マルチェッロ「ヴェニスの愛」
         その他のバロック名曲集
        バロックの名旋律3

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マルチェッロ「ヴェニスの愛」
 前の記事では「アルビノーニのアダージョ」や「パッヘルベルのカノン」を取り上げ、バロックの入門曲的名旋律を見てみようとしました。こういうダブル・コーテー ション付きの有名曲としては、もう一つ「ヴェニスの愛」があります。作曲はマルチェッロ。別名は「マルチェッロのアダージョ」です。それは彼のオーボエ協奏曲ニ短調の第二楽章なのですが、まず「ヴェニスの愛」の話から。


映画について
 曲の愛称にもなっているそのタイトルは、1970年のイタリア映画のものです
(原題は「無名のベネチア人」)。そこで使われたせいで音楽の方も有名になりました。ではその映画はどういう話かというと、一言で表現すれば「ある愛の詩」みたいな、「白血病悲恋物語」。あられもない言いようながら、当時の流行であり、ラフ マニノフの2番の協奏曲のページでお話しした「ラストコンサート」なんかもその後で作られています。ちゃんと筋を書きますと、オーボエ奏者にして指揮者になろうとする男が余命宣告をされ、別居中の妻を呼び出して二人でヴェニスを散策します。その間に出会いと結婚までの過去の回想が美しく挿入され、事情を知って気持ちが戻った妻と愛し合い、その後男はマルチェッロのアダージョを録音するための会場に向かう一方、妻はそのまま街に消えます。こう言っても身も蓋もないですが、そのアダージョ以外でこの映画のテーマ曲となっているステルヴィオ・チプリアーニ作の音楽も、フランシス・レイの「ある愛の詩」のテーマとよく似ており、後者の方がヒットしたのでチプリアーニ側が訴えたものの、結局和解したというおまけまでついています。


マルチェッロについて
 次はマルチェッロのことです。アレッサンドロ・マルチェッロはイタリアのバロック時代の作曲家で、映画の舞台と同じくヴェネチアの、貴族で議員の子という名士です。弟ベネデットも作曲家ですが(時々混同されます)、生まれは1669年といいますから、コレッリやアレッサンドロ・スカルラッティよりは後で、その子ドメニコの方のスカルラッティよりは前の人。フランスのクープランとは一つ違いの下で、ヴィヴァルディより九歳年上、バッハより十六歳年上で、その死より三年先に七十七歳で亡くなっています。ちょうど同じヴェネチアのアルビノーニと同じ世代であり、その一歳半年下と言った方がいいでしょうか。

 そしてこのマルチェッロの一番有名な作品が、やはりその第二楽章が「ヴェニスの愛」と呼ばれることになったオーボエ協奏曲ニ短調です。最近はもっぱら映画によって知られていますが、間違ってヴィヴァルディの作とされたこともあり、バッハはその価値を認めてチェンバロ曲に編曲もしていますから、映画がなくても評価されてはいました(したがって映画の中でその曲を主人公が録音するという設定はあり得たことになります)。

 曲調としては、これもアルビノーニのアダージョと同じで切々と訴える短調の曲です。こうして聞くとバロックの時代からイタリアの泣きの情緒ってこうだったのであり、ジャゾット作だったそのアダージョを今っぽい映画音楽風なんて言ったけど、こちらも負けず劣らずのセンチメンタルな美しさであって、なるほど映画に使うのにぴったりだなと感じます。


バッハの編曲
 因みに出だしの部分はイ短調にすると「ラードードーミーミー・ソファ・ファミファ〜」と行って後半にトリル飾りが入りますが、この真ん中がミー・ソファ と上がって降りる運びは、バッハが若いときにこの曲を鍵盤楽器用に編曲した際にそうなったのであり、それによって一般に定着したものです。本来のマルチェッロのスコアだと 「ラードードーミーミーファー・ファー」なのであり、ピリオド奏法に尖った解釈ではその運びにして、それ以外の箇所で全体に装飾を施す流儀となっています。それは古 楽器オーケストラでよく聞かれるもので、普通のに慣れているとあれっ、と思うかもしれません。


演奏楽器
 通常のオーボエによるもの以外、上記鍵盤楽器編としてチェンバロ、ピアノ、オルガンなどがあり、他にもハープ、マンドリン、リコーダー、チェロなどへの編曲も聞かれます。


その他のバロックの名旋律
 さて、アルビノーニのアダージョ、パッヘルベルのカノン、G線上のアリア、ヴェニスの愛などはバロックの入門曲として真っ先に挙がりますが、それ以外にもポップスで言うバラードみたいに叙情的できれいなメロディーはいっぱいあります。器楽や歌もの、室内楽まで含めたらそれこそ数え上げるのが大変なほどで す。ついでと言ってはなんですが、協奏曲など、オーケストラ絡みのものに限って私見も含めて数え上げてみたいと思います。

