メンデルスゾーンの ヴァイオリン協奏曲

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「メンチャイとかね」って、ちょっとだけ軽く見るような感じでおっしゃるんです。昔の話ですが、音盤に熱い方のお宅に鑑賞会で呼ばれ、壁一面にそびえるレコード棚を前にして聞いた言葉の意味が分からない。LP には裏表があり、A 面にメンデルスゾーン、B 面にチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲が入ってるのがそのジャンルの黄金の組み合わせなのだということに、やや間を置いて気がつきました。どうもこの 手の言葉は「ハルサイ」と並んで中華料理のように聞こえてしまいます。その「春の祭典」でも同じように飲み込みの悪い経験をしているわけで、進歩というものがないのですね。でも短縮形の呼び名があるのは名曲です。


傑作
 親しみやすいきれいなメロディーがあるクラシックの入門曲を取り上げています。協奏曲としては、前回と前々回に聞き比べをやった、ラフマニノフの2番とショパンの1番のピアノ協奏曲がその意味では突出しているでしょう。もう一方の雄はヴァイオリン協奏曲です。一つ挙げるとするなら、やっぱりメンデルスゾーンです(二つあるけど有名なのはホ短調 op.64)。ベートーヴェンのも親しみやすくてかなりロマンティックではありますし、他だと古くはヴィヴァルディの 「四季」も形式としてはそれに含まれ、あとバッハの名曲が二曲ほど、ルクレールはマイナーだとして、十九歳頃の作曲ながら親しみやすいモーツァルト、以下シューマン、ブラームス、いいですね。サン=サーンス、ブルッフ、チャイコフスキー、シベリウス、グラズノフといったところ。新しいのではベルクのも、一瞬の隙を突いて美しいと思えます。そんな中でも泣いているように上下に翻るメロディー(歌にもなったようです)が出だしから耳に残り、緩徐楽章はロマンティックで美しい、どこを取っても出来が良いというメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、お叱りを受けるのを承知で言えば、雲間から差した
一筋の神の光みたいに降りて来た、この作曲家の一曲だけの最高傑作、なんじゃないでしょうか。後年すっかり貶められ、ワーグナーやナチに否定されてしまった作曲家なので擁護したいけれども、他には結婚行進曲で知られる「真夏の夜の夢」や「フィンガルの洞窟」(ヘブリディーズ諸島)などが有名ではあるものの、交響曲はどうなんでしょうか。静かなピアノ曲はいいとして、室内楽は聞いて感心したらベートーヴェンの模倣作と言われるものだったらしく、彼らしい方はうっかり聞き飛ばしてました。一方で、このヴァイオリン協奏曲もあまりに耳に馴染むので、世間では却って「滅多に聞かない曲だけど」などと言い訳をする場面もあるようです。でも入門曲だからと恥じる必要なんて全くない名作中の名作なのです。ひょっとしたらヴァイオリン協奏曲の中の一番かもしれません。


作曲家のこと
 フェリックス・メンデルスゾーン(1809-1847)はシューベルトよりは後で、シューマンの一つ年上という時代の、ユダヤ人のドイツの作曲家です。いわゆる陰謀論で必ず名前の出て来るあのロスチャイルド家と並ぶほど お金持ちの銀行家の家に生まれました。貴重なバッハの自筆稿をわざわざ複製させたマタイ受難曲のスコアを
クリスマスに子供にプレゼントするようなご家庭です。音楽関係でこういう有力者と言えば、グラクソ・スミソクラインの指揮者トーマス・ビーチャムとか、団体では一時期期権勢を誇って最近破 綻したらしいマネージメント会社のコロンビア・アーティスツとかがあるぐらいでしょうか。陰謀論には一部真実も含まれてる気がしますが、この手の話に触れるとなんか違う匂いになって来るのでやめておきましょう。因みにヨーロッパ各国に分散していたロスチャイルド家は、アメリカに亡命していたフランス家とロンドン家によって戦後に復興を果たしたのに対して、ドイツのメンデルスゾーン家はナチによってその銀行が閉鎖されたままになりました。メンデルスゾーン自身も三十八歳という若さで亡くなってしまいましたが、お姉さんの死がこたえたようで、想定される診断上の死因は脳卒中だそうです。元々家系的に何か病気が隠れていたのかもしれません。マルチリンガルで、一度見たものを忘れない図像的記憶能力を持ち、芸術全般に興味を持っていました。聖職者の家の子女と結婚して五人の子供がいましたが、結婚後に出会ったスウェーデンの歌手、ジェニー・リンドとは大変仲が良かったようです。リンドはショパンとも関係を噂された才色兼備の人ながら、だからといって奥さんと仲が悪かったわけでもなく、彼の死後時を経ずに奥さんのセシルも亡くなっています。そのセシルも、お姉さんのファニーも絵で見ると揃って少女漫画のように綺麗な人です。それに劣らずメンデルスゾーン本人も子供の頃は天使と言われ、まるでお姉さんの方なんじゃないのという女性的な姿で描かれてるデッサンもあります。家庭環境も含めて、なんだかバービーちゃんか韓国ドラマの世界みたいに現実離れしてます。


