クープランの室内楽:
    コンセールと「諸国の人々」「コレッリ賛」「リュリ賛」
 
     louis14chair

 フランソワ・クープランについては最初の方の記事でパッサカリアを力こぶを入れてご紹介してしまいました(崩壊へと突き進むもうひとつのボレロ/F・クープラン「パッサカリア」)。この作曲家の中心と なるクラヴサンの曲だった わけで、他にも全盛期のエマ・カークビーとジュディス・ネルソンによるルソン・ド・テネブレがあまりにも美しい歌だったので別ページで触れました(暗闇にゆらめくキャンドルの光/ルソン・ド・テネブレ)。 さて、クープランと言えばバッハと並ぶバロックのフランスを代表する大作曲家なわけですが、この人の有名な作品としては他に何があるでしょう。鍵盤と歌も の以外となると室内楽ですが、何人かの合奏の曲ということでよく名が挙るのはいくつかあるコンセールと「諸国の人々」、「コレッリ/リュリ賛」でしょう か。いず れも六十四歳まで生きたこの作曲家の熟年期の作品です。


コンセール集
 コンセールというのは英語ではコンサート(協奏曲)になりますが、フランスでの管弦楽組曲を表す言葉だそうです。管弦楽組曲と聞くとバッハを思い出すか もしれませんが、バッハのは本人の慣習から Orchestral Suite とは呼ばずに Overture(序曲)と表記されるのが昨今の通例ながら、オーケストラで演奏されることが多いものです。しかしクープランの場合のコンセールは大きな オーケストラ用の曲でも協奏曲でもなく、宮廷での演奏会や貴族たちの楽しみの合奏用であり、少人数の室内楽のように演奏されたものです。楽譜においては楽 器が特に指定されていないので色々なものが登場します。「王宮のコンセール」(1〜4番)、「新しいコンセール」(5〜14番)他十数曲ありますが、王宮 というのは絶対王政で有名な太陽王ルイ14世の王宮のことで、クープランはそこで仕えていて曲を捧げました。そして王の死後に一般の人向きに作ったのが 「新しいコンセール」です。



    holligerbachcouperinlp.jpg    holligerbachcouperin.jpg
       F. Couperin   concert no.9 "Il Ritratto del L'amore"
       Heinz Holliger (ob)   Christiane Jaccottet (hc)   Mar?el Cervera (va da gamba)


フランソワ・クープラン / 新しいコンセール第9番「愛する人の肖像」
ハインツ・ホリガー(オーボエ)/ クリスティアーヌ・ジャコテ(チェンバロ)

マルセル・セヴェラ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)

 まず取り上げますのは、バッハのフルート・ソナタのページですでに言及したのと同じ CD です。そこに入っているコンセールは一曲だけで、「趣味の融合、あるいは新しいコンセール」と題された曲集の第9番、「愛する人の肖像」です。クープラン のコンセールの中でも印象的なメロディ感覚が味わえるという意味で一番の曲だと思いますし、また自在なクレッシェンドを見せるオーボエの名手、ハインツ・ ホリガーが彼らしい最高の妙技を聞かせてくれる演奏であり、数あるホリガーのベスト盤の一つではないかと感じているのでどうしても取り上げたかった一枚で す。生き物のような呼吸が大変見事です。録音は70年代の古いもので、LP 盤から CD になってもその後廃盤となり、また最近一部の配信でも聞けるようになったりという不安定なものでどうかと思ったのですが、中古で手に入るか、もしくは再販 されるのを期待してのことです。カップリングはバッハの名曲、フルート・ソナタ BWV 1030、マラン・マレの「スペインのフォリア」です。

 フィリップスの1974年の録音です。音は大変良いです。



    brandiscouperinconcerts1.jpg    brandiscouperincocerts2.jpg   
       F. Couperin   Concerts Royaux   Nouveaux Concerts
       Thomas Brandis (vn)   Heinz Holliger (ob)   Aurèle Nicolet   Josef Ulsamer (va da gamba)   Christiane Jacottet (Hc) ♥♥


フランソワ・クープラン /「王宮のコンセール」「新しいコンセール」
トーマス・ブランディス(ヴァイオリン)/ オーレル・ニコレ(フルート)♥♥
ハインツ・ホリガー(オーボエ)/ ヨーゼフ・ウルザーマー(ヴィオラ・ダ・ガンバ)
クリスティアーヌ・ジャコテ(チェンバロ)

