R・シュトラウス「アルプス交響曲」

alps
 
取り上げるCD11 枚: カラヤン/ハイティンク('85/'09)/プレヴィン '89/ヴィト/サッカーニ/ヤンソンス('07/'16)/ヤノフスキ
/デ・ワールト'10/クーン

以前この曲の記事は「四つの最後の歌」と「ツァラトゥストラかく語りき」のページに掲載していました。
「四つの最後の歌」はこちら
「ツァラトゥストラかく語りき」はこちら

「アルプス交響曲」はきれいな曲です。今回直したのですが、この記事では最初、交響詩「アルプス交響曲」と書いていて言葉の矛盾に気がつかずにいました。その名の通りで、単楽章だけど交響曲のジャンルだとされます。でも国によって違うのか、'The last of Strauss's symphonic poem' と書いてあるのも見ますから、やっぱり形としては交響詩でもいいようで。「春の祭典」と同じ五管編成でしょうか、125〜150人にもなる巨大なオーケストラ作品でベートーヴェンの時代は60人ほどだったのでびっくりです。金管が活躍する大編成の曲は得意じゃない方ながら、この曲は楽しいので大丈夫。シュトラウスが円熟の五十歳のときに作ったもので、バーチャルで山の空気を吸ってる感覚が味わえ、独特の昂まった気分になれます。一時期は無調に寄った曲も作ったのに、 結局その方向に進まずに今も人気を保ってる人だというのもなんだか共感できます。その管弦楽法も折紙付き で、あまり言われないけど「頂上からの眺め(Vision)」の部分などを聞いていると、ずっと後のショスタコーヴィチの有名な5番のシンフォニーが似てたりするぐらいです。

 内容としては山を登って降りて来る表題音楽(情景描写)で、シュトラウス本人が思春期の頃に登った山、ツークシュピッツェでの体験が元になっています。ドイツ・アルプス最高峰であり、標高は2962m。木曽駒や甲斐駒とほぼ同じ、剱岳とも30mほど違いの高さで、 日本アルプスの有名峰の平均といったところです。登山の難易度で言うと CD ジャケットによく使われるマッターホルンは大変難しくて一般の人はガイドなしには登れませんが、ツークシュピッツェは簡単です。というのも、ガルミッシュ=パルテンキルヒェンから登山列車とロープウェイを乗り継いで、あるいはオーストリー側からもロープウェイで山頂まで行けるようになっているからです。ドイ ツ側からのものは2017年に新しい設備が完成しましたが、岩の上にオーバーハングしたガラス張りの山頂駅舎を構え、高さ127mの鉄塔一本で支える世界最長のケーブル・スパンを誇っており、頂上付近はほとんど垂直上下という現代的な乗り物です。こういうものがなかった頃の登山では、最も簡単なルートを取れば剣岳のように怖くはないけど、上の方には一部ワイヤーの張ってある険しい岩場も存在しています。いかにもアルプスという姿で あり、主峰モンブランやマッターホルン、ユングフラウといった山より高くはないものの、イタリアのドロミテ針峰群と並んで堂々たる山容です。麓のガルミッシュにはスキーのロッジのような建物がたくさん建っており、中を覗くとビール・サーバーが置いてありました。今はリゾート地として大変賑わっているようです。シュトラウスはこの地で作曲し、亡くなっています。

 余分なことながら、この曲もまた例の「ツァラトゥストラかく語りき」と同様、ニーチェの思想に憧れているところがあるそうです。曲の造りで一瞬「ツァラトゥストラ」を聞いていたかというほど似てるところはありますが、いったいどこにそれが表れているのでしょう。山登りの現実を楽しむところが「永劫回帰」であって、実存主義にもつながるという刹那の生の肯定だからでしょうか。危険なスポーツってその瞬間に
時間が止まり、永遠の現在時制にいられるものかもしれません。この曲には「危険な瞬間」という部分があります。考えにふけることは滑落など、死を意味します。一切の悩みからの救済があるとするなら、今この瞬間にこそ手に入るのです。以前流行った「いつ? 今でしょ」の本当の意味は、そういうことかもしれません。でも、「未来に向かって自らを投げ、意味ある存在になって行く」という実存主義の考えは、時間の中で成し遂げる行動の次元に光が当たっているのであって、デカルト以来お馴染みの思考」を主人とする私に戻ってしまいます。刹那に存在の本源に帰る「無時間の悟り」とは別物のような気もします。そして「永劫回帰」の方も、それがもし実存と同じ根のものなら、ニーチェの考えもまた違うということになるのでしょう。未来の救済を説くキリスト教の土壌に反発して生まれて来た思想だとは言えるにしても、シュトラウス共々、やはりそっとしておく方が良さそうです。

