Handel Goes Wild
    ヘンデル の名曲・名旋律
    オンブラ・マイ・フ /
ハープ協奏曲 / ハープシコード組曲

handelstpaul.jpg

 ヘンデルについては今まで 「オンブラ・ マイ・フ」の入ったアルバムを取り上げたぐらいでした。よくバッハと比べられる作曲家ですが、バッハと同じ年に同じドイツに生まれ、お互いに会ったことは なかったけれども同じ女性の縁談を辞退し、同じように決闘騒ぎを起こし、同じ目医者にかかって同じように手術に失敗した挙げ句に亡くなっているというそっくりなところがある一方で、逆スピンをする双子の量子みたいに性格は正反対だったなどと言われます。そして音楽に表れるその性質は外向的で明るいサービス精神に溢れ、賑やかで精力的。まるで会社を興して国際企業にまで育てた事業家が歩き回っているようです。海を渡って海外(イギリス)で活躍したという点は正にそのもの。そして生きてる間に名声が確立しました。人々の需要に合わせてど真ん中にストライクを投げ込んで来る人ですが、王宮の花火の音楽など、用途も用途なだけに華やか過ぎて引いてしまう演奏もあったりします。   

 しかしそうした合間に、誰も真似できないほど爽やなアリアを聞かせたりするのです。何というのでしょう、深みのある宗教的感情とかではなく、嘆いているときでも、あるいは牧歌的な歌詞を歌っているときですら、仕事を終えてふっと一息つき、充実した気持ちで窓の外を眺める都会の夏の夕暮れといった風情なのです。そう表現すると何だかガーシュウィンの叙情にも似てる気しますが、ガーシュウィンも時代と形式は全然違うながら才能豊かで活動的な人でした。そしてヘンデルについては個人的にはそのアリアが最高の作曲家。その中でもベストはやはり有名なあの二曲、「オンブラ・マイ・フ」(別名ヘンデルのラルゴ)と「私を泣かせてください」です。それでヘンデルを片付けてしまったらいけないでしょうけれども。

 有名な曲はまずメサイアから「ハレルヤ」でしょう。例のハ〜レ、ル・ヤ、でうきうきする楽しいところがあります。テレビ番組でこの曲を弾いて聞かせ、被験者にそのイメージを一語で書かせる場面がありましたが、ほとんどの人が joy喜び)か joyful(楽しい)、一人が uplifted(高揚感)と書いていました。それと並んでスポーツの祭典授賞式でメダルか賞状をいただくときの、マカベウスのユダから「見よ、勇者は帰る」も知られています。元来オペラとオラトリオの人なのです。オラトリオというのは宗教曲であって劇ではないけど物語性があります。いつの時代、どこの国でも大衆というのは物語を好みます。親しみやすいストーリーを外さないのは人気者の条件なのでしょう。それからオーケストラもので王様の舟遊び用の「水上の音楽」と戦争終結の祝典用でティンパニとブラスが活躍する例の「王宮の花火の音楽」。コレッリを真似た合奏協奏曲とオラトリオの幕間に演奏したオルガン協奏曲は一部でダブっていながら傑作とされます。そしてこれもオルガン協奏曲の一曲との兄弟であるハープ協奏曲も誰しもが聞いたことのある旋律だと思います。器楽曲ではハープシコードの「調子の良い鍛冶屋」と「サラバンド」、「パッサカリア」でしょうか。個人的に名作と思うのはさっきのアリアやパッサカリア、ハープ協奏曲のメロディなんかを除けば、ヴァイオリン・ソナタと上述 op.6 の方の合奏協奏曲かなあなどと思います。きらびやかさを基本として、合間に健康的で美しいメロディーを聞かせるのがヘンデルの魅力です。実生活がそのまま同じだったかどうかは興味あるところですが、常に楽しい波長とおおらかな魅力のある人です。

