アックス(ピアノ)♥♥
ベルナルト・ハイティンク / ボストン交響楽団
 日本ではあまり有名人扱いされていない感もあるエマニュエル・アックス。チェロのヨーヨー・マと親しくてよく一緒に活動して来たことから伴奏ピアニストみたいに思ってる人もいるでしょう。第一回のルービンシュタイン・コンペティション(イスラエル)の覇者でもあるながら、このコンクールの優勝者で誰もが知ってるのはチャイコフスキーでも勝ったダニール・トリフォノフぐらいかもしれません。でもこのアックス、大変豊かな音楽性を持った演奏家だと思います。音楽性という言い方も変ですが、繊細な表情を示し、過度な表現に陥らずに洗練されているので、本物というのもまた妙だけど真の実力者という感じです。派手ではないですから一般には分かり難い部類でしょうか。戦後の1949年、今のウクライナのリヴィウ、当時のソ連に生まれたユダヤ系ポーランド人で、ナチにキャンプ送りにされたのは両親であり、本人はそういう世代ではありません。十代でカナダを経由してアメリカに渡り、市民権を得てジュリアードで学びました。このブラームスの2番はブレンデル旧や、新しいところではコルスティックなどと並んでこの曲のベストの一つだと感じました。録音としてはこの翌年のショパンの協奏曲も見事でした。

 第一楽章ですが、控えめな出だしのピアノです。強い音は十分に強く確然としてるけれどもその強さに無理や焦りが一切ありません。リタルダンドで緩め延ばす手法の表情があり、細かな強弱伸縮の呼吸が生きています。また弱音が丁寧でデリケートです。テンポはゆったりめで、音の間に余裕があって切羽詰まった感じがしません。前へのめる熱気のようなものこそを求める人には少し弛いかもしれませんが。オーケストラもブレンデルの旧盤が素晴らしかったハイティンクであり、ボストン響ながら安定の音作りです。

 緩やかな第三楽章はタイム的には12分をわずかに切れるぐらいで全然遅くはありません。その意味で洗練されているとも言えるけど、速く感じさせる演奏でもありません。前半はさらっとしていながら静かでゆとりがあるという感じです。リズムの揺れと、独奏部に入ったところでの多少前倒しにする拍の扱いもあります。でもそれは嫌味にならないわずかなものであり、絶妙です。全体には深々として柔軟な印象で、表情の鮮度が高い、大人の洗練が聞ける演奏となっています。心洗われるこの楽章の美しさは特筆に値します。後半は十分にスローダウンするものの思い入れたっぷりになり過ぎたりもしません。パーフェクトでしょう。聞き終えると充実した落ち着きを得られます。

 1997年のソニー・クラシカルによる録音も繊細な高域とやわらかい響きを捉えており、ナチュラルで大変良いバランスです。カップリングでチェロに編曲されたヨーヨー・マによるヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」が聞けるのもうれしいところです。この曲も協奏曲と同じ年にペルチャッハで作曲されたものです。マは有名なフランクのヴァイオリン・ソナタもチェロでやっており、そちらも良かったです。



   grimaudbrahmsconcerto2
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Héllène Grimaud (pf)
      Andris Nelsons    Vienna Philharmonic

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
エレーヌ・グリモー(ピアノ)
アンドリス・ネルソンス / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 モデルさんのようなエレーヌ・グリモーは狼研究家でもある1969年生まれのフランスのピアニストです。ユダヤ系でお父さんは言語学者。ジャック・ルヴィエに師事しました。最近はすっかり地位が確立して人気もあります。ドイツ・ロマン派の曲を得意とし、フランス人らしい洒脱な演奏というよりも、案外スケールの大きな力のこもったパフォーマンスを見せる印象もあります。間奏曲の録音は好みでしたので、これはどうかと楽しみでした。指揮者のネルソンスも真摯で熱い演奏を聞かせることがある人なので期待が持てますし、管弦楽は名門ウィーン・フィルです。 