 こちらは前述のホリガーも加わったコンセール集です。写真左が王宮の、右が新しいコンセールです。リリースはアルヒーフからで、このオーボエ奏者で9番 以外も聞けるので♡♡
にしました。あの路線で揃えるならこれらということになります。9番の方はここでは残念ながらホリガーが吹いてお らず、ベルリン・ フィルのコンサート・マスター、ブランディスのヴァイオリンと名手ニコレのフルートが楽章ごとに交互に担当しています。この二人の演奏も素晴らしいです が、ホリガー好きの人にはどうしても前出の盤となります。しかし彼は他の曲でたくさん活躍していますし、一人の人が主旋律を担当するよりも変化があって良 いと思います。

 1975年のアルヒーフです。ピリオド楽器による演奏ではないですが、録音のバランスは前出フィリップスと並んで良好であり、瑞々しい音が楽しめます。



    davidwaltercouperin.jpg
       F. Couperin   Concerts Royaux No.1, 4,    Nouveaux Concerts No.7, 10, 14
       David Walter (ob d'amour / cor anglais)   Vincent Maes (ob) ♥♥

       Marion Middenway (violoncello piccolo)   Patrick Ayrton (Hc)

フランソワ・クープラン / 王宮のコンセール第1、4番 / 新しいコンセール第7、10、14番
ダヴィッド・ワルター(オーボエ・ダモーレ/コーラングレ)/ ヴィンセント・マエス(オーボエ)♥♥
マリオン・ミドンウェイ(ヴィオロンチェロ・ピッコロ)/パトリック・アイルトン(チェンバロ)

 ホリガー以降のオーボエでこれは、と思った吹き手の新しい録音もあります。1958年生まれのフランスのダヴィッド・ワルターのものです。クラシック音 楽に限らず指揮も行い、編曲も得意ということで、日本で教えることもある人のようです。ロングトーンが伸びやかで繊細な抑揚の付く素晴らしいオーボエで、 パリ生まれということですが、語法はピエルロを思わせる装飾的に軽いものではなく、むしろホリガーの方に近いかという印象です。クレッシェンドというより も音の後半ですっと弱めて延ばすところがきれいで、やわらかく漂います。音色は受け持ちがオーボエ・ダモーレとコーラングレ(イングリッシュ・ホルン)と いうことで、音域が低いからかホリガーほど艶による輪郭がくっきりした濡れた音ではありません。むしろソプラノ・サックスにも近いというか、澄んで明るく 伸び、透明ながらもやわらかさを併せ持つ音です。コンセールの選集としてオーボエが前面に出る大変魅力的な一枚なので?
?にしまし た。

 フランスのレーベル、ポリムニーの2004年です。



    musicaadrhenumcouperin.jpg   
       F. Couperin   Concerts Royaux / Nouveaux Concerts / Les Nations
       Apoth?oses de Lully / Le Parnasse, ou L'apothéose de Corelli
       Musica ad Rhenum (Jed Wentz) ♥♥


フランソワ・クープラン室内楽全集(含全コンセール /「諸国の人々」/「コレッリ賛」/「リュリ賛」)
ムジカ・アド・レーヌム
♥♥
 1992年に設立されたオランダのバロック・アンサンブルの演奏です。7枚組の全集ですのでコンセールは全て含まれ、これ一つで「諸国の人々」も「パル ナッソス山あるいはコレッリ賛」と「比類なきリュリ氏の不滅の思い出に捧げるアポテーズと題されたコンセール」(いわゆるコレッリ賛、リュリ賛)も、聞い たことのあるタイトルのものが網羅されています。そして有り難いことにブリリアントの廉価なセットとして手に入り、演奏は優れたものです。
 1960年生まれのアメリカのフルーティスト/トラヴェルソ奏者、イェド・ヴェンツが中心になっており、フラウト・トラヴェルソが前面に出ているとは言 えるかもしれません。他にはバロック・ヴァイオリンやヴィオラ・ダ・ガンバ、バロック・バスーン、キーがなく指で穴を塞ぐ難しそうなバロック・オーボエが 活躍する曲も一部あります。そしてこのフルートですが、バッハを聞くと飄々としてこだわらない人という印象です。軽くストレートに進め、さらっと粘らない リズム感覚で颯爽としていて、と思ったら所々で歩を緩めて立ち止まり、ただ真っ直ぐではないという意味でピリオド奏法なのだということに気づきます。しか しまた普通の古楽とはちょっと違ったセンスという感じでした。このクープランでも同じ傾向が聞かれる箇所はありますが、あまり目立たず、素直にきれいに歌 わせるところの方が印象的です。クープランの曲がリズムの縒れを本来のものとして受け入れることもあり、また他の演奏の方が癖が強いからかもしれません。
 きちきちに追い込まないアンサンブルも一頃のピリオド奏法の突飛さとは縁がなく、落ち着いて各自歌を自分のものにしています。

