最高の録音 / マーラー「巨人」

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     Mahler Symphony No.1 in D major   Bernard Haitink   Chicago Symphony Orchestra
     Recording producer: James Mallinson 
♥♥
     Balance engineer: Christopher Willis
     Audio Post Production:  Classic Sound Limited, UK
    
Recorded live in Orchestra Hall at Symphony Center on May 1, 2, and 3, 2008.


マーラー / 交響曲第1番ニ長調「巨人」
ベルナルト・ハイティンク / シカゴ交響楽団 ♥♥
 これは驚きです。その理由は二つ。一つは演奏の素晴らしさです。クラシックのレーベルとしてCDの売り上げ も落ち、経営不振に喘いでいた頃のオランダ・フィリップスにとって、ハイティンクは主要な指揮者の一人でした。ということは、その不振の理由がダウンロードやコピー音源の氾濫であろうが何であろうが、音楽家としての彼自身の評価へとはね返ってしまったのでしょう。一時期演奏が「凡庸だ」などと言い出す人々が現れました。これは日本の評論家にとどまらず、海外でも同じような状況だったようです。しかし惑わされてはいけないでしょう。確かにコンセルト・ヘボウとの以前のCDの中には、中庸のテンポと表情に終始するようなものもありました。しかしこの巨人はどうでしょうか。ハイティンクという人への認識を新たにせざるを得ません。

 マーラーの交響曲第1番「巨人」の録音は、作曲家の弟子だったワルターのものに始まり、今までにも名演は色々ありました。しかしそれらを聞いた限りでは、後期の交響曲ほどにはこの作曲家特有の心情の吐露が大きくなく、構成も複雑ではなく、なんとなく美しいメロディがまとまっている曲、というイメージでした。指揮者のアーノンクールはマーラーについて「いつも自分のことばかり喋ってて嫌いな作曲家だ」と言っていて面白かったですが、個人的にもマーラーの特別な愛好家ではないせいか、怒りの感情をぶつけて来るような激しいところが苦手なせいか、この「巨人」を聞いたり、5番・9番・10番のアダージョがきれいなどと言ったりする口です。しかしハイティンクとCSOのこの演奏は、この親しみやすい第1番からしてすでに第9交響曲と同じ性質を持っていることを思い知らせてくれます。複雑な感情が交錯し、重なりながらすれ違って行きます。特に第3楽章は圧巻です。最初の哀調を帯びた主題が遅いテンポで示されたのに対して、それを破るような展開が賑やかに現れて中断させられるのです。それが何度か繰り返されて行く中で、両者が変形しつつ交錯するときの水と油の有様はどうでしょう。スコアは最初からこういうからくりだったのかと、曲に精通していないので大変驚きました。ハイティンクという人は、リハーサルにおいてオーケストラが彼のいわんとすることを理解しないとき、作曲家がその部分に込めた思いを優しく話して聞かせることがあるのだそうです。

 演奏は最初から非常に遅いテンポで進んで行きます。そしてこれはチェリビダッケの晩年の録音についても時々言えますが、このマーラーもその遅いテンポの中でテンションが決して緩みません。こういうときはとんでもない名演が生まれることがあります。ハイティンクのこの日の演奏、これ以上の非凡を望み得るでしょうか。考え抜かれた構成と自然さの共存、とでもいうか。2008年のライブ録音です。

 驚きの二つ目は録音です。決して誇張ではなく、数あるオーケストラ録音の中で、自分が知り得る限りこの録音はベストです。このCDはシカゴ交響楽団が自分たちのレーベル(CSOリサウンド)から出しているもので、録 音プロデューサーのジェームズ・マリンソンはデッカで仕事をしていた人です。84年にフリーランスとして独立してからはほとんどすべての主要なレーベルで仕事をしてきたということで、今までに15の賞を獲得しています。録音エンジニアはクリストファー・ウィリスとなっています。

