ヘンデル / 合奏協奏曲 op.6(& op.3)

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合奏協奏曲 op.6
 ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(イギリスではジョージ・フレデリック・ハンデル 1685-1759)について、親しまれているメロディや有名な曲としての「水上の音楽」などを取り上げました。では音楽芸術として最も高く評価される作品は何かというと、最近は(あるいは最近かどうか怪しいですが)合奏協奏曲集の作品6(12曲)だという意見が多いようです。作品3というのも多く取り上 げられる曲集(6曲)ですが、そちらが管楽器などが色々登場して音色が華やかなのに対し、6の方は主に弦楽合奏、まれに作曲者自身の最初の頃の楽譜にあっ たオーボエが加わった演奏も聞かれる(似た音色なので分かり難く、鳴っていても響きの違いのように感じる場合があります)という構成であり、ベスト作のように言われる理由は時期と様式が統一されていて一気に書かれたからということのようです。そしてヘンデルのオーケストラものでメロディーラインに個性があって聞いていてすぐに馴染めるのは「水上の音楽」とこの作品6の合奏協奏曲である気がします。ヴァイオリン・ソナタもいいけど、やはりヘンデルの最高傑作でしょう。


 この弦楽合奏による協奏曲の形式であるコンチェルト・グロッソ(「集」としての複数形はコンチェルティ・ グロッシ)
はソロ群とオーケストラが掛け合うように進める曲ですが、ヘ ンデル以外だとコレッリの作品が有名です。もちろんコレッリやヘンデルの他にも作曲家は何人もいて、まとまった数を作ったのはトレッリやジェミニアーニ、もう少し後になってバロックと古典派の間ぐらい、ベートーヴェンが生まれた年に亡くなったイギリスの作曲家、チャールズ・エイヴィソンなどもいます。このエイヴィソンはメロディーを重視すると言われ た人で、聞いてみるときれいなところがたくさん出てきて良いのですが、技法的に当時どれぐらい独創的だったかという音楽史的な意味はともかくとして、聞いた感じで口ずさみたくなるような個性の点では、ヴィヴァルディの四季は実質ヴァイオリン協奏曲なので除くとして、やはりコレッリとヘンデルは一流なんじゃないかと思います。

 そしてそのヘンデルのコンチェルト・グロッソ
、奇しくも作品番号6はコレッリのと同じです。奇しくもかどうかも正直知らないですが、恐らくはたまたまでしょう。でも曲の感じではコレッリにそっくりなところもあるのです。第10番の3曲目のエアーなんか、クリスマス協奏曲に挟まってても気づかないかもしれません。コレッリとヘンデルの間にはイタリア生まれでブリテン島で活躍し、ロンドンでイタリアの形式を流行らせたジェミニアーニが仲介役として挟まっていると言われるのですが、それよりもむしろコレッリに似ているのは、ヘンデル自身がコレッリの合奏協奏曲をモデルにしたかららしいです。ただ、コレッリのそれが推敲に推敲を重ね、どこをとっても美しいメロ ディに溢れている感じなのに対してヘンデルの作品はちょっと違っており、より変化に富んだ印象です。全体にはヘンデルは明るくて爽やか、活気があってフォークダンスのような楽しい波長ですから、思わずこの部分に聞き入るというよりも BGM 的に流しておいて気分が乗ってくるような音楽だと言っていいかもしれません。そこに時々静かで美しい調べが洩れ聞こえてきます。「ヘンデル・ゴーズ・ワイルド」を休日の午後に似合うようなことを言いましたが、こちらは一日の始まりを飾る朝のひとときに相応しいでしょう。

 一方でコレッリよりも元気が良い部分は、敢えて言えばヴィヴァルディに似ています。ヴィヴァルディ的なところはどこかというと、「四季」のようなメロディアスな部分ではなく、数度の音程を繰り返し行ったり来たりして、あるいはそれがユニゾンだったりする単純で隈取りのきつい強調構文のようなところです。例えば第3番の3曲目のアレグロの出だしのようにです。こういう傾向は作品3の合奏協奏曲ではより顕著な気がしますが、6の方でも聞かれるのです。