 曲の構成ですが、夜明けに登って日没に降りて来るまでの様々な山の姿を描くものであり、一大スペクタクルという感じの作品です。情感の盛り上がり、いわゆる音楽的な感動を呼ぶ部分は「頂上 Auf dem Gipfel」でのオーボエの後、ちょうど中ほどの部分と、美しい「フィナーレ Ausklang」の二カ所であり、あとは楽しい音絵巻なのです。日が昇る前を表す消音器付き 弦楽器による複雑な音に始まるところなんか、オーケストラの魔術師と呼ばれるラヴェルの「ダフニスとクロエ」での夜明け場面と比べてみるのも面白いと思います。下山途中では嵐にも襲われます。遮るもののない山の雷は恐ろしいもので、曲の主人公は慌てて降りることになります。ここは「田園」 の嵐と比べてみるといいでしょう。ウィンドマシーンという、 風の音を出すための機械も使われています。胴廻りにざらざらした素材を貼った(あるいは角材のリブを何本も渡した)大きなローラー(ドラム)の円周に被せるようにしてキャンバスなどの布の帯を 掛けて引っ張り、それを固定しておいてローラーをクランクハンドルでぐるぐる回すと布とローラーが擦れて音を出すものです。簡単な仕掛けですが鳴り物って楽しいです。他にもサンダーシートという雷の音を出す楽器も出て来ます。大きな金属の板を吊るしただけのものですが、叩くとバヨバヨーンという音から低いシンバルみたいなシャーンという音まで出ます。
また、録音にもよりますが、競技用ターボ車か戦闘機の排気がバリバリ言うようなバス・トロンボーンの音も炸裂します。そしてカウベルが聞こえて来るところでは本当に高原の牧場にいる気分になって来るし、滝は落ちるし鳥も鳴くしで、こうした効果が気に入られるようであればグローフェの 「グランドキャニオン」組曲も是非聞いてみてください。よく似た趣向です。

 因みにこの曲の演奏に関して触れた文の中には「バンダ」という言葉が出て来ることがあります。何のことだろうと思うかもしれませんが、これは英語の「バンド」の意味のイタリア表記です。オペラ用語であり、特にヴェルディがその意味で使ったようなのですが、舞台の裏に控えたもう一つの楽器セクションのことで、遠近感を出すために管楽器などを通常のオーケストラとは別に配置して演奏させるものです。ベルリオーズの「幻想」での羊飼いの笛の吹き交わしなどはそのはしりと言えるでしょうか。日本ではそれが一般化してオーケストラ業界の専門語として定着しているみたいですが、アルプス交響曲ではブラス・セクション の一部が裏に配置されたりされなかったり(意欲と経済の反比例でしょうか)という事態が生じ、その扱いを話題にするファンの方も多いようです。そういう問題にご興味のある方はどの録音がバンダになってるのか、聞き比べてみられるのも面白いのではないかと思います。

 さて、アルプス交響曲、音絵巻とは言ったもののきれいなメロディーでロマンティックな高揚感もあり、静かなパートでの叙情性も他の交響詩と比べて魅力的です。良い録音 で聞くと感覚の喜びが味わえる作品なのです。リヒャルト・シュトラウスという人、心の傷というか、影の部分を出して来ないという意味ではマーラーと正反対 であり、陽性で屈託がありません。山の荘厳な景色に畏敬を覚え、美しい夕焼けに素直に感動して涙できる感性なのではないかと思います。実用主義者の斜に構 えた態度で「そんなこと知らないよ」と装ってるかもしれませんが。

 それと、「ツァラトゥストラ」で「2001年宇宙の旅」を言うなら、この「アルプ ス交響曲」は宮崎アニメの古典である「アルプスの少女ハイジ」に出て来ます。というか、三曲目「登り道」の岸壁のテーマ(実はそこだけではなく全体のテー マ)でアルプホルンが「パポ、パポー、パッポー」と鳴る部分にハイジのオープニング・ソング「おしえて」のイントロが似ているのです。音型は多少違います。真似というよりも分かってて イメージを使わせてもらった結果、よい効果が出せたものでしょう。上手にやったと感心します。同じような例でもヨハンナ・スピリの原作の盗作疑惑には大変驚きましたが。ついでにつけ加えるなら、「ジョーズ」で鮫がやって来るときの心臓の動悸はストラヴィンスキーの「春の祭典」の春のきざしと娘たちの踊りに似てますし、水戸黄門のテーマはベルリオーズの幻想交響曲の第四楽章「ワルプルギスの夜の夢」で鐘が鳴った後のフレーズを思い出させます。それからサクラサクラはグリーグの ペールギュント組曲の中の「オーゼの死」、童謡「象さん、象さん、お鼻が長いのね」はショーソンの交響曲変ロ長調 Op.20 の第三楽章にそっくりです。



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       Richard Strauss    An Alpine Symphony (Eine Alpensinfonie)
    
  Herbert von Karajan   Berliner Philharmoniker ♥♥


リヒャルト・シュトラウス / アルプス交響曲
ヘルベルト・フォン・カラヤン / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ♥♥

