グレゴリオ聖歌 / 古楽の愉しみ 1
  グレゴリオ聖歌・アンブロジオ聖歌・モサラベ聖歌・ビザンティン聖歌 その他

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グレゴリオ聖歌
 このページから三つ連続でアーリー・ミュージック、「古楽」と呼ばれるジャンルの CD を取り上げて行こうと思います。その一回目がグレゴリオ聖歌です。あ らゆる西洋音楽の中で、最も瞑想的なものがグレゴリオ聖歌だとも言われます。仏教の声明やイスラム教のコーランの詠唱にも似たところがあります。心を空にするにせよ、呼吸を数えるにせよ、マントラを唱えるにせよ、あるいは一つのイメージを細かく描くにせよ、瞑想の目指すところはただ一つ、頭の中の会話を止めてこの瞬間にいることですから、こうした聖歌にも忘れられた意味があるのかもしれません。


そこからしか楽譜がない
 グレゴリオ聖歌は修道院でラテン語で歌われる祈りの歌ですが、単旋律 (モノフォニー)といって、修道士たちが和音を使わないで皆同じ音を歌う単純な構造の音楽です。そしてクラシック音楽の始まりというと常にこのグレゴリオ聖歌からと言われます。結局それは楽譜がそれ以外残ってないからということに尽きるのでしょう。古代ギリシャの音も「セイキロスの墓碑銘」のように一部で解明されたりはあるものの、ちゃんと紙として残ってるのは中世の教会聖歌ぐらいなのです。それにはわけがあって、当時は識字率も低く、社会も荒れていて人々は暮らすのに精一杯。教会ぐらいしか文書の守り手がなかったからです。 

 ではどうしてそんなことになってしまったのでしょう。古代文明は大変なもので、我々の想像を超える発達を遂げていました。電気がないときのインフラと言えば上下水道でしょう。少なくとも紀元前1000年には地震で海底に沈んだとされるパブロペトリの町には整った設備があったようだし、紀元79年の噴火で埋もれたポンペイにも備わってました。有名な古代ローマの水道橋も紀元前からで、ローマ市以外にもフランスのポン・デュ・ガールやスペインのセゴビアにも立派なものが残っています。しかし文化的な市民生活が行われていたローマも410年にはゴート族に襲われ、以後は様々な部族の奪い合いとなってヨーロッパ全土が荒廃した暗黒の中世を迎えます。もう少し別の見方もありますが、その後イスラム勢力、ヴァイキング、ペストにも攻撃されて、本格的な上下水道が都市に再整備されるのは19世紀になってからなのです。したがって中世の時代に楽譜など保存できていたのは教会ぐらいだったというわけです。


古代ローマの音楽は残ってない?
 それならば文明的だった古代ローマはどうかというと、これが残ってないようなので す。ギリシャ時代のものは石に刻まれた文字譜や、後世の書物に記された40ほどの断片が解読されているそうですが、ローマ時代はギリシャを理想として引き継いでいただけだということと、ギリシャ時代よりもより実利的な面が強かったこととによって資料がありません。実利的というのは政治・軍事・土木建築に突出して応用科学は得意だけど学問研究には 力を入れないという性質ですが、よく聞こえてくるのはその延長というか、爛熟して退廃に近かった市民生活の有様でしょうか。貴族が開くパーティーは無料で誰でも飲み食いができたので、帝国の方々から貧しい人々が押し寄せてきて詰め込めるだけ詰め込み、帰り道に過食による死体が転がっていたとか、浴場では寝そべって山ほど食べては鳥の羽を使って吐いていたとかいう話です。でもそこで聞かれていた音楽がどんなだったか、もう少し知ってみたいものです。実利=娯楽という意味でギリシャ劇から発展したオペラに近いものとかもあったのでしょうか。


最古の聖歌、その他の聖歌
 一方で聖歌の一番古い楽譜はカイロの近くで1918年に発掘されたパピルス(オクシリンコス・パピルス)に 書いてあった東方教会のもので、文字によるギリシャの記譜法で記された「オクシリンコスの讃歌」だそうです。紀元280年頃のものです。ファ (F) を終始音とするドレミファソラシドであるハイポリディアン旋法の全音階で書かれているということですが、音にしたクリップを聞いてみると、演奏者の解釈で長く延ばさないところが独特には聞こえるし、ファソラシドレミファに近い節回しなので明るくてちょっとエキゾチックな気もするけれど、グレゴリオ聖歌にある音階でもあり、単旋律の響きを聞くと素人のせいで何でもそう感じてしまうのか、やはりどことなくグレゴリオ聖歌のようでもあります。

 このようにグレゴリオ聖歌以外にも教会の聖歌はありました。代表的なものは東方教会のビザンティン聖歌やアルメニア聖歌、スペインで有名な観光名所になっている古都トレドに楽譜が残っており、イスラムの影響を受けたモサラベ聖歌、ミラノにあって西方ながら東方教会の影響を受けたアンブロジオ聖歌など、たくさんの楽譜はな いにせよ、各地の聖歌が修道院などに残されています。そんな中でグレゴリオ聖歌が突出して代表のように扱われているのはローマ・カトリックの標準化の力によって他が淘汰されてきたからです。グレゴリオという名前は権力の大きかった教皇グレゴリウス1世(590 - 604)が編纂したと言われていたところから来ていますが、聖歌自体が盛んになったのは9〜10世紀で、実際の歌の多くは彼が編纂したわけではないようです。


大流行
 1993年、グレゴリオ聖歌の CD が突如売れ続けるという事件が起きました。この話はジャズのページの最後でヤン・ガルバレクの大ヒット「オフィチウム」 をご紹介したときにも触れさせていただき、聖ヤコブの悪戯じゃないかなどと言ったのですが、スペインのシロス修道院の修道士が歌った新録音でもないものが、西 EMI が再編して出したところ25万枚も売れてしまったのです。その後それが世界に波及し、グレゴリオ聖歌のブームとなりました。理由は分かりませんが、触発されてグレゴリオ聖歌を使った関連音楽もどんどんリリースされ、日本にも波及して、当時は街にたくさんあったレンタル CD 屋さんでもあの赤茶色いジャケットを簡単に見つけられるという状況でした。しかしこれはヒーリング効果などに注目されて何度か流行ってきた一つの大きなピークということでしょう。その後も各国で散発的にヒットチャートに食い込んだりはしていたようですし、5、60年代にソレム修道院で精力的に録音されたものがレコードとして出て来た最初の頃にもちょっとしたブームにはなったようです。当時のクラシック・ファンの間では「極めれば行き着く先はグレゴリオ聖歌だ」などというスノップな観念もあったようで、昔からのファンの方にとっては懐かしい話かもしれません。