素晴らしい演奏
 誰の演奏がいいでしょうか。ロマンティックで甘いヴァイオリンの曲ですから、きれいなヴァイオリンの音で聞きたいです。でも人気のヴァイオリニストを見ると、必ずしもみんながそう思ってるわけではないのかもしれません。音色の点で大きいのは録音の問題ですが、楽器と弾き方も大事です。弓で弾く楽器はきれ いな音の幅が意外と小さいです。熱は込めてほしいけど攻撃的に走るとダマになるので、その種の演奏は避けたいです。でもこれは普段からの自分の好みでしょう。というのも、バッハのシャコンヌのページで選んだ人と全く同じことになるからです。そこでは二人を特に褒めました。

 まずユリア・フィッシャー♥♥。 ジャケットも掲げずに名前に♡マークを付けると怪しい感じですが、この人を褒めるときにはいつも言い訳しなきゃいけない気分になります。別の演奏家の話だけど、斜め上からクリーヴェッジ(○○の谷間とは言い難い)を狙った演奏動画の再生回数だとか、世の中には色々あって、フロイトじゃないけど結局芸術はエロスの昇華なのかもしれません。でも「この美しい音のヴァイオリニストは」と目を向けられるのはコンサートの話であって、録音を聞いたって、エクトプラズムの雲みたいに眼前に本物が物質化するわけじゃありません。CD にホログラム機能が付くまでは、誰か別のきれいな人を想像してても同じじゃないのでしょうか。ユリア・フィッシャー本人は 「ミュージシャンにとっては女性だからという性差別が有利なことも、不利なこともある」と冷静です。結婚してて子供が二人いるので、「人々は子供を育てることとキャリアを両立させることを褒めてくれるし、夫はそうは言わないけど子供の面倒は見てくれる」と発言することはあるものの、メディアには極力私生活 を露出させないようにしているようです。

 さて、そのユリア・フィッシャーのメンデルスゾーンがすごくいいのです。これさえあれば十分というような演奏です。曲調からいって、バッハの作品よりも 彼女の性質にはぴったりかもしれません。バッハでもそうだったのだけど、ロマンスっぽい音、恋愛の情熱のようににこみ上げて来る音がこの人にはベースラインとしてあります。その上で攻めて来るんだけど、いっぱいいっぱいじゃなくて嫌らしいぐらいに余裕で攻めて来られる。したがって恋愛ゲームのじらしだとまでは言わないけど音は芳醇に、情熱だけ刺さって来るのです。それを形で言えば、強弱とテンポ・間合いの揺らぎが自由自在ということになります。楽器は1750年のグァダニーニを主に使っているようで、どの録音を聞いても色気のある音です。