 ブリリアント2004年の教会での録音で、自然な音色で心地良いものです。

                                                          arabesquecouperinchamber.jpg
トリオ・ソナタと組曲集「諸国の人々」
「諸国の人々」は室内楽でクープランを代表すると言ってもいい有名曲です。当時の四つの国の人々を各組曲のタイトルに冠した曲集で、それぞれフランス人、 スペイン人、ドイツ=オーストリア一帯の神聖ローマ帝国人、トリノを中心とする北イタリアのフランスに接した地域であるピエモンテ人、という具合になって いるので、諸国の国民性を音楽で表したものだと考えられがちですが、以前から存在していた別のタイトルのトリオ・ソナタを使い回しているのでそうとも言え ない、というのがよく語られることです。ルネサンス期のイタリアが発祥のトリオ・ソナタとフランス流の組曲を合体させた構成で、バッハのものとは節回しが 違うものの書法の上でもこの時代を代表する作品とされています。聞けば短調を基調にした少しだけもの悲しくも独特の優雅な音楽です。 



    quadroamsterdamlesnations0.jpg    quadroamsterdamlesnations.jpg   
       F. Couperin   Les Nations
       Quadro Amsterdam :  Frans Brüggen (fl)   Frans Vester (fl)   Gustav Leonhardt (Hc) ♥♥
      
Jaap Schuröder (vn)   Marie Leonhardt (vn)   Anner Bylsma (vc)  

フランソワ・クープラン /「諸国の人々」
クアドロ・アムステルダム: フランス・ブリュッヘン(フルート)♥♥

フランス・ヴェスター(フルート)/ ヤープ・シュレーダー(ヴァイオリン)
マリー・レオンハルト(ヴァイオリン)/アンナー・ビルスマ(チェロ)

グスタフ・レオンハルト(チェンバロ)

 さて、「諸国の人々」の演奏として定番のように思ってきたものは、少し古いですがブリュッヘンやレオンハルト、ヤープ・シュレーダー、アンナー・ビルス マらが会した録音でした。クアドロ・アムステルダムという名前になっていて収録は1965年。全曲がまとまった69年のグリーンのジャケットのドイツ盤 LP を手に入れて楽しんできましたが、このメンバーゆえに長らく古楽器による演奏かと思ってきました。ピリオド楽器によるものではない時期ということを知り、 そう言われればこの音はそうか、という感じです。そしてそのせいか演奏は後のこの人たち、特にブリュッヘンとレオンハルトに一時期顕著だった古楽のアクセ ントが強いものではなく、独特の節回しはあるものの素直で瑞々しく、未だにこれが一番好きだと思えてしまいます。といっても管も弦のボウイングも歌でいう メッサ・ディ・ヴォーチェ様というのか、ロングトーンの中ほどを強めて行って静めるイントネーションがこの頃からすでにはっきりしています。これは後々の ピリオド奏法で最終的に残ってきた弾き方でもあります。しかし走ったりスタッカートになったり極端にルバートしたりはなく、このぐらいの表現がベストな気 がします。楽しんでいて生き生きしているのです。さすがに後に有名になる名手たちであり、本来こういうしっかりした音楽のセンスを持っているのだというこ とがよく分かります。何事も新しい形を生み出そうと概念が先行してきばる時期というものはあるものです。

 1965年テレフンケン=テルデックで、ダス・アルテ・ヴェルクのシリーズでした。CD としては長らく廃盤の期間もあり、上記の LP をディジタル変換していましたが、その後出て、今はまた廃盤期間に当たるのでしょうか、インターネット配信を除けば中古のみが複数出ているという状況のよ うです。録音状態は何ら不都合のない、むしろ大変鮮明にして自然な好録音です。



    savalllesnations.jpg
       F. Couperin   Les Nations
       Jordi Savall (basse de viole et direction)   Monica Huggett (vn)   Chiara Banchini (vn)
       Ton Koopman (Hc)   Hopkinson Smith (theorbo)   Stephan Preston (fl)
       Michel Henry (ob)   Ku Ebbinge (ob)   Claude Wassmer (fg)