ヒーリング効果
 ヒーリング効果という話が出ましたが、グレゴリオ聖歌がよく流用されてきたニューエイジ・ミュージック界を含めてそういう認識はずっと続いてきており、一定の人気は保ってきました。本当にヒーリング(治療)効果があるのかということについては、ある本に面白いことが書いてありました。「脳はいかに治癒をもたらすか」という本で、著者はカナダの精神科医、ノーマン・ドイジという人です。少しご紹介しますと、1919年生まれのフランスの耳鼻咽喉科の医師、アルフレッド・トマティスという人が60年代にフランス南部カストル近郊にあるベネディクト派のアンカルカ修道院を訪れたとき、90人いた修道士の70人が部屋に引きこもって鬱病のような症状を示していたというのです。きっかけは当時の修道院の文化改革というか、現代に合わせて色々システムを合理化しましょうという第二バチカン公会議(1962−65)というのがあって、そのカトリックの本部で決まったことを受けて若い修道院長が修道院内の日課を抜本的に変えたことに端を発します。無駄だからというので、それまで一日の日課のうちの6〜8時間を占めていたグレゴリオ聖歌の詠唱をやめさせてしまいました。するとどういうわけか皆がだらんとして意欲を失い、引きこもるようになってしまったというわけです。そうなると聖歌を歌うという行為は、単調で厳格な修道院生活の中にあって一定の精神安定を維持する装置だったという話になります。

 著者は聖歌そのもののあり方もさることながら、そこに含まれていた高周波音を聞くことも効果の一端を担っていたのだろうとしています。人間の声は一つの音程で歌っていても様々な倍音を同時に響かせています。それは高い周波数なのですが、より倍音の豊かな音を出せる人もいればあまり出さない人もいます。日常会話でもその差はあり、話が魅力的に聞こえる人とそうでない人がいるということもそこに関わりがあるということです。そして修道院では聖歌が歌われる場所は円天井であり、残響も長くて高周波の倍音が強調されやすく、修道士たちは歌いながら自らの声を体全体に浴びるように響かせることで癒されていたというわけです。トマティスは高周波の強調されたグレゴリオ聖歌の録音をまず修道士たちに聞かせましたが、彼らの症状はその後歌うことが許されるようになると回復し、聖歌のヒーリング効果が確認されることとなりました。

 以上はドイジの説明です。グレゴリオ聖歌を心静かに聞いていると、個人的な感想だけど、その効能が単に高周波の作用から来るだけでもないような気がしてきます。モノフォニーの静かな音楽にはそれ以降のものにはないような心を鎮める働きがあるように感じるのです。特に間を十分にとる歌い方の場合、響きのある広い空間に音を出すことで、反対に消えて行く無の世界、そこから全てが生まれ出て来る源泉の方に意識が自然に向くのかもしれません。

 いずれにせよ、グレゴリオ聖歌の多くは修道院で修道士たちによって歌われており、その録音には彼らの精神安定を保たせ続けている音そのものが入っています。



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       Gregorian Chant   Abbaye Saint-Pierre de Solesmes (Dom Joseph Gajard: left/ Dom Jean Claire: right)

グレゴリオ聖歌集 / サン・ピエール・ド・ソレム修道院聖歌隊
(ドン・ジョセフ・ガジャール神父指揮:写真左 / ドン・ジャン・クレール神父指揮:写真右
 カトリック正統のグレゴリオ聖歌には歌い方の流儀が色々あるかと言えばさにあらずで、CD の演奏を大別すれば二つという感じです。一つは修道院で実際の修道士たちが歌っているありのままのもの、もう一つは声楽のプロが歌っているものです。後者は歌い手によって考え方の違いが出ますので、グレゴリオ聖歌が記されている五線紙でなくて四線紙の楽譜に並んでいる、丸ではな くて四角のネウマという音符の一つひとつについて、その長さや強さにアクセントを付けて歌うものも含まれます。対して修道士たちは昔からの標準化の力が働いているからか、ネウマの種類に従ってみな同じ長さに揃えて歌う流儀になっています。ソレム唱法と呼ばれるもので、ソレム修道院というところで体系化された伝統です。録音として出て来ているグレゴリオ聖歌はベネディクト会修道院のものがほとんどで、ソレム修道院もベネディクト会なので、結局国は違えどどれを聞いても同じよう に聞こえてしまうという面もあります。 

 パリの南方を東西に流れるロワール川は古城巡りで有名なフランス最大の観光スポットですが、サン・ピエール・ド・ソレム修道院はその拠点である中西部のトゥールの町から北西へ100キロほど、ブルターニュ半島の付け根で自動車レースで有名なル・マンの近くにあります。19世紀に始まった中世カトリック聖歌復興運動の中心地です。このソレム修道院こそがグレゴリオ聖歌録音のパイオニアであり、基準となっているので、一枚だけ聞きたいというのであればこれを選ぶのは真っ当な考えです。奇跡のヒーリング劇のアンカルカ修道院もベネディクト派ですから、こういう音のことを言っているわけです。少し猫撫で声のやわらかいレガートでうねるように流れるその本家本元ソレムの音は大変魅力的で、これだけでも良いか、と思わせます。

 録音は1950年代から精力的に行われてきており、聖歌研究の先駆者でこの分野の権威のように言われている1920年生まれのドン・ジョセフ・ガジャール神父の指揮によるものが70年ぐらいまで、その弟子のドン・ジャン・クレール神父のものが78年ぐらいまであります。両者は師弟ゆえに素人にはほとんど同じように聞こえ、録音によってはガジャール神父の方が荒削りで力があるように感じたり、クレール神父の方がより撫で肩に聞こえたりする場合がありますが、性質の違いとは言えないかもしれません。録音状態は後発のクレール神父の方が有利なのでそちらで代表させてもいいかとは思います。ガジャール神父のは古いものはノイズが混じるのから、新しい方はクレール神父と変わらないようなコンディションのものまであります。それぞれ何度も組み合わせやジャケットを変えて出し直されていますので、ここでは昔のものの写真で代表しておきました。両者合わせて22枚などという全集も出ています。上に掲げたクレール神父の CD のカヴァー写真は私が持っている「復活祭のミサ・白衣の主日のミサ」という1980年発売の一枚です。「めでたし、この祝日 」(Salve festa dies)という、グ レゴリオ聖歌の中でも覚えやすいメロディーの復活祭用の曲を聞くことができます。そのように独立して有名曲扱いになりそうな旋律の曲は他に、この一枚には入っていませんが、「すべての者の救い主なるキリストよ」(Christe Redemptor omnium)という降誕節(クリスマス)の曲、「われは御身を敬虔にあがめ」(Adoro te devote)という聖体降福式のものなどがあります。ソレム修道院の録音は全般に残響の長いこの手の録音の中でも最もたっぷりと響くものの一つです。



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       Gregorian Chant   Abbadia de Santo Domingo de Silos, Burgos   Dom Ismael Fernandez de la Cuesta