 上の画像はロンドンのセントポール大聖堂で、左側はヘンデルの時代です。イギリスのダ・ヴィンチとまで言わ れた天才建築家、クリストファー・レンが巧みなアイディアによって造り上げ、ナチの空爆にも奇跡的に耐えた建物です。ヘンデルが最初に渡英した年の完成で、彼は一度ドイツに戻るのですが、どうしても来たかったのでしょう、二年後に再度海を渡って今度は帰化してしまいます。その本格的にイギリスに住み始め て間もなくの頃、自身の作品をこの大聖堂で演奏する機会に恵まれ、その成功によって今のお金に換算して280万円ほどの年金を受け取ることができました。ヘンデルにとっては大変縁の深い建物だと言えるでしょう。そしてその手前を流れるテムズ川は王様の盛大な舟遊びの現場であり、そのために作った曲が大変喜ばれました。だからヘンデルの CD ではよくこの景色がジャケットに使われるわけです。



   handelgoeswild.jpg
     Handel Goes Wild
     Christina Pluhar   L’Arpeggiata ♥♥
     Francesco Turrisi (p)  Gianluigi Trovesi (cl)   Josep María Martí Duran (g)
     Boris Schmidt (b)   David Mayoral and Sergey Saprichev (perc)
     Nuria Rial (sop)   Valer Barna-Sabadus (C-T)


ヘンデル・ゴーズ・ワイルド
クリス ティーナ・プルハー / ラルペッジャータ ♥♥
フランチェスコ・トゥリッシ(p)/ ジャンルイージ・トロヴェシ(cl)
ジョゼプ・マリア・マルティ・デュラン(バロック・ギター)

ボリス・シュミット(b)/ デヴィッド・マヨラル+セルゲイ・サプリチョフ(perc)
ヌリア・リアル(ソプラノ)/ ヴェラール・バルナ=サバドゥス(カウンター・テナー)

 ヘンデルを一枚と言われたらこれを挙げてしまいましょう。美しくも乗りの良いご機嫌なアルバムです。ヘンデルと言えばアリア、その美しいアリアを贅沢に編曲したものですが、ちょっと変わり種で、半分ジャズ風なのです。タイトルの 「ゴー・ワイルド」は怒る、熱狂するというのと、原野に行くの意味にとれますが、ジャケットの絵はなんか両方をかけているようにも見えます。決闘で死にかけたワイルドな作曲家が元気良く既成の枠にはまらない様子なのかもしれないけれども、このアルバムでのジャンルの逸脱をも暗に示しているのでしょう。すでにモンテヴェルディのページで「愛の劇場」を取り上げた、最近話題のクリスティーナ・プルハーとラルペッジャータによる演奏です。そして数あるこの人たちのアルバムの中でも、これはベストと言える内容です。

 クリスティーナ・プルハーは1965年生まれのオーストリアのテオルボ 奏者にして指揮者、2000年結成の古楽の楽団ラルペッジャータを率いています。編曲も行い、ジャズ・ミュージシャンを呼んで来てのコラボレーションもありで、バ ロック時代の即興の習慣というものを境界を跨いで解釈し、枠にこだわらない音楽を提供するスタンスのようです。したがって18世紀当時最先端でポップだった作曲家であり、聴衆を沸かせたヘンデルが現代に蘇ったらどうなるのか、あるいは今、同時代のものとして彼の音楽を聞いたらきっとこんな感じだろうという世界をかいま見せてくれるのです。前にブクステフーデのページでラ・レヴーズのトリオ・ソナタの演奏がそんな風に生きいきしていたと言いました。そういう具合にお上品な優等生ではない方向って、いいです。音楽って元々そうやって生きているものだし。そしてこのラルペッジャータのクロスオーバーなヘンデル、またそれが生半可なムード音楽になっておらず、ジャズならジャズの観点でも筋が通っています。フュージョンなどと呼ばれる音楽は以前ありました。でもこういう融合って一般的には難しいもので、ともすると妥協の産物となり、安っぽいコマーシャリズムに流されてしまいます。仮にいくら両方のレベルが高かったとしても、評価する者がいなくなってしまい、クラシックの聴衆からは堕落、ジャズ・ファンからは所詮企画もので本格インプロヴィゼーション(即興)じゃないやつらという具合にどっちつかずに思われてしまう危険もあるわけです。しかしこの団体は、どうやらヨーロッパで最近好評なようです。ジャンルを超えた試みはトゥー・チェロズの成功もあるように、トレンドなのかもしれません。

