| ベートーヴェン / ピアノ協奏曲第3番ハ短調 / 全集 Beethoven: Piano Concerto No.3 in C minor op. 37 and Complete Piano Concertos ![]() 取り上げる CD 9組: ケンプ/ブレンデル/ペライア/ツィメルマン/シフ/インマゼール/ルイス/バルナタン/ベズイデンハウト 前記事ではベートーヴェンのピアノ協奏曲の代表として第5番「皇帝」を色々なピアニストで30枚ほど聞き比べましたので、ここでは残りを取り上げることにします。CD としては全集という扱いになりますが、主に聞くのは次点で人気の第3番によって、としました。 ベートーヴェンのピアノ協奏曲 モーツァルトは27曲のピアノ協奏曲を作り、このジャンルで輝かしい成果を残したわけですが、その最後の協奏曲が作られているときとほとんど時期を同じくしてベートーヴェンも最初の協奏曲となるものを書いていました。実際はその7年前の1784年、十三歳のときにすでに一曲作っているものの、オーケストラのパートが残ってないのでほとんど演奏されることはありません。ベートーヴェンはそれ以外に五曲作り、それらが音楽史上重要な作品となっています。 中でも3番から5番がよく演奏され、聞かれる人気曲です。ほとんどその三曲と言ってもいいでしょう。そのうちの真ん中、第4番はピアノ・ソロから始めるなど、技法的に特異なところがあって音楽学的、あるいは演奏者目線で高く評価されることがある一方、メロディー・ラインが立っているわけではないので玄人好みのように言われたりもします。第二楽章がちょっと深刻な雰囲気で謎掛けをするようなオーケストラのテーマで始まり、その後それと対照的に静かなピアノソロが続き、またそれを中断するような最初のモチーフが挟まりという具合に繰り返されたりして、相容れないものが衝突して押し問答をするようなところがいかにもベートーヴェンらしい造りです。「第九」の第四楽章でそれまでのテーマを次々と鳴らしてはこれじゃないと否定するのにも似ており、途中でピアノのトレモロをともなって不穏な半音の下降音形が現れたりするところは何か意図した具体的な物語があるのかと思わせる出来です。したがってこの曲こそを評価すべきだ、などと言ってみるならば、道理をわきまえる人のように聞こえるかもしれません。 第3番 しかしそれよりも多くの人に愛されるだろう作品が短調の第3番の方です。ハ短調というその調性は、同じ調のモーツァルトの協奏曲でベートーヴェン的だとも言われる第24番と似ているとされます。実際に最初の楽章はそんな感じであり(第一主題が特にそうだと指摘されます)、モーツァルトの名曲に劣らない魅力的な旋律と合奏の響きを持っています。長調に転じてピアノで始まる静かな第二楽章も、鮮烈な第三楽章も、やはりどことなく雰囲気が似ている気もします。ベートーヴェンはモーツァルトの作品を高く評価しており、同じ短調の協奏曲である20番に対しては有名なカデンツァも書いています(通常それが最もよく演奏されます)。 作曲年代 作られたのは1800年という説が以前ありました。しかし現代の音楽学者は疑問を差し挟み、完成はもう少し後だと考えられています。1796年に開始されたにせよ、最終的に今の形になったのは1804年頃(出版の年)ではないかというのです。初演は03年です。交響曲で見ると第2番と並行して作業が進められたことになるでしょう。1803年に大雑把には完成してしたわけですから、それは三十二、三歳頃のことです。前年の02年には難聴になり、有名なハイリゲンシュタットの遺書を書いています。したがって絶望のどん底にいたかと思われるものの、その後に完全に聞こえなくなったときと比べればそこまで重篤ではなく、活動する意欲はありました。初演のピアノ演奏もベートーヴェン自身です。 CD について 今は「音楽はサブスクライブで」が主流であり、フィジカル (CD) は気に入ったものを稀に購入するだけの人が多いと分かった上で、「皇帝」では手に入る CD をリストアップしてみました。本文で触れないものも含めれば127枚もあったけれども、今回は全集を基本にするということで絞り込むことにしました。したがって「皇帝」で♡を付した演奏者のものが中心となります。モノラルの歴史的名演や個人的に印象が薄かったものは省いてあるので、他に何が出ているかについては「皇帝」のページを参照して下さい。全ての演奏者が全集を出しているわけではないものの、逆に「皇帝」だけしかやらない人も少ないわけで、他の曲の録音についても大体似たり寄ったりなので大雑把な傾向は分かると思います。 ![]() Beethoven Piano Concerto No.3 in C minor op. 37 / Complete Piano Concertos Wilhelm Kempff (pf) ♥♥ Ferdinand Leitner Berlin Philharmonic ベートーヴェン / ピアノ協奏曲第3番ハ短調 op.37 / ピアノ協奏曲全集 ウィルヘルム・ケンプ(ピアノ) フェルディナント・ライトナー / ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 ♥♥ 最初はケンプからです。1895年生まれのドイツの名ピアニストです。滋味溢れる表現、宗教感情とも言えるような深み、湧き上がる歌と瞑想的な静けさを聴かせることがあり、しかも洗練されている人ですが、超絶技巧を褒められるようなタイプではありません。 このページでは全集が出ている演奏者を取り上げるわけですが、代表として第3番で比べます。 第一楽章の導入はゆったりとした確実な運びです。ステレオ最初期ながら音も悪くはありません。リマスターの効果によるのか、「皇帝」のときより若干良いような気もします。ピアノが入って来ると重さを感じさせる確固とした足取りで、細やかな強弱で歌います。自前のカデンツァは曲の各場面を写し取ってブロック構成にしたような印象です。 第2楽章こそはケンプに期待できるところです。ゆったりだけど割とあっさりしたテンポを取り、その中で自然に展開させつつ細やかな陰影を映し出します。中間部からはゆったりとなり、弱音の中から湧き上がって来るような感興を聞かせ、大変繊細です。第3楽章に入ると強弱に細かな工夫があります。適度にリズミカルで、軽さがあって良いです。 1961年録音のドイツ・グラモフォンです。音質は上述の通りで、最新録音と比べればオーケストラ部分は若干見劣りしますが、歪みも中域の箱鳴りも感もなく、問題ないステレオの音です。ピアノについては全く不満がないと思います。 ![]() Beethoven Piano Concerto No.3 in C minor op. 37 / Complete Piano Concertos Alfred Brendel (pf) ♥♥ Bernard Haitink London Philharmonic Orchestra ベートーヴェン / ピアノ協奏曲第3番ハ短調 op.37 / ピアノ協奏曲全集 アルフレッド・ブレンデル(ピアノ) ベルナルト・ハイティンク / ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 ♥♥ 1931年生まれのオーストリアのピアニスト、ブレンデルはよく知的と評され、ときにロマンティックな雰囲気をたたえて内省的に歌ったり、あるいは敢えてそれを抑えてさらっと繊細に流したりして、作曲家や曲によって表現を変えて来る人です。生まれがチェコということもあるのか、小声で情緒的に没入するようなところではやや湿り気を感じさせるときもあります。そしてケンプ同様、この人も技巧の鮮やかさで驚かせるタイプではありません。ベートーヴェンの協奏曲は、ここで取り上げるフィリップスの古い方のセットについては大変完成度が高いと思います。 第一楽章ですが、よく歌うオーケストラが表情豊かです。録音もこのレーベルらしく弦がだまにならず、繊細でいてナチュラルであり、大変良いです。表現はケンプ盤のライトナーより柔軟で自然な感じもします。逆に確実に行くような重さはあちらほど感じさせません。ピアノは焦らず着実な進行です。艶と粒立ちの良さを感じさせる音が心地良く、力の抜き加減も見事であり、やわらかく歌って行きます。和らげるときの弱音の表現が美しく、全体にどこも呼吸をともなっているという印象です。中間部からは落ち着いています。 第二楽章です。かなりゆったりと始めます。ここもやわらかい弱音を駆使しており、ケンプよりロマンティックな雰囲気があります。でもやり過ぎとまでは感じない範囲にとどまっています。たっぷりとして、細やかな息遣いがあって良いです。やはり少し内気というか内省的な印象はあり、とにかく丁寧な運びです。一つひとつの音を大事に表現して行くという感じです。「皇帝」の方がさらっとしていて表情は抑え気味だったでしょうか。しかし緩徐楽章でそんな具合に歌っていても、ベートーヴェンの場合はモーツァルトのコンチェルトのときほどの違和感は感じませんでした。