 まず「四季」以外のヴィヴァルディでは、リュー ト協奏曲の第二楽章。のんびりした気分になっていいです。それ以前ならコレッリの「クリスマス協奏曲」は 有名ながら、ロマンティックなバラード系チューンとなるとゆっくりな部分でしょうから、3曲目のアダージョか6曲目のパストラーレあたりになるものの、メロディとしてより聞き覚えがあるのは出だしのヴィヴァーチェの方かもしれないので、パスしましょう。クープランは独立したメロディー・メーカーという感じじゃないし、ヘンデルにはいっぱい見事なメロディがあるのですでに触れましたが(「ヘンデル・ ゴーズ・ワイルド」)、ほとんどがオーケストラ関連以外の曲になり、協奏曲ではハープ協奏曲がメロディーとして大変有名ながら、それは第二楽章よりむしろ最初の楽章でしょう。オルガン協奏曲にも「カッコウとナイチンゲール」とかあるけど、それも有名な部分はバラード系じゃないです。

 そうなるとやはりバッハなんですね。大したもので、バッハはやっぱり稀代のメロディー・メーカーです。まずチェンバロ協奏曲第5番の第二楽章(ラルゴ) は大変有名で、「G線」の次ぐらいに来るでしょう。「バッハのアリオーソ」なんて別名もあります。それより有名なのはカンタータ147番「主よ人の望み の喜びよ」ですが、これは管弦楽に編曲したものがあるのでぎりぎり加えてもいいでしょう。同じカンタータでは208番の「狩」の9曲目のアリア、「羊は安らかに草を食み」もオリジナルじゃないけど編曲して演奏されることがあると思います。コーヒー・カンタータも魅力的だけど、ちょっとバラー ドではありませ ん。カンタータの中で、そのままで行けるのは第12番21番の頭のシンフォニア。憂い系のオーボエが歌うオーケストラ曲です。
 それからヴァイオリンとオーボエのための協奏曲の第二楽章(実は全楽章が印象的)。これは名作です。復活祭オラトリオの2曲目のア ダージョもアルビノーニやマルチェッロと同じくオーボエが活躍する短調の名旋律で、それらに混ぜて録音するソロイストもいます。歌の入らない管弦楽の部分なのでこれも加えていいでしょう。


「ヴェニスの愛」の CD

   holligerbaroquedresden
     Marcello   Oboe Concerto in D minor (2nd mov. from “Anonimo Veneziano”)
     Famous Oboe Concertos
     Heinz Holliger (ob)
♥♥
     Vittorio Negri   Member of the Dresden State Orchestra

マルチェッロ / オーボエ協奏曲ニ短調(〜「ヴェニスの愛」)
べニスの愛〜ホリガー、オーボエのたのしみ
ハインツ・ホリガー(オーボエ)
♥♥
ヴィットリオ・ネグリ / ドレスデン国立管弦楽団員



   holligerbaroqueimusici
     Marcello   Oboe Concerto in D minor (2nd mov. from “Anonimo Veneziano”)
     Concertos for Oboe(Concerti per Oboe)
     Heinz Holliger (ob)
♥♥
     I Musici


マルチェッロ / オーボエ協奏曲ニ短調(〜「ヴェニスの愛」)
べニスの愛〜イタリア・バロック・オーボエ協奏曲集
ハインツ・ホリガー(オーボエ)
♥♥
イ・ムジチ合奏団



   holligerbach
     Marcello   Oboe Concerto in D minor (2nd mov. from “Anonimo Veneziano”)
     Bach   Concertos and Sinfonias for Oboe(Konzerte und Sinfonien)
     Heinz Holliger (ob)
♥♥
     Erich Hobart   Camerata Bern

マルチェッロ / オーボエ協奏曲ニ短調(〜「ヴェニスの愛」)
バッハ オーボエのための協奏曲とシンフォニア
ハインツ・ホリガー(オーボエ)
♥♥
エーリッヒ・ヘーバルト / カメラータ・ベルン

 マルチェッロの「ヴェニスの愛」はオーボエ協奏曲ですから、オーボエ奏者から選ぶというのは普通の考えでしょう。古くからの名人はホリガーです。1939年生まれのスイスのオーボエ奏者で、このページでも何度も取り上げました。卓越した呼吸で多くのオーボエ作品に光を当てて来ました。マルチェッロのこの協奏曲については三枚ほど録音が出ています。

 1972年録音のフィリップス盤(写真上)はヴィットリオ・ネグリ/ドレスデン国立管弦楽団員とのもので、’Famous Oboe Concertos’ のタイトルでルクレール(ハ長調 op.7-3)、ヴィヴァルディ(ニ短調 op.8-9)、テレマン(ト長調)と組になっており、マルチェッロは第二楽章のみではなく、全曲入っています。この組み合わせがいいですね。きれいなアダージョが揃っています。昔から愛聴して来た盤ですが、今も色褪せません。三つの録音のうち最初のものであり、5分近くという、テンポが最もゆったりした演奏です。やわらかい管弦楽のリズムに乗った息をつなげてのレガートが美しく、ロングトーンの途中からのクレッシェンドで変化をつけたりの彼らしいところも聞けます。いかにも映画音楽にふさわしい曲という印象も裏切らないもので、穏やかな中で展開される歌が見事です。

