ガーシュウィン /「パリのアメリカ人」
ピアノ協奏曲 / キューバ序曲 その他
 Gershwin   An American in Paris
 Piano Concerto in F   Cuban Overture

diner2

ピアノ協奏曲はこちら
キューバ序曲はこちら
「三つの前奏曲」ヴァイオリンとピアノへの編曲はこちら
「ラプソディ・イン・ブルー」のページはこちら
「ポーギーとベス」とジャズ・スタンダードのページはこちら

 ガーシュウィンの 名曲として「ラプソディ・イン・ブルー(1924)」と同等か次ぐらいに名前が挙がるのが、オペラの「ポーギーとベス」を除けば、「パリのアメリカ人(1928)」です。人数の多い管弦楽作品だからということもあるでしょうが、他によく取り上げられる曲であるピアノ協奏曲と「キューバ序 曲」よりも知られています。そして「ラプソディ・イン・ブルー」がニューヨークの 喧騒を表した名前通りの狂詩曲だとすると、「パリのアメリカ人」はパリの狂詩曲、でしょうか。ピアノは出て来ないにせよ、賑やかなところも静かなところも、曲想はよく似ています。
 
 

パリの空気、レザネフォール
 1920年代の ニューヨークを言い表す言葉が「ローリン グ・トウェンティーズ(狂騒の20年代)」なら、同じ時期のパリは「レザネフォー ル(アンネフォール [Les] Ann?es Folles)」です。英訳するとザ・クレイジー・イヤーズなので、「馬鹿騒ぎ」を意味する「ローリング」とほとんど同じ意味です。レザンドールとかレザ ネフォールなどというと、日本ではビストロかケーキ屋さんみたいだけど、ケーキならコーヒー・クリームの上にチョコレートで出来た半裸のジョセフィン・ベイカー(この時代のアイコン)が脚を跳ね上げてるのかもしれません(でもどうやらお店は本当にあるらしいので迂闊なことも言えません)。

 ガーシュウィンは1926年に初めてパリに行き、ラヴェルに作曲法を教えてもらおうとした後、一旦ニューヨークに戻って今度はラヴェルを招き、その誕生日会に出席などしていますが、再度28年にパリに渡ります。 仕事を兼ねてラヴェルに紹介された音楽学者を訪ねるのも一つの目的だったものの、当時のパリに魅せられたところもあったようです。曲はガーシュウィン本人がパリの賑やかな町を歩き、クラクションを鳴らす車に驚いたり、少しホームシックになったりするという情景を音で描写したものであり、後に映画やミュージカルになったような物語が特にあるわけではないものの、それらのヒントにはなりました。

 
   josephinebaker
      Josephine Baker

ニューヨークは田舎?
 この、田舎者の外国人が大きな都会にやって来て目を白黒させるというテーマは、逆パターンでヨーロッパ人がニューヨークに来るという設定なら最近までたくさんあります。例えばスティングの「イングリッシュ マン・ イン・ニューヨーク」なんかはまさにそれでしょう。もっと前の人でも、キャット・スティーヴンスにも確か「プア・ニューヨーク」などという文言で、 行き過ぎた都会の有様をむしろ罵るぐらいの勢いで歌うのがあった気がします。でも世界経済の中心地だった1920年代のニューヨーカーが乗り込んで、パリで目を回すというのは何なんでしょう。タクシーも普通の車も、ニューヨークの方が多かったんじゃないでしょうか。それは多分、文化的にパリの方が進んでいると感じるアメリカ人特有の崇敬の念が元にあって、見るもの全てに驚いてしまう事態になっていたからだと思います。旅の変性意識状態です。
 当時のパリでは、ピカソやダリ、サティ、ジャン・コクトー、スコット・フィッツジェラルドやヘミングウェイといった人々がカフェに集まり、そこから様々な芸術が生れていました。ウディ・アレンの映画「ミッドナイト・イン・パリ」では、現代の主人公がそんな憧れの世界へとタイム・スリップしてしまう様を描いていたりもします。 


曲調
 ガーシュウィンは1924年に「ラプソディ・イン・ブルー」で名を揚げた後(その前にスワニーのヒットがありました)、その管弦楽への編曲をグローフェに頼っていたこともあり、自分の力で曲を作りたいと常日頃熱望していました。そのためにラヴェルをはじめ、以降多くの作曲家に技法を習お うとするわけですが、翌年にはなんと独学でピアノ協奏曲を書き上げ、その次の年にはパリに行って色々とインスパイアされ、28年にはより洗練された形でこの「パリのアメリカ人」を作曲してしまいます。技法の点では前作よりもより評価されるのでしょうが、楽器もサキソフォンにチェレスタ、タクシーのホーンなどが使われていて、「ラプソディ〜」同様にジャズの雰囲気があります(展開部分の ホームシック的なテーマはブルース調です)。A・B・A 形式で、賑やかで陽気な A の部分、爽やかな叙情を感じさせる B の部分共に、いかにもガーシュウィンらしい明るい波長を放っています。