グレゴリオ聖歌集 / サント・ドミンゴ・デ・シロス修道院聖歌隊
/ ドム・イスマエル・フェルナンデス・デ・ラ・クエスタ神父
  これぞ1993年にスペインで謎の爆発的ヒットを記録して世界にブームが波及したシロス修道院聖歌隊のグレゴリオ聖歌です。すごく変わってるわけではありません。ソレム修道院と同じベネディクト派で、歌い方もよく似ています。国と言語圏が異なっても、ラテン語のグレゴリオ聖歌にあってはアクセントが違うなどということも分かりません。クレール神父のソレムの方が角が丸くて抑揚がやわらかく、人数が多く聞こえる分圧力感をもって波のようにたゆたうのに対して、シロスの方はフレーズがより真っ直ぐでテンポがわずかに速めのこともあり、透明感がある気がします。でも残響の加減だとも考えられるし、好みの問題であって、謎のヒットの説明になるほどではない気もします。それでも録音が良く、ソレム唱法で歌う本場の修道士による伝統的なものの中では最も美しいとも言え、これをグレゴリオ聖歌の代表として一枚だけ選ぶのもいいでしょう。

 スペイン EMI のストックされてた録音がヒットしたわけですが、ドイツ・グラモフォンからも同じ修道院のものが出ています。EMI の録音は1973年、グラモフォンは68年です。それなら5年古い方が音が劣るかというとそういうことはなく、EMI の方がやや中域がグラマラスで録音レベルが多少大きめに感じられ、グラモフォンの方が幾分静かに聞こえるかというところです。その静かな点ではグラモフォン版も大変魅力的です。指揮者は同じです。



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      Gregorian Chant   Choralschola der Wiener Hofburgkapelle
      (Schola of the Vienna Imperial Chapel) conducted by Pater Hubert Dopf S.J.

グレゴリオ聖歌集 / ウィーン・ホーフブルクカペルレ・コーラススコラ
/ フーベルト・ドップ神父
 人気のグレゴリオ聖歌は各レーベルがこぞって出してきていますが、以前のフィリップスから出たのがこれです。1952年にヨーゼフ・シュニットという人に よって当初十人のメンバーで立ち上げられたグレゴリオ聖歌を歌うグループによるもので、ウィーン国立音楽大学の教授であるドップ神父(1921〜)が指揮をしているといっても、歌っているのは修道士たちというわけではありません。

 シロス修道院のものよりも 声がやわらかくてやさしい歌い方です。圧迫感がない分ボリュームが小さく聞こえ、ソレムやシロスよりそっと歌ってる印象です。 テンポは比べればやや速めで語尾を長く引っ張らない傾向があり、残響もほどほどで、人数が少なく感じられて透明感があるのが素晴らしいところです。出た当 初からこれを褒める人も多く、今も大変人気があって各国のサイトでよく扱われています。

 1985年のディジタル録 音ですが、今は出たときのレーベルが消滅しているのでユニバーサルからで、Classic fm シリーズとなっていたりするようです。色々意匠を変えてきたので、ここでは昔の装丁の写真を 掲載しておきます。



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       Gregorian Chant   Benedictine Monks of the Abbey of Saint-Maurice & Saint-Maur, Clerveaux

グレゴリオ聖歌 集 / 聖モーリ ス及び聖モール修道院ベネディクト派修道士聖歌隊
 もう一つ、フィリップスで 昔から出ていて国内盤もあり、現在もその音源が販売されて一定の人気を保っているグレゴリオ聖歌があります。聖モーリス及び聖モール修道院ベネディクト派修道士聖歌隊のものです。クレルヴォーとありますが、これは聖ベルナルドのいたフラン スのクレルヴォーではなく、ルクセンブルクにあるベネディクト会の修道院であり、ソレム派の修道士たちが1909年に作ったものです。ということで、歌い方はソレム修道院のものと同じです。

 この録音の一番特徴的なことは、賛美歌のようにオルガンの伴奏が入るということです。グレゴリオ聖歌は単旋律の音楽なので伴奏は 通常ありません。もし伴奏として和音を付け加えるなら理論上様々な音が選び得ることになります。ジャズなどは色々な和音(コード)でアレンジして、まるで元とは別の曲のように聞かせることはご存知のことと思います。た だ、聖歌の旋律は個々に教会旋法の音階が決まっているので勝手な和音は選べないように思われるかもしれません。現代の音楽理論ですと一つの音階に合った和 音は一定のものに限られるからです。しかし元々単旋律だった時代の旋法(音階)ですから、ドと来たらドミソ、という単純な適用は想定されないのです。どう してもやるなら中世の完全5度や4度の音程の和音を組み合わせるとか、それらしくしようと思えばやりようがあるでしょう。ところがどういうわけか、ここで の伴奏は我々の耳に馴染みのよいきれいなコードで付けられています。そのやり方が現代の教会の賛美歌のようなのです。オルガンの一音が鳴っている間に歌の 音がいくつか進行する箇所もあり、そのずれて被る感覚も日曜日の賛美歌っぽいです。こう説明すると何かいい加減な演奏だと言っているようですが、実はこの 伴奏こそがこの演奏の最大の魅力だとも言えます。言い方を変えればフォーレの美しいレクイエムの一節みたいな瞬間がある、と表現してもいいでしょう。きれ いな今風の和音で定義されることで単調に響きがちな聖歌が大変聞きやすくなるのです。グレゴリオ聖歌に慣れていない人が最初に聞いてみる場合はこの CD が最も馴染みやすく、美しく感じることだろうと思います。

 1959〜60年のステレオ録音です。歌い方はソレム修道院のものと比べればよりはっきりした発音で、レガートがさほど強くはないながらも滑らかに進行するのは同じ、残 響はしっかりとある、という感じです。ソレム同様人数も多く感じます。
 ここでは以前のフィリップス盤のジャケット写真を代表で掲げておきます。二枚組で「めでたし、この祝日」(Salve festa dies)、「すべての者の救い主なるキリストよ」(Christe Redemptor omnium)、「われは御身を敬虔にあがめ」(Adoro te devote)などの名旋律が網羅されています。これ以外にも国内盤など、一 枚ずつのものもありました。現在は装丁違い、編曲違いの もので出ており、配信もされています。



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      Gregorian Chant   Karfreitag, Ostersonntag  
      Choralschola der Abtei Münstershwarzah   Peter Godehard Joppich

グレゴリオ聖歌集 / 聖金曜日と復活際 / ミュンスターシュヴァルツァハ修道院聖歌隊
ゴーデハルト・ヨッピヒ神父
 ベネディクト派の修道士が 歌う伝統的なもので録音がディジタルになったもう少し新しいものも取り上げます。
アルヒーフ・レーベルから出 たもので、ドイツ・ロマンチック街道の起点、ヴュルツブルクから近いミュンスターシュヴァルツァハ修道院の聖歌隊です。残 響は十分ありますが、響き過ぎないのでクリアです。やわらかく歌っていてもソレム修道院ほどのレガートではなく、時々切れ目もあってフレーズの最後も延ば し過ぎません。声が安定していて明瞭であり、大変きれいなグレゴリオ聖歌です。復活祭の日曜日の曲が半分ながら、前述の有名なメロディーが入っているわけ ではありません。録音は1981〜82年です。国内盤ではこの演奏と他の団体とのものが色々コンピレーションになっているアルヒーフのグレゴリオ聖歌ベス ト盤のようなものも出ています。 