  この曲もカラヤンの演奏が世の定番になっています。最初に買うならほとんどの方がそれを選ばれるだろうし、間違いのないところでもあるので、他との比較はあまり意味がないかもしれません。気合いが入った演奏です。ツァラトゥストラの旧盤ほどではないかもしれないながら、やはりかなりドラマティックな表現で、流麗だけど運びが遅くはありません。レガートで力のぐっとこみ上げるような熱いところが聞かれます。磨かれた濃厚さがあるというのでしょうか。カラヤンのこうした表現、他の作曲家の作品ではそれがいいときもあれば重くてわざとらしく感じるときもあるのですが、素直に平坦にやると案外面白くなかったりもする R・シュトラウスの管弦楽作品については大変相性が良く、実際にそう言われ続けて来ました。デジタル初期の録音が最高と言えるかどうかは分からないけれども、色々リマスターもされて来ているようだし、十分に魅力的なレベルでしょう。ダイナミックレンジの広い、ちょっと硬めの華やかな音です。技術に特化していたことからフェーダーでゲイン操作(音量をいじること)したのではないかと言われたこともあり、フィナーレはそれに当たらないのかもしれませんが、粘る 歌わせ方で進み、やはり最後が底なしにどんどんクレッシェンドして驚きます。ディズニーランドかどこかのジェットコースターで高いところから降下してきて地上に達し、ああこれでこの加速も終わりかと安心するとそこから地下に潜ってまだその先が続いたというのがありましたが、なんかそんな感じです。それと、再生芸術に関心の深かったカラヤンはこのときの録音を用途に応じて複数用意していたという話もあります。詳しくないので、ご興味のある方は調べてみられるとよいと思います。それだけ熱心だったということでしょう。

 この曲の昔からのファンの多くがこれかケンペ盤あたりから聞き始め、その後新しい録音でより良いものを探されているのだと思います。「春の祭典」などと並んで、そのほとんどを集めてる方もおられたりするのでしょう。したがって分かり切ったことかもしれませんが、この演奏面で濃厚に仕上がったカラヤン盤より魅力的であるためには、何か他の面でのアドバンテージが必要だろうとは思います。ただ、ひとこと言っても良ければ、自分にとってはイコライジングを施したくなる誘惑を感じるぐらい、この頃のドイツ・グラモフォンはフォルテがちょっと耳に痛いのも事実です。1980年の録音で、ザビーネ・マイヤー事件は82年なのでまだ起きておらず、オーケストラからの反応は良いです。意欲があって鳴り切っているという感じがします。



matterhorn

その他の演奏
 カラヤン以外ではどうか。定評があって昔から人気なのはケンペです。1966年のロイヤル・フィルとの RCA 盤(現テスタメント・クラシックス)と、71年のシュターツカペレ・ドレスデンの EMI 盤がありますが、同じ人なので傾向は似ています。テンポは速めでエネルギーが高い感じがあり、表現の起伏がくっきりとしています。
 シュターツカペレ・ドレスデン
の新盤の方は、歌っていながらもさらっとしており、颯爽とした印象です。ずっと後のリコ・サッカーニ盤と ちょっと似た感じもします。因みにこの楽団はこの曲の初演を行いました。
 それに対してロイヤル・フィルとの旧盤はより興奮度が高く、起伏が大きくて常に鳴っている、という感じがします。カラヤン盤とも比べられるダイナミックなもので、カラヤンのように濃厚なスラーで磨いたものではなく、より歯切れが良い演奏で す。凝った抑揚はなく、やはり新盤と同様に速めでさらっとはしているのです。録音は優秀とは言えないながらどちらも十分な水準ではあり、古い方は音の良かった キングスウェイ・ホールで RCA 収録ということもあり、EMI の新しい方に全く劣らず、むしろ良いぐらいかもしれません。

 1988年のブロムシュテット/サンフランシスコ響 のデッカ盤も一部で評価が高いものです。実際素晴らしい演奏だと思います。ケンペよりずっと遅めで表現は中庸、余計なことはせず、素直で誠実な感じがします。ゆったりとして歌に心がこもっていて大変良いのです。ハイティンク旧盤と同じで冗長に聞こえる人はいるかもしれません。目が覚めるほどクリアというところまでは行かないけれども録音も上質で、優秀録音と言えるでしょう。オルガンはかなり重低音が聞こえます。
フィナーレでの歌わせ 方はずいぶんゆっくりで、真っ直ぐに流れる感じです。

 1952年生まれのユダヤ系ロシア人指揮者で、アメリカに亡命したビシュコフ/西ドイツ放送交響楽団(ケルン/コローニュWDR交響楽団)の演奏もいいと思います。シュトラウスは得意にしているようです。録音は2007年のセッション(スタジオ収録)で、レーベルはプロフィール。フォルテで平らに潰れ気味の弦やブラスの音にデジタル時代らしい(DSDですが)やや即物的な響きはあるものの、全体には豊かな低音に厚みも感じられるゴージャスな鳴り方で、これも優秀録音と言える一枚です。表現の方は
テンポにメリハリがあ るので、ダイナミックな表現が好きな方にはたまらないのではないかと思います。それと、旋律線を平坦に延ばしてつないで行く歌わせ方に特徴があるような気もします。オペラ的と言う人もあるようだけど、そうなのでしょうか。確かにその部分だけはちょっとムーティやシャイーに似てなくもない気はします。一方で、速く流すところで音が連続してやや平坦に聞こえる箇所(危険な瞬間の手前あたり)もある印象でしたが、いかがでしょうか。その部分は誰しもがそうなりがちなので、曲の性質とも言えますが。フィナーレでの歌わせ方はハイティンク新盤のように何気なく静 かに抑えたところから盛り上がるというよりも、ゆっくりながら全体に滔々と、テヌートでつないでやや濃厚に行きます。雄弁です。トータルで満足感のある一枚、ということができると思います。

「ツァラトゥストラ」が良く、若手の中でも大変期待しているアンドリス・ネルソンス/バーミンガム市交響楽団盤はオルフェオの2010年の録音で、ストレートで熱いものです。録音も良好ですが、シンバルが特に抜けるものではありません。この曲だからこそと音に目が行った感想ではありますが。