フランソワ・クープラン /「諸国の人々」
ジョルディ・サヴァール(ヴィオラ・ダ・ガンバと指揮)
モニカ・ハジェット(ヴァイオリン)/キアラ・バンキーニ(ヴァイオリン)
トン・コープマン(チェンバロ)/ホプキンソン・スミス(テオルボ)
ステファン・プレストン(フルート)/マイケル・ヘンリー(オーボエ)
ク・エビンゲ(オーボエ)/クロード・ワスメール(ファゴット)

 同じく顔ぶれが豪華でこの曲の演奏として人気なのはジョルディ・サヴァール盤でしょう。最初の「フランス人」から粘り腰なスローでの展開で間をたっぷり と取り、遅いところはしっかりと遅く、速いところは速くメリハリが効いた演奏です。といってもピリオド奏法の癖の強いアクセントを感じるようなものではあ りません。色々な楽器が交互に分担して聞こえるようになっているので華やかであり、トリオという感じでもありません。ただ、フランス貴族社会を相手にした クープランに特有の、ふわっと軽く漂うような儚い感触は少ないようにも感じました。アンサンブルも揃っていて大変水準が高く、しっかりとした演奏という印 象です。

 1983年の録音でレーベルはアリア・ヴォックス、これはリマスターされたもので SACD ハイブリッドとなっており、繊細で大変きれいな音です。



    kuijkenlesnations.jpg
       F. Couperin   Les Nations
       The Kuijken Ensemble :  Barthold Kuijken (flat traverse)   Marc Hantai (flat traverso)

       Sigisward Kuijken (vn)   Fran?ois Fernandez (vn)   Robert Kohnen (Hc)   Wieland Kuijken (va da gamba)  


フランソワ・クープラン /「諸国の人々」
ザ・クイケン・アンサンブル / バルトルド・クイケン(フラウト・トラヴェルソ)

マルク・アンタイ(フラウト・トラヴェルソ)/ ジキスワルト・クイケン(ヴァイオリン)
フランソワ・フェルナンデス(ヴァイオリン)/ ロバート・コーネン(チェンバロ)
ヴィーラント・クイケン(ヴィオラ・ダ・ガンバ)

 クイケン兄弟たちの演奏は全体にゆったりとしたテンポ設定でおっとりとして癖が少なく、静かな印象です。サヴァール盤ほど脂っけがなくてテンポにメリハ リをつけておらず、クアドロ・アムステルダムほど立体感を感じさせる抑揚でもなく、生真面目で落ち着いた印象です。そしてその自然さが他にはない大きな魅 力となっています。メロディ・ラインではフルートとヴァイオリンが主体です。粋なフランス音楽というよりも、素直に心に入ってきます。この人たちの最も良 い面が出たものだと思います。

 1992年アクセントの録音はこれも繊細にして自然、バロック・ヴァイオリンの倍音が良く捉えられ、大変良い音です。



    musicaadrhenumlesnations.jpg
       F. Couperin   Les Nations
       Musica ad Rhenum (Jed Wentz) ♥♥


フランソワ・クープラン /「諸国の人々」
ムジカ・アド・レーヌム ♥♥
 
最初にクアドロ・アムステルダム盤を自然体で生き生きとよく歌うところがお気に入りだとご紹介しましたが、それ以外となると、案外このムジカ・アド・ レーヌム盤かもしれません。これはすでにコンセールの項で全集盤として取り上げていますので重複しますが、「諸国の人々」のみが欲しい方にはこのような二 枚組もあるということです。コンセール集も単独で出ていますが、それと両方買っても「コレッリ賛」「リュリ賛」などが抜けることになるのではないかと思い ます。よくしなわせる古楽器らしい抑揚がありながらエキセントリックにならず、適度に弾むような活気があり、自然体で伸び伸びしています。イェド・ヴェン ツのフルートが中心になっています。有名どころではないですが、これを選んで間違いはないでしょう。

 前述の通りですが、ブリリアント2004年で録音も素晴らしいです。



    florilegiumlesnations.jpg
       F. Couperin   Les Nations
       Florilegium


フランソワ・クープラン /「諸国の人々」
フロリレジウム

 チャンネル・クラシックスのフロリレジウム盤は今のところ「フランス人」と「スペイン人」のみのようなので取り上げ難いですが、これも大変魅力的な演奏 です。この団体、リーダーがフルートのアシュレー・ソロモンですが、穏やかなフルートの音がきれいです。この人はバッハのブランデンブルクでもそうでした が、あまりピリオド奏法然としないでそっと撫でるように吹くところがあります。ここでも力を込めないで静かにスラーで歌わせるところが逆に個性的です。 ゆったりしたテンポであまり崩さず、飾りは若干多めかという運びです。とにかくやわらかくデリケートで、サヴァールなどと比較するとたおやめぶりの魅力と 言えるでしょうか。他にないやさしい個性です。 

