ブラームス / ヴァイオリン協奏曲
ブラームスのヴァイオリン協奏曲とピアノ協奏曲 1

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 ブラームスのヴァイオリン協奏曲ピアノ協奏曲第2番はどちらも、彼がイタリア旅行から 帰った1878年、ヴェルター湖畔の美しい村ペルチャッハで着手されました。完成の方はピアノ協奏曲が三年後、二度目のイタリア旅行から帰ってからになりましたが、二曲とも壮年期のブラームスの、精神的にも安定していただろう時期のもので、構成はともかく波長が似ているように思います。イタリアの日差しを思わせる明るさがところどころに感じら れるような気がします。


ヴァイオリン協奏曲
 世界三大ヴァイオリン・コンチェルトにチャイコフスキーと争って入ったり入らなかったりする名曲で、ブラームス四十五歳のときの作品です。彼の作品のうち最も幸せな感じのする第2交響曲の少し後に書かれました。傷つきやすい若い作家が青年期特有の影を先鋭に表現したデビュー作の後、年齢とともに傷が癒え、同時に繰り返 しの目立つ作風になる、そんなことってあるような気がします。不幸でなければならない芸術家という種類があるなら不幸な話ですが、ブラームスの幸福は、いったいどう評価されるのでしょうか。この充実した時期の作品を、後世において 競争相手となるチャイコフスキーは批判しているようです。その彼も静養先のレマン湖畔でヴァイオリン協奏曲を書いて います。どちらも1878年、イタリア旅行の後に作曲されています。面白い偶然ではないでしょうか。



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       Brahms Violin Concerto in D major op.77
       Ilya Kaler (vn)    Pietari Inkinen    Bournemouth Symphony Orchestra ♥♥

ブラームス / ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.77
イリヤ・カーラー     
ピエタリ・インキネン / ボーンマス交響楽団 ♥♥
 アーノンクールのドイツ・レイクエムのページでも「別の曲かと思うほどの演奏」と言いました。そういうことは名演 奏でときどき起きます。そしてこのヴァイオリン協奏曲、ナクソスの日本盤CDの帯にも同じような宣伝文句が書いてあ ります。通常あてにしない帯の文言ですが、誰が書くのかわが意を得たりでした。
 めずらしく日本盤(中身は世界共通です)を買ったのは、コンサート会場でヴァイオリニスト本人がサインをしてくれ るという企画があったからです。個人的にはサインなんてどうでもよく、別に追っかけでもないのですが、一言感動を伝 えたいと思いました。イリヤ・カーラーというヴァイオリニスト、ユリア・フィッシャーならば握手券も熱を帯びそうな がら(?)、同じぐらい好きなヴァイオリニストです。
 その握手の件ですが、温かくてごつい手でした。体格もメジャーリーグの選手か何かのように大きく、自在に変化する 繊細な表現がこの身体のどこから出てくるのかと感心します。人柄にも印象的なところがありました。一人当たり二言三 言しか話す時間がありませんでしたが、この人、自分への賛辞は気持ちがいいほど受け流します。聞き飽きてるのでしょ うが、喜んでみせるサービス精神などこれっぽっちもありません。しかし質問には真摯に答えてくれます。ステージの上 でも共演者の一人ひとりを丁重に紹介し、演奏後に指揮者とがっちり抱き合っている様は愛想とは思えませんでした。そ の飾らない人柄は演奏にもそのまま現れていて、全く力まず、媚びることな く流れて行きます。その日の演目であったメンデルスゾーンの協奏曲の第一楽章は今まで聞いたどの演奏より自在で、途切れない流れの中に個人的な思い入れが あるかのように熱いものを感じました。

 さてこの人、パガニーニ、シベリウス、チャイコフスキーの三大国際コンクールで三つとも優勝した唯一のヴァイオリ ニストです。それなのにメジャー・レーベルとは契約を結ばず、香港ナクソスからのみCDをリリースしていて、普段は ア メリカの大学で教えています。どうしてそうなのかぜひ知りたいのですが、さすがに聞けませんでした。音楽界は一部の独裁権力に握られており、そこに属さな いアーティストは ほんの一部だと言われます。ナクソスなどはそうしたプロモーションからは外れているようですが。

 前置きが長くなりました。最高のブラームスです。テンポはややゆっくり目で、とくに通常激して弾かれるところでそ う感じるかもしれません。第三楽章などは別の曲のようです。誇張された大げさな表現はどこにもありません。しかし音 楽が自由に流れ、自ら息づいています。同じロシア系でも叙情の大家や厳しい巨匠、鋭角的ヴィルトゥオーゾなどが好き な人には、このイリヤ・カーラーの演奏はつまらなく感じるでしょう。しかしわが国のコンサートでもあれほど感激する 聴衆がいたのですから、わかる人にはわかるはずです。
 録音がまた秀逸です。コンサートでは比較的近い席で聞けたのですが、そのときの印象と音色があまり変わりません。 もちろん録音ですから生と同じわけがないのですが、よく特徴を捉えて収録できていると感心します。シカゴのストラ ディヴァリ協会から貸与されたグァルネリウス・ゼンハウザーを使っていますが、やわらかい響きながら弾き手の力に よってエネルギーがあり、そこに繊細な倍音が乗るために独特の艶が出ます。いい音です。バロック・ ヴァイオリンの硬めで細い艶とは違いますし、中高域が固まって光るゼリーのような光沢とも違います。グァル ネリについてよく言われるいぶし銀という表現もありますが、イリヤ・カーラーの音はゴージャスで滑らかです。 2007年ナクソスの録音です。