 二番目はデジタルになった1989年録音(写真中)の、同じくフィリップスからで、バロックの名曲集という点でも同じですが、曲目は前とは変えて来ています。マルチェッロの協奏曲(全曲)以外はサンマルティーニ(ニ長調)、アルビノーニ(ト長調op.9-8)、ロッティ(イ長調)、チマローザ(ハ長調)の オーボエ協奏曲となっています。テンポは前より少し速くなり、「ヴェニスの愛」の第二楽章は4分20秒台前半。弱音を思い切っているところが目立ち、そこと浮き上がるところとの対比があって鮮度の高い演奏です。以前よりリズム、エネルギーの両面で多少前へ出るオンな感じですが、バックがイ・ムジチですし、 ピリオド楽器の楽団の演奏マナーを考えればそれでもゆったりな方であり、滑らかに歌っています。録音の加減か、旧盤より少しオーボエの音色が細くて硬質な艶が感じられます。

 最新盤は ECM からで、2010年、七十歳のときの録音です(写真下)。オーボエは禿げる、などと俗に言われるほどきつい楽器のようですが、がんばっています。タイムは4分切れて3分台。だんだん今日的になって、三つの中では最もスピーディであり、すっきりとした演奏です。息の長い、変化に富んだホリガーらしい歌という点では後退しているかもしれないけど、それが悪いとも言えません。オーケストラは1963年設立のカメラータ・ベルン。バロックから現代ものまでこなす楽団で、ここでの弦の抑揚は少しピリオド奏法的です。それに合わせてオーボエも間を空けつつ、短く展開する抑揚でフレーズごとに区切るように歌います。語尾であまり延ばさずに次へつなげるところもちらほら聞かれます。全体に力が抜けていてさらっとしているのです。

 そして、何を隠そう、この盤の大変魅力的なところはカップリング曲です。実は色々な作曲家のバロック名曲集ではなく、バッハの作品を集めたものなのです。そこになぜマルチェッロが入っているかといえば、バッハ自身が二十代の頃にこの曲を独奏鍵盤楽器のために編曲しているからです。協奏曲一曲を丸ごとやっており、ほら、あのバッハが取り上げるぐらいだから名曲だよ、などという意見もありますが、それはどうでしょう。以下に少し書き出します。マルチェッロは飾り音符の扱いなどはバッハかもしれないけど、管弦楽で行われているのでバッハ編とは言えません。それ以外はすべてセバスチャン・バッハの曲です。

 カンタータ第21番〜シンフォニア
 ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲 BWV 1060
 復活祭オラトリオ〜2曲目のアダージョ
 チェンバロ協奏曲第4番 BWV 1055
 マルチェッロの協奏曲
 カンタータ第12番〜シンフォニア
 チェンバロ協奏曲第8番 BWV 1059
 
 なんと、上で「その他のバロックの名旋律」として取り上げたものが5曲も入っているのです。一般にはそういう扱いではなくても、常々第二楽章がきれいなメロディーであり、独立して人気が出てもおかしくないと思って来た曲たちなので、ホリガー自身の選曲かどうかは分からないけれども驚いてしまいました。考えてみればどれもオー ボエが活躍する、あるいはできる曲だったわけです。

 この中でヴァイオリンとオーボエのための協奏曲に関しては、ホリガーはマルチェッロをやるのと同じようなタイミングで過去にも録音して来ました。フィ リップスにアナログ時代、デジタル時代と入れていたわけで、それらの演奏についてはすでにその曲のページ(「バッハの名旋律/ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲」)で触れていましたが、時とともに変化して行く演奏の波長もちょうどマルチェッロとパラレルという感じです。

 そして、聞きなれない名前のチェンバロ協奏曲第8番ですが、これはバッハの楽譜としては最初の部分の断片のみが残されていて、協奏曲が存在したことが分かっているというだけの幻の楽曲の再現です。でもその部分がカンタータの35番の出だしと同じであったため、楽章全体が知れるわけであり、第三楽章についてもそのカンタータの中から5曲目のシンフォニアを抜き出して充てれば完成してしまいます。問題は第二楽章で、やり方としては同カンタータの第2曲のアリ アをいじって復元するのが一つの案としてよく行われています。そして他にも方法はあるのだけれど、ここではチェンバロ協奏曲の第5番の第二楽章がカンター タの156番のシンフォニアと一緒であるということを足掛かりにして、同じカンタータならよかろうということでそのまま移行して使ってしまっているのです。つまりその曲、上で触れた美しいメロディーの一つであり、「バッハのアリオーソ」としても独立して有名なあのラルゴなのです。バッハの名旋律が出揃いました。

 ECM の2010年の録音、自然なバランスで文句がありません。



   ilgardellinomarcello
     Marcello   Oboe Concerto in D minor (2nd mov. from “Anonimo Veneziano”)
     Baroque Oboe Concertos
     Marcel Ponseele  (ob/Cond)
♥♥
     Il Gardelino


