バッハ / イタリア協奏曲 イタリア協奏曲について イタリアン・コンチェルト、イタリア協奏曲はバッハの鍵盤作品の中でも当時から大変人気のあったものです(原題は「イタリア趣味による協奏曲 Concerto nach Italienischem Gusto/Concerto in the Italian Taste」)。これまで多くの演奏者が演奏、録音をしています。人気の理由としては明るく快活で分かりやすい性質を持った両端楽章もだけど、何よりも第二楽章の美しい短調の旋律でしょう。バッハの名旋律として「バッハ・メディテーション」等のアルバムに「G線上のアリア」や「バッハのアリオーソ」などと一緒に入っていそうです。というか、映画で使われたマルチェッロの「ヴェニスの愛」級なのです。「ヴェニスの愛」はバッハ自身が編曲して自らの鍵盤曲にも含めてるものだけど(BWV 974)、BWV 971のこのイタリア協奏曲の緩徐楽章は出だしの雰囲気からしてそっくりで、うっかり取り違えそうです。これだけきれいだと通俗曲と揶揄する人も出て来そうです。イタリア人の演奏家が好んで取り上げる曲でもあります。 作曲時期 瑞々しくロマンティックな第二楽章を持っていながら、作られたのは1734年ということで、バッハは最後の区分であるライプツィヒ時代に入っていました。四十九歳の時です。したがって平均律クラヴィーア曲集の第二巻やゴールドベルク変奏曲よりは前ながら、鍵盤曲としては比較的後の方の作ということになります。翌1735年に楽譜として出版された「クラヴィーア練習曲集第2巻」の前半部分を成しており、後半はこれも有名な「フランス風序曲」BWV 831 です。 曲は一般的な協奏曲の三楽章構成となっており、イタリアン・コンチェルトの名前の由来です。フランス的な組曲とは違い、コレッリやヴィヴァルディなどでお馴染みのイタリア起源の形式であり、通常はオーケストラに対して一つの楽器、あるいは複数の楽器群が対比させられるように演奏されるものだけど、ここでは二段鍵盤のチェンバロ用です。リナルド・アレッサンドリーニなど、編曲してオーケストラで演奏する例もあります。 'The Italian Bach' Andrea Bacchetti ♥♥ 「イタリアン・バッハ」 アンドレア・バッケッティ ♥♥ カプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」BWV 992 イタリア風のアリアと変奏 BWV 989 協奏曲第1番 BWV 972(ヴィヴァルディ/ヴァイオリン協奏曲) 協奏曲第3番 BWV 974(マルチェッロ/オーボエ協奏曲) イタリア協奏曲 BWV 971 コラール「来れ、異邦人の救い主よ」BWV 659 コラール「目覚めよと呼ばわる声あり」BWV 654 この「イタリアン・バッハ」というタイトルの一枚、バッケッティの CD の中でも大変魅力的な一枚です。イタリア人のバッケッティがイタリアに関連のあるものを少し集めたというところでしょうか。ケンプの演奏が味わい深かったので前に触れた(「晩年のケンプ」)カプリッチオ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」に始まり、カンター タ140番の「目覚めよと呼ばわる声あり」のコラールで終わりますが、美しいメロディーの曲が集まっています。イタリアものということで、バッハが編曲したヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲ニ長調 (RV230) である協奏曲第1番 BWV 972 もあるし、中でも協奏曲第3番 BW974は有名なマルチェッロのオーボエ協奏曲(「ヴェニスの愛」)が原曲であり、バロックの名曲集には必ず顔を出すレパートリーということで、第二楽章は大変きれいです。ここでのバッケッティはゴールドベルク変奏曲での彼を彼らしいと思っている人には意外かもしれないけれども、フランス組曲や平均率第1巻の頭の部分での演奏と同様、しっとりと静かに抑えられた美しさに満ちています。こちらの方が本来の彼らしいのでしょうか? 色々な面を持っているように感じられる多才さがきっと彼らしいのでしょう。しっとりと言いましたが、それでいてイタリアらしいというのか、ゆっくりの部分でも過剰な情緒へと流れることなく、ある種ソリッドでくっきりとしています。フランス人であるアレクサンドル・タローの静かに波打つ歌もいいですが、バッケッティを聞いているときはこれこそが相応しいと感じられるから不思議です。 ソニー・イタリア/メイド・イン・ザ EUとなっている2013年録音盤です。ピアノの音が大変魅力的な一枚です。ファツィオリの特徴を捉えているのだろうと思います。消え入る音の美しさを待っているような瞬間に惚れぼれします。日本でだけ出ている高品質盤質の独自プレスはよくよくハイ上がりのバランスになっているので輸入盤を買いました。その国内版は聞いていないので分かりませんが、買ったものは大変素晴らしいバランスでした。CD 音質のサブスクライブで聞いても良好でした。 Bach 'Concertos Italiens' Alexandre Tharaud ♥♥ 「イタリア協奏曲集」 アレクサンドル・タロー(ピアノ)♥♥ シシリエンヌ BWV 596 協奏曲 BWV 975 パストラーレ BWV 590 イタリア協奏曲 BWV 971 協奏曲 BWV 974 / 981 / 973 / 979〜アンダンテ もう一つイタリアン・バッハを。こちらは「コンセルト・イタリアン」と銘打ったバッケッティ盤と同じようなバッハ選集で、1968年生まれのフランス人ピアニスト、アレクサンドル・タローによるものです。やはりメロディアスな曲が集まっており、曲目も同じマルチェッロのオーボエ協奏曲を編曲したもの(BWV974)も入っていて、比較すると面白いのではないでしょうか。イタリアン・コンチェルト BWV 971 のアンダンテも大変美しいです。 タローについてはゴールドベルク変奏曲のページでも触れましたが(「シフという個性」ゴールドベルク変奏曲)、静かな部分でバッケッティが粒立ちの良い音でくっきりと、テンポはゆっくりながら過度の抑揚を抑えた絶妙な味を出しているのに対して、タローはやわらかくしっとりとしており、より静かで波打つような抑揚と伸び縮みを加えて行きます。これ以上ないほどのピアニシモも聞け、はっとします。静けさの感覚が違うのが面白いところで、でもどちらも大変魅力的です。メランコリーの乗るペライアや、フレーズ全体でぐっと抑えるようなピアニシモが聞けるアンデルシェフスキの弱音と比べてみるのもまた面白いでしょう。 ハルモニア・ムンディの2004年で、バッケッティより前の録音ということになります。ゴールドベルクはエラートでしたが、それよりはもう少しくっきりするような気もするものの、やはり過度にきらびやかにはならないピアノで、しっとりとした味わいがあります。この人の調律のあり方なのか録音の好みなのか、いずれにしても良い音です。 INDEX |