 出だしからジャジーなクラリネットに引きつけられます。それもそのは ず、1944年生まれのイタリアのジャズ・サックス/クラリネット奏者、ジャンルイージ・トロヴェシが吹いています。そこに途中からピアノが絡んで来るのですが、この間合いはもう全くのジャズで、クラシックのピアニストがやってみたというレベルじゃありません。ロマン派的に崩したルバートとは違い、拍の流れを一定にした中で遅らせて刻むリズムの取り方、踊るように自在な小気味良い即興の装飾はジャズをやったことのない人には無理でしょう。弾いているのはフランチェスコ・トゥリッシ。オランダのハーグで学んだイタリア人ピアニストで、ジャズを勉強しているのでジャズ・ピニストと言っていいのでしょうか。2018 年に「ノーザン・マイグレーションズ」というアルバムを出し、アラブ音階にラテン/スパニッシュのテイスト、北欧ジャズのような感覚が混ざった不思議な音楽を聞かせています。クラシックの古楽にも関心があるということで、ECM のエバーハルト・ウェーバーとかエグベルト・ジスモンチみたいな路線でもありますが、この人もピアノ以外にも色々楽器が弾けるようです。「音楽の錬金術師」などとも言われているみたいです。それとベースのボリス・シュミットもジャズ畑の人です。

 アリアの歌の部分を交互に歌っているのはカタルーニャ出身のソプラノ、 ヌリア・リアルと、1986年ルーマニア生まれのカウンター・テナー、ヴェラール・バルナ=サバドゥスの二人です。両名共にグッドルッキングで有名で、二人で出した宗教アリアのデュエット集ではタイム・スリップ・ロマンス映画のポスターのようにジャケットに並んで写っています。ソプラノの方は容姿から期待されるような少女声ではないものの、落ち着いたトーンでしっかりした技巧によって満足させてくれます。カウンター・テナーの方は「オンブラ・マイ・フ」を歌っていますが、十年前のモンテヴェルディのアルバムでヌリア・リアルの相手をしていたのが特別な意味でも人気の高かったフィリップ・ジャルスキーだったため、比較して不満を述べる向きもあるようです。ジャルスキーは確かに上手ですが、どちらがセクシーかは置いておいて、ここでのバルナ=サバドゥスの歌唱も魅力的です。完璧なテク ニックを誇る次のアンドレアス・ショルの「オンブラ・マイ・フ」と比べてみてください。キーが違いますがふわっとした軽さのある歌い方で、中性的で強さと伸びのある声のショルに対してこれはこれで大変いい感じです。最高音での揺れも味のうちと言えるし、好みはあるながらベストとしてもいいぐらいじゃないでしょうか。

 数々繰り出される心地良いアリアのそれぞれについては聞いていただけば納得してもらえることでしょう、アリアでないのは一曲目のシンフォニア、これは前述しましたが、それと中程十曲目のインプロヴィゼーション:カナリオです。ここで はまず各楽器を展開させた後にベース・ソロがあり、それに続いてパーカッションに合わせた早口の擬音フレーズでリズムをとる形になっています。典型的な口真似ビートボックスともヴォカリーズともまた違うようですが、それは見事であり、まるでブルーマンか何かのようです。