 では作品6の中でどの曲が名曲かという話になると、これはもう全くの主観以外の何ものでもないわけです が、上記のように反復的で調子の良いヴィヴァルディ的な部分よりもメロディアスなコレッリ的な部分の方が個人的には好みなので、必然的にアンダンテ以下、アダージョ、ラルゲット、ラルゴといったスローの部分が印象的に聞こえます。上記10番の3曲目に加えて5曲目も耳に馴染む旋律です。9番の3曲目のラルゲットあたりもどこかコレッリっぽいです。そしてなんと言っても一番有名なのはヘンデル自身が気に入って何度も演奏していたという6番の3曲目、ミュゼットでしょう。これだけ取り出して演奏されることもあるので、全曲を聞いてない人でも聞き覚えがあるかもしれません。耳に残る形のメロディーラインって、あるものです。そこだけで5、6分かかる長い部分です。フランスの農民の楽器にも関係するミュゼットという形式に相応しく、途中で展開しますが明るく牧歌的で安らげる曲であり、いかにもヘンデルらしい運びと言えるでしょう。この合奏曲集の CD を買う方は大抵全曲を買われるでしょうから関係のない話ですが、三枚に分かれて出ている場合、こうして Vol.2 と 3 にきれいな旋律が集まってる気がします。

 演奏については今や主流ではないものの、まずモダン・オーケストラによる伝統的な奏法のものがあります。 カラヤンやイ・ムジチ、リヒターといったところが有名ですが、ビブラートがかかり、ゆったりしたテンポで音が滑らかに切れ目なく続いて行くものです。そんな中でイ・ムジチもあっさりめながら、古楽器奏法に少し寄った速めのテンポで溌剌としながら流麗に流れるのがアカデミー室内管弦楽団のもので、1994年のアイオナ・ブラウン盤が録音も新しくて良いと思います。これについては次にジャケットを掲げます。創立者のネヴィル・マリナー盤の方は1968年の録音で、古めとは言ってもアナログも初期ではなく、リマスターもされていてこれも候補に挙ります。同じ傾向の演奏ではあるもののこの曲集に関してはブラウンより少し前の時代のマナーに近く(マリナー自身は後により軽快になって行きましたが、op.6 は出していません)、ゆったりと間を空け、振りが少しだけ大きく、よりレガートな印象です。ピリオド楽器による演奏はそれこそたくさん出ていますが、 以下に主立ったところだけ、演奏様式に関係なく列挙してみます:

イ・ムジチ(1960アーヨ/1987〜89アゴスティーニ)
ヘルベルト・フォン・カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1968)
ネヴィル・マリナー/アカデミ室内管弦楽団(1968)
カール・リヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団(1970)
ニコラウス・アーノンクール/ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス(1980〜82)
トレヴァー・ピノック/イングリッシュ・コンサート(1982)
トン・コープマン/アムステルダム・バロック管弦楽団(1985〜86)
クリストファー・ホグウッド/ヘンデル&ハイドン・ソサエティ(1988)
ウィリアム・クリスティ/レザール・フロリサン(1994)
アイオナ・ブラウン/アカデミ室内管弦楽団(1994)
コレギウム・ムジクム90(1996)
アンドルー・マンゼ/エンシェント室内管弦楽団(1997)
ジョヴァンニ・アントニーニ/イル・ジャルディーノ・アルモニコ(2008)
パブロ・ベズノシウク/エイヴィソン・アンサンブル(2008)
ケヴィン・マロン/アラディア・アンサンブル(2011)
ベルリン古楽アカデミー(2018)



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     Handel   Concerti Grossi op.6
     Iona Brown   Academy of St. Martin-in-the-Fields ♥♥

ヘンデル / 合奏協奏曲集 op.6
アイオナ・ブラウン / アカデミー室内管弦楽団 ♥♥
 イ・ムジチもいいと思いますが、モダン楽器による演奏で気に入ったのはアイオナ・ブラウン盤でした。伝統 的なオー ケストラのものより少しだけ軽快なテンポで滑らかさは失わず、フレーズが重くなることもありません。テンポやリズムはピノックなど古楽器楽団の穏やかなものの運びに近寄っています。モダン・ヴァイオリンはそれ自体の音としては細くなり過ぎず艶やかで良いものです。女性ヴァイオリン奏者のブラウンはマリナー の下でアカデミー室内管のコンサートマスター(コンサートミストレスという言い方はオールドファッションで逆に差別的だと感じる人もいるようです)をしていた人で、後に同管の指揮者になりました。60年代から活躍し、2004年に亡くなっています。基本的な解釈はマリナーと似ている気がしますし、それでは気の毒だと思って相違点を挙げようにも、現時点ではここがすごく違うというポイントは特に見つけられていません。歌い回しがやさしいかなとも思いますが、マリナーも柔軟です。でも知名度というものは比較作業を放棄させて一人歩きするものなので、マリナーほど有名でなくても劣るとは全く思わないし、目立とうという自我の企てを感じさせず、自然な感覚に従って歌わせている潤いのある演奏です。ふっと息を抜くところのやわらかさ、繊細さが大変魅惑的です。「ヘン デルの時代の」というこだわりがなく、実を取るならこれが一番かもしれません。