  2011年の録音でふっくらとして繊細な音は演奏にぴったりマッチしています。いつも時間差でリリースするようですが、残りの曲 も出るのでしょうか。期待したいところです。



    indermuhlelesnations.jpg
       F. Couperin   Les Nations,  Sonades, et suites de symphonies en trio
       Thomas Indermühle (ob)   Jacques Tys (ob)   David Thomas (fg)   Clara Rada G?mes (vc)   Rumiko Harada (Hc)


フランソワ・クープラン /「諸国の人々」
トーマス・インデアミューレ(オーボエ)/ ジャック・ティース(オーボエ)

/ ダヴィッド・トーマス(ファゴット)/ クララ・ラダ・ゴメス(チェロ)/ 原田留美子(チェンバロ)

「諸国の人々」でオーボエが前面に出る演奏というのは珍しいのではないでしょうか。この楽器が大変好きなのでこういうのは嬉しいです。リーダーでオーボエ を吹いているのはトーマス・インデアミューレ。1951年のベルン生まれということですからハインツ・ホリガーと同じスイスの人、しかもホリガーとモーリ ス・ブールグの両方に師事したというのですからなんとも素晴らしい。この二人、オーボエ奏者として最も好きな吹き方をすると思ってきたからです。聞いてみ るとまた少し違った印象もありますが、師のコピーではないということでしょう。二人に共通していたあの粘るようなクレッシェンドや大きなうねりが前面に出 ている濃い演奏というよりも、よりすっきりとして真っ直ぐな印象で、この人の素直な人柄を思わせます。以前に1991/1995のクラーヴェスとカメラー タ・トウキョウの録音を合わせたコンセール集も出しており、ホリガーと同じ9番も入っていて基本的にはそのときと同じ傾向の演奏ですが、一般に諸国の人々 ではフルートの活躍する演奏が多いせいか、あっさり洗練された運びもむしろその方が似つかわしい気がしてきます。長いフレーズ後半でのビブラートが美しく 響きます。 

 日本のカメラータ・トウキョウからのリリースです。2012年の録音です。マジョルカ島の小さな教会で収録されたそうで残響も良く、空気にすうっと吸い 込まれて行く透明さがあって、明るめの音のオーボエにより繊細さが加わっている感じです。風のように軽く、大変きれいで気に入りました。

                                                          arabesquecouperinchamber.jpg
コレッリ賛、リュリ賛

 王宮/新しいコンセール、諸国の人々以外のクープランの室内楽で有名なものというと、「コレッリ賛」とその続編、「リュリ賛」があります。正式には「パ ルナッソス山あるいはコレッリ賛」と「比類なきリュリ氏の不滅の思い出に捧げるアポテオーズと題されたコンセール」というのが名前です。「賛」というのは アポテオーズ(apoth?oses)の訳でそのままアルバム・タイトルにされている場合がありますが、神格化、つまり賛美するとか思い出に捧げるという ことで、所謂オマージュのような使い方の言葉です。二人の作曲家を讃えるというこの形式は tombeau として後のラヴェルらにも再び採用されていますが、フランスの一つの流儀であり、その形をとることよってクープランはコレッリのイタリア音楽とリュリのフ ランス宮廷音楽への傾倒を同時に示してみせ、よく言われるように伊仏の作風の合体を模索した、ということです。曲はそれぞれ1724、1725年のもので あり、したがってこれらの曲が作られたときにはコレッリもリュリもすでに亡くなっています。物語を部分ごとに説明するナレーションから始まりますが、まれ に省略されている場合もあります。
 ストーリー自体はコレッリがミューズの案内でアポロンの住むパルナッソス山に連れて行かれ、リュリはアポロンの出迎えで同じくパルナッソス山に導かれ、 二人は会って合作し、共に演奏するというものです。