持ち帰られたタクシー・ホーンの謎
 そのタクシー・ホーン(クラクション)ですが、曲で使うために、ガーシュウィンは自身でフランスから4つ、国へと持ち帰っています。
現代ではこの曲の演奏会用4本セット が100ドルから700ドルぐらいで売られてるけど、当時タクシーの警音器なんて、いったいどこで買って来たんだろう。銅鍋じゃあるまいし、パリのお店にいっぱい並んで吊るされてる中から自由にこれと選んで買えたりはしなさそうです。それともホーンは初めから車の純正部品じゃなかったんでしょうか。本人が 現物を抱えてる写真も残っていて、一番大きい(低い音の)ものがトラッペット(チューバ)のように楕円に一巻きさせた形状である以外、残り三本はストレートなラッパの形をしており、根元に球体の黒いゴムボールが付いていて、フイゴの要領で握るとパァ、と鳴るという手動のものです。最近の人は誰も知らないかもしれないけど、日本でも豆腐屋さん、自転車に取り付けるものなど、パフっと いうコミカルな音のものが使われた時期がありました。テレビの長寿番組「笑点」の 音楽など、お笑いやバラエティでもよく登場します。

 でもそもそもが何でわざわざ持ち帰ったんでしょう。アメリカ車も同じようなのを使ってたはずです。T 型フォードはホルン状に丸まった真鍮製のゴム毬ペコ式でした。ただ、20年代も後半ともなると、モデル A やスチュードベイカーなどの後期型タクシーは6V の電動ホーンだったようですから、あの水に沈めたサイレンみたいな音がニューヨークでは主流で、遅れてるパリが特殊だったのでしょうか。すぐにクラクションを鳴らすラテン人に対して、鉄砲で撃ち返されるのを恐れてホーン・ボタンに触らないのがアメリカ人で、誰も音を聞いたことがない、というのは現代の事情です。 でもパリのタクシーは歩行者にすら容赦なく鳴らすからびっくりした、というのも一つかもしれません。
 フランスのタクシー用といっても、車種までは分かりません(シトロエンは屋根に細長いラッパが乗ってて、その前のスタンダードでまだ右ハンドルだったルノーは長く湾曲したのが右横に付いてるけど、
欧州独特のショーファー・カー仕様でどっちもドライバーには屋根がありません。写真でガーシュウィンが持ってるのは形状が違う ようです)。あるいはアメリカのとは音色が違ったことも考えられます。現代でもフランス車は華やかという か、 ちょっと軽薄なこともある独特のパーとかファーとかいう洩れちゃった系の音が多く、ドイツ車などの迫力があるのとは違います。ガーシュウィンはやかましいのは気にならなかった一方で、音色には大変敏感だったようですから、そっちかもしれません。

 
   taxihorn

CD について

 大抵の方は「ラプソディ・イン・ブルー」で一枚買えば、その中には「パリのアメリカ人」も入ってることがほとんどなので、それでいい、ということになってしまうでしょう。わざわざこの曲の演奏比較をする意味があ るのかどうか。でも一応簡単に触れてみます。「ラプソディ・イン・ブルー」で見たのとほぼ同じ CD になるし、演奏の善し悪しもあっちが良くてこっちがだめということはまずないわけで、微妙な感じです。

 ガーシュウィン自身はこの曲について、「ユーモラスで厳めしくなく、軽くて陽気な曲であり、音楽的に表された一続きの印象のようなもの」であると言っており、初演はのろのろして眠かったそうで、テンポが遅過ぎる のは気に入らなかったみたいです。その点インマゼール/アニマ・エテルナ盤なん か、演奏は個性的でピリオド楽器使用が面白いけれども、大変ゆったりで21分近くあるので、作曲者は認めなかった、かもしれません。ここではたくさんある中から人気のあるもの、好きなものをメインにいくつか選び出し、録音年代順に見て行きます。

 古い方の録音となると、ちゃんとした音で聞けるのはトスカーニ/NBC 交響楽団(1948)ぐらいからでしょう。 名演だという声もあります。ガーシュウィンも認めるだろう割と速いテンポで引き締まっており、16分台前半です。筋肉質できびきびしているのはいつもの彼らしく、だからといってものすごく速いという感じでもありません。途中から軽快に駆け出したりとかはなく、大まかなブロックごとにテンポを変えて行きますが、その中ではインテンポを守ります。録音はオフで結構はっきりした音であり、時代を考えれば良いコンディションながら、モノラルです。