マルチェッロ / オーボエ協奏曲ニ短調(〜「ヴェニスの愛」)
バロック・オーボエ曲集
マルセル・ポンセール(オーボエ/指揮)
♥♥
イル・ガルデリーノ

 古楽器アンサンブルのもので演奏、選曲ともに良かったものを挙げます。1957年生まれのベルギーのオーボエ奏者にして88年に古楽のバンド、イル・ガルデリーノ(ゴシキヒワの意)を設立した一人であり、その指揮に当たっているマルセル・ポンセールです。オーボエの吹き方もバックも素直な運びですから、 こういう個性と言うのは難しい気もしますが、当該の「ヴェニスの愛」の部分など、よく聞くとデリケートな息遣いが絶妙です。音の途中からすっと強くする呼吸、 弱める配慮があります。テンポも古楽器の人たちながら走ることなく、モダンと変わらないゆったりした速度であり、伸びのび朗々として歌があります。もちろ んピリオド奏法の弦特有の、中程で弧を描いて強めるボウイングも聞けます。

 選曲がまた上のホリガー新盤と同じで、バッハのカンタータの名旋律が三つ聞けるのがいいです。短調12番と21番のシンフォニア、そしてチェンバロ協奏 曲第5番のラルゴでもある156番のシンフォニア、「バッハのアリオーソ」です。以下に書き出します。

 マルチェッロの協奏曲
 バッハ カンタータ第156番〜シンフォニア(バッハのアリオーソ)
 テレマン オーボエ協奏曲ヘ短調
 バッハ カンタータ第21番〜シンフォニア
 ヘンデル オーボエ協奏曲第3番ト短調 HWV 287
 バッハ カンタータ第12番〜シンフォニア
 テレマン オーボエ協奏曲ホ短調
 アストル・ピアソラ/オブリビオン(忘却)

 バッハ以外はテレマンとヘンデルですが、最後にピアソラを入れて来るあたり、このオーボエはこういう情感を大切にする人なのでしょう。レーベルはアクセントで録音は2002年。音は大変良いです。この人たちにはバッハのオーボエを中心とした協奏曲のアルバムもあり、このページでは触れませんでしたが名曲ヴァイオリンとオーボエのための協奏曲も聞けます(ホリガーはそれも名曲集の方に加えてました)。そちらも心地良いのでお奨めです。



   glaetznermarcello
     Marcello   Oboe Concerto in D minor (2nd mov. from “Anonimo Veneziano”)
     Famous Oboe Concertos(Berühmte Oboekonzerte)
     Burkhard Glaetzner(ob/cond)
♥♥
     New Bach Collegium Musicum Leipzig (Neues Bachisches Collegium Musicum)


マルチェッロ / オーボエ協奏曲ニ短調(〜「ヴェニスの愛」)
オーボエ名協奏曲集
ブルクハルト・グレッツナー(オーボエ/指揮)
♥♥
新バッハ・コレギウム・ムジクム・ライプツィヒ

 これも見事なオーボエです。ブルクハルト・グレッツナーというオーボエ奏者で、1943年ポーランド生まれの人です。ライプツィヒ放送交響楽団の主席だったそうで、新バッハ・コレギウム・ムジクムの音楽監督を88年から務めています。そこは79年にライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のメンバーによって結成された古楽の楽団であり、コレギウム・ムジクムというのは同地でテレマンが作り、バッハも指揮を執ってカフェ・ツィマーマンで演奏していたグループの名前です(それについてはコーヒー・カンタータのところで触れました)。

 オーボエは出だしの装飾がバッハが鍵盤編曲にしたマナーには従っていないので、ちょっと違って聞こえるかもしれませんが、マルチェッロの楽曲を古楽として正面から扱えばそういう形になるのは自然なことなので、他の演奏でも多く聞かれるものです。そして他の部分の装飾に関しても、この演奏は当時の慣例に 従ってよく入れている方です。デリケートで透明な音がまず素晴らしく、音の途中で強める細かな表情があってよく歌い、同時にモダンの流儀のベタッと撫でつけるようなレガートではないので軽さも感じさせます。言葉にするとこんな感じで同じようにしか表現できず、名人芸も数行で終わってしまうのでなんだかですが、是非味わっていただきたいと思います。カップリングは以下の通りです。

 ヴィヴァルディ オーボエ協奏曲ニ短調 RV 454
 マルチェッロ オーボエ協奏曲ニ短調
 テレマン オーボエ協奏曲ト長調
 ファッシュ オーボエ協奏曲ニ短調
 ヘンデル オーボエ協奏曲ト短調 HWV 287

 ただしこの CD、またしてもちょっと入手が困難かもしれません。レーベルはベルリン・クラシックス(これはリファレンス・シリーズ)で1991年の録音なのですが、その後これとは別のジャケット意匠でも出たものの、どちらも現行ではないようです。今のところ探せばまだ何かしら見つかるような状況ではありますが、簡単なのはまたしてもストリーミングかもしれません。CD が手に入り難い一方で廃盤になったものも聞けたりする、両面ある時代になったようです。せめて安いサブスクライブがすべて CD クオリティになるといいのですが。


「ヴェニスの愛」その他の演奏
 名曲だけに他にも多くの演奏があります。どんな盤が出てるのかの目安というほどでもないですが、今回聞いてみたものを簡単なメモを付して録音年代順に挙 げてみます。同じ奏者の場合は例外として新盤を続けて書きます。オーボエ奏者/指揮者(置かない場合は省略)/演奏団体/録音年とレーベル、という順です。