第三楽章は落ち着いて確実に、走らず興奮し過ぎず、重さも失わずです。強い音が金属的に響かないところも良いです。 フィリップスの1975年から77のアナログ録音です。新しいデジタルのものと比べても、バランス的にも鮮度の上でも全く見劣りせず、優秀な録音だと思います。 ![]() Beethoven Piano Concerto No.3 in C minor op. 37 / Complete Piano Concertos Murray Perahia (pf) ♥♥ Bernard Haitink Royal Concertgebouw Orchestra ベートーヴェン / ピアノ協奏曲第3番ハ短調 op.37 / ピアノ協奏曲全集 マレイ・ペライア(ピアノ) ベルナルト・ハイティンク / ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 ♥♥ 1947年生まれのユダヤ系アメリカ人ピアニスト、ペライアはブレンデルと並ぶほど繊細な息遣いを聞かせる人で、同様の湿り気というか、曲によっては憂いのような雰囲気を漂わせる瞬間もあります。弱音の美しさもブレンデルと比べられるでしょう。 オーケストラはロンドン・フィルではなくホームグラウンドのコンセルトヘボウ管ながら、上記ブレンデルのセットと同じハイティンクの指揮です。第一楽章からですが、やはり表情が豊かです。しかも録音も瑞々しいです。ピアノのテンポは遅くも速くもなく、理想的です。同じように繊細なタッチで表情豊かだけれども、ブレンデルよりも軽さがあり、リズム感も感じさせます。自在に拍の間隔が動くからでしょうか。大変自然ながらデリケートな味わいです。 第二楽章ですが、ここは遅過ぎず、でも十分歌っています。表情が大変豊かであり、その強弱にときめきます。バッハのときほどの湿り気は感じさせず、独特の呼吸を伴った歌があって絶妙なドライブ感です。ケンプとは表現は違うものの、同じぐらいに弱音からの湧き上がりもあります。やはり中間部からはゆったり目となり、ブレンデルとも甲乙付け難いロマンティックで濃い表現になります。第三楽章は少し元気の良いタッチで、テンポは速くはなく、強弱もしっかりしています。 1985年と86年の録音で、レーベルはコロンビアでした。前述した通り音のバランスは大変良く、鮮度も感じさせる瑞々しいものです。 ![]() Beethoven Piano Concerto No.3 in C minor op. 37 / Complete Piano Concertos Krystian Zimerman (pf) Leonard Bernstein Vienna Philharmonic ベートーヴェン / ピアノ協奏曲第3番ハ短調 op.37 / ピアノ協奏曲全集 クリスティアン・ツィメルマン(ピアノ) レナード・バーンスタイン / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 完璧な技巧で知られ、日本でもファンの多いツィメルマンはショパンの国の1956年生まれです。録音嫌いで全集に恵まれないミケランジェリあたりと比較できるような、磨かれた音を持っています。 やはり一音ずつをくっきりと鳴らします。そのピアノの音は輝き過ぎないですが、硬質な艶はあってきれいです(録音バランスの話)。弱い音とのコントラストをとって慌てず確実に鳴らして行きます。運びは真面目で丁寧であり、粒の立った音が大変美しいというのが最初の印象です。最後までインテンポで、感情的に入り込むタイプのパフォーマンスではありません。あくまでも音符を完璧に音にして行くのです。 第二楽章は大変ゆったりで、この人の緩徐楽章の特徴が出ていると思います。かといって感情的な思い入れが深いという感じはせず、鋭敏に覚醒した意識で、やはり音の完璧さを追求している様子です。ここまで遅いとロマン派の曲のようでもあります。ブレンデルのモーツァルトの協奏曲での緩徐楽章は同じ遅さでももっと情緒に寄っていたけど、個人的にはこのツィメルマンについても、古典派でありながら遅いという点では似たような違和感を覚えました。音の美しさのためとはいえ、丁寧過ぎて平坦に感じられたのです。もちろんそれはこちらの受け取り方の問題でしょう。彫刻を見ているのだと考えれば見事です。オーケストラで言えば、ジュリーニの遅いときのように各部を磨き上げ、完全に音にして行くという方法論に似た感じでもあります。