 最初のステレオ盤はアーサー・フィードラー/ボストン・ポップス管弦楽団(RCA 1959)です。こちらも16分台で、その後半というタイムであり、これも録音文化初期に有名になった演奏です。音はこの時期なのに大変良いです。演奏は適度にメリハリが効いてまとまりの良いもので、大変完成度が高いと言えるでしょう。軽くて 溌剌としているのも作曲者好みだと思います。また、静かな部分でのゆったりした歌も心地良いです。ゆったりといっても粘らないさらっとした歌わせ方で、そつがないと言うと良くなさげだけど、爽やかな叙情を感じます。



   bernstein1
      Gershwin   An American in Paris
      Leonard Bernstein   New York Philharmonic

ガーシュウィン /「パリのアメリカ人」
レナード・バーンスタイン / ニューヨーク・フィルハーモニック
 そして多くの方が定番として挙げるのがバーンスタイン盤でしょう。大変人気があります。これもアーサー・フィードラーと同じく1959年 (コロンビア原盤)のステレオ録音で、古い割に録音は良いです。細かいこと を言えば高域に若干の潰れはあります。

「ラプソディ・イン・ブルー」の方は真剣な重さを感じて少し驚いたのですが、こちらは馴染みのあるバーンスタイン節という範囲内に聞こえました。テンポは平均すれば速くはないですが、遅過ぎもせず、どちらかというと遅い部分で多少粘るというか、まったり鳴らす感じが印象に残ります。途中でスピードダウンする手法があり、一方で時折走るところもあって、テンポの伸び縮みが大きくてメリハリの効いたスケールの大きな演奏です。それを特にジャズ的とは感じませんでしたが、そう評する方もおられるようです。デュトワ盤が多少ミュージカルの伴奏のように聞こえるとすると、それとは違うけれども、やはり輝かしいショー・ビジネスの世界の香りがします。

 ただ、そんなにテンポが揺れ動くのに、指揮者と団員が一緒に興奮してそうなっているという感覚ではないのが面白いと思いました。変動 があってもはじけているのではなく、フットワークの軽い陽気さ、軽妙さというのとはちょっと違うようです。どの瞬間もやはり「ラプソディ〜」同様の、一定に続くマッシブな時間感覚が存在するのです。これは主観なので説明するのは難しいのですが、演奏時にはポーカーフェースで厳正に見渡しながら運びつつ、実は前もってちゃんと感情設計は行き届いているという感じでしょうか。本人はしっかりと覚醒していてあまり流されないタイプなのかもしれません。ラスト手前では劇的なスピードアップがあり、かなりまっしぐらに走って行きます。上 手な盛り上げ方を心得ている、演出の天才と言えるでしょう。



   previnpittsburghgershwin
      Gershwin   An American in Paris
      André Previn   Pittsburgh Symphony Orchestra


ガーシュウィン /「パリのアメリカ人」
アンドレ・プレヴィン / ピッツバーグ交響楽団
 プレヴィンもよく名演として名が挙がります。ジャズ・ミュージシャンであったという認識もあってのことでしょうか。「ラプソディ・イン・ブルー」では録音は三つありましたが、その初回の1960年盤には「パリのアメリカ人」は収録されていないので、残る71年のロンドン響とのものと、84年のピッツバーグ響との二つになります。ここでは後者のみを取り上げます。

 フィリップスの録音が見事です。このレーベルらしく生っぽく、それでいて十分に分解能も高いと言えます。各楽器が艶やかでくっきりとしていて、チェレスタもよく前に出ます。それでも滑らかな弦が他の楽器の間に沈まず、よく浮き立つように調整が効いています。この曲で録音が良いことは大事だと思います。

 演奏の方は決して遅くはないけれども落ち着きのあるもので す。軽さについてはティルソン・トーマスの98年の録音の方が軽いけれども、こちらはより丁寧な感じがします。一つひとつのフレーズをきれいに鳴らして行くのです。したがってプレヴィンだからといってジャジーな動きで走ったりとかはありません。「ラプソディ〜」と同様に大人の感覚がやはりあるわけです。純粋なオーケストラ曲として全てを見せ、完璧に鳴らし切っている感じでしょうか。ティルソン・トーマスとシャイーがこれと並んで見事な演奏に感じますが、それらと比べて静かなパートでのゆったりさ加減では一番でしょうか。そしてそんなパッセージの叙情的な美しさでも一番かもしれません。やわらかさと静けさが良いのです。クラシックの演奏者として進めている感じがするので、もう少し遊びがあってもと思わなくもないけれども、そう考えていると最後で駈けたりしま す。



   labequegershwin
      Gershwin   An American in Paris
      Riccardo Chailly   The Cleveland Orchestra ♥♥