 そして冒頭で触れたヘンデル最上のアリア二つ、歌劇「リナルド」から「私を泣かせてください」と「セルセ」からの「オンブラ・マイ・フ」です。実はこれがアルバムの最後にどうだと言わんばかりに続けて置かれているのです。どれも良い曲ばかりでしたが全てはここへ向けてのお膳立てだったようで、この CD 最大の聞きものです。
「私を泣かせてください」の方は本来カストラートが歌うものです。そしてここでは二人とも歌っておらず、インストゥルメンタルになっています。がっかりするかもしれませんが、これはこれで見識なのかもしれません。案外この歌のいいのって探せないんじゃないでしょうか。ビブラートいっぱいにベルカントでオペラっぽく絶唱されてもかなわないし、そうじゃない清楚系のソプラノともなるとクラ シックではなくなり、ポップ系の可愛い歌手たちのための映像ショーのようになりがちです。1994年の映画「カストラート」の中ではソプラノとカウン ター・テナーの声をデジタル合成してました。そうなると、当然ながらソプラニストかカウンター・テナーの良いものを探すことになるわけですが、これがあまり多くないのです。ジャルスキーはすでに歌ってて良いものの、YouTube のクリップであって CD としては出てないようです。結果的にこのアルバムでの器楽が実は最高なのです。ジョゼプ・マリア・マルティ・デュランによる見事なバロック・ギターで静かに始まり、そこにトゥリッシのお洒落なジャズ・ピアノが加わり、歌の主旋律部分ではピアノを絡ませながらのギターが精妙に歌うという構成です。編曲はこの盤全てがプルハーとなっていますが、彼女の手腕なのかどうなのか。
 そしてそこから続けて「オンブラ・マイ・フ」に流れ込むのですが、キーを合わせてまるで一つの曲のイントロから歌部分への展開のようにやっています。これが自然で大変美しいです。オンブラ、も最初はイントロ続きのようにトランペットのインストゥルメンタルで軽く一回流し、そこからカウンター・テナーに渡されます。初めてこの CD を手に入れた頃、晴れた休日の午後でしたがボリュームを上げて部屋の境を開け放ち、バスタブに浸かって窓から夕暮れに向かう空を眺めていたところ、ちょうどこのバロックギターがピアノに引き継がれる箇所に差し掛かったときに、西の空に小さなジェット機が白く尾を引く航跡を残して飛び去る姿が目に入りまし た。そしてオンブラ・マイ・フの静かなトランペットへと進むと、何の関係もないですが明るいヘンデルの叙情にわけもなくぐっと来るものがありました。楽しくて美しい、のんびりした休日にかけたい音楽です。

 2016年新生ワーナー・エラート・レーベルの優秀録音です。

                                                                    arabesquehandelgoeswild.jpg

   ombramaifu.jpg
     G.F. Haendel   Ombra mai fu / Airs
     Andreas Scholl (Ct)   Akademie fur Alte Musik Berlin ♥♥ 


ヘンデル /「オンブラ・マイ・フ」ヘンデル歌曲集
アンドレアス・ショル(カウンター・テナー)/ベルリン古楽アカデミー
♥♥
 ヘンデルはアリア、の第二弾です。美しいヘンデルのアリアの数々、そしてこれは そのベスト歌唱集です。驚異のカウンター・テナー、アンドレアス・ショルが歌うもので、彼の後は女性的な声質のフィリップ・ジャルスキーなどが人気であり、色々上手な人は出て来ているわけですが、今でもやはりこの安定した歌唱は最高ではないかと思います。ヘンデルを一枚にまとめてくれたという構成も良く、タイトル曲の「オンブラ・マイ・フ」(懐かしき木陰よ)をはじめ多くの名旋律が聞けます。残念ながら「私を泣かせてください」だけは入っていないものの、やはりこれでしょう。すでにショルのページで取り上げていたものです。 同じ年、この盤の直後にデッカを買収したユニバーサルが被 る内容で出して来た、ノリントン/エイジ・オブ・エンライトメントがバックを務める CD もあり(最初はデッカ傘下のオワゾリール・レーベル名でした)、同じショルですからそれもいいとは思いますが、そちらはヘンデルが9曲(やはり「私を泣かせてください」は未収録)、残りは別の作曲家のものであり、売れ筋のベスト盤的な作りになっています。一方、ベルリン古楽アカデミーは自発的な演奏で素晴らしい団体だし、「オンブラ・マイ・フ」ではオペラの開始を告げる器楽の序曲(シンフォニア)から続けて入っていて雰囲気があります。全体には楽団の存在を示すようなインストゥルメンタルのパートが充実していて通好みの構成です。

