サン=サーンスの「白鳥」
     動物の謝肉祭〜第13曲
 
  annapavlovadyingswan
              Anna Pavlova in The Dying Swan 1905

取り上げる CD 6枚: ヨーヨー・マ/フルニエ/トルトゥリエ/アン・マーティンデール・ウィリアムズ(プレヴィン)/ルドルフ・マンダルカ
/アンサンブル・ミュジーク・オブリーク/ポルテラ

本文のみで取り上げるチェリスト17人: マイスキー/デュ・プレ/ゲーリー・カー(バーンスタイン)/ ウォルフガング・ヘルツァー(ベーム)
/ボストン響楽団員(小澤)/クリストファー・ヴァン・カンペン(デュトワ)/ギー・ログエ(プラッソン)/ジャンドロン
/ロベール・コルディエ(プレートル)/ナヴァラ/カプソン/ドゥマルケット/ケラス/ヴェントゥーラ/コッペイ/ロイド・ウェバー
/カネー=メーソン

CD 評はこちら(曲の解説を飛ばします)

 サン=サーンス(1835-1921)の「白鳥」です。チェロで最も知られたメロディーと言っていいんじゃないかと思います。やわらかくまどろむ幸福感と儚い切なさが交錯するクラシックきっての名旋律は、誰しもが一度は耳にしたことのあるものでしょう。入門曲としても真っ先に挙がりそうなもので、小学校の鑑賞曲になってたりもするらしいし、あるいはフィギュア・スケートのバックで流れてたでしょうか。3分足らずの曲なので、わざわざ演奏を聞き比べるまでもないのかもしれないし、この曲のために CD を選ぶとなると、残りのトラックが何かでちっとも決められなかったりもします。でも前のページでこの作曲家の代表曲としてこれと並び称され、最高傑作との呼び声の高い交響曲第3番「オルガン付き」を取り上げたところなので、やっぱり落とすわけにも行きません。チェロ用ということは、弾かれる方にとってはレパートリーとして気になる作品だろうと思います。音符の混んでいないシンプルな作りゆえに、この短さで基本的な技巧はもちろん、その人のセンスまで問われる厄介な曲かもしれません。


曲の成り立ち
 この「白鳥」は1886年、前述の「オルガン付き」交響曲と同じ五十一歳のときの作で、全14曲から成る「動物の謝肉祭」(Le carnival des animaux)という組曲の中の第13曲に当たります。組曲自体は25分ぐらいのまとまった分量があります。それらはよくパロディー曲集だというように言われますが、様々な作曲家の作品を音の題材としてもじり、その作曲家とは別の同時代人を風刺してるらしいから(具体的に誰のことだかは不明)です。もじるというのは、恥ずかしい話、長らくモジュレートの意味の和製語だと信じて疑わずに来ました(いやいや、英単語知ってた自慢になってる?)。古くはアジる(学生運動時代か)とか、最近でもバズるディスるみたいなのあるじゃないですか。でも「捩る」という漢字のある純然たる日本語のようです。何のウンチクでしょう、つまりそれと分かるように使ってちょっとひねるわけですね。具体的にはオッフェンバックの「天国と地獄」だったり、ツェルニーの練習曲だったりが聞こえて来ます。

 そして同時代人を当てこする際に擬音化・擬態化した動物として表し、まるで動物園の檻を覗いて行くような愉快な作りとなっています。檻というよりはむしろ、祭りの山車なのですが。というのも、この曲集はサン=サーンスの友人であるフランス人のチェリスト、シャルル・ルブークという人がオーストリアで開いたマルディグラのプライベート・コンサートのための作品だからです。サン=サーンスはそのとき、自分の演奏旅行でオーストリアにいました。
 つまり内輪の集まりで楽しむ用というわけで、マルディグラというのはキリスト教の祝祭日です。フランスでは二月から三月の間に来るカーニバル(謝肉祭)の最終日の火曜日であり、伝統的に冬の終わりを告げる祭りなわ けだけど、多くの国で山車(だし/フロート)のパレードが行われます。ねぶた祭りのような張りぼての人形なんかが行進する。リオのカーニバルは有名だけど、あっちはむちむちのお姉さんの踊りの方に目が行ってしまうでしょうか。その合間に走る山車の張りぼてとして、作り物の動物たちが行進して行くようなイメージです。

 実際はこのときのコンサートのためというより、元々の発想としては、サン=サーンスが教えていた教会音楽のための学校があって、そこの生徒たち用に着想された曲なんじゃないかとも言われています。どちらにしても子供が喜ぶような面白おかしい演目であり、室内楽曲として書かれたけれどもオーケストラに編曲され、ナレーションをつけて子供のための作品のように演奏されることが多いです。だから小学校の鑑賞曲集にもなってるのでしょう。指導要領的なものを見ると最初は黙って聞かせて子供に感想を述べさせ、それから動物を当てさせるだとか、色々と細かく指示されているようです。誰もやらされ感を味わわないといいのですが。こうした面白さを売りにした曲だとか、あるいはそれとよくカップリングになってる「ピーターと狼」や「青少年のための管弦楽入門」などのように、物語やナレーションがくっついている作品を聞いて音楽の喜びに目覚める人もいるかもしれません。物語で音楽を楽しめたなら、オペラやミュージカルにも行けるかもしれないし。そして話を戻して「動物の謝肉祭」ですが、こうした風刺の効いた楽しい曲たちの中で一曲だけ真面目に、笑いを取るよりも美しさで聞かせる作品が「白鳥」です。そのマルディグラのコンサートでは当の友人、シャルル・ルブークがチェロを弾きました。


編成
 本来は室内楽の作品だと述べましたが、オーケストラ版に編曲されたものであっても、「白鳥」の部分だけはチェロにピアノ二台の伴奏という編成なので、どちらも同じです。独立して演奏される場合は二台を一台のピアノにした版もよく聞かれます。また、ピアノをハープにしたものも時々あります。


組曲の「白鳥」以外の曲
「白鳥」以外の曲はここでのテーマではないので詳述しませんが、組曲の中で聞いたことがある曲は他にもあると思います。最も可能性が高いのは7曲目の「水族館」でしょう。映画などで不気味な場面や魔法がかかるようなシーンの効果音としてしょっちゅう使われます。ハリー・ポッターのテーマと混同されることも多いし、CG アニメのクリスマス・キャロルのにもちょっと似てます。くるみ割り人形の金平糖(キャンディ/ドラジェ)の妖精の踊りともイメージが近いでしょうか。新しい音楽を認めなかったサン=サーンスにしては珍しく、印象派風の音遣いが聞かれます。

 6曲目の「カンガルー」もひょっとしたら聞き覚えがあるかもしれません。風刺という意味ではオッフェンバックの「天国と地獄」をわざと遅くして「亀」(第4曲)にしてみたり、わざと下手くそにチェルニーの練習曲を弾いてみせて「ピアニスト」(第11曲)にしてみたりしてます。ピアニストって動物なんでしょうかね。自らもピアニストだったので、この稼業について自嘲的に描いてみせたという解釈も可能かもしれませんが、他の曲同様に具体的な誰かのことを思い描いていると考える方が自然かもしれません。批評家のハロルド・ショーンバーグはサン=サーンスがピアニストのアルフレッド・コルトーに会ったとき、ずい分辛辣なことを言ったと書いています。コルトーはこの曲の作曲当時は九歳でしたから違うわけで、誰のことかは今となっては分かりませんが、手厳しい言動はこの作曲家のトレードマークでした。

 8曲目の「耳の長い登場人物」はロバのことで、この動物を知ってる人にはもう、まさにそうとしか聞こえない曲です。人懐っこい性格で、飼い主がいなくなるとガヒーン、ガヒーン、と悲痛な声で呼んだりするんです。ヴァイオリンが甲高い音でヒーンというそのいななきを上手く再現してます。サン=サーンスの時代は今とは違い、馬やロバは都会でも身近だったので、その声は誰でもが知ってたんだと思います(因みに第3曲もロバだけど、そちらはアジアロバの方で耳が短い種類です。音からすると狂ったように走り回ってるんでしょうか)。そしてこの耳の長い方のヨーロッパのロバは音楽評論家のことを表しているんだそうで、作曲家や演奏家はたいてい評論家が大嫌いですから、よほど気に入らない人がいたのでしょう。伝統的にヨーロッパではロバに「のろま」、「馬鹿者」の意味があります。ヒーンのところが短く「ヒン」となり、情けない奴に聞こえます。