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       Gregorian Chant   Gregorian Chants from Assisi
       Coro della Cappella Papale di San Francesco d 'Assisi
       Padre Maestro Alfonso Del Ferraro

グレゴリオ聖歌 集 / アッシジ聖フランチェスコ大聖堂聖歌隊
アルフォンソ・デル・フェラーロ
 こちらは少し懐かしい録音 で1965年のドイツ・グラモフォンですが、アッシジの聖フランチェスコ大聖堂聖歌隊です。聖フランチェスコはやさしい人で鳥 と話ができたなどとも言われる有名な聖人ですが、ここの修道士たちによるグレゴリオ聖歌は、録音が古めで最高のコンディションとは言い難いものの独特の魅 力があります。語尾を長く延ばしておいて間をしっかりと取る歌い方は静かで素朴な感じがします。いかにもひなびた修道院というように聞こえて大変良いので す。水色の地に黄色の文字でタイトルが書かれ、下半分に聖堂の絵が描かれた二枚組の LP だったものを最近になってディジタル化したもので、配信もされています。掲載した写真は最近の配信サ イトにも出ているものです。



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       Gregorian Chant   Tranquility Holy Week Liturgy   Chœur Grégorien de Paris   

グレゴリオ聖歌集 / トランクウィリティ・聖週間典礼 〜枝の日曜日から洗足木曜日まで
/ パリ・グレゴリアン合唱団
  エラートが出してきた録音で、1974 年に結成されたパリの合唱団によるものです。人気のウィーン・ホーフブルクカペルレと比べても良いのではないかと思います。テンポが同じぐらいでやや速め なこと、語尾もあまり延ばさないところが似ていて、同じく専門の合唱団による伝統的な歌い方によるものだからです。人数が少なめという点も同じです。違い としては声がやわらかいウィーン・ホーフブルクカペルレに対し、もう少しはっきりしたイントネーションだということでしょうか。「静けさ」というタイトル が示す通り、その明晰さが透明感につながる大変魅力的な演奏です。ソロの部分で声を震わすのは他の演奏でも同じなので、そういう流儀なのだと思います。残 響はウィーンのものより長く、シロス修道院ほどではありません。1990年のディジタル録音です。



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      Gregorian Chant   Mysteria Gregorian Chants   Chanticleer

グレゴリオ聖歌集 / グレゴリアン・チャントの神 秘 / シャンティクリア
 1978年に結成されたア メリカ、サンフランシスコの男声アンサンブルの演奏です。修道士ではなく、プロの声楽家によるものであり、恐らく技術的にも最 高度ではないかと思います。発足当初は8人でしたが通常は12人での活動で、シャンティクリアというのは雄鶏の意味だそうです。グラミー賞も取っていてア メリカでは販売サイトの推薦盤になったりもします。

 ソレム唱法とは違っていて音符の長さが一定でなく、強弱の変化が一音の中にもあります。色々工夫も凝らされていて、女性の声を加えた曲も二曲あり、最初の「枝の日曜日のホザンナ」(Hozanna Psalm 23)では女声が裏に被さるように一体 になって聞こえるので、男声グループだったはずなのに、まさか天使の声(倍音によって歌ってないはずの高いパートの声が聞こえる現象)でもなかろうにと一 瞬驚いてしまいます。リズムを取るためにコツコツと叩かれる音も聞こえるし、飽きさせない趣向です。そして最 後のサルヴェ・レジーナ(聖母マリアのためのアンティフォナ Salve Regina)で女声だけが聞こえる瞬間が来て、なんだやっぱり歌ってた と納得したりするのです。8曲目の聖金曜日のインプロペリア(我が民よ Reproaches & Trisagion)では低音を一音持続させておいてその上に歌を展開する試みもしており、中世の作曲家の合唱作品かと思います。

 こうした歌い方の工夫以外 でも、冒頭で触れた通り歌そのものが大変上手だというところにも特徴があります。声質はきれいで皆が安定して揃っており、ソロの部分も完璧な芸術的声楽家の抑揚を思わせます。そしてそんな路線なんだという知識があると野心あふれる作られた聖歌かと疑うかもしれませんが、聞くと全くそうではありません。不自然さがなく、純粋な音に グレゴリオ聖歌の理想型を見る思いがします。残響はしっかりありますが、 人数が少なく上手に溶け合って重ならないので透明です。テンポは比較的ゆっくりでやわらかい声です。英語には落ち着かせるという意味でスーっとするみたいな soothing という言葉がありますが、正にこれ ぞスージング・サウンドと言いたくなる癒しの一枚でもあります。 1994年テルデックの優れた録音です。



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      Gregorian Chant   Capella Antiqua München   Konrad Ruhland

グレゴリオ聖歌 / カペラ・アンティカ・ミュンヘン / コンラッド・ルーラント 
 続いて合唱団による演奏で、1956年にコンラッド・ルーラントによって結成され、今はないミュンヘンのカペラ・アンティカ・ミュンヘンです。装飾音などは聞かれない 伝統的な歌い方で、中世の歌唱法に新解釈で光を当てることを目指しているわけではないようですが、四曲目のクリスマスの聖歌(Intende qui regis Israel)で5度違いの和音を平行に歌う中世オルガヌムの合唱曲のような展開を聞かせています。やはりちょっと意欲的な取り組みなのでしょう。

 人数は少なめで残響はありますが、これも透明な音です。全員が揃っており、勢いがあって少し力 強い感じがします。テンポはやや速めでしょうか、決して遅くはありません。録音は1972〜73年。MPS レーベルで、掲載の写真は2018年に新しく出たものです。



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        Gregorian Chant   Canto Gregirano  les tons de la musique
        Unsamble Gilles Binchois   Dominique Vellard

グレゴリオ聖歌 / アンサンブル・ジル・バンショワ / ドミニク・ヴェラール
 修道士ではなく合唱団が歌うグレゴリオ聖歌で、ソレム唱法ではなくて独自の研究に基づいた意欲 的な表現を見せる演奏を一つ。1953年生まれのフランスのテノールにして中世音楽の専門家 ドミニク・ヴェラールによって1979年にフランスで結成された古楽グループ、アンサンブル・ジル・バンショワです。