 デジタル初期の1981年にすでにこのメンバーによる録音がフィリップスから出ていましたので(現在は残念ながら廃盤)、この曲集は彼らの得意とするところで市場の要望も高かったのだと思います。ここに挙げたのは1994年ヘンスラーの優秀録音で、どちらが良いとも言えないけれどもフィリップスよりは弦の高域バランスを控えめにした大変滑らかな音です。聞いてるだけでなごみます。
 


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     Handel   Concerti Grossi op.6
     Trever Pinnock   The English Concert ♥♥

ヘンデル / 合奏協奏曲集 op.6
トレヴァー・ピノック / イングリッシュ・コンサート ♥♥
 どの演奏がどうなのかという話になってくると、やはり「水上の音楽」と同じようなことになってきます。あ ちらの方が出ている枚数は若干多いかもしれませんが、この合奏協奏曲も古楽を取り上げる演奏者はどれもほぼやっていて、演奏マナーも相似形というか、そのまま「水上」面を滑って平行移動して来た状況に近いところがあるのです。ということは、これまたコレッリと同じことになってしまうのですが、後発の録音を含めてもまずピノックのものが定番的な魅力を放っていると言ってしまいたくなります。高水準なスタンダードとして比較の出発点にすると良いかもしれません。そして 「水上の音楽」で取り上げた演奏者たちの特徴はそちらの評を見ていただくとして、ここではそのピノックに加えて同じような方向で洗練されているものをいくつか挙げることにします。

 まずピノックですが、録音の加減ももちろん影響するとして、ソロ、合奏部分両方でバロック・ヴァイオリン が細く浮き上がって撓む音が格別にきれいです。ソロをとっているのはサイモン・スタンデイジです。演奏様式としてはピリオド楽器演奏運動の特徴を持っており、以前 のモダン・オーケストラのやり方のようにべっ たり音符をつなげて行くものではなく、適度な弾みのあるリズムと切れを見せつつ、そういうものの中にあっては最もメロディーラインを滑らかにゆったりと歌 わせます。溌剌としたところと滑らかなところのバランスが良いのです。大変センシティヴでやわらかさがあり、静かな部分ではおっとりしていて美しいです。 ポリフォニーからギャラント様式(バッハの子供の時代ぐらい)、古典派へと時代が下るにつれてメロディーラインがより大きな意味を持つようになったと言われはしますが、音楽は本来踊りと歌であり、歌の基本はメロディの流れですから、それをピリオド奏法運動初期のように切れぎれにして歌わせず、リズムの方だ けに目を向けさせるのはどうかと思ってきました。そして近頃の団体ではラテンの方角、イタリアとフランスのバンドの一部に歯切れ良い先鋭なのはあるもの の、驚かせるような傾向は減ってきたように思います。ピノックの演奏はそういう意味でも古くならないものです。やっぱりこれでしょうか。

 ヘンリー・ウッド・ホールでの1982年のアルヒーフのデジタル録音は最新のものと比べてなんら遜色がありません。大変良い音です。バロック・ヴァイオリンのソロはサイモン・スタンデイジです。



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    Christopher Hogwood   Handel & Haydn Society
/ William Christie   Les Arts Florissants

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    Andrew Manze   The Academy of Ancient Music / Kevin Marron   Aradia Ensemble

クリストファー・ホグウッド / ヘンデル&ハイドン・ソサエティ(1988)
ウィリアム・クリスティ / レザール・フロリサン(1994)
アンドルー・マンゼ / エンシェント室内管弦楽団(1997)
ケヴィン・マロン / アラディア・アンサンブル(2011)