 第12曲の「化石」には自曲である交響詩「死の舞踏」から「骸骨の舞踏」という、ユーモラスというか滑稽な感じの曲が全体のテーマとして使われており、これも聞いたことのあるメロディーかもしれません。コキン、コキンと骨が踊る木琴の音で、その後は有名なシャンソン、「きらきら星」の上に「月の光に」のメロディーが一瞬重なったりします。後者はいかにもフランスらしい意味深な歌詞の歌です。夜に男が隣家の女性の家にペンを借りに行き、二人して探してたら、扉の閉じられた家の中でどうやら別のことに及んだらしい、というもの。ピアノを習った人は練習で弾いたかもしれません。ドドドレミーレ、ドミレレドーというやつですね。それがドドソソララソー(トゥインクル・トゥインクル・リトルスター)、ファファミミレレドーに乗っかるわけです。おちゃらけているのでしょう、万事がこういう調子です。そしてそれら古い民謡たちの最後にロッシーニのフレーズを出すことで、ロッシーニを古臭い化石呼ばわりしているようです。

 このような風刺的な内容、誰かへの当てつけである皮肉のきついパロディーとしての性格については作曲家本人も多少は悪いことしてる意識があったのかどうか、サン=サーンスは「白鳥」を除くこれらの曲の演奏と楽譜の出版を自分が生きている間は禁じました。ケネディ暗殺ファイルの凍結みたいに関係者が死に絶えたらオーケーなのかどうか、本人の死後は当てつけた相手への記憶は目論見通りぼやけ、作りの面白さから人々に受ける事態となりました。

 これ以外で触れなかったものを挙げると、「序奏と獅子王の行進曲」のライオン(第1曲)、「雌鶏と雄鶏」(第2曲)、「象」(第5曲)、「森の奥のカッコウ」(第9曲)、「大きな鳥籠」(第10曲)、そしてそれまでの旋律が繰り返される「終曲」(第14曲)となっています。


瀕死の白鳥
 そして「白鳥」という曲は、曲自体で有名だけれども、「瀕死の白鳥」The Dying Swan というバレエの出し物にもなっていて、それによってより知られたというところもあります。ロシアのバレリーナ、アンナ・パブロワ(1881-1931/上の写真)が踊ったものです。パブロワというと一般には彼女が由来とされるお菓子、パブロバ(Pavlova)の方を思い出すでしょうか。ニュージーランドかオーストラリア発祥とされるメレンゲのケーキですが、バレリーナのチュチュ(ひらひらスカート)に似せて作られたりします。それとも「瀕死の白鳥」自体、チャイコフスキーの三大バレエの一つ、「白鳥の湖」と混同するでしょうか。あちらは作られたのが1877年、サン=サーンスの「白鳥」の曲は1886年の作曲で、「瀕死の白鳥」としてバレエになったのが1905年です。順序からすればチャイコフスキーの方が先ですが、「白鳥の湖」は初演以降何度も改訂されてだんだん人気が高まって行った経緯もあり、「瀕死の白鳥」が出た後はそれが「白鳥の湖」の方の振付にも影響を与えたとされます。
   pavlova
                    Pavlova

 話が逸れましたが、「瀕死の白鳥」はその踊り手、パブロワがテニスンの詩を読んでひらめいたアイディアに始まり、同じくロシアの振付師、ミハイル・フォーキンと一緒に作り上げたもので、タイトル通り、死ぬ間際の白鳥の様子が描かれています。白鳥は英語でミュート・スワンとも言う通り、なかなか鳴かないけれども、死ぬときに美しい声で鳴くと信じられて来ました。それで「白鳥の歌」には、芸術家が死ぬ直前に残した最高の作品という意味もあります(サン=サーンス自身の「白鳥の歌」はこの「白鳥」以外に存在します)。以下にちょっと訳がまずいかもしれませんが、そのアルフレッド・テニスン(1980-1892)の元の詩を掲げてみます。この白鳥は雄でしょうか雌でしょうか。詩の中では her voice となっています。フランス語の白鳥は男性名詞でル・シーニュ(Le cygne)です。白鳥という生き物自体は雌雄の見分けがつかないそうですが、バレエを踊るのはほぼ例外なく女性バレリーナで、唯一の例外は最近のニューヨークのコメディー・バレエ団、トロカデロ・デ・モンテカルロバレエで男が踊るのがあるぐらいのようです。


The Dying Swan(Alfred Tennyson)

 平原は草で覆われ、荒涼として何もなかった。
 広く、荒涼として、そして風にさらされて、
 そんな光景は哀しげなグレーの屋根の下、
 どこにでも広がっている。
 内なる声をもって川は流れ、
 そこに死の迫った白鳥が一羽浮かび、
 大きな声で哀歌を歌った。
 それは日中のことだった。
 いつものうんざりするような風が巻き起こり、
 葦の先を吹き渡った。

 蒼い峰がいくつか遠くにそびえ、
 冷たい白い空に向かって、
 頂きの雪を輝かせていた。
 川に垂れる一本の柳の木が悼み、
 波揺らす風がため息をついた。
 その上空の風の中で燕が、
 自らの野生の意志に従って自分を追い回していた。
 そして彼方の沼地は緑で穏やかだ。
 もつれた水路は眠り、
 紫や緑、黄色を放った。

 その野生の白鳥の死の讃歌は
 荒れ果てた土地の魂を喜びで満たした。
 悲しみに包まれてその声は最初低く聞こえ、
 それから力一杯のはっきりとしたものになった。
 そして空の下で漂って行く、
 衰弱に覆われたその挽歌のストールは
 ときに遠くに、ときに近くに響き、
 しかし間もなく、その彼女の恐ろしい喜びに満ちた
 奇妙で多様な音楽である声の流れは、
 自由で大胆な聖歌へと変わって行った。
 ショーム(オーボエ)で、シンバルで、金のハープで
 大群衆が歓喜するときのように
 拍手喝采のどよめきが
 遠い街の開かれた門を抜けて響き渡り
 宵の明星を眺めている羊飼いのところへも届いた。
 そして這う苔と攀じ登る雑草に、
 そしてかびてじめじめした柳の枝に、
 そして波打ちざわざわと揺れる葦に、
 そして土手にこだます曲がって使い古されたホルンに、
 そして群れを成して咲き乱れる銀の沼地の花々に、
 人里離れた小川と水たまりの間に、
 渦巻く歌が押し寄せた。



 そのバレエでは死を拒んでいるかのような白鳥が何度も立ち上がっては羽ばたこうとし、そして最後に力尽きて倒れ込む様が描かれています。動物が死ぬときは他者からは容易に見えないところに隠れたり、巣に戻ったりして動かなくなり、受容してじっとその時を待つものですから、こうしたばたばたとした死に方は銃で撃たれたか不意に大怪我をしたかした場合に限るでしょう。むしろ自我を持った人間における、死の受容段階の「拒絶」を思わせるところがあるので、人の死を表していると考えられるべきだと思います。実際そのように解釈されて来たところがあるようであり、パブロワは歌手の持ち歌のようにこれを自らの最も大切な出し物としました。生涯に4000回踊った上、 死の床での最後の言葉も「私の白鳥の衣装を用意して」だったとされます。本人の動画がウェブにたくさん上がっていますので、the dying swan anna pavlova で検索してみてください(ところで、大昔に亡くなった A
nna Pavlova のカラー画像付きツイッター・アカウントって何でしょう)。


曲のクライマックス
 サン=サーンスの曲自体は特段死を描いているわけではないと思いますが、終わり近くになったところでチェロがシの音を長く延ばして弱音のピアノからメゾフォルテへと大きくクレッシェンドして行くところがあります。それに合わせて伴奏するピアノの右手(二手版でも四手版でも同じ)がさざなみのような音形で、最初ドミドラという比較的単純な Aマイナーの音を長く繰り返した後、シレシファ(Bdim)の三回を経て最後にレ#ソレシへと至ります。これはコードで言えば G#ディミニッシュ(G#dim/減三和音)というもので、短3度を三つ重ねた複雑な和音です。その後解決はしますが、この強く盛り上がった翳りのある音がまるで、あのバレエの白鳥の、一度崩れ落ちながらも再度立ち上がって生きたいという儚い望みを燃やす瞬間のようにも聞こえます。パブロワの踊りでは崩れ落ちるのは曲の中ほどで、ここは上半身だけが一回うなだれるにとどまっていますが、曲としてはこの部分がクライマックスでしょう。21小節目の終わりです。そう考えると、この曲自体も「瀕死の白鳥」のようなテーマを持っているかに聞こえます。強い切望に続いて泣き崩れ、そして諦めと受容のように終わるのです。泣き崩れるとまで言うと大袈裟かもしれません。それならばこみ上げる感情の昂りとしておきましょうか。果たしてそこにはサン=サーンスのどのような心情が反映されているのでしょうか。