ピエール・ピエルロ/クラウディオ・シモーネ/イ・ソリスティ・ヴェネティ/60 年代(記述なし)エラート
 ホリガーの先生、ピエルロですが、このシモーネ盤と下記のパイヤール盤(二種)があります。この時代ということもあり、ゆったりした入りでそのままテン ポは遅めです。この人らしく細く艶のある音色で、ビブラートをしっかりかけて歌います。しかし逆に細かな装飾は施しません。濃厚ではないけれどもたっぷりとした歌い方で、静けさと落ち着きがあります。タイムは4分半少々です。

ピエール・ピエルロ/ジャン=フランソワ・パイヤール/パイヤール室内管弦楽団/62 エラート
 パイヤールとの演奏で、ゆったりな運びはシモーネ盤と同じですが、録音の加減かオーボエの艶は少し少なめに感じます。一つひとつのフレーズを しっかりと進める感覚がより明確であり、ビブラートも相変わらずかかっていますが、あまりそこに耳が行きませんでした。力が抜けている一方で真面目な運びが前面に出ている気がします。タイムはシモーネ盤より10秒ほど短く、4分20秒ちょっとです。国内盤のエラート・ベスト100(有名曲のコンピレーション)に入っているのもこちらです。

ピエール・ピエルロ/ジャン=フランソワ・パイヤール/パイヤール室内管弦楽団/1989 RCA

 さらに数秒短くなり、4分17秒前後です。アルビノーニのアダージョ、パッヘルベルのカノン、「人の望みの喜びよ」、G線上のアリアなどが入っている盤で、パイヤールは時代とともに少し速くなっていた傾向があるようです。べったりとした生真面目な感じはせず、ピエルロの演奏としてはビブラートも嫌みがな く、歌に張りがあります。録音も最も新しくてこれがベストな気がします。

イヴリン・ロズウェル/ジョン・バルビローリ/プロ・アルテ管弦楽団/1965 ヴァンガード

 1911年生まれという英国の女性オーボエ奏者、イヴリン・ロズウェルは別名イヴリン・レイディ・バルビローリ。指揮者のバルビローリの奥さんだった人で、仲良く写っている写真もあったりしますが未亡人となり、2008年には亡くなっています。線の細い繊細な音色と同時に張りも感じさせ、弱音に入り込むやさしい表現に特徴があります。それを女性的と評するのは先入観でしょうか。速い楽章ではタンギングでパッパッと切る一方、この楽章はリリカルによく歌い、個性が感じられます。オーケストラの伴奏もバルビローリらしくよく歌い、この時代だからということもあるのか、靄のようにやわらかな弦が映画音楽みたいにスムーズかつリリカルです。

クレア・シャンクス/クリストファー・ホグウッド/エンシェント室内管弦楽団/1980 オワゾリール
 古楽のホグウッド盤ですが、クレア・シャンクスというオーボエはエンシェント室内管の人でしょうか、情報は少ないようです。当時の楽器を使っているようで、澄んだきれいな音です。出だしはバッハ編の節回しではありません。特に抑揚が強いわけではなく、この様式の演奏法では標準となるような、装飾音で音を回すところがあります。古楽ということで、やはりテンポは軽快で、3分切れます。

ニール・ブラック/レイモンド・レッパード/イギリス室内管弦楽団/1981CBS
 1932年生まれで2019年に亡くなったイギリスのオーボエ奏者です。モダンの演奏としては速めのテンポで、歌い方もさらっとストレートながら抑揚が 十分ついています。タイムは3分半ちょっとです。

ヤン・アダムス/ヨゼフ・ヴラフ/スーク室内管弦楽団/1985スプラフォン
 チェコのオーボエ奏者で現在は指揮もするというヤン・アダムスの演奏です。同じくチェコのガブリエラ・クルコヴァと同様、素直で真っ直ぐなオーボエがきれいです。

ハンスイェルク・シュレンベルガー/イタリア合奏団/1987デンオン
 日本のデンオンから名曲をたくさん出してくれているイタリア合奏団ですが、オーボエの節回しはバッハ編の一般的なものではなく、古楽の標準で自ら装飾を 施すマナーです。ハンスイェルク・シュレンベルガーは1948年ミュンヘン生まれのオーボエ奏者で、アルブレヒト・マイヤー同様、ベルリン・フィルの主席 だったことのある人です。吹き方はやはり真っ直ぐで素直なところのあるものに感じました。語尾をビブラートで長く延ばす叙情的な運びが美しいです。モダン の演奏らしいゆったりしたテンポで、4分20秒ちょっと。装飾はフレーズ後半に節を回すものです。

エマニュエル・アビュール/ハワード・グリフィス/ストリングス・オブ・チューリッヒ/1989 アウロフォン
 ホリガーに習い、ブールグとは同じマスターコースを受けたスイスのオーボエ奏者、エマニュエル・アビュールはロッテルダム・フィルやロンドン・シンフォ ニーで吹いて来た人です。癖のない真っ直ぐな演奏に好感が持てます。

ジョン・アンダーソン/サイモン・ライト/フィルハーモニア管弦楽団/1989 ニンバス・レコーズ
 イギリスのオーボエ、ジョン・アンダーソンはフィルハーモニア管、イギリス室内管の主席だった人です。モダン楽器演奏ですが、装飾はバッハ編の譜面には従っていません。モダン・オーケストラらしい素直で比較的ゆったりな運びです。