 男声と女声が交互に出て来ます。何よりもこぶしを回すというのか、トリルのように翻る装飾音(メリスマ)が特徴的でちょっとコーランの読唱のようで もあります。アンサンブル・オルガヌムの歌うローマ聖歌も同じようにメリスマを使ってフレーズを切って歌っていますから、古いローマの伝統として何かこう する根拠があるのでしょうか。アラビア文化が入った後の資料によっているのかもしれません。音符の扱いは一定というわけではないようですが、その点は自然 に聞こえます。テンポは速めで残響はしっかりありますが、音は重なり過ぎたりはせずきれいに響きます。最 初の曲の途中でカペラ・アンティカ・ミュンヘン同様に和音が出ます。中世の歌のようですが、こちらは平行5度の推移ではなく、低音で一音出し続けながらそ の上に聖歌を乗せる形です。これも先に触れたローマ聖歌もそうなっています。これらの歌い方がどのぐらい当時のグレゴリオ聖歌のあり方に忠実なのか、根拠 は何かなどは私には分かりません。

 レーベルはスペイン・カントゥス・レコーズ、ピノ・ノワールのワインで有名なフランス・ブル ゴーニュ地方、ソーヌ=エ=ロワール県のアンジー・ル・ドュックのプリュレ教会で1989年に録音されました。音が澄んでいてきれいです。



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       Gregorian Chant   Paschale Mysterium   Gregorian Chant for Easter
       Aurora Surgit (Women's Voices)   Alessio Randon (Soloist and Director)

グレゴリオ聖歌集 / 復活祭の神秘〜復活祭のためのグレゴリオ聖歌
/ アウロラ・スルジット(女声)/ アレッシオ・ランドン(独唱、指揮)
 女声によるグレゴリオ聖歌はいかがでしょうか。これが大変美しく響きます。グレゴリオ聖歌というと男声修道士たちの声を思い浮か べますが、それはカト リックの伝統が聖歌を男性聖職者に限る傾向があったことからそうなったわけです。中世のスコラ・カントルム(教皇によって作られた聖歌学校)の聖歌隊に女 性が入るなどということは許されていませんでした。しかし女子修道院というものはあり、そこでは歌われていました。公式の場で披露というわけにはいかなく ても、歌声はあったのです。 

 ここで歌っているアウロラ・スルジットはヴェニスの南西ロヴィーゴにある音楽大学の合唱クラスから生まれた合唱団で、グレゴリオ 聖歌を現代にあるべき姿 として蘇らせることを目的としているそうです。したがって修道女の聖歌隊というわけではありません。団体の名前はマグダラのマリアの祝祭で朝の讃歌として 歌われる聖歌の題名「夜明けの輝き」(Aurora Surgit Lucida)から来ているそうです。そう聞くとマリア被昇天の教会公認の動きなどに象徴される新しい女性の時代の幕開けを 意識しているようにも思えます。いかなる分野においても完全な平等が実現し、男性原理の独裁的支配が終われば良いなと感じます。

 静かに歌われます。少女のような高い声で、人数が多くは聞こえません。残響はありますが、澄んでいるので被ってもやっとするとこ ろはありません。リー ダーのアレッシオ・ランドンの男声独唱でリードされるパートも途中出てきます。伝統の流儀なのかやや震わせるところもあるので全部女声で構わない気もしま すが、さほど気になるものではありません。これを聞いていると男声のグレゴリオ聖歌よりこちらの方がいいようにも思えてきます。

 1995年ナクソスの録音で、イタリアの教会で収録されたものです。



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       Gregorian Chant   Chant Cistercien   Ensemble Organum   Marcel Pérès ♥♥

グレゴリオ聖歌 集 / シトー派の聖歌 / アンサンブル・オルガヌム ♥♥
/ マルセル・ペレス
 つい最近のものではないですが、グレゴリオ聖歌の類の中では気に入ってよくこれをかけてきまし た。他と同じように思えるものが多い中にあってこれだけはちょっと違っていたからです。シトー派のグレゴリオ聖歌です。CD の表記ではグレゴリオ聖歌だともうたっていません。シ トー派はソレム修道院などと同じカトリックのベネディクト会系修道院の一派で、別名ベルナルド会とも言います。質素で戒律を重んじる傾向があり、12世紀 フランスの聖人ベルナールが有名にしました。一時期はヨーロッパ各地に修道院があり、そこで独自の発展を遂げた聖歌は飾りが少なくて純粋なトーンを持って います。標準化された聖歌をそのまま歌うのではなく、彼らなりに作り変えて洗練させて行ったからのようです。

 これを聞くとなぜかちょっと懐かしい感じがしてきます。デジャヴというのか、音楽に限らず理由もなくそんな感 覚を抱くことはよくある と思いますが、異国の遠い時代だからといって不思議じゃないのかもしれません。フランス北部でフランドルから神聖ローマ帝国の間のどこかが領地の貴族がシ トー派の女子修道院に定期的にワインを買い付けに行っていました。そして樽のある部屋で灰色がかって見える僧服の修道女といつも語らっていたのだけれど も、貴族仲間の陰謀に加担しなかったことである夜、領内を一人馬で歩き回っていたところを待ち伏せた仲間に襲われてしまいました。そんな記憶を持つ人だっ ているかもしれないではないですか。それはともかく、この団体の歌にはどこか引き込まれる魅力があります。

 歌っているのは修道士たちではなく、1982年に結成された フランスの古楽グループ、アンサンブル・オルガヌムという声楽のプロです。プロだけに揃った 声で歌が上手く、それでいて修道士の雰囲気はたっぷりとあります。やわらかく漂うようでありながら声自体はスムーズに角の丸まったものではありません。低 くてむしろ地声に近いというか、ソレム修道院のように撫でる鼻声とは違う発声ですが、静 かで清潔な印象です。アーチ天井の細長い石の回廊に響き渡る声にはたっぷりと残響が加わり、声が溶け合って純粋なトーンに感じられます。その録音場所は南 フランスで、トゥールーズから城壁都市カルカッソンヌを越えて地中海の方へ行ったナルボンヌの町の近く、フォンフロワド修道院(Abbaye de Fontfroide)というところです。ラングドック・ルーション地方ですかから、その名前だとワイン好きの人には聞き覚えがあるでしょ う。1991年ハルモニア・ムンディ・フランスの優秀録音です。



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       Gregorian Chant   Cistercian Monks Of Stift Heiligenkreuz ♥♥ 

グレゴリオ聖歌集 / ハイリゲンクロイツ修道院聖歌隊 ♥♥
 こちらもシトー派のグレゴリオ聖歌ですが、修道士たちによっ て歌われています。ウィーン近郊でウィーンの森の南側にあるハイリゲンクロイツ(聖十字架)修道院の修道士です。この修道院は珍しいことに1133年の始まりから中断なく続いているシトー派 最古の修道院ということです。フランスなどでは革命によって中断されたりしているのに、場所が良かったのでしょうか。