ガーシュウィン /「パリのアメリカ人」
リッカルド・シャイー / クリーヴランド管弦楽団 ♥♥
 ラベック姉妹のピアノによる見事な「ラプソディ・イ ン・ブルー」が入ってるアルバムです。それを買ったらこれも付いてくる式だけれども、この「パリのアメリカ人」がまたこの曲一番かと思う素晴らしい演奏です。シャイーは見事な起伏と歌をつけていて下品にならず、クリーヴランドもまた巧いと言えるでしょう。特にジャズ的ではないけれどもソロも見事です。

 プレヴィンと比べてどうかというと、穏やかなパートでのやわらかい静けさではあっちの方がより際立ってるかもしれませんが、シャイーの方はその静かなところからじわじわと盛り上がって来るところが実に感動的です。 この曲ってそういう部分が聞きたいところでもあるわけで、それで一番良い演奏だと思うのかもしれません。歌が大変きれいな感じがします。よく歌い、起伏と間が十分にあって、フレーズの一つずつがくっきりと分かれていてよく了解されます。クリスプ・テイストというのでしょうか。軽さという点ではティルソン・ トーマスの98年盤の方が軽いかもしれません。その魅力に対してこちらは歌の良さです。この作品らしい活気もあります。そしてラストは力強くまとまります。トータルで言えば、曲の各部への了解度が高く、それを実現できる完璧なパフォーマンスで、最もヴィヴィッドというのか、やっぱり一番かな。

 1985年のデッカの録音ですが、デッカが時々そうなるように輝き過ぎたりはしません。フィリップスのティルソン・トーマス98年盤より明るく輪郭は立つ傾向ですが、やかましくならず、透明できれいな音です。グ ランカッサが低くやわらかく響くのはティルソン・トーマス盤と同じで、迫力があります。一方で静かなフレーズはくっきりしつつ落ち着きがあって、とてもきれいです。ヴァイオリンのソロも美しく浮き立ちます。 



   lortiegershwin
      Gershwin   An American in Paris
      Charles Dutoit   L’Orchestre Symphonique de Montreal

ガーシュウィン /「パリのアメリカ人」
シャルル・デュトワ / モントリオール交響楽団
 管弦楽曲を巧みな構成と穏やかな歌で聞かせる名人、デュトワです。好きな人なので多くの曲を高評価で取り上げて来ました。

 これもプレヴィンの84年盤同様に、クラシックのオーケストラ曲として細部に光を当てる聞かせ方で、完成度が高いと思います。やはり軽いという感覚は少なく、丁寧さがあります。むしろその丁寧さが多少の重さと感じるぐらいかもしれません。
 歌の部分の抑揚はさすがによくついています。元々全体にゆったり歌わせるのが得意なところがある指揮者だけど、この曲では途中、好みとしてはもっと軽快に、速くやって欲しいと感じるところも正直ありました。決して馳け走ったりしないからです。フランス系の演奏はジャズっぽく聞こえる場合も多いのですが、この落ち着いたテンポのせいかどうか、アメリカのジャズ的なものという感じはせず、欧州伝統の管弦楽曲をきれいに音にしたというか、もしくは、よりミュージカルの伴奏部分の音楽のような感じに聞こえます。それは 歌手がやりやすいように速度をコントロールして歌わせているかのような運びからそう思うのだと思います。表情がしっかりとあり、アンサンブルのみならず、スコ アから見ても完璧な演奏だと思います。

 1988年のデッカの録音は、適度にヴィヴィッドで音も良 いです。同じレーベルのシャイーよりも少し鮮度が高く、より輝かしいデッカらしい音ですが、潤いは十分あると言えます。



   levineanamericaninparis
      Gershwin   An American in Paris
      James Levine   Chicago Symphony Orchestra

ガーシュウィン /「パリのアメリカ人」
ジェームズ・レヴァイン / シカゴ交響楽団
 バーンスタイン盤と並ぶかどうかは分かりませんが、高く評価する人がいる録音です。上のデュトワ盤と何となくイメージが似てて混同してしまうジャケットだけど、ジェームズ・レヴァインの演奏です。レヴァインはガーシュウィンと同じくユダヤ系アメリカ人で、その意味では初めから期待される資格を持っているとも言えます。そしてシカゴ交響楽団は上手なオーケストラとして大変人気があります。

