フランクの ヴァイオリン・ソナタ

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 ヴァイオリン・ソナタには多くの名作がありますが、ロマン派の時代となると、ブラームスとグリーグはすでに取り上げたので除外して、これぞという一曲は何でしょう。色々意見はあるだろうけど、やっぱりフランクだろうと思います。フランスの作曲家では印象派の前のこの時期、サティやフォーレを除けばサン= サーンスと並んで有名な人です。でも逆にそのフランクの名曲はとなると、これもやはりヴァイオリン・ソナタなんじゃないでしょうか。メンデルスゾーンについては、そのヴァイオリン協奏曲だけが飛び抜けた名作、というような失礼なことを言ってしまいました。失礼ついでにフランクも、あまり知らないせいで自分の中ではどうもそうなってしまいます。オルガニストとしての経歴が輝かしくて作品も残していますから、その方面に興味のある方にとってはまた別の話でしょうけれども。実は、他にも交響曲のニ短調というのがあり、そちらを推す派もいらっしゃると思います。最初から ちょっとものものしい雰囲気があり、ベートー ヴェンの序曲をよりいかめしくしたような、循環性に満ちた重厚な曲です。彼の作品のあり方について意見が対立していた奥さんと弟子たちのうち、弟子たちの側に立った作品と言えるのかもしれません。フランクにもどうやら二面性があります。その交響曲については、もし 取り上げるとカンテッリやデュトワ、ヘレヴェッヘ盤あたりで終えてしまいそうな予感がしますので、ここでの予定には入れない方がよさそうです。
 

作曲家のこと
 フランクというのはファミリー・ネームの場 合、ドイツやデンマーク、オ ランダ系 の名前です。エドゥアルド・フランクという1817年生まれの作曲家もいて、ヴァイオリン・ソナタもあり、メン デルスゾーンと同様、銀行家の子供というと ころまで一緒なのですが、その人もドイツ系です。そしてこの話は交響曲ニ短調の解説と、その中でも特に指揮者の シャルル・ミュンシュの盤の説明なんかでよ く出て来ることとして、曲調自体がドイツ風にがっちりと構成的だということ、また、ミュンシュもフランス人なが らドイツ系なので相性が良い、などと言われ ます。セザール・フランクも両親ともにドイツ系の家系です。ベルギーのリエージュで育ち、後にフランス国籍を取 得しました。大都会パリの方が名声を得られ るからという、最初は父親の配慮でした。

 そのフランク(César Franck 1822-1890)という人、どんな人だったのでしょうか。二面性について上で言いかけましたが、実際に彼に は分裂したところがはっきりあったそうで、 本人も悩んだし、周囲の意見も割れて軋轢が生じたようです。作品上での二つの面は、美しいメロディを生み出すよ うな親しみやすい性質と、構成的に緊密で、 多くの人にほの暗い晦渋さを味わわせるような部分です。人物の性質としては、よく他人の言うことを聞く従順なと ころがあった一方で、曲に触れてもすぐに分 かるように、抑えた情念、暗い激情のようなものも持ち合わせていたと言われます。フランクの父親はベルギー(元 はネーデルランド王国)の銀行家で、大変支 配的なところがあったとされます。フランクはその父の言うことを聞いて育っており、父の望み通りの有名な音楽家 になろうとしていました。二十代までずっと 頭が上がらず、彼のピアノの教え子で、劇団員の両親を持つ恋人(後に奥さんとなるフェリシテ)との関係をその父 に否定されるまでそうした状況は続きまし た。精神的にやっと独立できたのは二十五歳のとき、結婚を決めてからです。そのままおと なしく従い続ける性格だったら統合失調を発症するリスクもあったのかもしれません(医学的な根拠があるわけでは ありません。臨床家の一定の人々にそういう 経験的な見解があります)。