ここでのバーンスタインは元来大きな感情の盛り上がりを演出できる人だけど、今回はオーケストラとピアノの波長が合っています。そしてこの楽章も最後までインテンポで遅いです。第三楽章は少しテンポを上げるけれども、この曲の平均としては速くはない方であり、やはり完璧に音をコントロールしていて見事です。 ドイツ・グラモフォンの89年の録音で、1〜2番は91年収録です。冷たいぐらいに透明感を感じるピアノの音ながら、ガラスのようだというよりも、艶はそうでも硬質さにおいては最大硬いわけではなく、金属的にはならない範囲のきれいな音です。 ![]() Beethoven Piano Concerto No.3 in C minor op. 37 / Complete Piano Concertos András Schiff (pf) ♥ Bernard Haitink Staatskapelle Dresden ベートーヴェン / ピアノ協奏曲第3番ハ短調 op.37 / ピアノ協奏曲全集 アンドラーシュ・シフ(ピアノ) ベルナルト・ハイティンク / ドレスデン・シュターツカペレ ♥ 1956年生まれのハンガリーのピアニスト、シフの活躍は目覚しいものがあります。知的で洗練されていながら、独自のリズム感覚、比較的短い周期の歌と抑揚によって即興性を感じさせます。見事なバッハに加え、ベートーヴェンではソナタも大変魅力的です。ECM レーベルになってからのものではありませんが、この協奏曲も名演だと思います。 大変良い録音です。オーケストラは自然なバランスながらも弦のハイがしっかり出ている感じがして、それが爽やかさにつながっていると言えるでしょう。ピアノは過不足ない表現です。丁寧になり過ぎず、熱し過ぎずにバランスが取れています。ニュアンスはしっかりとあり、ツィメルマンのように磨かれた完璧な音のみを追求するような印象はありません。完璧というものに種類があるのもどうかとは思うけど、ツィメルマンとはまた違った完璧なパフォーマンスだと言えるでしょう。第一楽章後半で皆がゆっくりのペースになる部分ではしっかりと速度を緩め、表情豊かに進めます。 第二楽章は中庸ややゆったりのテンポで、弱音への落としを使って繊細に運びます。強弱については大変デリケートです。そしてこの人は元来リズム感も良いながら、ここではアゴーギクにおいては割と真っ直ぐな印象です。この点は第一楽章でも同じでした。したがって揺らしこそが心地良いとは言えないかもしれません。オーケストラとも相まって、一歩ずつ進める感覚があります。中ほどからはゆったりして来て、後半部分はもっと動きがあってもと思いわないでもありません。知的な美だとも言えるでしょう。取り乱さない冷静さの中に研ぎ澄まされた音が並びます。第三楽章も走らず、クールに展開します。 テルデックの1995〜97年の録音は、上記ツィマーマンのものよりも金属的とまでは言わないながらも、強い音でシャープな倍音が混じり、わずかに薄めに響く瞬間もあります。でも艶のあるピアノは大変美しいです。 ![]() Beethoven Piano Concerto No.3 in C minor op. 37 / Complete Piano Concertos Jos van Immerseel (fp) ♥♥ Bruno Weil Tafelmusik Baroque Orchestra ベートーヴェン / ピアノ協奏曲第3番ハ短調 op.37 / ピアノ協奏曲全集 ヨス・ファン・インマゼール(フォルテピアノ) ブルーノ・ヴァイル / ターフェルムジーク・バロック・オーケストラ ♥♥ 古楽系の指揮者で有名なインマゼールはフォルテピアノの名手(鍵盤楽器一般)でもあります。1945年生まれのベルギーの音楽家です。ここでは自分の楽団であるアニマ・エテルナを振るのではなく、指揮はブルーノ・ヴァイルに任せ、ターフェルムジーク・バロック管とやっています。 弦の響きが最初から「古楽」という感じで、歯切れの良いオーケストラが心地良いです。でもピリオド奏法のアクセントはさほど強くは感じません。またフォルテピアノの音についても、それほどひ弱な感じはしません。弾き方も古楽の癖は強くなく、強弱の付け方に多少感じるものの自然です。表現としては弱音も駆使しますが、楽器の性格もあってそこまで弱い音の階調が多いわけではないでしょう。強い音のピンとした独特の響きが魅力的です。拍を前や後ろに動かす処理はあり、前に行き過ぎると慌ただしくなるものながら、そこまでは行きません。最後はベートーヴェン自身によるカデンツァが魅力的です。