ガブリエラ・クルコヴァ/ヤロスラフ・クルチェク/ムジカ・ボヘミカ/1991 スプラフォン
 1954年生まれのチェコの女性オーボエ奏者、ガブリエラ・クルコヴァがそのご主人のヤロスラフ・クルチェクの演奏をバックに吹きます。素直な飾りを加 えておっとりとした、やさしさのある演奏です。

ヨーゼフ・キシュ/フェレンツ・エルケル室内管弦楽団/1991ナクソス

 ヨーゼフ・キシュは1961年ハンガリー生まれで、ブダペスト交響楽団にいました。フェレンツ・エルケル室内管弦楽団はブダペストのベラ・バルトーク音 楽院の新入生たちによって1985年に組織された楽団です。バッハ編の通常の節回しで、ゆったりしていて繊細な音のオーボエが魅力的です。変わったことは していませんが、抑揚は穏やかについていて、落ち着いていて弱音もきれいです。テンポはやや遅めでおっとりしています。カール・フィリップ・エマニュエ ル・バッハの曲との組み合わせです。

ジャン=ポール・ゴイ/アルミン・ジョルダン/ローザンヌ室内管弦楽団/1995 ガロ
 南アレーベルながらスイスの演奏者によるものです。モダンで4分台後半、ゆったりと素直に、朗々とオンに吹きます。

パオロ・グラッツィ/アンドレア・マルコン/ヴェニス・バロック・オーケストラ/1997 アーツ・ミュージック
 イタリアのオーボエ奏者パオロ・グラッツィがマルコンの楽団で吹いています。軽めでやや掠れたようなひなびた音色の古楽器です。古楽のバンドなのでため を作って拍を遅らせたりするアクセントがあり、抑揚はよくついています。

オマール・ゾボリ/ディエゴ・ファソリス/2000クラーヴェス

 オルガンとのデュオという珍しい企画です。スイスのオルガン奏者、ディエゴ・ファソリスの軽く漂うようなリズムの上で1953年生まれのイタリアのオー ボイスト、オマール・ゾボリが吹きます。ホリガーにも習った人です。タイムは3分40秒代と遅くはないですが、吹き方は古楽のアクセントではなく、コンヴェンショナルなモダン流儀というのか、素直に滑らかにつなげて行くものです。レガートでありながら反応の良い動きが強弱に現れている美しい表情のもので、変わった企画ではありますが表現は気に入りました。オルガンというのも朝霧の中にたなびくような独特の静けさを表すことができていいです。オーボエの音も艶があって大変きれいです。

オマール・ゾボリ/アンサンブル・イル・ファ ルコーネ/2014ガロ
 上記のゾボリが普通に古楽オーケストラをバックに吹いています。その楽団であるアンサンブル・イル・ファルコーネは、「古楽器を使うのは文献学的ではなく、美的な観点からだ」と言っているようですが、ジェノヴァで2000年に結成されたグループです。演奏はしっかりした古楽のマナーを踏襲しており、オーボエの入りも装飾部分からですし、弦の運弓法とアクセントもはっきりそれと分かるものです。ただ、テンポはゆったりと歌うもので、時間は4分20秒ほどかけていてモダンの楽団と変わりません。また、これもオーボエはややソプラノ・サックスのような音色に収録されており、途中でも飾りの音符が自在です。そしてこの吹き方自体は、前回の録音のモダンな行き方とは大変異なっているのです。シチュエーションに上手に合わせられる才能のようです。


アンドレア・ミオン/リナルド・アレッサンドリーニ/コンチェルト・イタリアーノ/2000 オーパス111(ナイーヴ)
 1965年ヴェニス生まれでマルチェッロ音楽院で学んだオーボエ奏者、アンドレア・ミオンは数々の古楽の有名楽団と仕事をして来ているようです。古楽らしく自在な飾りをあしらっていますが、一音の周りに
細かくトリルのようには付けず、即興でやるもっと大きな節回しのように彩ります。独特のソプラノ・サックス寄りの艶の控えめな音で、やはりレガートで埋めない間のあるリズムが聞かれます。

アンドレア・ミオン/ジョルジョ・サッソ/インシエメ・ストルメンターレ・ディ・ローマ/2013 ブリリアント
 上と同じくアンドレア・ミオンの演奏で、ブリリアントから出ているものです。節回しのリックが少し異なりますが、やや軽快な運びで、スムーズなつなぎと いうよりも、よく区切られたアクセントという基本のマナーは変わりません。装飾の方に耳が行きがちながら、素直だけど微かな抑揚があって決して平坦ではあり ません。同じ作曲家でよく取り上げられている協奏曲、「ラ・チェトラ」と組になっています。やや中央寄りの定位です。