 第一楽章です。遅めでピアノは最初からための抑揚を付けます。独奏部分からは速くなるけれども、丁寧ながら力強さも感じられる運びです。全体にしっかりとした表情があって少し重めでしょうか。即興的な動きのあるピアノではなく、重厚なブラームスを現出させています。静かな部分に入ると粘る歌でゆっくりめに、一つひとつの音を十割しっかりと鳴らして行くという感じの動きとなります。間が大きい場面や打鍵が強過ぎるかという瞬間もあるけど、真面目でいかめしさを感じさせるぐらいのブラームスが良い人にはベストかもしれません。とにかく力が入っています。演奏時間は19分近いという遅いものです。

 第三楽章もゆったりめに感じますが、タイムは12分の後半で標準的です。ピアノはため、音間を変える表情がしっかりと施された遅めに粘る運びです。ここも相当重く、重厚な印象です。フランス人という感じは全くしないと言えるでしょう。そう見られたいのかもしれません。あるいはドイツものこそが得意というだけあって、本来がこの感性なのでしょうか。分かりません。間奏曲ではもう少し違う印象でした。でもお国ものの演奏を望む人には、お国は違えどそれ以上にお国っぽいとも言え、満足が行くかもしれません。後半のゆっくりの部分になるとかなり遅く感じられます。ロマンティックだけれどもうねるような抑揚変化を付けているわけではありません。

 結構はっきりとした音の録音です。ウィーンフィルながら弦はしゃきっとしています。新しいところでもドイツ・グラモフォンらしさは残っているとも言えるでしょうか。2012年の収録です。優秀録音と言えるでしょう。



   buchbinderbrahms
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Rudolf Buchbinder (pf)
      Zubin Mehta Vienna Philharmonic

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)
ズービン・メータ / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ルドルフ・ブッフビンダーは1946年チェコ生まれのドイツ系で、オーストリア国籍のピアニストです。ウィーンで学び、66年にヴァン・クライバーン・コンペティションで優勝しました。ベートーヴェンを得意としています。そしてこの人はこのブラームスを気に入っているらしく、三回も録音しています。99年のアーノンクール/ロイヤル・コンセルトヘボウ管によるテルデック盤、メータ/イスラエル・フィルによる2009年盤(Helicon IPO)、そして同じくメータ指揮によるウィーン・フィルとのこのソニー盤です。これら三つの中では録音面で残響は多少短めながらアーノンクールのオーケストラが面白く、この指揮者らしい個性的な抑揚が聞けてオリジナリティーがありました。アーノンクールについてははバロックなどの古楽よりもベートーヴェンやそれ以降のロマン派の演奏の方が個人的には好きなので、そちらの盤を取り上げようかとも思ったのですが、ピアノの演奏は同じ傾向なのでより新しい方を持って来ることにしました。

 トータルで重量級の真面目な演奏という印象です。第一楽章は17分ちょっとなので遅いわけではありませんが、決して速くは感じません。ピアノは力で押すというほどでもなく、繊細自在に抑揚を付ける方向でもなく真正直な感じがするけれども、弱いところではやわらかさを感じさせ、少しだけ重く音をホールドする傾向があると思います。鋭さ軽さではなく、ウィーンのお菓子のようなどっしり感があるのです。終始派手なことはせず落ち着きのある進行です。音色も輝き過ぎません。中程で抑揚を抑えてフォルテで突っ切る場面もあり、ぶつかったら相手が弾かれるかのような迫力が出ます。以前のアーノンクールとの録音では、傾向は同じながらもう少し軽かった印象もあります。メータのオーケストラの鳴らし方も張り切ってスケールが大きく、大曲だぞ、という感じです。