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      Brahms Violin Concerto in D major op.77  
      Julia Fischer (vn)    Yakov Kreizberg    Netherlands Philharmonic Orchestra

ブラームス / ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.77
ユリア・フィッシャー       
ヤコフ・クレイツベルク / ネーデルランド・フィルハーモニー管弦楽団
 ユリア・フィッシャーのブラームスも期待しました。CD では出ていませんがメンデルスゾーンの協奏曲も素晴らしかったですし、揺れる情熱の自発的な動きはこの人独特のもの です。このCD ではテンポは若干遅め、リサ・バティアシュヴィリのものと似てライブよりは冷静な感じがします。2006年のペンタトーンの録音は反響が少なめですが、細 かな倍音をよくひろっていてきれいです。バッハのシャコンヌのときのような情熱があるとより良いのですが、完成度は 高い演奏だと言えるでしょう。カップリングは二重協奏曲です。



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      Brahms Violin Concerto in D major op.77
      Lisa Batiashvili (vn)    Christian Thielemann    Staatskapelle Dresden

ブラームス / ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.77
リサ・バティアシュヴィリ     
クリスティアン・ティーレマン / シュターツカペレ・ドレスデン
 リサ・バティアシュヴィリは黒海の東岸、旧ソ連から独立したジョージア(グルジア共和国)出身のヴァイオリニスト で1979年生まれ。シベリウス 国際コンクールで優勝した人です。2011 年にド イツ・グラモフォンから出した「エコーズ・オブ・タイム」というアルバムで話題になりました。友人が教えてくれたと きには曲目のせいか強い印象はなかったのですが、このブラームスの協奏曲はウェブ上にもポストされており、テレビで も別のときのライブが放映されて熱気あふれる演奏を聞かせてくれ、俄然注目の人になりました。インタビューを見る と、次々と考えがわき上がるたびに話題を繰り出し、大変熱い人を思わせる様子でしたが、演奏の方もまさにその通り、 ストレートにどんどんと熱がこもってくる情熱的なものでした。熱いといっても、テンポを揺らしてくるような方向では ありません。内側に熱がこもってくるような、と言えばよいでしょうか。インターネットで聞けるライブは映像付きで、 マーカス・ステンツ指揮のフランス放送フィルハーモニー管弦楽団とのものですが、第一楽章が終わった段階でソロの圧 倒的な演奏に指揮者が驚きと賞賛の眼差しを送っている様子を見ることができます。何の条件もなくお互いに音楽で共鳴 できる喜びを表しているようで羨ましい瞬間ですが、オーケストラの方も触発されたのか、第二楽章の冒頭でオーボエ が、まるでさっきのヴァイオリンが乗り移ったかのような極めつけのソロを聞かせています。国内で放映された方はCDと同じティー レマンとドレスデン・シュターツカペレの顔合わせで、本拠地のゼンパーオーパーでの2013年ブラームス・ツィ クルスからのものでしたが、こちらもライブならではの燃焼ぶりでした。
 CDはスタジオ録音らしい落ち着いたもの で、その点が若干残念です。テンポはややゆったり目で、整然としています。ただ2012年収録でさすがに音は良 く、クールな響きのシャープで繊細なヴァイオリンを聞くことができます。生ではないので実際の音はわかりませんが、 寒色系の音色で奏でる甘さと飾りのないまっすぐな力強さがこの人の持ち味なのではないかと思います。それと熱さのコ ントラストが。面白かったのはカデンツァで、ティンパニが入ってきますが、ブゾーニのものだそうです。



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                                                                                                               Ginette Neveu and Julia Fischer                                                

     neveu
       Brahms Violin Concerto in D major op.77
       Ginette Neveu (vn)    Hans Schmidt-Isserstedt    Radio Hamburg Symphonic Orchestra ♥♥