ベートーヴェンはモーツァルトの20番にもカデンツァを書き、それがよく演奏されますが、やはり同じような作りです。自前でやるのもいいでしょうが、やはり作曲家だけのことはあります。 第二楽章ですが、最初の音の延ばしからして長く、ゆったりした運びで表情豊かです。ここは大変良かったです。モダン・ピアノ、フォルテピアノを問わず表現の上で最も魅力的なラルゴの一つです。息遣いがいいです。心の動きが感じられます。波打ちながらクレッシェンドする弦の音も気持ちが乗ります。モダン・ピアノの研ぎ澄まされた音が欲しい人には無理だけど、少しひなびたフォルテピアノの音も好きなら、この演奏は見事だと思います。感情的な内容があって詩情が感じられる点で一番ではないでしょうか。テンポはゆったりだけど、平坦さから来る遅過ぎな印象は全くありません。第三楽章も余裕がありつつ軽やかさもあり、強い音にきれいな艶が感じられます。♡♡はこの第3番に対してです。 ソニー・クラシカル1995〜97年の録音です。古楽器の音だけど、録音バランスは大変良いです。繊細な感じがします。 ![]() Beethoven Piano Concerto No.3 in C minor op. 37 / Complete Piano Concertos Paul Lewis (pf) Jiří Bělohlávek BBC Symphony Orchestra ♥♥ ベートーヴェン / ピアノ協奏曲第3番ハ短調 op.37 / ピアノ協奏曲全集 ポール・ルイス(ピアノ)♥♥ イルジー・ビエロフラーヴェク/ BBC交響楽団 ハルモニア・ムンディが出して来た1972年生まれのイギリスのピアニスト、ポール・ルイスは派手さはないけど驚きでした。ベートーヴェンのソナタも ECM のシフのパフォーマンスと並んで大変魅力的でした。にわかに信じられない話ですが、十二歳になってからピアノを始めたとか。大変ニュアンスに飛んだ協奏曲です。 まずもって生っぽいオーケストラの録音からして良いです。自然で柔軟な響きです。ピアノは癖はないけれども強弱ははっきりとあり、生きた表情があります。自然な呼吸で情感が滲み出すという感じです。力で押さず、恣意的にならず、湿らずのめり込み過ぎずであり、よく聞くと大変デリケートな表現なのです。これは見事としか言いようがありません。人を驚かせるような特徴がないと物足りない人には物足りないでしょうが。テンポは中庸で速くはなく、ややゆったり目の方でしょうか。 第二楽章も理想の運びです。十分に歌い、かといって間延びするほど遅くもありません。インマゼールも浸れる美しさだったけれども、こちらも繊細に表情がついており、言葉を探すのに苦労するけど、情緒を汲み取る能力が高いと言えばよいでしょうか。もはやこの演奏さえあれば満足、という気もします。ベートーヴェンの楽譜を自分の歌にしているので、心に楽想が湧いて来たままの姿であり、これ以上は望みようがないのです。第三楽章に入っても、やはりここにも繊細な表情がついています。余裕を感じさせ、力任せにしません。 2009〜10年録音のハルモニア・ムンディ(HMF)です。硬過ぎずオフ過ぎずで、自然な艶を感じさせるピアノの音が聞け、オーケストラ共々理想的です。 ![]() Beethoven Piano Concerto No.3 in C minor op. 37 / Complete Piano Concertos Inon Barnatan (pf) Alan Gilbert Academy of St Martin in the fields ♥♥ ベートーヴェン / ピアノ協奏曲第3番ハ短調 op.37 / ピアノ協奏曲全集 イノン・バルナタン(ピアノ) アラン・ギルバート / アカデミー室内管弦楽団 ♥♥ 最近のピアニストの中で特に表現力のあるピアニストだと思って感心したのが、1979年生まれのユダヤ系イスラエル/アメリカ人のバルナタンです。「皇帝」も見事です。そしてこの3番も素晴らしいです。 抑えた自然な出だしからコントラストを付け、アクセントを聞かせるようになるオーケストラが見事です。意識が高い感じがします。古楽運動以降のパフォーマンスだなと思わせる動きがあります。ピアノはくっきりとして力強く、弱めるところでは大胆に弱く、繊細に行きます。表情が大変豊かです。ルイスと比べるならよりメリハリが効いているでしょうか。明るいフォルテがくっきりとしており、それとは対照的に、小声で話すような弱音にはニュアンスがあります。