作品のこと
 全く見事なヴァイオリン・ソナタです。生きい きとしたメロディの美し さ、アン ニュイと憧れ、湧き上がる情熱、構成の巧みさ、四楽章全てにわたってどこにも隙がありません。「豊かなハーモ ニーと古典派の様式美が混ぜ合わされ、循環形 式(交響曲ニ短調と同じでこの作曲家の基本的な手法)で表現された作品」などとも言われます。1886年の作曲 で、フランクが六十三歳のとき、死の四年前 に作られまし た。フランクはヴァイオリン・ソナタというものをこれより大分前に、リストの娘で後にワーグナーの妻となったコ ジマ・フォン・ビューローに対して作ること を約束していたものの、それは果たさず、ヴァイオリニストのウジェーヌ・イザイ(1858-1931)のために 作曲してその結婚のお祝いに献呈しました。 共通の友人であった作曲家のシャルル・ボルドの義理の姉に当たるピアニスト、マリー=レオンティーヌ・ボルド= ペーヌがピアノのパートを務め、その結婚式 で来賓に向けて最初に披露された後、公式な初演はブリュッセルのベルギー王立美術館で行われました。そのときは 夕方になって長いプログラムの最後に演奏さ れ、美術館側が作品保護を理由に照明を許さなかったがために、後ろの三つの楽章は真っ暗な中で記憶に頼って弾か なくてはならなかったそうです。その後40 年にわたってイザイはこの曲を気に入ってレパートリーとし、曲ばかりでなくこの作曲家をも有名にしました。



   dumayfranck
     Franck   Sonata in A major for Violin and Piano
    
Augustin Dumay (vn)   Maria João Pires (pf) ♥♥

フランク / ヴァイオリン・ソナタ イ長調
オーギュス タン・デュメイ(ヴァイオリン)/ マリア・ジョアン・ピリス(ピアノ)♥♥
 いくら聞いても好みの盤が見つからないときっ て、思い込みが先に立って 公平な視 点を欠いてるときでしょう。演奏家それぞれの個性というものを認めてあげられてない状態だと思います。メンデル スゾーンの協奏曲のときに似てるのですが、 そういえばあれもヴァイオリンでした。犯人はデュメイなんです。ピリスとのデュオのライヴがあって、あれはどこ でやったものだったんだろう、ずい分昔にテ レビで見ました。それがとにもかくにも良かった。この曲の魅力を再発見したという常套句が浮かびます。放送局は 音源を持ってるわけだから、もう一度聞かせ てくれたら自分のなかでどれぐらい膨らんでたものかはっきりするのですが。

 楽譜に当たってみました。出だしのピアノは pp ですから、ごく弱く。少し遅れて出るヴァイオリンは molto dolce、非常にやわらかく、と指示されてます。そして全体の速度表記なのですが、Allegretto ben moderato となっていて、これは「少し速めに、でもあまり速過ぎずに十分中くらいの速さで」を意味します。軽快さを要求し ているようです。ところが多くの演奏が、こ の部分のため息のような静けさにフォーカスするせいか、かなり遅く、べたっと滑らかに、音符を厚塗りしたように やるケースが多いのです。丁寧過ぎます。も ちろん聞こえ方にも主観が含まれるわけだけれども、軽やかに、リズミカルとまでは行かなくても、全部同じ強さ じゃなくて弱く抜く引きの部分もあって、多少 弾 むように生きいきとやってほしいわけです。そういう呼吸を苦手とするのは立体感を出すことが難しい東洋の弾き手 には多い傾向ながら、世の情勢はそんな水準 ではないようで、自分の耳には多くの演奏家が平たく丁寧な側に聞こえてしまいます。有名なヴァイオリニストや古 い人も含めて少なくとも四十人は比べてみた と思います。 もちろん、往年の名手たちはビブラートやポルタメントといった様式面での違いがあって、それはそれでまた別の問 題なのですが。でもこれって案外仕方のない ことでしょうか。 作曲者自身も最初、この部分をゆっくりにやることを想定していたようで、献呈したイザイがさらっとやったのを聞 いて、なるほど、むしろその方が良い、と考 え直して速度設定を変えたそうだからです。

 でもあのピリスとのライヴは立体感があったの です。自然で何気ないよ うでありながら内側からどんどん込み上げてくる情熱によって揺れが加わった記憶です。それに一番近いのが、多分 同時期だと思う93年録音の同じ二人による グラモフォン盤の CD です。そのライヴを聞いて買ったんだったか逆だったんだか、順序は忘れましたが、ほぼ同じ形の演奏です。ただ、 ライヴらしい動きの感じは少し減じて、より 形が かっちりとして冷静さが増しており、言い方を換えれば端正で完成度が高くなりました。でも何だかんだいって今で もこれが手に入る CD の中では一番かなという気がしています。魔法にかけられてるのでしょう。