サン=サーンスの人となり
 この作曲家の人物像については、一つ前の記事(交響曲第3番「オルガン付き」)で性格などに触れているので、ここでは細かいことは省略します。とにかく小さいときから神童で、作曲家である他にピアニストであり、稀代の教会オルガニスト、同時に詩人であり評論家であり、天文学者でギリシャ考古学の学者かつ民族学もやり、戯曲作家でもあって映画音楽も世界で初めてぐらいに作った人。大変な天才は間違いない上に、これで分かる通り相当程度知能の高い人だったことも窺わせます。フランス人らしく皮肉の名人で周囲に容赦なく痛烈に浴びせ、情緒のコントロールができないところもあったとされます。でも人の感情を理解できないわけではないのはこの「白鳥」を聞いても分かるでしょう。皮肉というチャンネルも一部の発達障害的要素のある人々が苦手とする暗喩を用いますから、天才であってもそちらの性質はなかったということになります。他人への対応で近づき難い辛辣さを見せる人にはよくあることで、人一倍辛い体験もあったようです。いろんな悲しみに序列はつけられないけれども、子供を亡くすというのは最も痛ましい出来事の一つでしょう。作品からすると最晩年にはふっ切れたところもあったように思います。


CD のカップリング曲
 上述の通り「動物の謝肉祭」という曲集の中の一曲なので、それ全体として出ている子供向けものと、同じサン=サーンスのチェロ協奏曲やチェロ・ソナタなどとカップリングになっているもの、そしてこの曲だけ取り出し、他の作曲家も含めて有名なメロディーと合わせてあるクラシックのベスト盤みたいな体裁のものという、大雑把に三パターンに分かれるかと思います。

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人気の演奏

 さすがに CD はいっぱい出ています。今回は録音年代順にたくさんを比べるのはやめ、たくさん聞いてはみたけれども、その中でもこれだけあればいいやと思えた素晴らしい出来のを写真付きで最初に一枚取り上げ、あとはそれ以外に好みだったものとして、他のトラックに入ってる曲の違いから何枚かをピックアップするスタイルで行きたいと思います。

 その前に「白鳥」の演奏のなかでも代表的なものとして人気を博して来た録音について、写真なしで触れてみます。
 古くからの名盤とされるものならフルニエあたりからかもしれませんが、それについては後で取り上げましょう。定番を買われるなら、まずミッシャ・マイスキーあたりが安定的な売れ筋ではないでしょうか。1948年ソビエト・ラトビア生まれのチェリスト、マイスキーは切れ味鋭いピアニストのアルゲリッチやヴァイオリンのクレーメルらとよく一緒に活動して来ました。ゆったりと、大変ロマンティックな表情をつけて歌うチェロです。三種類ほど出ている「白鳥」のうち、1985年のフィリップス盤はオリジナルの室内楽版で、「動物の謝肉祭」全体が入っているものです。ミッシャ・マイスキーのチェロにマルタ・アルゲリッチネルソン・フレイレのピアノ、「白鳥」では出て来ませんがギドン・クレーメルも参加しています。豪華な顔ぶれで、これが最も売れているものでしょう。「動物の謝肉祭」以外では同じく動物を描いた別の作曲家の作品が組み合わされています。「白鳥」は本人の他の演奏と比べれば最もテンポが速いけれども、それでも3分10秒ほどかけていて、やはり大変ゆったりに聞こえます。抑揚についてはアゴーギクの面で延び縮みをさせ、強弱もあり、特に後半はしっかりと表情がついています。クライマックスも音をつなげて滑らかに行きます。
 旧フィリップス音源もドイツ・グラモフォンも現在は同じユニバーサル傘下なので、日本盤としてはこのマイス キー、アルゲリッチ、フレイレ、クレーメルらの室内楽演奏も DG 名義のアルバムにオムニバス盤として組み入れられているものがあるようです。ちょっとややこしいです。

 アルゲリッチが出て来たところでもう一つ混同しそうなのは、マイスキーのチェロではないですが、2016年 ワーナーのアントニオ・パッパーノ(指揮者)盤です。オーケストラ版の「動物の謝肉祭」と交響曲第3番「オルガン付き」が合わさったもので、ローマ聖チェチーリア国立音楽院管弦楽団による演奏です。 チェロはそこの楽団員ですが、この「白鳥」も3分25秒ほどのゆったりしたものです。パッパーノとマルタ・アルゲリッチのピアノ伴奏です。

 一方で1987年のドイツ・グラモフォン盤はミッシャ・マイスキーパーヴェル・ギリロフのピアノ(1台によるもの)で、クラシックのチェロの名曲集という体裁です。グノーのアヴェ・マリアに始まり、トロイメライも聞けるありがたいもので、前者は繰り返しを付けた編曲がしてあってムード音楽のようにゆったりしており、後者も大変遅いテンポで歌って行くものです。「白鳥」は単独で、「動物の謝肉祭」が入っているわけではありません。3分30秒ほどかけてやさしくゆったり歌います。フィリップス盤と比べてあまり強い起伏で盛り上げはしないですが、テンポはより遅いです。
 この録音には国内盤もあり、そちらはオリジナルとは違って同じ時期の録音ばかりでなく、色々な盤からの寄せ集め的なアルバムになっています。アヴェ・マリアもトロイメライも変わりませんが、五木の子守唄など、日本の曲も入れてあります。それ以外にも組み換え盤は色々と出ているようです。マイスキーの音源は日本のレコード会社にとってはドル箱なのでしょう。日本のドル箱って何か変だけど、明治の造語だそうです。

 1997年のドイツ・グラモフォン盤はミッシャ・マイスキーのチェロとオルフェウス室内管弦楽団による演奏です。 これも「動物の謝肉祭」としてではなく、「白鳥」は単独で、それ以外はチェロ協奏曲の第1番などと組み合わされているサン=サーンスの曲集ということになります。ここでの「白鳥」はタイムにして4分04秒ぐらいでしょうか、4分超えというのはこの曲の中でも最大遅い部類ではないかと思います。しかも間をとってデリケートに力を抜く弱音や、独特の粘る歌も聞けます。ずっと夢の中にいるようで、映画音楽の効果のようでもあり、クライマックスの盛り上げも穏やかです。「ウルトラ・ロマンティサイズド」とどこかで述べましたが、このたっぷりとした表情豊かな歌こそがこの人の魅力なのであり、根強い人気の理由なのだろうと思います。この録音はピアノ伴奏の通常版ではなく、ハープとオーケストラのストリングスが聞こえる編曲ものです。

 チェロでマイスキーと同じぐらいに人気なのが「若くして病魔に倒れた美貌」で「悲劇の天才」ジャクリーヌ・デュ・プレでしょう。EMI の1962年録音で「リサイタル」というタイトルになっています。デビューした頃、十七歳の演奏です。ピアノはジェラルド・ムーアです。デュ・プレは情熱のこもった激しいアタックを聞かせるチェリストだけど、この「白鳥」に関しては歌い出しはさらっと自然にまとまっており、あのデュ・プレだと思って聞くとびっくりするようなことはありません。でもクレッシェンドや静かに抑えるやり方はかなり大胆で、振幅はやはりあります。この時にしてすでに持ち前の力強さも出ています。そして楽譜通りではなく、クライマックスの G#dim より少し後、22小節目以降にクレッシェンドの山を持って来る解釈のようです。これも解釈というよりも、情熱が収まらなかったのかもしれません。トータル・タイムは2分46秒ほどでテンポは遅くなく、さらっとしていて理想的です。
 録音のコンディションですが、幾分倍音の硬めなチェロの音にとれているようです。くっきりとしています。レーベルは EMI で新しくはないけど、ステレオだし十二分に聞けるものです。


オーケストラ版の演奏
 元々は室内楽版だった曲ですが、子供のための管弦楽入門というアイディアでナレーションが付いたり付かなかったりして、オーケストラで演奏するのも一つの典型的なスタイルになっています。そういう CD は多くの場合、プロコフィエフの「ピーターと狼」やブリテンの「青少年のための管弦楽入門」などとカップリングになっており、ジャケットが動物たちの絵だったり、ピーターや狼の顔だったりします。典型的な録音としては、バーンスタインやベーム、小澤やデュトワ、プレヴィンなどが有名なところです。