 ところがこの曲の CD、何年待っても出ないんです。待ちくたびれました。だから本来ここで言及すべきではないわけですが、いつでも YouTube では聞けます。種別を「ビデオ」に設定して julia fischer mendelssohn violin concerto で検索すると常に何本か出て来ます。どれもが良く、しばらくするとあるコンサートは消えて代わりに次のがアップされるという状況です。この曲が好きなの か、よほど頼まれるかなのでしょう。YouTube は圧縮されてるけど USB-DAC や DD/DA コンバーター経由でステレオにつなげばそこそこ満足する音は出ます。次々に入れ替わるならお気に入りの音源をダウンローダーで落としちゃえ、については法律上色々厄介なことがあります。サイト公認のコンテンツか、お金を払う会員ならいいという説があったりするものの、したがってここでは推奨しません。

 二人目はイリヤ・カーラー♡♡です。♡が色無しになりました。フォトジェニックじゃないからではありません。YouTube すらないからです。演奏はコンサートで聞きました。その表現のあり様はバッハの記事でユリア・フィッシャーと比べたのと相似的な位置関係になり、ユリア・フィッシャーのように恋愛の情熱のような音ではないけれども、力まず生き生きと楽しそうに流れ、自由自在な揺れは同じでした。そのときは出だしからしばらくは抑え気味だったものの、どんどん熱が入って乗って来てました。音色も大変瑞々しいものでした。ユダヤ系ロシア人で今はアメリカ暮らしでしょうか、レオニード・コーガンに師事し、チャイコフスキー、シベリウス、パガニーニの各コンペティションでの唯一の三冠王であり、録音はナクソスからしかリリースしていないという人です。最近はレーベルの方がティアンワ・ヤンなどに力を入れているせいか新しい CD は出てないようで、もったいないです。無いものに触れるのは無駄な話だけど、フィッシャーと並んで本来はメンデルスゾーンの協奏曲、この二人だけで満足であり、また こういう種類の演奏が他にあまり見つからないので触れさせていただきました。


出ている演奏、人気のある演奏
 現在リリースされている CD のうち、評価されていて人気がありそうなものは、新しい方からだとイザベル・ファウスト、ジェニファー・パイク、ティアンワ・ヤン、アリーナ・イブラギモヴァ、ジャニーヌ・ヤンセン、ニコラ・ベネデッティ、マキシム・ヴェンゲーロフ、ナイジェル・ケネディ盤といったところで、ケネディは本国イギリスで特に売れているようです。

 一方で安定的に人気があるのはムター、パールマン、チョン・キョンファ、ミルシテイン盤あたりでしょう。シュロモ・ミンツを推す人もいるようです。

 これらに加えて日本で特に売れ筋となっている様子なのは、まず邦人ヴァイオリニストは当然として、ヒラリー・ハーン(これは本国アメリカでも同様です)、ハイフェッツ、そして日本のレーベルからリリースされたアナスタシア・チョボタリョーワでしょうか(営業データはありません)。デンオンから出されてもいるコーガンも高く評価されています。日本のレーベルから出てる場合は、もちろん素晴らしい演奏であると同時に、評論家がいい仕事をしてもいるのでしょう。熱烈なファンが存在するハイフェッツのような場合も著名な論者が何か言及している可能性もあるんじゃないかと思いますが、詳しくないので誰かなどは分かりません。でもこれって、なんか失礼な言い方でしょうか。昔新しいオー ディオ店に入ってあるブランドの機器を扱ってるか聞いたところ、「前もそんな客が来たわ、きっとどっかの雑誌に載ったんだろ」と返されてがっくり来たことがあります。 余分な話でした。一つ言えるのは、演奏には上下はないし、誰が聞いても客観的に高く評価されるべきヴァイオリニストもいないということです。この記事も好きかどうかを言ってるだけで、とにかくまずは聞いてみるということでしょう。

 変わったところでは初演版による演奏というのがあり、ダニエル・ホープ盤(2007年DG)はビブラートがしっかりかかり、強弱の強く付いた熱演であり、BIS から出た1995年のイザベル・ファン・クーレン盤もあります。