 実はデュメイのフランクは他にも三つほど録音 があります。ジャン・フィ リップ・ コラールとの1976〜77年アナログ録音の EMI 盤が最初で、その次に同じ組み合わせで同じレーベルでの89年の再録音盤、そしてこのピリスとの93年のグラモ フォン盤が来て、その後ルイ・ロルティと組 んだ2012年のオニックス盤が出ました。これら同じデュメイの演奏の中でも、あのテレビでやってたライヴに最 も近いのは、やはり同じピリスとのスタジオ 録音盤であって、それ以外はかなり波長が異なります。

 最初の録音とその次のとでは、後者の方が多少滑らかかなという感じはするものの、同じピアニストだから か似たところはあり、かなり遅い出だしでよくビブラートが聞こえます。表情はたっぷりで多少力を込め、第二楽章 も重厚、第四楽章はやや軽快だけど真面目な 印象でした。

 そして最新のロルティとのものは大変期待したのですが、これまたピリスとの盤から比べると以前に少し戻ったよ うに出だしのピアノに合わせて ゆったりになり、表情も力が入って再度たっぷりに聞こえます。比べればコラールとのときよりはダイナミックな印 象が強いで しょうか。大きくクレッシェンドするし、第二楽章では速いテンポで強くぶつけて来る激しさが聞かれます。より普 通になって分かりやすくなったと言うべきか もしれません。しっかり起伏があってスケールの大きい名演であり、一般的にはそちらの方が好まれるだろうとは思 います。でもあのピリスとの盤で聞かれた幸 せ感、秘めた軽さと二次曲線的な躍動感はいったいどこへ行ったんだろうと、ちょっと思わなくもありません。セッ ション録音で多少薄らいだとはいっても、 DG 盤では内側から抑え切れずに加速度的に湧き上がるあの心の揺れも十分聞かれますし、ピリスのピアノも素晴らし く、第二楽章の導入など何ともデモーニッシュ な情熱がこもっていて息がぴったり合ってます。


 録音については、大変良いとします。ドイツ・ グラモフォンのせいか、多 少音が固 まるところがあって耳にきつい瞬間もあるはありますが、これは必ずしも録音のせいばかりとも言えないかもしれま せん。生では残念ながらこの曲には当たらな かったものの、近くで聞いてもこの人のヴァイオリンは師のグリュミオーとは大分違うのでしょう、繊細な倍音だと か、やわらかい艶という方向ではなく、多少 ソリッドに固まってフラットに押して来る強さがあり、録音の音に似たところもある印象でした。



   ehnesfranck
     Franck   Sonata in A major for Violin and Piano
     R. Strauss   Sonata in E-Flat Major, op.18
     Allegretto in E Major
     Wiegenlied op.41-5
     Waldseligkeit op.49-1
     Morgen op.27-4
     James Ehnes (vn)   Andrew Armstrong (vn) ♥♥


フランク / ヴァイオリン・ソナタ イ長調
R・シュトラウス / ヴァイオリン・ソナタ 変ホ長調 op.18
アレグレット ホ長調
歌曲「森の喜び」op.49-1、「子守歌」op.41-1、「明日」 op.27-4
ジェイム ズ・エーネス(ヴァイオリン)/ アンドルー・アームストロング(ピアノ)♥♥
 デュメイしかいいものが見つからないようなこ とを言っておいてなんですが、別の形ながら実は同等以上に魅力的な一枚がありました。カナダの1976年生まれのヴァイオリニスト、ジェイムズ・ エーネスと、二つ年上のピアノ、アンド ルー・アームストロングによるものです。エーネスのヴァイオリンについてはバッハのソナタ(2004〜05)やドヴォルザークのユモレスク(2003)で も取り上げました。日本の媒体では技巧派であるかのように紹介されることもあるようながら、聞くと全く攻撃的な印象はなく、癖のなさとやさしさを感じさせる人です。