 第三楽章もタイムは11分20秒ほどなのにゆったりした入りに感じます。ピアノは速度こそ遅くはないし、独奏部に入ったところで少し急ぐマナーも定石なのですが、さらっとした印象ではないのです。それはたっぷりと延ばすような抑揚を施しており、強い音が入るとかなり強くて重みも感じさせるように打鍵するからでしょうか。やはり重量のあるものの動きという感じです。念を押すように区切りながら聞かせます。技術ではなく雰囲気ではアラウのピアノにちょっと似た雰囲気がある気もします。名前はイタリア人風で生まれはチリだけどばりばりのドイツ語アクセントのピアニストです。でもこちらはもう少し弾力があるでしょうか。また、アーノンクール盤で特にそう感じたけれども、ここでもダンパーペダルをしっかり使っており、フォルテでは音が鳴り続けている感じがします。

 2015年のソニー・クラシカルです。上述の通り十分にスケールが大きいと思わせる録音です。



   schiffbrahms
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      András Schiff (pf) ♥♥
      The Orchestra of the Age of Enlightenment

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
アンドラーシュ・シフ(ピアノ)♥♥
エイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団
 このページは最初ブレンデルの CD を取り上げるだけで終えていたのですが、このシフ盤が出て来たことで全面的に書き直そうかと思い始めました。それぐらいこの録音はどうしても取り上げたかったものです。ご存知シフは1953年生まれのハンガリーのピアニストであり、当初は知的なリリシズムとでも言うべきバッハに注目が集まり、その後ベートーヴェンも空前の名演奏と言えるものを出したし、色々と挑戦をしていて今やピアノ界の大御所という感じです。最近は先鋭化著しいというか、シューマンも独特だったし、改革者たらんとする意図のはっきりした表現を打ち出している気がします。それでも頭でっかちにならずに十分に美しいのです。

 大変個性的なブラームスで、そして魅力的です。ロマン派ではありますが、ピリオド奏法の要素が入っています。楽器もブラームスの時代に作られた1859年製のブリュートナー(ベヒシュタインと並ぶドイツのピアノ)ということで、独特の音です。分厚いオーケストレーションの重厚でロマンティックなブラームスという概念を壊しにかかっていると言えるでしょう。それが本来のブラームスの音楽だったというのがご本人の主張のようです。弾き振りなので、シフの考えが全面的に出たパフォーマンスとなっています。オーケストラはイギリスの古楽の有名な楽団であるエイジ・オブ・エンライトメント管です。

 第一楽章からです。こつんとしてやや硬質な艶のあるピアノの音が独特です。強いタッチのときの倍音も和音の響きもそうだけど、古楽器と現代ピアノの中間のような雰囲気があります。力強さではモダン・ピアノ、金属的にならないピンとした音色はフォルテ・ピアノ寄りというのでしょうか。心地良い音です。表現の方に行くと、まず各音及びフレーズにしっかりと区切りをつけた明晰な弾き方で、かなりタッチの強さも感じさせます。打鍵楽器らしいクリスプネスを強調しており、オーケストラ共々曖昧なロマンティシズムの靄がかからず、明澄で古楽的です。ブッフビンダーのようにダンパーペダルにものを言わせる音も出しません。テンポはあるべき中庸です。決して走ることなく、アッチェレランドもせず、どのフレーズもトータルでは音価を守ってくっきりと音にして行きます。一方で時間方向では大きなルバートではなく、音符間の伸縮による細かな揺れがあるのもシフらしいです。各拍の前にわずかなためを用いて等間隔にせず、連続音にリズムを付けたりしています。ロマン派らしい、ブラームスらしいという観点からは少し異質かもしれないけれども美しい音楽です。大変覚醒していて意識の強度を感じさせます。 