ブラームス / ヴァイオリン協奏曲ニ長調 op.77
ジネッタ・ヌヴー      
ハンス・シュミット・イッセルシュテット / ハンブルク放送交響楽団 ♥♥
 ここでは古いモノーラル録音の歴史的名演は音質面からもあまり取り上げないのですが、ブ ラームスの協奏曲を格別得意としていた人がいるので、一応追加で記してみます。第一次大戦の終結した1919年 に生まれ、二次大戦前にヴィエニャフスキ・コンクールで優勝してデビューし、戦後四年ほど活躍した後、飛行機事 故で30歳で亡くなったフランスの女性ヴァイオリニストです。世紀の天才とされ、カラヤンも共演を望んだという し、コンクールで後塵を拝して二位だったオイストラフも彼女が一位でなかったらおかしいと語ったほどの人です。 ジネッタ・ヌヴー。事故については色々なエピソードが語られるようですが、アメリカへ演奏旅行に出る前に「さよ なら(アデュ)」 コンサートというのを催して本当にさよならになった話とか(アデュというのは語源学的には「神のもとへ」の意か ら発した言葉で、昔は永遠の別れの意味もあったとか)、師であったジャック・ティボーがスペイン沖の島の山に彼 女の乗った飛行機が墜落したという知らせを聞いたとき、自分もそういう風に死にたい、つまり飛行機事故で死にた いと発言して、実際その四年後に本当に飛行機の墜落で亡くなったという話。ヌヴーの死があまり悲しかったので修 辞法的にそういう言葉になったのかもしれませんが、大変稀な確率で望みを得たわけです。しかもその飛行機が同じエールフランス便で、同じロッ キード社のスーパー・コンステレーション(特別な類似事項の集まり)という機体でした。垂直尾翼が三枚ある特徴 的な姿で、ノーズへ向かうにしたがって胴体が細くなる流線型の、旅客機の中でも最も美しいとも言われる機体なわ けですが、さらにその上に二人が持って乗り込んだ愛用のヴァイオリンはどちらもストラディヴァリウスでした。すべての組み合わせで確率を計算したらいったいどうなってしまうのでしょう。

 別に薄命の美人だから取り上げるのではありません。それなら他の楽器でも夭折した女流で人気の人はい ますし。ともかく、このヌヴーという人、活躍期間が短かったために録音はあまり多く残っていないのにブ ラームスの協奏曲は四つもあります。1946年8月のイサイ・ドヴロウェン指揮フィルハーモニア管の英 グラモフォン(HMV/後の EMI)スタジオ録音盤(ロンドン・アビー・ロード)、48年4月のロジェ・デゾミエール指揮フランス国立管のパリ・ライブ盤、同じく48年5月のハン ス・シュミット・イッセルシュテット指揮ハンブルク(北西ドイツ)放響のハンブルク・ライブ盤、そして 49年6月のアンタル・ドラティ指揮ハーグ・レジデンティ管のハーグ・ライブ盤です。こういうものを比 較したい人は絶対に自分でやるに違いないし超詳しいでしょうから言わずもがなですが、この中では白熱度 の高さと比較的音質が良いという点でイッセルシュテットの盤が定評があります。デゾミエールとドラティ の両ライブ盤はそれに比べるとテンポがゆったりめでスタッカート様に音を途切れさせる間が大きく感じる ところもありますし、スタジオ録音の方は破綻が少ないながら揺れも少なく、やや冷静に聞こえるのでこの 評価は妥当かなと思います。さてトータルでこの人の演奏、やはり凄いものがあります。マイルス・デイ ヴィスがメンバーと対決するみたいに真っすぐ指揮者を睨みながらの演奏スタイルはこの気迫の音楽を象徴 しているようです。気迫といっても所謂押しの強い技巧派の音作りというのとは根本的に違っていて、確か にこの48年5月のライブはやや前のめりに押して行くようなところがありますが、そういう燃え上がる部 分の間には独特の自在な揺れがあります。こういう即興的な揺れがだんだんに上り詰めて行くような呼吸は 学んで身につくものではないのだと思います。生まれた段階でスタートが違っていて、すでにそういう感覚 を持ったままこの世界へやって来るのでしょう。ここで聞かれる揺れは、最近ですと同じ女流のドイツの ヴァイオリニストで二つ前の CD で取り上げたユリア・フィッシャーを彷彿とさせるところがあります(時間的には前後逆ですが)。ユリアは上記の通り、このブラームスの CD においては残念ながらややスタジオ風にリラックスしているところが強いですし、元々もう少し穏やかなテンポを取りつつ熱を込める人のようですが、シャコン ヌなどの追い込むところの揺れなど、ヌヴーとよく似た感じもします。どうしてユリア・フィッシャーの話 をしたかと言う と、皆さんご存知のこのヴァイオリニストもほんとに小さいときから自分の呼吸を発揮したらしいからで す。ヌヴーもデビュー前から自分の音を持っていたようで、誰にも譲らなかった。まあ、天才にはかないま せん。他のページでユ リア・フィッシャーの早熟ぶりを紹介した際に、早くに死んでしまった音楽家が悔しさを晴らすために生ま れ変わってきたのではないか、などと冗談を言ったのですが、ヌヴーなんかまさに、やり残したことをやり に戻ってきそうな死に方です。よく言われることですが、突然の事故などの悲劇でこの世を去った魂は、比 較的すぐに生まれ変わってくる例があるのだそうです。本当かどうかは誰にも証明できませんが、二次大戦 の撃墜されたパイロットが数年してその記憶を持ったまま別の国に生まれてきて、戦闘機の操縦の癖やら仲 間のパイロットの 名前やらを口にするのはその例だとか。何にしてもこのヌヴー、恐れ入る演奏ですから、音が悪くても聞いてみる価値はあると思います。



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