 何も足さないの類で、最も芳醇な演奏です。ど う表現したらよいのでしょ う、例え ばマヨネーズって、市販の製品にはどこのメーカーも大きく違わない平均的な味というものがあります。でもそれを 良い材料を揃えて手作りしてみると、味のバ ラ ンスは確かにマヨネーズそのものなのにまるで別物の美味しさになります。さらっとして素材の味を殺さず引き出 し、何でもマヨネーズの味にはならずに野菜の 甘みが感じられたりするのです。もはや過食になる人の定番の調味料、ではありません。それと似ていて、エーネス のヴァイオリンは完璧な形で崩れがなく、ど こにも癖がないので市販品のような優等生かと思います。音符の感覚が割り切れない配置になるような複雑な揺れと かは出ません。でも、ただ「楽譜通り」のレ ベルじゃないのです。やわらかで繊細。極上の瑞々しさが感じられます。これには参りました。

 デュメイのように内側からこみ上げる情熱とい うのとは違うのに、どちら がいいと も言えない魅力があります。音色もこの曲の CD の中でも最もきれいな一枚だと思います。エーネスは9億円とも言われる1715年製のストラディヴァリ、「エク ス・マルシック」という楽器を使っていると いう話で、恐らくこの録音でもそのフルトン財団から借りた名器だと思います。こういう穏やかな運びで曲がった感 じがせず、デリケートな味わいのきれいな音 の演奏というと、ちょっと似た路線でギル・シャハムもいます。メンデルスゾーンの協奏曲もガーシュウィンの小品 集も良かったし、影がなくて育ちの良さそう なところが同じな一方、エーネスより多少動きがあるかと思っていたのだけれど、このフランクのソナタではむしろ 逆転して、個人的にはエーネスの方に今回は より起伏を感じました。感性は人それぞれですのでギル・シャハムも聞いてみてください。

 エーネスですが、弾き方に関しては、ビブラー トは案外目立ちます。イザ ベル・ ファウストのようにやるよりその方が艶やかに聞こえます。現代的な個性とかは狙ってないのでしょう。テンポは平 均すればゆったりめで、落ち着きがあって決 して走ったりしないので丁寧な印象です。抑揚はしっかりとついており、ポジティブな感情の波があります。第二楽 章では適切に速まり、暗さは感じさせないけ れども強さは出て、最後が熱く盛り上がってダイナミックさも見せます。でも、もの思いの途中で突如激情に捉われ るという調子ではありません。熱いときもど こ かに穏やかさと品の良さを持っているのです。美しい第四楽章がまた絶品で、さらっとしていて落ち着きと明るさに 満ちており、聞いていると何だかうれしく なって来ます。

 カップリングにリヒャルト・シュトラウスを選 んでいるのがまたいいで す。ソナタ op.18 (1887-88)、「四つの最後の歌」と同じ年に作られた晩年のアレグレット ホ長調 (1948)、そしてその「四つの最後の歌」のシュワルツコップの名盤にも収録されて親しまれている歌曲三つ、 「森の喜び」op.49-1 (1901)、「子守歌」op.41-1 (1899)、「明日」op.27-4 (1894) です。歌曲の方はヴァイオリンとピアノ用に編曲されたものですが、こういうのを選んで来る感性、 いいと思います。この人、幸せなんでしょうか。R・シュトラウスでもやはり心が晴れやかになります。締め括りの 曲なんか、まだ明るい夕映えの中で、 本当は幸せだったと気づく懐かしい回想にまどろむような美しさがあります。向こうの世界と行ったり来たりするよ うになった老人の独り言かと思いきや、 まだ若いときの作品です。派手さはないですが、全体が高い波長でまとまった一枚です。

 レーベルはオニックスで2014年の録音で す。ヴァイオリンの音が大変 魅力的です。



   faustfranck
     Franck   Sonata in A major for Violin and Piano
     Isamelle Faust (vn)   Alexander Melnikov (pf) ♥♥