「コレッリ/リュリ賛」の録音も案外たくさん出ていますが、選ぶのが難しい気がします。いい演奏がないからではなくて、いささか玉虫色ですが、どれもが良 くてどれが飛び抜けているとも言えないからです。この曲は話の中でコレッリとリュリが死後の世界でヴァイオリン共演をする場面があったりするところから使 用楽器がヴァイオリン中心になりがちで、楽器選択の面で多彩なヴァリエーションとはなり難い傾向があります。ピリオド楽器の演奏スタイルは今や落ち着いて きているので解釈の上でも大きな違いが出難く、その上弾いている人は皆名手なわけです。古楽器になってからは極端なテンポの違いも出ません。
 古くはパイヤールが1959年に出したのが先駆的録音でしょうか。モダン楽器の室内オーケストラによる合奏スタイルで、流麗なレガートのかかった今と なっては新鮮な演奏です。それから「諸国の人々」のところでその演奏スタイルに触れたクイケン兄弟たちが71年〜73年頃にセオンに録音し、その後スペイ ンのヴィオラ・ダ・ガンバの名手にして古楽のリーダー、ジョルディ・サヴァールが85年にアストレから出したのが世間では一時定番のような扱いになりまし た。ややオフな響きで無用にきらきらしませんが、音質の面でも当時話題になりました。エスペリオンXX の演奏となっており、2000年前後に再販された CD も今は廃盤かもしれません。サヴァール盤の演奏は速いところではフレーズの間を空けないですらすらとつなげ、かと思うと遅いところでは力強くよく歌わせる という、表現の幅のあるメリハリのしっかりしたものです。この曲の後の演奏スタイルの基本になったと言えるかもしれません。そして88年にはガーディナー 盤が出ました。速いところはさらっとしており、遅いところでは過度に粘ったりたわませたりせず、大きなリタルダンドとかはあるものの全体にはやはり端正な 印象の演奏です。ソロイストの集まりというよりもガーディナーのオーケストラ・メンバーによるものであり、それだけに色々な楽器の音が聞けるのが魅力で す。



    ricercarconsortapotheose.jpg
       F. Couperin   Apoth?oses de Lully / Le Parnasse, ou L'apothéose de Corelli / Jean Ferry Rebel   Tombeau de Monsieur de Lully
       Ricercar Consort :  Philippe Pierlot (va da gamba) ♥♥
      
François Fernandez (vn)   Sophie Gent (vn)   Eduardo Egüez (lute)
       Marc Hant?i (fl)   Georges Barhel (fl)   Fran?ois Guerrier (Hc)   Fran?ois Morel (narrator)


フランソワ・クープラン「コレッリ賛」/「リュリ賛」
ジャン=フェリ・ルベル「リュリ氏のトンボー」
リチェルカーレ・コンソート: フィリップ・ピエルロ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)♥♥
フランソワ・フェルナンデス(ヴァイオリン)/ ソフィー・ゲント(ヴァイオリン)
エドゥアルド・エグエス(リュート)/マルク・アンタイ(フルート)
ジョルジュ・バルテル(フルート)フランソワ・ゲリエ(チェンバロ)
フランソワ・モレル(ナレーション)

 新しいところからいくつかご紹介します。演奏スタイルとしてはサヴァール盤から大きく変わることはないと思いますが、2010年録音のリチェルカーレ・ コンソート盤が他と比べて僅差で一押しかな、と感じています。ベルギーのヴィオラ・ダ・ガンバ奏者フィリップ・ピエルロとフランスのヴァイオリニスト、フ ランソワ・フェルナンデスらによって1980年に結成されたベルギーのアンサンブルです。最も落ち着いた印象で、間を詰めるところがなく、大変美しいで す。リュリの弟子だった作曲家ジャン=フェリ・ルベル(1666-1747)の「リュリ氏のトンボー Le Tombeau de M. Lully」も入っており、その三曲目、五曲目あたりの静かなガンバが素晴らしくてアルバムとしても魅力的だし、ヴァイオリンもフルートも波長が揃ってい て文句無しです。メンバーは国際的で、ここではエグエスがアルゼンチン、ゲントがオーストラリア、アンタイ、バルテル、ゲリエがフランス出身です。フルー トが入っているので音色も多彩です。  

 ミラーレの録音は各々の楽器の音色も落ち着いていながら繊細な倍音も拾い、聞き疲れしないきれいな音です。



    londonbaroqueapotheose.jpg
       F. Couperin   Apoth?oses de Lully / Le Parnasse, ou L'apothéose de Corelli / La Sultane / La Steinkerque
       London Baroque :  Ingrid Seifert (vn)   Richard Gwilt (vn)   Charles Medlam (bass viol)
 
       William Hunt (bass Viol)   Terence Charlston (Hc)   Charles Mediam (narrator)  