 古楽の楽団の演奏でボールが弾んで行くような癖が比較的少ないのが、ピノック以外ではコレギウム・ムジク ム90、ベズノシウクは後で取り上げるとして、マロン、マンゼ、クリスティ、それよりもう少しはっきりしているかというホグウッド、といったところでしょうか。どれも高水準でどう選んでも間違いのないところですが、後ろ四つの盤の演奏者たちの違いを細かく表現するのは結構難しい仕事です。感情起伏の大きいロマン派の音楽と違ってバロックは違いが分かり難いところがあるのです。まして古楽のアクセント上の規則が増えた分だけ残った表現の自由度は減るわけです。試しにちょっとやってみます:

 アンドルー・マンゼはゆっくり静かに波打たせて歌わせる彼のヴァイオリン・ソロのときと全く同じかというとそうでもなく、さらっと流す箇所もあるように思います。全体にはやや引きずるところと強めて強調するところとのコントラストがあり、弱めれば遅くし、間を空ける一方で歌はよく歌わせます。それでもどこか静かな感じがするのはこの人の特徴でしょうか。 ミュゼットは案外さらっとして間を取らず、力が抜けています。
 ウィリアウム・クリスティもぱっと聞くとマンゼと似た感じがします。拍を区切る傾向があり、途中でスローダウンするところが出て、フレーズとフレーズの間を空けます。一方でミュゼットではうねるようによく歌わせています。部分的に遅くして声をひそめる表現にやわらかい録音とリズム音符を強調しない傾向が加わり、他よりもやさしい感じがしていいです。 
 クリストファー・ホグウッドも拍を区切るのは同じで少し凸凹しますし、語尾を短くする方へは持って行きますが、歌わせ方はゆっくりなところがあります。ミュゼットは速めずに案外素直に歌っていて心地良いです。ピノックと比べてどちらが好みとも言えません。
 ケヴィン・マロンは四人の中ではリズムに一番癖が少なく鋭角的には感じませんが、弾力はあるという印象です。テンポの変動は大きくなくて素直です。ただしミュゼットはストレートでさらっとしています。

 という具合で、なんだかよく分からない表現の羅列になってしまいました。どれも聞いていて心地良いので♡ とします。録音に関してもどれかが特に優れているとか残念だとかいうことはなく、きれいな音色で楽しめます。



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     Handel   Concerti Grossi op.6
     Simon Standage   Collegium Musicum 90

ヘンデル / 合奏協奏曲集 op.6
サイモン・スタンデイジ / コレギウム・ムジクム90
 サイモン・スタンデイジは1941年生まれのイギリスのヴァイオリニストで、イングリッシュ・コンサート でずっと弾いていた人です。したがってピノック盤でソロをとっているのは彼なのですが、ここでは自身が90年に設立したバロック・オーケストラ、コレギウム・ムジクム90を率いて14年後に再録音をしています。彼はホグウッドの勧めでバロック・ヴァイオリンを弾くようになったのだそうです。この盤では加わったオーボエがやや目立って聞こえるところがあります。

 ピノック盤のヴァイオリン奏者のものですから
、表現は基本的に似ています。違いと言えばリズムがよりナチュラルで癖が少ない感じがするところでしょうか。真っ直ぐ流す傾向がわずかに強い印象です。しかしケヴィン・マロン盤がミュゼットなどの緩徐楽章でさらっと速めなのに対して、こちらは同じぐらい自然ながらもう少し歌わせる傾向も見られて好みです。それでは古楽の癖が苦手だと申し上げていた者としてピノックよりこちらの方が良いのかというと、それが不思議なのですが案外そうとも言えない面もありました。素直さに加えて少し表情に粘りやコクを欲しがってたのかなとも自分で思うのですが、コレギウム・ムジクム90の方が引っ掛かりなくさらさらっと流れて行ってしま う感覚も強いのです。ヘンデルお気に入りのミュゼットで比べますと、ピノックは弱音の部分でぐっと弱めてゆっくり進め、弓の運びも撓みが大きく感じます。また、一音ずつ間を空けて区切る傾向が聞かれるためにアクセントがはっきりしており、表現の幅が大きくて全体に濃い印象です。 他の楽章では低音の合奏が強いところも聞かれます。一方でコレギウム・ムジクム90ではそういう具合に表情は加えず、もう少し力を抜いてさらっと行きま す。そして楽器が同じかどうかは分かりませんが、ピノック盤ではソロのヴァイオリンがより張って前に浮き出すところがあります。録音の加減もありますが、弾き方も若干CM90の方が直線的でしょうか。まあ、気づくと終わっているという素直さが良い演奏の指標ということもありますから、好みの問題でどちらが 良いとも言えない微妙なところだと思います。