 1998年ハルモニア・ムンディ・フランスの録音です。
 
                                                            arabesquehandelgoeswild.jpg
ハープ協奏曲
 ヘンデルはハープ協奏曲も大変有名で多くの人に愛されています。ヘンデルでなければ書けないような晴々とした親しみやすいメロディです。元々「アレクサ ンダーの饗宴」(オラトリオ、もしくは頌歌 [しょうか:神や偉い人を褒める抒情詩形式の歌もの])の中で演奏されるためのものでしたが、世界初のハープ協奏曲であり、後にオルガン協奏曲にも編曲されました。作品4の第6番 HWV 294 にあたります。

 演奏については、古くはゆったりしたテンポで歌わせ、端正で走ることなくデリケートな陰影のあるハープのリ リー・ラスキーヌ盤(1964パイヤール/パイヤール室内管弦楽団)や、癖が少なくきれいな音色で一音ずつ明晰に弾いて行くのを基本に印象 的な弱音でコントラストが付くニカノール・サバレタ盤(1966 ポール・ケンツ/ケンツ室内管弦楽団/テンポ変動があってより弱く潜る表現が出る1957フリッチャイ/ベルリン放送交響楽団との録音も存在)などが有名でした。この二つは古楽という概念がまだ普及してなかった頃に伝統的なマナーでストレートに演奏されたもので、今聞いても魅力的です。古い割に音も悪くありません(サバレタは新盤)。
 日本ではシャルプラッテン音源の国内盤として出ていることもあってか旧東ドイツのユッタ・ツォフ盤(1973 レーグナー/シュターツカペレ・ドレスデン)に人気があります。繊細で消えるような弱音が聞かれるハープにドレスデン・ルカ教会の残響のあるきれいな音が光ります。これも古楽器ムーブメントとは関係がありません。
 すでにルイ・クープランやダウランドの名曲を集めた CD をご紹介しているアンドルー・ローレンス=キング盤(1990 ハリー・クリストファーズ/シンフォニー・オブ・ハーモニー・アンド・インヴェンション)はリュートが前面に出て活躍し、キングのバロック・ハープは線の 細い繊細な音色に強弱の表情がしっかりと付き、くっきりした拍でじっくり進めて行く意欲的なものであり、シックスティーンによる「アレクサンダーの饗宴」 の中で演奏されています。
 中域の張った明るい音の録音と輪郭のはっきりしたフレージング、明晰でメリハリが効いたハープが活躍するマ リエル・ノールマン盤(1992ジャン・ジャック・カントロフ/オーヴェルニュ管弦楽団)もあり、こちらも定まった人気を獲得しているようです。
 拍に古楽流のタメと崩しが効いていながら繊細さもあるシアトルのマキシネ・エイランダー盤(2008スティーヴン・スタッブズ/シアトル・バロック・オーケストラ)では「私を泣かせてください」のハープ演奏も聞け、そちらはヘンデルのハープ作品を網羅し ています。

 以上主立ったところを一言で触れてしまいました。他にも出ているものの、ハーピストの数によるのかどうか、この曲は有名なわりにはあまり録音が多くはないようです。何の曲と組み合わせるかという点でも扱いやすくないのかもしれません。



   harpconcertos.jpg
      Harp Concertos    Handel / Boieldieu / Dittersdorf
      Marisa Robles (hp)    Iona Brown The Academy of St. Martin in the Fields ♥♥