 数あるグレゴリオ聖歌の中で、前述の アンサンブル・オルガヌム、次にご紹介するスコラ・カントルム・マグヌスと並んで最も魅力的な一枚であり、私的には今のところベストです。特にこの演奏に だけ顕著に感じられる独特の静粛さ、間を空ける感覚があります。全体の雰囲気はスコラ・カントルム・マグヌスとも似た感じですが、完全に力が抜けており、声がリラックスしていてやわらかいとこ ろが違います。テンポもゆったりしています。人数は多くないよう です。ソレム修道院やシロスのように朗々と響くボリュームのある感じではないのが最近の録音の 傾向のように感じますが、より瞑想的と言うべきでしょうか。17曲目(Ad Completorium; Psalmus 90 [91])のように同じフレーズを延々と繰り返す曲はちょっと単調に も聞こえますが、マントラと同じで意識を思考から逸らすには良い方法でしょう。デッカが90年代のグレゴリオ聖歌の流行を受けて、新しい世代のより今の ニーズに合ったものを探そうという企画で出して来たもののようで、それがより瞑想的で静かなものになった理由なのだと思います。修道士たちのはずなのに、 それぞれがソロの実力を持っていてぴったりと揃い、シャンティクリアやスコラ・カントルム・マグヌスに負けない歌唱のプロのような仕上が りになっています。途中で美しい鐘の音も響き、修道院のある場所に空間移動したみたいです。最も安らげる一枚です。

 録音は2007年で、同じ装丁で一枚 ものと二枚組とが出ています。二枚組は一枚だけのものと片方が同じ盤です。



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      Gregorian Chant   Schola Cantorum Karolus Magnus   Stan Hollaardt ♥♥

グレゴリオ聖歌集 / スコラ・カントルム・マグヌス ♥♥
/ スタン・ホラールト
 これもハイリゲンク ロイツ修道院の2007年盤と並んで大変素晴らしい演奏です。オランダのアムステルダムやロッテルダムなどのある海側とは反対のドイツ側の町、ニジメゲン を本拠地とする14人の合唱団で、名前に付く「偉大」を意味するマグヌスという語はカール大帝(シャルルマーニュ)のことだそうです。その治世に礼拝の形 式が統一され、西ヨーロッパにグレゴリオ聖歌が広がったからであり、またニジメゲンには大帝の宮殿があって本人が何度も訪れていたようです。それもあり、 グレゴリオ聖歌の伝統が守られてきた町なのです。この合唱団はグレゴリオ聖歌を歌うことで保存する団体として結成されました。修道士ではなく、歌のプロで す。 

 声は過度にやわらかくするものではな くて、力まずはっきりとしています。空間に溶け込む響きが美しく、全体にゆっくりというか、適度なテンポで歌っているところでもなぜかゆったりとして聞こ えます。フレーズの終わりの長さと間を十分とるからでしょうか。14人ですが人数が多くは感じない一体感があり、ハイリゲンクロイツ盤と同じく静けさに満ちてい ます。グレゴリオ聖歌を聞くときに人々が求めるのはこういう静けさではないでしょうか。ブリリアント・クラシクス2005年の録音です。
 
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グレゴリアン以外の聖歌
  先ほどちょっと触れましたが、教皇グレゴリウス1世の名で括られ、カトリックが標準化の圧力を加えて行ったローマ/ガリア由来の伝統の歌以外にも聖歌は存 在していました。西ローマ側、カトリックの勢力圏に入ったものとしては、そのグレゴリオ聖歌になる以前のローマ聖歌やガリア聖歌以外にもアンブロジオ聖 歌、モサラベ聖歌などがありました。そして東方教会にはまた別の聖歌がいくつもありました。


西方教会〜アンブロジオ聖歌
 ローマ・カトリックの正統として中央集権的に統一された感の あるグレゴリオ聖歌に対して、同じ西ローマ側でイタリアでありながらも独自の伝統を守ったのがミラノのアンブロジオ聖歌です。聖アンブロジウス(390? - 397)の力があったからだとも考えられていますが、名が冠せられたその聖歌が彼の編纂になるということは地元で信じられてはいても、事実かどうかは疑わ れているようです。ミラノは交易都市で東ローマ側とも通じており、聖歌はビザンチン文化の影響を受けています。



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      Ambrosian Chant   Early Christian Chant of the Ambrosian Rite
      In Dulci Jubilo   Alberto Turco   Manuela Schenale ♥♥

アンブロジオ聖歌 / アンブロジオの典礼における初期キリスト教の聖歌(女声)
/ イン・ドゥルチ・ジュビロ / アルベルト・トゥルコ(指揮)
/ マヌエラ・シュナール(ソプラノ)
 女 声によるグレゴリオ聖歌(厳密にはアンブロジオ聖歌ですが)として最も心落ち着く美しい歌唱はこれかもしれません。1937年生まれのイタリアの音楽 学者・指揮者にしてグレゴリオ聖歌の権威でもあるアルベルト・トゥルコが指揮をして、ソロのマヌエラ・シュナールが歌うものです。合唱団はクレモナで毎年 開かれるグレゴリオ聖歌のコースから1988年に形成され、イタリア各地のメンバーから成るイン・ドゥルチ・ジュビロ (伝統的なクリスマスの歌の名前)。アンブロジオ聖歌としては手に入りやすいものですが、この聖歌は女声が一般的というのでは決してありません。また、メ リスマと感情の強さについて指摘される聖歌ではありますが、この録音に限っては特にメリスマを回すこともないように聞こえます。ゆっくり回しているので普 通の音符の進行に聞こえているだけの箇所もあるのでしょうか。いずれにせよ自然でリラックスできます。アタックも強くなく静かに歌われて行くので、逆に言 えばグレゴリオ聖歌との違いがよく分からないとも言えます。修道院の聖歌隊ではなく合唱団によるので声も揃っており、きれいなソロが活躍することもあって がやがやしない静謐な印象です。実際の人数も少ないようです。アウロラ・スルジットの女声グレゴリオ聖歌盤と比べるとリードするソロの声も女声なのでより いっそう統一感があります。大変聞きやすく、やさしく歌われる子守唄のようであり、資料として以上に楽しめる音楽です。グレゴリオ聖歌ではな くても、同じ目的でヒーリング効果を求めてかけるのもいいのではないでしょうか。