 その音は、生の持つやわらかさがたっぷり捉えられているにも関わらず、フォルテで混濁せず、目のさめるような分解能とともにまるでそこにいるような感じを受けます。あまり言うと大袈裟になるでしょうか。でもコンサートホールの音楽的な豊穣さとオーディオ的なリアルさの両方を満足させてくれるものなのです。後述するフィリップスでの小沢のマーラーの録音も素晴らしい出来ですが、シカゴ交響楽団とのこの巨人は、よりダイナミックレンジと音色の幅が広いように感じます。実際に録音されている音圧のレベルも、最初はボリュームをかなり上げておかないとよく聞こえないほど小さいものでありながら、そのままフォルテになると家中が鳴り響く大音響となり ます。このような録音は家庭で楽しむには少し無理があると常々感じており、ダイナミック・ レンジの大きなスーパーオーディオCDもありがたくないと思って来ました。例えばリヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲などでは、邪道と知りつつもコンプレッサーをかけてしまいたくなります。でも今回だけは大きなボリューム位置で聞くことが喜びとなりました。つまり、 バックグラウンド・ミュージック的に聞くことは不可能なCDだと思います。

 この録音があまりに素晴らしかったので、同じハイティンク/CSOのマーラーの残りの交響曲全部と、ラヴェルのダフニスとクロエも購入してみました。マーラーの中では第6番がこれに次いで良い録音でしたが、同じエンジニアの録音ではあっても、この「巨人」を凌駕するものはありませんでした。「巨人」のときはセッティングがうまく決まったのでしょう。そういう意味でも希有な優秀録音だと思います。



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      Berlioz   Symphonie fantastique   Bernard Haitink   Winer Philharmoniker
      Recording producer: James Mallinson ♥♥
      Balance engineer: James Lock
 
     Recorded 17-20th April 1979 in the Sofiensaal, Vienna  


ベルリオーズ / 幻想交響曲
ベルナルト・ハイティンク / ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
♥♥
 同じくジェームズ・マリンソンの録音ですが、アナログ時代のデッカでの仕事です。マーラーと聞き比べると、 CD にしたときの録音レベルの取り方と、結果としてのダイナミック・レンジには若干の違いがあります。でも狙っている音のバランスは機器が変わっても同じ方向であることが分かります。真空管アンプもトランジスタ・アンプも同じ音にできると豪語した回路設計者がいますが、アナログもデジタルもよく出来た録音なら優劣がつけられないということも言えるでしょう。これはアナログ時代のマリンソンのものとして最高の録音の一つだろうと思います。ハイティンクはコンセルトヘボウ管とチャイコフスキーの「悲愴」もフィリップスに録音しており、そちらはマリンソンとは違いますが、自然なオーケストラのバランスと音色でありながら分解能が高いという意味では同じ方向の優れた録音です。一方でこの「幻想」の演奏内容についてですが、その点においてもこの盤は同曲の一、二を争う名演だと個人的には感じています。そしてそれについては別のページで触れました。



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      Mahler Symphony No.7  Boston Symphony Orchestra  Seiji Ozawa
      Recording producer:  Wilhelm Hellweg ♥♥
      Balance engineer:  Onno Scholtze

マーラー / 交響曲第7番「夜の歌」
小沢征爾 / ボストン交響楽団
 同じマーラーを小沢が振った1989年の第7番も素晴らしい録音でした。録音という観点では♡♡です。こちらはフィリップスのものでしたが、担当した当時の技士が自分の録音人生を振り返って、「一発で最高に決まった録音だ」と述べていたのを読んだことがあり、それでめずらしく買ってみたものです。確かにフィリップスらしい自然な録音で、他にもこのレーベルには優秀録音がある中で一つの指標となっています。担当したのはプロデューサーがウィルヘルム・ヘルヴェク、バランス・エンジニアがオノ・ソコルツェでした。フィリップスの名録音技師です。このレーベルは今はありませんが、同じく消滅してしまったエラートと並んで(後に名称が復活)、常に最高の録音を残して来ました。小沢とボストン・シンフォニーのことを書いた「コンサートは始まる」(In Concert Onstage and Offstage with the Boston Symphony Orchestra) という本には、曲はマーラーの2番ながら、このヘルベックと楽団員たちがいかに苦労して録音を成し遂げたかが、その詳細なパートごとの録音風景として描かれています。労働組合との約束の下、時間超過が許されない分刻みの仕事をこなし、今のように演奏会をそのまま録音するのではなく、ミスのないところを継ぎ合わせて完成させていたストレスの多い仕事が手に取るように分かります。機材はソニーのレコーダーとスチューダーのコンソールの組み合わせだったようです。



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