フランソワ・クープラン「コレッリ賛」/「リュリ賛」
四重奏ソナタ「スルタン」/ トリオ・ソナタ「スタインケルク」
ロンドン・バロック: イングリッド・ザイフェルト(ヴァイオリン)

リチャード・グウィルト(ヴァイオリン)

チャールズ・メドラム(ヴィオラ・ダ・ガンバ/ナレーション)/ テレンス・チャールストン(チェンバロ)
 こちらはヴァイオリンのイングリッド・ザイフェルトとリチャード・グウィルト、ヴィオラ・ダ・ガンバのチャールズ・メドラムらによって1978年に結成 されたロンドン・バロックです。カークビーのバックでもよく耳にする名前ですし、コレッリのトリオ・ソナタなどでも良い音を響かせていました。ロング・ トーンの後半に向かってキューンと大きく持ち上げるヴァイオリンが魅力的です。良くしなわせ、ゆったりしたところでは十分に歌ってくれます。線の細い倍音 の美しさと瑞々しさにおいて秀でています。静けさのあるリチェルカーレ・コンソートより鮮やかで生き生きした方に寄っているでしょうか。弦のみによる演奏 です。

 BIS 2001年録音で、前述の通り音は明るく繊細なものです。



    gliincognitiapotheose.jpg 
       F. Couperin   Apoth?oses de Lully / Le Parnasse, ou L'apoth?ose de Corelli / La superb / La Sultane
       Gli Incogniti :  Amandine Beyer (vn)   Alba Roca (vn)   Anna Fontana (Hc)

       Francesco Romano (th?orbe)   Baldomero Barciela (va da gamba)   Filipa Meneses (va da gamba)

フランソワ・クープラン「コレッリ賛」/「リュリ賛」
トリオ・ソナタ「壮大なもの(威厳)」/ 四重奏ソナタ「スルタン」
リ・インコーニティ: アマンディーヌ・ベイエ(ヴァイオリン)/ アルバ・ロカ(ヴァイオリン)

アンナ・フォンターナ(チェンバロ)/ フランチェスコ・ロマーノ(テオルボ)
バルドメロ・バルシエラ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)/ フィリッパ・メネセス(ヴィオラ・ダ・ガンバ)

 2014年録音でまたまた魅力的なものが出てきました。1974年生まれのフランスのヴァイオリニスト、アマンディーヌ・ベイエが率いる古楽アンサンブ ル、リ・インコーニティです。こちらはやわらかで繊細な表情のヴァイオリンに魅力があります。決して押してくるものではなく良く歌い、速いパートでは駆け てリズミカルに弾みます。甲乙つけ難いものが揃いました。カップリングは「壮大なもの」と「スルタン」です。

 ハルモニア・ムンディですが、これも瑞々しいヴァイオリンの音がよく捉えられた好録音です。



    lestalenslyriques.jpg
       F. Couperin   Apoth?oses de Lully / Le Parnasse, ou L'apoth?ose de Corelli / Ariane Consolee Par Bacchus
       Christoph Rouset (Hc, cond)   Les Talens Lyriques

       Stephane Degout (Br)   Christoph Coin (viol)   Laura M?nica Pustilnik (lute)

フランソワ・クープラン「コレッリ賛」/「リュリ賛」
カンタータ「バッカスに慰められるアリアーヌ」
クリストフ・ルセ(チェンバロ/指揮)/ レ・タラン・リリク

ステファヌ・ドゥグー(バリトン)/クリストフ・コワン(ヴィオール)
ローラ・モニカ・プスティルニク(リュート)

 アマンディーヌ・ベイエ盤の一年後にはルセが出しました。こちらは彼が新たに発見した楽譜で世界初録音というクープランのカンタータ「バッカスに慰めら れるアリアーヌ」が入っています。行方不明の真作を見つけ出せるなどという機会はそうそうあることではなく、学者としては大変名誉なことでしょう。バリト ンが歌っています。興味のある方には嬉しいカップリングだと思います。
 コレッリ賛、リュリ賛の方の演奏は、テンポはややゆったり方向で全体に力の抜けているものです。クリストフ・ルセというクラヴサン奏者は自身の演奏にお いてはよく意図された崩しや装飾を用いた華やかな印象があり、そうした粋さ、あるいは誰かが書いていたようにセクシーさを出したい人というように理解して きました。今回はジャケットもそんな感じだし、自分の意見とポーズを持った大変個性のあるパフォーマーだと思います。しかしここではクールに抑えた表現と なっており、むしろサヴァール盤よりも脂っ気は抜けているかもしれません。そこが粋という狙いでなければメロディー・ラインで主に活躍するのがクラヴサン 以外だからでしょうか。それとも最近の彼はこういう傾向なのでしょうか。レ・タラン・リリクの演奏はペルゴレージのスターバト・マーテルでもそうでしたが 決して派手ではなく、落ち着いた味わいもあります。この演奏ではオーボエやフルートが活躍して多彩な響きであるところが他の盤にない大きな魅力です。