 レーベルはシャンドス・シャコンヌで、1996年録音。音自体はピノック盤と優劣はつけられません。微妙 な違いを言うとすると、よりヴァイオリンの芯を捉えたピノック、倍音を捉えた CM90というところでしょうか。音がソリッドになる傾向が少なくてよく分解された自然な音色です。教会での録音ですが、残響についてはピノックの方が中高音のやや高い方に、CM90の方がそれより少し低い方に付帯音が付き、全体としてはピノックの方が少し多めに感じるでしょうか。



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     Handel   Concerti Grossi op.6
     Pavlo Beznosiuk   The Avison Ensemble ♥♥

ヘンデル / 合奏協奏曲 op.6
パブロ・ベズノシウク / エイヴィソン・アンサンブル ♥♥
 ベズノシウクは1960年生まれのユークレイン/アイリッシュ系イギリス人のバロック・ヴァイオリニスト で、エン シェント室内管弦楽団、エージ・オブ・エンライトメント管弦楽団でずっと弾いてきた人です。その彼が1985年に結成されたイギリスの古楽器室内オーケストラ、エイヴィソン・アンサンブルを率いて魅力的な合奏協奏曲を出しています。アシュレー・ソロモンのフロリレジウムもそうですが、古楽の世界も一つ新しい世代になってきているわけです。
そしてこの人の演奏マナーはそうした新しい流れというのか、ソロで出ているバッハの無伴奏ヴァイオリンなどを聞くとよく分かりますが、ピリオド奏法といってもクイ ケンたちのような最初の世代とは大分印象が違います。能力としては装飾の名人であるらしいものの、華美な感じはしません。ボウイングのうねりは奏法として引き継ぎつつ、音符ごとに短く切り上げて捻るアクセントは鳴りを潜め、穏やかにゆったりと膨らませて全体をつなげて行くような抑揚を聞かせます。リラックスしていながら時折攻めるところでは鋭く切れ込むという、繊細さも感じさせる独特のスタイルです。最初の世代のあの音は一つのポーズだったのだと思います。

 この合奏協奏曲を指揮しても同じことが言えるようで、呼吸に余裕があり、緩やかな楽章ではじっくりと進め てよくしなわせます。長音符の中程を盛り上げるイントネーションはしっかりしていて鳴きが心地良く響き、深く感情が乗る感じがします。ピリオド奏法の癖のうち性急さ、メロディを歌わせない傾向、リズムの切れ過ぎるところがなく、モダン楽器によるアイオナ・ブラウン盤とも比べられるぐらい聞いていて落ち着けるのですが、古楽器を使っていてそのアクセントの解釈も採用しているので考証の点からもしっかりしていると思われ、バロック・ヴァイオリンの音色が堪能できます。得意の即興のフレーズは加えますがやり過ぎず、大変センス良くまとめています。
 ミュゼットにおいては節の語尾を延ばし気味にし、ヴァイオリンの装飾はピノック盤のスタンデイジより多め です。テンポは最もゆったりしているものというわけではないですが十分によく歌い、間も空けていて美しい表現です。最近の傾向ということもあるのか古楽的なリズム解釈のこなれ具合が良く、ピノック盤と甲乙付けがたく、新しいものとしてはベルリン古楽アカデミー盤とともにこの曲集で最も魅力的に感じる一枚です。

 2008年のリン・レコーズです。
細かい音をよく捉えています。しかし解像度感を追求するこの会社のハイファイ・オーディオ部門の音を想像すると、そうしたポリシーがこの録音部門の技師たちの仕事にまで顕われているとは言えないと思います。低音がよく出ていて硬くならず、ハイ上がりというほどではありません。自然なバランスの中にある優秀録音で、オーディオ的にも本来の意味で大変優れていると思います。



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     Handel   Concerti Grossi op.6
     Akademie für Alte Musik Berlin ♥♥