 大御所だと速くて前のめりに鋭い(と感じる)ハイフェッツと、甘いポルタメントを加えてたっぷりと音を途切らさずに鳴らすオイストラフが対照的ですが、フランチェスカッティはしっかりビブラートを使うながらやや速く軽やかであり、緩徐楽章ではよく歌いながら軽妙です。ミルシテインは鋭く追い込む感じで、好きで期待したグリュミオーは意外にかっきりとした音で運び、録音のせいもあるのかベートーヴェンの協奏曲ほど
案外好みでは ありませんでした。あくまでも自分の場合はです。それ以外にもメニューインやシェリング、スターン、コーガン、ミシェル・オークレールといった名人たちは皆録音しています。どれも個性がありますから比べてみてくださ い。

 この中で、イザベル・ファウスト/パブロ・エラス=カサド/フライブルク・バロック・オーケストラ/ ハルモニア・ムンディ2017)は出る前から大変期待していました。ベートーヴェンの協奏曲はこのよく知られた曲への新たなアプローチであり、目から鱗だったからです。ビブラートを施さないピリオド奏法で、ロマン派の澱(おり)を濾し取ったように鋭利でありながら、羽のように軽く柔軟な優美さを具えていました。このメンデルスゾーンでもその方法論は変わりません。第二楽章ではポルタメントも聞かれ、個性的な表現です。ただ、これもあくまでも個人的な感覚では、この甘いロマン派の曲については最適かどうかは多少疑問が残りました。19世紀前半のロマン派でもビブラートは選択的にしか使わなかったはずなので、こういう音が正しい可能性もあると思います。フィンガルの洞窟と交響曲の5番がカップリングです。名演です。

 ジェニファー・パイク/エドワード・ガードナー/バーミンガム市交響楽団/ シャンドス2015)はフィンランディアのページでシベリウスの協奏曲を弾いている盤をすでに取り上げていました。このシャンドスの録音は見事で、ヴァイオリンの音が大変きれいなのが魅力的です。揺らしのある演奏ではなく、素直でゆったり、丁寧に音を解きほぐすように進めて行くもので、それがシベリウスでは独特の静かな美しさを聞かせていました。有名な「真夏の夜の夢」との組み合わせです。

 アリーナ・イブラギモヴァ/ウラディミール・ユロフスキー/エイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団/ハイペリオン2011)については、ジャケットの写真を見るとヒラリー・ハーンあたりの購買層を狙うつもりなのかなと思いましたが、どちらかというとその9年後のライヴ演奏(YouTube)の方が好みでした。映っているその人自身の雰囲気も大分違って見え、自信がついたのかより自由を感じさせて力強くなっており、大変乗れます。攻撃的な波長はむしろ無くなっているぐらいで、その方が良いと感じたわけです。それでいてかなり攻めている振りの大きい演奏です。それに比べると CD の方はより端正でありながら鋭さの方に寄っているでしょうか。

 バッハのヴァイオリン・ソナタでエンリコ・パーチェのピアノとともに独特の気持ちの良いリズム感と切れを見せてくれたフランク・ペーター・ツィンマーマンにも期待しましたが(/ゲルト・アルブレヒト/ベルリン放送交響楽団/EMI1985)、そちらはもっと前の二十歳のときの録音で、バッハとは若干印象が違うようでした。

 同じようにリサ・ヴァティアシヴィリにも期待していますが、残念ながら今のところ録音は出てないようです。2015年のライヴを YouTube で聞くことができました。この人は乗ってくると、形は大きくは崩さないけれども情熱がこぼれるような熱い演奏になることがあり、いいアーティストだと思います。そうでないときはライヴでも案外かっちりとした運びになるようです。