  1995年、イタリア半島の付け根にあるロンバルディア地方マントヴァの教会での録音で、レーベルはナクソスです。

 こ のナクソス盤はアンブロジオ聖歌としてはちょっと変わった取り組みだと言いましたが、因みにマルセル・ペレ スアンサンブル・オルガヌムの演奏による盤も出ています(ハルモニア・ムン ディ・フランスでアルバム・タイトルは Chants de l'Église Milanaise)。 こちらは男声と女声の両方が聞けるものですが、次でご紹介するモサラベ聖歌がそのグループによるものなので概略だけにします。そちらの演奏ではしっかりと メリスマを回しています。こぶしのように翻る装飾を付けた感じと言いましょうか。そういう意味では彼らのモサラベ聖歌での演奏ともよく似ています。ビザン チン文化との交流ということで、こ のアンブロジオ聖歌でもイスラムの影響があったということなのでしょう、それが元の聖歌成立よりも後かどうかということはありますが、やはりそういう歌い 方だとちょっとアラブ風にも聞こえてしまいます。旋法としてはそんなアラビア短音階寄りのものから長音階的なものまでいくつかあるようです。曲によっては低音部の持続音をまとまった フレーズごとに音程を変えながら付け足して和音にするものや、男女が声を合わせるもの、女声だけの曲もあります。その女声の曲でも和声になる部分があり、低音一音の持続音はやはり途 中のフレーズで切り替えられて音程が変わりますが、一つのフレーズが長いのでずっと同じ音が鳴っているよ うにも聞こえます。そんなところはまるでアルメニアの民族音楽のよう です。また、メリスマを使うからかずり上 がるような音程移動も聞こえ、女声であることも相まってやや扇情的に響きます。こうした解釈だとイン・ドゥルチ・ジュビロ盤 とは違ってこの聖歌自体が力強い世俗的な性格だとする のも頷けます。同じものがこれだけ解釈が違 うのも面白いことです。不思議な半音も時折聞かれる ので、全音音階でもなさそうです。


西方教会〜モサラベ聖歌
  スペインの古都トレドはマドリッドから電車で遠くはありませんが、モサラベ聖歌はそこの教会に楽譜が残る聖歌です。その辺りでのみ許される時期があったの でそこで発見されたわけですが、実際はそれ以前にはスペインの他の地域でも歌われていたようです。西方教会で淘汰の力がかかったにもかかわらずそうやって 資料が残り、現在特殊なネウマの解読に加えて音の面でもその再構成の努力がされています。
 モサラベというのは「キリ スト教徒」の意味です。グラナダのアルハンブラ宮殿やコルドバのメスキータ寺院がイスラム様式の建築として有名な通り、スペイ ンはイスラム勢力によって支配された期間があるのでアラビア語のなまった言葉でそう呼ばれていたのです。そんなこともあってモサラベ聖歌はイスラム文化の 影響を受けた聖歌だとされます。東側ビザンチンのものもそうですが、イスラム化する前から何らかの形で歌われていたはずなので、本来の姿がどうだったかは 突き止めようがありません。



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      Mozarabic Chant   Ensemble Organum   Marcel Pérès

モサラベ聖歌 / アンサンブル・オルガヌム / マルセル・ペレス
 シトー派の聖歌で魅力的な 演奏を聞かせてくれたア ンサンブル・オルガヌムの演奏です。この人たちはローマ聖歌を歌ったアルバムも出していますが(古いローマの聖歌集 Chants de L'eglise de Rome)、それとこのモサラベ聖歌は案外似て聞こえます。ローマ聖歌の方の企画はカトリックの基準であるグレゴリオ聖歌のスタイルが確立する前の姿を見 たいということだっただろうと思います。しかしそれが歌い方の点で似ているのは面白いことです。こういう専門的なことは私の手には負えないので、 これらグレゴリオ聖歌以外の聖歌に関しては気に入ったものは少しだけ取り上げて、特に次の東ローマ側の聖歌などは資料的な意味で参考ま でに言及するにとどめようと思います。

 さて、ローマ聖歌と似てる と言ったのは、モサラベ聖歌もメリスマで裏返る装飾が付くところです。このメリスマに関してはモサラベの特徴の一つであるようです。こ ぶしを回して高い音へと跳ね上げて力強く歌うわけで、その辺りの部分が苦役に臨んで力を込める労働歌のようでもあります。ゆっくりなところは違いますが、 日本の民謡にもありそうな船頭の舟歌か木こりの音頭のようにも聞こえるのです。したがってペレスの解釈だと古ローマ聖歌もアンブロジオ聖歌も、このモサラ ベ聖歌もその違いが私にはよく判別できません。そしてソロで最初に導かれる句の部分は、やはり門外漢にはコーランの祈りの先導に近く感じてしまいます。ビ ザンツ聖歌のいくつかほどではないですが、かなりエキゾチックです。1994年録音、ハルモニア・ムンディ・フランスです。



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       Mozarabic chant   Canto Mozárabe   Schola Antiqua de Espana (Madrid)
       Padre Laurentino Sáenz de Buruaga (direction)

モサラベ聖歌 / スコラ・アンティカ・デ・エスパーニャ
/ パドレ・ローレンティーノ・サエンツ・デ・ブルアガ
 と ころが別の録音ではまるでグレゴリオ聖歌と違いが分からないものもあるのです。スペインのスコラ・アンティカによるもので、澄んだやわらかい男声の合唱でメリスマもなく、強 いアクセントもなく、滑らかなソレム唱法のように聞こえます。この CD は1991年セゴビアのサンタ・マリア・ デ・エル・パラル教会修道院での録 音で、レーベルはハルモニア・ムンディ・フランスですが、表記は親会社の s.a. となっています(JAD C 122 HM CD 85)。このように、淘汰されてしまった聖歌というのは資料が少なく、解釈も定まっていないので実際にどう歌われていたかは分からないのでしょう。


東方教会の聖歌
 中 世のキリスト教聖歌はカトリックの総本山ローマの西側と、コンスタンティノープル(現イスタンブール)にあった東ローマ(後のビサンツ帝国)の正教系 に分かれます。イスタンブールはトルコですから、東側は当時もイスラム世界と重なり合っていました。したがって皆程度の違いはあれ東方聖歌はアラブ=イス ラム的な音に聞こえるところがあります。東側にあったのはビザンティン聖歌、アルメニア聖歌、シリア聖歌、コプト聖歌、アビシニア=エチオピア聖歌などで す。 


〜ビザンティン聖歌
 東 方教会の中心、コンスタンティノープル正教会の聖歌です。

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       Byzantin chant   Chant Byzantin   Chorale de l'eglise Saint-Julien-le-Pauvre
       Sœur Marie Keyrouz

ビザンティン聖歌 / サン・ジュリアン・ル・パーヴル教会聖歌隊 / マリー・キーロウズ
  シリア/レバノンに多いマロン派というカトリック系の教会のシスターであり、前述のアンサンブル・オルガヌムとも共演するマリー・キーロウズがパリの合唱団をバックに歌 います。この人はレバノン出身ですが、この手の CD を何枚も出しており、この分野での有名人のようです。仏教の声明のような低音の男声の声が持続する上にメリスマの効いたキーロウズのアルトが乗ります。上 昇音でずり上げて歌うところはやはりコーランの詠唱のように聞こえてしまいます。アラブの短音階です。

 因 みにこの人の出身地であるレバノンの聖歌のアルバム(Hymns from Lebanon,  Sœur Marie Keyrouz, Ensemble De La Paix)で は、タブラか何かの打楽器に加えて弓を使ってうわずった音で泣かせる弦楽器や(フィドルか、倍音が細いのでレベックの類か、あるいは中世の楽器ではなく民 族楽器でしょうか)、プサルタリーかダルシマーの指で弾く部分なのか、ハープの一種らしきものの独特のかき鳴らしが歌に合わさるところがあり、トルコ料理 屋さんにいるみたいです。もう何も言わないでおきましょう。面白いし、ビザンチン聖歌の方はある種きれいでもあります。そちらはハルモニア・ムンディ・ フランスの1989年の録音です。