 出だしはきびきびとしていて活気があります。しかし全体には特にリズムが軽快な方の運びではありません。後半ではむしろ逆に引きずるように重い表現を生かしたフレーズも出ます。そしてしっかりと遅くするところもあります。それに対して速めるコントラストも付け、バーンスタインと同等かそれ以上にアゴーギクの設計がしっかりしている印象です。バーンスタインの演奏が好きな方には録音も新しいし、お薦めだと思います。表現に大変メリハリがあり、いくつかのブラス・ソロにしなっと吹かせたり、ビブラートを自由にやらせたりしています。サックスの雰囲気がジャズっぽかったりもし、個々のプレイヤーが実に見事です。

 1990年のドイツ・グラモフォンの録音です。決して悪い録音ではありませんが、自分の好みからすると3〜5キロヘルツぐらいの中高域がキンと元気で、ちょっとだけ耳に痛く感じました。アナログ期の一部のエンジニアと90年前後までのデジタルでよく聞かれた DG らしい音ですが、ブラスが活躍するオーケストラでこういうバランスの録音はよくあり、特別に調整しない自然な状態で収録すると元々こうなりやすいものであって、その意味ではむしろ変にいじってないとも言えるでしょう。個人的にやかましいのが苦手なのでこういう表現になりましたが、全く気になさらない方も多いと思います。
 カップリングはレヴァイン自身のピアノによる「ラプ ソディ・イン・ブルー」、キューバ序曲、キャットフィッシュ・ロウ(ポーギーとベ ス)組曲となっています。
 


   tilsonthomasnewworldgershwin 
      Gershwin   An American in Paris
      Michael Tilson Thomas   San Francisco Symphony Orchestra ♥♥

ガーシュウィン /「パリのアメリカ人」
マイケル・ティルソン・トーマス / サンフランシスコ交響楽団 ♥♥
 これもこの曲に関して最も気に入った演奏の一つです。 ニューワールド交響楽団との「ラプソディー・イン・ブルー」がカップリングされているもので、そちらのティルソン・トーマス自身のピアノは見事で、ソロのフランク・ブラレイと並んで同曲で一番ではないかと感じています。したがってその盤に入ってることもあって「パリのアメリカ人」の方もこれだけあれば満足というところもありますが、演奏自体もいいと思います。

 積極的にこの盤が最も良いところが録音のあり方だ、などと言えば、演奏を貶めていることになりかねないのでそうも言いませんが、音が良いのは最大の魅力ではあります。プレヴィンの84年盤とシャイー盤もそれぞれに素晴らしいわけだけど、それらよりも耳にやさしいのです。最も生の演奏に近いプレゼンスです。輪郭の立った分解能を誇るタイプではなく、多少引っ込んだところがあるけれども、実際のオーケストラはこういう感じに聞こえます。この曲はブラスが活躍するし、元々元気な曲なので、あまり輝かしいとうるさく感じてしまいます。それがしっとりしていて、ボリュームを上げて聞きたくなるほどなのです。ダイナミック・レンジがむしろ取れてる方なのに、やかましくない。オーディオ・マニアの方はもっと前に出るのが好きでしょうけど、こっちが本当です。グ ランカッサも低い音でやわらかくよく響きます。1998年録音の RCA で、録音エンジニアはドイツのマーコス(マルクス)・ハイラントとなっています。近年は自分のスタジオを持ってる人のようです。

 さて、順序が逆になりましたが、次にその演奏です。 ティルソン・トーマスのこの曲の最初の盤は、ガーシュウィン自身のピアノロールによる 「ラプソディ・イン・ブルー」と一緒になっていたニューヨーク・フィルハーモニックとの1974年の演奏でした。表情にメリハリがあり、思ったよりゆったりのテンポで始まって遅いところは遅くよく歌わせながら、テンポ変動を付けています。それは同じく動きの大きなバーンスタインとは違った形で軽快さがあり、自分の好みではありましたが、ただ少し、しゃりっとした薄い弦の音の録音が最善ではない気もしました。

 そしてこちらの98年盤です。彼のガーシュウィンのいいところは、軽さでしょう。それはアタックという意味でもそうだけど、動きの軽さでもあります。自在な感じがして、やり過ぎないけどテンポの起伏があり、力が抜けています。シャイー/クリーヴランドのクリスプな上手さというのとは違い、全体を通して軽く落ち着いていてやわらかいのです。前の録音よりもこの落ち着きとやわらかさは増しています。プレヴィンも静かな部分でゆったり繊細だと述べましたが、こちらはトータルの静けさで勝ります。