 レオニード・コーガン盤(/ロリン・マゼー ル/ベルリン放送交響楽団/オリンピア1974) は評論家の方々が雑誌で褒めたし、高く評価する人の多い演奏です。そしてこの時代の大御所の中では実際、自分で聞いても大変魅力的に聞こえました。ムローヴァやイリヤ・カーラーの先生ですが、どんな演奏かということはハイフェッツやオイストラフなどよりは知られておらず、イメージし難い人かもしれません。第一楽章の最後でテンポが上がりはするけれども全体にはゆったりです。走らず丁寧に歌って行くのである程度平坦に感じますが、細部までしっかり表情があり、教え子のムローヴァ同様にやはり真四角にならず、優等生やポーカーフェイスの演奏とは違います。ショパンのピアニストのところで師と弟子は似ていないことがほとんどだなどと言いましたが、美音と感じさせる余裕のある丁寧なフレージングなど、この二人はちょっと似た運びもあるようです。イリヤ・カーラーはこれ に自在なテンポの動きが加わった感じでしょうか。第二楽章ではムローヴァの旧盤ほどビブラートは気になりません。細部をコントロールしていて情緒纏綿には陥らず、美しい音色で大変ゆったりと、品良く歌わせます。カップリングはブルッフの協奏曲です。録音は大変良く、オーケストラの弦がやや線が細くて反響が多めながら、ヴァイオリンは美しい艶があり、トータルでは最近のものと比べても十分です。

 ヴィクトリア・ムローヴァ/ネヴィル・マリナー/アカデミー室内管弦楽団/フィリップス1990) は良かったです。イリヤ・カーラーと同じくコーガンに師事してシベリウスとチャイコフスキーのコンクールに優勝し、ソ連から亡命したイギリスのヴァイオリニストです。二つあるうちの前の方のフィリップスの録音は音色がきれいです。ムローヴァは後年ピリオド奏法に取り組みますが、モダンの時代は1723年の ストラディヴァリ、ジュールズ・フォークを使っていたのだと思います。この頃の弾き方は、比べればより中庸で強い個性はないかもしれませんが、形を崩さず端正に一つひとつ音にして行きながら四角四面にならず、繊細な強弱がよくついています。速いところでスタッカートを出さず(切れ良くはせず)、やや線が細いながらポルタメント気味につないで行くところにデリケートさを感じます。後年の個性ある抑揚よりは女性的なやわらかさに寄っていると言っても良い でしょうか。アゴーギク(テンポ変化)については走ったりして追い立てる感じはなく、極端な揺らしが出る方でもありません。ビブラートはしっかりあり、特に第二楽章では全体に感じるところが好みの分かれるポイントかもしれません。
 一方で新盤は2002年のガーディナー/オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティーク盤で、こちらはピリオド・アプローチをとっています。バッハの無伴奏では語りかけるような独特の運びで大変個性的でした。このメンデルスゾーンではそこまでの色はなく、長音を抑え、ストレートで基本的にはビブラートをかけません。清潔ですっきりとした運びに好感が持てるものです。第二楽章ではビブラートを選択的にかけるにとどめ、さらっとした表現に変わっています。同じ古楽奏法のイザベル・ファウストの弾き方と比べてみると面白いかもしれません。

 ジョシュア・ベル/ロジャー・ノリントン /カメラータ・ザルツブルク/ソニー・クラシカル2000) はユダヤ系アメリカ人のヴァイオリニストで、ヴィヴァルディの四季が魅力的でした。旧盤はマリナー/アカデミー室内管弦楽団とのデッカの86年録音のもので、ちょっと力が入っているように感じましたが、新盤の方は余裕が出たのか、彼らしく弱音に沈むところが自在に現れ、また独特の甘く泣くような感触を確かめることもできます。この人のヴァイオリンも1713年のストラディヴァリ・ギブソンで、大変きれいな音色が楽しめます。



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     Mendelssohn Violin Concerto E minor op.64
     Gil Shaham (vn) ♥♥
     Giuseppe Sinopoli   Philharmonia Orchestra

メンデルスゾーン / ヴァイオリン協奏曲ホ短調 op.64
ギル・シャハム(ヴァイオリン)
♥♥
ジュゼッペ・シノーポリ / フィルハーモニア管弦楽団
 ユリア・フィッシャーもイリヤ・カーラーも出てない状況で、いいなと思った演奏は三つほどありました。まず入門曲としてのこの作品の美しさが十分に感じられるものとして、ギル・シャハム盤は万人にお薦めできる一枚だと思います。ヴァイオリンがきれいな音で、演奏はバランスが取れています。ギル・シャハムは 1971年生まれのユダヤ系アメリカ人ヴァイオリニストです。このときなんと十七歳。両親はイスラエル人で、イスラエルの国籍も持っています。国際コンクールを勝ち抜くという作業をする必要もなくデビューしていました。戦争で逃れて来た人たちより二世代後でソ連亡命世代ですらありません。気負いも構えもなく、その才能を伸びのびと発揮した高い技術と美音、よどみなく流れる豊かな表現に魅力があります。