アルブレヒト・マイヤー/ニュー・シーズンズ・アンサンブル/2008デッカ
 アルブレヒト・マイヤーはベルリン・フィルの主席です。ここでは「ヴェニスにて」というタイトルでイタリア・バロックのオーボエ協奏曲を集めています。 指揮もマイヤーです。この楽器を実際に演奏しているような方はきっと具体的なテクニックについてもっと適切に表現するのだろうと思うのですが、ベルリン・フィルということでやっぱり大変上手に聞こえます。ウルトラ・スムーズな音色と息遣いは完璧にコントロールされているなという感じです。古楽の演奏ではな いので、フレーズは切らずにレガートでつなげて行きます。フレーズの後半に上手な飾りが入ります。どこにも隙がなく、平滑で真っ直ぐなところがある反面、ぐっと強めたりの表情も確信的で見事です。オーケストラと合わせた全体の運びでは多少ムード・ミュージックのようでもあり、聞きやすいのも良いところだと思います。それと、ブロックごとにメリハリをつけて工夫が凝らされた抑揚の選び方が、全く関係ないのですが、アメリカのオルフェウス室内管弦楽団の巧者なところとどことなく似た波長であるようにも感じました。

グザヴィエ・ドゥ・メストレ/ヴェルナー・エールハルト/ラルテ・デル・モンド/2011 ソニー・クラシカル
 アルビノーニのアダージョのページで触れた盤です。ハープでやっているのでオリジナルのオーボエ協奏曲ではなくてハープ協奏曲です。バックはピリオド楽器の楽団です。さらっとしたテンポと表現が心地良く、タイムは2分54秒ほどと短いものです。最も軽快な方の「ヴェニスの愛」でしょう。この速さに関しては、手で弾くハープと吹くオーボエの違いが出ているのだ、とは言い切れないかもしれません。こういうテンポも悪くありません。

アルフレッド・ベルナルディーニ/アンサンブル・ゼフィロ/2014アルカナ
 アルフレッド・ベルナルディーニは1961年ローマ生まれのオーボエ奏者で、89年にゼフィロを設立しています。さらっと少し速めのテンポで、飾りがあります。使っている楽器は独特の音で、1730年のミラノのジョヴァンニ・マリア・アンチウティとのことです。

カレフ・クリユス(オーボエと指揮)/リトアニア室内管弦楽団/2015アルバ(フィンランド) 
 古楽専門の楽団ではないようですが、線の細い弦の音色に収録されています。オーボエは1975年エストニア生まれのカレフ・クリユス。艶の控えめな、一歩ずつ進んで行く運びであり、フレーズの後半で巧みに装飾を施します。少しクラリネット寄りのやわらかい音に聞こえ、音場はややオフです。SACD です。


その他のバロック名曲集

   vriesbaroque
     Hoboconcerten (Baroque Oboe Concertos)
     Vivaldi, J.S. Bach, Albinoni, Fasch, Dornel J.Chr. Bach
     Han De Vries (ob)
♥♥ 
     Jaap van Zeeden   Combattimento Consort Amsterdam


バロック・オーボエ名曲集(バッハ、アルビノーニ、ファッシュ、ドーネル、クリスチャン・バッ ハ)
ハン・デ・フリース(オーボエ)
♥♥
ヤープ・ファン・ズヴェーデン / コンバッティメント・コンソート・アムステルダム

 こちらは「ヴェニスの愛」ではありません。そのマルチェッロも、「アルビノーニのアダージョ」も「パッヘルベルのカノン」も「G 線上のアリア」も入っていないので、それらはもう持ってるという方向きの素晴らしいオーボエのアルバムという位置づけです。上で述べたバロックの有名なメロディーであるバッハの3曲が聞け、アルビノーニは例のジャゾットのアダージョじゃないけど、本物の中でも最も有名なアダージョがある二つの協奏曲 (op.9-2 はジャゾットに劣りません)です。加えてファッシュの大変美しいオーボエ協奏曲、ヴィヴァルディの協奏曲などが詰まっています。バロック名旋律 Vol.2という感じです。

 ここでホリガーに勝るとも劣らない見事なオーボエを吹いているのは1941年生まれのオランダのオーボエ奏者、ハン・デ・フリースです。ホリガーより三つ下でほぼ同世代、コンセルトヘボウで吹いてた人で、オランダ流儀と言えるでしょう。ブリュッヘンに勧められてバロック・オーボエも吹くようになりました。
 多少細く軽めな音色で幾分控えめなところもある大変洗練された抑揚ながら、やわらかな息遣いが見事で、絶妙な間合いとデリケートに動く自在な強弱が聞か れます。装飾の付け方もセンスがあります。ホリガーと比べるとより力の抜けた優雅さがあるようにも感じるものの、上手く表現するのは難しいので聞いていただきたいし、吹き方におけるオランダ流儀がどういうものかなど、細かなことは実際に楽器を扱われる方にお任せです。ともかく日本ではあまり取り上げられていないこの人、個人的にはホリガーやブールグと並んでいいなあ、と思えたトップ・スリーです。特にイースター・オラトリオの吹き方なんか、見事と言うほかないです。
 収録曲は以下の通りです:

 ファッシュ/オーボエ協奏曲ト短調
 バッハ/カンタータ第12番〜シンフォニア
 アルビノーニ/オーボエ協奏曲変ロ短調 op.8 第3番
 バッハ/カンタータ第21番〜シンフォニア
 バッハ/復活祭オラトリオ BWV 249 〜シンフォニア
 ルイ=アントワーヌ・ドーネル/四重奏のためのソナタ
 ヴィヴァルディ/オーボエ協奏曲ト短調 RV 460
 アルビノーニ/オーボエ協奏曲ニ短調 op.9 第2番
 ヴィヴァルディ/オーボエ協奏曲イ短調 RV 522
 ヨハン・クリスチャン・バッハ/オーボエ協奏曲へ長調

 これも CD としては現行品ではなさそうで、本国オランダのサイトやアメリカで出物を見かけるものの、国内市場は全滅なのが残念です。例によって月額の配信やダウン ロードなら簡単に聞けますので、加入している方は探してみてほしいと思います。2013年蘭インポグラムの二枚組で、録音は繊細さと艶の感じられる大変良いバランスのものです。


バッハ編曲のピアノ版

   italianbachbacchetti  
     Marcello   Oboe Concerto in D minor (2nd mov. from “Anonimo Veneziano”)
     'The Italian Bach'  Andrea Bacchetti (pf)
♥♥

マルチェッロ / バッハ編 BWV 974-2 オーボエ協奏曲ニ短調(〜「ヴェニスの愛」)
「イタリアン・ バッハ」 アンドレア・バッケッ ティ(ピアノ)
♥♥
カプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」BWV 992
イタリア風のアリアと変奏 BWV 989
協奏曲第1番 BWV 972(ヴィヴァルディ/ヴァイオリン協奏曲)
協奏曲第3番 BWV 974(マルチェッロ/オーボエ協奏曲)
イタリア協奏曲 BWV971
コラール「来れ、異邦人の救い主よ」BWV 659
コラール「目覚めよと呼ばわる声あり」BWV 654

 バッハ編の楽譜を使った鍵盤によるものはどうでしょうか。二十八、九歳の1713〜14年頃に取り組んだ、BWV 974-2 です。演奏は色々あるけれど、ピアニストは結構よくやるようです。その中でも感心したのは、すでに別のページで取り上げていますが(「アンデルシェフスキ とバッケッティ」)、イタリアの奇才にして若手の(1977年〜)、アンドレア・バッケッティによるものです。

「グールドの再来」という言葉はいろんなピアニストに賛辞として使われています。必ずしもグールドの熱いファンというわけではない自分が言うのでは説得力がありませんが、でもそんな中で最もそう形容するのにふさわしい人となると、私見ではこのバッケッティだと思うのです。それはグールドのあり方を「少し楽 譜から離れてユニークなことをする」という意味に解釈すれば、なのですが、かといってこのバッケッティ、恣意的という言葉は決して当たらない、理念から押すのではない、いわばスポンテニアス(感覚即応的/即興的)な、内側から湧くような独特のリズム感を伴った演奏をします。このアルバムでは22曲目がマルチェッロの「ヴェニスの愛」の部分になりますが、抑えたやらかい音から微妙な変化をつけ、遅めのテンポ(タイムは5’06”)でくっきりと間をとりながら 静かに進めます。速度からすると思い入れたっぷりの進行のようなのに、決してべたっとしません。軽い動きがあり、静謐という面白い音です。拍の揺れも少し ジャジーに、真似のできない独特の味わいがあります。



   olafssonbach
     Marcello   Oboe Concerto in D minor (2nd mov. from “Anonimo Veneziano”)
     “Johann Sebastian Bach”
     Víkingur Ólafsson(pf)


マルチェッロ / バッハ編 BWV 974-2 オーボエ協奏曲ニ短調(〜「ヴェニスの愛」)
「ヨハン・セバスチャン・バッハ」
ヴィキングル・オラフソン(ピアノ)

 バッケッティが少し個性的過ぎるという方には、こちらはどうでしょうか。ヴィキングル・オラフソンという、さらに若い世代(1984年生まれ)のアイスランドのピアニストで、最近になってドイツ・グラモフォンが出して来てる人です。この人こそ「21世紀のグールド」とアメリカの新聞で書かれたことがある ようですが、もう少し普通というのか、さらっと真っ直ぐに進行します。アルバムは「ヨハン・セバスチャン・バッハ」という堂々のタイトルを名乗っており、 その31曲目にあたります。

 どの辺がグールド的なポイントでしょうか。恐らく速い部分での乱れのない超速ぶりと、そこと対照的な遅いパートの存在なのだと思います。特に速弾きの部分は腕の見せどころのようであり、二曲目はケンプ編のコラール前奏曲 BWV 734 ながら、一気呵成です。それと、平均律の1巻から何曲か集めているのですが、最初に持って来ているのが第10番(三曲目)というのも、聞いた瞬間に後半の 速くなる部分で思い切った切り返しを見せたいのだろうと予測すると、その通りの俊速でした。そういう大きな枠での変化に対して、しかし個々の表現は素直なところがあり、拍の揺らしなどは少なくて端正です。技術に余裕があるのでしょう、適度に力が抜けているのが良いところだと思います。そしてこのマル チェッロは何気なく流す中に軽くアクセントを乗せていて、上品でナチュラル。癖はないけど敏感さは感じられる理想的な運びです。テンポも過不足のない 4’10”で、グールドのような自我の押しは感じない、透明感のある心地良さです。