 レーベルはフランスのアパルテ・ミュジークで2015年の録音です。音も派手さのない良い音です。

                                                          arabesquecouperinchamber.jpg
    perkolaviolsuites.jpg
      F. Couperin   Pieces de violes avec la basse chifr?e  -1re Suite de viole,  - 2e suite de viole
      27e Ordre de clavecin
      Mikko Perkola (va da gamba)   Aapo Häkkinen (Hc) ♥♥

 
フランソワ・クープラン / ヴィオラ・ダ・ガンバ組曲第1番、第2番
クラヴサン曲集第4巻第27組曲

ミッコ・ペルコラ(ヴィオラ・ダ・ガンバ)

アーポ・ハッキネン(チェンバロ)

 以上でクープランの室内楽の有名どころは網羅という感じですが、ちょっと渋いところでヴィオラ・ダ・ガンバの組曲というのもあります。20世紀の初めに 楽譜が発見されたものです。ヴィオールの曲は音域の低さもあって全体が通奏低音という印象があります。バッハもそうですが、クープランともなると華々しい 仕掛けがあるというよりも、これがサロンの音楽だというように周囲に溶け込んだ趣となります。メロディー・ラインはあっても展開を期待させるような特徴的 なものに聞こえず、クラヴサンの装飾音符とともに地の中に溶け込んでいます。短調が基調になっているので優雅でもの悲しくもあり、幾分諦めも混ざったよう な静かな雰囲気で、大気に芳香を放ち続けるアロマ・ディフューザーのように一つの空気を生み出し続けているのです。したがってこちらも乗り出して物語を聞 くような姿勢にはなりませんが、彼とその時代にとって音楽はそういう種類の行為ではなかったのかもしれません。クープランの曲の中で最も旋律を追えるのは ルソン・ド・テネブレあたりでしょうか。あちらはソプラノの歌う歌曲で印象が違います。ヴィオール自体は癒しの音ということもあって、そのすすり泣くによ うな音色には独特の魅力があります。静かにかけておくと自然と自分の呼吸もゆったりになってくるようです。

 フィンランドのガンビスト、ミッコ・ペルコラとチェンバロのアーポ・ハッキネンの二人はバッハのガンバ・ソナタのところでご紹介しました。他の多くの演 奏家たちがほぼ同じテンポで行くのに対して、彼らはもう一段ゆったりでリラックスした音を響かせており、大変魅力的でした。全く同じことがこのクープラン の曲でも言えます。これが出る前、2007年の
英 アヴィ・レコーズからは同じフィンランド人のガンバ奏者、マルク・ルオラヤン=ミッコラが彼ら二人と一緒に入れた盤も出ており、そちらもお仲間だからか同 じ波長の深みのあるゆったりした弾き方でした。カップリングも渋い選択で、新しいコンセールの10、12、13番をガンバ二人で弾くというものでした。他 に出 だしで同じようにゆったりした運びを聞かせているのはルセのアポテオーズと同じアパルテ・レーベルから2017年録音で出た酒井淳のものがあるぐらいで しょうか。そちらは一つひとつのフレーズをより思い入れを込めてたっぷりと弾いている印象で、起伏もあり、カザルスもかくやという堂々たるものです。奏はルセで す。これら三枚はどれも満足行くものでしたが、中でもペルコラ盤は最もリラックスしたマナーと言えるでしょう。カッ プリングはハッキネンのクラヴサンによるクープラン最後の曲集の最後の曲で、健康状態が悪くなりだした1730年の作品です。二年前のガンバ組曲と時期が 近いということで晩年のものを集めているのでしょうが、これも魅力的です。二曲目の静けさ、何か感じるものがあります。クラヴサンも音がやわらかく、最高 の録音だと思います。艶はあっても倍音がきつくならず、ふくよかさと潤いが聞かれます。井戸の中に雫がしたたるような神秘的な音です。

 2011年録音のナクソスです。



INDEX