 このホ短調の協奏曲、出だしからゆったりした方なので切羽詰まった迫力を期待する人には向きませんが、余裕があっても間の延びた演奏では決してなく、第一楽章では途中速度を上げて追い込んで来る部分も聞かれます。おっとりと聞こえるところがありながら楽譜通りの優等生ではなく、繊細な感受性があって表情はしっかりしているのです。ゆとりのある環境に生まれた敏感なメンデルスゾーンにはぴったりな性質かと思います。静かな第二楽章は大変美しく、遅めに運びつつテンションが保たれています。イザベル・ファウストやこの後でご紹介する二人などに比べて特に現代的なアプローチを試みているわけではなさそうで、ムローヴァの旧盤ほどではないですが、ビブラートはちゃんと使っています。

 ヴァイオリンの音が美しいのがとにかく印象的であり、この人の録音はいつもそうなので、ただ DG の技術が良いだけということではないと思います。そうなると使っている楽器が気になるところですが、CD には記されていません。一般に言われているのは1699年製のストラディヴァリウス、コンテッサ・ディ・ポリニャック(ポリニャック伯爵夫人)で、少なくとも録音の一年後からは彼のものとしてシカゴのストラディヴァリウス協会から貸与されています。「アメリカン・シーンズ」というタイトルでガーシュウィンなどの曲を集めたプレヴィンとのアルバムがすごく良い音でびっくりして注目したのですが、それはその楽器でしょうか。2018年からは1719年製のものも別の基金から貸し出されているようです。しかしこのメンデルスゾーンのときの楽器が何だったのかはよく分からないわけです。甘さがあって細い音には捉えられていません。弾き方も楽器を生かすものです。

 ドイツ・グラモフォン1988年の録音です。バランスが良く、神経質過ぎずによく鳴って細部も捉えられており、優秀録音です。カップリングはブルッフの協奏曲です。



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     Mendelssohn Violin Concerto E minor op.64
     Carolin Widmann (vn) ♥♥
     Chamber Orchestra of Europe


メンデルスゾーン / ヴァイオリン協奏曲ホ短調 op.64
カロリン・ウィドマン(ヴァイオリン)
♥♥
ヨーロッパ室内管弦楽団
 ジャズで有名なレーベル、ECM から出たカロリン・ウィドマンの演奏には驚きました。単にそれまで知らなかっただけなのですが、さすがに目利きの創業者アイヒャーだなと思いました。彼が見つけて来たのかどうかは分かりませんが。ドイツの人で、1976年生まれですからユリア・フィッシャーより七つほどお姉さんです。イザベル・ファウストより四つ、フランク・ペーター・ツィンマーマンより十一歳若いという世代。こういう才能を持った演奏家ってさほどメジャーじゃなくてもいるんですね。現代曲を得意とする人だそうです。なるほど。ピアノのアラン・プラネスなんかもそうでした。

 センシティブです。やはりモダンな感じはします。次でご紹介するリザ・フェルシュトマンと比べても軽さの点でより現代的な感じはするでしょうか。強いアタックに加えてすっと力を抜くような音が聞かれてリズム感があり、一音の中での強弱の表情もあって音が脈動します。自在な揺れがあるユリア・フィッシャー が好きと言いましたが、この人も違う波長ながら平坦にならない躍動感の点では同等以上に満足できます。違いと言えばウィドマンは寒色系で少しひんやりとした肌触りな のに対して、ユリア・フィッシャーはどちらかというとより暖色系ともとれる、ロマンスとエロスを感じさせるタッチである点でしょうか。むしろイザベル・ファウストの鋭い雰囲気に近いけど、もう少し肉付きが良くて訴えかけ方に力を感じます。芯が強いというのでしょうか。貫き通すような透明さがあって真っ直ぐです。