 レナード・バーンスタイン/ニューヨーク・フィルハーモニック ♥♥(「白鳥」はゲーリー・カー
のコントラバス、ルース&ナオミ・シーガルのピアノ/ソニー 1962)盤はバーンスタイン本人のナレーション入りで、白鳥は珍しくコントラバスによるもの。といっても1オクターブ低いとかじゃないのですが。何気なく聞くと分からないものの、響きはやはり独特で太く、高い方の倍音が落ち着いていてやわらかくて、こういう音も魅力的です。演奏は最初さらっと語尾もあまり延ばさずに流しつつ、抑揚はしっかりとしている感じ。中ほど過ぎから弱音を思い切って使い、また反対に一気に力のこもった堂々たる盛り上げも聞かせ、豊かに歌います。しかもわざとらしく抑揚を付けましたという感じにならないので、これはいい演奏だと思いました。個人的にはナレーションが長く入るのが煩わしくて聞きませんが、♡♡にしたのはこのコントラバスの表現に対してです。テンポは全体で2分45秒であり、ロマンティックになり過ぎない気持ちのいい運びです。

 カール・ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(「白鳥」は楽団員のウォルフガング・ヘルツァーのチェロ、アロイス&アルフォンス・コンタルスキーのピアノ/ドイツ・グラモフォン 1974)のも売れたものだと思います。「白鳥」はテンポがさらっとしていますが、所々フレーズの終わりで大きく流れを緩めるような歌わせ方の癖があり、速度が脈動します。そして表情はしっかりとあるものの、クライマックスで最大持ち上げるような表現ではありません。タイムは2分47秒と、バーンスタイン盤とほぼ同じのすっきりとしたものです。艶があって朗々と響くチェロです。

 小澤征爾/ボストン交響楽団(RCA 1992/「白鳥」のチェロは楽団員 [誰でしょう?]、ピアノはジョン・ブラウニングギャリック・オールソン)では3分27秒ほどかけ、ゆったりめで穏やかに弾かれます。まるで分身であるかのように指揮者同様に癖のないチェロです。むしろそれが個性でもあるでしょう。ややすっきりしたテンポが多い印象の小澤にしては遅めの設定かもしれないけれども、意思疎通があったのでしょうか。要所で一瞬ポルタメントが常識の範囲内で出たりもしますが、情緒的には控えめで、間違いのないように確実に進める丁寧な演奏だと思います。ニュートラルでパーフェクト、楽譜に真面目に向き合えば「白鳥」とは本来こういう曲だという理想的な運びです。

 シャルル・デュトワ/ロンドン・シンフォニエッタ(デッカ 1980/「白鳥」のチェロは楽団員のクリストファー・ヴァン・カンペン、ピアノはパスカル・ロジェクリスティーナ・オルティス)はフランスものが得意な指揮者ということで、オーケストラ版の「動物の謝肉祭」のベストだと言う人もあるようです。交響曲第3番「オルガン」と組み合わされ、そちらは手兵だったモントリオール響との演奏ながら、「動物の謝肉祭」についてはロンドン・シンフォニエッタとです。「白鳥」は2分43秒ほどというタイムで速めにすっきりと行きます。こちらも音を切らずにつなげるかなというぐらいで、小澤盤とはまた違った意味でニュートラルというのか、安全運転ではないけどさらっとした表現です。本来こうあるべきなのかもしれません。

 ミシェル・プラッソン/トゥールーズ国立管弦楽団(エラート 1992/「白鳥」のチェロは楽団員のギー・ログエ Guy Rogué、ピアノがミハイル・ルディツィモン・バルト)ですが、「ピーターと狼」との組み合わせです。上記デュトワも含めて後で取り上げるフレンチの項に入れるべきかもしれません。
 チェロは結構朗々と響かせる方で、3分12秒というタイムでゆったりめに聞こえます。音をスラーでつなげる傾向があって表現は少し大きめで、フレーズの最後の音の前に間を空けたり、途中で速度を緩めるような手法が聞かれます。音色は鼻にかかりながらも倍音の輪郭がしっかりと出るものです。

 アンドレ・プレヴィン盤については後でジャケット写真付きで取り上げます。


フランスのチェリストその他
 フランスの作曲家だからフレンチ・パフォーマンスで、という意向もあると思います。その場合も、恐らくは前述のフルニエ、あるいはトルトゥリエあたりから始めるべきだろうと思います。彼らについてはこれもジャケット写真付きで後で触れるので、まずはそれ以外のチェリストたちについてざっと見てみます。

 最初は1920年生まれで90年没のモーリス・ジャンドロン です。
フルニエ、ナヴァラと並び称されるフランスのチェリストで、貧しかった前半生を才能で切り開いて来た人のようです。「白鳥」の録音は1960年に フィリップスに行っています。ピアノはピーター・ガリオンです。
 伸びのびしてしっかりつなげるスラーの歌で、下記ナヴァラのように繊細な引きの部分が目立つ演奏ではなく、落ち着いていて滑らかだけど割とオンに押すようなところもあります。かといってクライマックスは力で盛り上げず、 全体に余裕を持って気持ち良く歌っている感じの演奏に聞こえました。ナヴァラとほぼ同じ3分03秒でタイムとしてはさほど遅くないけれども、やはり少しゆったりめにも聞こえる中庸のテンポです。艶のきれいなチェロです。有名なバッハのコラール前奏曲やヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」などと組み合わさり、名旋律集のような体裁で出ていたオリジナル盤は今はなかなか手に入り難くて高価でもあるようです。フィリップスの二枚組 Duo シリーズで「ザ・ベスト・オブ・サン=サーンス」と銘打ち、プレヴィンの「動物の謝肉祭」全曲とダブるような組み合わせで出ているものがあります。

 1916年生まれのロベール・コルディエジョルジュ・プレートルの「動物の謝肉祭」に入っています。 オーケストラはパリ音楽院管弦楽団で、白鳥部分のピアノ伴奏はアルド・チッコリーニアレクシス・ワイセンベルク。それにフルートではミシェル・ デボストなんかが加わっています。1965〜66年の EMI 盤です。全体で2分37秒ほどの速めのテンポで、軽めの明るい倍音でさらっと弾いていますが、所々で急に歩みを緩めるように部分的に遅く歌わせるフレーズが出ます。ひとまとまりの歌の後半部分です。曲集全体の録音のコンディションとしては明るく乾いて少し薄い感じのするオーケストラですが、「白鳥」の部分は楽器三つだけなので良好です。

 1911年生まれで88年に亡くなっている名手、アンドレ・ナヴァラ はカリオペの1977年の録音で、フォーレの小品がいくつかとショパンのソナタなどが入ったアルバムが出ていました。ピアノはアニー・ダルコです。ナヴァラはハインリヒ・シフの先生で、フルニエやジャンドロンと並んで20世紀フランスの巨匠と言われる人です。
 その「白鳥」は、多少癖を感じるような表情がありますが、優雅で良いです。独り語るように運ばれる感じです。タッチは頭から強いわけではなくて粘りがあり、一瞬すーっと力を抜くような表情もあるものの、全体には割とオンで朗々としており、沈み込んで弱音に消え入るような表現には寄ってないでしょう。音符を待つように延ばす余裕を見せる一方、つなぎを全てスラーで押し切らないであっさり切るところ、舐めるようなポルタメントで下降する一瞬のつなぎなどが聞かれ、歌い方にバリエーションがあります。力づくではないけれどもかなり感情を込め、長く盛り上げるクライマックスも見事です。テンポは3分01秒で速めには聞こえず、濃い表情ゆえかむしろゆったりに感じます。ストレートではないところ、波打つような感覚がフレンチでしょうか。後で取り上げるフルニエよりはゆったりで、もう少し強めの個性がある感じがしました。