 セッション録音の方が、一般的には音が分離して聞こえるメリットがあります。古くはメータ/LA フィル盤とショルティ盤(この曲についてはシカゴではなく、バイエルン放響)も話題になりました。これらの演奏の性質についてはツァラトゥストラのところ で触れたことが当てはまると思います。他にもネーメ・ヤルヴィ/ロイヤル・スコティッシュ・ナショナル管(1987)や、ガブリエル・フェルツ/アルテン ブルク・ゲラ・フィルハーモニー(2002)、フランク・シップウェイ/サンパウロ響(2012)、アンドレス・オロスコ=エストラーダ/フランクフルト 放響 (2016)、ワシリー・ペトレンコ/オスロ・フィル (2017)など色々と出ていますので、ここでは取り上げませんでしたが是非チェックしてみてください。



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      Richard Strauss   Eine Alpensinfonie (An Alpine Symphony)
      Bernard Haitink  
Amsterdam Concertgebouw Orchestra

リヒャルト・シュトラウス /「アルプス交響曲」
ベルナルト・ハイティンク / アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

  日本ではあまり人気がないようだけど、ハイティンクは良い盤が多いのです。これはフィリップスから1985年に出た旧盤で、音の面ではライヴ収録の新盤よりこちらの方がトータルで上を行くと思います。89年のプレヴィン盤と並んで、あるいはそれ以上にも思える録音の良さで今でも魅力的な一枚です。このレーベルらしい生っぽく響くバランスでやわらかさがあり、豊かな低音の上にかかる弦の倍音も良く、出だしでは複雑な音もよく聞こえる分解能です。こうしたオーケストラの自然な音場と音色を狙った録音ではトゥッティで全く混濁しないようにもって行くのは難しいことだろうと思います。したがって音の重なるところでやかましくならないという意味では最善とは思えませんでした。デジタル初期のせいかどうか、大きな音のブラスが多少ドライでハーシュなところがあり、やや耳にきつく感じたから です。しかしそれでも人気のカラヤン盤は凌ぐでしょう(ドイツ・グラモフォンの当時の録音バランスに関する主観的見解です)。まあ、勝ち負けの問題じゃないけど、この曲の数少ない優秀 録音の一つに数えて構わないと思います。      

 演奏も英語圏では多くの人がサイトにコメントを残したりしていて評価が高いようです。ただ、このページではいつもハイティンクを褒める傾向があるものの、この R・シュトラウス
の旧盤に関しては、個人的には案外、カラヤン盤の方が好きかなと最初思ったのも事実です。
こんなことを言って、一時期のこの指揮者への悪口と一緒にとられると困るのですが、余分なことをしない正統派の表現ながらやや淡々としているような気もしたからです。でも繰り返し聞いているとプレヴィンのウィーン・フィル盤と同様、十分な抑揚があり、これはこれでこの曲のありのままの姿を見 せてくれているのだと納得します。フィナーレの特別な盛り上がりに期待し過ぎたからでしょう。また、後の新盤では静けさのある弱音部が聞かれ、湧き上がる 情感の感じられる素晴らしい仕上がりになったので、比べると多少見劣りするような気がするだけです。トータルでは大変魅力的な録音だと思います。



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      Richard Strauss   Eine Alpensinfonie (An Alpine Symphony)
      Bernard Haitink   London Symphony Orchestra ♥♥

リヒャルト・シュトラウス /「アルプス交響曲」
ベルナルト・ハイティンク / ロンドン交響楽団 ♥♥
 
この曲の演奏表現としてこれが一番好きかもしれません。繊細で自然な感情表現、静謐な息遣いがあり、楽曲の動きを把握する読みの的 確さは長く携わって来たキャリアを感じさせます。旧盤も全体の中から見れば録音の点で大変魅力的だったのですが、この2009年の新盤は実にいいのです。表現の狙いとしては、旧盤と大きく解釈は変わらないでしょう。でもより意欲的に歌わせていて乗れてる感じ がします。ゆったりした運びでも決して退屈させません。まくらないテンポが好きで正攻法の演奏お探しならこれだと思います。叙情的な「終息」は大変美しく、誰よりも静けさがある気がします。そこから自然な抑揚で熱くなって行くもので、最も魅力的なフィナーレの一つです。速めのテンポ設定からぐっと緩めるサッカーニや、累進的に盛り上がるクーンはこれよりややエキサイトした方に寄っているでしょうか。ヤノフスキはテンポは同様にゆったりですが、楽音がオンで明晰であり、もう少し全体に均一な鳴らし方です。そしてこちらのハイティンク盤ではオルガンの魅力も加わります。録音ではヴィト盤のすきっと伸びたハイに比べて若干見劣りはするけれども、それでもやはり最も良い一枚だと感じます。