フランク / ヴァイオリン・ソナタ イ長調
イザベル・ ファウスト(ヴァイオリン)/ アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ)♥♥
「フランク」はドイツ系の名前ながら作曲家はフ ランス国籍、「イザベル」 はフランス系の名前ながらこのヴァイオリニストはドイツ国籍です。ファミリー・ネームの方はドイツそのものです が。1972年生まれのイザベル・ファウス トがハル モニア・ムンディから録音を出した最初は97年でしょうか。2000年ぐらいから話題になり始めたようで、 2009年(録音は2006〜08年)に見事な ベートーヴェンのソナタが出て、バッハの無伴奏は個人的な好みからは外れたものの、ベートーヴェンとベルクのコ ンチェルトが入った2012年(2010 年録音)のアルバムで決定的に魅了されてしまいました。ノン・ビブラートの古楽のような弾き方でありながら、い わゆる古楽奏法の流れを汲んでいるわけでも な く、変なアクセントはなくて繊細な表情があり、鋭利な刃物のような切れ味。ちょっとどこにもない種類のアプロー チです。どうやって編み出したものなのかな ど、詳しいことは知りません。その後も彼女はアルバムを発表し続け、フランクのヴァイオリン・ソナタは2016 年の録音です。それまでの楽器は1704年 製のス トラディヴァリウス「スリーピング・ビューティ」で、独特の線の細いバロック・ヴァイオリンにも近いような倍音 を聞かせていましたが、フランクでは同じく ストラディヴァリながら1710年の「ヴュータン」に変わったようです。前ほど鋭利という感じではなくなり、艶 もより出て来た気がします。メルニコフが弾 くピアノの方は1885年製のエラールだそうです。

 ストレートな音を聞かせる、基本的にはシャー プな演奏です。やはり最近 の人の中 ではどこか飛び抜けた大物の感触があります。しっかりした自分の表情の出し方を知ってる人という感じで、情熱と 鋭さを隠し持ち、表情に陰影のある演奏は健 在です。好みで言えばこの曲に関してはデュメイかなと思うものの、やはりこれも第一級の見事なフランクであり、 他から頭いくつか飛び出してるような感じが します。

 パートによって表情を変えているので楽章ごと に見てみます。もの思いに 沈んだよ うに抑えた出だしは、ややゆったりめながらべたっとせず、小声で細やかな表情をつけます。そしてそのフレーズの 終わりで感情の目覚めのように大きくクレッ シェンドします。そこへ来てやっと、それまですごく抑えていたのだと気づくようなダイナミック・レンジの大きさ があるのです。静かな中に秘めた情熱があっ た、 といった風情です。

 第二楽章になると適度にテンポを上げ、最後の 手前の静かなところでまた 緩めます。その際かなりゆっくりにしますが、そこからまた激して終わります。

 第三楽章は重さと同時に、真剣さと激しさを感 じます。テンポを自在に落 としたり 速めたりし、落とすところでは囁き声になり、時々途切れる吐息のようです。記憶をたぐるかのようでもあり、そこ で何かに思い当たったのか心揺さぶられ、そ のもの思いの中から鋭く突き上げる確信に満ちた感情に圧倒されます。バロック時代の作品ならここまでの感情表現 は敬遠するところだけど、ロマン派なのでま さにぴったりと言えます。

 最後の楽章は軽く、どこか抜けた明るさへとシ フトしていて穏やかさすら 感じさせ、 ほっと息がつけます。相変わらずのノン・ビブラートの真っ直ぐな音が印象的です。やはりここでも弱音での繊細な 表情があり、途中確信に満ちた強いパートを 挟んでラストの歓喜へと向かうのですが、まるでベートーヴェンのテーマのように、元々そういう構成の曲であった 物語性を意識させます。そして喜びの爆発で 終わります。

 2016年のハルモニア・ムンディのセッショ ン録音です。以前よりもい くらか低 音が充実したバランスで、ヴァオリンは今までのファウストを知っていると多少太い方に寄ったくっきりした音に聞 こえます。トータルでは相変わらず飾りのな い音色ではあるのですが、その中に艶も感じます。豊満ではないけど美しい響きです。



   grumiauxfranck
     Franck   Sonata in A major for Violin and Piano
     Arthur Grumiaux (vn)   György Sebök (pf)