 次に1981年生まれのゴーティエ・カプソン(カピュソン)です。二種あり、2002〜03年録音の EMI 盤は室内楽版の「動物の謝肉祭」で、「白鳥」はフランク・ブラレイミシェル・ダルベルトのピアノ、それにエマニュエル・パユのフルートやルノー・カプソンのヴァイオリンなどが他の曲では加わっています。ためのあるピアノのややゆったりめの伴奏に乗って始まりますが、音はやわらかく、やさしくふわっと盛り上げるような抑揚で丁寧に歌って行きます。 全体にもテンポはほどほどゆったりしているように聞こえます。トータルではジャンドロンと同じ3分03秒です。リズムの処理を聞くと感性としては素直な感じがしますが、要所で速度をぐっと落として静かに構え、そこから大きく抑揚をつけるような意欲的な表情があります。クライマックスも静かに持ち上げて行って最後の方でぐっと強めます。全体に浮き沈みの波が交互に来るような感じです。
 新盤の方はエラートの2017年で、「イントゥイッション(直感)」というタイトルが付けられ、「タイスの瞑想曲」や「アンダンテ・カンタービレ」、「森の静けさ」やフォーレの「夢のあとに」などが収められている名旋律集のような選曲となっています。サン=サーンスは「白鳥」のみです。ゴーティエ・カプソンのチェロにジェローム・デュクロのピアノ、となっていますが、「白鳥」は通常のピアノ伴奏ではなく、ハープとストリングスに編曲されたものです。演奏はダグラス・ボイド指揮のパリ室内管弦楽団です。旧盤よりもよりやわらかく抑えられたように始まる感じですが、表現は基本的には同じ 傾向です。弱音へ沈めるところがもっと弱く徹底しているでしょうか。タイムが3分20秒なので、テンポはちょっと遅くなっています。やわらかく優しく、ささやきを含めた表情の波がある演奏で、やはり丁寧な感じがします。クライマックスは弓の返しで途中音を継いで、より穏やかに盛り上げます。また、女性に人気のフォトジェニックな人ということなのでしょう、この録音に関連づけてかスイス・アルプス山頂の雪の上で「白鳥」を演奏しているプロモーション・ビデオも出ました。

 アンリ・ドゥマルケットは1970年生まれのフランスのチェロ奏者。ミラーレの2009年盤はピアノがボリス・ベレゾフスキーブリジッド・エンゲラージョセフ・スウェンセン指揮でカプソン盤と同じパリ室内管弦楽団(時期によって原語の団体名称が異なります)による演奏です。「動物の謝肉祭」の全曲で、カプソンよりも全体にしっかり強く響かせて朗々と歌う感じのチェロです。3分06秒ぐらいなので、カプソンの旧盤とほぼ同じタイムでゆったりめな展開です。弾き方は強い方に寄ってはいるけれども、歩を緩める形でフレーズの切れ目でのためがあり、多少外連味があるほどに表情が大きくてたっぷり歌わせているところもカプソンと雰囲気が似ている気がします。艶と輪郭の気持ち良い音色のチェロです。

 ジャン=ギアン・ケラスは1967年カナダ生まれのフランスのチェロ奏者。アレクサンドル・タローのピアノで「コンプリース」(共犯)というタイトルのアンコール曲集を出しており、そこに「白鳥」が入っています。2018年録音のハルモニア・ムンディです。いわゆる名旋律集より少しだけ珍しい選曲となっています。ケラスは様々な技法を切れ味良く次々と見せてくれる人で、以前の記事では技のデパート、みたいに言った気もします。 大変上手だと思います。ピアノのタローはまたセンスが良くて大変気に入っているので、この演奏も気になりました。
 2分28秒ほどのかなり速いテンポ設定です。そんなに速くも感じないけど、所々やはり颯爽としています。表現も語尾をあっさりと切るなどしてさっぱり爽やかを基本にしつつ、メリハリをつけて歌わせて行く巧者なチェロです。決してやり過ぎ感があるとは言いませんが、特に中ほど以降でしょうか、動きの機敏な弱音を使って陰影を与える仕方、トランジェントのいい立ち上がり方など、明晰で神経が隅々まで行き届いている感じであり、チェロの音色も輪郭がシャープながらもゴリっとはせず、鮮やです。ジョフレド・カッパ1696年製と書いてありました。

 ダミアン・ヴェントゥーラは生年は不明ながらフランスのチェロ奏者で、今をときめく人のようです。トゥールーズ室内管弦楽団と組んで2020年の録音でクラルテ・レコーズから Concertos というアルバムを出しました。その名の通りサン=サーンスのチェロ協奏曲と合わさってますが、「白鳥」は単独で、飯吉真子編となっているオーケストラ版です。珍しくストリングスの伴奏です。
 軽めの明るい音です。二音ずつ組で波打つようにアクセントをつけたりして、少しピリオド奏法のイントネーションに近い感じの浮き沈みを持つ表情があります。弱音に潜るところも、途切れるように強調したりしてテンポもぐっと緩め、表現意欲があります。クライマックスのクレッシェンドも弱くデリケートな感じで始めてから盛り上げて行き、現代的な印象です。テンポはトータルで3分09秒というカプソンやドゥマルケットとほぼ同じタイムながら、こちらは中庸でさっぱりとした印象です。ジャン=ギアン・ケラスとはまたちょっと違いますが、大変上手な感じがします。

 マルク・コッペイは1969年生まれです。ジョン・ネルソン指揮のストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団とやっていて、サン=サーンスのチェロ協奏曲第1番やラロの協奏曲など、19世紀後半のフランスの曲を集めた2021年のアウディーテ・クラシックス(ドイツ)の録音の中に「白鳥」があります。このコッペイはドヴォルザークの協奏曲でも、ベートーヴェンのチェロ・ソナタでも一番ぐらいに好きな演奏であり、チェリストとしても個人的に大変注目している人です。
 さて、「白鳥」に関しては3分25秒ほどかけ、かなりゆったりとおおらかに歌わせるという方向へ行ったようです。好みよりはかなり遅いのだけど、お国ものの情緒的な曲はこういう解釈なのかなと思いました。これもフレンチの王道の一つでしょう。ハープを使ったオーケストラ編曲による伴奏です。
 弾き方ですが、定石という範囲で時折ポルタメントも用い、とにかくやさしくて丁寧な印象です。目立たない程度にやわらかいスタッカートも交えて弾ませたりする工夫もあります。オルフェウス室内管とのミッシャ・マイスキーほどじゃないけど、ちょっと映画音楽のような感じ。あちらががつんとロマンティックなら、こちらは歌い方がずいぶん繊細だけど、世界初の映画音楽の作曲家であるサン=サーンスにはこういうのが相応しいでしょうか。とにかくデリケートに波打ってビロードのようです。あるいは羽毛のようにやわらかい布団のような被り心地というのか、お休み前にいい感じです。最後のストリングスも子守歌のようです。  

 フランスのチェロ奏者ではなく、録音年度も前後しますが、ジュリアン・ロイド・ウェバーも外せないと思います。こういう曲には大変相応しい気がします。1951年生まれのイギリスのチェリストです。ご存知「エビータ」、「キャッツ」、「オペラ座の怪人」などで世界的に有名なあのミュージカル王、アンドリューの弟です。バックはニコラス・クレオバリー/イギリス室内管弦楽団です。フィリップス原盤で1984年の収録です。アルバムとしてのオリジナルは何だったでしょうか、以前は Adagio というタイトルのがあったようで、最近のものではデッカ・レーベルとして The Singing Strad というのが七十歳の誕生日コレクションという形で2021年に内容を変えて再発されています。ストラディヴァリウスのストラッドでしょうか。サン=サーンスやエルガーの協奏曲、兄アンドリューの曲、ホルストやフォーレ、マスネ、ドビュッシーの小品などが入っているコンピレーションものです。日本盤ではまた別の組み合わせで「エレジー」という名旋律ベスト盤のようなものも出ています。
 マルク・コッペイと同じくドヴォルザークの協奏曲では大変きれいな演奏だったロイド・ウェバーは、ヨーヨー・マと並べても見劣りせず、したがってこの曲でも大変期待しました。面白いのはマとは違い、ここではコッペイと丁度同じ具合にゆったり路線で行っているということです。3分16秒ほどかけていて、コッペイより少しだけ速いけど、ほぼ同じように聞こえます。丁寧に大変良く歌っているのも同じながら、こちらの方がよりたっぷりとしており、ポルタメントもはっきりと使い、粘りと起伏がもう少しあるように感じます。別の言い方をすれば、静かに抑えておいて要所で強く盛り上げるような歌わせ方でしょうか。コッペイの方が平均してよりスタティックな印象であり、もう少しあっさりと平静に流しているようにも聞こえます。それでいて表情の細かな機微はむしろあるような感じ。デリケートな起伏を付け、表情に工夫があって繊細なのです。つまり振り幅が大きくてロマンティックなのはロイド・ウェバーの方でしょう。さらにロマンティックなのはミッシャマイスキーのオルフェウス室内管とのものだけど。これらはどれも個人的好みからすると多少たっぷりとし過ぎな気がするものの、こういう方が浸れる方も多いと思います。音色に関しては、コッペイはさらっとしていて少し鼻にかかり、ロイド・ウェバーは甘く艶やかで朗々としています。伴奏はオーケストラだけど、オリジナルではなくコッペイ盤同様に定番のハープが活躍し、こちらはストリングスだけでなく管もよく聞こえる編曲です。
  