 レーベルは LSO でこれも自前です。多少低音寄りで機器によってはダブついて聞こえる可能性もあるものの、大変自然なバランスであり、弦も管も潤いがあって気持ちの良い響きです。ただ、やはりライヴ収録らしい音ではあります。大抵の場合はこういう楽器のプレゼンスこそが生っぽくて良いわけですが、アルプス交響曲のような大編成だと強い音ではどうしてももっと被らずに分解してほしいと思いがちなわけです。ストームのシーンでは大太鼓も太く鳴りわたり、低音の嵐の中で雷が頭打ち気味になりますが、サンダーシートという楽器も歪の王様のようなものなので致し方ありません。これでヴィト盤のような録音の良さがあったら完璧なのに、と思います。でも上記の通りオルガンの重低音がたっぷり出るのは魅力的で、ボリュームを大きくして低音の出るスピーカーで聞かないと難しいものではあるけれども、その面でのオーディオ的な快感は味わえます。



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      Richard Strauss   Eine Alpensinfonie (An Alpine Symphony)
      Andre Prévin   Vienna Philharmonic Orchestra


リヒャルト・シュトラウス /「アルプス交響曲」
アンドレ・プレヴィン / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 録音が良いものとしてヴィト盤を次に取り上げま すが、プレヴィンの1989年テラーク盤はそれよりずっと前から優秀録音と言われて来ました。生の楽器のやわらかさも十分感じられるバランスで、ウィーン・フィルのふくよかな響きが堪能できる上、大音量で完全に分離しているとは言えないので今の時点で最高かどうかは分かりませんが、細かい音も聞き取れます。このレーベルの響きは DG やデッカの録音とはまたちょっと違っていて面白く、デジタルらしいリアルさというのか、ふわっとした音も出すけど空間を感じさせて余分な贅肉はなく、そのものずばりで過度に
艶も乗せない辛口の繊細さがあります。作曲家と深い縁のある世界一有名なオーケストラであるという点でもアドバンテージが あるでしょうか。すっきり抜ける音場で多少さらっとした弦のテクスチャーが魅力的なヴィト盤に対して、もう少し厚みと潤いのある方に寄っています。

 ジャズ・ピアノも名人だったプレヴィンという指揮者、ブラームスの4番のページでかなり褒めたと思いますが、細部までよく把握した理解度の高い演奏をする人で、余分なことはしないけど、ときに驚くほど繊細な動きを見せるので大変好きな方に入ります。この盤でも「頂上」中ほどの盛り上がりに初々しい表情があって感動的でした。ただ、このアルプス交響曲全体の演奏としては、奇をてらわないのはいつものこととしても、割合さらっとしてるというのか、そつのないウィーン・フィルというか、形が崩れずポーカーフェースな瞬間も多少あるような気はします。嵐の迫力がもの足りないとか、そういう次元の話ではないので す。ここでは恣意的な演奏だと感じる盤は最初から除いており、それには該当しないので全く良いのですが、表現上ではテンポを動かさないこともあってか、あっさりした方ではあります。「頂上」はすごかったけれども、特にフィナーレでは自分にはややスタティックにも感じました。もう少し静けさと緊張感の中か ら心が震えるような動きがあってもと思わなくもありません。もちろんそれはちょっとしたことであり、別の見方をすれば理想的な形の演奏だとも言えます。全ては個人的見解なので、気に入るかどうか是非聞いてみてください。オーソドックスな名演という意味ではハイティンクの旧盤とも、印象の上では多少似たところのある一枚でした。

 前述の通り、1989年収録、90年にリリースされた米テラークの優秀録音です。旧盤は83年のフィラデルフィア管盤で、そちらはテンポは遅くないです が、やはり癖はなく端正です。録音はやや低音寄りのバランスで、分解能の高さを誇るものではないので幾分もやっと聞こえるかもしれません。



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      Richard Strauss   Eine Alpensinfonie (An Alpine Symphony)
      Anton Wit   Staatskapelle Weimar ♥♥

リヒャルト・シュトラウス /「アルプス交響曲」
アントニ・ヴィト / シュターツカペレ・ワイマール ♥♥
 音の面で一番にお薦めできるものです。というか、私的にはトータルでも一押しなんです。指揮者のアントニ・ヴィトは、1944年のポーランド生まれなので新しい人ではありません。カラヤンに教えを受けていたといいますが、ご存知でしょうか。あるいは ショパン・コンクール関連で聞いたことがある名前かもしれません。ポーランドに住んで地元のオーケストラの音楽監督を務めて来たのと、自国ものを中心にした現代音楽を得意としていたせいなのか、世界中に出かけて有名オー ケストラと演奏し、日本にも来ているもののさほど知名度は高くないのではないかと思います。録音の多くはナクソスから出ています。