ハープ協奏曲集
ヘンデル / ハープ協奏曲 op.4-6
ボワエルデュ / ハープ協奏曲ハ長調
ディッタースドルフ / ハープ協奏曲イ長調
マリサ・ロブレス(ハープ) 
アイオナ・ブラウン / アカデミー室内管弦楽団
♥♥
 ここでまず取り上げますのは、クリスマスに因んだ曲を少しご紹介したページ(「クリスマス協奏曲」)ですでに触れていた、マリサ・ロブレスのハープでアカデミー室内管弦楽団の演奏するものです。指揮をしているのは同楽団のコンサート・マスターだったアイオナ・ブラウンです。ブラウンは他にもヘンデルで合奏協奏曲の op.3 と op.6 を出しており、マリナーと同じではないけれどもこの楽団らしく共通したところのある、上質な滑らかさと過度な表現に陥らない洗練を見せており、ちょっと古楽器の室内楽団にも寄った発想のモダン楽器による素晴らしい演奏となっています。同様にこのハープ協奏曲も大変魅力的であり、リリー・ラスキーヌやニカノール・サバレタ盤のような古くからのやり方よりも少し快活なテンポ設定で、かといって古楽らしい角のある拍は聞かれないというものです。ロブレスのハープは溌剌とした表情とやわらかい弱音を駆使するものでテンポ感も良く、録音も残響が美しくてバランスが良いです。

 デッカの1980年録音で、音は上記の通り素晴らしく、ヘンデル以外のハープ協奏曲、ボワエルデュ、ディッタースドルフなどとのカップリングです。



   milothandel.jpg
      Harp Concertos    Handel / Boieldieu / Dittersdorf
      Valerie Milot (hp)   Claire Marchand (fl)   Bernard Labadie   Les Violons Du Roy ♥♥


ハープ協奏曲集
ヘンデル / ハープ協奏曲 op.4-6
ボワエルデュ / ハープ協奏曲ハ長調
モーツァルト / フルートとハープのための協奏曲 K.299
ヴァレリー・ミロ(ハープ)
クレール・マルシャン(フルート)
ベルナール・ラバディ / レ・ヴィオロン・ドゥ・ロワ
♥♥
 より新しい録音で大変魅力的だったものです。指揮者のラバディとレ・ヴィオロン・ドゥ・ロワというカナダの人たちについては同時多発テロ直後の深みのある真摯なレクイエム(「悲劇の直後のレクイエム/モーツァルトのレクイエム」/ 最近再販されました)をすでに取り上げていました。ここでのヘンデルはまたちょっと違った波長を見せてくれますが、弱音が美しく静けさのある可憐なハープ はカナダのハーピスト、ヴァレリー・ミロです。弱める方向によく抑揚が付き、第二楽章などの静かな部分ではテンポも緩めて安らげます。管弦楽もアカデミー 室内管盤のような晴ればれと明るい感じよりもやわらかさが印象的であり、上質な BGM にもなる静謐な音楽となっています。楽団はモダン楽器によるものですが、弓や弾き方には17、18世紀のマナーを取り入れ、ビブラートも控えています。しかし聞いた限りでは全く往時の古楽器ムーヴメントには関係のない頭でっかちにならない表現であり、それでいながら伝統的な行き方とも全く違う、新しいそよ風のような演奏と言えるでしょう。ロブレス盤が爽やかに元気づけてくれるとすると、こちらは知らない間にそっと癒してくれます。

 2013年録音のアナレクタ・レーベルです。耳にやさしい音です。カップリングは上記のロブレス盤と似ていて通しで心地良いメロディーが楽しめるハープ協奏曲集となっていますが、ボワエルデュは同じでもディッタースドルフの代わりにモーツァルトの名曲、フルートとハープのための協奏曲 K.299 が入っていて大変魅力的です。軽くやわらかくて静かなフルートの波長も合っています。カデンツも技巧に走らず美しさを保ち、表情が付いていても作為がなく、ことさら「当時の演奏風」でもありません。フランス文化流と言えないこともないけど独自の方向です。
                                                            arabesquehandelgoeswild.jpg
 
   duosessions.jpg
     'Duo Sessions'  
     Handel - Halvorsen   Passacaglia for Violin & Viola (Arr. for Violin & Cello After G.F. Handel's HWV 432)
     Julia Fischer (vn)   Daniel Müller-Schott (vc) ♥♥