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       Byzantin chant   Byzantine Hymns from the First Female Composer of the Occident
       Kassia   VocaMe

ビザンティン聖歌 / 西洋初の女性聖歌作曲家: カシア / ヴォカ・メ
 ビザンティン聖歌としまし たが、これは世界初のカシアの曲の録音です。カシアはコンスタンティノープルの富裕な家庭に生まれた才色兼備の女性で、聖歌の作曲家で詩人です。一般には女性の聖歌作者とし て一番古いと言われるヒルデガルド・フォン・ビンゲンより二世紀ほど前(805/810 - 865)の人です。聖職者になった経緯についてはこんな話があります。
 彼 女は美しかったので、ビザンツ帝国の若い皇帝テオフィロスが 花嫁候補の女性を見つける会に出ていました。皇帝は候補の女性に金のリンゴを渡して相手を選ぶのですが、そこで彼がカシアを気に入って話しかけ、イヴの過 ちによって女性が人間に罪と苦しみをもたらしたという意味のことを話題にすると、その語に韻を踏んで即座に彼女は言葉を返し、処女マリアを通してキリスト が受肉することによって女性が救済の望みをもたらしたと答えました。その簡潔な反論によってプライドが傷ついた皇帝は彼女を拒絶し、別の女性を妻に選びま した。その後カシアは修道女になりました。でもその事件によって志したわけではないという見解もあります。

 演 奏しているのは VocaMe という四人の女性(ここでは六人の名前がクレジットされています)によるユニットで、ザルツブルクのモーツァルテウムで学んだミカエル・ポップという男性 がリーダーとして指揮と楽器を担当しています。マリー・キーロウズとは違っ てソプラノも加わっています。歌い方はやはりメリスマがあり、音程を連続的にずらしながら下げるような手法も聞くことができます。

 曲 は色々と工夫の凝らされた構成になっており、平行5度で推移するオルガヌムの和声によるものや、始まりは単旋律で途中からもう一人加わって平行になぞるも の、女性の低音合唱で連続音を作ってその上にソロが展開するもの、多声で合唱がそれぞれ異なるパートを担当するもの、平行ではな くそれぞれの声部が独自の動きを持ってポリフォニー展開して行く上にソロの女声が乗るものなど があります。
 しかし和声に複雑なテン ション・コードが混じったり、不協和な音の重ねも出てくるのには驚きです。ハーモニーを成す三音以上の和音もあり、きれいに響く 3度の和音も使います。これらはどういう解釈なのでしょうか。その当時もそんな音があったのかもしれませんが、なかなか自由で大胆な試みをしているようで す。 
 途中からは器楽伴奏も出て きます。琴に似たプサルタリーでしょうか、ハープのようでやわらかく芯のある透明な音が彩りを添えます。ツィターというか琴と いうか、一音を素早く連続させる弾き方もします。中世フィドルかと思われる弓を使うヴィオール系の割と低い音の弦楽器もあり、弾き方はカントリー・ミュー ジックのヴァイオリンのようです。シタールかヴィーナのような音も聞こえます。中世の楽器は個性豊かで、プサルテリウムのように即興で弾くとすごくきれい なものもありますから、弾く側としては楽しいだろうと思います。

 色々と不思議なアルバムで すが、歌自体の印象はアラビア風というのではなく、どことなく多声にしてみたヒ ルデガルド・フォン・ビンゲンの試みに似ている感じもあり、基本的にはあまり調性感のない中世風で素朴です。声は大変美しいです。



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      Byzantine Chant   Rana Nassour-Derbaly Byzantine Chant in Arabic

ビザンティン聖歌 / アラビア語のビザンティン聖歌 / ラナ・ナッスール・ダーバリー
  こちらはもう完全にアラブ世界という感じの音です。アラビア語で歌ったビザンチン聖歌で、シリア生まれでアメリカ在住 のラナ・ナッスール・ダーバリーというビザンチン聖歌を学んだ女性歌手による歌唱です。正教会の儀式の音楽で あり、現代のではなくローマ教皇時代に近いものということですが、こちらには判断のしようがありません。大変低い低音でレベルが小さく何かの伴奏の音が 入っています。聞こえるかどうかというブーンと持続する音ですが、そこに乗せて妖艶な印象の声がたなびきます。比較的低い音から上の方 までレンジがあり、アルトの領域なのでしょうが高い音では細く伸びます。音程を連続してずらす手法、メリスマ、半音の音階が相まって、アラビアの地に縁の ある人には懐かしい音だろうと思います。半音ともとれないような、四分の一音かという音程も出ます。我々には異国情緒かもしれま せんが、何かを刺激されます。心地良く浸れる音が残響の中で切れ目なく流れ、グレゴリオ聖歌とは全く違いますが癒される感じです。2008年の、レーベル は St. Tikhon's Records となっています。


その他の東方教会聖歌
 ビ ザンティン聖歌以外にも東方教会の聖歌は各地にあり、アルメニア聖歌などはアルメニアの民族音楽と同じで低い楽器の持続音の上に展開されたりして、茫洋とした乾いた土地の寂寥感のようなものを感じさせる独特の魅力があります。しかし出ている CD の演奏マナーは一定ではないようです。合唱だけの曲でも現在の正教会の儀礼のものもありますし、オペラ的な発声のもあれば、楽器や和音の扱いがわりと最近の流儀を思わせるのもあり、ここまで来るともはや本当に民族音楽の範疇でしょう。

 シリア聖歌となるとクミンの香りが恋しくなり、レバノン料理が食べたくなる音です。シリアと言えばオリーブの石鹸ぐらいしかお世話になってなかったですが、アラブの春以降大変なことになってしまいました。メリスマのこぶしが翻ってマカー ム・ナワソルの「ラ・シ・ド・ミ♭・ミ・ファ・ソ♯・ラ」みたいなアラブ風の短音階に聞こえてきて、コーランを読んでいるのかと思ってしまいます。

 エジプトのコプト聖歌も 小型シンバルなどの打楽器が使われることがあり、最初にリードするソロの歌に続いて皆が唱和する様はやはりイスラム教会の祈りの場に居合わせたみたいです。

 アビシニア=エチオピア聖歌となるとゲエズ語で歌われるのだそうですが、聞けば同じくイスラムの詠唱のようでもありながら、太鼓、ハープの類、笛といっ たものでリズムは取ってるし、発声からいってもどうもアフリカの部族の踊りのようです。アラブの音楽にもこの分野にも詳しくないので取り上げないでおきます。果たしてキリストが生きていた頃の祈りの歌というのはどんな響きだったのでしょうか。


古楽の愉しみ 2 / ヒルデガルド・フォン・ビンゲンからルネサンス後期合唱まで



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