 これもフランスのチェロ奏者ではありませんが、若手で注目を浴びているのは1999年生まれのアフリカ系イギリス人、シェク・カネー=メーソンです。バーミンガム市交響楽団のチェリストたちにハープを加えての「白鳥」を出しています。デッカの2017年の録音です。この人は本家イギリス版のゴット・タレントの出場者で、テレビにも映る BBC のコンペティションで2016年に一位になり、ヘンリー王子とメーガン妃の結婚式でも演奏しました。アルバムは「インスピレーション」というタイトルであり、彼がコンペティションで優勝した曲であるショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番やカザルスで有名な「鳥の歌」、ボブ・マーリーの曲などが入っています。「白鳥」は単独で、「動物の謝肉祭」全曲ではありません。使用楽器は1700年のゴフリラーだそうです。
 演奏ですが、2分32秒というあっさりした速いテンポで現代的に運んでいます。表現も強弱はよくつけていますが、さらっとしていて滑らかです。呼吸・表情もしっかりしていてパーフェクトでしょう。このとき十八歳です。クライマックスでこみ上げるような昂まりを見せるという感じでもありませんが、これはこの人の品の良いセンスであると同時に、伴奏にも関係があるかもしれません。ハープとチェロによるものですが、通常はヴァイオリンでやるそのストリングスの合いの手が独奏のパートを音程差でハモりなぞって来るし、最後にハープのグリッサンド飾りも入ったりして、まるでポール・モーリアとかのムード音楽のようにも聞こえるのです。イージーリスニングとも呼ばれるその分野、他にもカラベリ、レイモン・ルフェーブル、フランク・プールセル、フランシス・レイ、リチャード・クレーダーマンなどがいますが、皆フランス人。フランスものをやるにはやはりこういう伴奏が正統かもしれません。あるいはディズニーのアニメ版という感じもしますか。



   maswan
     Songs From the Arc of Life
     Saint-Saëns   The Carnival of the Animals: XIII. Le cygne (The Swan)
     Yo-Yo Ma (vc)   Kathryn Stott (pf) ♥♥


ソングス・フロム・ジ・アーク・オブ・ライフ
サン=サーンス /「動物の謝肉祭」〜第13曲「白鳥」
ヨーヨー・マ (チェロ)/ キャサリン・ストット(ピアノ)
♥♥
 ここまで、人気のある有名な演奏、お国ものを弾くフランス人の演奏などを概観して来ました。そしてそれ以外もたくさん聞き比べてみたけれども、結局のところ「白鳥」はヨーヨー・マが断然ベストでした。このページは「マイ・フェイバリット CD」なので、もちろん個人の好みの話です。そしてなぜかといって、マはどういいも何も、深々とした情感がありながらわざとらしいところがなく、洗練されているのです。そういう風に感じるものって案外なかったです。そして、さらに言えば、慈愛に満ちていると表現してもいいでしょうか。

 ヨーヨー・マについては今さら説明する必要もないでしょうが、1955年パリ生まれのチャイニーズ・アメリカンです。五歳で人前で演奏した神童で、ジュリアード音楽院ではもう教えることがないと言われて卒業し、それに飽き足らずに自分探しを続け、コロンビア大を経てハーバードを人類学で卒業するという恵まれた能力の持ち主です。グラミー賞を19回もらい、ドラマにも出演しました。しかし人柄としては同じく神童だったサン=サーンスとはちょっと違った評価を受けているようです。あらゆる人種、ジャンルを越えた芸術家たちと共演して平和運動やチャリティー活動を行い、戦争や国を分断するような出来事、パンデミックの際には公に演奏して権力に抗議したり人々を慰めたりします。したがって国民的祝賀や追悼行事などでは大物政治家に呼ばれ、スティーブ・ジョブズなどの気難しい人も含め、人格者として誰からも愛されます。その上十六のときに出会った奥さんのジル・ホーナーとはずっと仲良しで賑やかな噂も出ない。そんなわけはないだろう、欠点の一つぐらいはあるはず、と探してみても徒労に終わるばかりで、まるでスーパーマンみたいな人です。演奏表現も完璧で、「私の神様」と呼ぶ有名なお弟子さんもいるのだとか。

 そのマの「白鳥」の CD は二つあります。1978年のソニー盤は正式デビュー前の録音で、オリジナル室内楽版で「動物の謝肉祭」全曲をやってます。ピアノはフィリップ・アントルモンとギャビー・カサドシュ。同じときの演奏がオーマンディ指揮の交響曲第3番「オルガン付き」とカップリングになってるものもあります。演奏のあり方としては下に記す新盤と比べてテンポはやや遅く、あっさりとした素直な運びで軽くやさしいもので、これも悪くありません。クライマックスのクレッシェンド部分(21小節目)には切れ目があり、ボウイングが異なっているでしょうか。
 他にもYouTube でもライヴがいくつか聞けるし、コビッド19流行初期に恐れを和らげる目的で配信された無伴奏のもあるので、この曲は得意なレパートリーのようです。

 そしてここで上に写真を取り上げたのはキャサリン・ストットのピアノによる2015年のソニーの録音で、「ソングス・フロム・ジ・アーク・オブ・ライフ」と題された、マの六十歳記念アルバムとなるものです。直訳すると 「
人生のエピソードをつなぐ歌」とでもなるのでしょうか。キャサリン・ストットの方は三つ下で、1958年生まれのイギリスのピアニストです。マとは73年から一緒にやっているエマニュエル・アックスと同様、85年からずっとデュオを組んでいます。日本では単独での活動はあまり知られてないかもしれませんが、息がぴったりと合い、まるでチェロの分身であるかのように波長が揃っていて見事です。大変センスのある優れたピアニストだと思います。

 曲目はグノーの「アヴェ・マリア」に始まってシューベルトの同じく「アヴェ・マリア」で終わる名旋律ベスト盤のような構成で、「動物の謝肉祭」全曲ではありません。でもそれは案外ありがたいのかも。その「謝肉祭」の中の面白おかしい他のパロディー曲たちにしたっていわば音楽の冗談のようなものであって、出される度に毎回笑うのは、いないいないばあの赤ちゃんぐらいかもしれません。まあ、他の要素が楽しいにせよ、結局「白鳥」だけあればいいでしょう(個人の見解です)。そしてこの CD に戻りますが、エルガーの「愛の挨拶」、ドヴォルザークの「わが母の教え給いし歌」、フォーレの小品「夢のあとに」なども確かに聞けます。でも超有名な旋律ばかりをただ並べたというものではなく、上手に選曲されているのです。例えばミニマル・ミュージック的と言われ、2チェロズにも取り上げられる現代イタリアの作曲家でチェロ奏者でもあるジョヴァンニ・ソッリマの作品。チェロ二台のように聞こえるのはどうやってるのでしょうか。同音を重音で弾く際、指板の上をポルタメントでずり上げたり下げたりする二本の指を別々に動かして、まるで二機のプロペラ戦闘機が絡み合って上昇下降しつつ追いかけ合うドッグファイトのように、悲しい不思議な音を立てます(本当は結婚一年目の美男美女カップルがお互いに触れ合わずのままというドラマ映画のテーマなので、男女のじれったい動きを表す二音?)。あるいは、現代音楽のメシアンの作品もあります。ただし恐るるに足らずで、それは無調ではない「神の主題」によるもの。十分に感性で聞けて美しさを感じられる曲を選んでいます。つまりこのアルバム、ずっとかけてて外れの曲がありません。

 さて、その「白鳥」の方の表現ですが、ここがこう、あそこがこうと細かく言うような恣意的な出っ張りはありません。上で述べた通り、大変深く情感を込めて弾いているのですが、ロマンティックな自己満足にならないところが波長の高さでしょう。それは具体的にはテンポが遅過ぎないこともあるわけだけど、タイムは2分46秒であり、十分に歌いながらも過剰にならない速度です。クライマックスの盛り上がりの湧き上がるような見事さも、数ある演奏の中でベストな気がします。