 第二楽章はさらっとしていてベタ塗りの感じがしません。それでいて内側から徐々に情熱が染み出して来るようです。動きの良さがあって、大きくはないけどよく表情もついています。比べればリザ・フェルシュトマンよりも軽く流す印象でもあり、ファウストのアプローチ同様たっぷりとした情緒に浸りたい人向きではないかもしれませんが、味があります。ビブラートの使い分けも適切で現代的です。真っ直ぐなすっきりした音色で鮮烈に刺さって来ます。

 2014年のセッション録音で、シューマンの協奏曲との組み合わせです。純度の高い、繊細な倍音と空気感を感じさせる大変良い録音です。楽器はユリア・ フィッシャーと同じですが、少し新しい1782年のグァダニーニを使っており、線が細めながら透き通って変化があります。クリスタル・サウンドで有名なレーベルに相応しいという感じでしょうか。オーケストラの演奏も素晴らしいもので、弾力があって表情豊かです。弾き振りです。芳醇で甘いメンデルス ゾーンではないかもしれませんが、これは参りました。目下この曲で一番の一つです。



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     Mendelssohn Violin Concerto E minor op.64
     Liza Ferschtman (vn) ♥♥
     Kees Bakels    Arnhem Philharmonic Orchestra


メンデルスゾーン / ヴァイオリン協奏曲ホ短調 op.64
リザ・フェルシュトマン(ヴァイオリン)
♥♥
キース・ベイクルス / アーネム・フィルハーモニー管弦楽団 
 これも
上記のカロリン・ウィドマン盤と甲乙つけがたい素晴らしい演奏です。リザ・フェルシュトマンはウィドマンより三つ若く、1979年ロシア生まれのユダヤ系であり、現在オランダ国籍という人です。

 豊満という方向ではなくて、多少細さを感じさせる音の面ではウィドマンとも近いところがあるかと思います。バックのオーケストラ部分でも同じような傾向が聞こえるので録音の特性もあるかもしれません。使用楽器はジュゼッペ・ガルネリ・デル・ジェス(ガルネリウス)の後期の作、1742年製「ベノ・ラビノフ」のようです。ストラディヴァリと並ぶ名器であり、イリヤ・カーラーの楽器も1735年製「ゼンハウザー」というガルネリですが、そちらはやわらかく豊かな艶も出る印象でした。同じ作り手でも楽器や録音によって聞こえ方が大きく違いますから、個々に聞いてみるしかないのでしょう。

 音はやや細めに聞こえるとしても、表情は派手ではないながらしっかりあり、案外情熱的に盛り上がります。メリハリのない平坦な進行ではなく、それでいて攻撃的に前へと押しかけない乗りのある運びで、こういう音楽的なバランスの演奏は探しても案外ないものです。抑揚については大胆に遅くする表現もあり、十分な間を取り、ゆったりから速いところまで幅があります。テンポが自在でアゴーギクは大きめという感じです。その点ではウィドマン以上かもしれません。しかし大変ナチュラルであり、やってみせ感はありません。逆に強弱の点から見ると、変化に軽さがあって鋭さと余裕が両立し、やはり自在で情感を感じさせるものです。ビブラートは今の人らしく、かけるものの自然で選択的です。トータルではウィドマンのように透明で芯が強いというよりも、無垢なやわらかさと壊れやすい敏感さを感じさせ、大変デリケートな感性で音の流れを捉えているようです。第二楽章など、さらっと流す傾向があるウィドマンより若干丁寧なところと落ち着きがあり、初々しさを感じさせるそっとやさしい当たりが印象的です。おっとりした面が前に出るギル・シャハムと並んで、メンデルスゾーンには合っているように思います。真摯で素直に心に響く演奏です。

 2016年チャレンジ・クラシックスの録音で、前述の通り音はやや細身ながら透明感があり、大変良いです。カップリングは弦楽八重奏曲 op.20 です。



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