 さて、そのヴィトのアルプス交響曲、この大規模な管弦楽曲にして音響的に面白い仕掛けがあることで録音の良さこそが望まれる作品において、現時点で
これが最優秀録音かもしれま せん。それによってカラヤンでも他のでもなく、この盤をかけようかという気になるのです。フォルテで迫力がありながらうるさく感じさせない唯一の録音と言ってもいいでしょう。R・シュトラウスは他の曲でもそうですが、録音が難しいポイントの第一点として、まず全合奏の大き な音の最中にシンバルを叩かせるようなトッピング全部乗せ的な癖があるため、ライヴの制約からマイクの本数が少なかったりする録音だと、どうしてもそのシ ンバルの音が他の音に引っ張られて濁ります。人数も多くて音の絶対量が大きいですから、ベートーヴェンのシンフォニーでは優秀録音となるセッティングでもだめな場合があるのです。最近はライヴ収録でもスタジオ録音に劣らない見事なものも出て来ているので(優秀録音のページで触れたジェームズ・マリンソンのマーラーの巨人など)ライヴだからという言い方はできないものの、難しいポイントであることには変わりがありません。シンバルに限らず、トゥッティでどこまで音が分解されて聞こえるか、ブラスがラフにならず、弦も潰れずということで、それが一点目。それからオルガンが加わるの で、オマケ的なことだけどその重低音(50Hz より低い音)がどう響くかもあるでしょう。この二つに加えて通常の意味でのオーケストラの自然な音色のバランス、つまり生楽器らしいやわらかさ、弦や木管の艶の乗り方が適切で輝き過ぎず、オフになり過ぎず、という一般的な注意点があります。そういう観点では、このナクソスの2005年の録音はオルガンの重低音こそ狙ってないけれどもいわゆる分解能は高く、シンバルは上まで抜けて濁りません。三日間で収録とあるので、セッションだと思います。一時期のデッカの優秀録音のようには煌びやか過ぎず、弦の倍音も爽やかで見通しが良いです。2018年に亡くなっ てしまった前述のジェームズ・マリンソンやフィリップスの最善の 録音ほど生っぽいやわらかさではないものの、フォルテで珍しく耳に痛くないバランスであり、この曲でここまでのレベルのものはなかなか出会えません。プロデューサーはエックハルト・グラウヘ、エンジニアはクリスティアン・フェルドゲンとなってい ます。

 演奏も自然でとびきりいいのです。素直さが感じられます。アゴーギク面(テンポ変動)では
作為的に動かさず、間を十分取り、感情とともに速めたりはありません。慌てず走らずなのでややメリハリが少なく感じるかもしれません。一方でディナーミク、強弱の軸では繊細な抑揚があります。テ ンポはやや遅めの方で、こういう場合の常套句ですが曲全体の構造がよく見えます。恣意的な表情が付くよりこの方が良いという方も多いと思います。カ ラヤンのようなダイナミックさや磨いたレガートなどを期待すると違うというだけです。遅く一定に進む結果、金管の大きな音が連続するところではブルックナーを聞いているような気もしてきて、それはそれで迫力だって十分あります。多くの演奏者が平坦で無表情に陥る箇所でもそうならない 気配りがあり、じわじわと来る頂点への盛り上げも最高だし、雨の匂いがするような嵐は生きいきしていて、それでいて 猫のように耳を伏せて構える必要もありません。反対に静かな部分はゆったりしていてきれいです。曲の95パーセントの部分で完璧と言ってもいいぐらいです。ただ、ほんのわずかなことなのですが、惜しむらくはフィナーレの表情で、ハイティンク新盤などのいくつかと比べてしまうと多少見劣りするような気もします。多くの盤でトラック21に当たる一番最後の静かな歌の部分(終息)が幾分平坦に流れ気味かなと感じるのです。単にオーケストラの乗りの問題でしょうか。曲の最も美しい部分でもありますから、欲を言えば息を呑むように弱く抑 えた緊張感をもって始め、触れば震えるほど敏感に、やわらかく波打つ抑揚を付けながら湧き上がる歓喜へ向けてじわじわと盛り上げて欲しかったと思いました。なので最後の場面だけハイティンクの新盤だったら最高なのに な、と考えなくもありません。でもこれは自分の感覚であり、感情が乗っていない演奏ではないのでほとんど問題にはならないことでしょう。アルプス交響曲の CD として一押しであることに変わりはありません。



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      Richard Strauss   Eine Alpensinfonie (An Alpine Symphony)
      Rico Saccani   Budapest Philharmonic Orchestra


リヒャルト・シュトラウス /「アルプス交響曲」
リコ・サッカーニ / ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団

 リコ・サッカーニという人もあまり知られている方ではないのではないでしょうか。1952年のアリゾナ州ツーソン生まれでブタペスト・フィルの音楽監督を務めました。アルプス交響曲は感情が乗っているという点で大変良いなと思いました。ケンペの演奏がお好きな方にはその方向で洗練されているのでお薦めです。テンポは遅くなく、どちらかというと速い部類でしょう。出だしではまず夜明けの複雑な音がよく捉えられています。そしてい よいよ始まると歌に生命力というのか、力が感じられます。旋律がよく浮き立って聞こえ、何を喋ってるかよく聞き取れる感じです。全体に透明感があり、乗っているのが素晴らしいところです。ラストはこの曲の中でも特にきれいな部分ですが、清々しく心の晴れた美しさが聞かれ、終わり方としてはヤノフスキや ハイティンク新盤、クーンも良かったけど負けず劣らず感動的でした。全体に他より速めのテンポをとっているのですが、要所でぐっとゆったりにして心を込めて歌い上げます。段々に力強く輝いて行って、その高揚したダイナミックさが見事なのです。

 2007年の録音で BPOライヴとなっており、最近の傾向で自前レーベルのようです。細かいことを言えば若干特定の色はあり、弦はきれいながら多少倍音が分解されずに輪郭が固まって聞こえる傾向はあります。2〜4KHz あたりが張っているのでしょうか。その結果ボリュームをあまり大きくしておくとフォルテで高域がきつい感じになるかもしれません。テンポがヴィトやハイティンクのようにゆったりほぐれた演奏ではなく、速めでエネルギーを感じさせる方向だと音符が混んで来るのでどうしてもそう感じます。しかしライヴということでは音の面で悪くはありません。拍手は ぎりぎり楽音にかからないのでありがたいです。