 軽いといっても、跳ねるよりは滑らかな拍節の印象もあります。それがジャズっぽいのかどうかと言われる難しいけれども、そういうのはどこを取るかによるわけで、案外プレヴィンよりはジャズの雰囲気があるでしょうか。「ラプソディ・イン・ブルー」のピアノはまさにジャジーだったと言える一方、この管弦楽もちょっとそんな雰囲気はあります。オーケストラは違っても、解釈、録音ともに「ラプソディ〜」と等質です。 



   blareygershwin
     
George Gershwin Piano Works
      Frank Braley (pf)
♥♥
 

ガーシュウィン / ピアノ曲全集〜
「パリのアメリカ人」(ピアノ独奏版)
フランク・ブラレイ(ピアノ)♥♥


   america!gershwin
      America! Vol.2   Gershwin, from Broadway to the Concert Hall -18 Songs
      Frank Braley (pf)
♥♥
 
アメリカ! 第2巻 ガーシュウィン、ブロードウェイからコンサート・ホールまで
〜「パリのアメリカ人」(ピアノ独奏版)
フランク・ブラレイ(ピアノ)
♥♥

 これは前ページでも前々ページでも取り上げた、フランク・プラレイのピアノ独奏曲が入ってる CD の中の「パリのアメリカ人」です。落ち着いて繊細に歌う、センスの良いピアノ・ソロで聞くのもいいものです。ブラスががんばらないのでガーシュウィンらしくないと思われるかもしれませんが、耳にやさしくて粋です。案外この方がじっくり聞ける気もするのですが、いかがでしょう。和音構造もよく分かります。ジャケット写真を掲げた上と下の盤では組み合わされている曲が異なりますが、「パリのアメリカ人」は同じものです。このピアノ版、ガーシュウィン自身が譜にしたものではなく、ウィリアム・デイリー(William Merrigan Daly 1887-1936)という同時代のアメリカの作曲家のアレンジです。ガーシュウィンが作曲した翌年の1929年にはこの編曲版の方も出版されています。

 ハルモニア・ムンディ2004年の録音で、ピアノの音が大変きれいです。



ピアノ協奏曲(1925)
「ラプソディ・イン・ブルー」と「パリのアメリカ人」 の間に挟まれたピアノ協奏曲についても、少しだけ見てみます。この曲は「ラプソディ〜」の翌年の1925年に作られたもので、「ラプソディ〜」の方ではオーケストラへの編曲をグローフェに頼ったので、今度は自分でやってみようとしたものです。 そのために音楽理論を独学で勉強し、場所を借りて演奏者を雇い、音の確認までしました。本人はその後も管弦楽法を習おうとしたけど、わずか一年でやり遂げてしまうというのはやはり天才なのでしょう。評価の方は、前作がジャズを取り入れていたこともあり、こちらの協奏曲はクラシックの伝統的な形に寄っていたがために意見が分かれたということです。技法としては絶賛したプロもいます。協奏曲なので三楽章構成です。

 CD ですが、ラインナップとしては「ラプソディ・イン・ブルー」と同じことになるところを、この曲については気に入ったものだけジャケットを掲げるにとどめたいと思います。

「ラプソディ〜」で良かったピアニストにはジョン・ナカマツ、ティルソン・トーマス、ステファノ・ボラーニもいて、その演奏の特徴はこのピアノ協奏曲でもそのまま並行スライドしたように生かされていますし、「ラプソ ディ〜」で選んだ盤に入っているなら、わざわざ買い直さなくてもその演奏で楽しめるのではないかと思います。というのも、この曲はガーシュウィンの得意なピアノの入った協奏曲ではあるけど、むしろ彼が苦手として克服しようとしていたオーケストラの方が大活躍しており、ピアノは案外そのオーケストラの一部の音として鳴っているようなところもある気がするのです。したがってこれは私見ですが、ピアノの独奏パートでいかにその個性が発揮されるかを見る曲ではなく、案外誰が弾いても元からものすごい違いは出難い作品なのではないかと思います。それを裏付けるようにジャズ・ピアニストで「ラプソディ〜」ではあれほどはじけてジャズ的な崩しを見せていたボラーニも、この曲ではわきまえてクラシックとして上品に、ピアニスティックに仕上げてますし、反対の性質ではめを外すことが少ない印象の、ティルソン・トーマス98年盤で弾いてるギャリック・オールソンともびっくりするような差は感じません。ジョン・ナカマツも見事なピ アニストで素晴らしいですが、そのまますとんと納得でき、他の演奏者たちと比べてどうしてもこの人でなければ、というものでもありませんでした。テンポも抑揚もじっくり聞けばそれぞれに違うわけですから、これはこちらの聞く力の問題かもしれません。


 敢えてメモ書きを残すなら、ギャリック・オールソン/マイケル・ティルソン・トーマス/サンフランシスコ交響楽団
♥♥(’98) は、落ち着いてくっきりとしたタッチのピアノが静かにゆったり弾いて行く傾向 で、走るように速くしたりはありません。自然な音響のオーケストラも同じく全体に落ち着いており、ゆったり静かめのパートが印象的です。感動的に盛り上げるという方向ではなく、高い完成度を見せます。