 第三楽章は10分05秒という、最短の演奏時間です。テンポは大変速いことになるけれども、慌ただしい感じはせず、爽やかです。シフは理論的にも追い込む人なので、素早い出だしの「月光」のときと同様に何か考えた結果である、彼一流の理屈が存在するのかもしれません。そう言えばトロイメライもあっさりした展開でした。第四楽章は反対にゆったりです。最近の彼の、こうした緩やかな楽章での速めのテンポ設定について賛同するかと言えばそうでもないのですが、ここはトータルでは旋律美を損なっているとは思いませんでした。
 独奏部分に入ったときの拍の前倒し手法はセオリーとして導入しているとも言えるけど、それもかなり前のめりに動かします。バロックのイネガル的不均等というのでしょうか、速度は一定にした上での揺れの古楽的アクセントも聞かれます。モーツァルトを古楽鍵盤奏者がフォルテピアノで弾いているみたいな感じです。それは同時にオーケストラの運びにも言えます。そして速い楽章と同様、ここでもややスタッカート気味とも言える跳ねるような一音ごとの独立性があり、独特の展開になっています。ことブラームスに関しては、こういうのは他の演奏者では聞いたことがありません。アーノンクールより古楽的だし、しかし独特の美しさがあります。それでも後半に入ると適切に速度を落とし、速いテンポ設定ながらも静けさと緩やかさを十分聞かせるようになります。叙情性もあって満足出来ます。ただしその間も硬質さは維持され、雨だれのような音を響かせています。夢見るようなきれいさではなく、霧のかからない清々しさであり、そのまま説得されてしまいます。

 アイヒャーのジャズのレーベル、ECM からのリリースで、録音は2019年です。元々のジャズもクリスタル・サウンドだけど、クラシックになっても録音は大変良いです。



   bianonibrahms
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Philippe Bianoni (pf)
      Michal Mesterowicz   Orchestre Philharmonique de Monte-Carlo

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
フィリップ・ビアンコーニ(ピアノ)
ミハウ・ネステロヴィチ / モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団
 フィリップ・ビアンコーニは1960年ニース生まれのフランスのピアニストで、歌や器楽の伴奏、室内楽などで活躍し、録音はロマン派の作品が多いようです。

 第一楽章です。中庸のテンポで、演奏時間は長くないけど所々ややゆったりの進行で落ち着きがあります。ピアノは強くて速い音も明快なタッチであり、走らずに一音ずつを独立させてよく響かせます。一方で歌わせる部分ではやわらかくニュアンスに富んだ抑揚があります。どこも実に適切な表現で恣意的な要素、自我の突出がなくて嫌味がないという印象です。

 第三楽章は11分中程で遅くはありません。安らげますが重くならない運びであり、ピアノも遅くなく、それでいて出だしでは繊細な延び縮みを与えていて表情が見事です。感情がこみ上げるようなところでもテンポを速くするということはなく、落ち着いて音にして行くので、静かな後半で少し平坦だったり真面目に感じたりするかもしれません。まったりとしています。

 2019年のモナコでの収録です。レーベルはプランタン・デザルテ・ド・モンテカルロとなっており、同名のフェスティバルのライヴかと思いきや、セッション録音です。オーケストラは残響が少なめで、ピアノはやや中域に反響が加わりつつ輝き過ぎず、しっとりとしています。



   trpceskibrahms
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Simon Trpceski (pf)
      Cristian Măcelaru    WDR Symphony Orchestra Cologne

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
シモン・トルプチェスキ(ピアノ)
クリスティアン・マチェラル / ケルンWDR交響楽団
 シモン・トルプチェスキは1979年生まれのマケドニアのピアニスト。クリスティアン・マチェラルは1980年生まれのルーマニアの指揮者です。新しい方の録音でも技巧派志向というか、バリバリと力強い系統の男っぽいものや、あるいは外連味のある演奏もあるにはあったわけだけど、個人的好みから外しがちになっています。上記のビアンコーニもそうだけど、これもそっちの方向ではない一枚です。