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      Richard Strauss   Eine Alpensinfonie (An Alpine Symphony)
      Mariss Jansons   Royal Concertgebouw Orchestra

 
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      Richard Strauss   Eine Alpensinfonie (An Alpine Symphony)
      Mariss Jansons   Symphonieorchester des Bayerischen Rundfunks


リヒャルト・シュトラウス /「アルプス交響曲」
マリス・ヤンソンス / ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
(写真上)♥♥

リヒャルト・シュトラウス /「アルプス交響曲」
マリス・ヤンソンス / バイエルン放送交響楽団(写真下)
♥♥

 期待のヤンソンスも良い演奏です。2007年のロイヤル・コンセルトヘボウ管とのものと、あまり時間の隔たってない2016年のバイエルン放響
との新盤が出ており、春の祭典や展覧会の絵と同じ構図です。それらは新盤の方が個人的には気に入りましたが、このアルプス交響曲に関しては甲乙つけ難いです。フィナーレでの表現では、コンセルトヘボウ管盤は抑えた表情から盛り上がるクレッシェンドが良く、バイエルン
放響盤は全体に高揚感 が高い感じがします。ただ、ヤンソンスは細部までよく配慮の行き届いた抑揚があり、演奏る側の楽しさを感じさせるところが醍醐味ながら、ここでは割と素直にやっている感じもします。カラヤンのようにしっかり彫琢されたダイナミックな演奏というよりも、より自然で力任せでない良さがあるのです。したがって曲のありのままの姿を見せてくれます。
(マリス・ヤンソンス氏は2019年11月30日、心不全により76歳で逝去されました。)

 録音もどちらも良好で、目の覚める分解能を売りにしたものではなくライヴらしいバランスながら、違いと言えばガスタイクで収録されたバイエルン
放響盤の 方は楽器の音色がきれいで、オーボエなどの管や弦に艶があり、平均的には前へ出て明るい感じで幾分くっきり強調されるけど、残響は多くない方です。一部重低音のオルガンも聞こえます。揺るがすほどではないながら十分出ているというレベルです。低いトロンボーンのビリついた音も聞けます。フォルテでの音 のほぐれ具合では若干劣るでしょうか。
 
それに対して
コンセルトヘボウ管盤の方は、全合奏での音の伸びで多少勝っていてダイナミックレンジが大きい感じがします。残響は比べればわずかに多く、弦やオーケストラの一体化したやわらかい響きがきれいな一方で、オルガンはさほど聞こえません。曲の演奏という観点では他の色々な録音の中でも大変良いけれど、鳴り物は面白くないでしょう。したがって、録音でもやはりどちらが良いとも言い難いところがあります。

 バイエルン放響の演奏では他に2010年のフランツ・ウェルザー=メスト盤もあり、同じくライヴらしい低音のふくよかな音響ながら、高揚感のある演奏です。




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      Richard Strauss   Eine Alpensinfonie (An Alpine Symphony)
      Marek Janowski   Pittsburgh Symphony Orchestra ♥♥

リヒャルト・シュトラウス /「アルプス交響曲」
マレク・ヤノフスキ / ピッツバーグ交響楽団 ♥♥ 
 録音、演奏ともに素晴らしかった盤で、この曲で総合的に見て最もお薦めできるものの一つです。定番となってる流麗でダイナミックなカラヤ ン盤以降で、ああいう趣向ではないけど同等以上に演奏面での魅力があります。はっきりとした意欲的な表現が聞かれ、情熱もあります。あとは好みの問題だけれども、こみ上げるテンションの昂まりの点でクーン盤も良いし、同様に熱が感じられてもう少し颯爽としたテンポ感があるサッカーニと、よりゆったりめで静けさの感じ られるハイティンク新盤とが甲乙つけ難いところだなという感じです。一方、録音で優秀なものとなると前述した通りなかなか難しく、今のところ分離の点でヴィト盤が 独走してる感があり、次にライヴ的な特徴は持っていて性質は違うけど、このヤノフスキ盤が肉薄するかなというところです。演奏と録音で両方満足できるというのはなかなかないことなのです。

 指揮者のヤノフスキはあまり知られてないかと思いますが、1939年生まれのポーランド系ドイツ人で、フランスで活躍して来ており、リヒャルト・シュトラ ウスは得意としているようです。現在はスイス・ロマンドの音楽監督であり、この録音が行われたときはピッツバーグ響の客演指揮者でした。感情のこもった表現でよく歌いますが、カラヤンのようにレガードで持続する音の流れではなく、もう少しフレーズごとに区切っており、音を延ばす傾向は少ないと思います。 感情の乗せ方をクーンと比べると、大きなクレッシェンドで持続的・二次曲線的に粘ってテンションを上げて行くというよりも、もう少しパートごとに細かく山なりに盛り上げるようなところがあります。しかし一概には言えません。夕暮れの後に続くフィナーレ(静かな終息)での息の長い美しい歌は絶品です。明晰に音を鳴らして行くものの、平坦にならず、自然な抑揚があります。終わり良ければ全て良しじゃありませんが、この部分はこの曲の中でも特にきれいなところなので、演奏の質全体を決定づけます。エッジのきつくない艶のある弦がよく張り出して透明度が高く、そしてこれもオーディオ的な観点ですが、一瞬オルガンの超低音が響きます。 その前のカウベルはあまりはっきりしてませんでしたが。 