形は違うけどルイスと同様に抑揚表現のセンシティヴィティがあると言えるでしょう。透明感のあるピアノの音も気持ちが良いです。控えめな印象があり、自然な盛り上がりと力の抜きを聞かせるルイスに対してもう少し表情がありつつ、でも決して恣意的な表現ではありません。どう言うのか、中間色のグラデーションを味わうというよりはコントラストのある美しい写真を見る感じです。瞬間瞬間の強弱のコントロールが行き届いていて敏感で、感覚・感情の推移をすべてトレースするかのような、鮮度の高い演奏です。 第二楽章ですが、この緩徐楽章もまた大変情緒豊かであり、静けさの中にセンシティブに音を配置して行き、息を飲む美しさです。一方でクリスプな部分もあり、透明感と張りのあるタッチで繊細に心を揺らして行くので、ルイスと甲乙つけ難いです。強弱の浮き沈みは結構付けており、ルイスの自然さよりは意欲的だと言えるでしょう。後半ではテンポをかなり緩めるところもあります。そのためルイスより30秒近く長い演奏時間となっています。その部分ではルイスの方がナチュラルではあったでしょうか。第三楽章に入っても表情豊かなタッチに変わりはありません。走らずに、粒立ちの良い音とリズムを聞かせます。跳ね回る音が耳に心地良いです。 ペンタトーン2015年の録音です。協奏曲を全集として見ると、1、3、4番で一枚、2、5番で一枚という具合に分かれています。自然で粒立ちの良いきれいなピアノの音です。オーケストラも自然だけど、やわらかく厚みがあるというよりはよりダイナミックで動きが感じられる録音だと言えるでしょう。 ![]() Beethoven Piano Concerto No.3 in C minor op. 37 / Complete Piano Concertos Kristian Bezuidenhout (fp) Pablo Heras-Casado Freiburger Barockorchester ベートーヴェン / ピアノ協奏曲第3番ハ短調 op.37 / ピアノ協奏曲全集 クリスティアン・ベズイデンハウト(フォルテピアノ) パブロ・エラス=カサド / フライブルク・バロック・オーケストラ インマゼールに続いてフォルテピアノによる古楽系の演奏です。1979年生まれのオーストラリアのピアニストであるベズイデンハウト(ベザイデンホウト)は多くの有名古楽オーケストラを渡り歩いて来ました。ハルモニア・ムンディからのリリースです。 第一楽章の出だしですが、軽い音と強いフォルテのアクセントによってコントラストが付いています。歯切れ良さという点ではインマゼール盤より古楽オーケストラの特徴がより強く出ているでしょう。テンポは中庸です。フレーズの途中での呼吸変化、ボウイングの山なりな感じもしっかりとあります。でも嫌味を感じるようなものではありません。ピリオド奏法が鮮度と軽快さに寄与しているというところ。ピアノはかなりくっきりとしているけれども、やはりフォルテピアノの音ではあります。この録音に関してはインマゼールと比べてより現代的な音色だとは必ずしも言えないでしょうか。短い間にふわっと強弱変化を付ける弾き方はピリオド奏法らしいけれども、捻れた感じはしません。解釈もこの3番についてはインマゼールより案外古楽的かもしれません。テンポはインマゼールより30秒ほど速いです。 第二楽章は分散和音で始める個性的なものです。でも素直に歌って行きます。ここはあまり古楽の癖を感じません。インマゼールほど強弱を付けず、控えめな印象で推移します。したがってあまり情緒の深みを味わわせるという方向ではありません。表情はしっかりと付けているけれども、ややさらっとしているのです。テンポもインマゼールより1分近く演奏時間が短いものとなっています。比較のために、ここでは取り上げないけれどもフォルテピアノでもう一つ出ているブラウティハムのものも聞いてみると、ピアノの音は高音が細くてやや金属的なチェンバロを思わせるもので、クレッシェンドが印象的なオーケストラに乗ってよく歌っていてアクセントも比較的素直だけれども、そちらもタイムはこのベズイデンハウトとほぼ同じであり、数秒長いかといったところでした。 第三楽章に入ってもアクセント強めに強弱を付け、即興の装飾フレーズを施します。リタルダンドもしっかりで、古楽らしく表情豊かに弾いて行きます。かといって速度はそんなに速くはないです。リズミカルで心地良いアレグロで、他より一つ抜けて創意工夫のあるパフォーマンスです。 2017年の録音で、古楽系の中でも鮮度の高い録音です。 INDEX |