「デュオ・セッションズ」ヘンデル=ハルヴォルセン / ヘンデルの主題によるパッサカリア
ユリア・フィッシャー(ヴァイオリン)/ ダニエル・ミュラー=ショット(チェロ)
♥♥
 今度もまた、ヘンデルの曲としては少々外れたものです。といいますのは、曲はパッサカリアで純粋にヘンデル作のチェンバロ曲なのですが、ここでは他の作曲家が編曲したものを取り上げるからです。
 パッサカリアという曲はスペインの舞踊に起原を持っており、主に短調が多いですが、一つの主題を何度も何度も繰り返して行く形式です。そのせいでちょっとシリアスな、深い情緒をたたえた楽曲に仕上がることが多く、このページでもフランソワ・クープランのものを取り上げ、ルイ・クープラン、ブクステフーデ、バッハの作品につても少しだけ言及しました。時代が下るとブラームスが交響曲の4番で似た形式を取り入れ、ラヴェルがボレロで似た発想のことをしています。そして実はヘンデルのパッサカリアというのもあって、そのメロディーは知ってる人には有名というと変だけれども、音楽界で色々な形で楽しまれているものなのです。元々はハープシコード組曲第7番 HWV 432 の最後の楽章であり、そのままチェンバロの曲として楽しむのもいいですが、通販大手サイトなどで曲名検索すると原曲よりも他の楽器でやっているものが次々ヒットしてくるという状況です。その中でも編曲もので優れているのがハルヴォルセンのものです。曲の紹介ではヘンデル=ハルヴォルセン(Handel - Halvorsen)のパッサカリア、などと書かれています。ハルヴォルセンはグリーグより二十歳ほど若いノルウェーの作曲家で、ヘンデルのモチーフを借りたこの曲は彼の作品の中でも有名なものです。

 そのパッサカリア、正確にはヘンデルの主題によるパッサカリア、曲想は時代が下るだけにロマンティックな部分もあり、技巧的ですが強い情感を感じさせて圧巻です。本来はヴァイオリンとヴィオラのための編曲ですが、ここではヴァイオリンとチェロによって演奏されています。ヴァイオリンはバッハのシャコンヌや協奏曲でも取り上げた才女ユリア・フィッシャー、チェロは長く彼女と組んで来た同じドイツのダニエル・ミュラー=ショットです。YouTube にあるライヴでの演奏の方が気迫はみなぎってる感じですが、こちらは完成度が高いです。見事というほかないでしょう。

 2014年オルフェオ・レーベルで、カップリングはコダーイなど、ちょっと現代に寄ったもの。ラヴェルも入ってますが最も現代曲っぽいヴァイオリンと チェロのためのソナタだったりします。こういう方面が好きであれば良いのですが。
                                                            arabesquehandelgoeswild.jpg
 
   tilneyhandel.jpg
     Handel   Passacaglia   The Harpsichord Suites
     Colin Tilney (hc) ♥♥

ヘンデル / ハープシコード組曲第1巻
(〜「パッサカリア」ハープシコード組曲第1巻 第7番 HWV 432 終曲)
コリン・ティルニー(ハープシコード)
♥♥
 パッサカリアについてはやはり原曲も取り上げるべきでしょうか。チェンバロ、イギリスですからハープシコードですが、の演奏として気に入ったのはコリン・ティルニーのものでした。1933年生まれのイギリス人のハープシコード奏者です。理由はいつも触れてしまうのですが、チェンバロの曲というのは高域が強く出るガシャガシャっとした近接録音のものだと長く聞いていてくたびれます。しかしこの盤は潤いがあって心地良いこと、そして何よりその演奏が比較的ゆったり歌わせていてメロディアスなところがいいのです。パッサカリアは激しい曲ですから急テンポで走って行くようなものもありますが、上記ユリア・フィッシャーのハルヴォルセン版ほどではないにせよ、もう少し旋律線を聞かせてくれた方がいいと思いました。この盤はかなり昔のもので、LP で二枚に分かれて出ていたのを CD 二枚でまとめたものです。しかし音は前述した通り最近のものに比べても大変良いバランスなので古いことを気にする必要がありません。全体を通しで聞いて良いなと思えるアルバムです。ヘンデルのハープシコード組曲には第1巻と第2巻とがありますが、これは第1巻を網羅したものです。したがってありがたいことに、有名な「調子の良い鍛冶屋」(組曲第5番 HWV 430 の終曲「エアと変奏」)も聞けます。その曲自体を聞きたいかどうかは人によると思いますが、ヘンデルの時代から突出して有名であり、名前の由来についてあ れこれ議論もされ、ベートーヴェンも取り上げています。