 録音は2008年のペンタトーン・クラシックスによるものです。気合いが入ってます。ヴィト盤はセッション録音なのに対してこちらはライヴ収録なので、バランス的には若干低音が多めであり、フォルテでの分離と透明度の点では多少劣る感じがしますが、2000年代に入って以降の多くのセッション録音と比べても上を行きます。クーン盤とは部分的にはバランスが似て聞こえる箇所もあるながら、弦や管の線が背景に沈まずに細く浮き出たりするシーンもあります。夜明け前の静寂も厳かな空気感があり、前景と背景の差もよく出します。それでいて弦のソノリティ自体はライヴらしく自然なやわらかさがあります。大変優秀な録音と言ってよいでしょう。



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      Richard Strauss   An Alpine Symphony (Eine Alpensinfonie)
      Ed de Waart   Royal Flemish Philharmonic


リヒャルト・シュトラウス /「アルプス交響曲」
エド・デ・ワールト/ロイヤル・フレミッシュ(フランダース)フィルハーモニー管弦楽団

 指揮者のエド・デ・ワールトは1941年生まれのオランダの人で、フィリップスから録音を色々出していました。サンサーンスのオルガンなどは LP 時代の名録音であり、ご記憶の方も多いと思います。今はあまりメジャーな場面での露出は少なくなって来てる感があり、レーベルに関しては CD 販売不振の世の中ではどこも大変のようです。ここでのオーケストラはベルギーの楽団であり、現在はアントワープ交響楽団と名前が変わっています (2017年より)。

 演奏はバランスがとれていて生きいきとした潤いのあるもので、ツァラトゥストラのところで述べた通り、興奮してまくるタイプではない大人な対応ですが、表現はしっかりとしています。
カラヤンのような息の長いフレーズの扱いはなく、あそこまでの起伏も付けていませんが、生きた抑揚があり、跳ねるような処理も聞かれます。演 奏のあり方としてはサッカーニやハイティンク新盤も良かったですが、アルプス交響曲としてはこれも軽さがあって大変良いです。テンポ設定はトータルでは若干速めかなという印象で、ゆったりとしたところと少し勢いをつける部分があってメリハリを感じます。フィナーレの歌い方は管の部分はくっきりと、続くストリングスもハイティ ンクのように特に静かに抑える方ではなく、やはり遅くはない中庸のテンポで運びます。平坦という感じではなくて十分な抑揚があるのですが、粘らせずに案外さらっと行き、大自然の神秘に畏敬の念を覚えたというよりも、意義ある山登りをやり遂げた爽やかな満足感に満たされるといった趣です。

 2010年の自前レーベル RFP による録音です。弦も木簡も艶やかで滑らかな感触です。弦の艶は少し強めでしょうか。シンバルは普通で、特にさらっと分解というほどではないですが濁ることもありません。ハイティンクの新盤同様ライヴ収録らしい音だとは言えます。この人はミネソタ管弦楽団とも以前録音していました。そちらの録音はややオフなバランスに聞こえました。



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      Richard Strauss   Eine Alpensinfonie (An Alpine Symphony)
      Gustav Kuhn   Orchestra of the Tyrolean Festival ♥♥

リヒャルト・シュトラウス /「アルプス交響曲」
グスタフ・クーン / チロル音楽祭管弦楽団 ♥♥
 ベートーヴェンの田園が印象的だったオーストリアの指揮者クーンですが、アルプス交響曲としては抑揚が立っていて平坦にならないものとして、カラヤン以降で最も魅力的なうちの一枚でしょう。ヤノフスキ盤と比べると、こちらの方はより流麗さがある気がします。テンポはややゆったりの方に寄っていて、聞いていて全体に気持ちが乗ります。フレーズ後半のクレッシェンドが大きくて漸進的に昂まったりもします。繰り返しになりますが、同じように高揚するサッカーニと比べてもやわらかい曲線的なところがあり、テンポももう少し遅めです。ハイティンク新盤はそれらより多少落ちついた部分が聞かれ、静けさで際立ちます。ヤンソンスの二つの録音も秀逸だったと思います。どれも良いのでここら辺は好みでしょう。このクーンはラストのサンセットから終息への息遣いも大変美しいです。主旋律の歌わせ方がレガートでくっきりとして叙情的です。静かになってからの木管に艶があり、夕焼け空の透明感があって、そこに引き継がれる弦も美しいで す。

 録音もなかなか良いです。ヤノフスキ盤と比べるとオーディオ的な意味での分離がやや後退するかに思えますが、それは残響に乗った弦や木管が艶っぽく鳴るせいでもあります。直接音主体でない分だけ、装置によってそのライヴな響きがつぶれとして耳につくか、あるいは美しく響くかの違いが出るわけであり、却って心地良く聞こえる場合もあるかと思います。サッカーニ盤も同様で、録音にもいろんな位相があって難しいです。レーベルはコル・レーニョで、2010年のライヴ収録です。低音は厚みのあるバランスです。しかしオルガンの重低音は鳴ってないようです。オルガンの性質にもよるのでしょう。ウィンド・マシーンも目立ちません。代わりにというか、カウベルはよく聞こえます。



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