 ただしこうしたヨーヨー・マの表現については、「さらっと素直過ぎる」と言う人もあるようで、そんな具合に感じられる方は感性がまたちょっと別の種類であるはずですから、形の上でもよりゆったりでロマンティックな他の演奏や、アタックの強い演奏、あるいはより個性的な工夫の凝らされたパフォーマンスなどを選ばれた方が満足が行くことと思います。私的にはこれがあれば十分なのだけど、正解の表現というものがあるわけでもなく、もう少し違う種類のを望まれる方もあるでしょう。以下に、自分の好みの範囲内で別の演奏もいくつか取り上げてみます。録音年代順です。



   founierswan   founierswan2
     Les plus belles Mélodies de tous les temps (Favourite Encores)
     Saint-Saëns   The Carnival of the Animals: XIII. Le cygne (The Swan)
     Pierre Fournier (vc) ♥♥
     Jean-Marie Aubberson   L’Orchestre des Concerts de Paris

白鳥〜チェロ小品集
サン=サーンス /「動物の謝肉祭」〜第13曲「白鳥」
ピエール・フルニエ (チェロ)♥♥
ジャン=マリー・オーベルソン / パリ・コンサート管弦楽団

 ヨーヨー・マ以外の「白鳥」第一弾は、フランスの大御所フルニエです。そのパフォーマンスについては「貴族的な」とか「貴公子」とかよく言われます。この曲の古くからの名演ということでは真っ先に出て来る人じゃないでしょうか。録音も複数あります。1947年のは3分のタイムだけどゆったりした印象のものです。十年後の57年も同じタイムでやはりゆったりに感じますが、旧盤ほどじゃないでしょうか。よりポルタメントが目立ちます。そしてここで上にジャケットの写真を掲げた64年録音と記されているものが来て、その次に69年のドイツ・グラモフォン盤があります。そちらの方はピアノがラマール・クラウソンです。テンポは全録音中最も短いタイムで、やや速めの2分49秒。アタックに少し力が入り、この人にしてはちょっと落ち着きがないようにも感じて前のめりな部分もある気がします。良く言えば勢いのある演奏です。

 対して、この人らしく最も洗練されて完成度の高い演奏に感じたのは、DENON から国内盤 CD が出ていて1964年録音と書かれているものでした(月日まで明記されてます)。元々はコンサート・ホール・フランスが原盤であるアナログ LP 盤で、レーベルの本国であるアメリカでは「フェイバリット・アンコールズ」というタイトルになっていました。しかし資料によるとリリース年度は1960年。何が正しいのかよく分かりません。聞き比べをした盤は92年発売の DENON コロンビアで、その後97年には意匠の異なるものが出て、2013年にはタワーレコードがリマスターしたものが発売されたようです。タワーレコードのリマスター作業については、ヘブラーのモーツァルトのピアノ・ソナタではハイが強調された結果、個人的な感想ながらオリジナルのバランスとピアノのニュアンスを失ってしまっているように感じました。こちらのサン=サーンスの録音は元々がおとなしい音に聞こえますので、いじった結果が良くなってるか悪くなってるかは分かりません。

 カップリング曲ですが、「白鳥」はともかくとして、この録音はオーケストラの伴奏によるものです。かといってオーケストラ版の「動物の謝肉祭」でもなく、タイトルにあるようにチェロの小品集という形になっています。サン=サーンスは8曲目に来る「白鳥」のみで、残りはバッハの「G 線上のアリア」、ボッケリーニのメヌエット、ヘンデルのラルゴ「オンブラ・マイ・フ」、メンデルスゾーンの無言歌、ハイドンのメヌエット、グノーのアヴェ・マリア、チャイコフスキーの無言歌、リムスキー=コルサコフの「インドの歌」、ショパンの op.9-2 のノクターン、チャイコフスキーの「感傷的なワルツ」となっています。録音コンディションは若干オフながらステレオ初期としては全く悪くないもので、これ一枚で済ませても何ら不足のない良い音です。オーケストラ伴奏だからと音のつぶれを警戒することはありません。

 問題の演奏ですが、トータル・タイムは2分51秒。さらっと自然なテンポ設定です。この人は年々速くなって 行ったのでしょうか。この録音はちょうどいい塩梅です。最初の当たりがやわらかく、一音の中ほどをやや膨らますように弧を描いてつないで行く優雅な感じがあります。ノーブルと言われたフルニエらしいところだと思います。後年のドイツ・グラモフォン盤のように間を少し急ぎ気味にしているように感じさせるところはなく、その間で音を早めに切ることも少なく、おっとりとしています。流体のような流れがあり、強弱が常に繊細に変化しているようであって、声を弱めて囁くような変化もつけていて表情が自在です。クライマックスのクレッシェンドは一旦弱めてから入り、息の長い盛り上げを見せて最後はぐっと立ち上がりますが、一気に最強点までは持って行かず、クレッシェンド記号が終わった22小節目で燃え尽きる余波を見せます。何とも品良くデリケートな歌い方です。ヨーヨー・マと比べると、マは真っ直ぐに素直ながら深い情感を見せる演奏で、テンポは最初フルニエと同じぐらいかむしろ速く感じるほどにさらっと進める一方、後半になると逆に遅くなり、最後の方が表情豊かになります。他方フルニエはやわらかく、常に変動させながらも全体にはさらっと洗練されている感じでしょうか。これはどちらも見事です。チェロの音色は甘くて多少太めで全体にやわらかく、少し鼻にかかったような倍音が乗ります。



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     Saint-Saëns   The Carnival of the Animals: XIII. Le cygne (The Swan)
     Paul Tortelier (vc)   Robert Johnston (hp) ♥♥
     Louis Frémaux   City of Birmingham Symphony Orchestra

サン=サーンス /「動物の謝肉祭」〜第13曲「白鳥」
ポール・トルトゥリエ (チェロ)/ ロバート・ジョンストン(ハープ)♥♥
ルイ・フレモー / バーミンガム市管弦楽団

 1914年パリ生まれで90年に亡くなったポール・トルトゥリエは1906年生まれのフルニエに次いで古くから活躍した大御所のチェロ奏者で、男性的とも評されて評価の高い人です。「白鳥」に関しては EMI から二つ録音が出ており、オーケストラ版の1974年録音盤と、娘のマリア・ドゥ・ラ・ポウ・トルトゥリエのピアノによる79年盤があります。
 写真を掲げた74年盤はルイ・フレモー指揮のバーミンガム市管弦楽団によるものであり、「白鳥」部分の伴奏はロバート・ジョンストンのハープです。私的にはハープによるもののベストかな、というところです。

 しっかりした輪郭の音色で軽さのある演奏です。2分30秒というかなり速めのテンポであっさりとしていながらも十分滑らかでもあり、力が抜けているように感じられます。逆説的なことばかりになりましたが、どういうのでしょう、ひとことで言えば速い割に落ち着きがある、でしょうか。クライマックスは最初わずかにスタッカート寄りに軽く弾むように始め、半ば過ぎまで弱くて最後のところでぐっとクレッシェンドをかけます。そこからテンポを落とし、理想的なゆったりの運びで終えます。大仰さがなくて洒落た感じがします。このチェリストは太い音色で男性的、精神的に深みがある、などと評されることがあるようですが、音色については確かに芯のはっきりした音ではあります。そして精神性云々は分からないけれども、これに関してはことさら男性的という感じではない気もしました。ため息をつくようなロマンティシズムではなく、飾らないところはその通りだけど、がしがしと力強いという意味では違うでしょう。大変いいです。カップリングはマスネのバレエ音楽「ル・シッド」です。「白鳥」は単独で、「動物の謝肉祭」全体ではありません。 

 一方で新しい方の79年の録音は、比べれば表現がよりはっきりとしているように感じます。敢えて言えばこちらの方が男性的な雰囲気があるでしょうか。くっきりとした音色で迷いなく朗々と鳴らし、余分な表現をせずにストレートです。オンでアタックが強く、前倒しに速めるところも聞かれます。タイムは2分45秒で、15秒遅いものの、全体の印象があっさりしていて速い感じなのは旧盤と同様で、クライマックスの盛り上げが最後のところでしっかりしているのも同じで見事です。やわらかく夢見るようなところはありませんが、いい演奏だと思います。ただ、好みは旧盤でした。繊細な部分がよりあって、完成度が高い気がするからです。



   previnswan
     Saint-Saëns   The Carnival of the Animals: XIII. Le cygne (The Swan)
     André Previn   Pittsburgh Symphony Orchestra ♥♥
     Anne Martindale Williams (vc)   Joseph Villa, Patricia Prattis Jennings (pf)


サン=サーンス /「動物の謝肉祭」〜第13曲「白鳥」
アンドレ・プレヴィン / ピッツバーグ交響楽団 ♥♥
アン・マーティンデール・ウィリアムズ(チェロ)
ジョセフ・ヴィラ / パトリシア・プラッティス・ジェニングス(ピアノ)