フランク / ヴァイオリン・ソナタ イ長調
アルテュー ル・グリュミオー(ヴァイオリン)/ ジョルジ・シェベーク(ピアノ)
 他に気になった演奏としてはグリュミオー盤が ありました。デュメイの師 でフラン コ・ベルギー派を代表するヴァイオリニストです。フランコ・ベルギー派はドイツやロシアの流儀ではなく、フラン ス流のヴァイオリンの弾き方で、この曲の献 呈を受けて有名にしたイザイ、ティボー、ヌヴー、フランチェスカッティなどがいます。そういう意味ではフランク を弾くための正統の流派ということができま す。実際はそんな国ごとのカテゴリーで割り切れるほど単純なものではなく、それぞれの個性の方が大きいとは思い ますが。

 グリュミオーはバッハのシャコンヌ ではダイナミックに構築され、圧倒される気迫を見せていましたが、このフランクではもっとおっとりしているよう です。デモーニッシュなほど動きのある弟子 と比べてみるのも面白いと思います。艶のある倍音に彩られた豊かな音色が特徴で、甘さはあるもののあまりべたっ とせず、決して急がない落ち着きのある表現 が品の良い一枚だと思います。


 1978年のフィリップスで、自然なバランス で有名なレーベルのアナロ グ期の完 成された録音です。最新のものと比べても十分に魅力的です。
 フォーレの二曲のヴァイオリン・ソナタとのカップリングになっています(77年録音)。すでに 別のページでご紹介していた美しい曲ですが、そちらはラヴェルのピアノ曲で見事な演奏を聞かせていたイギリスの ピアニスト、ポール・クロスリーが伴奏を務 めます。これも大変良い演奏だと思います。



   violinsonata
     Franck   Sonata in A major for Violin and Piano
     Jean-Jacques Kantorow (vn)   Jacques Rouvier (pf) ♥♥


フランク / ヴァイオリン・ソナタ イ長調
ジャン=ジャック・カントロフ(ヴァイオリン)/ ジャック・ルヴィエ(ピアノ)♥♥
 忘れてました。モーツァルトのヴァイオリン協奏曲 のページを書いてて思い出したのですが、カントロフは良かったです。力づくではない独特の洗練された味があり、端正 でありながら青みがかった静かな炎を思わせる鋭さと情熱を秘めた演奏です。元々さらっと流す隈取りのきつくない洗練 された演奏が多い印象ですが、軽いにしても自由自在な軽さとは違った、この作曲家の一面に切り込んだ表現とも言える と思います。曲に求める芳醇さというのとはちょっと違うけど、見事な演奏です。

 最初の楽章はややゆったりなテンポ設定で、意図的に性急さを出さないポーカーフェイスというのか、情熱を隠すよう な抑えめの表情であるため、起伏がある感じでも軽妙でもありませんが、出だしのテンポはそれよりスローなエーネスの 力の抜けたやわらかさとはまた違った印象です。ルヴィエのピアノはペダルを使って静かな鐘のように音が持続するとこ ろが聞かれる一方で、結構力強く鋭く叩くところも出します。後半では憑かれたような情熱が少し顔を出します。

 第二楽章はすごく速いわけではないものの、拍を前に詰めたり急に強める手法が聞かれ、力強く不安定な感情の揺れを 上手く表現しています。

 第三楽章は適度にゆったりで、フレーズをじっくり区切るところや力を抜いて流して行く部分もあり、それが端正さを 感じさせると同時に、ささやきの弱音や細い音に弓を寄せたりする繊細さ、鋭さも聞かれます。細やかな配慮のある運び です。

 第四楽章はさらっとしたテンポであっさりめに弾いています。後半の盛り上がりではボウイングの頭にアクセントのあ る運びで部分的に駈けるところもあり、鋭さと情熱によって力強くなります。そしてまたあっさりに戻り、喜びの爆発で 終わります。

 1982年録音の Denon です。この時期だからというよりも、恐らくはセッティングによって多少の細さと鋭さが感じられる高音を持つ録音です。ふくよかなヴァイオリンという方向で はありません。むしろカップリングのラヴェルのヴァイオリン・ソナタの方にイメージとしては合う感じもしますが、乾 いた音ではなく、潤いがあってきれいです。音決めはエラートで仕事をしていて自身のスタジオも持っていたピーター・ ウィルモース Peter Willemoës というデンマークの録音エンジニアに頼んでいます。




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