 ジョン・ナカマツ/ジェフ・タイジック/ロチェスター・フィルハーモニー管弦楽団
♥♥(’06) はゆっくりで歌うように静かに始めるピアノで、テンポに変化を付けます。これもオーケストラが劇的に盛り上げるという感じではなく、落ち着きがあります。録音がまたティルソン・トーマス盤と並んで自然で、フォルテでもやかましくありません。

 ステファノ・ボラーニ/リッカルド・シャイー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
♥♥(’10) はよく歌うオーケストラにやわらかいピアノが絡みます。ピアノがバ ランス的に少し静かでしょうか。弱音の繊細な タッチと強音とを対比させます。前述の通り「ラプソディ〜」では個性的だったジャズ・プレイヤーが、ここでは破綻を見せない、きれいで上品な運びです。ゲヴァントハウス管も「ラプソディ〜」ではジャズ的なためを作ったフレーズで驚かせてくれたわけだけど、その高い能力のソロは健在ながら、そういう表情が際立って目立つパートは多くはありません。



   previnpittsburghgershwin
      Gershwin   Piano Concerto in F
      Andr? Previn   Pittsburgh Symphony Orchestra ♥♥

ガーシュウィン / ピアノ協奏曲 ヘ長調
アンドレ・プレヴィン / ピッツバーグ交響楽団 ♥♥
 そんな中、当時クラシックの演奏者としての洗練を見せて来ていた84年のプレヴィンは、まさにこの曲に相応しい表現をしていると思います。しかしその前にまず、「ラプソディ・イン・ブルー」のピアノの弾き方がジャズのイディオムを反映させた崩しと明晰さで魅力的だった、1960年のコステラネッツとの盤の方です。そちらはピアノがくっきりした音できらきらしてきれいでした。拍のわずかなためとずらしが聞かれ、このクラシックの協奏曲としては最もジャズ寄りと言えるかもしれません。途中から走ったりするメリハリも付け、「ラプソ ディ〜」の方向へ寄せた名演だと思います。録音も悪くはなく、演奏の魅力でこれを取るという選択もありだと思います。ただ音の重なりでの透明度は多少落ちます。

 それに対してここで写真を掲げた新盤の方は、クラシカル・ミュージックとしてのこの曲の性格を真っ直ぐに捉えた名盤だと思います。伝統的な協奏曲として最も美しく、完成度が高いと言えるでしょう。ピアノはくっきりではなく、しっとりになり、やわらかく繊細に弾くように変化しました。ジャズからクラシックの弾き方へと変えているようです。
 静かなところから盛り上げる仕方が繊細で感動的です。粘りとやわらかさがあり、オーケストラのコントロールも行き届いていて大変きれいです。第二楽章の静かなところは色々ある演奏の中でも最も美しいと言ってもいいのではないでしょうか。繊細な呼吸のあるピアノは力が抜けて音もやわらかく、流れもあります。

 フィリップスの録音は見事です。ピアノの音は輪郭と透明感はありますが、旧盤よりしっとりとした大人の音へと変化しています。管弦楽の低音はよりやわらかく、弦は自然な艶が気持ち良いです。バランスは幾分低音寄りで、大きな音でもやかましくならず、細部も埋もれません。録音が最も良いピアノ協奏曲の一枚だと言えるでしょう。  



キューバ序曲(1932)
「パリのアメリカ人」ほど有名ではないけど、キューバ序曲もガーシュウィンらしい作品です。陽気で賑やかなところと、爽やかな叙情に彩られた静かな部分とがあります。作曲は1932年ですから、その前の「パリのアメリカ人」から少し経っていて、ガーシュウィンは三十四歳、亡くなる五年ほど前ということになります。このとき彼はキューバ(ハバナ)に二週間の休暇で出かけたのです。するとそこで現地のラテン音楽(ルンバ)に接することとなり、音に敏感なガーシュウィンはあっという間に魅せられてしまい、それを自身の作品に反映させたくなったようです。現地で使われていたボンゴ(音程の異なる二つのドラム)、クラベス(拍子木のようなもの)、ゴード(ひょうたんドラム)、ギロ(ひょうたんに刻んだギザギザを棒で擦るもの)、マラカスなどの楽器を、例によってパリのタクシー・ホーンと同様に自国に持ち帰ってます。そして帰国して二ヶ月ぐらいでこの曲を仕上げました。
今度はジャズではなくて、ラテン音楽の要素が入ったものとなりましたが、初めて接してインスパイアされた音楽を、たった二週間の滞在で特殊な楽器の使い方のみな らず、トランペットで駈け上がる独特のフレーズやコードまで自分のものにするなんて、やっぱりモーツァルトが一度聞いたアレグリを譜にしたのと同じような能力を 持っていたのかもしれません。しかも聞けばその情感の現れはガーシュウィンそのものです。



   labequegershwin
      Gershwin   Cuban Overture
      Riccardo Chailly   The Cleveland Orchestra ♥♥