 スタッカートを交えて軽やかな出だしで、弱音への落としが繊細なピアノは強めのパッセージにも細かく表情があり、落ち着いています。力で押すタイプではありません。オーケストラの方も波長が合っており、抑揚がやわらかくて細やかです。この楽章でも中程で緩徐楽章のように静かな歌を聞かせる瞬間もあります。そういうところでは速度も思い切って落としています。タイムは18分をちょっと切るぐらいでゆったりに聞こえます。

 第三楽章は時間を見ると大変遅い方というわけでもないながら、出だしからゆったりしています。ファゴットでしょうか、管が浮き上がってよく響いていたりします。楽器がよく見えるというのか。ピアノは速度の延び縮みはよく付けるけど大変落ち着いた運びで、終始一貫しています。弱音を丁寧に扱って表情付けをしています。後半はかなりゆっくりになります。

 録音は2023年でハイファイな録音が多いリンながら、落ち着いたピアノの音は必ずしも明瞭に響かず、オーケストラに飲まれ気味になる瞬間もあります。金属的な倍音が乗らず、きつくならない音です。弦は固まらずに繊細に響きます。



   korstickbrahms
      Brahms Piano Concerto No.2 in B♭major op.83
      Michael Korstick (pf) ♥♥
      Constantin Trinks   Deutsches Symphonie-Orchester Berlin

ブラームス / ピアノ協奏曲第2番変ロ長調 op.83
ミヒャエル・コルスティック(ピアノ)♥♥
コンスタンティン・トリンクス / ベルリン・ドイツ交響楽団
 ブレンデルの旧盤が好きで、それだけでいいかなとずっと思って来たけど、新しいところで実に魅力的な演奏が登場しました。盲目の力で圧倒するのではなく、いい意味で感情に張りのある豊かな表現が聞かれ、目下この曲の録音のベストではないかと感じています。ミヒャエル・コルスティックは1955年生まれのドイツのピアニストでジュリアードでも学びました。ベートーヴェンを得意としており、評価も高いです。コンスタンティン・トリンクスは1975年生まれのドイツの指揮者です。

 大げさではないけど鮮やかなコントラストのある抑揚で、ポリーニの95年盤もそんなところがあったけど、最初の導入で上昇の低音部分と下降を伴った右手の高音部分を分け、後者をちょっとくっきりとさせています。独奏部分からはかなり勢いを付けて速くし、目が覚めます。鮮やかです。強弱の抑揚もはっきりとした方で、ニュアンスが豊かです。ためがあり、跳ねるようなリズムも聞かれます。熱くなるところでは駈けるし、はったりはないけどスケールは大きく感じます。これは実力、内容のあるピアニストだなと思いました。オーケストラも自発的な表情があっていいです。自由自在な生きた感覚がピアノ共々あるのです。

 第三楽章は演奏時間から行くと中庸やや軽快な方の12分10秒ほど。あっさりして爽やかなオーケストラで始まり、ピアノの表情も申し分ありません。オーケストラの伴奏が途切れて独奏に入るところに来ても急に速くすることはありませんが、少しだけ拍を前へ倒すリズムは出し、べたっとならずに自由で粋な感触があります。そして静かなところに奥から熱いものを覗かせるような張り詰めた空気感があります。強く打鍵する音が際立って美しいです。これも見事としか言いようがありません。十分に叙情的で張りがあるのです。しっかりと用いるルバートの扱いも自然です。他より一段上の表現という感じがします。後半はしっかりと速度を落とし、透明な音を連ねて行きます。シフのクリアネスとも比較できるでしょう。オーケストラの独奏部もチェロ、オーボエなど、どれもよく歌っています。

 2023年のヘンスラーです。透明感のある録音でピアノもオーケストラの高音弦も艶があるのにきつくならない非常に良い音です。残響はやや少なめで、小編成であるかのように聞こえます。高域のにじみのない、良い意味でデジタルらしいストレートな出方で空間に広がる感覚があり、ピアノは芯と腰があって大変きれいです。演奏録音ともにベストかなと感じました。