ヘンデル / 合奏協奏曲集 op.6
ベルリン古楽アカデミー ♥♥
 この楽団についても「水上の音楽」と同じことが言えます。テンポやリズムに比較的はっきりした古楽のイン トネーションがありながら、他の団体とはちょっと違った有機的な魅力を感じさせるものです。あまり言うと別のところで書いたことの繰り返しになってしまいますのでほどほどにしますが、古楽らしいタメやちょっとしたアクセントによってコントラストは強めています。メッサ・ディ・ヴォーチェのように音符の中程で持ち上げる運弓法を使った独特のうねりももちろん聞かれます。でも自然ですごく納得させられるのです。有名なミュゼットなどのゆっくりな楽章ではテンポこそ遅い方だとは言えませんが、情緒があって鮮やかです。
切れがあるのに味わい深いと言いましょうか、敏感に動いて歌の抑揚があるべき姿で流れます。気を引くような新しいことをしようという意図でピリオド奏法をとっているのではないのでしょう。旧東ベルリンの古楽オーケストラで、ブランデンブルク協奏曲の演奏では感心しましたが、このヘンデルの傑作も見事です。

 2018年の録音は彼らのものとしても新しく、演奏は以前よりもこなれていっそう流暢になってきているで しょうか。レーベルは今回はペンタトーンで、教会録音で音響も大変優れています。



合奏協奏曲 op.3
 作品6の12曲に対して、もう一つの合奏協奏曲集は作品3の6曲です。専門家からの評価は作品6ほど高く ないようですが、色々な管楽器が活躍するので華やかであり、バッハにおいてのブランデンブルク協奏曲のような音響という意味からも人気のある作品集です。バッハよ りヘンデルが好きという方にとってはむしろ作品6より好まれるかもしれないような、大変ヘンデルらしい曲集ではないかと思います。

 実際に聞いてみると、先に作品6のところで触れた通り冒頭から調子の良いヴィヴァルディを思わせ、全体にもそういう箇所が多く聞かれるように感じます。主に速い楽章での話なのですが、くっきりしたリズムで短いフレーズを何度も元気に繰り返すところが多く、オクターブから四度や五度ほど飛んだ音程で同じ二音の間をループのように行ったり来たりしている中にトリルの飾りが付いたりする印象です。それがユニゾンで進行して行ったり、メロディ・ラインがリズム音符の頭をつなげただけのように聞こえるところもあります。能天気というと悪口になるでしょうか。言葉の本来の意味からすれば頭が快晴で思考に煩わされないのは偉大でもあると思うのですが、調子が良過ぎていささか躁状態をも思い起こさせます。ダッタンダッタンという機織りの音、そしてこれまたヴィヴァルディのところで書いた気もしますが、追われた鶏が時々羽をばたつかせきながら一足ごとに頭を動かして鶏舎の中を逃げ回っています。

 一方でやはりスローな楽章は安らいで聞きやすく、特に第2番二曲目のラルゴなどオーボエが美しいです。こ れだけベスト集の中で取り出して演奏してる盤もあるぐらいであり、ヘンデルの名旋律に加えなくてはいけないかもしれません。



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     Handel   Concerti Grossi op.3
     Trever Pinnock   The English Concert ♥♥


ヘンデル / 合奏協奏曲集 op.3
トレヴァー・ピノック / イングリッシュ・コンサート ♥♥
 そんなわけで色々抜粋して焼けば心地良いものが出来上がるものの、この作品3の合奏協奏曲集はあまり聞い ているとは言えないので責任が持てませんし、前掲の作品6と演奏者たちのラインナップもさほど変わらないので、ここでは代表としてピノックのものを一つだけ挙げておこうと思います。どこか穏やかで繊細な歌わせ方の古楽器演奏なので、この曲集を代表させるのに相応しいと思います。他にモダン楽器による演奏として、やはりアイオナ・ブラウンとアカデミー室内管弦楽団のものが魅力的でした。そちらはネヴィル・マリナーの「水上の音楽」及び「王宮の花火の音楽」とセットになった1993年ヘンスラーの二枚組です。その他は作品6の演奏者たちと重なりますが、独自のものとしてはガーディナーとイングリッシュ・バロック・ソロイスツが1980年にこの作品3を録音していたり、ラインハルト・ゲーベルが新しい取り組みとしてベルリン・バロック・ゾリスデンと2019年に出していたりします。
 
 1984年のアルヒーフで、作品6と同様瑞々しい優れた録音です。



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