ボロディン / 弦楽四重奏曲第2番
チャイコフスキー 弦楽四重奏曲第1番 「アンダンテ・カンタービレ付」

borodinstringquartet

「中央アジアの平原(草原)にて」はこちら

「糸杉」などのドヴォルザーク作品にも共通するところがあったりするのですが、どこか甘く懐かしいメロディーが癖になり、つい恋しくなってかけてしまう、そういう種類の曲にボロディンの楽曲があります。 なかでも有名な弦楽四重奏曲の第2番などは、例の有名なノクターンである第三楽章ももちろんのこと、最初の楽章からそんな雰囲気がいっぱいです。その理由となるのかどうなのか、「
糸杉」にもちょっと似た経緯があったりしますが、この曲は作曲者が奥さんとの結婚生活二十年を振り返って作ったものであり、その奥さんに献呈されています。結婚生活がずっと甘いものだったとは信じないけど、知り合った頃、ボロディンは結核だった奥さんが良くなるまで待って付き添った後、結婚しました。まだストレプトマイシンなどなかった時代であり、絶望しないでいたとはいえ、大抵は死に至る病であることには変わりがなかったでしょう。音楽家ではペルゴレージもこの病で亡くなっています。しかも彼女の容態は良くなる一方とは言えず、変転しました。待つ側の思いの強さが感じられるエピソードです。下の挿絵はその奥さんのエカテリーナです。物事に熱中すると自分がどこにいるのかすら忘れてしまったというこの作曲家、自宅のパーティーで突然倒れて亡くなるまで(動脈瘤破裂でした)、彼女とはいいパートナーであり続けたのかもしれません。

    borodin    ekaterina
      Alexander Borodin                               Ekaterina Borodin

 詳しくは省略しますが、このアレクサンドル・ボロディン、恐ろしく有能な人で、本業は有名な化学者でした。ルソーの日曜画家ぶりと同じように「日曜作曲家」を自認していたそうですが、しかしただの郵便局員とかじゃありません。本業の化学の方でも有機化学の初期の功労者として「ボロディン反応」(カルボン酸銀塩からアルキルハライドを合成するアルドール反応)や求核置換反応などによって歴史に名を残しています。そして、ピアニストだったその奥さんとの出会いで音楽への熱が高まり、本格的に音楽を学ぶことになり、片手間に名曲を世に送り出したわけです。



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      Borodin String Quartets 1 & 2    Borodin String Quartet ♥♥


ボロディン / 弦楽四重奏曲第2番
ボロディン四重奏団 ♥♥

 ボロディンだからボロディン四重奏団、というわけではありません。この演奏、いいのです。1945年の結成以来メンバーは何度も入れ替わっているので、
これより20年近く前の60年代の演奏のCDもステレオで出ています。しかし今回はより録音の良いこちらを取り上げます。その後の60周年記念のものもありますが、そちらの方は演奏スタイルがちょっと好みではありませんでした。ここで取り上げているのは80年のもので、繊細かつ生き物のように自在に歌い、勢い込まず大仰にならず、大変気持ちの良い演奏です。さすがに作曲家の名を冠しただけのことはあり、弾き込んで来たのでしょう。カップリングは第1番です。これ一枚でボロディンの四重奏完成作を網羅したことになります。その1番の方ですが、これも第一楽章など、なるほど2番の作曲家と同一人物だなと思わせる、ちょっと似た甘く心地良いハーモニーを味わえます。第二楽章もいいですが、終わりの二つの楽章が個人的には幾分耳にしんどいので、2番の相手として1番ではなく、よく行われているチャイコフスキーの第1番の弦楽四重奏とのカップリングには意味があるのかな、と思います。

 レーベルは英 EMI ですが、元の録音は旧ソビエトのメロディアでした。1980年ながらアナログ録音です。ただ、それだけに完成度は高く、瑞々しくて文句のつけようのないきれいな音です。メロディア
・レーベルのリヒテルの録音や、いくつかのショスタコーヴィッチのシンフォニーなどに慣れ親しんだ人にとっては、このレーベル独特の少し角の甘い、もやっとした音なのではないかと思われるかもしれません。でもこの四重奏に関して言えばそれは杞憂です。



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      Tchikovsky    String quartets No.1-3,   String Sextet "Souvenir De Florence"   Keller Quartet
  ♥♥