 録音は1973年でアルヒーフ・レーベルですが、CD として出たのは2008年です。音が良いのは上記の通りです。使用チェンバロは1728年ハンブルク製で、アートと商業の博物館というのでしょうか、ハンブルクの Museum fur Kunst und Gewrbe から借りたもののようです。



   baumonthandel.jpg
     Handel   Sarabande   Harpsichord Suites 1720 & 1733
     Olivier Baumont (hc) ♥♥

ヘンデル / 1720年と1733年のハープシコード組曲
(〜「サラバンド」ハープシコード組曲第2巻 第7番 HWV 432 第4曲)
オリヴィエ・ボーモン(ハープシコード)♥♥

 さて、チェンバロ曲としてもう一つどうしても外せない曲があります。というか、ヘンデルの名旋律として外せないのです。サラバンドです。検索窓で sarabande と打つと handel と出て来たりします。ミュージカルの女王、サラ・ブライトマンがミュージカルのシーンさながらに劇的に歌いあげ、映画、宮崎アニメのナウシカ、ニュース・ ステーションなどのテレビにも多く使われた旋律なので絶対聞いたことがあると思います。しかしながら、元はどんなドラマチックな曲なんだろうと思うと出所は案外地味なというか、あまり有名でもないハープシコード組曲の中の一曲なのです。その組曲の中でも第2巻(第2集 Vol.2)なので上記のティルニーは演奏していません。
 このサラバンドで良かったのはボーモンの演奏でした。魅力的なクープランの CD をすでに取り上げましたが、1960年生まれのフランスのクラヴサン奏者です。崩したり流したりし過ぎずによく歌っています。

 このアルバムも二枚組ですが、網羅的なものではなく、第一巻から1、2、5、7番、第2巻から2、4、5、6番、そして小品がいくつかという構成です。 パッサカリアも入っていて、そちらの演奏はやや前のめりで速い印象です。1995、96年の録音でエラート・レーベルです。チェンバロの音色はサラバンドに関してはティルニーほど丸い感じではないけど落ち着いたものです。楽器は Nicholas Dumont, 1707, / Johannes Couchet, 1652 / Johannes Ruckers, 1612 / Burkat Shudi, 1761、ケネス・ギルバート所蔵作者不詳1677のイタリア製 ”FA” となっており、サラバンドは1707年のニコラ・デュモンです。

 ヘンデルのハープシコード組曲全曲を網羅したい、聞いてみたいという需要がどれくらいなのか分かりませんが、そういう場合はシャンドスから三枚に分かれて1999年から2002年にかけて出されたソフィー・イエーツ(Sophie Yates)というイギリスの女性ハープシコード奏者のものが良かったと思います。ジャケットで映える人なので局所的に熱い人気を誇っているようですが、 アクセントを強くし過ぎないところはボーモンと同様で、ふわっとしたやさしさのある良い演奏だと思います。この人のサラバンドも魅力的です。楽器の音も潤いがあって良いです。
 廉価版ではブリリアント・クラシクスから2008年に出ている四枚組のミカエル・ボルグスターデ(Michael Borgstede)のものがあります。テルアビブ在住の中東問題ジャーナリストでもあるらしいドイツのチェンバロ奏者です。真っ直ぐでやや生真面目なフレージング、太めの低音がよく響き、倍音は丸くはありませんが明晰な録音です。



INDEX