ガーシュウィン / キューバ序曲
リッカルド・シャイー / クリーヴランド管弦楽団 ♥♥
 この曲に関しては、このページで取り上げたガーシュウィンのアルバムにカップリングで入っているものとしては、「ラプソディ・イン・ブルー」でジョン・ナカマツがピアノを弾いているジェフ・タイジック/ロチェス ター・ フィルハーモニック管弦楽団の盤と、このシャイー盤が魅力的でした。トータル・タイムでは両者は数秒違いでタイジックの方が多少短いぐらいであり、テンポ設定は共通しています。タイジック盤の良さは、案外ゆったりに感じることと、それも含めて音の面でもうるさくないことです。ゆったりというのは特に中間部で遅めの展開になっているところからそう感じるでしょうか。起伏を大きく付けることなく、静かで等速ながら、録音が自然でやわらかいので心地が良いです。

 一方で上にジャケットの写真を掲げたシャイー盤は、最初はきびきびとした乗りの良さと元気な感じがあり、トランペットも輝いてよく切れ、メリハリがあります。タイジック盤よりそういうところはくっきりとしています。それに対して中間部はこの指揮者らしく大変よく歌わせ、表情が濃くてきれいです。そして静かなところから盛り上がって集結部へ向かう部分が実に感動的な乗りとなっており、それだけでなんか「聞いたな」という感じになります。オーケストラは滅法上手です。

 1985年のデッカの録音は、「ラプソディ〜」や「パリのアメリカ人」で触れた通り、見事なバランスです。タイジック盤の方がやさしいけど、こちらはブラスの輝きも味わえ、くっきりとクリスピーで艶もありながら、きつくなりません。この曲は元々大変元気な音楽なので、このぐらいまでがベストの範疇でしょう。

   

   gilshahamgershwin
      American Scenes
      Gershwin 3 Preludes (for violin and piano, arr. J. Heifetz)
      Gil Shaham (vn)   André Previn (pf) ♥♥


アメリカン・シーンズ
ガーシュウィン / 三つの前奏曲(ヤッシャ・ハイフェッツ編)
ギル・シャハム(ヴァイオリン)/アンドレ・プレヴィン(ピアノ)♥♥
 次はガーシュウィンのヴァイオリン・ソナタ、と言いたいところですが、この作曲家の室内楽というもの自体、弦楽四重奏のためのララバイ(子守唄)一曲ぐらいでほとんどないわけであり、これはヴァイオリニストのハイフェッツが三つのプレリュードを編曲したものです。でもヴァイオリンで聞けるというのもいいものです。演奏は美音で有名なギル・シャハム。1971年生まれの、やはりユダヤ系アメリカ人の名ヴァイオリニストです。七歳でヴァイオリンを始めてたった三年でデビューしたというのですから、ガーシュウィンと同じ種類の天才です。美音のわけは、音がきれいに聞こえる
この人独特のおっとりとした運び(ここでは結構スウィングしてます)からも現れて来るものですが、楽器も1699年製ストラディヴァリ、コンテッサ・ディ・ポリニャック(ポリニャック伯爵夫人)を使っており、録音も良くて全く聞き惚れます。この快感が味わいたくて CD をターンテーブルに何度乗せたでしょうか。ピアノはプレヴィンですから、組み合わせも最高です。

 ガーシュウィンは実は三つのプレリュード(前奏曲) だけで、残りはタイトル通りアメリカの作曲家が集められたアルバムです。それらはコープランドのノクターン(ヴァイオリンとピアノのための二つの小品〜第一曲)とヴァイオリン・ソナタ、それからプレヴィンのヴァイオリン・ソナタ「ヴィンヤード」、これは最初すごくきれいだけど、全体の中でこの曲だけは才気煥発というか、途中で一部がんばった現代曲のような音遣いが聞かれるので聞いて厳しいと思う方も多いかとは思います。全く何でもやれる人です。そして最後がバーバーのカンツォーネ(ピアノ協奏曲の第二楽章)となっています。ガーシュウィンだけでなく全体に美しい響きが堪能できます。

 1996年録音のドイツ・グラモフォンで、音はすでに述べたように大変きれいなヴァイオリンです。現行でしょうか。国内では廃盤の文字も見えます。海外からは買えるようです。