 オーケストラ版の「動物の謝肉祭」全曲として出ているものの中で最も魅力的に感じた「白鳥」です。カップリングがラヴェルの「マ・メール・ロワ」なのもいいです。ラヴェルのページでは触れませんでしたが、そちらも見事な演奏です。チェロはピッツバーグ響の楽団員であるアン・マーティンデール・ウィリアムズという人。やさしいチェロが語りかけるようで大変魅力的です。タイムは3分08秒と、ややゆったりしてるけど速くも遅くもない運びで、抑揚表現も小澤盤やデュトワ盤同様にニュートラルながら、弾き方と音色に潤いがあって理想的です。まろやかでなめらか、静謐さも感じられるものです。瞬間的に歩を緩めるフレーズを出したりはするし、中間部の弱音もしっかり表現し、クライマックスの盛り上がりも十分です。それでいて羽目を外さず、大変見事な運びなのです。

 フィリップス原盤の1980年の録音です。デジタル初期ですが、ハイが伸びていてピアノがピンとしていながらオーケストラの弦楽部のやわらかさもあり、このレーベルらしい大変良い録音です。



   mandalkaswan
     Saint-Saëns   The Carnival of the Animals: XIII. Le cygne (The Swan)
     Rudolf Mandalka (vc)   Boguslaw Strobel (pf)
     Anne Martindale Williams (vc)   Joseph Villa, Patricia Prattis Jennings (pf)


ロマンチック・チェロ名曲集
サン=サーンス /「動物の謝肉祭」〜第13曲「白鳥」
ルドルフ・マンダルカ(チェロ)/ ボグスワフ・シェトローベル(ピアノ)

 これは今廃盤であり、販売サイトでもイメージ写真なしで数百円という中古が見られるのみなので、あまり取り上げる意味がないかもしれないけど、大昔に買って結構聞いていたものです。日本のテイチク・レコーズからの純国産盤で1988年収録です。録音エンジニアも日本の人たちです。選曲も良く、日本語のタイトル名通りチェロの名旋律集という感じではあるけれども、何でもかんでも入ってるわけではなく、波長の合ったものを選んでいます。カザルスで有名なカタルーニャ民謡の「鳥の歌」、この「白鳥」、それからフォーレが続いて「夢のあとに」、「シチリアーノ」、「エレジー」、そしてショパンの op.65 のチェロ・ソナタト短調というものです。

 ルドルフ・マンダルカというドイツのチェロ奏者はあまり有名ではないけれどもコレギウム・アウレウム合奏団/四重奏団のメンバーで、バイロイト祝祭管弦楽団にも出たようであり、カザルスに習ったのだとか。
 個人的好みから言えばちょっと遅めに感じられ、特に中ほどとラストのピアノの部分がスローな印象ですが、そういう風にたっぷりと歌って行く演奏の中では大変きれいです。ロマンティックではあるのですが、やり過ぎず、落ち着いた中に表情がしっかりとあるのです。あまりさらっと流さずにこれぐらいじっくりとしている方が好きという方も多いかと思います。静かでゆったりめ、最初はあまり起伏をつけずにしっとりと歌う丁寧な進行です。物腰というか、当たりがやわらかく、フレージングは滑らかです。クライマックスの部分もやわらかく入って大きくクレッシェンドをかけますが、最後のところでぐっと強くなります。

 遅く感じられると言いましたが、実はトータル・タイムは2分55秒と、3分を切っているので決して遅い方ではありません。ピアノが区切るようにしっかりとしたタッチであり、表情もつけるのでそう感じるのでしょうか。要約すると、しっとりと歌う演奏であり、録音コンディションも大変良好です。ピアノのバランスが多少勝っていて前へ出るところはあります。そのせいで演奏の質自体もピアノの性格に引きずられる印象なのかもしれません。



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     Saint-Saëns   The Carnival of the Animals: XIII. Le cygne (The Swan)
     Ensemble Musique Oblique ♥♥
     Anne Martindale Williams (vc)   Joseph Villa, Patricia Prattis Jennings (pf)


サン=サーンス /「動物の謝肉祭」〜第13曲「白鳥」
アンサンブル・ミュジーク・オブリーク
♥♥
 こちらはハルモニア・ムンディ・フランスが出して来たフランスのアンサンブルです。お洒落なフェイスブック・ページを持っているようだけど、詳しい自己紹介はありません。くどくど言うのは粋じゃないのでしょう。オリジナル室内楽版の「動物の謝肉祭」を聞くならこれがいいでしょうか。それに加えて、サン=サーンスが初の映画音楽作曲家だと言われる当の映画音楽、「ギーズ公の暗殺」が聞けます。噂には聞くけど、珍しいです。そしてなるほど、確かに映画音楽だなという感じです。加えて初期のピアノ五重奏曲イ短調 op.14 が入っています。室内楽に徹したなかなか渋い選択であり、「白鳥」はこれ一枚でいい、という考えもあるでしょう。

 2分47秒というさらっとしたテンポで静けさがあり、ややうつむいた感というか内気な方の音というか、感情の興奮度は高くない演奏です。その大きな声を出さない雰囲気が大人っぽくて大変いいのです。つまり全体に表情は控えめだけど適切についてはいて、感情が盛り上がると少し速くなったりはします。クライマックスも抑えて入ってクレッシェンドし、過剰にはならない範囲で十分盛り上げます。遅く弱めるようにしてコントラストをつけるところもあります。ラストではロマンティックになり過ぎない範囲で速度を落とします。でも全体には穏やかでやや抑えた感じがあって、深刻にならない何気無さが粋なのです。フランスの団体だなあと思わせます。チェロの音色も落ち着いていて渋い倍音です。

 1993年の録音で、このレーベルらしく艶があって明晰ながら生っぽく、大変良い音です。



   polteraswan
     Saint-Saëns   The Carnival of the Animals: XIII. Le cygne (The Swan)
     Christian Poltéra (vc)   Kathryn Stott (pf) ♥♥


サン=サーンス /「動物の謝肉祭」〜第13曲「白鳥」
クリスティアン・ポルテラ(チェロ)/ キャサリン・ストット(ピアノ)
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 クリスティアン・ポルテラは1977年生まれのスイスのチェリストで、ハインリヒ・シフに師事した人です。 ヴァイオリニストのフランク・ペーター・ツィンマーマンが結成した弦楽三重奏のツィンマーマン・トリオの一員でもあります。このページではドヴォルザークの「森の静けさ」や「わが母の教え給いし歌」が入っているアルバムをすでに取り上げていました(ドヴォルザーク「チェロ協奏曲」)。繊細で大変美しいチェロを弾く人です。

 このアルバムはそのドヴォルザークのやり方と同様に、サン=サーンスの室内楽曲ばかりを集めたもので、チェ ロ・ソナタの1番と2番(第三楽章が美しい!)、ロマンスが二つ(op.36 と 51)、「祈り」op.158 に加えて「白鳥」が入っています。上記のアンサンブル・ミュジーク・オブリーク盤もサン=サーンスの室内楽選曲だけど、こちらはチェロの曲を集めている王道のもの。ピアノの伴奏を務めているのはヨーヨー・マと長らく組んで上記のマの「白鳥」の盤でも弾いているキャサリン(キャスリン/キャスリーンとも)・ストットです。

 瑞々しくも繊細にやわらかく、潤いのある音で進める「白鳥」が見事です。呼吸をするように弧を描いて浮き沈みがあり、表情が本当にデリケートなのです。甘くやわらげてためるところがあり、語尾は力を抜いて長くは引かずのところとビブラートをしっかりかけて延ばして行くところがありますが、全体にビブラートはおごる方でしょう。何かを大切に扱うように丁寧で、やさしい感じがします。後半のクライマックスでの盛り上がりは見事で、抑えていたものを解き放つように込み上げます。多少泣きやため息のように聞こえる方もいらっしゃるでしょうか。ラストではしっかり弱音に落とし、遅くなります。テンポについての説明が抜けていましたが、さらっとした運びでタイムは2分56秒。ベストな速度だと思います。

 2009年のシャンドスの録音です。このレーベルもいつも音のバランスがいいことが多く、これも例外ではありません。生に近いやわらかさと厚み、繊細な倍音が聞けます。チェロ自体の音色は湿り気があり、やや鼻にかかっているものですが、響きがやわらかく、艶も豊かさもあって大変魅力的です。ポルテラの使う楽器は1675年製のアントニオ・カッシーニと1711年のストラディヴァリウス「マーラ」だそうですが、これはどちらでしょうか。



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