チャイコフスキー / 弦楽四重奏曲第1番(第二楽章は「アンダンテ・カンタービレ」)
ケラー四重奏団
♥♥
 上でボロディンの四重奏曲とよくカップリングされて来たチャイコフスキーの1番のことに触れましたので、ここでチャイコフスキーの方も取り上げてみます。ボロディンの親しみやすいメロディーに対して、こちらもなるほどよく組み合わせられるだけあって、ちょっと似た波長を感じます。ロマンティックなボロディンに対して、チャイコフスキーの有名な第二楽章はまたちょっと違う種類の親しみやすさながら、「アンダンテ・カンタービレ」(歩くような速度で歌うように、の意)と呼ばれて独立してよく扱われ、色々なところでバックグラウンド・ミュージックとして聞かれます。チャイコフスキーの最も有名な旋律なのではないでしょうか。この曲、
民謡に詳しかったトルストイが涙したということ以外、特段ロマンティックな小話はありません。そして、本当は違うけれども、「エイコーラ」と歌われるヴォルガの舟歌にも一部似ています。それもそのはず、この曲は元来ウクライナ民謡なのだそうです。因みに「エンヤコラ」はヘブライ語だという説もあり、山形民謡の最上川舟歌も素晴らしい曲だったりします。民謡はみな一様にどこか懐かしい感じがするものです。そんなわけで、この「アンダンテ・カンタービレ」もまた、どこか懐かしい曲です。

 演奏ですが、廉価版ながらハンガリーの四重奏団、ケラー四重奏団のものが良かったです。個人的には1番以外はあまり聞かないけれども、カップリングは同2番と3番、そして作曲家最後の室内楽である弦楽六重奏曲「フィレンツェの思い出」となっています。やはりこれ一枚でチャイコフスキーの弦楽四重奏曲を網羅したことになります。
 さて、その第一ヴァイオリンの
アンドラーシュケラーがインタビューに答えているのを見ました。もの静かに、真摯に語る人でした。その喋り方、同じハンガリー人だからか、顔形までも含めてちょっとアンドラーシュ・シフにも似たところを感じますが、ハンガリー人というのは生真面目な人が多いのでしょうか。同様に演奏においてもその真摯さ、そしてそれでいて貫かれている自由さが素晴らしいです。わが国ではあまり有名なカルテットではないので触れられないと思うし、語ってる内容と演奏とが一致している素晴らしい楽団なので、そのインタビューの一部を訳してみます:

「このカルテットは二十五年前に始まって、最初のコンサートは87年の3月14日だったけど、それは私にとっては大変記憶に残るコンサートでした。そのとき我々には我々の音楽をサポートするための大きな責任があって、というのも、一つひとつのことが私にとってはすべての聴衆に向けて我々の音楽を世に出すということですから。(中略)私はカルテットをやりくりして行くにあたって、自分のすべての音楽的、人間的なこと、音楽的なアイディアを同僚たちに与えなければいけないと感じています。もちろんある意味、私が伝えなければならないものとしての技術的なことも大きいわけで、
もっと良くするための好適な表現が現れて来たときに、そういうすべての新しいアイディアが浮かんで来たときに、彼(メンバー)はその瞬間に反応しなくちゃいけないわけで、そうしなければ壊れてしまうのです。なぜなら音楽というものは決して直線的なものではなくて、いつもカーブしたり、こっちへ行ったりあっちへ行ったりする、そして誰かがもし別の方向へ行ってしまったら・・・それで終わり。でしょ? そうした音楽の中で最も意義深いことは、どの瞬間も同じじゃないってこと。同じことは二度と起こらない。常に新しいんです。それが演奏というもので、それこそが大事な感覚なんです」

 このように演奏の一回性というのか、
CDにおいてもまた、生き物のように自由な音楽のあり方を大切にしている演奏に聞こえます。このチャイコフスキーについても色々と良い演奏はあるわけで、前述のボロディン四重奏団のを同じく取り上げおけば良かったのかもしれませんが、この曲の最近の彼らの録音については、メンバーの入れ替わりによるのか幾分わかりやすい方向というか、振りの大きい「盛り上げ感」が個人的には合わなかったので、今回のこのワーナー・エイペックスの素晴らしい廉価版の方を取り上げました。自分としてはこれがベストです。

 廉価版といっても元はエラートの録音で音が大変良いのです。瑞々しくて艶やかで、よく分解された優秀録音です。1991年収録です。




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